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No.56

縁取る色【ライレフ】

縁取る色【ライレフ】
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あんまりにも何も書けずに放置してたら訳も分からず腹が立ってきたのでリハビる。とは言っても8割方書いて放置してたの仕上げただけ。
べったべたあっまあまな話が書きたかった。糖分くれ糖分。

 勢いよく加えられた重みにソファがギシリと悲鳴を上げる。耳障りなそれを気にすることなく、雷刀は背もたれに身体を預け大きく息を吐いた。その姿を見て烈風刀は弱々しい笑みを浮かべ、労うように手にしたマグカップをそっと差し出す。力ない様子ながらもしっかりと手に取ったことを確認し、彼もその隣に腰を下ろした。ズズ、とコーヒーを啜る音が青白い光に照らされた静かな部屋に響いた。
「つっ……かれたー……」
「お疲れ様でした」
「ほんとにつかれた……」
 中身が半分ほど減ったカップを机に置き、雷刀は再びソファにもたれかかる。その顔には明らかに疲労がにじんでいた。
 グレイスたちの登場もあってか、最近は各所に細かなバグが湧くことが多くなっていた。根本からの対策を考えるだけでなく、目の前のそれを潰し秩序を守ることも日々の仕事として重要な位置づけになっている。普段からバグとの戦闘をこなし経験を積んでいる彼はその中心となって活躍している。そうやって人一倍動いているのだから疲れるのも当たり前だろう。
「最近、本当に多いよな」
「あちらも本腰を入れてきた、ということでしょうか」
 ぐ、とカップを持つ烈風刀の手に力がこもる。ネメシス=メトロポリスへの被害、そして先日の恋刃の件が脳裏に蘇る。バグ対策を練っている最中、そのバグによって身近な人物にまで被害が及んだのだ。事前に防ぐことができなかったことを悔しく思うのは当然だ。
「これ以上被害を出さないようにしないと」
「だな。……もし、レイシスに何かあったら笑えねぇ」
 自分たちの核となるレイシスに被害が出れば、対抗しうる手段は潰えると言っても過言ではない。なにより、彼女と対峙し戦うことなど考えたくもなかった。想定しうる最悪の事態は何としても防がねばならない。絶対に守ります、と絞り出すような声に、雷刀も静かに頷いた。
「烈風刀になんかあってもやだしなー。戦いたくねぇ。怪我させんのやだ」
「僕だってそうですよ。貴方と戦うなんて」
 こぼした言葉に、雷刀はきょとんとした表情でこちらを見る。間の抜けたそれはだんだんと緩み、どこか意地の悪い笑みへと変わっていった。ろくなことを考えていないであろうその姿に、烈風刀は慌てたように続ける。
「貴方のような戦闘面に特化した者が敵に回れば厄介に決まっているでしょう。これ以上面倒なことになっては堪りません」
「素直じゃねーなー」
 逃げるようにカップに口をつける彼を見て雷刀はケラケラと楽しげに笑う。このような会話は既に慣れっこだ。それでも不満は残るのか、彼は拗ねたように口を尖らせた。
「こないだみたいに素直に本音言えばいいのに」
「お願いします止めてください忘れてください」
 烈風刀は酷く沈んだ声で懇願する。その顔は真っ青と言っても差し支えがないほどに血の気を失っていた。レイシスも雷刀も大して気にしていないようだが、先日の出来事は当人である烈風刀にとってはもう二度と思い出したくない、永遠に記憶の底に封じ込めておきたいものだ。それを蒸し返されては、常日頃冷静だと評価される彼でも取り乱してしまうのは仕方のないことだろう。
「そーいや、あの時なんか雰囲気違ったよなー。なんだろ」
 推理する探偵のように顎に手を当て、雷刀は烈風刀の顔をじっと見る。まるで間違い探しをするように、深い朱の瞳が鏡に映ったかのように同じ、けれども自分とは確かに違うその顔を隅から隅までじっと見つめる。居心地が悪いのか烈風刀は顔を逸らすが、それは短く声を上げた兄によって阻まれた。何かひらめいたような楽しげな声と共に、両頬を捕えられ少しばかり上を――ソファに片足を乗り上げて膝を付き、自分よりわずかに高い位置にある彼の方へと向かされる。顔を固定され動かすことができなくなってしまった今、嫌が応にも目の前の赤を見なければいけなくなる。少し見上げた先の紅玉に似た瞳は、まるで本物のそれのようにキラキラと輝いていた。
「睫毛! あの時睫毛めっちゃ目立ってた!」
「だからやめてください!」
 許してくれ、と言わんばかりに烈風刀は悲痛な声で叫ぶ。わりぃわりぃ、と雷刀は笑うが、そこに反省の色は見られない。誤魔化したつもりか、と水宝玉の瞳が不機嫌そうに細められた。
「やっぱ烈風刀って睫毛長いなー」
 感嘆するようにそう言って、雷刀はずいと顔を寄せた。視界いっぱいに広がる赤に烈風刀の肩が小さく跳ねる。無意識だろうが、鼻先がぶつかってしまいそうな――普段、口づけをする時と同じほどの距離だ。驚きと恥じらいが胸の内に湧き上がり、ゆっくりと広がっていく。
「雷刀も十分長いでしょう。同じですよ」
「そうか?」
 誤魔化そうとする声を気にする様子なく、雷刀はじぃと烈風刀の瞳――それを縁どる澄んだ空色の睫毛を眺める。そんなところを見て一体何が楽しいのだろうか、と烈風刀は可能な限り視線を逸らした。柔く頬に手を当てられているだけだというのに、『手を振り払って逃げる』という選択肢はないようだ。結局逆らうことなどできず、されるがままだ。
 頬に添えられていた手が外される。やっと解放されるのかと安心したのもつかの間、目の前――本当に目の、瞳の真ん前にその手が差し出された。眼前に指が迫る光景に本能的な恐怖を覚え、烈風刀は反射的にぎゅっと目を閉じた。作った暗闇の中、目元を何かが辿る感触が肌を通して伝わってくる。どうやら睫毛に触れているらしい。やっぱ長いなー、と間の抜けた声と壊れ物を扱うかのような優しい指の感触が暗い視界の中に浮かぶ。目を開け抗議したいが、なぞる指が離される様子はない。雷刀、と不満げな声で名を呼ぶが、指の主は何の言葉も返さずにいた。
 慈しむように目元を撫でていたそれが、すっと静かに離れる感触。熱から距離を取った手は再び頬へと添えられた。
 瞼に温かな何かが触れる感触。小さく響いた音で、そこに口づけられたのだと理解した。
 いきなりの行為にひくりと烈風刀の身体が小さく震える。撫でるようなそれはすぐに終わったというのに、与えられた熱は彼の心の内にしっかりと残っていた。
「……何をするのですか」
 しばしして、烈風刀はゆっくりと目を開き暗闇から抜け出す。まだ光に順応できないでいる目でも、目の前にいる人物が楽しげな笑みを浮かべていることぐらい分かった。
「そーゆー顔に見えたから?」
 にぃ、と雷刀は意地が悪そうに口角を上げる。どういう顔だ、と烈風刀は非難をにじませた瞳で睨むが、目の前の兄が怯む様子はない。こうやっていたずらを仕掛け睨まれるのはもう日常と化している。そして、学習する気もない――それでも、本当に嫌がっているか否かという判断をつけることだけはしっかりと身についているのだから性質が悪いとしか言いようがない。
「なに? 他のとこがよかった?」
 すぃ、と節が目立つようになった指が赤々とした唇をなぞる。先程瞼に落とされたそれとは違う温かさと感触に、烈風刀の頬に薄らと朱が差した。あれほど顔を近づけられたのだ、それを連想してしまったのは否めない。それだけに、まるで求めているのは自分だけと言うような彼の指摘は気に食わなかった。
 すっ、と烈風刀は静かに腕を伸ばす。己を捕える腕を抜け、眼前にいる雷刀の頬を同じように捕える。赤い瞳に不思議そうな色と己の青がふわりと浮かんでいた。
 そのまま自ら顔を近づけ、彼の唇に己のそれを重ねた。
 わずかに触れる程度のそれは瞬く間に終わる。それでも、交わした体温や重ねた肌の感触は確かに残っていた。
「…………そーゆーのずるくね?」
「貴方に言われたくありませんよ」
 たっぷり数秒おいて、雷刀は硬直から復帰し困ったように笑った。その頬は、自身が依然捕えたままのそれと同じく紅が散っていた。お返しだ、と烈風刀は緩く笑う。自らそのような行為を仕掛けた恥ずかしさは強いものの、それ以上に一矢報いた嬉しさと珍しく恥じらう彼の顔が見れた喜びが大きかった。普段彼は自分を『可愛い』と評価するが、彼の笑顔の方がずっと可愛らしい。
 こつん、と額と額が合わさる。睫毛同士が触れあってしまいそうな距離、夕焼け色と夜明け色の視線がぶつかった。その二色には先程までは見られなかった何かがしっかりと灯っていた。
「もっかいやる?」
「……お好きにどうぞ」
 素直じゃねーな、と雷刀は楽しげに笑う。けれども普段ならばすぐに突っぱねる彼だ、これでも素直な方である。
 色付く頬を温かな手が優しく撫で、包み込む。柔らかに揺れる赤と青、熱を宿す赤と赤が静かに交わった。

畳む

#ライレフ #腐向け

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