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No.148

書き出しと終わりまとめ16【SDVX】

書き出しと終わりまとめ16【SDVX】
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あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその16。相変わらずボ10個。毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:プロ氷1/嬬武器兄弟2/ニア+ノア+レフ1/ライレフ2/レイ+グレ1/氷雪ちゃん1/ノア+レフ1/恋刃1

見上げる貴方/プロ氷
葵壱さんには「届きそうで届かない何かがあった」で始まり、「そう思い知らされた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。


 届きそうで届かなくて、ぐっと背伸びをする。つま先に力を入れめいっぱい腕を伸ばしても、目当てのものには指先がわずかに触れるのがやっとだ。もうちょっと、というところで、それは大きな手に掴まれ消えた。振り返ると、そこには今まさに取ろうとしていた保存容器を片手に持った識苑の姿があった。
「これ?」
「ぁ、はい。ありがとうございます」
 差し出された容器を受け取り、氷雪は礼を言う。ようやく手にすることができた安堵と、手間を掛けさせてしまった申し訳なさが胸を渦巻いていく。常磐色の目が薄く伏せられた。
「片付ける場所変えなきゃだね」
 ごめんね、と言って青年は困ったような笑みを浮かべる。いえ、と慌てて否定の言葉を返すが、変更すべきであるのは事実だ。保存容器を一番利用する自分が手に届かない場所にしまっておくのは非効率的だ。
 台所上部に設置された棚の扉を閉じる大きな恋人を見上げる。普段よりも少しだけ首に負担が掛かるのは気のせいではない。常は下駄でいくらかかさ増しした身長は、今はスリッパによって正常な数値になっている。見上げる角度が増すのも自然なことだ。
 それが少しばかり悔しい。自分がもっと身長が高ければ、もう少しだけ釣り合いが取れるのに。今のように迷惑を掛けなくても済むのに。隣に並んでいても自然なのに。湧き起こる暗い感情に、少女はきゅっと唇を結んだ。
「どしたの?」
 下から愛しい桃色が現れる。いつの間にか俯いてしまっていたらしい。眼鏡の奥の夕陽が、心配げな色を宿してこちらを覗き込んでいた。
「いえ。何でもありません。取ってくださりありがとうございます」
 ぱっと顔を上げ、否定と感謝の言葉を吐く。本当に大丈夫だ、と示すように微笑んでみるが、きっとぎこちなく映るだろう。それがまた自己嫌悪を誘う。
 腰を屈め目線を合わせたまま、識苑はそっか、と笑った。優しい彼は、自分がまた余計なことを考えているのを理解しているのだろう。その上で触れずにいてくれるのだ。子どもの自分なんかより、ずっとずっと大人な恋人は。
 下駄を履いて背伸びをしないと、わざわざ屈んでもらわないと、目すらまっすぐに見られない。身長も、年齢も、全く釣り合わない。そう改めて思い知らされた。




痛いと言っても離してやらない/嬬武器兄弟
AOINOさんには「泣き虫が笑った」で始まり、「もう会えないかもしれないと思った」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以上でお願いします。


 ボロボロと涙をこぼす泣き虫が、ぱぁと表情を輝かせ笑った。れふと、とまだ涙に濡れた声が元気に己の名を呼んだ。
「れふとぉ!」
「ばか!」
 ずびずびと鼻を啜りながら駆け寄ってくる兄を、弟は怒鳴りつける。泣き腫らし赤くなった目の端から、ぽろりと涙が一粒落ちた。
「な、んで、一人で走っていくのですか! 『手を繋いでいよう』って、言ったじゃないですか!」
 週末のショッピングモールは混んでいた。まだ小学生、しかも何にでも興味を示しすぐにどこかに行ってしまうような兄と二人で出かけるのには向かない場所だ。それでも、買いたいものがあったのだから行くしかない。学校帰りに寄るには難しい距離なのだ。
 家を出る前から『二人で手を繋ぐ』『一人で行動しない』『どこかに行きたいなら事前に一声掛ける』と約束していた。事実、途中まではきちんと守っていたのだ。ここに入りたい。あれを買いたい。手を繋いで邪魔にならないように歩きながら、二人で珍しい遠出を楽しんでいたのだ。
 気がついた時には、右手の温もりは無くなっていた。辺りを見回しても、大切な朱はどこにもいない。はぐれたのだと理解した瞬間、サァと血の気が引くのが己でも分かった。
 公共の場だ、大声で名前を呼んだり駆け回って探すのは良くない。まずは、元の道を戻ってみなければ。そうして一店舗一店舗確認しながら来た道を丁寧に戻るが、最初に来た出入り口に戻ってきても片割れの姿は見つからなかった。鼻がツンと痛くなるのを我慢しながら、念のため持っていたリーフレットを確認する。『迷子センター』と書かれた場所目掛けて、碧は逸る足を押さえながら向かった。
 結果、そこに兄はいた。開けたその場所、ボロボロと泣いて店員に縋る朱色の姿を見てどれほど安堵したことか。どれほど怒りを覚えたことか。結果、真っ先に発露したのは罵声二文字だった。
 あんなに言ったのに、と弟は漏らす。苦しさと悔しさと怒りが強く滲んだものだった。ごめん、と鼻を啜りながら兄は返す。どちらも涙で潤んだものだった。
 力なく垂れ下がった左手に腕を伸ばす。そのまま、紅葉のようなそれをぎゅっと握った。ここで捕まえておかねば、またどこかに行ってしまう。いつでもその場の衝動で動くのだ、この兄は。
 見かねたのか、見つかってよかったわねぇ、と店員が優しい声で語りかけてくる。ご迷惑をおかけしました、と烈風刀は深々と頭を下げた。慌てて雷刀も弟を真似る。
「行きますよ」
「うん……」
 固い声で言い放ち、弟は握った手を引く。しょぼくれた声が返ってきた。人の少ない場所を選びながら通路を歩いて行く。気を付けてね、と穏やかな声が背中から聞こえた。
「……よかったぁ。もう会えないかと思った」
 そう言って、兄は握る手に力を込める。今度こそはぐれまいという意志がひしひしと伝わってきた。
 もう会えないかもしれないと思った。それはこちらの台詞だ。まだ少し痛む鼻をすすり、弟は繋いだ手を力いっぱい握った。




日焼け対策は万全に/ニア+ノア+レフ
葵壱さんには「守りたいものはありますか」で始まり、「夏が始まる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。


 守らねばならないのだ。今、彼女らを守ることができるのは己しかいないのだから。
「二人とも、ちゃんと日焼け止め塗りましたか?」
「塗ったよー!」
「ちゃんとニアちゃんに背中も塗ってもらったよ」
 ビーチパラソルの下、日焼け止めのチューブ片手に烈風刀は頭二つは下の双子兎に問いかける。元気な挙手と声が返ってきた。証拠だと言わんばかりに、ノアはくるりと振り返りロングヘアを手で避けて背中を見せる。色が残らない薬品を塗った証拠というには乏しい光景だが、わざわざさらけ出して見せるほどなのだから信頼すべきだろう。
「それならよかった」
 少し険しくなっていた碧の表情が緩む。体質によるものの、日焼けは度が過ぎると翌日以降痛むのがほとんどだ。海の楽しい記憶を日焼けの痛さで上書きしてしまうような事態は避けるべきである。
「約束、覚えてますか?」
「足の付かないところには二人だけで行かない!」
「生き物には触らない!」
 もう一度問いを投げかけると、二人は宣誓するように手を上げ返す。どちらも前日から口を酸っぱくして言い聞かせてきた言葉だ。準備運動は、と追加で尋ねると、したよー、と双子はぴょんぴょんと跳びはねた。
 よし、と少年は一人頷く。とても素直でもう高学年の彼女らだ、約束をきちんと覚えていると信じていた。それでも、はしゃいだ状態ではそれを完遂できるかは怪しい。テンションが上がった人間が何をするかなど分からないことは、幼い頃から片割れの姿を見てきて痛感していた。きちんと注意を促し、いつでも手助けできるように観察するのは、今この場で保護者的存在である己が果たすべき役割だった。
「れふとは日焼け止め塗った?」
「塗りましたよ」
「……背中は塗ってないでしょー?」
 問いを返してきたノアに、烈風刀は優しい笑みで応える。少しの間の後、ニアはにやりと笑って少年の背中に回った。小さな手が、薄緑の上着の裾をぴらりとめくる。
「いえ、でも僕はパーカーを着ていますし大丈夫ですよ」
「後で脱ぐかもでしょ? 塗らなきゃダメだよ!」
「そーだよ!」
 いたずらげな手をそっと退けるが、今度は二人で挟むように前後から飛びつかれた。わわ、と揺らめく足に力を入れる。ちゃんと塗ろー、と兎の合唱がパラソルの下に響く。正論であった。
「……そうですね。後で塗っておきます」
「一人じゃ塗り辛いでしょ? ニアが塗ったげる!」
「ノアもー!」
 軽い足さばきで跳び上がり、姉兎は碧の手に握られていた日焼け止めチューブを取る。すぐさま後ろに回った妹兎が薄手のパーカーをバッとめくった。
「いえ、一人でも大丈夫ですから――」
「ほらほら、座って!」
「立ったままじゃ塗りにくいよー」
 烈風刀の抵抗は、ぴょんと跳んで肩を押さえつけるニアの手によって防がれた。柔らかい砂、その上に敷かれた大判のレジャーシートの上に尻餅をつくように腰を下ろす。ほらほら、とぐいと後ろに引かれ上着を剥ぎ取られる。筋肉の線が見える白い背が生地の下からあらわになった。
 パキン、とチューブの蓋が開けられる音。ねちゃ、と薬剤が捏ねられる音。ふんふん、と上機嫌な鼻歌。全てが己を置き去りにして愉快な合奏となって空に昇っていく。
 ここまできたら、もう逃げ場などないようだ。塗らねばならないという彼女らの言い分は確かなものであるし、塗ってもらえるならばそうした方がいいのだろう。相手が小学生、それもいたずらっこな女の子たちであるというのがいささか不安を覚えるのだけれど。
 塗るよー、と元気な声二つ。よろしくおねがいします、と観念して返すとほぼ同時に、ぬるい何かが背中に当てられた。小さなものが四つ、愉快げな鼻歌とともに背を駆け回っていく。二人がかりとはいえ、少し時間がかかるだろう。現に、背中に文字を書いて遊んでいるのだから。反応すれば長引くので耐えるしかないのだけれど。
 海遊びという夏の始まりはもう少し先のようだ。




疲れた身体には温もりが必要なのです/ライレフ
葵壱さんには「世界はいつだってかみ合わない」で始まり、「だから、もう少しだけ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字)以上でお願いします。


 世界はいつだって噛み合わない。
 テスト期間が始まって、ようやく終わったと思えば週刊アップデートの企画が舞い込んで。ようやく各方面への対応やコンテスト企画の立案を終わらせたと思えば、今度は世界のアップデートが決まって。
 忙殺という表現が相応しい日々だった。気を抜けばあまりの忙しさに押し潰されていただろう。最終的には皆ランナーズハイのようなものになっていたのは、きっと気のせいではあるまい。
 尻餅をつくようにソファに座り、烈風刀は背もたれに体重を預ける。たとえくつろぐためのソファとはいえども、もたれかかるなど行儀が悪いと分かっている。けれども、きちんと姿勢正しく座る気力などもう欠片も残っていなかった。帰宅し、あり合わせのもので食事を済ませ、シャワーを浴びただけで身体は限界を迎えたのだ。部屋に戻るために足を動かすのすら億劫だ。気が咎めるが、限界を超えて動けるほどのアドレナリンは尽きてしまった。
 カチャリと扉が開く音。ぺたりぺたりと力の無い足音がキッチンの方面へと向かうのが聞こえた。しばしして、また足音。重苦しいそれは、己のすぐ隣で止まった。どさ、とつい先ほど聞いたばかりの音とともに、座面が沈み込む感覚が襲う。次いで背もたれが揺れる。隣に座った兄が、己と同じようにソファに身体全てを預けたのだろう。
「れふとぉ」
「なんですか」
 力ない声に、力ない声で返す。もはや返事をするのすら面倒臭く感じる。どうやら己は思ったよりも疲れているらしい。相手も同じなのだろう、普段ならばぽんぽんと一方的に投げられる言葉は途絶えてしまった。
 こつん、と肩に小さな衝撃。同時に温かな温度と重み。朱がもたれかかってきたのだろう。確認しなくとも分かる。確認するために顔を動かすのも煩わしく思えた。
「……おつかれ」
「……おつかれさまです」
 耳に直接、彼らしくもない小さな声で労いの言葉が注がれる。どうにか同じく労う語を返した。長いアップデート企画期間、そしてロケテストに向けた準備のために共闘した相手である。同じほど頑張って、同じほど疲れているのは分かっていた。
 温かな呼気が肌を撫ぜる。そのまま眠ってしまいそうなほどの穏やかさだ。疲れ果てた状態で腹も満たされ温かな湯に包まれれば、眠気を覚えるのも仕方が無いだろう。心なしか、横から加えられる体重も増えている気がする。
 本当なら『寝るなら部屋で寝ろ』と言うべきなのだろう。そもそも、己も早く部屋に戻って寝るべきなのだ。こんなところでだらだらと座って時間を無為に過ごすのは身体にも良くないと分かっていた。
 けれども。
 肩に寄せられた朱い頭に、己も少しだけ身を寄せる。まだ濡れた感覚が肌から伝わる。常ならば不快に思うだろう。だが、今ばかりはその奥から伝わる温かなものが心地良くて仕方が無かった。
 日数を数えるのも面倒なほど頑張ったのだ。ちょっとぐらいなら、愛しい人とともにいても罰は当たらないはずだ。身体はもちろん、心にも休息は必要なのだから。
 だから、もう少しだけ。




いつだって見ていたいもの/ライレフ
葵壱さんには「ぱちりと目が合った」で始まり、「忘れたままでいてください」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。


 薄くなった碧とぱちりと目が合った。
 やべ、と危機を覚えた瞬間、胸をぐいと押される。唇に灯っていた温もりが去っていく。代わりに、鋭い視線が向けられた。
「な、んで、目を開けているのですか!」
 先ほどまで触れ合わせていた唇をわなわなと震わせ、烈風刀は叫びに近い声をあげる。興奮のあまり少しひっくり返った音は、怒気と羞恥と混乱がごちゃ混ぜだ。つい先ほどまでの甘やかな雰囲気など消し飛んでしまった。
「いや、なんとなく……?」
 視線を逸らし、雷刀は言葉を濁す。真っ赤な嘘である。初心な恋人が期待に頬を染め、睫が震えるほど強く目を閉じ、こちらに身を委ね唇を差し出す様が見たかったのだ。あちらは毎回くっついてしまいそうなほど強く目をつむるので気付かれることはないと思っていたのだが、どうやらそう上手くいかないようだ。
「何となくで人の顔見るのやめてくれませんか」
 眇め睨めつける孔雀石は射殺さんばかりの強さを持っていた。恥ずかしさよりも怒りが勝ってきたようだ。奥手な彼の言うところの『顔』がどういうものかを指摘してやりたい気分になるが、怒りを買うだけだということぐらいさすがの己にも分かる。好奇心を無理矢理押さえ込んで殺した。
「は、ずかしいから、今度からはちゃんと閉じてください」
 僕にはいつも目をつむれというくせに、と恨めしげ声が飛んでくる。だってそう言わなきゃキスさせてくれねぇじゃん、といじけたように返す。ぐぅ、と喉が鳴る音が聞こえた。
 肩に添えていた手を離す。このまま久しぶりに睦まじく過ごす予定だったが、この調子では到底無理だろう。嘆息しそうになるのを堪える。元凶は己なのだから。
 ふと疑問がよぎる。目が合った。つまりはあちらも己のことを見た――目を開けたということである。いつもあれだけ強く目を閉じる彼が、だ。慎ましやかな恋人が、理性的な恋人が、無意味に口付けの最中に目を開けるとは思えない。何故なのか。
「烈風刀だって目ぇ開けたじゃん? オレのキス顔見たかったってこと?」
 つい先ほど殺したはずの好奇心がするりと言葉となってこぼれ落ちる。やべ、と再び頭が遅すぎる警鐘を鳴らす。感情的ながらも至極正論な鋭利な言葉が飛んでくるか、キャパシティを越えてしまい衝動に任せた拳が飛んでくるか。どちらか分かったものではない。己の浅はかさを嘆く脳味噌が、恐れに身体の動きを制止した。
 予想に反して、返ってきたのは真っ赤な顔と沈黙だった。潤った唇の端がひくりと引きつるのが見えた。あれ、と疑問符が浮かぶ。震えが止まり開かれた赤い口から紡がれた言葉は、確信をもたらすものだった。
「そっ、そんなわけないでしょう! 違いますから! ……もう、あんなの忘れてください!」




どうか素敵な休日ヲ!/レイ+グレ
AOINOさんには「恋って偉大だ」で始まり、「優しい風が髪を揺らした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。


 恋って偉大だな。
 ハンガーラックを真剣な眼差しで見つめるグレイスの姿に、レイシスは思わず笑みを浮かべる。自分が率先して選び与えていたのもあるのだろうが、彼女はあまり服に頓着がない。人並みに興味はあったようだが、自主的にお洒落をする姿は見たことがなかった。そんな妹が、鋭さすら思わせる眼差しでうんうんと呻り声を上げながら自分が着る服を選んでいるのだ。微笑ましいったらない。
「ね、ねぇ、これ、似合うかしら?」
 くるりと振り返った躑躅は、一着の服を身体に当てながら問う。華奢な手が選んだのは、ミントグリーンのトップスだ。爽やかな色合いは、彼女の鮮やかな髪をよく引き立てていた。
「とっても似合いマス! 可愛いデス~!」
「貴方、いつもそう言わない?」
 賞賛する桃に、躑躅は訝しげな視線を向ける。そんなことないデスヨ、と頬を膨らませるが、言われてみればそんな気もする。だって、可愛い可愛い妹には何だって似合うのだ。仕方の無いことである。
「本当に似合ってマスヨ。グレイスは黒い衣装を着ることが多いデスケド、こういうパステルカラーもとっても似合ってて可愛いデス!」
 思いの丈をそのまま言葉にする。尖晶石の瞳がぱちりと瞬き、頬に淡い朱が広がった。そうかしら、と嬉しげな、それでもまだ不安そうな色が残った声が返ってきた。
「ソレニ、緑は始果サンとお揃いデスシ!」
 グレイスの恋人である京終始果は、いつも緑の忍装束を着ていた。『お揃い』なんてことを意識してこれを選んだわけではないだろう。けれども、長く連れ添う彼女にとって彼と緑色はきっと深く結びついているものだ。無意識が選んでもおかしくはない。
 先ほどまで眉間に皺を寄せていた可愛らしい顔が、きょとりと幼くなる。数拍、マゼンタの目がこれでもかというほど見開かれた。薄紅色が浮かんでいた頬が紅葉したように真っ赤に染まる。
「そっ、そんなっ、そういうの意識したわけじゃないわよ!」
 服屋のど真ん中で少女は叫ぶ。常識ある彼女は、すぐさまハッとし気まずげな表情を浮かべた。めいっぱい開かれていた口が、小さくもごもごと動く。
「大体でっ、デー……休みの日まであの服を着てるわけがな…………いやあるわね……始果だもの……」
 どうにか否定しようとするが、逆に彼女の中で確信が生まれてしまったようだ。さすがにそんなことはないだろう、と言いたいところだが、相手はグレイス以外のほとんどに興味を示さない男である。親しいとは言い難い己が言い切るのは難しかった。
「ッ、やめた! 別のにする!」
 グレイスは慌てた調子で持っていたハンガーをラックの中に戻す。ミントグリーンが服の森に消えた。
 余計なこと言うんじゃなかった、と後悔を覚えながらも、表情に出さぬよう再び唸り始めた妹に少しばかりアドバイスをする。時折携帯端末で調べながら、どうにか『初めてのデート服』というとびきり大切な買い物を終えた。
 服屋を出て、二人で並んで歩く。本当ならば頭からつま先までコーディネートしたいが、相談されていない部分は本人に委ねるべきだ。好きな人と過ごすための服を、他人の指図で全て決めるのは良くない。助けを請われたのならば別だが。
「……付き合ってくれてありがと」
 ショッパーを両の手で握りながら、グレイスは呟きにも似た声で言う。ほのかに照れが乗ったそれは、とても穏やかな音色をしていた。可愛らしい姿に、姉は思わず頬を緩めた。
「ハイ。ワタシもとっても楽しかったデス」
 デート楽しみデスネ、と軽く返してみる。隣に並ぶ細い肩がびくりと震えた。しばしして、そうね、と確かな喜びが滲んだ声が返ってきた。
 晴れやかな帰り道、優しい風が桃と躑躅の髪を揺らした。




残りの授業の間眠気はもう訪れなかった/氷雪ちゃん
葵壱さんには「ぱちりと目が合った」で始まり、「そっと目を閉じた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。


 ぱちりと目が合った。目が合ってしまった。
 午後一番の授業は睡魔が時折やってくる。久しぶりに訪れたそれから逃れようと、氷雪は小さく頭を振る。少しだけ眠気が飛んだ視界の端に、空とは正反対の色が映った気がした。普段ならば授業中に余所見をすることはない。けれども、その珍しい色に視線は窓の外へと吸い寄せられてしまった。
 真っ青な空の下そびえる白い校舎、その壁によく跳ねる桃が咲いていた。鮮やかな桃色が、屋上から垂らしたロープに身を預け、白衣を翻し、壁を蹴って移動する。その度に高い位置で結った髪が風に舞った。
 識苑先生だ、と心の中で呟く。学園中を駆け回っている、という話は聞いたことがあるが、本当らしい。休み時間や放課後に見かけることはあるが、授業中に出くわしたのは初めてだ。それはそうだ、余所見をすることはいけないことなのだから。
 まるで地を駆けるのと同じように、鴇色が壁を移動していく。一歩間違えれば死に直結するような高さにいるというのに、動作には恐怖など全く感じさせない。地を歩くのではなく壁を蹴って生活するのが当然のように校舎の側面を移動していた。
 すごいなぁ、と見る度に考える。己は運動神経が良いと言いがたい。五〇メートル走は平均より少しだけ遅いし、球技も積極的に試合に参加できるほどの実力はない。体育の時間は苦手だった。そんな者から見れば、縦横無尽に空間を移動する彼の姿は一種の感動を覚えるものである。
 薄紅梅がするするとロープを辿って屋上へと上がっていく。宙を蹴り壁を蹴る安全靴が屋上という地面を踏みしめるのが見えた。休憩だろうか。あんな体勢で長い間動くことなど危ないのだから当然だ。
 桃が舞う。くるりと舞う。眼鏡が陽の光を受けて、キラリと光る。レンズの向こうの夕陽色が鮮やかに輝いて見えた。
 まくり上げられた白衣から覗く腕が上空へと上がる。大きな手がひらひらとこちらに振られた。
 瞬間、熱を持つ。熱いものが頬から広がり、顔を染め上げていく。窓の外を見て陽光を浴び続けていたのが原因でないことは明らかだった。
 慌てて外から視線を逸らす。常磐色の瞳が、広げられたノートを一心に見つめた。
 気付かれた。授業中、余所見をしているのを見られてしまった。羞恥が、罪悪が、後悔が胸を満たしていく。
 いや、勘違いかもしれない。校舎の中から見れば、壁や屋上にいる彼の存在はすぐに目に留まるだろう。しかし逆、無数の窓が存在する校舎の中から一生徒を見つけることなど不可能に決まっているのだ。そもそも、授業中に窓の外を見ている生徒などたくさんいるに決まっている。己に手を振ってくれたなんてことはあり得ないのだ。きっと、勘違いだ。
 あぁ、それでも熱は収まらない。優しくしてくれている先生に、こんな不真面目な姿を見られたかもしれないのだ。恥ずかしいったらない。
 現実から逃げるように、少女はそっと目を閉じた。




潤す飴玉/ノア+レフ
あおいちさんには「笑ってください」で始まり、「懐かしい味がした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字程度)でお願いします。


「ほら、そんなに泣かないで。笑ってください」
 困ったように笑いながら、少年は目の前の頬を拭う。肌に寄せられたハンカチの生地は柔らかで、洗剤の良い匂いが心地良かった。心落ち着くものを与えられているというのに、少女の目からはボロボロと涙がこぼれるばかりだ。
 笑ってなんて無理だよ、と返そうにも、喉がつかえて形にできない。う、と嗚咽を漏らすばかりだ。そんな己を見ても、彼は呆れる様子無く流れる雫を拭ってくれた。
「飴でも舐めますか? 少し落ち着くかもしれません」
 そう言って烈風刀は衣装のポケットに手を入れる。しばしして出されたのは、手のひらサイズの丸いケースだった。中には外装と同じ色をした小さな丸い飴がたくさん詰まっている。スーパーでよく見る甘いのど飴だ。
 食べる、となんとか嗚咽交じりに返す。手を出してください、の言葉に、ノアは長い袖をまくり小さな手を出した。カラカラと音。手の上で振られた丸いプラスチックケースの中から、飴玉が一粒飛び出した。
 転がり落ちそうなそれを急いで口の中に放り込む。程よい甘さとフルーツの香りが口の中に広がっていく。コロコロと舌で、頬で転がす。少しだけ涙が引っ込んだ気がした。
「……おいしい」
「それはよかった」
 喉はちゃんとケアしないといけませんからね、と少年は笑いかける。喉。歌。ライブ。練習。たった一言から様々な言葉が引きずり出されていく。じわ、とまた涙が湧き出してきた。それもすぐ、少し濡れた布地に吸われて消えた。
「にあ、ちゃんが、わるい、の」
 のあだってちゃんとれんしゅうしてるのに、と言い訳めいた、否、言い訳でしかない言葉を吐いてしまう。自己嫌悪に、少女はぎゅっと目を閉じた。雫が珠となって地面へと落ちていく。
 元々内気で何事も不安がって自信があまり持てない己にとって、初めてのライブステージは不安でしかなかった。大丈夫かな、失敗しないかな、と弱音ばかり吐いてしまう己に、姉はいつだって大丈夫だと励ましてくれた。
 それでも、限界というものはあるらしい。大丈夫だって言ってるでしょ、と今日は強い言葉がぶつけられた。そんなに不安ならもっと練習すればいいじゃん。続けざまにぶつけられた言葉は、小さな心を抉った。
 練習ならいつもしている。放課後はもちろん、家に帰ってからも二人で歌詞や振り付けの確認は欠かさずにやっていた。その努力の積み重ねを知っているはずなのに。じわりとまた涙が浮かぶ。
 違う。悪いのは己だ。いつも励ましてくれる姉に甘えてばかりだったのが悪いのだ。分かっているのに、飛び出たのは謝罪の言葉ではなく大粒の涙と、ニアちゃんのいじわる、という泣き言だった。
 大好きな姉の顔が見たくなくて、走って、走って。気付いた時にはどこかの暗がりにいた。そして、たまたま通りかかった烈風刀に慰められる今に至る。
「二人がちゃんと練習しているのは皆知っていますよ。それこそ、ニアだって」
 ニアが一番分かっているはずです、と少年は涙を流す少女の頭を撫でる。優しい手つきに、また透明な雫が溢れる。拭ってくれるハンカチはすっかりとぐしょぐしょになっていた。
 これは秘密なんですけどね、と烈風刀は声をひそめる。口元に手を添える姿は内緒話をする時のそれだ。
「ニアもとっても不安みたいなんです。『大丈夫かな』っていつも尋ねてくるんですよ」
 少年の言葉に、ノアはぱちりと大きく瞬く。あの姉が、いつだって元気で、自信満々で、己を励ましてくれる姉が不安に思っているだなんて。そんな姿、ちっとも見せなかったというのに。
「『大丈夫』と言っても怖いみたいで。でも、『ノアちゃんとなら大丈夫だよね』って最後には言うんです」
 少女は再び瞬く。驚愕をあらわにした青に、碧は優しく笑いかける。大きな手が丸い頭をなぞった。
「ニアも、ノアと一緒で不安なんです。でも、ノアがいるから頑張っていられるのですよ」
 何があったかは僕には分かりませんけど、きっと二人なら大丈夫です。
 唱えるように言って、少年は可愛らしい頭を撫で続ける。慈愛に満ちた手つきだった。
 ボロボロと、涙が次々と溢れ出る。嗚咽が喉を突いて出る。止めなければいけないのに、止まる気がしなかった。ひたすらに幼稚な姿を晒す。それでも、彼は飽きることなく頭を撫で、涙を拭ってくれた。
 どれほど経っただろう、やっと嗚咽がおさまってくる。涙も少しずつながら姿を消しつつあった。
「落ち着きました?」
「……うん」
 ありがと、れふと、とまだ濡れた声で礼を言う。いえ、とずぶ濡れの顔をハンカチのまだ乾いている部分で拭われた。
「飴、もう一個食べますか?」
 泣いている内に飲み込んでしまったらしい。口内の甘い粒はいつの間にか無くなっていた。こくりと頷くと、また手のひらにまあるい飴が出される。すん、と鼻を啜って口に放り込む。食べ慣れた味だ。だって、いつも家で二人で舐めている飴なのだから。
「舐め終わったら戻りましょうか。きっとニアが探していますよ」
「……探してないよ」
「探してますよ。絶対に」
 断言する烈風刀に、ノアは懐疑的な目を向ける。瞬間、バイブレーション音が聞こえた。ポケットに手を入れ、少年は携帯端末を確認する。連絡だろうか。そうだ、彼だって練習の最中のはずだ。なのに、こんなところで無駄に時間を使わせてしまった。もう一個湧き出た罪悪感が胸を塗り潰していく。
「……ごめんね、れふと」
「いえいえ。僕も休憩したいところでしたから」
 練習続きじゃ気が張ってしまいますから、と少年は笑う。嘘ではないだろうが、本当でもないだろう。靄が晴れることはない。
 カラリ。ケースが音をたてる。大きな手に飴玉が転がる。そのまま、大きな口に吸い込まれていった。シャープな輪郭をした頬が動く。美味しいですね、と少年は笑った。うん、と少女も頷いた。
 食べ慣れた、姉との思い出が詰まった味が口の中を占めた。




新たな朝を待ちわびて/嬬武器兄弟
あおいちさんには「石段を駆け上がった」で始まり、「ほら、朝が来たよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以上でお願いします。
参考:2023/1/1 日の出日の入り時間



 一段飛ばしで階段を駆け上がる。足が振り上げられる度、手にしたビニール袋がうるさく音をたてた。ダン、と地を蹴る重い足音と、ビニールが擦れる音が暗闇に響く。
 ようやく住まう部屋に辿り着き、雷刀はポケットから鍵を取り出す。かじかむ手でキーをさしこみ、錠を開ける。戸を開けると同時に、ただいま、と帰宅を告げた。
 靴の踵を踏んで脱ぎ捨て、足早に廊下を進む。足下から這い寄る冷気に、ぶるりと身体を震わす。急いでリビングに繋がる扉を開くと、程よい温かさが迎えてくれた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
 今一度帰宅を告げると、柔らな声が返ってくる。こたつに身体を潜らせた烈風刀は、みかんの房を片手にこちらを見ていた。机上には、剥かれて半分に割られたオレンジ色が置かれている。おそらく待っている間に食べていたのだろう。
「肉まん食う腹無くなるぞ」
「みかん半分程度で大袈裟ですよ」
 そう言って彼はマグに口を付ける。淹れてから随分と経ったそれからは、柔らかな白い湯気は消え去っていた。もうかなり冷えているだろう。ビニール袋をこたつ机に置き、ちょうど空になったマグカップを二つ回収する。新しく淹れてくる、の言葉に、ありがとうございます、と礼が返された。
 電気ケトルに目分量で水を入れ、インスタントコーヒーをこれまた目分量でマグへと放りこむ。しばし待ち、カチンと音をたてたケトルから沸きたての湯を入れる。あっという間に熱いコーヒーの完成だ。肉まんに合うかは微妙なところではあるが、手軽に飲める温かいものといえばこれである。
 マグを両手にリビングへと帰る。弟は相変わらずみかんを食べていた。夜中、それも新年明けてばかりのテレビはあまり興味を引くものはやっていなかった。きっと手持ち無沙汰なのだろう。
 ほい、と弟の目の前に青いマグカップを差し出す。礼の言葉とともに、彼は湯気があがるそれを両手で受け取った。ぐるりと回り込み、彼の隣の面に腰を下ろす。分厚いこたつ布団の中に足を入れると、心地良い温度が末端を包んだ。ほぅ、と思わず溜め息が漏れ出る。
 先ほど置いたばかりの袋を漁る。中から取り出したのは、肉まんの包み二つだ。夜中に無性に食べたくなり、コンビニへと走ったのだ。お蕎麦とみかん食べたばかりでしょう、と小言を言う弟に、別腹とだけ返して外へと出た。瞬間、身を包んだ冷気に後悔を覚えたが、それ以上に食欲が勝った。衝動がままに足を動かし、二つ買ってまた走り、今に至る。
 冬真っ只中の空気に晒されていたというのに、丸い中華まんはまだ温かだった。赤で飾られた白いパッケージを一つ、無言で手渡す。ありがとうございます、とまた礼の言葉。柔らかな饅頭はそっと両手で受け取られた。
 止めるテープを取り、下に付いた敷き紙を剥がす。いただきます、と二人分の声。同時に大きな口でかぶりつく。温かな温度と皮の甘み、中に詰められた肉の旨味が舌を楽しませた。んめぇ、と思わず声を漏らす。
「やっぱ冬は肉まんだよなー」
「さっきまで『冬はみかんだ』と言ってたではないですか」
「どっちも」
 呆れた調子で笑う弟に、兄はケラケラと笑う。言葉を交わすのもそこそこに、互いに黙々と肉まんを食べる。こぶりなそれはあっという間に無くなった。ごちそうさまでした、と重なる声。くしゃりと丸められた紙と、丁寧に畳まれた紙が簡易的なゴミ箱に入れられた。橙が重なった箱の中に、白が咲く。
「今何時ー?」
「もうすぐ六時ですよ」
「初日の出って何時だっけ」
 朱の問いに、碧はえっと、とこぼして携帯端末を操る。しばしの沈黙。七時頃のようです、と液晶画面に表示されているのであろう情報が読み上げられた。
「まだまだじゃん」
「起きていられるんですか?」
「らくしょー」
 とは言ったものの、本当はもうかなり眠い。夜も遅いことはもちろんだが、肉まんでかなり腹が膨れてしまった。普段ならばこれ程度では腹は満たされないが、生憎昨晩お腹いっぱい蕎麦を食べ、今の今までみかんをだらだらと食べていたのだ。胃はかなり満たされていた。少し遠いコンビニまで走っていった疲れも今更になって襲ってくる。疲労感と満腹感が睡魔を誘う。けれども、せっかくここまで起きたのだ。何としてでも初日の出を拝みたい。
 みかんを食べ、携帯端末をいじり、時間が過ぎるのを待つ。睡魔は相変わらず居座り、眠りへと誘ってくる。気付けば、こくりこくりと船を漕いでいた。
 寝ないでくださいよ、と肩を叩かれる。寝ねーよ、という返事は思った以上にふにゃりとしていた。もごもごと口を動かす様子に、苦い笑いが返された。
 シャ、とカーテンが開けられる音。窓の向こうを見やると、真っ黒だった空はほのかに色を取り戻しているように見えた。
「ほら、もう少しで新年の朝が来ますよ。頑張ってください」




全ては三文字に帰結する/恋刃
葵壱さんには「最初は何とも思っていなかった」で始まり、「そっと笑いかけた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。


 最初は何とも思っていなかった。否、多大な喜びすら覚えていた。
 だって、大好きな姉と大好きな親友が仲良くなってくれるだなんて、嬉しいに決まっている。好きな人が好きな人のことを好ましく思ってくれるのだ。これほど嬉しいことはない。
 と、思っていたのだけれど。
「――それで、ミカエルが走っていっちゃって。慌てて追いかけたんです」
「あら、大変だったのね」
「でも、そのおかげで知らない綺麗な花壇を見つけたんです。満開のお花で埋め尽くされてて、とっても綺麗で。ミカエルが走っていかなかったら絶対に知らなかったから、よかったなぁって」
 えへへ、と奈奈はどこか面映ゆそうに笑みを浮かべる。たしかな喜びをにじませたそれに、紅刃は穏やかに素敵ね、と微笑みを浮かべた。
 穏やかな光景に反し、恋刃はわずかに目を眇める。平静を取り繕うとするも、整った細い眉はかすかに寄せられ眉間に薄く皺を作っていた。
 大好きな姉と大好きな親友が楽しく会話している。仲良くしてくれている。幸せな光景だ。喜ばしい現実だ。だというのに、このところは幸福に満ち満ちたそれを眺めると胸の内を得体の知れない何かが広がっていくのだ。暗いそれは小さな心を覆い影を落とす。胃もたれをしたような不快感が胸のあたりを満たす。解が無い問いを目の前にしたようにもやもやとする。訳の分からない現象だ。だって、好きな人と好きな人が仲良くしているのは幸せなのに。
「恋刃?」
 愛しい声が己の名をなぞる。そこでやっと、己が俯いていることに気付いた。
「はっ、はい。何でしょうか、お姉さま」
「奈奈ちゃんが持ってきてくれたチョコ美味しいわよ。食べないの?」
「たっ、食べます!」
 姉が差し出した箱から、妹は急いでチョコレートを一つ取ってかじる。チョコレートの豊かな風味と、ラズベリーの爽やかな香り、少しビターな味が口内に広がった。薄く険しさをまとった深緋の目が、ぱぁと輝いた。
「とっても美味しい!」
「よかった。恋刃も気に入ってくれて」
 赤い少女の歓喜に満ちた声に、七色の少女はふわりと笑みをこぼした。鮮やかな多色の瞳がふわりと弧を描く姿に、心臓がドキリと音をたてる。美味しい、と誤魔化すように言って、手にしたそれを食べきった。
「な、な。ねぇ、奈奈」
 手を拭き、隣に座る少女のワンピースの裾を引く。どうしたの恋刃、と不思議そうな視線と声がこちらに向けられた。
「このチョコ、どこで買ったの?」
「この間ショッピングモールに新しいお店ができたでしょ? そこで買ったの」
 ここ、と少女は箱の片隅にある紙片を取る。初めて見る店名だ。本当にオープンしたての店なのだろう。ねぇ、とほのかに揺れた調子の声。裾を握る指に温かなものが触れた。
「今度一緒に買いに行かない? 奈奈もこの味好きだから、もっと食べたいの」
「……もちろん! 連れてって!」
 奈奈の誘いに、恋刃は喜色満面の笑みを浮かべる。触れた手を取り、握り返した。目の前の虹色が、穏やかな弧を描いた。
「よかったわね」
 ふふ、と呼気のような笑声。姉だ。そうだ、この場には姉もいたのだ。親友との約束に浮かれて忘れていた。恥ずかしい姿を見せてしまった、と少女の頬に髪と同じ色が浮かんだ。
「はい」
 こちらに向けられていた虹色が、穏やかに細まった紅色へと向けられる。瞬間、どろりとしたものが胸に湧き上がった。訳の分からない感覚に、思わず身体が強張る。
 何故だ。今この瞬間まで幸せに包まれていたのに、何故こんなものが胸を満たすのだ。理由なんて皆目見当が付かない。正体も欠片も分からなかった。
「次のお休みで大丈夫?」
 声にはっとする。きゅ、と手を握った親友は、ほのかに頬を染めこちらを窺っていた。ドロドロとした何かが胸を掻き回す。美しいそれが、何故だか直視できない。
「えぇ、そうしましょう」
 少女は固さの残る顔でそっと笑いかけた。

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