小説サンプル SOUND VOLTEX
ハンバーガー食べよっ(嬬武器雷刀+嬬武器烈風刀)
夕暮れ道に足音が二人分響く。常ならば軽やかなそれは、まるで這っているかのように重苦しいものだ。響くというよりも、落ちると表現する方が正しい音色であった。またしても起こったヘキサダイバーの異変解決。息つく間もなくオンラインアリーナの開催準備をし、裏ではメガミックスバトルの大型アップデートに向けて動き。加えて外部の世界とのコラボレーションを行いプロリーグの準備までしていたのだ。激動の数ヶ月を過ごしてきた身体は、常に悲鳴をあげていた。その悲鳴を無視して走ってきたが、遂に限界を迎えつつあった。
今日はお休みしマショウ、とレイシスの疲弊しきった笑顔に見送られ、兄弟二人で学園を出た。疲労に支配された身体は重く、歩みを進めるのも億劫だ。これから帰って晩ご飯を食べ、シャワーを浴びて、洗濯をして、課題を済ませて、予習をして。今まで事もなげにやってきた日常だというのに、今は想像するだけでも頭が痛くなる内容だ。かといって、学生として、人間として怠るわけにはいかないのだ。残った気力でやり遂げるしかない。考え、烈風刀は息を吐く。足取りと同じ重さをした、深いものだった。
「……れふとぉ」
重くか細い声が片割れの名をなぞる。彼らしくもない音色だが、二人とも同じほど疲れているのだ。こんな声を出してしまうのも仕方が無いことだろう。
「晩飯、ハンバーガーでいい?」
碧い頭が上下に動く。スニーカーに包まれた足が二対、己が住処と反対方向へと向けられた。
ポテトとナゲットのセット。ソースは全種類。ハンバーガー四つ。コーラとアイスコーヒー、どちらもLサイズ。
大量の注文だが、今では席に座って指先でアプリを操るだけで持ってきてもらえるのだから便利な世の中である。レジに並ぶことすら苦痛に感じてしまうほどの身にはありがたいったらない。文明の発達に感謝する瞬間だ――何とも生活臭いことだけども。
おまたせしました、と明るい声。二つのトレーを持った店員は、みっともなく机に倒れ伏した兄を気にすること無くプラスチックトレーを並べていく。ごゆっくりどうぞ、の言葉と共に去っていく背に、碧は小さく会釈をした。きちんと礼を言うべきであるのは分かっているが、店について席に座った途端言葉を発する体力まで尽きてしまった。どうやら、無視してきたものは思っていた以上に酷かったようだ。
朱い頭がゆるりと上がる。うつ伏せから猫背に座り直した兄は、そっと両の手を合わせた。弟も同じく手を合わせる。いただきます、と力ない合唱が明るい店内放送が流れる世界の片隅に落ちた。
小さなソースパックを開ける。広がったスパイシーな香りに、腹がぐぅと大きな鳴き声をあげた。同時に、胃にかすかな痛みが走る。どうやら、胃が痛くなるほど空腹状態にあったらしい。身体にのしかかる疲労にばかり気を取られて、すっかり忘れてしまっていた。
紙箱の蓋を開け、ナゲットを一つ取り出す。開いたばかりのソースのパックに、小ぶりなそれをどぷりと沈めた。手で掴んで食べるのも、素材の味を殺すほどソースを付けるのも、どちらも行儀の悪いことだ。しかし、今は世間体を気にする余裕など無い。そもそも、ジャンクフードなんてものはこうやって食べるのが最早作法である。そんな馬鹿げた言い訳をしながら、少年は茶色に輝くナゲットを口に運んだ。
サクリとした薄い衣に歯を立てる。舌に広がったのは、強い塩気だった。舌を刺す、と表現してもおかしくないほど濃く刺激的な味が口の中に広がっていく。空っぽの胃に相応しくないものだというのに、動きの鈍った脳味噌はそれを強く歓迎した。
白と茶の紙に包まれたバーガーを取り出す。行儀が悪いほど大きく口を開き、かぶりつく。少しパサパサとしたバンズの食感。香辛料がたっぷりと仕込まれた肉の味。これまた濃いケチャップの塩気。いっそわざとらしいほどのピクルスの酸味。安っぽい味だというのに、口はどんどんと動き、遂には一つぺろりと平らげてしまった。脳の奥が温かに満たされる感覚がした。
赤い紙容器に入ったポテトに手を伸ばす。大ぶりな赤から抜いた一本は長く、しなりとしていた。作られてから随分と時間が経っていることが分かる姿だ。気にすることなく、中ほどまでかじりつく。芋の味と、それを全て消し去るような塩気が口の中に広がった。
どれもジャンキーで、身体に悪い味だ。そんなことは入店前から分かっていたというのに、手は、口は、どんどんとそれを求めて動いてしまう。疲れ切った身体は、過剰な油分と塩分を大歓迎していた。
「…………うめー」
はぁ、と雷刀は息を吐く。彼の前には、くしゃくしゃになった包み紙が二つと空になった箱があった。どうやら、もうバーガーとナゲットを食べきってしまったらしい。そこまで栄養補給をして、やっと会話する機能と余裕を取り戻したようだ。
「たまに食うとうめーよな」
「貴方は『たまに』なんて頻度で済まないでしょう」
「んなことねーって」
もそもそとポテトをつまみながら、兄弟二人は言葉を交わす。普段の軽快さなどまるでない、ぽそりぽそりといったような響きだ。それでも、先ほどまでの枷でも付けられたような重みは随分と薄れていた。
「烈風刀はしなしな派? カリカリ派?」
そう言って、朱は手に持ったポテトを残ったソースに付けた。茶に染まったそれが、油分で潤った口に吸い込まれていく。シャープな輪郭をした頬がもごもごと動いた。
うぅん、と小さな声をあげ、碧は目の前の赤い容器に視線をやる。中身がほとんど無くなったそれに指を入れ、焦げが見える短い一本を取りだした。
「……カリッとしている方が好きですね」
「烈風刀が作るのはいつもカリカリでホクホクだもんなー」
カリ。硬い音が二つ重なる。流れるような線を描く顎が、柔らかな頬が、喉仏が目立つ喉が動く。動作の速度に比例して、テーブルの上の食器の中身は綺麗に消え去っていった。
畳まれた包み紙が四つ、空箱が三つ、潰された容器が二つ。注文した食べ物は全て男子高校生二人の胃の中に収まってしまった。小さく息を吐き、ストローに口を付ける。ヂュゴ、と醜い音があがった。一番大きなサイズを選んだはずのドリンクも、もう無くなってしまったようだ。
ごちそうさまでした。
二人、共に手を合わせ、作法の言葉を口にする。帰ろっか。そうですね。短く言葉を交わし、トレーを一つずつ持って席を立つ。店内の片隅にあるゴミ箱に分別して容器を捨て、残った氷を捨てる。まっさらになったトレーを重ね、双子は自動ドアをくぐり抜ける。ありがとうございましたー、と元気な声が制服に包まれた背を押した。
冷たい空気が肌を撫ぜる。世界はすっかり夜闇に包まれていた。季節はもう秋の中頃、冬が近い。夜が支配する時間はどんどんと増えつつあった。
「明日の晩ご飯どうすっかなー」
「気が早すぎるでしょう」
頭を掻きながら言う兄に、弟は呆れた調子で返す。まだ少しだけ油が残った唇は、ゆるりと笑みを描いていた。
「だって今日使わなかった分の食材のこと考えなきゃだろ? 冷凍保存できるのはともかく、野菜とか使い切らなきゃだし」
むぅと頬を膨らませ、雷刀は唇を尖らせる。そうですね、すみません、と烈風刀は返す。その口元も、目元も、柔らかな笑顔を浮かべていた。穏やかな片割れの様子に、朱はふ、と息を漏らす。店に入る前のそれよりもずっと軽く、柔らかな響きをしていた。
「明日も頑張りましょうね」
「……おう」
少しだけ力を取り戻した声で兄弟は言葉を交わす。声を発する口の奥には、未だソースのスパイシーな香りが残っているように思えた。
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