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No.165

8|15【新3号】

8|15【新3号】
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うちの新3号の設定が固まったので。
「ふしぎな1匹のコジャケを連れ日銭を稼ぐ暮らしを送っていたイカの若者」が一体何をどうしてナワバリバトルやってるんだろうと考えた結果がこちらになります。捏造と独自設定しかない。ご理解。

 は、と呼気に似た声が薄暗い室内に落ちる。疑問符が多分に含まれたそれは薄いものだった。音がこぼれた口はぽかんと間抜けに開いている。それも形を変え、瞬く間に真一文字に引き結ばれた。飾り気の無い唇がわなわなと震える。感情、そしてそれに連れ動く表情筋とともに薄く開き始めたそこから鋭い牙が覗いた。
「な、んで! 何で先週よりも安いのよ! おかしいでしょ!」
 バン、と机上に手を突く、否、平手を思いきり叩きつける音が狭い空間に響き渡る。感情たっぷりの怒号はきっと厚い扉の向こう側にも聞こえているだろう。こんな日常茶飯な音を聞いたとて、誰かがやってくるはずがないのだけれど。
「物の価値ってもんは移り変わっていくもんだよ、お嬢ちゃん。供給が多ければその分価値は下がる。もちろん、値段もね」
 激昂する少女の様子など欠片も気にすることなく、店主は大仰に肩をすくめて言う。いくつもある足の一つで持ったたばこが紫煙を立ち上らせていた。細くあがるそれが部屋に独特の匂いを炊き込めていた。
「にしたって低すぎるでしょ!」
 依然怒りをあらわに、インクリングの少女は積み上げた品々、その隣に置かれた電卓を勢い良く指差す。古びた液晶に示されたデジタルの数字は、先週見た者よりも随分と小さなものになっていた。下手をすれば桁が一つ減るほどである。
「状態も先週よりいいじゃない! おかしいでしょ!」
「状態が良い? いやいや、先週と変わりないさ。同じぐらい壊れてる(ジャンクだ)よ。お嬢ちゃん」
 つい先ほど査定を終えた品々を指差し、少女は叫びと同義の声をあげる。相対する店主は涼しげな顔で手を横に振った。これと、これと、これもだね。幾多もある細い足の一つを使い、彼は机上の品をリズムよく指差していく。彼曰く、ほぼ全てのものが価値の低いガラクタ(ジャンク)らしい。
 そんなはずないでしょ、とインクリングは食らいつく。そんなはずあるさ、と甲殻類は口元にたばこを運ぶ。小さな口が細いそれを咥え、わざとらしく音をたてて吸った。ふぅ、と深い息とともに白い煙が室内にたなびく。鼻を刺すような凄まじい匂いに、少女は大袈裟なほど顔をしかめた。接客中にたばこを吸うなど、客商売としてあるまじき姿勢だ。それが許されているような、それが当然であるかのように振る舞うやつらが有意に立つ場所なのだ、ここは。
「お嬢ちゃんの目は悪かないけどね、さすがに本職(俺たち)には劣る。プロの言葉は信じるもんだよ、お嬢ちゃん」
「その『お嬢ちゃん』ってのやめなさいって言ってるでしょ」
「名乗らないのなら『お嬢ちゃん』と呼ぶ他無いだろう」
 愛らしい真ん丸な目をこれでもかと眇め、鋭いカラストンビを剥き出しに、少女は店主を睨みつける。小童の威嚇なぞどこ吹く風とばかりに、甲殻類特有の小さな頭が傾げられた。
 こんな界隈で律儀に名を名乗る馬鹿などいない。本名はもちろん、あだ名すら命に繋がる情報だ。そんなもの、自ら差し出すメリットなど一欠片も無い。いつだって薄暗い街外れの裏路地、日の当たらないそこに立ち並ぶ怪しい店店で時を過ごす者に対してならば尚更だ。現に、この路地を利用する者のみならず、店を構える者たちすら誰一人として名を名乗らない。呼ぶのも名乗るのも、『ジャンク屋』と言った店の特徴や屋号だ。この『ジャンク屋』を何十回と利用しているが、己も店主の名など全く知らない――知ったところでここらで売ってカネになる情報ではないのだからどうでもいいのだけれど。
 まぁ、と泡を出すはずの口から紫煙が昇る。有害物質を多分に含んだ白は、シミだらけの天井へと姿を消していった。
「納得できないんだったら無理に売る必要はないよ、お嬢ちゃん。うちじゃなくて他所を当たるといいさ。もっと高く買うところもあるかもしれないだろうね」
 そう言って、店主は涼しげな顔でたばこを呑む。また紫煙が店内を漂った。反し、少女はこれでもかと眉を寄せる。ギリ、硬質な者が擦れ合う嫌な音が煙に支配されつつある空間に落ちた。
 何が『他所を当たるといい』だ。ここらで掘り出されたガラクタ(ジャンク品)の買取を行っているのはこの店ぐらいである。ここ以外となると、それこそ砂漠の向こう、地方と地方の境目まで行かねばならない。それを分かっての言動だ。つまり、完全に足元を見られている。見下されている。良いカモだと侮られているのだ。
「……いいわよ! もうこれでいいわよ! さっさと代金よこしなさい!」
 バン、と今一度机を叩き、インクリングの少女は叫ぶ。青いまなこは頭四つは上の黒い目を睨みつけていた。そう急ぎなさんな、と鋭い視線をはねのけるように手を振り、店主は電卓片手にレジへと歩む。癇癪を起こした子どもを宥めるそれと全く同じ音色をしていた。腹の奥底に熱いものがぐるぐると渦巻く。今にも喉を突いて出そうになる罵声を歯を食い縛って堪える。これ以上騒いでは出入り禁止だどうだとほのめかしてくるだろう。そこまでの面倒事は避けたかった。避けざるを得ないのだ。ジャンク品を売りさばく以外、己がまともに生計を立てる方法は無いのだから。
「あぁ、あとこれは買い取れないね」
 レジスターから通貨を取り出しながら、店主は上から二本目の足で机の端を指差す。そこにあったのは、金属ケースに入った銃だった。弾丸を込めて撃つものではない。インクリングやオクトリングのような体内にインク袋を持つ者たちがインクを充填して使うものだ。インクを持ちいるこの武器は、巷で大流行のナワバリバトルとやらに使われるものだと聞いている。需要で溢れているであろう代物、それも新品同義の状態の良い品ならば大層な金額になるだろうと踏んで持ってきたのだが、まさかの買い取り拒否である。
「何でよ。新品同然でしょ、これ」
「新品だろうがジャンク品だろうが買い取れないよ、お嬢ちゃん。協会の連中にどやされちまう」
 またもや噛みつく少女に、店主はひらひらと手を振って答える。これはカンブリアームズに持っていきな、と手早く蓋を閉じて突き返された。
 ふぅん、とケース片手に少女は鼻を鳴らす。協会、とやらは何か知らないが、ここらの商売人が避けるのだからよっぽどのものなのだろう。こいつらがどれほど被害に遭おうがしったこっちゃないが、一度所有者となってしまった己の身に火の粉が降りかかってくる可能性があるならば話は別だ。こればかりは諦める他無い。
 あいよ、とコイントレー――とは名ばかりのただの浅い紙箱だ――に通貨が並べられる。素早く奪い取り、電卓に書かれた通りの額があるかを確かめた。四角い指がピッピと弾いて数えていく。通貨の上を指が二巡し、たしかに提示された買取価格が支払われていると確認した。空の財布に全額突っ込み、リュックの奥底に押しやる。誰も手を入れることなどできぬよう、しっかりと口紐を絞り、カバーとロックを掛けた。
「またおいで、お嬢ちゃん」
 たばこ片手にこちらを見やる店主を一睨み、少女は踵を返す。大きな口から一音すら漏らすことなく、足早に扉へと向かった。買い取られ金銭が支払われたのならもここに用など無い。こんなたばこ臭くて埃臭くて胡散臭い店に長居する物好きではないのだ。
 古びたドアノブを乱暴に引き、インクリングは外へと出る。立て付けの悪いドアが二度鳴き声を上げた。
 淀んだ空気が肌を撫ぜる。たばこの臭いよりはマシだが、快いとは一切思えぬものだ。早く帰ろう、と少女は階段を足早に降りていく。古びた金属が心と耳を引っ掻くような音をあげた。
「コジャケ」
 汚れたコンクリートの地面に降り立ち、少女は短く声をあげる。少しひそめられたそれに、形容しがたい濁った声が返された。階段の影、積み上がった木箱の間から小さな何かが飛び出してくる。高い跳躍力を見せながら現れたのは、一匹のコジャケだった。少女の目の前まで跳ねてきたいきものは、その場でぴょんぴょんと飛び上がった。背負ったリュックのカバーを開き、引き絞り結んだ紐を解く。雑多にものが詰まった中を小さな体躯の前に広げた。
「帰るよ。ごはんまでまだかかるから大人しく待ってなさい」
 短い鳴き声を上げ、コジャケはぴょいと跳ぶ。すぽん、と気持ちの良い音をたてて、リュックサックの中に丸い身体が収まった。手早く閉じ、固く絞って結んで閉じて担ぎ直す。早く帰らねば。こんな怪しい場所に陸上で単独生活をする珍しいコジャケを置いておくなど、最悪誘拐される可能性すらある。本当ならば家に置いておきたいが、それもそれでリスクを伴う。現住所であるオンボロアパートはペット厳禁なのだ。
 太いショルダーベルトを握り締め、少女は路地を足早に歩いて行く。小さな足音が暗がりに落ちて溶けた。




 取り付けられたガラスが軽やかな音をたてる。白いドアを開けた主の足取りは、音色とは正反対の重いものだった。また来るでし、の店主の声を背に受け、インクリングは引きずるように足を動かし外へと向かった。
 カンブリアームズに持っていきな、という先日のジャンク屋の言葉通りに店に向かったのが一時間二十分前。買い取って、と着いて早々レジに件の銃を投げ置いたのが一時間前。何言ってるでしか、と怒鳴られ、こんこんと説教去れ始めたのが五十九分前。いつの間にかあれやそれやと武器のあれやこれやを頭が痛くなるほど聞かされ、ようやく解放されて今に至る。
 店主曰く、『わかばシューター』というらしいこの銃は買取を行っていない。そもそも、この街ではブキ――『武器』ではなく『ブキ』、『銃』ではなく『シューター』と言うらしい――は金銭での取引を行っていないとのことだった。むしろ、手放すには相応の手続きと費用がかかる、と手続きに関する書類を見せられた。
 大体こんな新品を買い取れなんて何事でしか。買ったならちゃんと使うでし。責任持って大切にするでし。そもそも使う気が無いなら買うなでし。ブキが可哀想でし。
 そんなありきたりな言葉を立ちっぱなしでずっと浴びせられたのだ、身体も脳味噌も疲れるの決まっている。本当ならば買い取れないと告げられた時点でさっさと店を出るつもりだったのだが、店主が延々と離すことなく話すせいで無駄に時間を使ってしまった。カネにならないどころか処分に費用と手間が掛かる、その上初対面のやつに長々と説教されるなど最悪だ。疫病神か何かか、この『わかばシューター』とやらは。
 眩しい陽光が瞼の上から容赦なく目を差す。並ぶ店店から盛れる音楽や行き交う者の賑やかな声が鼓膜を震わせる。独特な声を一時間近く流し込まされ続けた耳は、どこか受容する音の輪郭がぼやけていた。
 さっさと帰ろうか。あぁ、でも電車代がもったいない。本当ならばこの銃を買い取ってもらった分で帰る予定だったのだ。なのに一銭にもならないだなんて、街まで出てくるための費用は完全に無駄となってしまった。こうなったら歩いて帰るべきなのだが、理不尽な説教を浴びせられ続けた身体には厳しく思えた。
 手にしたケースを一瞥する。どうせならナワバリバトルに持っていくでし。店主の言葉が頭をよぎる。そんなにおカネが欲しいならバトルで稼ぐでし、とも。
 ナワバリバトル。街を歩くだけでも耳にしない日は無いほど大流行しているそれの名前ぐらいは知っている。たしか、地面をインクで塗ってその面積を競う競技だっただろうか。興味は無かった――そもそも、使う『ブキ』とやらを手に入れる機会が無かったのだ――が、稼げるのならば話は別だ。地面を塗るだけで金銭を得られるなど、なんと簡単なのだろう。砂漠やクレーターを丸一日延々と歩いてジャンク品を探すよりも、よっぽど楽で効率が良い。何故誰もこんな稼ぎ方があると教えてくれなかったのだ、と叫びたいほどの気分だった。
 ケースの取っ手を今一度握り直し、少女は足早に街を歩く。バトルロビーというところから参加できるとは店主の言葉。ならば、そこに向かうだけだ。そして稼ぐのだ。最低でも往復の電車代ぐらいは。
 リュックの中から苦しげな鳴き声が気がしたが、聞かなかったことにしよう。




 短い音をたて、ロビーの自動ドアが開く。ガラスの向こうから出てきたのは、長いゲソを揺らすインクリングだった。スキップでもしそうなほど軽快な足取りとともに、鮮やかな黄色が跳ねて揺れる。舞う様は元気の良さと可憐さを思わせた。
 活きの良いイエローで彩られた顔には、満面の笑みが浮かんでいた。黒で縁取られた目は大きな弧を描いており、カラストンビが潜む口はハンモックのように吊り上がっている。普段睨みつけるようにまっすぐ前に向けられたアタマは、どこか浮ついた調子で少し上を向いていた。鼻歌でも歌い出しそうな有様だ。
 初めてのナワバリバトルはなかなかの結果に終わった。ひたすらトリガーを引いて地面を塗るだけで、往復の電車どころかか一日分の食費が稼げたのだ。敵に撃ち抜かれる痛みはあるものの、そんなの長い空腹や安定しない預金残高に比べれば可愛らしいものである。痛みを我慢し塗るだけでこんなにも稼げるだなんて、なんと素晴らしいのだろう。何故こんな簡単なことを知らずに生きてきたのだろう。己の無知さに腹が立つ。愚かとしか言いようがなかった。
 片腕を抱えるようにして腕を点へと向け、少女はぐっと背を伸ばす。うぅん、とどこか心地良さそうな声が小さな鼻から漏れた。
 一試合たった三分間とはいえ、十戦もすればさすがに疲れを覚えてしまった。周囲を警戒しながら塗り、時には逃げ、時には撃ち、大方負けて飛び散り。思っていたよりも意識を張り巡らせ、肉体を酷使するゲームだ。日々フィールドを駆け回ってるだけあって体力はあるものの、たった三十分で疲労感が身体を支配するほどである。それでも、どこか満足感と充足感、うっすらとした高揚感すら覚えているのだけれど。
 ひとまず何か食べよう。今しがた稼ぎに稼いだのだから、今日はちょっと奮発しよう。ファストフード店でハンバーガーでも食べようか、それともコンビニエンスストアでサンドイッチでも買おうか。ドリンクやホットスナックも一緒に食べても言い。いつもは惣菜パン一つと水で膨らませる胃袋を楽しませてやらねば。食べたらまたナワバリバトルだ。あと二十戦はして、向こう三日分の食費ぐらいは稼いでおかねば。
 足取り軽く、少女は駅前の大きな階段を降りていく。背中で跳ねるリュックの中から大きな鳴き声があがる。不満、というよりは空腹を強く訴えたものであった。
「あんたのごはんもちゃんと買ったげるわよ。大人しくしてなさい」
 そう言って、インクリングはリュックの底面をぽんぽんと叩く。ごはん、の一言に、広場に響き渡りそうなほど大きな鳴き声があがった。背負ったリュックが勢い良く上下に動き出す。まるでゴムボールが中で跳ねているような有様だ。ヒッ、とすぐ隣から短い悲鳴が聞こえた。
 大人しくしなさいっていってるでしょ、と少女はまた底面を、分厚い生地越しにコジャケの腹を叩く。普段ならば鋭い棘で武装された声は、どこか浮かれて弾む柔らかなものだった。
 悪路を駆け抜けるブーツが、綺麗に舗装された床を打つ。長いゲソを揺らす小さな背中は雑踏に紛れてすぐに消えた。

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