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No.221

夏日にはご注意【インクリング】

夏日にはご注意【インクリング】
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この季節熱中症で倒れるイカタコ絶対にいるだろと心配性のイカタコも絶対にいるだろの合体技。イカは楽観的だったり心配性だったりしろ。
バトルに行きたいイカ君とバトルに行かせたくないイカちゃんの話。

「離せって!」
「やだ! 絶対ダメだからね!」
 ロッカールームのど真ん中、金属ロッカーの扉を開きっぱなしにしたまま少年少女が叫ぶ。思いきり口を開けるインクリングの少年の手にはゴーグルが、目を見開くインクリングの少女の手には少年の腕が握られていた。剥き出しになった腕が振りほどこうと大きく揺れる。細く白い腕がそれに無理矢理追いすがった。痴情のもつれの現場、と説明されても納得のいく光景だ。
「また熱中症になったらどうするの!」
「なんねーよ!」
「なるよ! 懲りないでしょ!」
 少女は吠える。同じく少年もカラストンビを剥き出しにして吠えた。緑の瞳が睨む。赤の瞳が眇められてぶつかる。どちらも怯む様子も、退く様子も無い。譲らないことは明白であった。
 先週、己は熱中症で倒れた。とはいっても軽いもので、適切な処理を施され水分を摂っただけですぐに回復したぐらいである。医者にちゃんと水飲みなね、と叱られたのもあり、最近はしっかりと水を飲み、塩飴とやらも舐めている。汗はこまめに拭き、ハンディファンなんてものを使って身体を冷やす。熱中症対策はバッチリだ。何の問題も無い夏休みの今、バトルに明け暮れるには最高の身体だろう。
 けれども、幼馴染みはそれを許さなかった。また熱中症になる。また倒れる。だからバトルなんてダメ。そういって聞かないのだ。言葉だけならまだいい。今日なんて身体で制してくるのだから最悪である。
「屋内ならまだしもユノハナだよ!? 影無いじゃん!」
「あるだろ! 高台のとことか!」
「あれは物陰であって日陰じゃないでしょ!」
 キャンキャンと高い声が耳をつんざく。ダメ、やだ、と否定の言葉が耳を貫く。剥き出しになった感情が正面からぶつけられる。あのなぁ、と苛立った声を吐き出したのは仕方が無いことだ。
「対策してるっつってんだろ! 信用しろ!」
「できない!」
 まだ高い声がロッカールームに響き渡る。悲鳴めいたソプラノがそれに真っ向から立ち向かった。何でだよ、と裏返った嘆き声が、叫び声が巨大な口からあがる。心の底から吐き出されたそれは、床にぶつかってビリビリと震わせた。
「だって昔からそう言って同じことして怪我してたじゃん! 長年の実績!」
 ギッ、と漫画ならそんな擬音が付きそうなほど鋭い目つきで少女は少年を見上げる。ターコイズの瞳には確かなる輝きが、情動が満ちていた。それが溢れて、雫となって、黒く縁取られた目元からこぼれる。白い肌に一本の線が引かれた。
「倒れたら……、死んだらやだよぉ……」
 天河石の目が、涙をたたえた目がふるふると震える。ライトの安っぽい光を受けてきらきらと輝く。透明な雫がはらはらとこぼれてTシャツの襟元を濡らしていく。白いドット柄が水分を受けて暗くにじんでいった。
 そうだ。昔からそうだ。こいつは『死』をおそれていた。縁日で取った水風船が割れた時。長らく使っていたペンが壊れた時。大切に育てていたアサガオが枯れた時。連れ添っていたウーパールーパーが生を全うした時。こいつはいつだって泣いていた。いつだって『嫌だ』と言っていた。今だってそうなのかもしれない。『死』を、隣の『死』を。
 なんと大袈裟なのだろう。今後は気をつければいい、と医者のお墨付きをもらったと何度も話したのに。水を飲む様をこれでもかと見せているのに。熱中症対策をたくさんしているのを毎日のように見せているのに。だというのに、心配してくる。迷惑、と言い切ってしまいたい。けれども、彼女の言葉も事実である。何度も同じミスをして何度も同じ傷を重ねてきたのだ。だからこそ、今度ばかりは気をつけているのだけれど。
「…………わーったよ」
 重く、深く息を吐き出す。呼気が空気を揺るがせる音と、鼻を啜る音が二人の間に響いた。また一つ雫が流れゆく。
「あれだろ。モーショビには屋外ステ行かない、ならいいだろ」
 インクリングは自由な手で人差し指を立て、指揮棒を振るようにくるりと回す。先ほどまで少女を真っ向から睨みつけていたカーマインは、バツが悪そうに逸らされていた。はぁ、とまたわざとらしい溜め息。
 彼女の心配が本当であることは分かっている。彼女の心配が本心であることは分かっている。けれども、バトルには行きたい。長期休みの間に腕を磨きたい。ならば、落とし所を作るしかない。これが最大限の譲歩だ。譲歩してやるぐらい己は大人なのだ。そう言い聞かせ、少年は一つ頷いた。
「真夏日」
 すん、と鼻を啜る音。ちらりと見やると、一対のグリーンがまっすぐにこちらを見つめていた。涙が張っていた膜は少しだけ晴れ、常の芯の強い色を灯している。それがすっと細められた。
「真夏日も危ない。ちゃんと日陰があって休めるとこに行って。タラポとか、ヤガラとか」
「わがままだなぁ!」
 全く退く様子の無い少女に、少年は天を仰いで声をあげる。だから、と少女も声を張り上げた。
「日陰で休める場所があるなら屋外ステもまだ安心だから! ちゃんと水飲んで休んで!」
 キッ、とアニメならそんな効果音が鳴りそうな瞳で少女は少年を見上げる。涙はまだ全て晴れていない。心配の色はまだ全て晴れていない。けれども、先ほどまでの意固地な雰囲気は少しだけ和らいでいた。
「飲んでるじゃん」
「もっと飲まなきゃなの!」
 事実だけれど、言い訳じみた言葉を吐く。鋭い声が切り裂いた。わかったってば、と少年は掴まれた腕を振る。一生離すまいと言わんばかりに込められていた力は既に解けていた。包まれていた温もりから解放された腕は、少しだけ寒い気がした。
 まぁいい。言質は取った。これならばまたバトルに潜れるだろう。ユノハナ大渓谷とネギトロ炭鉱が選出されている今の時間はまた彼女がうるさく言い立てるから控えるが、次のスケジュールならば飛び込めるはずだ。何しろ、ザトウマーケットとバイガイ亭である。文句の付け所が無かった。
 そこまで考えて、少年は目を瞬かせる。ん、とやっと閉じた口から疑問符付きの音が漏れ出た。
「……真夏日って何度だ?」
「三十度」
 少年の問いに、少女はさらりと答える。当然の常識だと言わんばかりの声音だった。先ほどの悲痛な響きはどこへやら。
「最近は毎日三十度超えだろ!? どこにも行けねーじゃん!」
「だから危ないんだってば!」
 またロッカールームに声が響き渡る。譲れない真夏の戦いはまだまだ続きそうだ。
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