小説サンプル スプラトゥーン
ちゃんと全部買ったし全部食べたし当日まで悩んでた(インクリング+インクリング)
「何でサワークリームオニオンねぇの!?」叫声が街に響き渡る。感情たっぷりのそれは分厚いガラスにぶつかって消え、向こう側に聞こえることはない。収録中のタレントたちは変わらず軽妙なトークを繰り広げていた。
「マイナーだからでしょ」
「どこがだよ!」
隣、たった一言放った少女に少年は吠えてかかる。一瞬眉を寄せたインクリングの少女は、掲げたナマコフォンのボタンを押した。軽い音と同時に、小さな液晶画面にバンカラ一の人気タレントたちが収まった。
「サワークリームオニオンほど美味いポテチなんてないだろ!」
「コンソメの方が好き」
手をわなわなと震わせるインクリングの少年を横目に、少女は携帯端末を操る。先ほど撮った写真を『すりみ』と名付けられたフォルダに移動させた。全く意に介さない友人の様子など気にせず、少年はいいか、と言葉を続けた。
「まずサワークリームオニオンは香りが良いんだよ。色んなポテチはあるけどあれだけ香りが強いやつはない。爽やかで、でも腹が空くような抜群に良い香りがするんだ」
ろくろを回すように手を構え、目を伏せてインクリングは言う。しかめ面ににも似た表情は真剣そのものだった。菓子について語っているとは想像できないほどの気迫に満ちていた。
「んでもって味も良い。しょっぺーけどそれがいい。口ん中全部サワークリームオニオンの味になるぐらい強いのがいい。そのしょっぱさがベースのポテチの芋の甘さを引き立てるんだよ」
へー、と少女は合いの手を入れる。視線は完全に目の前の液晶画面に向けられていた。四角い指がボタンを操る。画面に『コンソメ派なんでよろー』と短い文章が現れた。
「香りも味も強い。けど全部さっと溶けていくんだよな。儚いっつーの? ばーんっと殴ってスッと消えて、そんで次が欲しくなる。どんどん食って止まらなくなる」
「ポテチなんて全部そうでしょ」
「こんだけインパクトがあって、香りも味も楽しめるのサワークリームオニオンだけだろ? なのに何でねーんだよ!」
少女の言葉など聞いていない調子で少年は語る。胸に手を当て、宙を掴むように指を天へと向けて震わす姿は、熱弁と表現するのがぴったりだった。そんな様子など一瞥すらせず、少女は端末を操る。上から下へと流れゆく文章の海に、先ほどの一文が放流された。パチン、と硬い音をたててナマコフォンが折り畳まれる。ようやく、黄色い瞳に少年の姿が映った。常はくりくりとした丸い目はじとりと細められている。
「フェスなんてサザエもらえればそれでいいじゃん」
「ダメだろ。真剣にやってるやつがいるんだから、こっちも真剣にやらねーと」
至極真剣な顔で返す少年に、真面目だねぇ、と少女は呆れた調子で返す。この友人は普段は適当極まりないというのに、バトルが絡むと妙に真剣になるのだ。もっと真面目にやることなど山ほどあるというのに、と思うも、指摘するも、全く聞き入れないのだから世話が焼ける。
「とりあえず全部買わねーとなー」
「ただお菓子食べたいだけでしょ」
「食べたいだけならサワークリームオニオン買うわ。ちゃんと確認して、一番好みのやつに入れて、ちゃんと戦わないとダメだろ」
「……ほんっと、馬鹿真面目だね」
「馬鹿じゃねーわ」
呆れも呆れ、最早感心すら感じさせる調子で少女は言う。少年は眉を寄せて返す。それもすぐ解け、うし、と小さく頷いた。
「じゃ、俺スーパー寄って帰るわ。明日昼からで」
「はいはい。遅れないでよねー」
ひらひらと手を振る少年に、少女も手を振る。踵を返した細い背が、駅の改札へ吸い込まれて消えた。
手を下ろし、少女は今一度携帯端末を操る。SNSのタイムラインは、早速三つの勢力による罵り合いと言う名のじゃれあいが繰り広げられていた。第四、第五勢力まで登場するのもいつも通りである。フェス恒例の光景だった。
熱弁する友人の声がリフレインする。香り、味、しょっぱさ、甘さ。右から左に流れていったはずの様々なワードが頭の中に溜まっていく。たったそれだけだというのに、鼻に抜けるあの香りが、舌を刺激するあの味が、神経を辿って胃を刺激した。
「……ポテチ食べたくなっちゃったじゃん」
呟き、少女は息を吐く。携帯端末をバックパックのポケットに放り込み、雑踏を縫って歩き出した。
薄いスニーカーに包まれた足は、まっすぐにコンビニエンスストアに向かっていた。
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