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No.129
朝ご飯食べよっ【嬬武器兄弟】
朝ご飯食べよっ【嬬武器兄弟】
料理するオニイチャンと寝起きの弟君が書きたかっただけ。
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もたりとした生地が、広いフライパンの上にゆっくりと落ちていく。黒と薄黄が触れ合った瞬間、シュウと小さな鳴き声があがった。
お玉を動かさないよう注意しながら、重たい液体を高い位置から流し込む。ビニールのパッケージの裏には『高い位置から落とすのが丸く焼くコツ!』と可愛らしいフォントで書かれていた。商品を研究し尽くし販売しているメーカーがそう言っているのだ、従うのが吉だろう。事実、コートパンの上に落ちていく卵色は、同心円状に広がり丸い形を成していた。
八分目まで注いでいた中身を全て流し入れ終え、再びお玉でボウルに入った生地をすくう。空いたスペース目掛けて、先ほどと同じように焼いていく。高い位置から熱されたマーブルコートパンに着地した柔らかな黄色は、再び美しい円を描いていった。
まるで漫画でよく見る高い位置から紅茶を淹れる執事のようだな、と今の己の姿を思い描き愉快な笑みがこぼれる。好奇心旺盛で影響されやすい性格のため、遠い昔一度試そうとしたのだが、準備段階で察した弟に怒りながら制されて未遂に終わってしまった。それが真っ当な調理で体験出来る。なかなか良いではないか、と朱はふ、と笑声をこぼした。
二つの生地の表面にプツプツと泡が湧き起こる。お玉をフライ返しに持ち替え、薄い生地の下に差し入れる。軽く持ち上げたそれを、思い切りよく裏返す。ぱすんと軽い音をたてて落ちた丸は、背伸びをするように膨らんだ。もう一枚も勢い良く裏返す。黒いフライパンの上に、月が二つ生まれた。
美しい焼き色に、思わず感嘆の声をあげる。何となく気が向いたので初めてパッケージ通りの手順でやってみたのだが、これだけ綺麗に焼けるとは思ってもみなかった。やはり制作者の言葉には素直に従うものだ。今度からもこうやってやろう、と茜色の頭が小さく上下した。
そろそろいいだろう、と物言わぬ月色にフライ返しを滑り込ませる。よっ、と小気味よいかけ声とともに、丸いそれを裏返す。裏面は最初に焼いた面とは違い、泡の跡が残り少しでこぼことしていた。いくらか気になるが、盛り付ける際に色の美しい方を上にすればいいだけの話だ。腹に入れば姿形など関係ないが、料理には見目も大切だ。自分よりずっと料理歴が長く得意な弟から学んだことだ。
焼き上がったそれを、並べた白い皿に一枚ずつ乗せる。後から他の食材も乗せるのだ、少し端に寄せておいておこう。これも弟の盛り付け方から学んだことだ。料理に関しては、全て弟が己にとっての見本であった。
そうやって三枚、四枚、とどんどん生地を焼いていく。ボウルが空になる頃には、皿の上には三枚のパンケーキが積み重なっていた。どれも焼き色は良好、味はもちろん企業が保証してくれている。良い朝食となるだろう。うんうん、と少年は満足げに頷いた。
調理を一通り終え、朱い瞳が壁に向けられる。掛けられたアナログ時計の短針は、もうすぐ十の字を指そうとしていた。ちょうどいい頃合いだ、とボウルとお玉を手早く水に浸し、エプロンで手を拭きながらキッチンを出る。向かうは烈風刀の部屋だ。あの生真面目で勤勉な弟のことだ、週末は平日よりも丹念に復習や予習をしているだろう。それ故に就寝時間が遅くなることが多いのは、よく夜更かしをする雷刀は知っていた。普段ならば平日通りに起床する彼だが、今日は自分の方が先に起きてしまった。珍しいことであり、良くないことである。遅く起きることが悪いのではない、規則正しい生活リズムで生きるあの弟がこんな時間まで寝ているということは、夜中まで勉学に励んでいたか、休みで張り詰めた気が解け疲れが表に出てきたかの二択だ。
本来ならばこのまま存分に眠らせてやりたいのだが、堅物とまで言える弟がこんなに遅く――と言ってもも、休日の自分からすれば十分早起きの部類である――まで眠っていることを是とするはずがない。だったら、自分が起こしてやった方が良いだろう。昼まで寝ていては、彼は確実に後悔に苛まれるのだから。
コンコンコン、と硬い扉をノックする。入るぞー、と断りを入れ、物言わぬ銀のノブを回した。
予想通り、ベッドの上の布団はふんわりと盛り上がっていた。まだ中で烈風刀が寝ている証拠である。このままたっぷり眠らせてやりたい欲求が胸に広がっていくが、今ばかりは押し殺して起こさねばならない。それが生真面目で自罰的なところがある弟への被害を減らす唯一の手段なのだ。
窓へと足を向ける。二重になったカーテンに手を掛け、左右に思い切り開いた。薄暗かった部屋に晴れ空におわす太陽の光が燦々と注ぎ込まれ、全てが照らし出された。眠る彼の方へも光が差し込んでいるのに起きる気配がないのだから、相当深く眠っているらしい。
閉まらないようカーテンを端に寄せ、ベッドへと向かう。数歩で辿り着いたそこ、ヘッドボードの下に置かれた白い枕の上には、朝のくさはらを思わせる鮮やかな緑が広がっていた。髪と同じ色をした睫に縁取られた目は閉じられ、下向きに緩やかな弧を描いている。彼がまだ深い眠りの海に沈んでいる証拠だ。普段の聡明でキリリと格好良い表情と反する幼い顔つきに、ふわりと笑みがこぼれる。どんなに大人びた表情を、行動をしていても、彼もまだまだ子どもに分類される年頃で、己の可愛い弟なのだ。
衝動に駆られ、愛らしい寝顔に指を伸ばす。邪魔だろうから、と言い訳をし、目に掛かる少しだけ長い髪を避けてやる。現れた肌は、農作業に精を出しているというのに白く透っている。手入れを怠っていない証拠だ。さすがだなぁ、と考えつつ、浅葱をゆるく梳く。己とは少し違うさらさらとした感触が心地良かった。
これ以上眠っている人間で遊ぶのはよろしくない。それに、無為に時間を掛けてはせっかくのパンケーキが冷めてしまう。指を離し、今度は掛け布団に包まれた肩に手を添える。そのまま、優しく押した。
「烈風刀ー、起きろー。十時だぞー」
ゆるゆると押し引きを繰り返し、同じ年代よりもしっかりとした身体を揺らす。しばしして、んぅ、と幼げな声が陽光に照らされる部屋に落ちた。
白い瞼を飾る若草色の睫が上がり、下に隠れていた孔雀石が顔を出す。常ならば水のように澄み切ったそれは、まだ睡魔に手を引かれているのか、少しばかりけぶっていた。睫と瞼がゆっくりと上下を繰り返す。その度に、美しい花浅葱が鮮やかさを取り戻していった。
「……らいと?」
普段の彼からは想像出来ない、ふにゃりとやわこい声が己の名を形取る。おはよ、と返すと、おはようございます、と依然どこか舌足らずで幼げな声が落ちた。
「もうすぐ朝飯できっから顔洗ってきな」
枕に預けたままの形の良い頭に手を伸ばし、くしゃくしゃと撫でてやる。いつもならば子ども扱いするな、と叱責の声が飛んでくるが、今日はそれが無い。寝起きでまだ現実の輪郭を捉えられていないのだろう。温もりへの名残惜しさを堪えながら手を戻す。怒られる前に離れるのが吉である。
すくりと立ち上がり、少年はドアへと足を向ける。ゆっくりでいいからなー、と一言残し、雷刀は部屋を出た。少し足早な調子でキッチンへと足を伸ばす。弟は己よりもずっと寝起きが良い。着替え、顔を洗い、身なりを整えるまでさほど時間を要さないはずだ。それまでにベーコンを焼き、ゆで卵の殻を剥いて盛り付けなくては。
料理の美しい完成形とそれを二人で食す幸せを夢想し、雷刀は無意識に頬を緩める。どこかはしゃいだ足音が廊下に響いた。
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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もたりとした生地が、広いフライパンの上にゆっくりと落ちていく。黒と薄黄が触れ合った瞬間、シュウと小さな鳴き声があがった。
お玉を動かさないよう注意しながら、重たい液体を高い位置から流し込む。ビニールのパッケージの裏には『高い位置から落とすのが丸く焼くコツ!』と可愛らしいフォントで書かれていた。商品を研究し尽くし販売しているメーカーがそう言っているのだ、従うのが吉だろう。事実、コートパンの上に落ちていく卵色は、同心円状に広がり丸い形を成していた。
八分目まで注いでいた中身を全て流し入れ終え、再びお玉でボウルに入った生地をすくう。空いたスペース目掛けて、先ほどと同じように焼いていく。高い位置から熱されたマーブルコートパンに着地した柔らかな黄色は、再び美しい円を描いていった。
まるで漫画でよく見る高い位置から紅茶を淹れる執事のようだな、と今の己の姿を思い描き愉快な笑みがこぼれる。好奇心旺盛で影響されやすい性格のため、遠い昔一度試そうとしたのだが、準備段階で察した弟に怒りながら制されて未遂に終わってしまった。それが真っ当な調理で体験出来る。なかなか良いではないか、と朱はふ、と笑声をこぼした。
二つの生地の表面にプツプツと泡が湧き起こる。お玉をフライ返しに持ち替え、薄い生地の下に差し入れる。軽く持ち上げたそれを、思い切りよく裏返す。ぱすんと軽い音をたてて落ちた丸は、背伸びをするように膨らんだ。もう一枚も勢い良く裏返す。黒いフライパンの上に、月が二つ生まれた。
美しい焼き色に、思わず感嘆の声をあげる。何となく気が向いたので初めてパッケージ通りの手順でやってみたのだが、これだけ綺麗に焼けるとは思ってもみなかった。やはり制作者の言葉には素直に従うものだ。今度からもこうやってやろう、と茜色の頭が小さく上下した。
そろそろいいだろう、と物言わぬ月色にフライ返しを滑り込ませる。よっ、と小気味よいかけ声とともに、丸いそれを裏返す。裏面は最初に焼いた面とは違い、泡の跡が残り少しでこぼことしていた。いくらか気になるが、盛り付ける際に色の美しい方を上にすればいいだけの話だ。腹に入れば姿形など関係ないが、料理には見目も大切だ。自分よりずっと料理歴が長く得意な弟から学んだことだ。
焼き上がったそれを、並べた白い皿に一枚ずつ乗せる。後から他の食材も乗せるのだ、少し端に寄せておいておこう。これも弟の盛り付け方から学んだことだ。料理に関しては、全て弟が己にとっての見本であった。
そうやって三枚、四枚、とどんどん生地を焼いていく。ボウルが空になる頃には、皿の上には三枚のパンケーキが積み重なっていた。どれも焼き色は良好、味はもちろん企業が保証してくれている。良い朝食となるだろう。うんうん、と少年は満足げに頷いた。
調理を一通り終え、朱い瞳が壁に向けられる。掛けられたアナログ時計の短針は、もうすぐ十の字を指そうとしていた。ちょうどいい頃合いだ、とボウルとお玉を手早く水に浸し、エプロンで手を拭きながらキッチンを出る。向かうは烈風刀の部屋だ。あの生真面目で勤勉な弟のことだ、週末は平日よりも丹念に復習や予習をしているだろう。それ故に就寝時間が遅くなることが多いのは、よく夜更かしをする雷刀は知っていた。普段ならば平日通りに起床する彼だが、今日は自分の方が先に起きてしまった。珍しいことであり、良くないことである。遅く起きることが悪いのではない、規則正しい生活リズムで生きるあの弟がこんな時間まで寝ているということは、夜中まで勉学に励んでいたか、休みで張り詰めた気が解け疲れが表に出てきたかの二択だ。
本来ならばこのまま存分に眠らせてやりたいのだが、堅物とまで言える弟がこんなに遅く――と言ってもも、休日の自分からすれば十分早起きの部類である――まで眠っていることを是とするはずがない。だったら、自分が起こしてやった方が良いだろう。昼まで寝ていては、彼は確実に後悔に苛まれるのだから。
コンコンコン、と硬い扉をノックする。入るぞー、と断りを入れ、物言わぬ銀のノブを回した。
予想通り、ベッドの上の布団はふんわりと盛り上がっていた。まだ中で烈風刀が寝ている証拠である。このままたっぷり眠らせてやりたい欲求が胸に広がっていくが、今ばかりは押し殺して起こさねばならない。それが生真面目で自罰的なところがある弟への被害を減らす唯一の手段なのだ。
窓へと足を向ける。二重になったカーテンに手を掛け、左右に思い切り開いた。薄暗かった部屋に晴れ空におわす太陽の光が燦々と注ぎ込まれ、全てが照らし出された。眠る彼の方へも光が差し込んでいるのに起きる気配がないのだから、相当深く眠っているらしい。
閉まらないようカーテンを端に寄せ、ベッドへと向かう。数歩で辿り着いたそこ、ヘッドボードの下に置かれた白い枕の上には、朝のくさはらを思わせる鮮やかな緑が広がっていた。髪と同じ色をした睫に縁取られた目は閉じられ、下向きに緩やかな弧を描いている。彼がまだ深い眠りの海に沈んでいる証拠だ。普段の聡明でキリリと格好良い表情と反する幼い顔つきに、ふわりと笑みがこぼれる。どんなに大人びた表情を、行動をしていても、彼もまだまだ子どもに分類される年頃で、己の可愛い弟なのだ。
衝動に駆られ、愛らしい寝顔に指を伸ばす。邪魔だろうから、と言い訳をし、目に掛かる少しだけ長い髪を避けてやる。現れた肌は、農作業に精を出しているというのに白く透っている。手入れを怠っていない証拠だ。さすがだなぁ、と考えつつ、浅葱をゆるく梳く。己とは少し違うさらさらとした感触が心地良かった。
これ以上眠っている人間で遊ぶのはよろしくない。それに、無為に時間を掛けてはせっかくのパンケーキが冷めてしまう。指を離し、今度は掛け布団に包まれた肩に手を添える。そのまま、優しく押した。
「烈風刀ー、起きろー。十時だぞー」
ゆるゆると押し引きを繰り返し、同じ年代よりもしっかりとした身体を揺らす。しばしして、んぅ、と幼げな声が陽光に照らされる部屋に落ちた。
白い瞼を飾る若草色の睫が上がり、下に隠れていた孔雀石が顔を出す。常ならば水のように澄み切ったそれは、まだ睡魔に手を引かれているのか、少しばかりけぶっていた。睫と瞼がゆっくりと上下を繰り返す。その度に、美しい花浅葱が鮮やかさを取り戻していった。
「……らいと?」
普段の彼からは想像出来ない、ふにゃりとやわこい声が己の名を形取る。おはよ、と返すと、おはようございます、と依然どこか舌足らずで幼げな声が落ちた。
「もうすぐ朝飯できっから顔洗ってきな」
枕に預けたままの形の良い頭に手を伸ばし、くしゃくしゃと撫でてやる。いつもならば子ども扱いするな、と叱責の声が飛んでくるが、今日はそれが無い。寝起きでまだ現実の輪郭を捉えられていないのだろう。温もりへの名残惜しさを堪えながら手を戻す。怒られる前に離れるのが吉である。
すくりと立ち上がり、少年はドアへと足を向ける。ゆっくりでいいからなー、と一言残し、雷刀は部屋を出た。少し足早な調子でキッチンへと足を伸ばす。弟は己よりもずっと寝起きが良い。着替え、顔を洗い、身なりを整えるまでさほど時間を要さないはずだ。それまでにベーコンを焼き、ゆで卵の殻を剥いて盛り付けなくては。
料理の美しい完成形とそれを二人で食す幸せを夢想し、雷刀は無意識に頬を緩める。どこかはしゃいだ足音が廊下に響いた。
畳む
#嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀