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No.215

大事にするしかなくなるじゃねぇか!【ヒロニカ】

大事にするしかなくなるじゃねぇか!【ヒロニカ】
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独占欲強めでニカちゃんに贈り物しちゃうヒロ君見たくね?気付かないまま愛用してたけど気付いた瞬間顔真っ赤にして叫ぶニカちゃん見たくね?というオタクの末路がこちら。戦略については薄目で見てください。
最強ペア決定戦に出ようとするヒロニカの話。

「水持ってくる」
 タブレット、ノート、雑誌。様々なものが広げられたローテーブルに手をつき、ベロニカは言葉短く立ち上がった。お構いなく、と必要な資料をリュックから取り出しながらヒロは言う。しなやかな指は卓上にコップの居場所を作っている最中だった。鼻を鳴らすように返し、家主である少女は台所に続く扉の向こうへと消えていった。
 タブレットを操作し、少年は今日のためにまとめてきたフォルダを開いていく。『yagura_masaba.jpg』と書かれた画像ファイルをタップすると、簡略化されたステージマップが大画面に広がった。書き込めるよう編集アプリに送り、カバーを折り畳んで机上に立たせて置く。液晶画面を走らせるスタイラスペン、白無地のノートを彩る三色ボールペンが机に転がった。
 バンカラ街では不定期にイベントマッチが開催される。ランダムで配布されたブキでバトルする、ヤグラやカーリングボムが巨大化する、スペシャルウェポン使い放題。内容は何でもありのハチャメチャなものばかりだ。まさにイベント、まさにお祭りである。
 今月頭に発表された予定表には、五つのイベントマッチが書かれていた。ウルトラハンコ祭り、、最強スピナー決定戦、塗りダッシュバトル、最強ペア決定戦、ツキイチ・イベントマッチ。それを見て、顔を合わせ頷きあったのは記憶に新しい。
 最強ペア決定戦。
 通常ならば四人チームで行うガチヤグラを二人ペアで戦うイベントマッチだ。調整されてはいるものの、少人数で戦うため普段より試合展開が早いのが特徴だ。また、『最強ペア』を謳うだけあって、事前に友人知人を誘って参加する者が多い。練度が高く息の合った二人組と当たる確率は他のイベントマッチに比べて格段に上がっていた。相性によっては一分足らずで終わるほどのスピード感、そして実力勝負、ひいてはコンビネーションが存分に発揮されるイベントである。
 ベロニカとチーム――二人で戦うようになって久しい。今では暇さえあれば一緒に潜って戦うほどの仲だ。こんな『最強ペア』を決めるイベントに出ない理由など無い。
 出るには勝ちたい。具体的には、上位五パーセント入賞が目標だ。ガチヤグラにおいて.96ガロンとトライストリンガーは特別相性が悪いわけではない。しかし、今回のイベントマッチは中後衛の二人だけで凌ぎ、オブジェクトを進めなければならないのだ。研究を重ねるのは必然であった。
 ナマコフォンにガチヤグラの情報を出しながら、ヒロは目の運動をするように部屋を見回す。赤い目に、青いタコ――正確にはデフォルメされたタコ型のクッションが映った。座布団のように床に投げ出されたそれにステッチされた目は、虚無めいて天井を見つめている。
 子どもの顔ほどあるクッションは、タコらしい丸い輪郭のハリを失いなんだかくたびれている。ふわふわとした生地は汚れは目立たないものの、少ししんなりしているように見えた。中の綿が潰れているのか、薄くなって萎びている。ベランダで日干しをしているインクリングの姿を思い起こさせる姿だ。
 一目で使い込まれたことが分かるそれに、オクトリングの少年は口元を綻ばせる。何しろ、このクッションは己が贈ったものである。彼女の種族であるインクリングではなくオクトリングのデザインを、黄色ではなく青色の品を選んだのは、少しの下心と独占欲だ。いつでもそばに置いてほしい。彼女が持つものが己の色であってほしい。そんな欲望がにじんでしまったものの、当の本人は無邪気に喜んで受け取ってくれた。どうやら気付いていないらしい。愛しい彼女らしいとは思うものの、後ろ暗い欲望が露見しなかった安堵はあるものの、どこか寂しさを覚えたのだからこの心はわがままで面倒だ。いつだったか友人に借りた漫画曰く『恋とは面倒くさいもの』らしいが。
 愛おしさを込めて贈った品がくったくたになるほど使い込まれているという事実は、言葉にしがたい嬉しさを湧き起こす。使わずに取っておいてくれるのも十分に嬉しいが、やはり使い倒されている方が個人的には喜ばしい。それだけ彼女と一緒にいるということなのだから。
「おまたせー」
 ノブが回る音と軽やかな声が飛び込んでくる。視線を音の方へ移すと、足でドアを閉めているベロニカの姿があった。手には空のマグカップ二つと一・五リットルのペットボトル、そしてお菓子のバラエティパックがあった。作戦を立て議論を繰り広げるのだ、水も糖も必須である。ペットボトルごと持ってきたのは何度も汲みに行くのが手間だからだ。ちょっとの手間は積み重なって、結果的に時間を多大に無駄にしてしまう。
 地面にペットボトルと腰を下ろし、少女はクッションを引き寄せる。そのまま、あぐらを掻いた足の間に青いそれを置いた。小麦色の腕がくたびれた青に回され、ぎゅうと抱き締める。あまりにも自然な動きに――当然のように抱き締める姿に、少年の肩がびくりと跳ねた。
「……そのクッション」
 おそるおそる、好奇心に突き動かされるまま少年はクッションを指差す。ふわふわとした表面をなぞる指が動きを止め、黄色い瞳がタブレットから赤い瞳へと移った。ん、と機嫌の良い声が細い喉からあがる。
「あぁ、ヒロがくれたやつ。ふわふわですげーいいわ。抱えてたら腹冷えねーしな」
 あんがとな。黄色い目が細まって、カラストンビ覗く勝ち気な口が柔らかく弧を描いて、まろい頬が柔らかく形を変える。爛漫という言葉がよく似合う、眩しいほどの笑顔だった。少なくとも、下心を自覚している少年の目を、心を焼くほどには。
「……気に入っていただけて何よりです」
 痛みを覚える心臓を押さえつけながら、ヒロは笑みを作る。必要以上にならないよう抑える、と言った方が正しかった。だらしなく緩みそうになる頬の筋肉を引き締め、人並みのまともな笑みを浮かべなければならない。いくら恋人とはいえ――否、恋人だからこそ、彼女の前では良い格好をしたいのだ。スマートで大人びたヒトでありたいのだ。
「キレイな青だよなー。ヒロの色そっくり……」
 クッションを掲げたベロニカは、ふわふわとしたそれと恋人の顔を交互に見比べる。その視線が、言葉が、不自然なほど急に途切れる。急ブレーキを踏んだかのようだった。蒲公英の目がパチリと瞬く。その意味を察し、少年の頭に警鐘が鳴り響く。浅黒い肌が青くなるのと、小麦の肌が赤くなるのは同時だった。
「わー!!」
 部屋中に、下手をすればアパート中に響きそうな叫声が少女の口からあがった。近所迷惑など一切頭にない声量だった。少年も悲鳴をあげるように口を大きく開く。しかし、そこから音が飛び出ることはなかった。喉は引き絞られて音を発するどころか息を肺に送ることすらできなくなっていた。酸素が途絶えた苦しさを覚える暇も無く、少年は目を見開く。すっかり変わった顔色と正反対の紅玉の瞳には、絶望と表現するのが相応しい陰が差していた。
 掲げられていたクッションが宙を舞う――否、ラインマーカーめいてまっすぐに突き進んでいく。青い触腕を掠めそうになるほどの剛速球は、ぽすんと可愛らしい音をたてて壁にぶつかった。壁紙を撫でるように落ちていったそれが起きたままのベッドの上に着地する。ドン、と壁の向こう側から鈍い音が聞こえた。
「おま、お前、まさか」
 わなわなと震えながら、ベロニカはどうにか声を発する。言葉を紡ぎ出す唇も、まっすぐに見据える顔も、インクを浴びたかのように色付いていた。クッションの代わりに掲げられた角張った人差し指が、青くなったヒロの顔をまっすぐに差す。まるで探偵が犯人を追い詰めるような姿だ。秘密を暴いてしまったのだから実質同じである。
「い、いえ? 偶然じゃないですか?」
 しどろもどろになりながら、見苦しさなど完全に忘れて、オクトリングはとぼけ声を吐き出した。いつでもヒトの顔を見つめる赤い視線はうろうろと宙を揺らめいている。鋭い黄色の瞳と差す指が視界の端に映る。それを真ん中に収める勇気など、今のところ持ち合わせていない。
 どうしよう。いやどうしようもない。けど。少年の頭を言葉がぐるぐる回る。ぐちゃぐちゃにもつれたそれは塊となって、意味の無い塊となって転がっていく。それが巡らせるべき思考を塞ぎ止めるように頭の中身を硬直させた。
「嘘吐くんじゃねー!!」
 すぐさまインクリングは否定の言葉を叫ぶ。バトル中に報告するときのそれと大差ない声量だった。つまりは、狭い部屋を震わせるほどの爆音である。カラストンビを剥き出しにする様は、審判子猫が威嚇する時の姿とよく似ていた――段違いに恐ろしいものだが。
 ドン、とまた鈍い、更に強い音が壁の向こうから鳴り響く。隣人の訴えだった。つまり、近所迷惑なことを巻き起こしている証拠である。必然的に二人同時に口を噤む。それでもまだ言い足りないのか、少女の口元はわなわなと震えていた。
「……っざけたことしやがって」
「気付いてなかったんだからいいじゃないですか」
 吐き捨てる少女に、少年はいけしゃあしゃあと返す。完全に吹っ切れた声だった。暴かれてしまったのならば仕方ない。謝ったところで取り返しが付かないのだから、もう開き直るしかなかった。格好付けるには、スマートな様を取り繕うにはもう何もかも遅いのだ。
「気付いたら使いにくいだろうが」
 あー、と濁った声を吐き出して、ベロニカは天井を仰ぐ。落ちていった言葉から、濃く色付いた耳から、まだ彼女が己のことを強く意識していることが窺えた。それが胸に染みこんでいって、少年の胸にほのかな熱を宿す。腹の奥底に落ちていって何かを満たす感覚がした。
 沈黙が部屋に落ちる。壁を殴られるほどの騒がしさはもうどこにもなかった。あるのは赤い顔と色を取り戻した顔、そしてベッドを転がる青いクッションぐらいだ。ふぅ、とオクトリングは細く息を吐き出す。机の上に転がったスタイラスペンを手に取った。
「……えっと、ペア決定戦ですが」
「この状況でその話し出すとかマジかよ……」
 沈黙を破った少年に、少女は呆れ果てた声を漏らす。ドン引き、と表現するのに相応しい音色だった。そんなことを言ったって、有限である時間は過ぎていくばかりなのだ。午前中にある程度の戦略を立て、午後のスケジュールで立ち回りを確認する予定を立てているのだ。話は早く進めるに限る。
「もうどうしようもないじゃないですか」
「開き直ってんじゃねぇよ」
 タブレットを操作する青を、細くなった黄が睨みつける。うー、と細い喉から濁った音が漏れ出るのが聞こえた。
「ちゃんと持って帰りますから」
 平静の音を作り出して、ヒロは短く告げる。知られてしまった以上、彼女があのクッションを持ち続けるのは不可能だろう。クッションに罪はないのだから、捨てるのはあまりにも忍びない。回収して己の部屋の押し入れにしまいこむのが一番だ。本当なら役目を全うさせてやりたいが、彼女が使い倒した物を己が使う豪胆さは生憎持ち合わせていない。大人びようと頑張ってはいるものの、まだまだ心は青少年のそれのままなのだ。
「……いらねぇよ」
 ダン、と机に手を突いて、ベロニカは立ち上がる。鍛えられた足が大きく歩んでいって、少年の後ろ――ベッドへと辿り着く。種族特有の大きな手が、白いシーツの上に転がるクッションをむんずと掴んだ。足早に戻ってきて、少女はまたあぐらを掻いて座る。その足の間には、くたびれたクッションが鎮座していた。
 紅の瞳が丸くなる。それが何を意味するかなど、そんな都合が良い現実が繰り広げられるなど、青春真っ只中の脳味噌は処理しきれずフリーズを起こす。尖った指からペンが落ち、机の上を転がっていった。
「ペア杯だったら高台取るより降りて右行った方がいいよな」
 机上を駆けゆくペンを四角い指が捕らえる。そのまま、タブレットの画面をなぞった。自陣坂道下に彼の目のように赤い丸が描かれる。白黒の画像の上に、白紙だった計画の上にやっと色が乗る。
「……はい。見晴らしが良いので狙われやすいですが、ミストを投げれば少しは対応できるかと」
「敵高……よりも坂道のが良さそうだな。それか箱のとこ」
「ルート絞りたいですしね。どっちにしましょうか……」
 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、少年少女は議論を重ねる。少女の赤い耳と毛並みが乱れたクッションが、騒ぎが現実であることを語っていた。
畳む

#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

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