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No.150
屋台明かりと紅い花【福→紅】
屋台明かりと紅い花【福→紅】
ボルテ軒とか椿ちゃんちとかの地元の店屋さんってお祭りとかに出店出してるのかなーとか考えた結果。
機会逃しまくって六年近く温めてたなど。
福紅増えろ……増えろ……。
本文を読む
ガヤガヤと騒がしい人の声が、屋台から漂う香ばしい匂いが、生ぬるい夏の夜風が肌を撫ぜる。湿度と気温に伴うほのかな息苦しさに、福龍は襟を緩めようと首元に手をやる。触れる前に腕を下ろし、長机の端に置いた小型扇風機へとほんの少しだけ身体を寄せた。店の名前を掲げた場所を任されているのだ、どれだけ暑くともだらしない格好をしてはならない。こんなことで店の評判が落ちては大問題だ。
実家の飲茶店は、今年も地元の祭に屋台を出店することに決めた。夏場、それも屋外で飲茶なんて、と初めの頃は考えていたが、意外と客足は良い。ごま団子や桃まんといった甘味を買っていく浴衣姿の女性客もいれば、ちまきやしゅうまいといった塩辛いものを買っていく赤ら顔の男性客もいる。そこそこの山を成していた料理の詰まったパックは、祭はまだ中頃だというのに三分の一ほどまで減っていた。
はぁ、と息を吐く。じっと立っているだけだというのにうんざりするほど暑い。夜とはいえ、今の時期は夏の盛りである。その上、焼け付く鉄板を扱う屋台たちからは多大なる熱が発生し場を満たしている。対策に持ってきた小型扇風機などほとんど役に立たないほど、会場は昼と変わらぬ空気をしていた。
椿がいないのは幸いだな、と少年は熱気でほんのりとぼやけた頭で考える。彼女がここにいれば、暑い暑いとひたすら文句を言っていただろう。暑さにやかましさまで加わっては堪ったものではない。
本当ならば毎年兄妹で店番をする手はずなのだが、妹は『友達と約束している』と言って遊びに行ってしまった。両親は出店を子ども二人に任せ、変わらず店を切り盛りしている。今は一人で店番をしている状態だ。家族全員人使いが荒いったらない。
屋台の裏側、足下に置いた鞄からペットボトルを取り出す。水分補給はしっかりしろ、と師範である父から毎年言われていた。事前に凍らせたそれは、もうほとんど溶けて緩く熱を孕みだしている。それでも、熱気に晒された常温のものを飲むよりずっとマシだ。キャップを開け、細いボトルを傾ける。ほんのりとした冷たさが喉を潤した。
「こんばんは」
夏の空気にそぐわぬ涼しげな声が耳を撫ぜる。客か、と福龍は急いでボトルから口を離し鞄に放り込んだ。はい、と接客用の声で応えて振り返る。金の目に映ったのは、つややかな黒い髪と夜闇でも鮮やかな紅の瞳だった。見覚えのある、否、見知った姿にドクリと心臓が大きく跳ねた。
「く、れは、さん……?」
食品を並べた机を挟んで向こう側、屋台の真ん前にいたのはクラスメイトであり想い人である紅刃だった。常は無彩色のセーラー服を纏う細い身は、大輪の赤い花が咲いて舞う白い浴衣に包まれている。腰まである長い髪は高い位置でまとめられ、大きな純白のコサージュが付けられたかんざしで彩られていた。
一体どうして、と漏らしそうになるのを必死で堪える。客に対して『どうして』なんて問いかけるのは失礼にも程がある。しかし、疑問を覚えるのは当然だ。椿が言う『友達』は高確率で紅刃を指す。妹と一緒にいると思い込んでいた級友が一人で目の前に現れたのだ。何故、と熱を持ち始めた脳味噌がもう一度声をあげた。
「椿と一緒じゃないんですか」
「そのはずだったんだけど、待ち合わせの場所に来ないのよね」
だからこっちに来てみたのだけれど、と少女はきょろきょろと辺りを見回す。妹の宣伝により、己ら兄妹の家が屋台を出しているのはクラス中に知れ渡っていた。現れぬ友人がいるかもしれない唯一の心当たりをたどってここに来たのだろう。
「あいつなら結構前に出てったんですけど」
「あら、そうなの」
店番よろしくネ、と片割れが元気に手を振って店を出て行ったのは、もう少し机上に商品が積み重なっていた頃だ。客足を考えると、ある程度時間が経っていることが予測される。なのに合流できていないというのはどういうことだろうか。
青い少年の言葉に、紅い少女は口元に手を添え大きな目を瞬かせた。提げた桃色の巾着に手を入れ、彼女は携帯端末を取り出す。液晶画面を見つめる瞳は、どこか曇って見えた。おそらく、椿に連絡を取ってみたものの返信が無いのだろう。あいつ、とここにいない兄妹に悪態を吐いた。
うぅん、と晒された細く白い喉から悩ましげな音が落ちる。決心するように丸く整った頭が小さく上下し頷く。紅い目がまっすぐにこちらを射抜いた。
「申し訳ないのだけれど、少しここで待たせてもらえないかしら? たぶん、待ち合わせ場所よりこっちに来る可能性の方が高いと思うの」
形の良い眉がわずかに下がり、八の字を描く。いつだってきりりとした美しい紅玉は、申し訳なさそうにほのかに細まっていた。人のことをよく考える優しい彼女のことだ、きっと無理を言っていると思っているのだろう。
少女の言うことは一理ある。待ち合わせ場所がどこかは知らないが、目の前の通路の様子を見るに会場内はどこも人が多いだろう。あのいつだって元気の有り余る妹は、その場をくまなく探すよりも会場内を駆けずり回って友人を探すに決まっている。ここにも来るはずだ。屋台の店先に立っていた方が目立って見つけやすいだろう。
それぐらい安いものである。けれども、少年の心は悲鳴をあげた。当たり前だ、突然『好きな女の子と二人きり』なんて状態に放り込まれるのだ。初心な心が耐えられるはずがない。
合理的な彼女の願いを取るか、無理だと叫ぶ己の心を取るか。
「……どうぞ」
天秤は前者に傾いた。沈黙の末に告げられた了承が渋々といったものに映ったのだろう、無理言ってごめんなさいね、と紅刃は依然眉尻を下げた表情で謝罪を紡いだ。全部椿のせいですから、とどうにかフォローを入れる。実際、全てはあの妹が悪いのだ。彼女が謝る必要など欠片も無い。罪悪感を覚えないでほしいが、あまり言葉を生み出すのが得意ではない己には上手く伝える術は無かった。
「ただ待たせてもらうのも悪いわね。ごま団子一ついただけるかしら?」
こぶりな巾着から財布を取り出し、紅は机上に並べられたパックを一つ指差す。五個入りのそれは、店で提供している物よりも少し小さい。会場内で食べ歩くことを考えてのサイズだ。
「いや、気を遣わなくてもいいですよ」
「待ってる間にお腹が空いちゃったの」
はい、と少女は硬貨を取り出しこちらに差し出す。ぐ、と喉が詰まったような音が思わず漏れた。言い訳までさせて気を遣わせているという事実に、心が苛まれる。本当にあいつ、と依然音沙汰が無い妹を恨みがましく思い浮かべた。
表示価格ぴったりの代金を受け取り、ありがとうございます、と平積みになったパックを一つ差し出す。ありがとう、と穏やかな微笑みと共に、紅い少女はフードパックを受け取った。ころりと中身の団子が薄っぺらい容器の中転がる。
カランコロンと赤い鼻緒の下駄が軽やかな音を奏でる。屋台と屋台の間、人が通ることのほとんどない薄暗がりに紅刃は移動する。手首に巾着を提げた手が、透明なパックを開ける。中に放り込まれたプラスチック製の楊枝を持ち、白ごまを纏った団子に刺した。紅で薄く彩られた健康的な色をした唇に、小さな甘味が吸い込まれていく。一口サイズのそれが可愛らしい口の中に消えていく。まろい輪郭を描く頬が上品に動いた。
「いつ食べても美味しいわね」
「……伝えておきます」
甘い飲茶に頬を緩める紅に、青は反射的に視線を逸らして返す。妹のせいで余計な気と金銭を使わせたという罪悪感はもちろん、想い人が己に向けて愛らしい笑みを浮かべている事実を受け止める度胸が無かった。化粧で更に美しく仕上げられたかんばせは、恋心を抱える少年にはあまりにも刺激が強い。既にキャパオーバーになりそうなほどである。
もぐもぐと紅い少女は団子を味わう。黙々と青い少年は屋台内を無意味に整理する。元々口数が多い方ではない己には、好きな女の子を会話で楽しませる自信など無かった。作業を言い訳に現実から逃げているのだ。何とも情けないことである。かろうじて出たのは、ゴミもらいます、の一言だけだった。
ガヤガヤと人が行き交う。風に吹かれて声が、匂いが、熱が少年少女を包む。賑やかな祭の場だというのに、二人の間には沈黙が流れていた。どうしよう、と伏した目をうろうろと泳がせる。月色の目に映ったのは、放置しっぱなしの銀色だった。
「……あの、座ってください」
屋台の屋根の下、荷物や道具を置く奥の机に立てかけてあったパイプ椅子を少女に差し出す。貸し出し時に用意されたものの、使っていない一脚だ。相手は慣れていないであろう下駄を履いた少女である、いつまでも立って待たせるわけにはいかない。かといって、飲食物を扱う屋台に部外者を入れるのは少しばかり気が引ける。己にできることは、椅子の提供が精一杯だ。
えっ、と少女は振り向く。こちらを見る柘榴石が、驚いたようにぱちりと瞬いた。
「悪いわ。大丈夫よ」
「下駄で立ちっぱなしは疲れるでしょう。使ってください」
「でも、こんなところで椅子に座るのはさすがに邪魔になっちゃうわ」
手を振って断る少女の言葉は正論であった。やはり、座ってもらうなら中に引き入れるべきだろうか。けれど。しかし。頭の中で問答を繰り返すも、答えは出ない。結局、そうですか、と手にしたそれを引き下げることしかできなかった。元の位置に銀の椅子を戻す。暖色の明かりに照らされる鉄素材は鈍く光っていた。
「……椿から連絡返ってきましたか?」
「まだね」
いつものことだから、と笑う紅刃に、福龍は苦い顔をする。普段からどれだけ迷惑を掛けているのだ、あの妹は。呆れと申し訳なさが恋心に揺れる胸を満たしていく。
「ちょっと電話してみます」
そうだ、最初からそうすればよかったのだ。何故思いつかなかったのだ。己を罵倒しつつ、急いで携帯端末を操り妹へと電話を掛ける。耳元でコール音が奏でられるが、十数回繰り返されてもあの無駄に元気な声がスピーカーから聞こえてくることはなかった。暇な時は端末をいじって遊んでいる彼女がこれほどまで出ないということは、現在手に持っていない疑いがある。もしくは、兄からの電話など対して重要ではないと無視しているのか。前者であってほしい。否、前者であっても困るのだけれど。
「出ないみたいね」
「……すみません」
そういう時もあるわ、と少女はひらひらと手を振る。頼りない姿を晒してしまった。内心顔を覆って蹲ってしまいたい気分だ。そんな情けない様など絶対に見せないが。
「そういえば毎年店番してるみたいだけど、大変じゃない?」
「家での店番とあまり変わらないので、特には」
妹に比べ営業トークが苦手な己が接客をするのと、小さな金庫一つで金銭を管理するのはいささか不安である。しかし、それをわざわざ言う必要など無い。この歳でその程度のことを懸念する様子など他人に見せたくなかった。相手が恋心を寄せる相手ならば尚更である。
「実家がお店って大変ね」
「紅刃さんも神社の手伝いが大変でしょう」
「そうでもないわよ? 忙しいのは七五三の時期と年末年始ぐらいだもの」
毎日手伝ってるあなたの方がすごいわ。
尊敬の念がにじむ声で、穏やかながらも儚げな笑顔で、紅刃はこちらを覗き込むようにそっと首を傾ける。提灯の明るくもどこか淡い光に照らされたかんばせは、美しい以外に表現する言葉が無かった。
心臓が大きく音をたてる。脈が早くなる。口内が渇きを覚える。顔に熱が集中していく。特に、頬が熱くなるのが嫌でも分かった。
いえ、と短く返し、福龍はふぃと視線を逸らす。今の己は大層情けない顔をしているだろう。こんな赤い顔を、緩んだ顔を見せるわけにはいかなかった。
また沈黙が二人を包む。相手はどうか分からないが、己にとっては気まずくて仕方が無い。せめて客が来れば接客を言い訳に逃げることができるのだが、生憎客足は途絶えて久しい。暑いのだから当たり前だ。分かっているものの、何故こんな時ばかり、と心の中で頭を抱えた。
「紅刃ー!」
騒がしいほどの雑踏の中、聞き慣れた声がまっすぐに飛んでくる。人混みを器用に縫って現れたのは、己と同じ青い髪を振り乱して駆ける少女、双子の妹の椿だ。
「紅刃ー! 待たせてごめんアル!」
「お前、今までどこに行ってたんだ」
「父上に呼ばれてたアル。友達と遊ぶならこれ持ってけって」
申し訳なさそうに謝る妹に、兄は刺々しい声を飛ばす。瞬時にけろりとした顔をした彼女は、手に持ったビニール袋を掲げた。乳白色のそれの中身を三人で覗き込む。薄い袋の中には、プラスチックパックに詰められたごま団子と桃まん、大福に杏仁豆腐のカップまで入っていた。気前が良いことだが、女子高生二人で食べきるには無茶な量だ。友達をどれだけ大人数と想定して持たせたのだろうか。
「あら、いいのかしら」
「いいに決まってるネ。父上、紅刃に食べてもらうの楽しみにしてたみたいアルヨ」
あの子は美味しそうに食べるからって張り切ってたアル、と椿はニコニコと笑みを浮かべる。呼ばれた少女は、恥ずかしげに口元を隠した。白い頬にほのかに色が浮かぶ。
たしかに、彼女はいつも涼やかな顔を柔らかに綻ばせ美味しそうに食べてくれる。師範が張り切るのも納得だ。ただ、その言葉を食い意地が張っている、と捉えてしまったのだろうか。そうかしら、とこぼす声は少し揺れていた。
「先に食べてから行くネ。福龍、詰めるアル」
「いや、お前、屋台内にはさすがに――」
「商品には触れない隅っこにいるから大丈夫ネ! ほら、椅子貸すアル」
止める福龍など気に掛けず、椿は紅刃の背を押す。狭い屋台の中に高校生の少女が二人入ってくる。浴衣姿の想い人が近づいてくる。人が三人並ぶのがやっとのスペースだ、距離は触れてしまいそうなほど近くなってしまった。心拍数が上昇する。唇が緊張で引き結ばれる。口の中から水分が失われていく。一歩下がろうとしたところで、妹が間に割って入った。ほら貸すアル、とたおやかながらもしっかりとした手が後ろにあるパイプ椅子を取った。安堵とかすかな口惜しさが胸に広がっていく。馬鹿らしいそれを消し飛ばすように、濃い青の頭がぶんぶんと振られた。
「福龍ー、杏仁豆腐食べるアルカー?」
「足りるのか?」
「多いくらいネ。というかこれ、絶対福龍の分も入ってるアル。食べなきゃダメアルヨ」
ほら、と椅子に座った妹は白で満たされたプラスチックカップを差し出してくる。分かった、と兄は大人しく受け取った。妹も想い人もよく食べる方だが、それでも二人で食べきるには難しい量に見える。最初から合流することを見越して己の分も入れて寄越したのだろうか。それとも、単に娘の友人のために張り切りすぎたのか。妹に少し甘い師範のことを考えると、どちらかといえば後者のようにも思える。
美味しーアル。美味しい。腰を落ち着けた少女らから高い声があがる。可愛らしい光景に頬を緩めながら、少年もスプーンを取った。プラスチックの小さなそれが、白い個体をすくい上げる。口に運ぶと、何とも言えない生ぬるさと確かなる甘みが口内に広がった。美味しいが、暑い夏の夜にはなんとも言い難い感覚である。それを見越して彼女は押しつけてきたのだろうか。
軽快に会話を交わしながら、少女らは飲茶に舌鼓を打つ。その間にも、客はちらほらと現れる。忙しく一人対応に追われながらも、少年は内心安堵の溜め息を吐いた。ただ立っているだけでは、どうにも想いを抱えた少女へと意識が向いてしまう。作業をしていた方が気が紛れてよかった。
食べた食べた、と椿は声をあげる。ごちそうさまでした、と紅刃は礼儀正しく言う。青髪の少女は立ち上がり、中身がまだ少し入った袋を奥の机に置いた。ぽん、と肩を叩かれる。ちらりと視線を向けると、ニコリと笑んだ妹の姿があった。
「じゃ、店番よろしくネ」
「終わるまでには帰ってこいよ」
「分かってるアル」
当たり前だというように言うが、毎年彼女は忘れて遊び、両親が店を終えるまで己一人で後始末をするのだ。おそらく今年もそうだろう。もう諦めていた。
「ちゃんと帰すから安心して」
「……すみません」
いたずらげに微笑む紅刃に、福龍は申し訳なさそうに返す。子どもじゃないアルヨ、とむくれた声が飛んできた。忘れて遊ぶのは子どもだろ、と返すと、膨れた頬から呻り声が漏れた。
よろしくアルー。待たせてくれてありがとう。元気な声と温かな声を残し、赤い背と白い背が雑踏へと混じっていく。視界からその二色が消えたのを確認したところで、はぁ、と酷く大きく重い溜め息を吐いた。頼りない足取りで隅に向かい、パイプ椅子に腰を下ろす。ガシャン、と耳障りな音が祭の片隅に響いた。
顔を片手で覆う。触れた頬はまだ熱を持っていた。あまりにも幼稚な己の反応に、少年はもう一度溜息を漏らした。現実から逃げるようにぎゅっと目を閉じる。瞼の裏に、浴衣姿の少女が浮かんだ。慌てて目を見開く。強く頭を振ってあの美しい姿を消し飛ばそうとした。
道具が雑多に並ぶ机の隅に置いた時計を見やる。二本の針は、祭の終わりまでまだまだ時間があることを語っていた。
遊びに行ったのだ、また彼女が姿を現すことはない。落ち着いて、ゆっくり店番をしよう。茹だる頭でどうにか考え、少年は椅子から立ち上がった。
提灯の暖色の明かりが、机上の透明なパックと飲茶たちを照らしていた。
畳む
#福紅
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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屋台明かりと紅い花【福→紅】
屋台明かりと紅い花【福→紅】ボルテ軒とか椿ちゃんちとかの地元の店屋さんってお祭りとかに出店出してるのかなーとか考えた結果。機会逃しまくって六年近く温めてたなど。
福紅増えろ……増えろ……。
ガヤガヤと騒がしい人の声が、屋台から漂う香ばしい匂いが、生ぬるい夏の夜風が肌を撫ぜる。湿度と気温に伴うほのかな息苦しさに、福龍は襟を緩めようと首元に手をやる。触れる前に腕を下ろし、長机の端に置いた小型扇風機へとほんの少しだけ身体を寄せた。店の名前を掲げた場所を任されているのだ、どれだけ暑くともだらしない格好をしてはならない。こんなことで店の評判が落ちては大問題だ。
実家の飲茶店は、今年も地元の祭に屋台を出店することに決めた。夏場、それも屋外で飲茶なんて、と初めの頃は考えていたが、意外と客足は良い。ごま団子や桃まんといった甘味を買っていく浴衣姿の女性客もいれば、ちまきやしゅうまいといった塩辛いものを買っていく赤ら顔の男性客もいる。そこそこの山を成していた料理の詰まったパックは、祭はまだ中頃だというのに三分の一ほどまで減っていた。
はぁ、と息を吐く。じっと立っているだけだというのにうんざりするほど暑い。夜とはいえ、今の時期は夏の盛りである。その上、焼け付く鉄板を扱う屋台たちからは多大なる熱が発生し場を満たしている。対策に持ってきた小型扇風機などほとんど役に立たないほど、会場は昼と変わらぬ空気をしていた。
椿がいないのは幸いだな、と少年は熱気でほんのりとぼやけた頭で考える。彼女がここにいれば、暑い暑いとひたすら文句を言っていただろう。暑さにやかましさまで加わっては堪ったものではない。
本当ならば毎年兄妹で店番をする手はずなのだが、妹は『友達と約束している』と言って遊びに行ってしまった。両親は出店を子ども二人に任せ、変わらず店を切り盛りしている。今は一人で店番をしている状態だ。家族全員人使いが荒いったらない。
屋台の裏側、足下に置いた鞄からペットボトルを取り出す。水分補給はしっかりしろ、と師範である父から毎年言われていた。事前に凍らせたそれは、もうほとんど溶けて緩く熱を孕みだしている。それでも、熱気に晒された常温のものを飲むよりずっとマシだ。キャップを開け、細いボトルを傾ける。ほんのりとした冷たさが喉を潤した。
「こんばんは」
夏の空気にそぐわぬ涼しげな声が耳を撫ぜる。客か、と福龍は急いでボトルから口を離し鞄に放り込んだ。はい、と接客用の声で応えて振り返る。金の目に映ったのは、つややかな黒い髪と夜闇でも鮮やかな紅の瞳だった。見覚えのある、否、見知った姿にドクリと心臓が大きく跳ねた。
「く、れは、さん……?」
食品を並べた机を挟んで向こう側、屋台の真ん前にいたのはクラスメイトであり想い人である紅刃だった。常は無彩色のセーラー服を纏う細い身は、大輪の赤い花が咲いて舞う白い浴衣に包まれている。腰まである長い髪は高い位置でまとめられ、大きな純白のコサージュが付けられたかんざしで彩られていた。
一体どうして、と漏らしそうになるのを必死で堪える。客に対して『どうして』なんて問いかけるのは失礼にも程がある。しかし、疑問を覚えるのは当然だ。椿が言う『友達』は高確率で紅刃を指す。妹と一緒にいると思い込んでいた級友が一人で目の前に現れたのだ。何故、と熱を持ち始めた脳味噌がもう一度声をあげた。
「椿と一緒じゃないんですか」
「そのはずだったんだけど、待ち合わせの場所に来ないのよね」
だからこっちに来てみたのだけれど、と少女はきょろきょろと辺りを見回す。妹の宣伝により、己ら兄妹の家が屋台を出しているのはクラス中に知れ渡っていた。現れぬ友人がいるかもしれない唯一の心当たりをたどってここに来たのだろう。
「あいつなら結構前に出てったんですけど」
「あら、そうなの」
店番よろしくネ、と片割れが元気に手を振って店を出て行ったのは、もう少し机上に商品が積み重なっていた頃だ。客足を考えると、ある程度時間が経っていることが予測される。なのに合流できていないというのはどういうことだろうか。
青い少年の言葉に、紅い少女は口元に手を添え大きな目を瞬かせた。提げた桃色の巾着に手を入れ、彼女は携帯端末を取り出す。液晶画面を見つめる瞳は、どこか曇って見えた。おそらく、椿に連絡を取ってみたものの返信が無いのだろう。あいつ、とここにいない兄妹に悪態を吐いた。
うぅん、と晒された細く白い喉から悩ましげな音が落ちる。決心するように丸く整った頭が小さく上下し頷く。紅い目がまっすぐにこちらを射抜いた。
「申し訳ないのだけれど、少しここで待たせてもらえないかしら? たぶん、待ち合わせ場所よりこっちに来る可能性の方が高いと思うの」
形の良い眉がわずかに下がり、八の字を描く。いつだってきりりとした美しい紅玉は、申し訳なさそうにほのかに細まっていた。人のことをよく考える優しい彼女のことだ、きっと無理を言っていると思っているのだろう。
少女の言うことは一理ある。待ち合わせ場所がどこかは知らないが、目の前の通路の様子を見るに会場内はどこも人が多いだろう。あのいつだって元気の有り余る妹は、その場をくまなく探すよりも会場内を駆けずり回って友人を探すに決まっている。ここにも来るはずだ。屋台の店先に立っていた方が目立って見つけやすいだろう。
それぐらい安いものである。けれども、少年の心は悲鳴をあげた。当たり前だ、突然『好きな女の子と二人きり』なんて状態に放り込まれるのだ。初心な心が耐えられるはずがない。
合理的な彼女の願いを取るか、無理だと叫ぶ己の心を取るか。
「……どうぞ」
天秤は前者に傾いた。沈黙の末に告げられた了承が渋々といったものに映ったのだろう、無理言ってごめんなさいね、と紅刃は依然眉尻を下げた表情で謝罪を紡いだ。全部椿のせいですから、とどうにかフォローを入れる。実際、全てはあの妹が悪いのだ。彼女が謝る必要など欠片も無い。罪悪感を覚えないでほしいが、あまり言葉を生み出すのが得意ではない己には上手く伝える術は無かった。
「ただ待たせてもらうのも悪いわね。ごま団子一ついただけるかしら?」
こぶりな巾着から財布を取り出し、紅は机上に並べられたパックを一つ指差す。五個入りのそれは、店で提供している物よりも少し小さい。会場内で食べ歩くことを考えてのサイズだ。
「いや、気を遣わなくてもいいですよ」
「待ってる間にお腹が空いちゃったの」
はい、と少女は硬貨を取り出しこちらに差し出す。ぐ、と喉が詰まったような音が思わず漏れた。言い訳までさせて気を遣わせているという事実に、心が苛まれる。本当にあいつ、と依然音沙汰が無い妹を恨みがましく思い浮かべた。
表示価格ぴったりの代金を受け取り、ありがとうございます、と平積みになったパックを一つ差し出す。ありがとう、と穏やかな微笑みと共に、紅い少女はフードパックを受け取った。ころりと中身の団子が薄っぺらい容器の中転がる。
カランコロンと赤い鼻緒の下駄が軽やかな音を奏でる。屋台と屋台の間、人が通ることのほとんどない薄暗がりに紅刃は移動する。手首に巾着を提げた手が、透明なパックを開ける。中に放り込まれたプラスチック製の楊枝を持ち、白ごまを纏った団子に刺した。紅で薄く彩られた健康的な色をした唇に、小さな甘味が吸い込まれていく。一口サイズのそれが可愛らしい口の中に消えていく。まろい輪郭を描く頬が上品に動いた。
「いつ食べても美味しいわね」
「……伝えておきます」
甘い飲茶に頬を緩める紅に、青は反射的に視線を逸らして返す。妹のせいで余計な気と金銭を使わせたという罪悪感はもちろん、想い人が己に向けて愛らしい笑みを浮かべている事実を受け止める度胸が無かった。化粧で更に美しく仕上げられたかんばせは、恋心を抱える少年にはあまりにも刺激が強い。既にキャパオーバーになりそうなほどである。
もぐもぐと紅い少女は団子を味わう。黙々と青い少年は屋台内を無意味に整理する。元々口数が多い方ではない己には、好きな女の子を会話で楽しませる自信など無かった。作業を言い訳に現実から逃げているのだ。何とも情けないことである。かろうじて出たのは、ゴミもらいます、の一言だけだった。
ガヤガヤと人が行き交う。風に吹かれて声が、匂いが、熱が少年少女を包む。賑やかな祭の場だというのに、二人の間には沈黙が流れていた。どうしよう、と伏した目をうろうろと泳がせる。月色の目に映ったのは、放置しっぱなしの銀色だった。
「……あの、座ってください」
屋台の屋根の下、荷物や道具を置く奥の机に立てかけてあったパイプ椅子を少女に差し出す。貸し出し時に用意されたものの、使っていない一脚だ。相手は慣れていないであろう下駄を履いた少女である、いつまでも立って待たせるわけにはいかない。かといって、飲食物を扱う屋台に部外者を入れるのは少しばかり気が引ける。己にできることは、椅子の提供が精一杯だ。
えっ、と少女は振り向く。こちらを見る柘榴石が、驚いたようにぱちりと瞬いた。
「悪いわ。大丈夫よ」
「下駄で立ちっぱなしは疲れるでしょう。使ってください」
「でも、こんなところで椅子に座るのはさすがに邪魔になっちゃうわ」
手を振って断る少女の言葉は正論であった。やはり、座ってもらうなら中に引き入れるべきだろうか。けれど。しかし。頭の中で問答を繰り返すも、答えは出ない。結局、そうですか、と手にしたそれを引き下げることしかできなかった。元の位置に銀の椅子を戻す。暖色の明かりに照らされる鉄素材は鈍く光っていた。
「……椿から連絡返ってきましたか?」
「まだね」
いつものことだから、と笑う紅刃に、福龍は苦い顔をする。普段からどれだけ迷惑を掛けているのだ、あの妹は。呆れと申し訳なさが恋心に揺れる胸を満たしていく。
「ちょっと電話してみます」
そうだ、最初からそうすればよかったのだ。何故思いつかなかったのだ。己を罵倒しつつ、急いで携帯端末を操り妹へと電話を掛ける。耳元でコール音が奏でられるが、十数回繰り返されてもあの無駄に元気な声がスピーカーから聞こえてくることはなかった。暇な時は端末をいじって遊んでいる彼女がこれほどまで出ないということは、現在手に持っていない疑いがある。もしくは、兄からの電話など対して重要ではないと無視しているのか。前者であってほしい。否、前者であっても困るのだけれど。
「出ないみたいね」
「……すみません」
そういう時もあるわ、と少女はひらひらと手を振る。頼りない姿を晒してしまった。内心顔を覆って蹲ってしまいたい気分だ。そんな情けない様など絶対に見せないが。
「そういえば毎年店番してるみたいだけど、大変じゃない?」
「家での店番とあまり変わらないので、特には」
妹に比べ営業トークが苦手な己が接客をするのと、小さな金庫一つで金銭を管理するのはいささか不安である。しかし、それをわざわざ言う必要など無い。この歳でその程度のことを懸念する様子など他人に見せたくなかった。相手が恋心を寄せる相手ならば尚更である。
「実家がお店って大変ね」
「紅刃さんも神社の手伝いが大変でしょう」
「そうでもないわよ? 忙しいのは七五三の時期と年末年始ぐらいだもの」
毎日手伝ってるあなたの方がすごいわ。
尊敬の念がにじむ声で、穏やかながらも儚げな笑顔で、紅刃はこちらを覗き込むようにそっと首を傾ける。提灯の明るくもどこか淡い光に照らされたかんばせは、美しい以外に表現する言葉が無かった。
心臓が大きく音をたてる。脈が早くなる。口内が渇きを覚える。顔に熱が集中していく。特に、頬が熱くなるのが嫌でも分かった。
いえ、と短く返し、福龍はふぃと視線を逸らす。今の己は大層情けない顔をしているだろう。こんな赤い顔を、緩んだ顔を見せるわけにはいかなかった。
また沈黙が二人を包む。相手はどうか分からないが、己にとっては気まずくて仕方が無い。せめて客が来れば接客を言い訳に逃げることができるのだが、生憎客足は途絶えて久しい。暑いのだから当たり前だ。分かっているものの、何故こんな時ばかり、と心の中で頭を抱えた。
「紅刃ー!」
騒がしいほどの雑踏の中、聞き慣れた声がまっすぐに飛んでくる。人混みを器用に縫って現れたのは、己と同じ青い髪を振り乱して駆ける少女、双子の妹の椿だ。
「紅刃ー! 待たせてごめんアル!」
「お前、今までどこに行ってたんだ」
「父上に呼ばれてたアル。友達と遊ぶならこれ持ってけって」
申し訳なさそうに謝る妹に、兄は刺々しい声を飛ばす。瞬時にけろりとした顔をした彼女は、手に持ったビニール袋を掲げた。乳白色のそれの中身を三人で覗き込む。薄い袋の中には、プラスチックパックに詰められたごま団子と桃まん、大福に杏仁豆腐のカップまで入っていた。気前が良いことだが、女子高生二人で食べきるには無茶な量だ。友達をどれだけ大人数と想定して持たせたのだろうか。
「あら、いいのかしら」
「いいに決まってるネ。父上、紅刃に食べてもらうの楽しみにしてたみたいアルヨ」
あの子は美味しそうに食べるからって張り切ってたアル、と椿はニコニコと笑みを浮かべる。呼ばれた少女は、恥ずかしげに口元を隠した。白い頬にほのかに色が浮かぶ。
たしかに、彼女はいつも涼やかな顔を柔らかに綻ばせ美味しそうに食べてくれる。師範が張り切るのも納得だ。ただ、その言葉を食い意地が張っている、と捉えてしまったのだろうか。そうかしら、とこぼす声は少し揺れていた。
「先に食べてから行くネ。福龍、詰めるアル」
「いや、お前、屋台内にはさすがに――」
「商品には触れない隅っこにいるから大丈夫ネ! ほら、椅子貸すアル」
止める福龍など気に掛けず、椿は紅刃の背を押す。狭い屋台の中に高校生の少女が二人入ってくる。浴衣姿の想い人が近づいてくる。人が三人並ぶのがやっとのスペースだ、距離は触れてしまいそうなほど近くなってしまった。心拍数が上昇する。唇が緊張で引き結ばれる。口の中から水分が失われていく。一歩下がろうとしたところで、妹が間に割って入った。ほら貸すアル、とたおやかながらもしっかりとした手が後ろにあるパイプ椅子を取った。安堵とかすかな口惜しさが胸に広がっていく。馬鹿らしいそれを消し飛ばすように、濃い青の頭がぶんぶんと振られた。
「福龍ー、杏仁豆腐食べるアルカー?」
「足りるのか?」
「多いくらいネ。というかこれ、絶対福龍の分も入ってるアル。食べなきゃダメアルヨ」
ほら、と椅子に座った妹は白で満たされたプラスチックカップを差し出してくる。分かった、と兄は大人しく受け取った。妹も想い人もよく食べる方だが、それでも二人で食べきるには難しい量に見える。最初から合流することを見越して己の分も入れて寄越したのだろうか。それとも、単に娘の友人のために張り切りすぎたのか。妹に少し甘い師範のことを考えると、どちらかといえば後者のようにも思える。
美味しーアル。美味しい。腰を落ち着けた少女らから高い声があがる。可愛らしい光景に頬を緩めながら、少年もスプーンを取った。プラスチックの小さなそれが、白い個体をすくい上げる。口に運ぶと、何とも言えない生ぬるさと確かなる甘みが口内に広がった。美味しいが、暑い夏の夜にはなんとも言い難い感覚である。それを見越して彼女は押しつけてきたのだろうか。
軽快に会話を交わしながら、少女らは飲茶に舌鼓を打つ。その間にも、客はちらほらと現れる。忙しく一人対応に追われながらも、少年は内心安堵の溜め息を吐いた。ただ立っているだけでは、どうにも想いを抱えた少女へと意識が向いてしまう。作業をしていた方が気が紛れてよかった。
食べた食べた、と椿は声をあげる。ごちそうさまでした、と紅刃は礼儀正しく言う。青髪の少女は立ち上がり、中身がまだ少し入った袋を奥の机に置いた。ぽん、と肩を叩かれる。ちらりと視線を向けると、ニコリと笑んだ妹の姿があった。
「じゃ、店番よろしくネ」
「終わるまでには帰ってこいよ」
「分かってるアル」
当たり前だというように言うが、毎年彼女は忘れて遊び、両親が店を終えるまで己一人で後始末をするのだ。おそらく今年もそうだろう。もう諦めていた。
「ちゃんと帰すから安心して」
「……すみません」
いたずらげに微笑む紅刃に、福龍は申し訳なさそうに返す。子どもじゃないアルヨ、とむくれた声が飛んできた。忘れて遊ぶのは子どもだろ、と返すと、膨れた頬から呻り声が漏れた。
よろしくアルー。待たせてくれてありがとう。元気な声と温かな声を残し、赤い背と白い背が雑踏へと混じっていく。視界からその二色が消えたのを確認したところで、はぁ、と酷く大きく重い溜め息を吐いた。頼りない足取りで隅に向かい、パイプ椅子に腰を下ろす。ガシャン、と耳障りな音が祭の片隅に響いた。
顔を片手で覆う。触れた頬はまだ熱を持っていた。あまりにも幼稚な己の反応に、少年はもう一度溜息を漏らした。現実から逃げるようにぎゅっと目を閉じる。瞼の裏に、浴衣姿の少女が浮かんだ。慌てて目を見開く。強く頭を振ってあの美しい姿を消し飛ばそうとした。
道具が雑多に並ぶ机の隅に置いた時計を見やる。二本の針は、祭の終わりまでまだまだ時間があることを語っていた。
遊びに行ったのだ、また彼女が姿を現すことはない。落ち着いて、ゆっくり店番をしよう。茹だる頭でどうにか考え、少年は椅子から立ち上がった。
提灯の暖色の明かりが、机上の透明なパックと飲茶たちを照らしていた。
畳む
#福紅