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No.158

年初め、神社にて【グレイスファミリー】

年初め、神社にて【グレイスファミリー】
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書き初め。グレイスちゃんが神社でアルバイトする話。ピリカちゃんの口調は……こう……大目に見ていただけるととても嬉しい……。
昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。

 ありがとうございました、と破魔矢を胸に抱えていった背を見送る。声は少し慌てた調子であれど、しっかりとしたものだった。
 連なっていた列も消え、ようやく人の波が凪ぐ。ふぅ、とグレイスは小さく息を吐く。朝から張り詰めていた心が少しだけ解けた気がした。肺の空気を吐き出した瞬間、どっと重くなる感覚が華奢な身体にのしかかる。回遊魚さながらずっと動き回っていたのだ、忙しさで誤魔化されていた疲れが今になって襲ってきたのだった。はぁ、と二度目に吐き出した息は疲弊が色濃くにじんだ響きをしていた。
 新年を迎えた元日、少女は神社にいた。そこに姉や仲間たちの姿は無い。当たり前だ、今年は初詣に来たのではない。社務所のアルバイトのために訪れたのだ。
 年が明けたばかりの一月、中頃を過ぎた十八日はレイシスの誕生日だ。あの薔薇色の少女は、毎年己の誕生日には素敵なプレゼントと豪奢なケーキを贈ってくれていた。与えられることに慣れていない躑躅の少女にとって、もらうだけの日々は気後れが募るばかりだ。
 もらってばかりの事実を気にするぐらいならば、与える側に回ればよいのだ。己もプレゼントを贈ろう。お返しがしたい。姉の喜ぶ顔が見たいのだ。
 しかし、常日頃ナビゲーターとして研鑽を積むグレイスの財布事情はよろしいとはとても言い難いものである。少し良いプレゼントを、と考えると諦めの情がほのかに湧いてくるような状態だ。これではもらった分のお返しすらできない。決心したのはいいものの、現実的な壁が立ちはだかったのだった。
 ならば選択肢は一つだ。冬休みでありナビゲート業務が休みである正月を狙って、単発のアルバイトを入れたのだ。一日だけとはいえ、正月という忙しく寒い時期ということもあってか時給はなかなかのものである。学生がちょっと良い代物を買うには十分な報酬だ。大切な人たちの誘いを断るのは酷く心苦しかったが、これも全て愛する姉を喜ばせるためなのだ。少女は固い意志を貫いた。
 奥に掛けられた時計を見る。時刻は昼も過ぎた頃合いだった。一日限りの仕事も折り返し地点である。先に休憩に入ったバイト仲間ももうすぐ帰ってくるだろう。昼休憩まであと少し、もうちょっとだけ頑張らねば。ぎゅっと目をつむり、躑躅色は小さく頷いた。
「すまない」
 前方から声。参拝客が来たのだろう。閉じていた目を開き、口元をどうにか笑みの形にする。ほとんど人と関わることなく暮らしていたためか、笑顔を作るのはまだ苦手だ。それでも、今は接客業をしているのだ。客には明るく朗らかな笑顔で接しなければいけない。無愛想な顔で対応して神社の評判に傷が付くなどあってはならないのだ。
「はい、どうされました――」
 少し硬い笑みを浮かべ、グレイスは顔を上げ声の方へと向き直る。指導された通りきちんと言い切るべき言葉は途中で止まった。ただでさえぎこちない表情がビシリと固まる。口角を無理矢理上げた口が丸く開かれる。は、と疑問に染まりきった音が漏れ出た。
「明けましておめでとう、グレイス」
「あけましておめでとうべさ!」
「……明けましておめでとうございます」
 参拝客――オルトリンデはゆるく笑み、小さく手を上げた。下から聞こえる元気な声と受け渡し台から覗く小さな手はピリカのものだ。長い白髪の後ろに見えるのは始果だ。襟巻きに口元を埋め、少年はじぃと愛しい少女を見つめていた。
「な、んでいるのよ!」
 仕事中だと言うことも忘れて、少女は叫ぶ。固まっていた表情筋が動き出し、驚愕と憤怒、そして羞恥が入り交じった表情を作り上げた。頬が赤くなっているのは、冷え切った外気に晒された故ではないだろう。
「俺もいるぜ!」
「帰んなさい!」
 オルトリンデが握る携帯端末から大声が流れる。耳慣れた威勢の良い響きはライオットのものだ。あの図体では境内に入ることができない彼は、音声通話という手段をとったのだろう。いつぞやは諦めた癖に、余計な知識を付けたものだ。ギリ、と思わず奥歯を噛み締めた。
「正月には初詣をするものなのだろう? 四季の行事はきちんとこなすべきだ」
「その通りだぜ。文化の保存は大切だからな」
「グレイスが働いていると聞いてきました。寒くありませんか?」
「グレイス、巫女さんの服さ似合ってるっちゃ!」
 どこか得意げな声で語るオルトリンデに加勢するようなライオット。心配げに襟巻きを差し出す始果に巫女服に興味津々なピリカ。四者四様だが、目的が神社への参拝ではないことは明らかだ。
「冷やかしならさっさと帰んなさい。他の参拝客の迷惑よ」
「冷やかしなどではないぞ。せっかくならばと御守りを買いにきたのだ」
 冷たい視線を送る躑躅に、戦乙女は小さく首を横に振る。そう、と少女は未だ警戒心が残る声で返す。それもきっと建前だ。いい迷惑である。
「御守り、ここにあるもの全て一つずついただこうか」
「お嬢、破魔矢一本ずつ全部くれ。代金は女に預けてある」
「絵馬全部ください」
「しょーばいはんじょーの御守り一つ欲しいべ!」
「お金は大切にしなさいよ!」
 財布から束になった紙幣を取り出す仲間たちに、グレイスは大声をあげる。新年早々そんな大金を使うなど控えるべき行為である。何より、彼女らが口々にする品を本当に欲しているのではないのが丸わかりなのだ。無駄な散財は断固として止めるべきであった。己が原因ならば尚更である。
「言っとくけど、売り上げと私のお給料は関係ないからね」
「そうなのか?」
 事実を告げると、赤と橙の瞳が丸くなる。やはりそれが目当てか、とマゼンタの目が苦々しく細められた。
 オルトリンデたち四人は、あの重力戦争を共に戦った仲間だ。終戦間際の行動もあってか、ネメシスに来てから向こう、彼女らは己に対して過保護と表現するのが正しいほど接してきた。特にオルトリンデとライオットが顕著だ。何かにつけて世話をしようとし、何かにつけて甘やかそうとする。プレゼントのためにアルバイトをすると白状したところ、少し早いお年玉と称して大金を渡そうとするほどの甘やかしぶりだ。もちろん拒否したが、その結果がこれである。
 まぁいい、とオルトリンデは小さく頷く。二色一対の視線が、ずらりと並べられた御守りに注がれた。
「御守りが欲しいのは本当だ。全種買いたいのだが、いくらになる?」
「いっぱい御守り持ってたら神様が喧嘩するわよ。一つにしときなさい」
 端から端まですぃと宙をなぞる仲間に、躑躅は目を眇める。年末、テレビで聞いた話だ。確かにいくつもの神様を一度に連れていれば喧嘩も起こるだろう。記憶に留まるほど印象深い話であった。
 そうなのか、と戦乙女は再び目を丸くする。悩ましげに顎に指を当て、また端から端まで御守りを眺めた。
「ピリカは商売繁盛のだったわよね。八百円よ」
 袖をたくし上げ、少しだけ身を乗りだしてコイントレーを黒兎に差し出す。分かったっちゃ、と小さな手ががま口の財布を開き、硬貨を取り出す。ん、と背伸びをし、ピリカはトレーに銀色を載せた。金額を確認し、赤い御守りを手に取る。神社の名前が書かれた白い袋にそっと入れ、古びた木のカウンターに手をついて背丈を伸ばす少女に手渡した。ありがとだべ、と元気な声と白い息が厚い木板の下から飛んできた。
「では、我は学業成就のものをもらおうか」
「貴方、教える立場でしょ? 何でよ」
「教師といえどまだ実習生の身だ。日々学ぶことはたくさんあるからな」
 八百円だったな、とオルトリンデは一万円札を差し出す。そう、と不思議そうに返し、躑躅の少女は釣り銭と青い御守りが入った袋をトレーに載せて差し出した。
「釣りはいい。とっておくがよい」
「売り上げ計算合わなかったら私が怒られるのよ。ちゃんと受け取りなさい」
 止めるように手を上げにこやかに告げる女性に、少女は眉間に眉を寄せて返す。そうか、と少し萎んだ声。白い指がいくつものお札と硬貨を取って財布へと戻した。
「やっぱ全種くれ。どれも面白ぇデザインしてっからな」
「絵馬、二枚もらえますか?」
 端末の向こう側からライオットが言う。指を二本立てて始果が言う。分かったわ、とグレイスは慌てた調子で品物を袋に詰めた。代金を受け取り、束になって袋に入った破魔矢をオルトリンデに、柄違いの絵馬を始果に渡す。ありがとう。ありがとうございます。礼の言葉が重なった。
「グレイス」
 耳馴染んだ声が己を意味する音を紡ぐ。少女はレジスターをしっかりと閉めて顔を上げた。そこには、絵馬を一枚差し出す狐の姿があった。
「何? 返品? 受け付けてないわよ」
「いえ、きみの分です」
 忍の少年の言葉に躑躅の少女はぱちりと瞬く。きみの分、とはどういうことだろう。突然の、それも彼らしくもない言葉に脳がぐるりと思考を巡らせた。
「新年には絵馬を書くと聞きました」
 どうぞ、と少年は依然絵馬を差し出す。まあるいラズベリルがまた瞬いた。
 白い袖に包まれた腕がそろりと宙を彷徨う。しばしの沈黙。揺れる指先が動物の描かれた五角形を取った。ありがと、と小さな言葉とともに、筆絵で飾られた絵馬がなめらかな手の内に収まった。
「邪魔したな。アルバイト、励むがよい」
「寒いから風邪ひかねぇようにしろよ」
「お仕事がんばるだよ!」
「終わったら迎えに来ますね」
 声かけ手を振り三人の影と一人の声が去っていく。寒風に吹かれたビニール袋がカサカサと音をたてるのが聞こえた。
 嵐のような時間が過ぎ去り、グレイスは大きく息を吐く。はぁ、と音となったそれは重く、疲れがにじむものだった。
 こんなことならば神社でアルバイトするなどと言わなければよかった。しかし、理由を言わねばあの過保護な仲間たちが納得するはずがない。仕方が無いことだったが、それでも後悔が押し寄せてくる。はぁ、とまた深く息を吐いた。
 鈍さが見える動きで視線が手元に向けられる。五角形の中描かれた干支の動物が、疲弊の色を浮かべたスピネルを見つめていた。
 何書こうかしら。そもそも絵馬って何を書くんだったかしら。あとで聞いてみないと。
 ほのかに痛みを覚える頭で考えながら、少女は巫女服の襟を正した。

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