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No.159

twitter掌編まとめ6【SDVX/スプラトゥーン】

twitter掌編まとめ6【SDVX/スプラトゥーン】
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twitterで書き散らしてた大体2000字ぐらいの掌編まとめ。twitter掲載時から修正とか改題とかしてるのは気にするな。
スプラの話はうちのイカちゃんとうちの新3号ちゃんの独自設定ありなのでご理解。
成分表示:雷刀+かなで/福龍+椿/神十字/プロ氷/嬬武器雷刀/雪翔+ユーシャ/店員さん+インクリング/インクリング+コジャケ/インクリング

看板娘はとっても強くて/雷刀+かなで
 どんぶりと言うにはいささか大きい器を両の手で持つ。縁に口をつけ、掲げるように持ったそれを傾けた。色の濃いスープがどんどんと姿を消していく。ぷは、と息を吐く音とともに、テーブルに容器が置かれた。ゴトン、と大きな音をたてたそれの中身はもう空っぽだ。
 手を合わせ、ごちそーさま、と一言。伝票を持ち、雷刀は席を立つ。財布を学生鞄の底から取り出し、レジへと向かった。
 放課後には少し遅い時間、部活動帰りには少し早い時間だからか、常は学生で溢れている店内はいつもより空いていた。いるのは大人とごりらがいくらかぐらいだ。おかげか、ベルを鳴らさずとも店員が飛んできた。
「お粗末様でした! おにーちゃん!」
「ごちそーさま」
 レジカウンターのトレーに伝票を置く。小さな手がさっと取り、かなでは慣れた手付きでレジスターを叩いた。客側に向けられた電子パネルにラーメン大盛り一杯分の値段が表示される。レシートだらけの財布を漁り、ぴったりの額をトレーに置いた。流れるようにコイントレーを取り、少女は自動精算機に中身を放り込む。きちんと代金が払われたことを確認した機械がレシートを吐き出す。レシートいる、の問いにちょーだい、と返した。
「また来てね! おにーちゃん!」
 レシートを手渡しにこやかに手を振る看板娘に、少年はおう、と手を振る。胃が満たされた心地良さと空調の涼しい風を感じながら出口へと足を向けようとしたところで、ふとした疑問が頭をよぎった。
「なぁ」
「なにー? もう一杯食べてく?」
「いや、さすがに入んねぇって」
 エプロンのポケットに入れた注文表をすっと手に取り、かなではこちらを見る。手慣れた姿と商売っ気満々の姿に雷刀は苦く笑った。超超超特盛りで有名なここのラーメンをもう一杯食べるほど胃に空き容量は無い。
「クーラーってもう直ってるよな? 何でまだ水着なんだ?」
 ラーメンを茹でる熱湯、スープ作成のための湯、トッピングの野菜を炒める高火力コンロ、そして大勢の客。ボルテ軒は熱気で溢れている。空調をこれでもかと効かせてもやっと人が活動するのにちょうどいい温度になるほどだ。
 そんなある日、クーラーが壊れた。もちろん、店内は凄まじい熱に包まれた。夏なのに店を出たら外の方が涼しくて驚いた、と常連のごりらはどこか遠くを見て語っていた。
 そんな猛暑で皆息絶え絶えになる最中、店員であり看板娘であるかなでは水着にホットパンツという夏真っ盛りな出で立ちで常通りに動き回ったのだ。ハキハキと注文を取り、テキパキとラーメンを出し、元気な笑顔を絶やさず会計を済ませた客を送り出し。機敏に動く姿は素晴らしかった、と常連のごりらは味玉をかじりながら語っていた。
 そんな一大事はあったのはもう昔だ。現在、店内のクーラーはもう直り正常に稼働していた。汗を流し熱々のラーメンを頬張る客に心地良い温度を提供する役目を果たしている。
 ならば、水着にホットパンツ、ついでにエプロンという対熱対策万全な姿はもう元に戻してもいいはずだ。クーラーが効いている今では寒さを覚えてもおかしくない格好ではないか。
 雷刀の問いに、かなではあぁ、と声を漏らす。エプロンの裾を掴み、カーテシーのように少し持ち上げた。
「皆がこの格好喜んでくれるからもうこれでいいかなーって。それに、動いてたら結構暑くなるんだよ? 水着の方が涼しいし動きやすくていいの!」
 答え、少女は掴んだエプロンをパタパタと動かす。身体に風を送るような動きだ。
 確かに、店内を常に走り回る店員には機動性が求められるだろう。そして、いつだって厨房の熱に晒されているのだ。空調の効いた店内にいる自分たちには感じ得ない熱をいつだって抱えていてもおかしくない。
 なるほどなー、と朱は感心した声を漏らす。でしょー、と彼女はエプロンの裾をさばいた。
 それに、と少し潜めた声。いつもの可愛らしい響きのはずなのに、どこか小悪魔めいた音色に聞こえた。
「インパクトある格好のままの方がキャッチーでリピート増えるし、話題になって新しいお客さん獲得しやすいからね」
 秘密だよ、おにーちゃん。看板娘は唇に指を当てにこりと笑う。子どものように純真無垢で元気いっぱいな笑顔のはずなのに、どこか恐ろしさを感じさせた。
 ね、と首を傾げて尋ねるかなでに、雷刀はこくこくと頷く。油たっぷりのラーメンで潤った唇は真一文字に引き結ばれていた。
「じゃ、またのご来店お待ちしてまーす!」
 ひらひらと手を振る少女にぎこちなく手を振り返し、少年は足早に店を出る。引き戸と暖簾をくぐると、むわりとした熱気が身体を包んだ。もう夜が近いというのに、夏の空気は昼と同じ様相をしていた。
「…………なんだっけ。つよか、だっけ」
 先の少女の姿を、言葉を思い返しながら朱はこぼす。背中から戸が開く音と、看板娘の元気な声が聞こえた。




看板娘はとっても意識しちゃって/福龍+椿
 琥珀の目がこちらを見つめる。否、睨む。否、刺し貫くと言った方が相応しいほどの凄まじい鋭さを持っていた。
「福龍」
 妹は兄の名を呼ぶ。その響きも随分と刺々しい。いつもは快活で明朗な声は固いものだ。
「……なんだ」
「にんにく臭いアル」
 すっごい臭いアル、と相変わらず棘しかない声で椿は言う。それが何を意味するかなど、分かりきっている。分かりきっているからこそ面倒臭いのだ。
「何でボルテ軒行ったアルカ!」
 声が爆発する。真正面、それも近距離から音量と高さにキィンと耳が痛みを覚えた。思わず顔をしかめると、目の前の顔が更に不機嫌そうに歪む。心底気に食わなくてたまらないと言いたげな表情だ。
「たまにはいいだろう。おれだって付き合いがあるんだ」
 はぁ、と福龍は顔を逸らし溜め息を吐く。刺すような目から逃げるためではない。正面、つまり妹の方を向いたままでは彼女ににんにくの匂いを多分に含んだ息を吹きかけてしまうからだ。さすがに可哀想だ。それに、そんなことをすれば更に怒りを買うのは分かっているのだから。
 そんな兄の気遣いなど分からぬ妹は、何目ぇ逸らしてるアルカ、と怒りをめいっぱい載せた声をぶつける。どう足掻いたってもう彼女の憤怒を落ち着けられそうにない。
 たまにはボルテ軒行かね、と放課後クラスメイトに誘われた。常ならば店の手伝いと修行をするべきだが、最近は客足も落ち着いており手伝いをする必要性が薄くなっていた。修行も今日はちょうど休みの日である。有り体に言えば暇だった。
 そうして久方ぶりに寄り道して帰り、自室に向かおうと足音を消してそろりと階段を上ろうとしたところで下りてきた妹と鉢合ったのだ。もちろん、瞬時に気付かれた。ボルテ軒のラーメンは人によっては腹を壊すほどにんにくが入っているのだ。
 そうして詰められる今に至る。
「何でよりによってボルテ軒ネ! ライバルアルヨ!」
「ライバル視してるのはお前だけだろう」
 椿は日頃何故かボルテ軒と競い合っている。あちらが季節ものの新商品を出せば、こちらも対抗して出してくる。そのためだけにバイトを雇うほどである。妹に甘くすぐに提案を採用する師範である父にも問題はあるのだけれど。
「あっちもこっちのこと意識してるアル。ちゃんとライバルネ!」
 思わずそうだろうか、とこぼしそうになるのを必死に堪える。胸を張ってまで言う彼女を否定するような語を吐けば、またキャンキャンとした叱責が飛んでくるだろう。面倒事は避けるに限る。
「お前だってCafe VOLTEに行くじゃないか。あっちの方がよっぽど競合するだろ」
「うちのお客はお茶するよりご飯食べに来るのがメインネ。奪い合いになるならご飯になるボルテ軒の方アル」
 椿の弁は正しい。事実、店が一番混むのは夜に近い夕方の頃だ。内容も、甘い物より塩辛いものの方がよく出る。けれども、夕方、ちょうど放課後の時間帯や休日の午後は甘い物を求める女子学生で混むのだ。同じく女子学生から絶大な支持を受けるCafe VOLTEも十分にライバルと言っていい。
「……分かった。行かない」
 いいのだが、それを指摘するのも面倒だ。口論になれば、基本的に感情的ながらも時折正しいことを喚き立てる妹の方が強いのだ。折れてしまう方が早い。早く汗を掻いた服を着替えて口臭を消すために歯を磨きたいのだ。
「絶対アルヨ」
「……さすがに付き合いぐらいは行かせてくれ。おれだってたまには友達と飯を食いに行きたい」
 えー、と椿は心底嫌そうな顔をする。学園周りは栄え、飲食店は多々ある。その中でも何故ボルテ軒を選ぶのか、と言いたげな表情だった。
 仕方無いだろ、選ぶのは友達なんだ、と返す。八割事実で、二割嘘だ。確かに毎回店を決めるのは友人だが、決まってボルテ軒に行くのだ。妹の怒りを買うことを知っていても別の店を提案をしないのは、己がラーメンを求めているからである。弁当を食べて随分と経った放課後、腹の減った男子学生にはボルテ軒のラーメンがちょうどいいのだ。
「…………まぁ、たまにならいいアル」
 何でお前に許可取らなきゃいけないんだ、と嘆きそうになるのを必死に押し込める。落ち着いてきた今、そんなことを言ってろくなことにならないのは目に見えているのだ。押し黙るのが正解だ。
「早く歯磨いて着替えてくるネ。すっごいにんにく臭いアル」
 口元と鼻を手で押さえた少女は言う。うんざりとした顔だった。うんざりしているのはこっちの方だというのに、何とも理不尽だ。分かったよ、と返し、階段を引き返した。
 洗面所に入り、歯磨き粉をこれでもかと付けて歯を磨く。念を入れ、マウスウォッシュを何度も含んでは吐きを繰り返す。これでとりあえずの対処はできただろう。またにんにく臭い、と顔を歪められることはないはずだ。
 席どころか店を満たすほどのにんにくの香り。油が表面を覆うほどのスープ。これでもかと載せられたシャキシャキの野菜。うどんと見紛うほど太い麺。それを一気に掻き込み、全て食べ終え胃がこれでもかと膨れた幸福感。
 美味かったな。
 改めて考え、少年は洗面所を後にした。




繋ぎ合わさる熱/神十字
 青が赤に変わりつつある世界の中を二人で歩く。穏やかな会話の中、紙袋が時折かすかな声をあげた。
 下ろされた手に何かが触れる。啄むように手の甲に指先が触れる。横を見ると、ニコリと笑った紅の姿があった。表情が意味することに、思わず顔をしかめた。
「もういいだろ?」
 渋い顔をする蒼の様子など気にも掛けず、神は問う。問いの形ではあるが、己にとっては命令だった。信仰する存在からの願いなど、叶える以外に選択肢が無い。たとえそれがあまり気の進まないことだったとしても。
「…………いいですよ」
 街はもう遠い。村の少し外れにある住まいまでもまた遠い。ちょうど中間地点、人通りが少ない道だった。つまり、人に目撃される確率は低い。噂が立つようなことはないだろう。
 やった、と神ははしゃいだ声をあげる。甲に触れる指が離れていく。すぐさま、手の平に熱。少し硬い手がするりと潜り込み、手と手を合わせる。指が指の間に入り込み、きゅっと握られた。逡巡、己も指に力を入れる。己の意志を持って指を絡め合う。
 繋いだ手がぶんぶんと振られる。上機嫌に鼻歌まで歌う様は、まるきり子どものそれだ。愛おしさと恥ずかしさが胸の内でぐちゃりと混ざる。ないまぜのそれは、指を解くまでには至らなかった。
 崇める神は何故か手を繋ぐことを好んでいた。否、好むようになった。いつだったか、施設の子どもと手を繋いで歩いていた時、オレも手ぇ繋ぎたい、と言い出したのだ。空いていた反対側の手を差し出すと、彼は酷く嬉しそうにしていた。その場限りのものと思ったのだが、翌日も、翌々日も、手を繋ぎたい、と言い出すようになったのだ。外はもちろん、家の中ですら。
 手を繋ぐことぐらい安いものだ。けれども、さすがに外で要求されるのは困る。いい歳した成人男性――相手は『成人』なんて概念がない存在だが――が人前で手を繋いで歩くのはいささか外聞が良くない。
 己の意見を伝え、擦り合わせ。結果、他人がいないところならば繋いでも問題はない、という結論に至った。己が行動するのは家と職場である施設ぐらいだ。狭い村である、常に人の目に晒されているようなものだ。もう外で繋ぐことはあるまい。
 そんな考えはすぐさま壊された。週末、二人で街に買い物に行った帰り道、彼は言ったのだ。ここらへんって人いねぇよな、と、企みを隠しもしない笑顔で。
 確かに条件は満たしている。けれども、外で手を繋ぐというのはやはり抵抗感があった。そんなもの、な、という追撃に砕かれたのだけれど。
 そうして買い物帰りは手を繋いで歩くのが通例となっていた。なってしまった。何でこんなことに、と嘆くものの、全ては己が曖昧な定義をしてしまった結果である。自業自得だった。
 絡み合った指が手の甲を撫でる。クロワ、と己の名を紡ぐ声は夕焼け空には似つかわない、甘さを含んだものだった。
「そろそろ村ですよ。離してください」
 心を形が無くなるまで融かしていくような響きをどうにか耐え、青年は固い声で事実を告げる。えー、と不満げな声が赤い世界に響いた。間に潜り込んだ指が抜けていく。重ね合わさった手の平が解けていく。名残惜しそうに肌を撫ぜながら手が離れていく。温もりが去っていく。ほのかに覚えてしまった寂しさを必死に振り払った。
「じゃ、帰ったらな」
 離れいった指先が、再び甲をつつく。何を意味するかなど分かりきっていた。すぐさま理解できるほど、こちらも通例になっているのだ。なんたって『他人のいない』『二人きりの』『家の中』なのだから。
 離れていった温かさが、また訪れるであろう温かさが背筋を撫でる。はいはい、と呆れを装った声で返して歩を早めた。ずれた足音のリズムはすぐさま合わさる。カサリと紙袋が鳴き声をあげた。
 夕焼け空の中、二つの足が道を進んでいく。住まいに辿り着き戸が開かれた瞬間、二つの影が一つに繋がった。




もちろん眠れるはずなんてなくて/プロ氷
 豪風が白い髪を吹き荒らす。大振りなブラシとふわふわに仕上げたバスタオルでたなびく雪色を操り、たっぷりと含んだ水分を飛ばしていく。くるぶしまである長い髪を乾かすのは重労働だ。既に慣れているので手間には思わないが、待たせてしまうのは申し訳がない。タオルの手助けを借りながら、氷雪はドライヤーを操った。
 ようやく元の姿を取り戻した白絹を高い位置で手早くまとめ、少女は脱衣所を出る。ぺたぺたと小さな足が可愛らしい音を立てた。
「識苑さん、お風呂ありがとうございました」
 慌ててドアを開け、待ち人を呼ぶ。手元の液晶画面に注がれていた夕陽色が、湯上がりでほのかに赤がにじむかんばせをに向けられた。
「もっとゆっくり入ってていいのに」
「お借りしているのに長く入るなんて申し訳ありません」
 気にしなくていいのになぁ、と識苑は笑う。そう言われても、やはりどうしても気が引けてしまう。家主より先に湯を使っているというのに長風呂だなんて、そんな悠長なことをできるはずがない。
「じゃあ、俺も入ってくるね。湯冷めしないようにあったかくしててね」
 昼のうちに乾かして畳んだ服とタオルを手に取り、青年はよっこらしょ、と呟き立ち上がる。すれ違いざま、己よりも一回り大きな手が湯上がりの温かな頭を撫でた。
 分かりました、と返し、部屋の中央へ向かう。ローテーブルの前、まだ温かさが残っているであろう座布団の横に腰を下ろした。エアコンが送る温かな風が、乾かしたての白い髪を音も無く揺らした。
 香ばしい匂いが鼻をくすぐる。視線をやると、つい先ほどまで彼がいた場所、その目の前に白いマグカップがあった。昼に綺麗に磨いた白には黒が注がれている。きっと愛飲しているコーヒーだろう。愛しい人は黒く苦いそれを好んで飲んでいた。
 まだ湯気がほのかに立っていることから、淹れて間もないことが分かる。ゆっくり飲んでいたかっただろうに、邪魔をしてしまったようだ。申し訳ないことをしてしまった、と少女は眉尻を下げた。
 マグの横には背の高い瓶があった。黒いラベルが貼られたそれは、彼が愛飲しているインスタントコーヒーである。中身は朝見た時よりも随分と減っている。また目分量、それも意図して大量に注いで作ったのだろう。下がった眉が少しだけ寄せられた。
 恋人である識苑はコーヒーを常飲している。味や香りを好んでいるからではない。カフェインを多く摂取できるから、だ。業務で徹夜続きになることの多い彼は、目を覚ますためにかの黒い飲み物を水の代わりと言っていいほど飲んでいる。それもきちんと淹れたものではなく、わざと粉を多く入れて濃く――つまりカフェインを過剰に摂取できるように作っているのだ。
 身体に悪いですよ、とたまに釘を刺すが、へらりと笑ってかわされるだけだ。彼が作り出す様々なものが学園の、ひいては世界の維持に多大なる貢献をしているのは分かっている。けれども、それで身体を壊しては元も子もない。むぅ、と少女は頬を膨らませた。
 真っ黒をたたえたカップを手に取る。これ以上彼に飲ませるわけはいけない。捨ててしまうのは食べ物に申し訳がないことなのだから、自分が飲んでしまおう。温かさを有したマグを両手で挟んで持ち、厚い飲み口に唇を寄せる。そのまま、ぐっと傾けた。
 びくん、と白い浴衣に包まれた肩が跳ねる。ぅ、と小さな声が漏れる。整った細い眉がぎゅっと寄せられる。湯で温められた赤い唇がきゅっと結ばれる。どれも苦々しさに溢れたものだった。
「にがい……」
 苦いという言葉しか出なかった。当たり前だ、コーヒーは苦い飲み物である。それを特別濃く淹れたものなのだから、普通のものよりずっと苦いに決まっている。頭では分かっていた。しかし、予想以上の味だ。舌の全てを苦みで覆いつくし、それ以外の味を判別できなくしてしまわれてもおかしくない酷さである。舌が馬鹿になってしまうとはこういう時に使う表現なのかもしれない。
 細い喉がゆっくりと上下する。恐ろしいほど苦いそれを必死に飲み干し、少女はぷは、と息を吐いた。温かな湯で少しとろけていた真ん丸な瞳は、はっきりとした輪郭を取り戻していた。
 識苑さん、いつもこんなものを飲んでいるなんて。マグから口を離し、雪色は川底色の目を眇める。こんなに苦いものを飲めば、目が醒めるのも当たり前だ。カフェインが豊富ならば尚更である。同時に、胃が荒れることが容易に想像できる。ただでさえ不健康な生活を送っているというのに、そこに自分でダメージを与えてるだなんて危険としか言い様がない。世界のために頑張っているのは讃え労うべきことだが、身体を壊してしまうようなことをするのは大問題だ。
 お風呂から上がってきたらまた言わなくては。考え、中身が空になったマグカップを手にキッチンへと向かう。黒を詰め込んだ胃は妙に重く感じた。




×8 ×4/嬬武器雷刀
 力強く柄を握り締める。ぬかるんだ足下など気にせず、踏みしめる足に力を込め、固い地を蹴る。ダン、と強い音がフィールドに響いた。
 腰に携えた得物を思い切り振り上げる。凄まじい速度で飛んだ斬撃は、目の前の人影に命中した。こちらの存在に気付いたらしい、抗うように銃身が、大量の弾がこちらへと向けられる。降り注ぐそれを細やかな動きで躱し、また振り上げる。命中。一発。高い断末魔とともに、小さな身体が爆ぜる。地面が鮮やかに染め上げられた。
 まずは一人。下がり、雷刀は周りに目をやる。弾が飛び交うフィールドをすいすいと駆け抜ける。時折聞こえる鋭く響き渡る銃声に警戒しつつ、少年は色鮮やかな地面を駆けていく。
 背後に銃声と気配。身を潜めて避け、振り向きつつ一旦下がる。丸い弾を振りまき追いかけてくる相手を正面にみとめ、またぐっと柄を握り締める。一歩下がり、一気に踏み込む。朱い斬撃がまっすぐに飛んでいった。
 慣れたものなのだろう、相手は横に数歩ずれることで躱した。それでも、小さく聞こえた声からかすりはしたことが分かる。急いで背に手をやり、ガラス玉を放り投げる。宙で変形したそれは、距離を取ろうとする相手目掛けて飛んでいった。ガラスが割れる音。小細工は防がれてしまった。否、気を逸らすことができただけで十分だ。低く得物を構え、まっすぐに踏み込む。一気に距離を詰め、また朱を飛ばした。
 シュン、と高い音。今度こと命中したそれは、潰えた相手と地を己と同じ色に染めて消えた。
 これで二人目。道を切り開き、どんどんと進んでいく。味方に背を任せ、敵陣へと踏み込んでいく。頑強なブーツに包まれた足が、鮮やかに彩られたフィールドを縫って駆けていく。
 パァン。
 高い音が蒼天に昇る。音が近い。ちらりと見えた影と音の方向を頼りに駆けてきたが、どうやら正解のようだ。雑多なフィールドの中、斬撃で道を作り、壁を勢い良く登っていく。バシャン、と勢いの良い音と共に身体が宙へと飛び出した。
 目的の者はそこにいた。スコープを覗いていた顔が急いで上げられる。大きな銃身を脇に抱え、一歩退くのが見えた。
 狭い鉄の足場に着地し、すぐさま踏み込む。瞬間、目の前が白に染められた。高い音とともに光が舞う。視界の端に黒がにじんだ。
 どうやらまんまと罠に引っかかってしまったらしい。視界の様子から、相応のダメージを受けていることが分かる。けれど、ここまで来て退くなんて選択肢は無い。目の前の相手を切り伏せる。何よりも成しえなければならないことだ。
 地を踏む。力を込める。下から振り抜き、目の前の存在を斬りつける。鋭い斬撃が、目の前の小さな身体を一色に染め上げた。




 重い音楽が手元の危機から流れる。ゲーム機の液相画面、その左上には負けを意味する英単語が書かれていた。
「何で負けなんだよ!?」
「貴方、敵を倒すことしか考えてなかったじゃないですか。塗るゲームなのですから塗らないと負けるに決まっているでしょう」
 愕然と画面を見つめる雷刀に、烈風刀はイヤホンを外しながら呆れた調子で言う。彼の持つ色違いのゲーム機の中には紙吹雪が舞い、勝利を意味する語が軽快なフォントで書かれていた。
「しかも後衛の僕ばっかり狙って。一人だけ落とし続けても意味がないでしょう」
「そうよ。潰すなら前線のやつからにしなさいよ。私が全部相手する羽目になったんだから」
 同じく重く悲しげな音楽が流れるゲーム機を手に、グレイスは悔しげな朱を睨む。彼と同チームだった彼女ももちろん敗北である。リザルトに示された数字は、彼女がどれだけ前線で奮闘していたかを表していた。
「はわぁ~! 塗りポイントナンバーワンデス!」
 コーラルピンクの機械を眺め、レイシスは喜びに溢れた声をあげる。にこやかな笑みは、つい先ほどまで真剣勝負をやっていたなどとはとても思えない表情であった。
「誰かさんと違ってひたすら塗ってたものねぇ。……え? このポイント、陣地のほとんどを塗ってたってことじゃない?」
「そうなんデスカ?」
 意地悪げな言葉を紡ぎながら、グレイスはボタンを操作する。姉のリザルトを確認した躑躅は、きょとりと目を瞬かせた。妹の言葉に、薔薇色も同じようにぱちりと瞬いた。
「もっかい!」
 雷刀は人差し指を天井に掲げ、大きな声をあげる。負けず嫌いな彼がここで引き下がるわけがない。やるわよ、とグレイスも続く。彼女もまた負けず嫌いだ。ボタンを操作し画面を真剣に睨む姿から、勝利への執着が窺えた。
 机の上に置かれた携帯端末が震える。手を伸ばし、烈風刀は慣れた様子でアプリを操作する。小さなスピーカーから電子音が流れた。
「次のチームどうします? またランダムでいいッスか?」
 少し音質の悪い声がこちらに問う。チーム対戦に加わっていた魂だ。こっちは何でもいいッスよ、と彼は軽い調子で言う。負けたというのに随分と余裕のある声だった。
「オレと烈風刀分けれねぇ?」
「……同じことをする気ですか?」
「塗りなさいって言ってるでしょ」
「リベンジしてぇだけだって」
「分かりましたー。雷刀先輩と烈風刀先輩別にして、あとはランダムってことで」
 カチャカチャとコントローラーを操作する音が聞こえる。ロビー画面、その左に連なる名前がどんどんと増えていく。きちんと設定してくれたのだろう、雷刀と烈風刀のネームプレートだけは違う色になっていた。
「ぜってー勝つ!」
「勝ち逃げは許さないんだから」
「レイシス、頑張りましょうね」
「ハイ! またいっぱい塗っちゃいます!」
 意気込む者。はしゃぐ者。皆瞳は真剣そのものだ。それはそうだ、全員負けず嫌いなのだから。
 試合開始を告げる鈴の音が、四人分のゲーム機から流れた。


4Kスコープ/わかばシューター/スパイガジェット/ジムワイパー
ドライブワイパー/スパッタリー/スクイックリンα/トライストリンガー





旅立つ者を見届け/雪翔+ユーシャ
「雪翔くん、ヘキサダイバーに行ったの!?」
 コントローラーを持つ手が止まる。液晶画面を見つめていた空色の目が瞠られた。まあるい中には、もふりとした茶と白が映っていた。
「うん。抽選が当たったんだ」
「えーいいなー。ぼく、落ちちゃったや」
 弾んだ声と萎れた声。対照的なそれの主たちは、どちらも目の前の大画面に吸い込まれていた。コマンド選択を終え、ターンが進んでいく画面を二人で眺める。いいなぁ、と嘆息にも似た声が効果音にまじって消えた。
「あ……、でもバグの騒ぎがあったんだっけ? 大丈夫だった?」
「今はなんともないよ」
 ヘキサダイバーはバグの影響で時折不安定になる。運悪く、雪翔が体験した日にバグの被害が出てしまったのだ。怪我も無く、念のため行われた検査も結果は異常無しとのことだったので変わらずに過ごしているが、やはりほんの少しだけ不安は残る。あの施設に近づくのがちょっとだけ苦手になるぐらいには。
「ねぇねぇ、何になったの? どんなことしたの?」
「えっとねぇ、商人になったよ!」
 商人、とユーシャは復唱する。蛍石の瞳がキラキラと輝きだした。ファンタジーゲームに必ずいるキャラクター、それも勇者として冒険する上で重要な位置にある存在だ。興味を示すのは必然だ。
「えっ! じゃあ武器とか売ったりしたの!? 冒険家とか……勇者とかに会った!?」
「会ったよ! ……会った、よ?」
 興奮した様子の少年に返す声は、ほのかな疑問が浮かんでいた。あれ、と獣人は首を傾げる。コントローラーを持った友人も、同じく首を傾げた。
「どうしたの? あっ、思い出したくなかった?」
 ごめんね、とユーシャは眉を八の字にして謝る。バグの被害に遭うだなんて酷い思いをしたのだ、それに関することを根掘り葉掘り聞くのはよくないことだと思ったのだろう。そうじゃないよ、と大きな手を慌てて横に振った。
「会ったよ。伝説の勇者の末裔に会ったんだけど……」
 商人になったのは確かだ。勇者の末裔に会ったのも確かだ。けれども、何かが引っかかる。重要な部分だけ抜け落ちているような、大切なことだけ綺麗に忘れているような、そんな感覚がするのだ。バグの影響だろうか。記憶に被害があったという話は聞いていない。ならば、何故こうも不自然さが背を撫ぜるのだろう。
 うーん、と顎に大きな手を当て雪翔は唸る。大丈夫、と不安げな声が小さな頭に降り注いだ。
「会ったけど、どんな人か忘れちゃったや」
「そっかぁ」
 交わす声は少し萎んだものだった。本当ならファンタジーが大好きな彼にいっぱい話をしたいのに、忘れてしまうだなんて。せっかく行ったのになぁ、と大きな耳がしゅんとした様子で垂れた。
 何より、この妙な感覚が気になって仕方無かった。仲の良い友達と遊んでいるのに、何だかとっても寂しいのだ。二人でゲームをするのは楽しいのに、胸がきゅっと苦しくなるのだ。何故なのだろう、と幼き獣は考える。答えは出そうになかった。
「今度は一緒に行こうね! ファンタジーの仮想空間いっぱいあったはずだよ!」
「うん! 頑張ってチケット取らないと!」
 わふわふと手を上げる雪翔の手に、ユーシャは己のそれを重ねる。元気なハイタッチは、確かな約束を示しているようだった。
 お母さんに頼まなきゃ、と少年はコントローラーを操る。テストで良い点取らなきゃいけないね、と獣人は画面を眺める。そうだね、と暗い声が返された。
 画面の中の勇者一行は、ボスを倒し装備を揃えようと街へと帰るところだった。




クリーニングって結構馬鹿にならないお値段するよね/店員さん+インクリング
 揚げきった材料を生地で挟み、紙で包む。ようやく出来上がった料理を冷めないうちに保温ケースに並べた。これで今日の開店準備はひとまず終わりだ。朝早くからの一仕事終え、女はふぅと息を吐いた。
 タッタッタッと軽快な音。客の到来を示す音色に、彼女は食材たちからロビーへと視線を移した。
 レジスターと調味料が並ぶカウンターの向こう側には、駆け寄ってくる人影があった。人気ブランドのシンプルな半袖シャツに身を包み、黒に鮮やかな一色のラインが走るレギンスと大きなブーツで彩られた足を動かすのは一人の少女だ。激しく揺れる長い横髪とどんどんと大きくなる――とはいっても、己に比べれば随分と小柄だ――影から、その速度が見て取れた。
 レジカウンターに辿り着いた少女は、笑顔を浮かべて手を上げた。ミッ、と発した鳴き声のような短い言葉は彼女なりの挨拶だ。
「あら、いらっしゃい! いつもの?」
 彼女はいわゆる常連客だ。毎週のように訪れ、毎回同じメニューを食べていくのですっかりと顔を覚えてしまった。来る度に見せる元気溢れんばかりの笑顔も記憶に残る要因の一つだ。
 問いに、少女はまたミッ、と声をあげる。青い瞳は既に保温ケースに並ぶ料理に吸い込まれていた。ぱちぱちと瞬く大きな目はキラキラと輝いている。開店直後にやってくるほどだ、大層腹が減っているのだろう。
 しばしして、ハッとしたように丸い目が瞠られる。小柄な身体に対しては大きな手が急いだ調子でポケットに入れられた。ごそごそと中を掻き回す音。少しして、大きなチケットが現れた。少女は少し皺の寄ったそれをカウンターに置ぃ。ずいと勢い良く奥へと差し出す様から、早くちょうだいとねだられているような気分になる。可愛らしい姿に、女は口元を綻ばせた。
 チケットを受け取り、レジスターに閉まってケースへと手を伸ばす。赤と黄で構成されたチケットは『アゲバサミサンド』の注文を示すものだ。彼女がいつも食べていく料理である。包みを一つ取り、どうぞと言葉を添えて向こう側の少女へと差し出す。少し角張った両の手が料理をしかりと受け取った。揚げ物がたっぷりと挟まれたそれを、輝く青色が見つめた。
 あ、と音が聞こえてきそうなほど大きく口が開かれる。鋭く尖った歯が除く口内に、挟んだ生地から飛び出したカニのハサミが吸い込まれた。バリン、と硬い殻が砕かれる音。きちんと処理し殻までまるごと食べられるそれが、バリボリと大きな音とともに噛み砕かれていく。もごもごと動く口が少し止まり、細い喉が上下する。白い歯で彩られた赤い口に、再びサンドが吸い込まれていく。バリン。一口。ボリン。また一口。食べ進める内に手に力が入ってしまったのか、揚げ物と一緒に挟み込んだ目玉焼きの黄身が潰れるのが見えた。とろりと溢れる黄色を、小さな舌が急いだ調子で舐め取る。まろやかなそれが好きなのだろう、黄金が染みこんだ部分を中心に少女は食事を進めた。
 気持ちいいほどの食べっぷりに、女は目を細める。己が作った料理をこんなにも美味しそうに食べてくれる。料理をする者としてこれ以上にない幸福だ。様々な苦労があれども店員になってよかったと思える瞬間だった。
「あらまぁ、汚れちゃってるよ。ちゃんと拭きなね」
 カウンター脇に置いてある紙ナプキンを一枚抜き取り、一心不乱に食べ進める少女に差し出す。料理に注ぎ込まれていた海色の瞳がきょとりとした様子でこちらへと向けられた。もう残り少ないサンドを片手に持ち、少女は薄紙を受け取る。衣と黄身と調味料で汚れた口元をぐしゃぐしゃと乱暴に拭い、彼女はまた食べ進めていく。それじゃあ意味が無いよ、と女は困ったように笑った。
 食べ終わった頃を見計らい、またナプキンを一枚差し出す。またぐしぐしと強く拭い、彼女は油で汚れた包みと茶色に染まった白い紙をひとまとめにし、ゴミ箱へと捨てた。
「いってらっしゃい」
 壁に立てかけていた傘――形状は傘であるが立派なブキだ――を片手に、少女はまた高く手を上げる。ミッ、と来た時と同じ調子の声をあげ、少女は上げたそれをブンブンと振る。そのまま階段下へと駆けていった。元気いっぱいの様子に、つぶらな瞳が愛おしそうに細められた。
 それにしても、と女は体躯にしては小さな手を口元に当てる。
 彼女がいつも食べるアゲバサミサンドは、金運に恵まれる効果を持ったものだ。それを毎週のように食べていくなんて。
「よっぽどおカネが無いのねぇ……」
 元気にナワバリバトルへと向かった少女に不安を覚えながらも、店員は次の客を待った。




小さな影探して/インクリング+コジャケ
※うちの新3号設定(赤貧)


 大きな自動ドアをくぐり、ロビーから広場へと出る。普段は重い足取りは、今日はスキップでもしそうなほど軽やかだ。タッタッと雑踏に紛れる足音も軽快に聞こえた。
 なにせ、今日は大勝ちした。勝利に次ぐ勝利を重ね、たんまりとカネを得たのだ。ここ数日は負けが込み、泣き縋るように向かったバイトも失敗続きで収入が激減していただけに今日の成果は大きなものだ。嬉しいったらない。なけなしのチケットを使い金運を上げた甲斐があったというものである。
 早く帰ろう。久しぶりにまともな食事にありつこう。ハイカットスニーカーに包まれた足を操り、少女は階段を駆け下りていく。長いそれの終わり、ブキ屋との間を埋めるように設置された金網の上に視線をやった。
 コジャケ、と相棒の名を口にしようとして少女ははたと止まる。いつもならば保護用の金網の上に鎮座し広場を見渡す小さな相棒の姿は無かった。あるのは無造作に置かれた植木鉢と落書きされた壁だけだ。
 今日は別の場所にいるのだろうか。くるりと振り返り、反対側にある植え込みへと足を伸ばす。オルタナへと続くマンホールを見つめる小さな影は無い。ぶらぶらと手持ち無沙汰に足を動かす同胞しかいなかった。
 封鎖された門の前を駆け、店に続く道へと向かう。謎の透明な立方体の前に佇む小さな体躯は無い。クラゲが気ままに歩いているだけだ。
 珍しい、と少女は丸い目を瞬かせる。普段は広場にいるのだが、今日はどこにも見当たらない。別の場所にいるのだろうか。ああ見えてあの子は神出鬼没だ。己の両の手に乗るような小さな体躯だというのに、この雑踏の中を這い歩きどこかで街行く人々を眺めているのだ。
 踵を返し、店が建ち並ぶ通りへと向かっていく。
 ザッカ屋の前。ポールの上でぴょこぴょこと跳ねる相棒の姿は無い。
 少し歩いてクツ屋の前。出入りする客を眺める相棒の姿は無い。
 振り返って見上げた高い看板の上。広場を見下ろす相棒の姿は無い。
 裏道を抜けた先の開けた場所。デッキを組む少年少女を見つめる相棒の姿は無い。
 急な坂道を駆け上がった高台の上。柵の上で器用に眠る相棒の姿は無い。
 うーん、と少女は小さく唸り声を漏らす。心当たりがあるのはこれぐらいだ。それでも見当たらないだなんて、今日は一体どこへ行ったのだというのだろう。
 仕方無い、と小さく息を吐き、来た道を戻る。先にクリーニング依頼を済ませてしまおう。普段ならば一回依頼できるかできないかというほどの財政事情だが、今日は三回依頼してなお有り余るほど懐が暖かいのだ。忘れぬ内に済ませてしまわないと、いつまで経ってもいいギアを作ることができない。ろくなギアパワーが付いていないものが多く溜まっているのだ。早く始末してしまいたい。
 ナワバトラーの熱い試合が繰り広げられる横を通り抜け、細い裏道を進みロビー前まで戻る。アタッシュケースの横で気怠げに過ごす青年に声を掛けようとしたところで、体躯に対して随分と大きな足が止まった。
 青年が座っている後ろ、高い看板で陰った場所。そこには見知った小さな影があった。
 小さな身体は、薄く小さなヒレを広げて地面にぺたりとうつ伏せている。小柄な図体からは想像出来ないほど大きな口はぽかりと開かれ、赤い舌が覗いていた。飛び出た黄色い真ん丸な目は閉じられている。何故か崩れることがない背の高い髪は、風に吹かれてそよいでいた。
 ここにいたのか、と少女はふっと息を吐く。傷が入り切れた太い眉が、呆れたように八の字を描いた。
 そういえば、相棒はここで眠っていることがあるのだった。あまり行ってはいけないと言いつけており、最近ではその忠告通りに過ごしてくれていただけにすっかり忘れていた。数歩足を動かせば見つかる場所だというのに、あれほど街を駆け回るなんて自分はなんと間抜けなのだろう。内心苦い笑いをこぼした。
 身を半分翻し、少女は後ろに佇むビルへと視線をやる。そこにはクマサン商会――遡上するシャケたちを倒し尽くそうと日々働く同胞たちが集まる店が構えられていた。
 ここに通うのは、シャケを倒すことに命を賭けていると言っていいほど熱心な者が多い。本当に懐が寂しい時に嫌々ながら参加するが、どいつもこいつも恐ろしいほどの気迫に満ちているのだから怖いったらない。
 そんな者たちが集まる場所、しかも仕事終わりに店を出てすぐ目の前に映るような場所にいては、追いかけ回されしばき倒されるに決まっている。なので近寄らないように言っていたのだが、今日ばかりは忘れていたようだ。よほど眠かったのだろうか、と健やかな寝顔を眺めて考える。
 こんなところにいたら危ないよ。
 小さく呟き、少女は眠る相棒に駆け寄る。クリーニングは明日だ。どうせギアパワーを付けるためにまたバトルに明け暮れねばならないのだ。明日の朝一番に依頼し、そのまままっさらなギアを身に着け闘いへと身を投じる方が効率的だろう。
 帰るよ。
 語りかけるように優しく漏らし、少女は眠るコジャケの身体をそっとすくい上げる。蛍光色のギアに包まれた細い腕に収まる相棒は、依然起きる様子は無い。きっと当分の間は眠っているだろう。一旦家に帰り、この子を置いてから買い物に向かった方がいい。
 晩ご飯何にしようかな。たまにはこの子の好きなものも作ってあげないとな。
 久方ぶりの温かな食事に思いを馳せ、少女は人々行き交う広場を歩んでいった。




結局2勝3敗で終わった/インクリング
※うちの新3号設定(赤貧バイト嫌い)


 遠くでヘリの音が聞こえる。
 また誰かが現場に向かったのだろう。理解しがたいことに、この労働施設は大盛況なのだ。絶えずヘリの音が響く薄暗い室内は不気味だった。もうとうに慣れてしまったのだけれど。
 高い位置にあるロッカーを開ける。更衣区画のロッカーはいつだって埋まっているが、今日はまばらだ。時間によるものだろうか。些末なことをぼんやりと考えながら、ヘルメットを取る。中に無理矢理収めていた髪がこぼれ落ちるように飛び出した。ライトやインカムといった機材が取り付けられたそれはかなり重い上に蒸れる。外した瞬間、解放感と涼しさが少し乱れた頭部を撫でた。
 オレンジのメットを足下に置き、ハーネスを取る。厳重なテーピングを解きながら長靴を脱ぎ、手袋を取る。どれも緩慢な動きだった。本当ならばさっさと片付けて出ていきたいが、連続で何度も仕事に向かった身体は疲労感に支配されていた。普段あまりアルバイトをしないため、なかなか使い慣れない頑強な装備の着脱を行うのも原因の一つだった。
「おつかれ」
「…………お疲れ様」
 本当に布なのかと疑うほど分厚く固い作業服を脱いでいると、隣から声がした。アルバイト後は皆疲れ果てて無言で着替えるというのに、珍しい。同時に、嫌な予感がした。見ず知らずの者に突然話しかけてくるようなやつが面倒臭くないわけがないのだ。
 最低限の言葉を返し、分厚い生地と格闘を続ける。取り払った非日常のオレンジから、日常のモノクロへと着替えていく。隣からもゴソゴソと厚い布が擦れる音がする。あちらも着替えているのだろう。響きからして男のようだが、気にせずに着替えを続ける。恥ずかしがる余裕など、疲労しきった重い身体には欠片も無かった。
「……なぁ」
 モノクロの薄い生地を頭から被る。布地を絞る紐と長い裾を整えているところで、また声がした。一息吐いて雑談でもしたいというのだろうか。こちらにそんな余裕はないのだ。そもそも、突然話しかけてくるようなやつにこれ以上関わりたくなどない。
「お前、コジャケ飼ってるってマジ?」
 投げかけられた音は固く、懐疑的な響きをしていた。予想だにしない言葉に、思わず視線を向けてしまう。作業着を上半分だけ脱いだ少年は、眉をひそめこちらを見つめていた。
「飼ってない」
「嘘つけ、商会入る時一緒にいるの見たぞ」
「飼ってない」
 詰めるような声に普段通りの声で返していく。嘘言うなよ、と相手は諦めることなく食い下がってくる。予感通り面倒なやつだ。はぁ、とわざとらしく溜め息を吐いた。
「飼ってない。あの子は相棒だから」
 あのコジャケは生活を共にする相棒だ。決して『飼う』だなんてペットのような表現をする存在では無い。共に砂漠でジャンク品を漁り、共にオルタナを進んでいく唯一無二の相棒なのだ。
 屁理屈言ってんじゃねぇよ、と吐き捨てるような声。先に決めつけてきたのはそちらだというのに。屁理屈などと噛みついてくるなんてなんとも面倒臭いやつだ。そもそも、相棒のことに踏み入ってくる時点で大概面倒臭い。着替える手を早くしていく。乱れた髪もしっかり整えたいところだが、一秒でも早くここから抜け出すために我慢しなければならない。
「コジャケいんのに何でバイトしてんだ? 『相棒』と同じやつシバくのためらわねぇのかよ」
「カネの方が大事」
 往生際が悪い相手に言葉をぶつける。少しだけ低く固いそれは、切り捨てると表現した方が相応しい鋭さと冷たさを孕んでいた。
 間髪入れずに返ってきた、それも非常に現実的な答えに少年はたじろぐ。えぇ、と動揺が色濃く滲んだ声がロッカー区画に落ちた。
「あの子、大食らいだから……」
 コジャケはよく食べる。それはもうよく食べる。エンゲル係数など考えたくないほどよく食べる。おかげで食費はうなぎ登りで、財布の中身は垂直に近いほどの下り坂だ。
 普段ならばジャンク品を売りさばき、合間にナワバリバトルに身を投じ稼ぐのだが、今月はそれだけではとても賄えないほど財布には寒風が吹き荒んでいた。ここ最近はジャンク品がなかなか見つからず、ナワバリバトルもバンカラマッチも勝ち星が少ない。だというのに、ケバインクを食べてからは相棒の食欲は更に増した。収入が激減しているのに、出費は悲鳴をあげたいほどかさんでいく。だから、やりたくもないバイトに手を出したのだ。
 そうかよ、と少年は引き下がっていく。少し震えたそれには、動揺と落胆、少しの畏怖があった。現実的な答えの何が悪いのか。勝手に踏み込んできて、勝手に引くなどなんとも失礼なやつである。
 沈黙の中、愛用のヘッドギアを着ける。赤いブーツに足を入れ、つま先で地を叩きしっかりと履いた。レンタルの長靴と手袋を所定の位置に立てて干し、仕事着全てを大きな洗濯機に放り込む。これでもうアルバイトは終わりだ。
「お疲れ様」
「…………おつかれ」
 背に飛んできた声は、何とも言い難い響きをしていた。気にすることなく、外に続く扉を開けた。
 太陽の光が、鮮やかな青が目を刺す。薄暗い商会内とは一転し、外は輝かしいほど晴れやかだ。表現しがたい音楽は扉の向こうに消え、人の声と電車の発着を知らせるベルが身を包んだ。
 人の間を縫って歩き、ロビーへと向かう。入り口脇に置かれた電子掲示板をじぃと見つめた。今のスケジュールはどうなっているのだろう。稼げるルールならいいのだけれど。考えながら、現在の解放地と次回以降の解放地、ルールに目を通していく。
 一番上に書かれた『ガチエリア』の文字に、少女は小さく頷く。このルールは得意な部類で、勝ち越すことも多い。稼ぐのにうってつけだ。先のバイトで財布は多少潤っているものの、万全とは言い難い状態である。もっと稼がねばならない。せめて来月の家賃分は手に入れなければならないのだ。
 赤と黒のブーツに包まれた足が、しっかりとした動きで進む。シューターを手にした小さな影が、ロビーへと吸い込まれていった。

畳む

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