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No.54

夕暮れ色【ライレイ】

夕暮れ色【ライレイ】
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諸々上手くいかないのでリハビリと挑戦を兼ねてライレイ。
予定よりカップリング色が強く出た……と思いたい。

 トン、トン、トン。規則的に机を叩く硬い音がこぼれ落ち積もっていく。夕日に照らされた教室は日中の活気など見られず、ただただ静かだった。
「――雷刀?」
 開け放された教室の扉からひょこりと人影が覗き込む。今日の仕事に区切りがつき、一旦教室に帰ってきたレイシスだった。二つに結んだ長い髪が、彼女の動きにつられてゆっくり揺れる。夕日を受けた桃色の髪は、普段より赤みを増しているように見えた。
 彼女の声に、積もり続けていた小さな音が止む。音の発生源である少年――嬬武器雷刀はシャープペンシルを動かす手を止め、机から顔を上げた。その表情はいつもの明るく元気ものでなく、酷く疲れしおれていた。
「あー……レイシス……」
「まだ終わらないのデスカ?」
 彼の前の席に腰かけたレイシスの問いに、雷刀は机に突っ伏した。その姿が答えを明確に示していた。やはりか、と彼女は苦笑した。
 本日提出の課題が終わらず、雷刀は放課後残ってそれを解いていた。普段ならばそのまま忘れて課題の山の一部となるのだが、どうやらこの課題は成績に大きく関わるものらしい。普段から口うるさい烈風刀だけでなく、担当教員であるマキシマにまで真剣な様子で釘を刺されたのだ。あのハイテンションな彼が落ち着いた調子で言うほどに重要なものなのだ、さすがの雷刀も危機感を覚えた。無視することなどできない。彼はこの厚いテキストに向かう他なかった。
「烈風刀はどうしまシタ?」
「なんか委員会だかの用事があるらしくて、今職員室行ってる」
 それで一人で勉強していたのか、とレイシスは納得し頷いた。本日は運営に必要な仕事量が少なくレイシスとつまぶきだけでも十分だったため、烈風刀も彼の勉強に付き合っていた――正しくは逃げださないよう監視し、最終締め切りである本日中に全てを終わらせるためだ。切羽詰まった時によく見られる光景である。
「わけわかんねー……」
「でも、ちゃんと解けてマスヨ?」
 椅子の背に力なくもたれ器用にペンを回す彼の前、机に乱雑に広げられたテキストをレイシスは覗きこむ。問題をぎっちりと詰め込んだページにはいくつもの答えが並び、かなり進んでいた。ページ数を見るに、課題範囲の終わり手前まできているようだ。勉強を大の苦手とする雷刀にしてはペースが早い。烈風刀の助力のおかげだろうか、とレイシスは書き殴られた解答を目で追う。ざっと見た限りでは、正答率もなかなかのものだ。
「さすがにヤバいしなー。それに、烈風刀が『教科書をちゃんと読めば分かる』って言ってたし」
 だからちょーっと頑張ってみた、と雷刀は力なく笑った。その顔には頭脳労働による疲労が色濃く出ているが、どこか達成感も見て取れた。自分一人で問題を解き明かし解答に辿りつくことが嬉しいのだろう。その感覚はレイシスにもよく分かる。パズルのピースがぴたりとはまるようなあの感覚は、勉強をしていて一番楽しく思う瞬間だ。
「でもさー、烈風刀全然褒めてくれねーの。『これくらいできて当たり前です』ってばっかり」
 オニイチャン頑張ってるのにー、と彼は机に肘をつきため息を吐いた。確かに雷刀にしてはとても頑張っている。けれども、今回の原因は己が放置していたことによるものだ。頑張りを褒めることよりも、こうやってきちんと解くことができるのに何故今まで放置していたのだ、という怒りの方が強いのだろう。落ち込んでいるようにも見えるその姿に、レイシスはぐっと胸の前で拳を握った。
「じゃあ、ワタシが褒めマス!」
 いきなりの言葉に、雷刀はぱちくりと目を瞬かせた。そんなことはかけらも期待していなかったらしく、驚いているようだ。そんな彼を気にすることなく、レイシスはえーっと、と頬に手を当て宙を見上げる。『褒める』と言ったはいいものの、どんな言葉で示せばいいのだろう。しばし目を閉じ考える。あ、と小さい声を漏らすと、彼女は嬉しそうに人差し指を立てて笑った。
「大変よくできマシタ!」
 ニコニコと元気よく言う彼女の姿に、雷刀は小さくふきだした。はわ、とレイスは驚いたようにその顔を見つめた。何故笑われたのか分からないようだ。
「それ、全部終わってから言うことじゃね?」
「そうデスカ?」
 じゃあ、とレイシスは立てたままの指をくるくると宙で回し再度考える。ふさわしい言葉はなんだろう、と脳の中に存在する言葉の引き出しをパタパタと開いていく。
「よく頑張ったデショウ?」
 うぅん、と指を頬に付き、彼女は首を傾げる。これでいいのだろうか、という疑問が見て取れた。
 その可愛らしい様子に雷刀は小さく微笑む。ああは言ったものの、彼女からの言葉ならどんなものでも嬉しかった。それが己だけに向けられたものなら尚更だ。
「ん、ありがと」
 嬉しそうにはにかみ、雷刀は頑張るぞー、と大きく伸びをする。くるくると勢いよく回したシャープペンシルをしっかりと握り、彼は再びテキストに向かう。残るはいくつかの長文問題だ。今までの問題よりも複雑なそれは時間はかかるだろうが、彼女が応援してくれたのだ、頑張るしかない。その元気な様子にレイシスは安心したように微笑んだ。自分の言葉で彼が元気を取り戻したのが嬉しいようだ。
「あ、そだ」
 ぱっと顔を上げ、雷刀はレイシスの顔を見る。彼女はきょとんとした顔で夕焼けに染まる彼を見ていた。手にしたペンを口元にあてた彼は、どこかいたずらめいた表情で桃色の瞳を見つめた。
「なー、レイシス」
「何デスカ?」
「もーっと頑張るからさ、今度の小テストで平均以上取れたらまた褒めてくれね?」
 おねがい、と彼は笑った。レイシスもつられて小さく笑う。勉強嫌いの彼がそれだけのことでやる気を出すのだ。断る理由などない。レイシスはは胸の前で両手を握り、はいと元気よく頷いた。
「でも、『褒める』って何をすればいいデスカ? さっきの言葉ぐらいしか思いつきマセン」
 うーん、とレイシスは頬に手を当て悩む。同じ言葉ばかりではだめだろう、というのが彼女の考えだ。そうだなぁ、と雷刀も顎にシャープペンシルを当て宙を見つめる。先程の言葉でも十分だが、また別のものの方が嬉しいのも事実である。何があるだろう、と彼も小さく唸った。
「――じゃ、頭撫でて」
「それでいいんデスカ?」
「それがいーなー」
 そしたらちょーがんばる、と雷刀は手に持ったペンをステッキのようにくるりと回した。不思議そうな表情をしていたレイシスだが、彼の言葉に納得したのか花開くようにふわりと笑った。
「分かりマシタ!」
 いっぱい撫でてあげマス、とレイシスは意気込む。やる気満々の彼女に、雷刀は照れるように笑った。
 本当ならば抱きしめてほしい、あわよくば頬にでもキスをしてほしいなどと大胆なことを言いたかったのだが、さすがに『褒める』という枠から逸脱していた。まずは小さなことから。彼らしくもない奥手な考えだが、そうなってしまうほどに彼女のことが好きだった。そんなことは露知らず、レイシスはその姿を眺めていた。
「よーし、じゃあさっさと終わらすーぞ」
「頑張ってくだサイ」
 応援しマス、とレイシスは言う。満ち溢れるやる気を示すように腕まくりをし、雷刀はおうと普段のように元気よく返事した。すぐさまシャープペンシルをを握りテキストに向かい合う。今ならどんなに難しい問題でも解ける、そんな気がした。
 夕焼けの赤に染まる教室、その窓際からは二人分の影が伸びていた。

畳む

#ライレイ

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