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No.143
書き出しと終わりまとめ15【SDVX】
書き出しと終わりまとめ15【SDVX】
あなたに書いて欲しい物語
でだらだら書いていたものまとめその14。相変わらずボ10個。
毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:嬬武器兄弟3/はるグレ2/ハレルヤ組1/後輩組1/ライレフ3
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次は中火で炒めましょうね/嬬武器兄弟
あおいちさんには「優しいのはあなたです」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。
何でそんなに優しいんだよ。
心の中で漏らした言葉はどうやら口を突いて出てしまっていたらしい、目の前の藍晶がぱちりと瞬いた。
「何がですか?」
ことりと首を傾げる弟に、兄は苦々しく唇を横一文字に結ぶ。眇められた目には悔しさが多分に浮かんでいた。うぅ、と拗ねたような声が喉からこぼれ落ちる。なんとみっともないのだろう、と情けなさと腹立たしさが胸に渦巻いた。
俯く片割れの様子を不思議そうに見やりながら、烈風刀は目の前の皿に箸を伸ばす。黒が所々に浮かぶ野菜炒めを取り、口に運ぶ。よく噛み締め、飲み込む。美味しいですよ、と少年は再び賛辞の言葉を口にした。
「……おせじとかいいから」
「貴方相手にお世辞を言ってどうするのですか。美味しいから『美味しい』と言っているのですよ」
変なところで疑り深いですよね、と対面に座る彼は呆れたように言う。疑り深いのではない、事実なのだ。現に、自分の口の中に放り込んだ野菜炒めは、炭と形容した方が相応しい味と見た目をしていた。弟の皿にはできるだけ焦げがないものを取り分けたが、それでもどれも一カ所は黒い斑点ができているような有様だ。日々料理を探求し、舌の肥えている彼が『美味しい』なんて言えるものではないということぐらい、鈍感だと評される自分でも分かった。
「そーゆーとこが優しいっつってんの」
「いや……意味が分からないのですけれど……」
むくれながら言う朱に、碧は訝しげな目を向ける。深青の箸がまた野菜を掴み、赤い口に放り込む。整った顎が動く度、複雑な感情が胸を掻き乱した。誤魔化すように白米を掻き込む。柔らかな甘さが炭の風味と濃い調味料で満たされた口内を洗い流した。
「焦げはありますがきちんと全部に火が通っていますし、味付けが不慣れだからと焼き肉のタレを使ったのは正確な判断です。初めて作ったにしては上出来ですよ」
「……嘘だぁ」
「こんなことで嘘を吐いてどうするのですか」
それはそうだけど、といじけたようにこぼす。彼の言っていることは正しいが、目の前の代物はどう考えても『美味しい』『上出来』という評価には繋がらない仕上がりだ。弟のことを信じたくとも、己の味覚とプライドが許してくれなかった。
「また作ってくださいね」
飛んできた言葉に、は、と呆然とした声が漏れた。こんなお粗末なものを食べて『また作ってほしい』だなんて、さすがにどうかしている。驚愕が伝わったのだろう、目の前の片割れはふわりと笑った。
「貴方の料理が食べたいのです。貴方のものだからいいのですよ」
結った緑に願う/はるグレ
AOINOさんには「届きそうで届かない何かがあった」で始まり、「来年の今日もあなたといたい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
届きそうで届かないそれを目指す。めいっぱいつま先立ちし、細い腕を限界まで伸ばす。それでも、頭上の緑はこの手に収まってくれなかった。
「これですか」
ひょいと手に持った薄紙が横から取られる。目の前でねじり結われていく銀のラッピングタイを見て、マゼンタの瞳が強く眇められた。
「自分でできたわよ」
「そうでしょうか……」
笹に短冊を結び終えた始果は首を傾げる。踵を地面につけ、グレイスは頬を膨らませる。全体重を掛けていたつま先が少しばかり痛みを訴えた。もうちょっとで届いたわよ、と少女は唇を尖らせる。嘘であり負け惜しみである。自分の身長では、つま先立ちしてやっと指先が触れる程度の場所だった。だからこそ、結びつけようとしたのだけれど。
「あんたは短冊書いたの?」
鮮烈な躑躅が、頭一つ上の丸い蒲公英を見やる。問われた当人は、襟巻きに口元を埋めるように小首を傾げた。長い沈黙の後、あぁ、と合点いったような声をあげた。
「書きました」
あら、と少女は声を漏らす。この少年はイベント事に対する興味が薄い。聞いたものの、七夕の短冊を書くなんてことはしていないと決めつけていた。
「どこ? 何て書いたの?」
きょろきょろといろがみだらけの緑の大群を見回す。あそこです、と指差した先は、彼の身長よりもずっと高い場所だった。どうやって括り付けたのだろうか。何と書いてあるのだろうか。考えながら目をこらす。自分よりも頭三つは高い場所にある薄緑の紙には、細い文字で何かが書いていることしか見えなかった。
目を細め必死に紙を眺めるグレイスに、始果は柔らかに笑む。えっとですね、と漏らす声は彼らしくもなく感情が滲んだ音に聞こえた。
「来年も君といたい、と書きました」
放たれた言葉に、シアンに縁取られたマゼンタがぱちりと瞬く。数拍、日に焼けていない白いかんばせが真っ赤に染まった。
「……いるに決まってるでしょ。ネメシスから出るつもりなんてないわよ」
ようやくあの暗い海から輝かしい世界にやってこられたのだ。待ち望んだ場所から出ていくなどあり得ないことだ。
一緒にいてくださいね、と狐は躑躅を見つめる。少女はふぃと視線を逸らした。尖晶石が居心地悪そうにうろうろと泳ぐ。己が書いた、少年が結んでくれた短冊が視界に入った。ほんの数分前に必死に考えしたためた文章が頭の中に甦った。
ずっと一緒にいられますように。
数日後には元通り/ハレルヤ組
AOINOさんには「傷口には触れないで」で始まり、「そう思い知らされた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
「傷口には触れちゃダメデスヨ! 絶対デスカラネ!」
頬を膨らませ、立てた人差し指でビシリとこちらを指すレイシスに、雷刀ははい、としおらしく返事をする。本当は患部が痒くてかきむしりたくてたまらない。しかし、今ここで実行しては二人分のお説教が頭にのしかかってくるだろう。絆創膏に伸ばしかけた手を気付かれないようにそっと下ろした。
「かさぶたを掻くのも駄目ですからね」
隣から烈風刀が追撃を放つ。まさしく考えていたことを潰され、朱は喉が潰れたような音を漏らす。はぁ、と呆れ返った嘆息が機械の駆動音満ちる部屋に落ちた。
今日のバグ退治は散々だった。数えられないほど相対してきた新型バグは、こちらの動きを学習したのか斬撃を避けられることがわずかながら増えてきた。飛び回り逃げ回るそれに躍起になって追いかけているうちに、茂みに顔を突っ込む羽目になってしまったのだ。緑の中に身を隠した外敵を排除することは叶ったが、代わりに頬にたくさんの傷が生まれた。一部は枝に引っかかったのか、血が滲むものすらあった。仕事を終え合流した弟と、作戦室で待っていた愛しい少女に怒られたのは言わずもがなである。
痛みを訴える己を無視して容赦なくアルコール消毒され、塗り薬を丹念に塗り込まれ、可愛い柄の絆創膏を貼られ。この上なく適切な処置だ、己の代謝も合わせて数日もすれば治るだろう。血は出たものの傷口は浅かったようだから、痕が残ることもないはずだ。
しかし、とちらりと隣を見やる。桃と碧は真剣な顔で話していた。毎日絆創膏貼り替えてくだサイネ。もちろん。掻かないように見張りますから。お願いしマス。絆創膏も剥がしにくい物に買い直した方がいいですね。頬に指を当てた少女と顎に指を当てた少年は、明らかに己の対処について話していた。どう聞いても子どもの面倒を見る親の会話だ。じっとするのが苦手で、傷ができる度掻いて悪化させ、かさぶたになったと思ったら好奇心で剥がすような己である。反論できないのが悲しい。
雷刀、と固い声。視線を向けると、そこには変わらず険しい表情をしたレイシスがいた。美しい桃の眉はぎゅっと寄せられ、丸く輝かしい薔薇輝石の瞳も眇められている。その澄んだ色の中には、心配の色が多分に浮かんでいた。
「烈風刀にも言いましたケド、毎日薬を塗って絆創膏を貼り替えてくだサイネ。雑菌が入らないようにしなきゃいけマセンカラ」
「何度も貼り替えては逆に雑菌が入る機会が増えてしまいますし、お風呂上がりに替えるのが一番でしょうね。僕も気を付けますが、忘れずにやってください」
真剣にこちらを思い遣る桃と碧に、朱は分かったよ、と返す。いつも通りに返したつもりが、どこか拗ねたような響きになってしまった。これではまるきり子どもではないか。思わず顔をしかめる。
「面倒くさがらない」
「早く治すためデスカラネ!」
声と表情が合わさり、最悪の解釈を生み出したようだ。少年と少女は表情を険しくしながら言葉を紡ぐ。分かってる、大丈夫、ちゃんとやる、と項垂れ両の手を上げて返した。降伏の意思表示である。
お願いしマスネ。ちゃんとしてくださいね。二人分の固い声が頭上から降ってくる。どちらも内側に込められた温かで柔らかな心が伝わってくるものだった。
それにしても、と心の中で呟く。たかが顔の傷でこれほど心配するだなんて、二人はどれだけ優しいのだろうか。相手が怪我に頓着し悪化させる自分であることを差っ引いても、大袈裟なほどである。
こんなに心配させるほど、己は信用されていないのだ。こんなに心配してくれるほど、二人は己を大切にしてくれるのだ。そう思い知らされた。
二度目の制止は言う暇を与えてくれなかった/はるグレ
葵壱さんには「私に少し足りないものは」で始まり、「その声がひどく優しく響いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。
己に足りないものは、辛抱とか、我慢とか、そういうものなのだろう。
闇の中、ずっと待つ。否、『ずっと』なんて言葉を使うほど長い時間ではない。きっとまだ三十秒も経っていないだろう。けれども、この暗い世界に放り込まれたのは随分前のように感じた。
静寂と暗闇に耐えきれず、そっと目を開ける。目の前には、月色が広がっていた。見知った月色。愛しい月色。彼を象徴する色が、目が、視界いっぱいに映るほど迫っている。事実に、ぶわりと顔が熱を持つ。ひくりと喉が引きつった音を漏らした。
「す、すとっぷ!」
「はい」
叫び、ぐいと目の前の胸を押す。あんなにも近くにあった月は、従順な声とともにすぐさま引いていった。視界いっぱいの黄色が消え、広がるは愛しい人の顔だ。月が、金の双眸が、こちらを射抜く。見つめられることなど普段と変わらぬことだというのに、今は何故か逃げたくてたまらない。思わず顔を背けようとするが、両頬を手で包まれ顔を固定された状態では叶わなかった。
まただ、とグレイスはギリと歯を噛み締める。付き合ってからもう随分と経つ。手を繋いだり、抱き締めたりと、恋人らしいこともたくさんしてきたつもりだ。けれども、こうやってまっすぐに向き合って、頬を優しく捕らえられて、目を閉じ口付けるなんて甘やかな行為は未だに慣れることができないのだ。口付けなんて彼が不意打ちで何度もしてくるのだから、多少離れているはずだ。けれども、意識をするだけで何もかもが駄目になる。悔しいったらなかった。
すり、と親指が頬をなぞる。自分のものより大きなそれは少しかさついていて、温かだ。愛しい温もりと優しい感触に、そっと息を吐く。バクバクと騒がしい音をたてる心臓が、ほんのわずかに凪いだように思えた。
「……落ち着きましたか?」
「さ、最初から、落ち着いてるわよ」
穏やかな問いに、つかえつかえに返す。見え透いた嘘だ。誤魔化される優しさは持っていない彼は、そうでしょうか、と疑問符が付いた声を返す。そうよ、と思わず語気を強くした。
「では、やりましょうか」
両の頬を捕まえたまま、始果は言う。常と変わらぬ声が、有無を言わせぬ声が、酷く優しく、どこか恐ろしく響いた。
「クーラー効いた部屋で食べるアイスこそ至高」とか言うやつが全部悪い /後輩組
AOINOさんには「たったひとつ欲しいものがあるの」で始まり、「今日も空が青い」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。
ただ一つ欲しいものがある。願いを胸に、少年たちは手を握った。
生っ白い手が振り上げられ、青に包まれた腕がそっと上げられ、床に転がった茶の腕がかすかに動く。ぽん、と気迫溢れる声とともに、大小三つの手が寄せられた。
「えぇ……」
大きく開かれた少し小ぶりな手。力なく開かれた剣胼胝のある手。そして、ぎゅっと握られた己の手。一度きりのじゃんけんは、青い少年一人の敗北で締めくくられた。
よっしゃ、と魂は力いっぱい開いた手を頭上に歓声をあげる。床に寝転がった灯色は、腕を動かすことなく目を伏せていた。すぐにでも眠りの海に沈み行く彼の肩を掴み、名を呼びながらゆさゆさと動かす。このまま眠られては困る。
「じゃーあー、オレはしろくまな。背高くてフルーツめいっぱい入ってる方」
不機嫌そうに薄く目を開けるはしばみ色の横で、くちなし色は上機嫌に言う。椅子の上であぐらを掻いて座る様は浮かれたものだ。
「灯色は?」
「別に……。適当にしといて……」
尋ねる冷音に、灯色はむにゃむにゃと寝言めいた声で返す。それもすぐに穏やかな寝息に変わった。もう眠ってしまったようだ。闘いの参加者であり勝者といえど、彼は魂に無理矢理巻き込まれたのだ。せっかくの勝利への頓着も何もないのは当然と言える。相変わらずマイペースで、睡眠に貪欲な友人だ。
「じゃあしろくま三つね」
小さく息を吐き、青は立ち上がる。身体が重くて仕方が無い。それでも、己は敗者だ。賭けに乗った以上、どんな結果であれど勝者には従わなければならない。財布をポケットに突っ込み、のろのろとした足取りで出入り口へと向かう。よろしくー、と気楽な声が飛んできた。わざと神経を逆なでするようなそれに、思わず眉を寄せる。魂のだけわざと溶けさせて持って帰ってやろうか、なんて意地の悪いことを考える。そんなこと、溶けるまであんな外気温とともに過ごさねばならない地獄を考えなくても絶対にやらないのだけれど。
自動ドアを開け、サーバー室を出る。すぐに、むわりとした空気が冷房で冷やされた身体を包みこんだ。うわ、と思わずげんなりとした声が漏れる。それも夏の空気に溶けて掻き消された。
はぁ、と溜め息一つ。冷音は重い足取りで昇降口へと向かう。目指すは学園から少し離れた場所にあるコンビニだ。『じゃんけんで負けたやつがアイス買ってくる』なんて賭け事に乗り、負けた責務を果たさねばならない。
とぼとぼと廊下を歩く。ただでさえ空調が無い廊下は暑いというのに、今日は夏の日差しが燦々と降り注いでいるのだから尚更暑くてたまらない。外はこれ以上の気温なのが容易に想像できるのだから嫌になる。はぁ、とまた重い溜め息を吐いた。
細めた目で、ガラス窓の向こうを見やる。夏の空は、今日も憎たらしいほど青かった。
温もり結んで/ライレフ
AOINOさんには「音もなくほどけた」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。
繋いだ手は音もなくほどけた。
寒いから、なんて理屈を捏ねられ繋いだそれはどちらともなく離れ、愛おしい熱は物言わずに去っていく。名残惜しさを覚えるが、ここは二人で暮らすアパート、そのエントランスまでほどない場所だ。時刻はもう夜に近く人通りは少なくなっているとはいえ、住人とすれ違う可能性はゼロではない。男子高校生二人が手を繋いでいる姿を見られるだなんて事態は、さすがに回避したい。
持った手に揺られ、ビニールバッグがカサカサと音をたてる。二人の間に響くのは無機質なそれのみだ。中身いっぱい詰まった鞄二つが鳴く中、兄弟は上階へと向かう。ライトで照らされた廊下を歩き、己たちの住まいに繋がる灰色の扉の前に立つ。片手で器用に鍵を取り出し、烈風刀は錠を開ける。カチャン、と無機質な音がコンクリートに打たれた廊下に響いた。
ただいま。おかえり。互いに帰宅の言葉と迎える言葉を交わしあい、靴を脱ぐ。踵を踏んで脱ぐ兄を横目に、弟は片足ずつ脱いで向きを整えて置いた。
「なー、烈風刀」
先に廊下に上がった雷刀が名前を呼ぶ。ようやく帰宅したというのに、どこか寂しげな音色をしていた。
何ですか、と返す前に、空いた手に温もりが訪れる。甲に触れた指先から点のように宿り、肌をなぞって線を描き、手のひらと手のひらを合わせてしかと触れ合う。開きっぱなしの指の間に、胼胝ができた硬いそれが潜り込む。離ればなれになった二つは再び寄り添い、つい数分前までの形を取り戻した。
「もうちょっと、手ぇ繋いでたい」
だめ、と問う声は甘える時のそれだ。わざわざ軽く屈んで下から覗き込む朱の瞳も、少し潤んだねだる時のそれだ。求めていることがよく分かった。
兄の様子に、弟は難しそうに眉をひそめる。外と違って家の中はまだ暖かいのだから、手を繋いで温もりを分け合う必要などない。そもそも、今から料理をせねばならないのだから手を繋いでいる暇など無い。だというのに、振りほどこうという気がなかなか起きないのだから、大概だ。
「……せめて手を洗ってからにしてください」
逡巡、絞り出すように言葉を生み出す。合理的であるはずの否定の言葉は吐くことができなかった。非効率的だ。愚かだ。分かっていても、胸に燻る思いは手放すことを選択できなかった。
だって、部屋の暖かさより、空調の温もりより、何よりも、愛しい人の体温がいい。
「分かった!」
パァと表情を明るくし、朱は元気よく返事する。早く洗お、と繋いだ手を引かれる。わ、と小さな悲鳴をあげならがも、少年は靴下で滑るように廊下を駆け出した。
何よりも大切な熱は、二人の間に灯ったままだ。
思い出飾る色たち/ライレフ
葵壱さんには「幸せが逃げて行く気がした」で始まり、「そっと思い出を捨てた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
幸せが逃げていくとはよく言ったものだ。
一つ手を取る度――幸せが詰まっていたそれらを手に取る度、はぁ、と溜め息が漏れる。あまりに多すぎて、肺の中身が全て無くなってしまいそうな心地だ。意識して呼吸すると、舞い散る埃が鼻をくすぐる。くしゅん、と大きなくしゃみが飛び出した。
「手を止めない」
むず痒さに鼻をこすっていると、強い声が飛んでくる。言葉の主は、テキパキと手を動かしていた。己とは全く違う、容赦など一切無い手つきだ。
「何でこんなに段ボール箱を溜め込むのですか」
「ほら……いつか何かに使うかもしれないじゃん……?」
「使わないからこんなところで埃を被っているのでしょう。全部捨てますよ」
苦い顔で首を傾げる兄を切り捨て、弟は通販サイトのロゴが書かれたダンボール箱を手早く畳んでいく。長方形の浅い箱がいくつも畳まれ、積み上げられていった。見かけの嵩は減ったものの、数はあまりにも多い。縛って捨てるのは少し骨が折れるだろう。それも全て己がやらねばならないのだけれど。
「何で包装紙なんて取ってあるのですか。使わないでしょう」
クローゼットの隅、小さな段ボール箱の中に畳んで入れられた包装紙の束を掴み、烈風刀は溜め息を吐く。呆れきった音色をしていた。
「いや、それはダメ」
色とりどりのそれを燃えるゴミ分別用の袋に向ける腕を掴む。静止の声は強いものだ。『ゴミ』と判断されたそれへの想いが詰まっていた。
雷刀の言葉に、烈風刀はぱちりと瞬く。予想外の硬い声に、込められた力の強さに、呆けたように動きが止まった。それもすぐに解け、眉間に皺が寄る。片割れを見やる目は厳しいものだ。
「使わないのでしょう。取っておいても仕方ないではないですか」
「だってそれ、全部烈風刀がくれたプレゼントのやつだもん」
恋人になってから初めてのクリスマス。世界生誕パーティーが終わって二人きりになった誕生日。帰ってから赤らんだ顔でそっと差し出してきたバレンタイン。全て、恋人である烈風刀からもらったプレゼントを飾った紙であった。どれも大切な思い出の一つだ。捨てられるはずがない。
兄の言葉に、弟は何度も瞬きをする。沈黙数拍、ようやく意味を理解した彼の顔にぶわりと朱が滲んで広がった。厳しく結ばれた口は解け、ぱくぱくと開閉を繰り返している。そこから音が紡がれることはなかった。
「…………それほど大切ならば、こんなところではなくもっと別の場所にしまっておくべきではないのですか」
ようやく通常の形を取り戻した口が紡ぎ出したのは、依然厳しいものだった。う、と言葉に詰まる。反論しようがない言葉であった。だってさぁ、と抵抗する声に、はぁ、と溜め息が被された。
「捨てますよ」
「やだってば!」
ゴミ袋に伸びる手に縋る。すぐさま振りほどかれ、鋭い視線が向けられる。しかし、そこには今まで冷たさはなかった。
「プレゼントぐらいまたあげますから」
だから、今までのは捨てます。
瞼を下ろし、愛し人は言う。呟くようなものだった。けれども、確かな言葉であった。
予想外の言葉に、歓喜を呼び起こす言葉に、朱い目が瞠られる。悲しみの色を浮かべていた顔が、ぱぁと明るさを取り戻した。
「いや、それはそれとして捨てんのやだ」
「諦めなさい」
誤魔化されないぞとばかりにすぐさま腕を伸ばすが、完全に予測された動きで躱された。むぅ、と頬を膨らませるが、片割れに通用するはずがなかった。
「次の機会を楽しみにしててください」
どこかいたずらげに言って、烈風刀は手にしたそれを燃えるゴミ用袋に入れる。手付きには先ほどまでの厳しさなど見えず、壊れ物を扱うような繊細さがあった、
そっと、思い出の詰まった色たちが捨てられた。
濡れ髪に病/嬬武器兄弟
AOINOさんには「空はこんなに青いのに」で始まり、「そう小さく呟いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
空はこんなに青いのに。太陽はあんなに輝かしいのに。風はあんなにそよめいているのに。
「何でこんななんだよ……」
目元を腕で覆い、雷刀は呟く。非常に重苦しく苦々しい音色をしていた。低い音に反して、響きは力のないものだ。普段の彼らしい明るさや軽快さは欠片も見られない。はぁ、と空気を吐き出すように溜め息を漏らす。総じて彼らしからぬ姿だ。
「髪を乾かさないでクーラーの効いた部屋でそのまま腹を出して寝たからではないですか」
自業自得です、と険しい声が降ってくる。重い腕を下ろし、朱は声の方へと視線だけやる。ペットボトルと体温計を持った弟の姿がこちらを覗き込んでいるのが見えた。
ほら、と小さな体温計が差し出される。ベッドに寝転がったまま受け取り、掛け布団の中に潜らせ脇に挟んだ。沈黙十数秒。ピピピ、と高い電子音を合図に、布団の中から体温計を取り出す。液晶画面には、三七・〇とデジタルの数字が示されていた。
「まだ少しありますね……。水分を取って大人しく寝ていてください」
体温計と交換で、ペットボトルを受け取る。力の入りづらい手でキャップを握る。あらかじめ開いていてくれたのか、固いはずのそれはすぐに外れた。少しだけ起き上がり、ボトルを傾ける。ゴクゴクと音をたて、中身を飲み下した。水分が渇いた喉を潤していく。スポーツドリンク特有のわずかな甘さが舌に残った。
「薬の時間になったら起こしますから、大人しく寝ていてくださいね。起き上がってはいけませんよ」
「えー……」
厳しい言葉を残し踵を返す弟の背に、兄は不満げな音を漏らす。普段のそれに似ているようで、幾分か細いものだった。
「暇なんだけど」
「知りません。風邪をひいた自分を恨みなさい」
「宿題すんのもダメ?」
「駄目です」
いつもなら止めねーのに、とからかうように投げかける。すぐさま、やる気なんて最初から無いでしょうが、と棘の生えた音が返ってきた。
「夜、熱が下がってたらしてもいいですよ」
「……朝まで寝てる」
「薬の時間になったら絶対に起こしますからね。ちゃんと食べて、ちゃんと薬を飲んで、ちゃんと治してください」
分かりましたね、と振り返って烈風刀は言う。指差し念を押すおまけ付きだ。はい、と消沈した声が自室に落ちた。彼の言うことは全て正しい。軽口なんて叩かずに従うべきだ。分かってはいるが、ずっと寝ているだけでは暇だ。病気で弱っているせいか、どこか寂しさすら覚える始末だ。病は気から、とはこのようなことを言うのだろうか。熱に浮かされた脳味噌の中、些末な疑問が思い浮かぶ。
「おやすみなさい」
一言残し、碧は部屋を出る。響いた音は、厳しく言いつけているようにも、優しく寝かしつけているようにも聞こえた。
パタン、と軽い音をたてて扉が閉じる。それだけで、世界に隔絶されたように錯覚する。部屋に一人きりで寝るなど当たり前なのに、こんなにも心細く思うなんて。はぁ、とまた重い溜め息を吐いた。
「早く下がんねーかなー……」
そう小さく呟いて、少年は瞼を下ろした。
手→鞄→ベッド↓/嬬武器兄弟
あおいちさんには「大切なものをなくしました」で始まり、「謎は謎のままがいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。
「何でそんな大切なものなくすのですか!」
「オレが知りたい!」
ガサガサ。ゴソゴソ。バサバサ。騒がしい音が部屋に満ちる。二人がかりで隅々まで部屋の中を漁る。それでも、目当てのものは見当たらなかった。
「学校に置いてきたのではないのですか!」
「だと思ってこないだ探してきた! 無かった!」
「じゃあどこにあるのですか!」
「知らねぇよ!」
叫び散らしながら必死に手を動かす。鞄の中、引き出しの中、机の下、本棚の中、クローゼットの中、ベッドの下。空間という空間を探っていく。それでも、『数学II」と書かれた冊子はどこにも姿を見せなかった。
宿題どっかいった。
夏休みも終わる時分、リビングに落ちた呟きに兄弟二人は硬直した。『終わってない』ならまだしも、『どっかいった』である。その場の言い訳などではなく、本当に行方不明になっているのだ。いっそ乾いた笑いが込み上げてくる。
仕方が無いですね、と嘆息する弟とともに自室で捜索活動を始めたのが一時間前。目的のものは影すら見せない。すぐに見つかると思っていたのだろう、初めは余裕を持った手つきで探していた烈風刀の表情はだんだんと険しく焦りを孕んだものとなっていた。当事者である雷刀はずっと青ざめ泣き出しそうな顔で手を動かしていた。気まずいったらない。
どこだ、と揃って叫びながら捜索する。机の裏、椅子の裏、引き出しの隙間、クローゼットの天袋。まずあり得ない場所すら手を伸ばしていく。
「――あった!」
光明差す声をあげたのは、雷刀だった。どこですか、と焦燥と驚愕と歓喜に満ちた声をあげ、烈風刀は兄の方へと振り返る。そこには、ベッドと壁の隙間から問題集を引き上げた朱の姿があった。
「…………何でそんなところにあるのですか」
「分かんねぇ……」
苛立ちと怒りを露わにした声に、気まずげな硬い声が返される。貫かんばかりの鋭い視線を向ける弟に、兄は振り返ることができなかった。
「……ほら、謎は謎のままがいいんじゃねぇかなぁ」
強張った動きで振り返り、テキストブック片手に朱はへらりと笑う。怒号が夜の一室に響いた。
降り注ぎ染み込み/ライレフ
葵壱さんには「最初は何とも思っていなかった」で始まり、「その言葉を飲み込んだ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。
最初は何とも思っていなかった。否、正確に言えば呆れを覚えていたほどだ。
けれども、何度も何度も、それはもう耳にたこができるほど言われれば、自然と染みつき意識してしまうものである。
例えば、満面の笑みを浮かべとろけきった様子で。
例えば、肩に顎を乗せられ耳のすぐ傍でひそめた調子で。
例えば、普段の奔放さなど欠片も見せない真剣そのものの様相で。
例えば、食われてしまうのではないかと錯覚するような鋭い視線で。
どんな時でも変わらず言われれば、本当にそうなのではないかと勘違いしてしまう。そんなことはあり得ないと分かっていても、めいっぱいに降り注ぐ言葉を信じてしまう。あり得ないのに。信じたくないのに。
「烈風刀、かわいい」
なのに、愛しい人は今日だって、いつだって褒めそやすのだ。『可愛い』だなんて、己のような四角四面な人間に使うのはあまり相応しくない言葉で。
可愛いわけがない。自分のように真面目が過ぎると評価されるような人間が可愛いはずがない。身体のどこも筋張って柔らかさなど欠片も無い姿が可愛くなんてあるはずがない。
だというのに、彼はいつだって『可愛い』とストレートに言うのだ。嘘なんて一欠片も見えないまあるく輝く瞳で見つめ、愛しさをめいっぱい込めた柔らかで甘い声で言うのだ。一瞬で心に染みこんでしまうような音を奏でるのだ。なんと質が悪いのだろう。
可愛いわけがないでしょう。何度も何度も繰り返した否定の言葉を、今日はうっかり飲み込んでしまった。
畳む
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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プロフェッサー識苑
(6)
不律灯色
(5)
後輩組
(5)
新司令
(5)
桃
(5)
蒼
(5)
雛
(5)
ゆかれいむ
(4)
エイト
(4)
オクトリング
(4)
オリイカ
(4)
ワイエイ
(4)
ワイヤーグラス
(4)
恋刃
(4)
グラルリ
(3)
シャトー・ロワーレ
(3)
ジータ
(3)
ユーシャ・夏野・フェアリェータ
(3)
京終始果
(3)
咲霊
(3)
虹霓・シエル・奈奈
(3)
3号
(2)
8号
(2)
さなれいむ
(2)
つまぶき
(2)
わグルま!
(2)
オリタコ
(2)
オルトリンデ=NBLG=ヴァルキュリア
(2)
コジャケ
(2)
タコイカ
(2)
チョコプラちゃん
(2)
マルノミ
(2)
ライオット・デストルドー
(2)
ライレイ
(2)
ロワジュワ
(2)
奈恋
(2)
東風谷早苗
(2)
火琉毘煉
(2)
紅刃
(2)
覚醒のジュワユース
(2)
野増菜かなで
(2)
霧雨魔理沙
(2)
GOD EATER
(1)
うちの子
(1)
すりみ連合
(1)
めだかボックス
(1)
わかさぎ姫
(1)
アシタ
(1)
アリサ・イリーニチナ・アミエーラ
(1)
ウツホ
(1)
カヲル
(1)
キサ=キジモト
(1)
グラユス
(1)
グラン
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フウリ
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書き出しと終わりまとめ15【SDVX】
書き出しと終わりまとめ15【SDVX】あなたに書いて欲しい物語でだらだら書いていたものまとめその14。相変わらずボ10個。
毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。成分表示:嬬武器兄弟3/はるグレ2/ハレルヤ組1/後輩組1/ライレフ3
次は中火で炒めましょうね/嬬武器兄弟
あおいちさんには「優しいのはあなたです」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。
何でそんなに優しいんだよ。
心の中で漏らした言葉はどうやら口を突いて出てしまっていたらしい、目の前の藍晶がぱちりと瞬いた。
「何がですか?」
ことりと首を傾げる弟に、兄は苦々しく唇を横一文字に結ぶ。眇められた目には悔しさが多分に浮かんでいた。うぅ、と拗ねたような声が喉からこぼれ落ちる。なんとみっともないのだろう、と情けなさと腹立たしさが胸に渦巻いた。
俯く片割れの様子を不思議そうに見やりながら、烈風刀は目の前の皿に箸を伸ばす。黒が所々に浮かぶ野菜炒めを取り、口に運ぶ。よく噛み締め、飲み込む。美味しいですよ、と少年は再び賛辞の言葉を口にした。
「……おせじとかいいから」
「貴方相手にお世辞を言ってどうするのですか。美味しいから『美味しい』と言っているのですよ」
変なところで疑り深いですよね、と対面に座る彼は呆れたように言う。疑り深いのではない、事実なのだ。現に、自分の口の中に放り込んだ野菜炒めは、炭と形容した方が相応しい味と見た目をしていた。弟の皿にはできるだけ焦げがないものを取り分けたが、それでもどれも一カ所は黒い斑点ができているような有様だ。日々料理を探求し、舌の肥えている彼が『美味しい』なんて言えるものではないということぐらい、鈍感だと評される自分でも分かった。
「そーゆーとこが優しいっつってんの」
「いや……意味が分からないのですけれど……」
むくれながら言う朱に、碧は訝しげな目を向ける。深青の箸がまた野菜を掴み、赤い口に放り込む。整った顎が動く度、複雑な感情が胸を掻き乱した。誤魔化すように白米を掻き込む。柔らかな甘さが炭の風味と濃い調味料で満たされた口内を洗い流した。
「焦げはありますがきちんと全部に火が通っていますし、味付けが不慣れだからと焼き肉のタレを使ったのは正確な判断です。初めて作ったにしては上出来ですよ」
「……嘘だぁ」
「こんなことで嘘を吐いてどうするのですか」
それはそうだけど、といじけたようにこぼす。彼の言っていることは正しいが、目の前の代物はどう考えても『美味しい』『上出来』という評価には繋がらない仕上がりだ。弟のことを信じたくとも、己の味覚とプライドが許してくれなかった。
「また作ってくださいね」
飛んできた言葉に、は、と呆然とした声が漏れた。こんなお粗末なものを食べて『また作ってほしい』だなんて、さすがにどうかしている。驚愕が伝わったのだろう、目の前の片割れはふわりと笑った。
「貴方の料理が食べたいのです。貴方のものだからいいのですよ」
結った緑に願う/はるグレ
AOINOさんには「届きそうで届かない何かがあった」で始まり、「来年の今日もあなたといたい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
届きそうで届かないそれを目指す。めいっぱいつま先立ちし、細い腕を限界まで伸ばす。それでも、頭上の緑はこの手に収まってくれなかった。
「これですか」
ひょいと手に持った薄紙が横から取られる。目の前でねじり結われていく銀のラッピングタイを見て、マゼンタの瞳が強く眇められた。
「自分でできたわよ」
「そうでしょうか……」
笹に短冊を結び終えた始果は首を傾げる。踵を地面につけ、グレイスは頬を膨らませる。全体重を掛けていたつま先が少しばかり痛みを訴えた。もうちょっとで届いたわよ、と少女は唇を尖らせる。嘘であり負け惜しみである。自分の身長では、つま先立ちしてやっと指先が触れる程度の場所だった。だからこそ、結びつけようとしたのだけれど。
「あんたは短冊書いたの?」
鮮烈な躑躅が、頭一つ上の丸い蒲公英を見やる。問われた当人は、襟巻きに口元を埋めるように小首を傾げた。長い沈黙の後、あぁ、と合点いったような声をあげた。
「書きました」
あら、と少女は声を漏らす。この少年はイベント事に対する興味が薄い。聞いたものの、七夕の短冊を書くなんてことはしていないと決めつけていた。
「どこ? 何て書いたの?」
きょろきょろといろがみだらけの緑の大群を見回す。あそこです、と指差した先は、彼の身長よりもずっと高い場所だった。どうやって括り付けたのだろうか。何と書いてあるのだろうか。考えながら目をこらす。自分よりも頭三つは高い場所にある薄緑の紙には、細い文字で何かが書いていることしか見えなかった。
目を細め必死に紙を眺めるグレイスに、始果は柔らかに笑む。えっとですね、と漏らす声は彼らしくもなく感情が滲んだ音に聞こえた。
「来年も君といたい、と書きました」
放たれた言葉に、シアンに縁取られたマゼンタがぱちりと瞬く。数拍、日に焼けていない白いかんばせが真っ赤に染まった。
「……いるに決まってるでしょ。ネメシスから出るつもりなんてないわよ」
ようやくあの暗い海から輝かしい世界にやってこられたのだ。待ち望んだ場所から出ていくなどあり得ないことだ。
一緒にいてくださいね、と狐は躑躅を見つめる。少女はふぃと視線を逸らした。尖晶石が居心地悪そうにうろうろと泳ぐ。己が書いた、少年が結んでくれた短冊が視界に入った。ほんの数分前に必死に考えしたためた文章が頭の中に甦った。
ずっと一緒にいられますように。
数日後には元通り/ハレルヤ組
AOINOさんには「傷口には触れないで」で始まり、「そう思い知らされた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
「傷口には触れちゃダメデスヨ! 絶対デスカラネ!」
頬を膨らませ、立てた人差し指でビシリとこちらを指すレイシスに、雷刀ははい、としおらしく返事をする。本当は患部が痒くてかきむしりたくてたまらない。しかし、今ここで実行しては二人分のお説教が頭にのしかかってくるだろう。絆創膏に伸ばしかけた手を気付かれないようにそっと下ろした。
「かさぶたを掻くのも駄目ですからね」
隣から烈風刀が追撃を放つ。まさしく考えていたことを潰され、朱は喉が潰れたような音を漏らす。はぁ、と呆れ返った嘆息が機械の駆動音満ちる部屋に落ちた。
今日のバグ退治は散々だった。数えられないほど相対してきた新型バグは、こちらの動きを学習したのか斬撃を避けられることがわずかながら増えてきた。飛び回り逃げ回るそれに躍起になって追いかけているうちに、茂みに顔を突っ込む羽目になってしまったのだ。緑の中に身を隠した外敵を排除することは叶ったが、代わりに頬にたくさんの傷が生まれた。一部は枝に引っかかったのか、血が滲むものすらあった。仕事を終え合流した弟と、作戦室で待っていた愛しい少女に怒られたのは言わずもがなである。
痛みを訴える己を無視して容赦なくアルコール消毒され、塗り薬を丹念に塗り込まれ、可愛い柄の絆創膏を貼られ。この上なく適切な処置だ、己の代謝も合わせて数日もすれば治るだろう。血は出たものの傷口は浅かったようだから、痕が残ることもないはずだ。
しかし、とちらりと隣を見やる。桃と碧は真剣な顔で話していた。毎日絆創膏貼り替えてくだサイネ。もちろん。掻かないように見張りますから。お願いしマス。絆創膏も剥がしにくい物に買い直した方がいいですね。頬に指を当てた少女と顎に指を当てた少年は、明らかに己の対処について話していた。どう聞いても子どもの面倒を見る親の会話だ。じっとするのが苦手で、傷ができる度掻いて悪化させ、かさぶたになったと思ったら好奇心で剥がすような己である。反論できないのが悲しい。
雷刀、と固い声。視線を向けると、そこには変わらず険しい表情をしたレイシスがいた。美しい桃の眉はぎゅっと寄せられ、丸く輝かしい薔薇輝石の瞳も眇められている。その澄んだ色の中には、心配の色が多分に浮かんでいた。
「烈風刀にも言いましたケド、毎日薬を塗って絆創膏を貼り替えてくだサイネ。雑菌が入らないようにしなきゃいけマセンカラ」
「何度も貼り替えては逆に雑菌が入る機会が増えてしまいますし、お風呂上がりに替えるのが一番でしょうね。僕も気を付けますが、忘れずにやってください」
真剣にこちらを思い遣る桃と碧に、朱は分かったよ、と返す。いつも通りに返したつもりが、どこか拗ねたような響きになってしまった。これではまるきり子どもではないか。思わず顔をしかめる。
「面倒くさがらない」
「早く治すためデスカラネ!」
声と表情が合わさり、最悪の解釈を生み出したようだ。少年と少女は表情を険しくしながら言葉を紡ぐ。分かってる、大丈夫、ちゃんとやる、と項垂れ両の手を上げて返した。降伏の意思表示である。
お願いしマスネ。ちゃんとしてくださいね。二人分の固い声が頭上から降ってくる。どちらも内側に込められた温かで柔らかな心が伝わってくるものだった。
それにしても、と心の中で呟く。たかが顔の傷でこれほど心配するだなんて、二人はどれだけ優しいのだろうか。相手が怪我に頓着し悪化させる自分であることを差っ引いても、大袈裟なほどである。
こんなに心配させるほど、己は信用されていないのだ。こんなに心配してくれるほど、二人は己を大切にしてくれるのだ。そう思い知らされた。
二度目の制止は言う暇を与えてくれなかった/はるグレ
葵壱さんには「私に少し足りないものは」で始まり、「その声がひどく優しく響いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。
己に足りないものは、辛抱とか、我慢とか、そういうものなのだろう。
闇の中、ずっと待つ。否、『ずっと』なんて言葉を使うほど長い時間ではない。きっとまだ三十秒も経っていないだろう。けれども、この暗い世界に放り込まれたのは随分前のように感じた。
静寂と暗闇に耐えきれず、そっと目を開ける。目の前には、月色が広がっていた。見知った月色。愛しい月色。彼を象徴する色が、目が、視界いっぱいに映るほど迫っている。事実に、ぶわりと顔が熱を持つ。ひくりと喉が引きつった音を漏らした。
「す、すとっぷ!」
「はい」
叫び、ぐいと目の前の胸を押す。あんなにも近くにあった月は、従順な声とともにすぐさま引いていった。視界いっぱいの黄色が消え、広がるは愛しい人の顔だ。月が、金の双眸が、こちらを射抜く。見つめられることなど普段と変わらぬことだというのに、今は何故か逃げたくてたまらない。思わず顔を背けようとするが、両頬を手で包まれ顔を固定された状態では叶わなかった。
まただ、とグレイスはギリと歯を噛み締める。付き合ってからもう随分と経つ。手を繋いだり、抱き締めたりと、恋人らしいこともたくさんしてきたつもりだ。けれども、こうやってまっすぐに向き合って、頬を優しく捕らえられて、目を閉じ口付けるなんて甘やかな行為は未だに慣れることができないのだ。口付けなんて彼が不意打ちで何度もしてくるのだから、多少離れているはずだ。けれども、意識をするだけで何もかもが駄目になる。悔しいったらなかった。
すり、と親指が頬をなぞる。自分のものより大きなそれは少しかさついていて、温かだ。愛しい温もりと優しい感触に、そっと息を吐く。バクバクと騒がしい音をたてる心臓が、ほんのわずかに凪いだように思えた。
「……落ち着きましたか?」
「さ、最初から、落ち着いてるわよ」
穏やかな問いに、つかえつかえに返す。見え透いた嘘だ。誤魔化される優しさは持っていない彼は、そうでしょうか、と疑問符が付いた声を返す。そうよ、と思わず語気を強くした。
「では、やりましょうか」
両の頬を捕まえたまま、始果は言う。常と変わらぬ声が、有無を言わせぬ声が、酷く優しく、どこか恐ろしく響いた。
「クーラー効いた部屋で食べるアイスこそ至高」とか言うやつが全部悪い /後輩組
AOINOさんには「たったひとつ欲しいものがあるの」で始まり、「今日も空が青い」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。
ただ一つ欲しいものがある。願いを胸に、少年たちは手を握った。
生っ白い手が振り上げられ、青に包まれた腕がそっと上げられ、床に転がった茶の腕がかすかに動く。ぽん、と気迫溢れる声とともに、大小三つの手が寄せられた。
「えぇ……」
大きく開かれた少し小ぶりな手。力なく開かれた剣胼胝のある手。そして、ぎゅっと握られた己の手。一度きりのじゃんけんは、青い少年一人の敗北で締めくくられた。
よっしゃ、と魂は力いっぱい開いた手を頭上に歓声をあげる。床に寝転がった灯色は、腕を動かすことなく目を伏せていた。すぐにでも眠りの海に沈み行く彼の肩を掴み、名を呼びながらゆさゆさと動かす。このまま眠られては困る。
「じゃーあー、オレはしろくまな。背高くてフルーツめいっぱい入ってる方」
不機嫌そうに薄く目を開けるはしばみ色の横で、くちなし色は上機嫌に言う。椅子の上であぐらを掻いて座る様は浮かれたものだ。
「灯色は?」
「別に……。適当にしといて……」
尋ねる冷音に、灯色はむにゃむにゃと寝言めいた声で返す。それもすぐに穏やかな寝息に変わった。もう眠ってしまったようだ。闘いの参加者であり勝者といえど、彼は魂に無理矢理巻き込まれたのだ。せっかくの勝利への頓着も何もないのは当然と言える。相変わらずマイペースで、睡眠に貪欲な友人だ。
「じゃあしろくま三つね」
小さく息を吐き、青は立ち上がる。身体が重くて仕方が無い。それでも、己は敗者だ。賭けに乗った以上、どんな結果であれど勝者には従わなければならない。財布をポケットに突っ込み、のろのろとした足取りで出入り口へと向かう。よろしくー、と気楽な声が飛んできた。わざと神経を逆なでするようなそれに、思わず眉を寄せる。魂のだけわざと溶けさせて持って帰ってやろうか、なんて意地の悪いことを考える。そんなこと、溶けるまであんな外気温とともに過ごさねばならない地獄を考えなくても絶対にやらないのだけれど。
自動ドアを開け、サーバー室を出る。すぐに、むわりとした空気が冷房で冷やされた身体を包みこんだ。うわ、と思わずげんなりとした声が漏れる。それも夏の空気に溶けて掻き消された。
はぁ、と溜め息一つ。冷音は重い足取りで昇降口へと向かう。目指すは学園から少し離れた場所にあるコンビニだ。『じゃんけんで負けたやつがアイス買ってくる』なんて賭け事に乗り、負けた責務を果たさねばならない。
とぼとぼと廊下を歩く。ただでさえ空調が無い廊下は暑いというのに、今日は夏の日差しが燦々と降り注いでいるのだから尚更暑くてたまらない。外はこれ以上の気温なのが容易に想像できるのだから嫌になる。はぁ、とまた重い溜め息を吐いた。
細めた目で、ガラス窓の向こうを見やる。夏の空は、今日も憎たらしいほど青かった。
温もり結んで/ライレフ
AOINOさんには「音もなくほどけた」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。
繋いだ手は音もなくほどけた。
寒いから、なんて理屈を捏ねられ繋いだそれはどちらともなく離れ、愛おしい熱は物言わずに去っていく。名残惜しさを覚えるが、ここは二人で暮らすアパート、そのエントランスまでほどない場所だ。時刻はもう夜に近く人通りは少なくなっているとはいえ、住人とすれ違う可能性はゼロではない。男子高校生二人が手を繋いでいる姿を見られるだなんて事態は、さすがに回避したい。
持った手に揺られ、ビニールバッグがカサカサと音をたてる。二人の間に響くのは無機質なそれのみだ。中身いっぱい詰まった鞄二つが鳴く中、兄弟は上階へと向かう。ライトで照らされた廊下を歩き、己たちの住まいに繋がる灰色の扉の前に立つ。片手で器用に鍵を取り出し、烈風刀は錠を開ける。カチャン、と無機質な音がコンクリートに打たれた廊下に響いた。
ただいま。おかえり。互いに帰宅の言葉と迎える言葉を交わしあい、靴を脱ぐ。踵を踏んで脱ぐ兄を横目に、弟は片足ずつ脱いで向きを整えて置いた。
「なー、烈風刀」
先に廊下に上がった雷刀が名前を呼ぶ。ようやく帰宅したというのに、どこか寂しげな音色をしていた。
何ですか、と返す前に、空いた手に温もりが訪れる。甲に触れた指先から点のように宿り、肌をなぞって線を描き、手のひらと手のひらを合わせてしかと触れ合う。開きっぱなしの指の間に、胼胝ができた硬いそれが潜り込む。離ればなれになった二つは再び寄り添い、つい数分前までの形を取り戻した。
「もうちょっと、手ぇ繋いでたい」
だめ、と問う声は甘える時のそれだ。わざわざ軽く屈んで下から覗き込む朱の瞳も、少し潤んだねだる時のそれだ。求めていることがよく分かった。
兄の様子に、弟は難しそうに眉をひそめる。外と違って家の中はまだ暖かいのだから、手を繋いで温もりを分け合う必要などない。そもそも、今から料理をせねばならないのだから手を繋いでいる暇など無い。だというのに、振りほどこうという気がなかなか起きないのだから、大概だ。
「……せめて手を洗ってからにしてください」
逡巡、絞り出すように言葉を生み出す。合理的であるはずの否定の言葉は吐くことができなかった。非効率的だ。愚かだ。分かっていても、胸に燻る思いは手放すことを選択できなかった。
だって、部屋の暖かさより、空調の温もりより、何よりも、愛しい人の体温がいい。
「分かった!」
パァと表情を明るくし、朱は元気よく返事する。早く洗お、と繋いだ手を引かれる。わ、と小さな悲鳴をあげならがも、少年は靴下で滑るように廊下を駆け出した。
何よりも大切な熱は、二人の間に灯ったままだ。
思い出飾る色たち/ライレフ
葵壱さんには「幸せが逃げて行く気がした」で始まり、「そっと思い出を捨てた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
幸せが逃げていくとはよく言ったものだ。
一つ手を取る度――幸せが詰まっていたそれらを手に取る度、はぁ、と溜め息が漏れる。あまりに多すぎて、肺の中身が全て無くなってしまいそうな心地だ。意識して呼吸すると、舞い散る埃が鼻をくすぐる。くしゅん、と大きなくしゃみが飛び出した。
「手を止めない」
むず痒さに鼻をこすっていると、強い声が飛んでくる。言葉の主は、テキパキと手を動かしていた。己とは全く違う、容赦など一切無い手つきだ。
「何でこんなに段ボール箱を溜め込むのですか」
「ほら……いつか何かに使うかもしれないじゃん……?」
「使わないからこんなところで埃を被っているのでしょう。全部捨てますよ」
苦い顔で首を傾げる兄を切り捨て、弟は通販サイトのロゴが書かれたダンボール箱を手早く畳んでいく。長方形の浅い箱がいくつも畳まれ、積み上げられていった。見かけの嵩は減ったものの、数はあまりにも多い。縛って捨てるのは少し骨が折れるだろう。それも全て己がやらねばならないのだけれど。
「何で包装紙なんて取ってあるのですか。使わないでしょう」
クローゼットの隅、小さな段ボール箱の中に畳んで入れられた包装紙の束を掴み、烈風刀は溜め息を吐く。呆れきった音色をしていた。
「いや、それはダメ」
色とりどりのそれを燃えるゴミ分別用の袋に向ける腕を掴む。静止の声は強いものだ。『ゴミ』と判断されたそれへの想いが詰まっていた。
雷刀の言葉に、烈風刀はぱちりと瞬く。予想外の硬い声に、込められた力の強さに、呆けたように動きが止まった。それもすぐに解け、眉間に皺が寄る。片割れを見やる目は厳しいものだ。
「使わないのでしょう。取っておいても仕方ないではないですか」
「だってそれ、全部烈風刀がくれたプレゼントのやつだもん」
恋人になってから初めてのクリスマス。世界生誕パーティーが終わって二人きりになった誕生日。帰ってから赤らんだ顔でそっと差し出してきたバレンタイン。全て、恋人である烈風刀からもらったプレゼントを飾った紙であった。どれも大切な思い出の一つだ。捨てられるはずがない。
兄の言葉に、弟は何度も瞬きをする。沈黙数拍、ようやく意味を理解した彼の顔にぶわりと朱が滲んで広がった。厳しく結ばれた口は解け、ぱくぱくと開閉を繰り返している。そこから音が紡がれることはなかった。
「…………それほど大切ならば、こんなところではなくもっと別の場所にしまっておくべきではないのですか」
ようやく通常の形を取り戻した口が紡ぎ出したのは、依然厳しいものだった。う、と言葉に詰まる。反論しようがない言葉であった。だってさぁ、と抵抗する声に、はぁ、と溜め息が被された。
「捨てますよ」
「やだってば!」
ゴミ袋に伸びる手に縋る。すぐさま振りほどかれ、鋭い視線が向けられる。しかし、そこには今まで冷たさはなかった。
「プレゼントぐらいまたあげますから」
だから、今までのは捨てます。
瞼を下ろし、愛し人は言う。呟くようなものだった。けれども、確かな言葉であった。
予想外の言葉に、歓喜を呼び起こす言葉に、朱い目が瞠られる。悲しみの色を浮かべていた顔が、ぱぁと明るさを取り戻した。
「いや、それはそれとして捨てんのやだ」
「諦めなさい」
誤魔化されないぞとばかりにすぐさま腕を伸ばすが、完全に予測された動きで躱された。むぅ、と頬を膨らませるが、片割れに通用するはずがなかった。
「次の機会を楽しみにしててください」
どこかいたずらげに言って、烈風刀は手にしたそれを燃えるゴミ用袋に入れる。手付きには先ほどまでの厳しさなど見えず、壊れ物を扱うような繊細さがあった、
そっと、思い出の詰まった色たちが捨てられた。
濡れ髪に病/嬬武器兄弟
AOINOさんには「空はこんなに青いのに」で始まり、「そう小さく呟いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
空はこんなに青いのに。太陽はあんなに輝かしいのに。風はあんなにそよめいているのに。
「何でこんななんだよ……」
目元を腕で覆い、雷刀は呟く。非常に重苦しく苦々しい音色をしていた。低い音に反して、響きは力のないものだ。普段の彼らしい明るさや軽快さは欠片も見られない。はぁ、と空気を吐き出すように溜め息を漏らす。総じて彼らしからぬ姿だ。
「髪を乾かさないでクーラーの効いた部屋でそのまま腹を出して寝たからではないですか」
自業自得です、と険しい声が降ってくる。重い腕を下ろし、朱は声の方へと視線だけやる。ペットボトルと体温計を持った弟の姿がこちらを覗き込んでいるのが見えた。
ほら、と小さな体温計が差し出される。ベッドに寝転がったまま受け取り、掛け布団の中に潜らせ脇に挟んだ。沈黙十数秒。ピピピ、と高い電子音を合図に、布団の中から体温計を取り出す。液晶画面には、三七・〇とデジタルの数字が示されていた。
「まだ少しありますね……。水分を取って大人しく寝ていてください」
体温計と交換で、ペットボトルを受け取る。力の入りづらい手でキャップを握る。あらかじめ開いていてくれたのか、固いはずのそれはすぐに外れた。少しだけ起き上がり、ボトルを傾ける。ゴクゴクと音をたて、中身を飲み下した。水分が渇いた喉を潤していく。スポーツドリンク特有のわずかな甘さが舌に残った。
「薬の時間になったら起こしますから、大人しく寝ていてくださいね。起き上がってはいけませんよ」
「えー……」
厳しい言葉を残し踵を返す弟の背に、兄は不満げな音を漏らす。普段のそれに似ているようで、幾分か細いものだった。
「暇なんだけど」
「知りません。風邪をひいた自分を恨みなさい」
「宿題すんのもダメ?」
「駄目です」
いつもなら止めねーのに、とからかうように投げかける。すぐさま、やる気なんて最初から無いでしょうが、と棘の生えた音が返ってきた。
「夜、熱が下がってたらしてもいいですよ」
「……朝まで寝てる」
「薬の時間になったら絶対に起こしますからね。ちゃんと食べて、ちゃんと薬を飲んで、ちゃんと治してください」
分かりましたね、と振り返って烈風刀は言う。指差し念を押すおまけ付きだ。はい、と消沈した声が自室に落ちた。彼の言うことは全て正しい。軽口なんて叩かずに従うべきだ。分かってはいるが、ずっと寝ているだけでは暇だ。病気で弱っているせいか、どこか寂しさすら覚える始末だ。病は気から、とはこのようなことを言うのだろうか。熱に浮かされた脳味噌の中、些末な疑問が思い浮かぶ。
「おやすみなさい」
一言残し、碧は部屋を出る。響いた音は、厳しく言いつけているようにも、優しく寝かしつけているようにも聞こえた。
パタン、と軽い音をたてて扉が閉じる。それだけで、世界に隔絶されたように錯覚する。部屋に一人きりで寝るなど当たり前なのに、こんなにも心細く思うなんて。はぁ、とまた重い溜め息を吐いた。
「早く下がんねーかなー……」
そう小さく呟いて、少年は瞼を下ろした。
手→鞄→ベッド↓/嬬武器兄弟
あおいちさんには「大切なものをなくしました」で始まり、「謎は謎のままがいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。
「何でそんな大切なものなくすのですか!」
「オレが知りたい!」
ガサガサ。ゴソゴソ。バサバサ。騒がしい音が部屋に満ちる。二人がかりで隅々まで部屋の中を漁る。それでも、目当てのものは見当たらなかった。
「学校に置いてきたのではないのですか!」
「だと思ってこないだ探してきた! 無かった!」
「じゃあどこにあるのですか!」
「知らねぇよ!」
叫び散らしながら必死に手を動かす。鞄の中、引き出しの中、机の下、本棚の中、クローゼットの中、ベッドの下。空間という空間を探っていく。それでも、『数学II」と書かれた冊子はどこにも姿を見せなかった。
宿題どっかいった。
夏休みも終わる時分、リビングに落ちた呟きに兄弟二人は硬直した。『終わってない』ならまだしも、『どっかいった』である。その場の言い訳などではなく、本当に行方不明になっているのだ。いっそ乾いた笑いが込み上げてくる。
仕方が無いですね、と嘆息する弟とともに自室で捜索活動を始めたのが一時間前。目的のものは影すら見せない。すぐに見つかると思っていたのだろう、初めは余裕を持った手つきで探していた烈風刀の表情はだんだんと険しく焦りを孕んだものとなっていた。当事者である雷刀はずっと青ざめ泣き出しそうな顔で手を動かしていた。気まずいったらない。
どこだ、と揃って叫びながら捜索する。机の裏、椅子の裏、引き出しの隙間、クローゼットの天袋。まずあり得ない場所すら手を伸ばしていく。
「――あった!」
光明差す声をあげたのは、雷刀だった。どこですか、と焦燥と驚愕と歓喜に満ちた声をあげ、烈風刀は兄の方へと振り返る。そこには、ベッドと壁の隙間から問題集を引き上げた朱の姿があった。
「…………何でそんなところにあるのですか」
「分かんねぇ……」
苛立ちと怒りを露わにした声に、気まずげな硬い声が返される。貫かんばかりの鋭い視線を向ける弟に、兄は振り返ることができなかった。
「……ほら、謎は謎のままがいいんじゃねぇかなぁ」
強張った動きで振り返り、テキストブック片手に朱はへらりと笑う。怒号が夜の一室に響いた。
降り注ぎ染み込み/ライレフ
葵壱さんには「最初は何とも思っていなかった」で始まり、「その言葉を飲み込んだ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。
最初は何とも思っていなかった。否、正確に言えば呆れを覚えていたほどだ。
けれども、何度も何度も、それはもう耳にたこができるほど言われれば、自然と染みつき意識してしまうものである。
例えば、満面の笑みを浮かべとろけきった様子で。
例えば、肩に顎を乗せられ耳のすぐ傍でひそめた調子で。
例えば、普段の奔放さなど欠片も見せない真剣そのものの様相で。
例えば、食われてしまうのではないかと錯覚するような鋭い視線で。
どんな時でも変わらず言われれば、本当にそうなのではないかと勘違いしてしまう。そんなことはあり得ないと分かっていても、めいっぱいに降り注ぐ言葉を信じてしまう。あり得ないのに。信じたくないのに。
「烈風刀、かわいい」
なのに、愛しい人は今日だって、いつだって褒めそやすのだ。『可愛い』だなんて、己のような四角四面な人間に使うのはあまり相応しくない言葉で。
可愛いわけがない。自分のように真面目が過ぎると評価されるような人間が可愛いはずがない。身体のどこも筋張って柔らかさなど欠片も無い姿が可愛くなんてあるはずがない。
だというのに、彼はいつだって『可愛い』とストレートに言うのだ。嘘なんて一欠片も見えないまあるく輝く瞳で見つめ、愛しさをめいっぱい込めた柔らかで甘い声で言うのだ。一瞬で心に染みこんでしまうような音を奏でるのだ。なんと質が悪いのだろう。
可愛いわけがないでしょう。何度も何度も繰り返した否定の言葉を、今日はうっかり飲み込んでしまった。
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