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No.136

眠りの淵【神十字】

眠りの淵【神十字】
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Gottの日に書こうとしたけどさすがに薄暗いな……となってやめたネタ掘り起こし。1ヶ月も経っちゃったよ。
うちの神様と十字さんがくっつくことは永遠にないけど感情と矢印のでかさが掛け算のそれなので神十字。
眠らなくていい神様と眠る十字さんの話。

 薄いカーテンの隙間から月明かりが差し込む。細く淡い光の下、烈火にも似た緋が現れて輝いた。真夜中、ベッドに横たわり瞑っていた瞼の下から覗くそれに、睡魔の形跡は全く残っていない。眠りから這い出た直後とは到底思えないほどはっきりと鮮やかな色と光を宿していた――当然だ、眠ってなどいないのだから。
 身体に掛けていた毛布をそっとめくり、男は上半身を起こす。夜も更け日付が変わってしばらく経った時分、すっかりと暗くなった室内を軽く見回す。部屋を照らしていたランプの灯は消え、寝る前に読んでいた本も本棚に片付けた。嗜好品の類はキッチンに丁寧にしまわれているし、遊戯の類もベッドに入る前に所定の位置に戻した。手遊びになるようなものなどない。そも、布団から這い出すことなど不可能な状況にあるのだから、ここでじっとしている以外選択肢は無いのだ。はぁ、と溜め息をこぼした。
 夜は退屈だ。
 共に暮らすヒトに合わせて夜はベッドに入り横になるのだが、眠ることなど出来た例しがない。当たり前だ、『眠る』という機能が備わっていない身体なのだ。人間の真似事をして横になり目を瞑ったところで意識が落ちることなどない。したところで意味など全く無い行為だ。
 何より、人間で言うところの『眠る』――暗闇の中、己の意志に関係なく意識を失うのは、人に忘れ去られること()を想起させる。考えただけで、背筋を冷たいものがなぞっていく。明確な恐怖だ。神なんて存在がそんな感情を抱くなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。それでも、人間で表現するならば『本能』である部分が、意識が沈むことを恐れた。
 夜闇の中、隣に視線を向ける。ヒト二人並ぶには幾分か狭いベッドの上、昼間干したばかりの柔らかな枕に頭を預けた蒼髪の青年は目を閉じていた。月夜の下、日中見せる澄んだ空色は見えない。
 枕に頬を寄せ横を向いたその表情は穏やかなものだ。今日は子ども達と遊び、施設中の大掃除に精を出し、夕飯は少し凝った料理に挑戦していた。心地良い疲労を抱えた彼は、きっと深い眠りの底で良い夢を見ているのだろう。
 眠っている。よく眠っている。まるで、死んだように。
 黒いものが胸を撫ぜる。それが触れた部分から、闇が広がっていく。視界がかすかに揺らぐ。必要の無いはずの呼吸が詰まる。存在しない心臓が大きく脈を打ったように思えた。
 シーツの上に放り出された腕に手を伸ばす。力の入っていないそれを取り上げ、筋が浮かんだ手首をぎゅっと握る。触れた部分から、心地良い温もりととくりとくりと規則的な血の動きが伝わってきた。
 生きてる。生きている。ちゃんと、生きている。
 確かな事実に、ほっと息を吐く。何と馬鹿らしいことをしているのだろうか。ヒト一人の死をこんなにも恐れ、無意味に慌てるだなんて。とんだ笑い話である。過去の時分が見れば、鼻で笑うことすらしないだろう。それほど些末で愚かな行為だ。
 これで何度目だ、と自嘲する。夜中、横たわることに飽きて身を起こし、隣で眠るヒトの生を疑い、必死になって確認し安堵を得る。少なくとも、もうすぐ両の手の指では足りなくなるぐらいには行っているはずだ。なんと愚かなのか、と呆れ嘲笑う。仕方が無いだろう、と諦めにも似た声がどこかから聞こえた。
 ヒトはすぐ死ぬ。若かろうが老いていようが、綿毛が風で散りゆくように簡単に死ぬ。にわか雨のように突然訪れる死に、いとも容易く攫われ消え去ってしまう。それこそ、眠っている間にも。
 怖い。怖くてたまらない。この蒼を失うのが怖くてたまらない。
 彼は己を『神』と心から認識する唯一の存在だ。『信仰』というひとつの認識によってようやく在ることができる己にとって、命のような存在である。そんな彼を失うのが怖い。また片時の死(眠りにつく)が訪れるのが怖い。一人が怖い。
 寝息すらたてずに眠るその頭に腕を伸ばす。若草を指でなぞり、白い瞼にかかったそれを避ける。ほのかな月光の下、健康的な瑞々しい肌が晒された。指先ですくった髪を、形の良い耳に掛けて退ける。額まで露わになった寝顔は、どこか幼く感じた。
 起こした身を屈める。目を閉じ眠るかんばせに、己のそれを寄せていく。ゼロ距離、さらけ出された白い額にそっと唇を寄せた。
 死ぬなよ。生きろよ。生きてくれ。一人にしないでくれ。
 願いを、祈りを、乞いを小さな温度に込める。神の想いなど、睡魔に誘われ意識を手放した青年に届くことなど無い。分かってはいるが、それでもやらずにはいられなかった。訳の分からない衝動が胸を満たし、身体を突き動かしたのだ。
 なめらかな肌から離れ、身を起こす。さらさらとした髪を一撫でし、耳に掛けた髪をさっと払う。健康的な肌は、再び手入れされた若葉色の奥に隠れた。
 ベッドを揺らさないように注意しながら再び横になる。毛布を手繰り寄せ、中に潜り込む。薄手ながらも心地の良い温もりをもたらすそれの中に埋もれた。眠る必要も、機能も無い。けれども、ヒトと同じように『眠る』形を取らなければ、隣で生きる彼は心配するのだ。己を『神』と正しく認識してはいるものの、ヒトと同じ形をしているからか眠らずに夜を過ごすことを不安げにするのだ。実際に口に出して問うたのは共に暮らし始めた時ぐらいで、以後言及することは無い。けれども、闇夜に包まれる時分になると、時折彼は心配そうに己を見るのだ。本当に眠らなくても大丈夫なのだろうか、本当に身を休めなくても大丈夫なのだろうか、本当に夜を一人で過ごしても大丈夫なのだろうか、と。
 心優しい彼らしい。だから、形だけでも付き合うことにしたのだ。退屈で仕方が無いものの、この程度で水面色の瞳に膜張る不安を取り除けるのならば安いものである。
 寝返りを打ち、隣を見やる。相変わらず、蒼は穏やかに眠っている。日中の働きぶりを見るに、朝まで起きることは無いだろう。
 死ぬのが怖い。
 失うのが怖い。
 それは、一体どちらに対してなのだろうか。
 どっちだろ、と意味も答えもない問いを思い浮かべつつ、神は瞼を下ろす。暗闇が世界を埋め尽くした。




 闇に沈んでいた意識が浮き上がっていく。不確かなそれが、明るい光に照らされ輪郭を取り戻し始めた。わずかな震えの後、瞼がゆっくりと開かれる。白い緞帳の向こう側から、勿忘草が姿を表した。
 朝か、と青年は開いたばかりの目を細める。カーテンの隙間から差し込む光は穏やかな色をしながらもはっきりとしていて、微睡みに浸ろうとする意識を思いっきり現実へと引き上げる。ぎゅっと目を閉じ、開き、また閉じ、開き。屈伸運動のように瞼を動かす。睡魔が引いていた薄い膜は払いのけられ、頭は確かな現実を認識した。
 もぞりと身じろぎをし、寝返りを打つ。となりには、昨日干したばかりの枕に頭を沈めた紅の姿があった。いつだってぱっちりと開いた可愛らしい目は、今は閉じている。眠る人間と同じ様相をしていた。
 神が眠ることなど無い。そんな機能は備わっていない、と当人が語ったのだから真実だ。けれども、浅慮で矮小な己は、彼がいっときも眠ることなく活動を続けることを不安がってしまうのだ。人ならざる存在であり、人と同じ枠に収まるはずのない存在であると理解しているはずなのに、脳味噌は人の尺度で()を測ってしまう。
 お前となら眠れるかもな、と笑ったかの姿を思い出す。誰が見ても分かるほど、己を慮っての笑みと言葉だった。信仰する存在に気を遣わせるなど、なんと不出来な信者なのだろう。それでも、不安が消えることは無いのだから己は浅はかで愚かだ。
 ぱちりと眼前の目が開く。健康的な色をした瞼の下から、真紅が顔を覗かせる。鮮烈な紅だ。眠っていたとは到底思えないほど澄んだ、鮮やかな紅色だ――実際、眠っていないのだから当然なのだが。
「おはようございます」
「おはよ」
 普段と変わることなく、朝の挨拶を投げかける。少し拙い音色をした己とは正反対、常と同じ明朗な声が返ってきた。眠らずとも変わらぬパフォーマンスを発揮する姿に、そっと目を細める。やはり、彼は人ではない。分かりきったことが、寝起きの脳味噌を揺らした。
「朝ご飯作りますね」
 肘を突き、身を起こす。身体にかかった毛布が自然と去っていった。陽光降り注ぐ部屋は暖かで、寒さなど感じない。少し前まではわずかな身震いをしてしまったというのに。季節が変わりつつあることを思わせた。
 つられたように、隣で横たわっていた彼も起き上がる。ぐ、と天井へと腕を上げ背を伸ばす姿は、寝起きの人間と変わらない。
 今日は眠れたのですか。
 問いたい気持ちを必死に押さえつけ、胸の奥にしまいこむ。眠れるはずがないだろう、眠る必要も機能も無いのだから。こんな分かりきった問いなど思い浮かべるだけでも愚かでしかない。全てが時間の無駄だ。
「あー……えっと、あれ。卵ぐちゃってしたやつ」
「……スクランブルエッグですか?」
「たぶんそれ」
 びっとこちらを指差す彼に、少し苦い笑みを返す。睡眠と同様、彼は食事を必要としない。活動エネルギーを食事で摂ることができる身体ではないのだ。それでも、最近は『食べる』ということを楽しむようになってきた。まだ料理名を覚えるまでには至らないのだけれど。
「少しずつ覚えましょうね」
「覚えなくてもクロワは作ってくれるじゃん?」
「そうですけど」
 ことりを首を傾げいたずらげに笑う神に、人間もくすくすと笑みをこぼす。ふたつの可愛らしい笑顔を、陽の光が照らしだした。
 今日も良い天気になるだろう。

畳む

#ライレフ #腐向け

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