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No.119

お昼は二人でたこパしよっ【嬬武器兄弟】

お昼は二人でたこパしよっ【嬬武器兄弟】
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いつもの診断メーカーで掌編書こうとしたら思いの外長くなったので。
嬬武器兄弟がたこ焼き焼くだけ。
AOINOさんには「100グラム足りなかった」で始まり、「優しい風が髪を揺らした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以上でお願いします。

「あっ、百グラム足りねぇ」
 やべ、と雷刀は顔をしかめる。電子計量器の液晶画面には、必要分量から百グラムほど少ない数字が表示されていた。ボウルに移していた袋の中身はもう空っぽである。どれだけ逆さにして振っても、出てくるのは一グラムにも満たない微量の粉だけだ。
 え、という声とともに、野菜が刻まれる小気味良い音が止む。隣を見ると、包丁を手にしたままこちらを向く烈風刀の姿があった。手早く手を洗った彼はこちらに歩み寄り、一緒にスケールの数字を覗き込んだ。
「……買い置き、ありませんでしたよね?」
「これが最後だったと思う……」
 どうしよ、と少年は縋るような目で碧を見る。他の具材の準備はとうに済ませてしまった。もう戻れない場所まで来てしまっているのだ。だのに肝心のものがこれでは、今日の昼食が台無しになってしまう。縋るように再び袋を逆さに振る。最早欠片すら出てこなかった。
 ふむ、と弟は顎に指を当てる。貸してください、と言われ、袋を手渡す。裏面をじっくりと読んだ彼は冷蔵庫にまっすぐに向かい、奥から小麦粉を取り出した。
「残りは小麦粉でもいいでしょう。原材料はほぼ同じのようですし」
 そう言って、彼は袋の留め具を外しボウルに粉を入れていく。デジタルの数字がちょうど必要な分量を示したところで、テキパキと片付けた。その流れるような手さばきを呆然と眺める。朱い頭がこわごわと傾いだ。
「いいのか……?」
「まぁ、出汁が足りないかもしれませんけれど、食べる時に鰹節をたっぷりかければいいでしょう」
 不安げに尋ねる兄にあっけらかんと言い放ち、弟は再びまな板に向かう。包丁が動く度、プラスチックの板の上で緑が細かくなっていく。ザクザクと耳障りの良い音がキッチンに響いた。
 基本的に、烈風刀はレシピ遵守を心掛けている。大体これくらいでいいだろう、といつも勘で料理をする自分とは大違いだ。けれども、時たまこうやって雑になることがある。彼が培ってきた知識と経験あってこその判断なのだから、そう見えるだけであって信頼できる合理的なものだ。それでも、真面目な彼が己と同じようなことをするだなんて、と毎度意外に思ってしまう。同時に親近感を覚えた。そんなことを言ったら、感覚だけでやっている貴方とは違う、と怒られるだろうけれど。
「さ、こっちは終わりましたよ。生地の方、お願いしますね」
 ボウルに刻んだ野菜を入れ、烈風刀はこちらを見やる。未だスケールに乗せられたボウルを前に佇む自分に、少し冷めた目線が送られる。あっ、と声を漏らし、雷刀は急いで粉袋の裏面に書かれた分量の水と卵を入れてかき混ぜる。少しダマのできたそれとお玉を抱え、雷刀も彼に続いて食卓へと足早に向かった。
 いつも多くの料理が並ぶテーブルの上には、ボウルやスチロールトレイといった食器と言い難いものが並んでいた。その中央に、大きなホットプレートが鎮座している。久しぶりの彼の登場に、朱は目を輝かせた。
 手早く付属品とコンセントをセットし、スイッチを入れる。熱を発し始めたそれに、烈風刀は窪み一つ一つに油を塗り込んでいく。全体に油が染み渡ったことを確認し、彼は先ほど作ったばかりの生地を流し込む。じゅわぁ、と音とともに白が黒いプレートを塗り潰していく。水分の多いそれは一気に丸い窪みを満たしていった。
 脇に置いていたトレイを手に取り、彼は刻んだタコを一つ一つ手早く放り込んでいく。それが終わると、すぐさま揚げ玉が入った袋を傾けプレート全体に降らせていく。続けて刻んだキャベツと紅ショウガ。黒かったプレートは、白と緑と赤で彩られた。
 じゅうじゅうと鳴くプレートを前に、雷刀は竹串を持つ。スッと金属プレートに走る溝に合わせて手早く線を引き、今度は深い窪みへと差し込む。端にはみ出した生地を中に巻き込むようにしてくるくると回してひっくり返していく。軽やかな指さばきにより、半円だった生地は丸い形に整えられていった。
 すっかり球体になった生地をころころと転がし、きつね色になった頃合いを見計らって皿に移していく。いくつもの丸が白い食器の上を転がり、串でつつかれ整列する。上からソースを掛け、マヨネーズ、青のり、そして弟が言ったようにたっぷりの鰹節を浴びせる。生地の熱を受けた鰹節がひらひらと拙いダンスを踊った。
「烈風刀、できたぞー」
「ありがとうございます」
 油を引き直し生地と具材を再び投入している弟の前に、たこ焼きが載った皿を置く。ちょうど入れ終わったのだろう、烈風刀は礼の言葉を言い手を止めた。
 パシン、と手を合わせる音。続けて、いただきます、と二人分の声が重なった。
 箸を手に取り、まあるいそれを一つ引っ掴む。ふーふー、と念入りに息を吹きかけ、口の中に放り込む。瞬間、ソースと甘さとマヨネーズの塩気、青のりの風味、生地と鰹節の濃厚な味が口の中に広がった。同時に、凄まじい熱が舌と口内粘膜を焼いていく。
「あっふ!」
「ちゃんと冷まして食べなさい」
 もう、と呆れた声を発しつつ、烈風刀ははふはふと空気を求めて口を開ける兄の前に麦茶が入ったグラスを置く。礼を言う暇も無くそれを手に取り、口の中に流し込む。冷たい液体が粘膜を冷まし潤していく。喉を焼きつつ、柔らかなたこ焼きは少年の胃の腑に収められた。
「んめー!」
 中身が空になったグラスを机に置き、雷刀は歓喜の声をあげる。口内を焼き払っていったたこ焼きは、思わず声をあげるほどの美味しさだった。さすがたこ焼き粉、と内心頷く。今回は半分近くがただの小麦粉なのだけれど。それでもいつも通り美味く感じるのは、弟が言ったように鰹節で旨味を補っているからだろう。やはり、彼の知識と経験に基づく判断は素晴らしいものだ。
 麦茶を注ぎつつ、向かい側を見やる。自分以上に念入りに息を吹きかける碧の姿が目に入った。青色の箸が動き、ソースたちで彩られた丸を口に運ぶ。はふ、と息を吐き出す音。口に手を当て、彼は咀嚼する。少し膨れて動く頬は子どもらしく愛らしいものだ。喉が動き、嚥下する様が分かる。一拍置いて、美味しい、と柔らかな声が聞こえた。だろ、と朱は得意げに箸を回した。
「貴方、本当にたこ焼きを焼くのが上手ですよね」
「だろー? オニイチャンすごいだろー?」
 こういうことばかりですけどね、と烈風刀は笑う。なんだよ、と拗ねた口調で返す。音に反して口角は上がり、緩い孤を描いていた。ふ、と笑声が二つテーブルにこぼれ落ちる。
 じゅわじゅわと声をあげる生地を見て、雷刀は竹串を操る。くるりくるり回転する生地の面倒を見つつ、冷めつつあるたこ焼きを口にする。カリッとした表面が、とろりととろける中身が相変わらず口内を焼く。それでも、食べる手は止められなかった。この瞬間が好きだ。たこ焼きやお好み焼きといった食べながら作るものは、なんだかある種のイベントのようで楽しいのだ。
 作業をしながらものを食べるなど、行儀が悪いと怒られるだろう。けれども、今日ばかりは烈風刀は何も言わなかった。大切な昼食の調理をしているのだから当たり前だ。今日ばかりは彼が口出しできることなど無い。そこも少しだけ好きだった。あの何でもできる弟に頼られている感覚がするのは嬉しい。たとえそれが、たこ焼きを焼くなんて単純なことであっても。
 焼けた生地を皿に移して、ソースたちを降らせて、プレートに油を敷いて、生地を流し込んで、具材を撒いて。それを繰り返しながら昼食の時間は進んでいく。調理しつつのそれは、普段よりも長くゆったりとした時間だった。
 ボウルの中の生地が無くなり、ザルやトレイの中の具材たちも消える。ほとんどのものが焼け、プレートの上も穴あき状態だ。端の焼けにくいものを中央に移動させながら、雷刀はたこ焼きを頬張る。随分と冷めてしまったが、これぐらいのものも良い。舌を犠牲にしながら熱々なものを食べるのもいいが、冷めて表面がしっとり柔らかになったものも十二分に美味いのだ。
 ようやくプレートの上から生地がいなくなる。皿の上の丸たちもすっかり少年らの胃の中に収められた。パン、と再び手を合わせる音。ごちそうさまでした、と二重奏が奏でられた。
 あっつ、と呟き、雷刀は窓際に歩み寄る。鍵を開け、背丈より大きな窓を開く。さぁと清涼な風が熱っぽいリビングダイニングに吹き込んできた。汗ばんだ肌を澄んだ風が撫ぜ、身体を冷ましていく。調理後や食後のこの感覚がいつも心地良くてたまらなかった。
「来週はお好み焼きな」
「粉物続きではありませんか」
 くるりと振り返り、雷刀は指を立てて笑う。呆れた笑みが返された。
 そんなことを言いつつも、きっと彼は来週も己の望みを叶えてくれるだろう。今度は粉が足りないなんて事態に至らないように、次の買い出しではお好み焼き粉を買わないと。後で買い物リストに書き足そう、と考え、少年はゆるりと頬を緩めた。
 週末の午後、優しい風が朱い髪を揺らした。

畳む

#嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀

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