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No.188

おとなにはまだ早い【ヒロニカ】

おとなにはまだ早い【ヒロニカ】
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「インク切れの会社員」ヒロ君と「バンカラな若者」ニカちゃん(公式PVとかの二つ名)だったらどんなんかなーこんなんになるかなーと考えた結果がこちらになります。付き合ってる時空。
子どもに手は出さない大人がとても好き。大人になったらどうなるかは知らないよ。
大人だと主張するニカちゃんと大人であろうとするヒロ君の話。

 流れる水の音が消え、カチンと電灯が落とされる音が背後から聞こえた。次いで足音。スリッパが打ち鳴らすそれはすぐそばで絶え、代わりに座るソファの座面が沈む気の抜けた音がした。
「お疲れ様です」
「ん。なんか面白いのやってる?」
「特段」
 そ、と隣に座ったばかりの恋人は短く返す。大きな手が遠慮無しにリモコンを引っ掴んで、慣れた手付きで操作していく。電子のカーソル音と共に、さして大きくないテレビの中を様々なサムネイル画像が流れていく。濁流のような視覚情報はやがて止まり、空気が抜けるような音がスピーカーから流れた。小さな画像が画面いっぱいに広がり、すぐさま暗転する。
「こないだ配信始まってさ」
 見よ、という提案より先に映像は再生されていく。配給会社の大きなロゴが画面を占有すると同時に、肩に重みと温もり。寄りかかってきた小さな頭を撫でてやると、上機嫌な高い笑声が耳のすぐ横で聞こえた。
 週末、こうして二人で過ごすのはもう日常となりつつある。社会人である己――ヒロと高校生であるベロニカが時間を気にせずゆっくり過ごせるのは土曜日ぐらいだ。今日は部屋で持ち寄った漫画を読んで、流れるように夕食を共にした。門限に間に合う電車まで時間があるこの夜は、映画を見て過ごすと決めたらしい。映画一本見るにはいくらか短い時間だが、これはこれで『続きを一緒に見る』という楽しみが生まれる。悪くはない選択だった。
 白色ライトが照らす中、二人黙して物語を味わっていく。王道ストーリーは承が終わるころのようで、画面の中では主人公が浜辺に突っ伏して泥だらけになっている姿が映し出されていた。王道が故に先の展開が読めてしまうため、集中力は少し途切れつつある。先に飲み物でも用意した方がよかったな、と些末な考えが主人公の慟哭が響き渡る中よぎった。
 すり、と手の甲に感触。角張った白い指が、浅黒い肌の上を滑っていく。じゃれつくような動きだが、ゆったりとしたそれにはどこか艶めかしさがあった。焦らすように広い部分をじわじわとなぞって、吸い込まれるように指と指の間に潜っていく。脱力した己の指はすぐに開いて、小さな侵入者を受け入れた。
 すり、と肩に感触。頭を擦り付ける動きは子が甘えるようなものだが、今この時ばかりは奥底にこごった欲望が透けて見える。ふ、と息を吐き出す音にすら熱を持っているように聞こえた。
 足を軽く動かし、ヒロは拳半分だけ恋人から距離を取る。抗議するように、捕らえられたままの手を強く握られた。わざとらしく物音を立て、ベロニカは拳一個分距離を詰める。離れた分だけずり落ちた頭がまた寄せられ、不満げにぐりぐりと擦り付けられた。愛らしい姿に、青年は思わず息を呑む。崩れそうになる理性をどうにか立て直し、今度は拳一個分離れる。焦れたのか、恋人は握った手を思いきり引っ張った。バトルに身を投じ鍛えられていれど、相手はまだまだ子どもである。座面に沈めた手はびくともしなかった――しないように思い切り力を込めていたのだから当然である。
「逃げんなよ」
「逃げてません」
 苛立ちを隠しもしない声が耳に直接注がれる。受け流すように努めて静かに返すと、また抉るように頭を押しつけられた。逃げてんだろうが、とむくれた声が壮大な劇伴にまぎれて消えた。
「ベロニカ」
 腹を括るように小さく息を吐き、ヒロは画面から恋人へと視線を移す。身体ごと相手へと向こうとして軽くひねると、支えを失いバランスを崩した恋人がそのまま胸に飛び込んできた。わっ、と小さな悲鳴が二つ重なる。大人びたことをする彼女を諭すはずが、余計に事態を悪化させてしまった。スピーカーから流れる波音が何とも言えない沈黙を埋める。それでも二人を包む空気は形容しがたい温度をしていた。
「ヒロ」
 甘えきった声が、とろけつつある声が、胸の中からあがる。悔しいが、こちらの心拍数も上がるばかりだ。どれだけ理性的であろうとしても、己も健康な男である。恋人を胸に収め、艶やかな声で名を呼ばれては気分が逸るのは自然の摂理だ。けれども、毅然とした態度を示さねばならない。己は『大人』なのだから。
「駄目です」
「何でだよ」
「言ったでしょう。社会人になるまでそういうのはおあずけです」
 恋人であるベロニカは高校生だ。少なくとも、学生である間――まだ『子ども』である間は手を出すつもりはない。付き合い始めた頃からそう言い聞かせ同意しているというのに、最近の彼女はそれを破ろうとしてくるのだ。全ては誕生日を迎え成人したからである。高校生でありながら成人――所謂『大人』になった少女は、『大人』扱いを望むのだ。
 ヒロからすれば、たとえ法律上で『大人』同然となろうが彼女はまだまだ子どもだ。高校生は成人しようともまだ保護されるべき『青少年』なのだ。当初の約束の通り、『そういうこと』をするつもりは欠片も無い――無くさねばならない。『大人』が不用意に『子ども』を傷付けてはならないのだ。
「もう大人なんだぞ? いいじゃん」
「高校生の間はまだ『青少年』ですよ。それに、約束したでしょう」
「……まぁ、そうだけどさー」
 いいじゃんかよー、と恋人はむずがるように頭を擦り付ける。見える横顔は頬は少し膨らみ唇を尖らせており、まだまだ幼さを窺わせるものだ。やはり、こんな年若い『子ども』に手を出すのはいけないことだ。理性は正論を喚き立てる。同調した心は、姿を現しかけた本能を無理矢理押し込めて見えなくした。
「貴女はまだまだ若いんです。まだ学生で、見える世界が狭い間にそういうことをするのはもったいないんです。もっと世界が広くなって、見えるものが多くなってからでも遅くありません」
「遅ぇって」
「遅くない」
 互いに引かず問答を繰り広げる。法律に個の責任を認められたベロニカはそれを盾に訴えてくる。『子ども』扱いをやめられない――やめてはならないヒロは約束を理由に突っぱねる。頑固者同士譲る姿勢は見せなかった。遅い、遅くない、と硬い声が二つ何度も重なってはソファへと落ちていく。
「…………好きな人とそういうことしたいのは、おかしいのかよ」
 はたと口を噤んだ少女は、依然尖った唇でぽつりと呟く。ぐ、と青年の喉からおかしな音が漏れた。
  一瞬呼吸が止まってしまったのは仕方が無いことだ。これだけ可愛らしい姿や心を見せられては、心拍数は上がるばかりだし、胸は締め付けられるばかりだし、腹の奥には何かが溜まるばかりだ。押し込められて窮屈そうにしていた本能が、理性が載せた蓋を押しのけてようとする。今一度封印するため、青年は強く目を瞑る。ここで折れるわけにはいかないのだ。
「お、かしくんは、ないですけど」
 大人然とした正しい姿をとるはずが、発した声は途切れ途切れの情けないものとなってしまった。あぁ、と胸中で思わず頭を抱えて蹲る。『大人』でありたいというのに、『恋人』としての己は我慢を貫き通せないのだから情けなくて仕方が無い。彼女の前では模範的な『大人』でありたいというのに、まだ四半世紀しか人生経験を積んでいない己はそれを演じきれないのだ。無様としか言い様がない。
「あと四年、頑張れませんか」
 結ばれていない手をそっと細い背に回し、あやすようにゆっくりと撫でる。触れた細い身体がひくりと震え強張るが、小さな吐息とともにすぐに解けた。身体に掛かる重みが更に増える。理性を揺らす幸福であった。
「四年も待ってくれんの」
「待つに決まってるでしょう」
 大切な貴女を待てないはずがないでしょう。
 歌うように言葉を紡ぎ、ヒロは愛しいヒトの背をトントンと叩く。んぅ、と鼻に抜けるような息の音。熱っぽいそれはすぐに消え、んー、とむずがるような声があがった。
「ぜってーだかんな」
「絶対ですよ」
 指切りでもしますか、なんて軽口を叩いてみる。子ども扱いすんな、とむくれ声があがった。繋がったままの手に少しだけ力が込められるのが伝わってくる。ぎゅっぎゅと握り締めるゆるやかな店舗は、指切りする時のそれとよく似ていた。
 己は『大人』だ。ベロニカにとっては『大人』であらねばならない。けれども、恥ずかしいことに心はまだ成熟しきっていないのだ。少なくとも、こんなに愛しているヒトを手放す選択肢など無いぐらいには『子ども』だ。大切なものは何年でも守り通してやる――他の誰にだって渡さない、己だけのものだと思うほど『子ども』だ。そして、そんな姿を彼女に見せるわけにはいかない。少なくともあと四年は『大人』を演じねばならないのだ。
 演じきれるだろうか、なんて心の片隅の何かが弱音を吐く。演じねばならないのだ、と頭の中で何かが叫んだ。
 慈しむように、縋るように、青年は少女の背を撫でる。ほったらかしにされた画面の中では、子どもたちが愛を叫んでいた。
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

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