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No.213
身支度はお家で済ませましょう【ライレフ】
身支度はお家で済ませましょう【ライレフ】
髪の毛いじる推しカプはどれだけあってもいいとされている。ということで髪をいじくり回す右左。
寝坊したオニイチャンときちんと起きた弟君の話。
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しばし落ち着きを取り戻していた自動ドアが薄く音をたて開いていく。細っこい隙間に滑り込むように、人影が飛び込んでくる。ダン、と力強く地面を踏みしめる音が朝の教室に響いた。
「セーフ!」
大口開けて影は――嬬武器雷刀は叫ぶ。一瞬音が途切れた教室は、すぐさま元の賑やかしさを取り戻した。
「ギリギリセーフデスネ」
肩で息をしながら席に着く少年に、レイシスは時計を見て笑む。黒板の上に設置されたアナログ時計は、授業開始八分前を指し示していた。校門が開いているギリギリの時間だ。ほんの数分違いとはいえ予鈴もまだ鳴っていないのだから、彼の言う通りセーフはセーフである。
「何で起こしてくれなかったんだよー」
「二回は起こしましたよ。貴方が覚えていないだけでしょう」
背もたれに腕を預けて振り返り、兄は汗が一筋伸びる顔をしかめる。後ろの席の主――一緒に暮らす双子の弟である嬬武器烈風刀は、涼しい顔で返すだけだ。そんなことねぇって、と朱い少年は唇を尖らせる。糾弾される弟は、実の兄など一瞥もせず鞄からノートを取り出す始末である。
彼を何度も起こしたのは事実だ。揺さぶって、布団を引っ剥がして、遅刻すると言っても、片割れは身を捩るだけで起きる気配が無かった。そんなのに構っていては自分まで遅刻してしまう。そもそも、もう高校二年生なのに家族に起こされなければ目覚めないだなんて、いくらなんでも甘ったれている。自分にまで被害が及ばぬよう見捨てていくのは、烈風刀にとって当然の行動であった。いつもの行動でもあった。兄も分かっているだろうに。
はわ、と可愛らしい声が予鈴が鳴る教室に落ちる。鮮やかな桃のまあるい目が、不貞腐れたように頬を膨らませる横顔を見つめた。
「雷刀、寝癖すごいデスヨ……」
「え?」
レイシスの声に、雷刀は自身の頭へと手をやる。指摘通り、彼の髪はそこかしこが跳ねて乱れていた。普段はセットして跳ねさせている紅緋の髪の毛は、意図せず何カ所もぴょんと飛び出ていた。草刈り前で雑草がのびのびとしている芝生を彷彿とさせる有様だ。触れてやっと気付いたのか、髪の持ち主はうわぁ、と沈んだ声を漏らした。遅刻しかけたのだ、髪をセットする暇などなかったのだろう。当然であり、自業自得だ。
「寝坊するからこうなるんですよ」
「んなこと言っても仕方ねーだろ」
背を刺す弟の言葉に、兄は眇目で返す。理屈が通った反論ができないあたり、自身の非を理解しているのがよく分かる。うっわぁ、と朱は何度も跳ねた髪を押さえて引っ込めようと試みる。勝者は寝癖であった。
「ブラシでなんとかならナイデショウカ」
ポーチから小ぶりなブラシを取り出し、レイシスは席から身を乗り出す。頼んだー、と呑気な顔した当事者は声をあげて頭を少しだけ下げた。任せてクダサイ、と元気の良い声とたおやかな指が朱い髪へと伸びていく。触れるより先に、硬さの見える大きな手が白と朱の間に割って入って壁を作った。え、と声が二つ重なる。
「レイシス、必要ありません。寝坊した雷刀が悪いのですから」
きょとりと目を瞬かせるレイシスに、烈風刀は笑みを浮かべて穏やかに告げる。声の柔らかさに反して、手は惑う少女の手に合わせて動いて行く手を阻む。気配すら触れさせまいという気概に溢れた姿をしていた。
にこやかな横顔に、朱い視線が突き刺さる。少女へと向けられた碧い目が、一瞬だけ動いてそれに立ち向かう。視線の主は、つい数秒前のことなど忘れたかのように笑みを消していた。整った眉は寄せられ、まっさらだった眉間に小さく皺を刻んでいる。人より長い睫に縁取られた目は眇められ、鋭い光を宿していた。柔らかさを見せていたはずの頬はどこか強張り、八重歯がチャームポイントの口元はへの字に曲げられている。水を差すな、邪魔をするな、と言いたげな顔をしていた。よほどレイシスに手入れしてもらいたかったのだろう。弟にだって気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、手を出し声を出したのだ。こんなことで兄だけが彼女の寵愛を受けるなどあってはならない。
「じゃあ、烈風刀やってくれよ」
「人の話聞いてました?」
もはや不貞腐れて頬杖を突く朱を、碧は一言で切り捨てる。会話をするつもりなど毛頭無いと言わんばかりだ。瞼の陰で深くなった夕暮れ空の瞳が、眠気など欠片も無い端正な横顔を睨みつける。昼空色の瞳が一度だけ鋭く返す。火花散るようなそれは、ブラシを持って首を傾げる少女には到底見せない、見せてはいけないような眼光をしていた。ハッ、と鼻を鳴らす短い音が少しずつ静かになってきた教室に落ちる。
「レイシス、ブラシ借りていい? 自分でやっからさ」
「いいデスヨ」
弟への険しい顔つきはどこへやら、ぱっと明るく表情を変えて雷刀は言葉を投げかける。まだ少しだけ不思議そうな顔をしたレイシスは、快諾の言葉と共にヘアブラシをその手に渡した。あんがと、と弾んだ声。
硬さが見える手がブラシを操り、少年は寝癖と闘う。根元から押さえ込んで梳かし、跳ねを内側に潜り込ませるように撫でつけ、いっそのこといつもの形になるように整え。様々な手を尽くしているようだが、自由な朱髪は抑圧をはねのけその身を気ままに弾ませた。少女が持って見せている鏡を道標に格闘するが、まともな形などほど遠い有様である。当然だ、整髪料はおろか水も無しでちゃんと整えられるはずがない。
ブラシの動きが止まる。角度を変えては活躍しようとしていた彼は机へと下ろされた。跳ね毛だらけの頭がゆっくりと動く。数秒前まで鏡が映し出していた真剣な目元は、眉も目尻も垂れ下がった情けないものとなっていた。
「れふとー……」
しょんぼりという表現がぴったりなぐらい沈んだ声で、兄は隣に座った弟の名を呼ぶ。目つきも声もしょげた哀れみすら感じさせるものだというのに、先ほどよりも胸の真ん中が痛みを覚えた。全ては自業自得だというのに。寝坊したのも、寝癖が付いたまま外に出たのも、寝癖を直せないのも全て兄が悪いのだと分かっているのに、良心というものは余計な勘違いをして勝手に痛み出すのだ。れふとぉ、ともう一度名を呼ばれる。追撃と言わんばかりだった。結ばれていた口から出たのは、重い溜め息一つだけ。
「……レイシス、借りてもいいですか」
どこか投げやりな調子な言葉と共に、烈風刀は手を差し出す。下がっていた眉も瞼も持ち上がり、ぱぁと効果音が聞こえてきそうなほど表情が明るくなった。おう、と打って変わった元気な声とブラシが手の中に飛び込んでくる。持ち主じゃないくせに、という言葉は面倒なので飲み込んだ。
鞄から小容量の整髪料を取り出し、少年は席を立つ。かしこまったつもりで背筋を伸ばす兄の後ろに立った。手で跳ねた毛を解し、ブラシで梳かし、指先に少量取った整髪料で形を作っていく。あっという間に自由人の跳ね毛は姿を消し、普段よりも落ち着いた朱い頭ができあがった。はわー、と可愛らしい歓声があがる。
「さんきゅー!」
鏡で一通り頭を眺めた少年は、振り返って片割れへと笑みを向ける。季節一足先に向日葵が咲いたかのようだった。感謝の言葉を投げかけられた烈風刀は、受け止めるのを躊躇うように渋い顔をする。表情筋を解してから、ありがとうございます、と少女にブラシを返す。すぐさま険しい顔に戻り、呑気な顔をした遅刻未遂へと冷えた視線を向けた。
「次からは自分でやってくださいよ」
「でも烈風刀がやるのが一番キレーじゃん」
突き放す言葉に、雷刀は悪びれる様子も無く言い放つ。それが唯一の真実だ、と言わんばかりの調子であった。反省の色など欠片も無い。浅葱の目がどんどんと冷たさを増していく。そんな目を向けられる兄はどこ吹く風といった様子だが。
「やっぱり烈風刀って器用デスヨネェ」
鏡とブラシを片付けたレイシスは、感心した様子で寝癖など影も形も無くなった頭を眺める。彼女もかなり癖の強い髪を持っている。きっと毎朝整えるのに苦労しているのだろう。だからこそ、その手腕に息を漏らしているのだ。
「まぁ、いっつもやってくれてっしな」
「そうなんデスカ?」
「そんなわけないでしょう。適当なこと言わないでください」
自分のことでもないのにどこか誇らしげに朱は言う。桃はぱちりと目を瞬かせた。すぐさま碧は否定する。袈裟斬りにするような勢いと強さがあった。漫画なら擬音でも付きそうなほど鋭く素早く、弟は呑気顔を睨みつける。察したのか、兄は一瞬口角を上げてからソーデスネ、ととぼけ声で言った。あまりにもわざとらしい、怪しさしかないしらばっくれた音色である。視線が鋭さを増す。逃げるように、整えられた頭がくるんと回ってそっぽを向いた。
いつもではない。ごくたまにだ。朝たまたま気付いて、たまたま時間があった時にやってやる程度だ。あんまりにも酷くて彼の手に負えない時だけ、乞われた時だけやってやる程度だ。それでも他人の頭に施すのが慣れるほどやっているという事実はこの指先が語っているのだから、たちが悪いったらない。
電子音が教室に響き渡る。時計を見ると、いつの間にか本鈴の時間になっていた。たかが寝癖一つに、しかも他人の寝癖にこんなに振り回されるだなんて。波打ち際のような目が眇められ、日に焼けていない眉間にはっきりと皺が寄る。ガタガタと椅子たちの鳴き声の中に、重苦しい息が落ちていった。
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SDVX
2025/5/20(Tue) 21:28
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寝坊したオニイチャンときちんと起きた弟君の話。
しばし落ち着きを取り戻していた自動ドアが薄く音をたて開いていく。細っこい隙間に滑り込むように、人影が飛び込んでくる。ダン、と力強く地面を踏みしめる音が朝の教室に響いた。
「セーフ!」
大口開けて影は――嬬武器雷刀は叫ぶ。一瞬音が途切れた教室は、すぐさま元の賑やかしさを取り戻した。
「ギリギリセーフデスネ」
肩で息をしながら席に着く少年に、レイシスは時計を見て笑む。黒板の上に設置されたアナログ時計は、授業開始八分前を指し示していた。校門が開いているギリギリの時間だ。ほんの数分違いとはいえ予鈴もまだ鳴っていないのだから、彼の言う通りセーフはセーフである。
「何で起こしてくれなかったんだよー」
「二回は起こしましたよ。貴方が覚えていないだけでしょう」
背もたれに腕を預けて振り返り、兄は汗が一筋伸びる顔をしかめる。後ろの席の主――一緒に暮らす双子の弟である嬬武器烈風刀は、涼しい顔で返すだけだ。そんなことねぇって、と朱い少年は唇を尖らせる。糾弾される弟は、実の兄など一瞥もせず鞄からノートを取り出す始末である。
彼を何度も起こしたのは事実だ。揺さぶって、布団を引っ剥がして、遅刻すると言っても、片割れは身を捩るだけで起きる気配が無かった。そんなのに構っていては自分まで遅刻してしまう。そもそも、もう高校二年生なのに家族に起こされなければ目覚めないだなんて、いくらなんでも甘ったれている。自分にまで被害が及ばぬよう見捨てていくのは、烈風刀にとって当然の行動であった。いつもの行動でもあった。兄も分かっているだろうに。
はわ、と可愛らしい声が予鈴が鳴る教室に落ちる。鮮やかな桃のまあるい目が、不貞腐れたように頬を膨らませる横顔を見つめた。
「雷刀、寝癖すごいデスヨ……」
「え?」
レイシスの声に、雷刀は自身の頭へと手をやる。指摘通り、彼の髪はそこかしこが跳ねて乱れていた。普段はセットして跳ねさせている紅緋の髪の毛は、意図せず何カ所もぴょんと飛び出ていた。草刈り前で雑草がのびのびとしている芝生を彷彿とさせる有様だ。触れてやっと気付いたのか、髪の持ち主はうわぁ、と沈んだ声を漏らした。遅刻しかけたのだ、髪をセットする暇などなかったのだろう。当然であり、自業自得だ。
「寝坊するからこうなるんですよ」
「んなこと言っても仕方ねーだろ」
背を刺す弟の言葉に、兄は眇目で返す。理屈が通った反論ができないあたり、自身の非を理解しているのがよく分かる。うっわぁ、と朱は何度も跳ねた髪を押さえて引っ込めようと試みる。勝者は寝癖であった。
「ブラシでなんとかならナイデショウカ」
ポーチから小ぶりなブラシを取り出し、レイシスは席から身を乗り出す。頼んだー、と呑気な顔した当事者は声をあげて頭を少しだけ下げた。任せてクダサイ、と元気の良い声とたおやかな指が朱い髪へと伸びていく。触れるより先に、硬さの見える大きな手が白と朱の間に割って入って壁を作った。え、と声が二つ重なる。
「レイシス、必要ありません。寝坊した雷刀が悪いのですから」
きょとりと目を瞬かせるレイシスに、烈風刀は笑みを浮かべて穏やかに告げる。声の柔らかさに反して、手は惑う少女の手に合わせて動いて行く手を阻む。気配すら触れさせまいという気概に溢れた姿をしていた。
にこやかな横顔に、朱い視線が突き刺さる。少女へと向けられた碧い目が、一瞬だけ動いてそれに立ち向かう。視線の主は、つい数秒前のことなど忘れたかのように笑みを消していた。整った眉は寄せられ、まっさらだった眉間に小さく皺を刻んでいる。人より長い睫に縁取られた目は眇められ、鋭い光を宿していた。柔らかさを見せていたはずの頬はどこか強張り、八重歯がチャームポイントの口元はへの字に曲げられている。水を差すな、邪魔をするな、と言いたげな顔をしていた。よほどレイシスに手入れしてもらいたかったのだろう。弟にだって気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、手を出し声を出したのだ。こんなことで兄だけが彼女の寵愛を受けるなどあってはならない。
「じゃあ、烈風刀やってくれよ」
「人の話聞いてました?」
もはや不貞腐れて頬杖を突く朱を、碧は一言で切り捨てる。会話をするつもりなど毛頭無いと言わんばかりだ。瞼の陰で深くなった夕暮れ空の瞳が、眠気など欠片も無い端正な横顔を睨みつける。昼空色の瞳が一度だけ鋭く返す。火花散るようなそれは、ブラシを持って首を傾げる少女には到底見せない、見せてはいけないような眼光をしていた。ハッ、と鼻を鳴らす短い音が少しずつ静かになってきた教室に落ちる。
「レイシス、ブラシ借りていい? 自分でやっからさ」
「いいデスヨ」
弟への険しい顔つきはどこへやら、ぱっと明るく表情を変えて雷刀は言葉を投げかける。まだ少しだけ不思議そうな顔をしたレイシスは、快諾の言葉と共にヘアブラシをその手に渡した。あんがと、と弾んだ声。
硬さが見える手がブラシを操り、少年は寝癖と闘う。根元から押さえ込んで梳かし、跳ねを内側に潜り込ませるように撫でつけ、いっそのこといつもの形になるように整え。様々な手を尽くしているようだが、自由な朱髪は抑圧をはねのけその身を気ままに弾ませた。少女が持って見せている鏡を道標に格闘するが、まともな形などほど遠い有様である。当然だ、整髪料はおろか水も無しでちゃんと整えられるはずがない。
ブラシの動きが止まる。角度を変えては活躍しようとしていた彼は机へと下ろされた。跳ね毛だらけの頭がゆっくりと動く。数秒前まで鏡が映し出していた真剣な目元は、眉も目尻も垂れ下がった情けないものとなっていた。
「れふとー……」
しょんぼりという表現がぴったりなぐらい沈んだ声で、兄は隣に座った弟の名を呼ぶ。目つきも声もしょげた哀れみすら感じさせるものだというのに、先ほどよりも胸の真ん中が痛みを覚えた。全ては自業自得だというのに。寝坊したのも、寝癖が付いたまま外に出たのも、寝癖を直せないのも全て兄が悪いのだと分かっているのに、良心というものは余計な勘違いをして勝手に痛み出すのだ。れふとぉ、ともう一度名を呼ばれる。追撃と言わんばかりだった。結ばれていた口から出たのは、重い溜め息一つだけ。
「……レイシス、借りてもいいですか」
どこか投げやりな調子な言葉と共に、烈風刀は手を差し出す。下がっていた眉も瞼も持ち上がり、ぱぁと効果音が聞こえてきそうなほど表情が明るくなった。おう、と打って変わった元気な声とブラシが手の中に飛び込んでくる。持ち主じゃないくせに、という言葉は面倒なので飲み込んだ。
鞄から小容量の整髪料を取り出し、少年は席を立つ。かしこまったつもりで背筋を伸ばす兄の後ろに立った。手で跳ねた毛を解し、ブラシで梳かし、指先に少量取った整髪料で形を作っていく。あっという間に自由人の跳ね毛は姿を消し、普段よりも落ち着いた朱い頭ができあがった。はわー、と可愛らしい歓声があがる。
「さんきゅー!」
鏡で一通り頭を眺めた少年は、振り返って片割れへと笑みを向ける。季節一足先に向日葵が咲いたかのようだった。感謝の言葉を投げかけられた烈風刀は、受け止めるのを躊躇うように渋い顔をする。表情筋を解してから、ありがとうございます、と少女にブラシを返す。すぐさま険しい顔に戻り、呑気な顔をした遅刻未遂へと冷えた視線を向けた。
「次からは自分でやってくださいよ」
「でも烈風刀がやるのが一番キレーじゃん」
突き放す言葉に、雷刀は悪びれる様子も無く言い放つ。それが唯一の真実だ、と言わんばかりの調子であった。反省の色など欠片も無い。浅葱の目がどんどんと冷たさを増していく。そんな目を向けられる兄はどこ吹く風といった様子だが。
「やっぱり烈風刀って器用デスヨネェ」
鏡とブラシを片付けたレイシスは、感心した様子で寝癖など影も形も無くなった頭を眺める。彼女もかなり癖の強い髪を持っている。きっと毎朝整えるのに苦労しているのだろう。だからこそ、その手腕に息を漏らしているのだ。
「まぁ、いっつもやってくれてっしな」
「そうなんデスカ?」
「そんなわけないでしょう。適当なこと言わないでください」
自分のことでもないのにどこか誇らしげに朱は言う。桃はぱちりと目を瞬かせた。すぐさま碧は否定する。袈裟斬りにするような勢いと強さがあった。漫画なら擬音でも付きそうなほど鋭く素早く、弟は呑気顔を睨みつける。察したのか、兄は一瞬口角を上げてからソーデスネ、ととぼけ声で言った。あまりにもわざとらしい、怪しさしかないしらばっくれた音色である。視線が鋭さを増す。逃げるように、整えられた頭がくるんと回ってそっぽを向いた。
いつもではない。ごくたまにだ。朝たまたま気付いて、たまたま時間があった時にやってやる程度だ。あんまりにも酷くて彼の手に負えない時だけ、乞われた時だけやってやる程度だ。それでも他人の頭に施すのが慣れるほどやっているという事実はこの指先が語っているのだから、たちが悪いったらない。
電子音が教室に響き渡る。時計を見ると、いつの間にか本鈴の時間になっていた。たかが寝癖一つに、しかも他人の寝癖にこんなに振り回されるだなんて。波打ち際のような目が眇められ、日に焼けていない眉間にはっきりと皺が寄る。ガタガタと椅子たちの鳴き声の中に、重苦しい息が落ちていった。
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