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No.176

飛んで跳んでおさんぽ【インクリング→インクリング】

飛んで跳んでおさんぽ【インクリング→インクリング】
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イカタコ改修を口実にさんぽデートしてくれ!!!!!!!!!!
という感じの話。ビーコン農家のイカちゃんと振り回されるイカ君の話。


 長い銃身を支え、構える。銀が差し伸ばす射線を操りつつ、少年は周囲を探っていく。チャージキープを活かしつつ、不規則に位置を変えすぐさま物陰へと銃口を向ける。ちらりとマップを確認するも、インクが塗り広げられている様子は無い。いや、相手はマニューバーだ。スライドを使えば敵インクの上も難なく移動できる。塗り状況に大きな変化は無くとも油断はできない――そもそも油断なんかしようものなら容赦なくシバかれるのだからできるはずがないのだけれど。
 大きく塗られたインクの上、隠れていそうな物陰、隅に散る小さなインク溜まり。時には潜伏し、時にはチャージキープを使い、インクリングの少年は全ての要素に神経と銃口を向ける。ブラフに見当違いな方向へと数発撃つも、相手が出てくる気配は無い。普段は短気なくせに、バトルとなると途端に根比べが上手くなるのだからずるいものである。チッ、と舌打ち一つ。わざとそれらしい位置を狙いつつ、マップを確認する。気がつけば、広いステージ上にはいくつかのインクの点、そしてジャンプビーコンが増えていた。己が置いたオレンジではない、強く存在を主張する紫――敵のインクの色だ。つまり。
 また舌打ち一つ。リッター4Kカスタムを担ぎ直し、少年は敵陣手前に置いたジャンプビーコンへと跳ぶ。すぐさま足元を軽く塗り、敵ビーコンが設置された方向へと構える。チャージ、一発。射程端で捉えた小型機械は煙を上げて砕けた。
 ぞぷん、と液体が波立つ――インクの中から何かが現れる音が背後で聞こえた。
 すぐさまイカ状態になり、少年は音と反対方向へとインクを泳いだ。パシュ、と軽い音――マニューバーがスライドする音。飛んでくる紫をイカロールで躱すも、重量の差で移動速度はこちらが劣る。すぐに間合いを詰められた。
 インクから飛び出しオレンジを纏った視界の中、赤い銃口がまっすぐに己を睨んでいるのが映った。




 タブレットの上をペンが滑っていく。カツカツと硬質な音とともに、画面上のマップにいくつもの丸が描かれていった。うーん、と楽しさをにじませた悩ましげな声。ヂュゴゴ、とストローがジュースを吸い上げる音。どちらもうるさいほど賑やかなフードコートに溶けて消えた。
「こんぐらいかなぁ」
 ガラスの上を駆けていたペンを回し、インクリングの少女は息を吐く。丸まっていた背が伸び、背もたれに細い身を預ける。安っぽい椅子が小さく抵抗の声をあげた。
 ジュースカップに手を伸ばす友人を眺め、インクリングの少年は唇を尖らせる。じとりと細められた緑の目はどこか暗さがあった。
「卑怯だろ」
「索敵甘いそっちが悪いでしょ。すぐビーコン置けば気付けたかもしんないのに」
 いじけた子どもそのものの声で吐き捨てると、向かい側からすぐさま正論が飛んでくる。反論の余地など無いそれに、瞼で半分隠された目が更に姿を失っていく。尖っていた唇は情けなくへの字に曲がってしまった。
「あとなんか見辛かった場所無い?」
 少年の様子など気にすることなく、少女は二人の間に置かれたタブレット端末、その大きな画面に表示されたマップをペンで指す。背を丸めて覗き込み、少年は小さく唸った。
「やっぱ新しく広がったとこは見辛い。でも抑えの時は来ること分かりやすいからめちゃくちゃ警戒しねーとって感じじゃない……と思う」
「置いても普通に壊されそうだしねぇ。上がる時ちょっとでも塗り返したらすぐバレるし」
「あんま変わってねー感じすんだよな。隠しやすくなったけど結局位置は変わってねーっつーか」
「だよねぇ」
 地図を眺め言葉を紡ぐ少年に、少女は深く溜め息を吐く。コマめいて指の上を回っていたスライタスペンが大きな手から離れ、テーブルの上に転がった。パーカーに包まれた身体が勢い良く後ろへと傾く。ガタン、と危うさを覚える音が二回吹き抜けへと昇っていった。
 深い緑の視線が端末の画面をなぞっていく。液晶画面には様々な色が踊っていた。赤や青の丸。一部の地形を強調する緑の斜線。マップを二部刷るような橙の線と六つの四角。走り気味の黒の文字たち。タラポートショッピングパークのステージマップには、この数時間の少女――と微力ながら己も――の努力の証が刻まれていた。
 タラポ行くよ、と手を引かれたのが待ち合わせ場所についてすぐのこと。訳も分からず電車に揺られ、到着したのが二時間前。そのままずっとステージを駆け回り、マップ画像に書き込みながら研究し、やっと休憩する今に至る。
 先日、タラポートショッピングパークはリニューアルオープンした。それに伴い、バトルステージも改装工事が行われたのだ。それに飛びついたのが友人であり、所謂『ビーコン農家』の少女である。彼女はバトルで勝つというよりも、ビーコンを設置することに命を賭けているように見えるほどの熱狂なビーコン使いだ。端的に言えば狂っていた。植える場所確認しなきゃでしょ、と説明も何もなしに無理矢理リッター4Kカスタムを押しつけてくる程度には。
 互いにビーコンを設置し、短射程視線で潜伏しやすい場所を探し、長射程視線で見辛い場所を探し。事前予約したステージ貸出時間めいっぱい研究を重ねた。おかげでビーコンの設置場所はもちろん、各ルールでのルート取りや意識すべきポイントが多く発見できた。こちらとしては非常に大きな収穫である――ビーコンに取り憑かれた彼女は満足いかないようだが。
 ストローに口を付けつつ、少年はひそりと正面へと視線を向ける。ふて腐れた様子だった友人は、既に機嫌を取り戻しけろりとした顔でエビ焼きに舌鼓を打っていた。熱さと柔らかさにはふはふと口を動かしながら詰めこむ様から、どれだけ空腹であったかが分かる。長時間動き回り頭もフル回転させたのだから当然だろう。大きな口でかぶりつき、まろい頬を膨らませ、唇の端をソースで彩る姿は可愛らしいの一言に尽きた。急速で落ち着いたはずの鼓動がわずかに加速する。わざとらしくタブレットへと視線を落とし、少年は思いきりジュースを飲み込んだ。残り少ない飲み物が大層聞き苦しい声をあげた。
 休日の昼下がり、ショッピングモールに女の子と二人きりで出掛ける。思春期と青春、恋の真っ只中である少年にとっては『デート』と認識してしまうような事実だ。なのに、現実は色気も何もないバトル一色の時間である。彼女はこちらの気持ちなど欠片も知らないのだから当たり前だ。こうやって二人きりで食事をするのも、ステージ研究を続けるために腹を膨らませること以外考えていないだろう。相手はバトルジャンキーもといビーコンジャンキーなのだ。
 ほぅ、と短い、満足げな溜め息。次いで、ごちそうさまでした、と短い言葉。顔を上げると、そこにはテキパキと食器を片付ける少女がいた。食事を終え、バトルに潜るために帰るのだろう。結局己はただ研究のために駆り出されただけなのだ。
「……何で俺なんだよ」
「リッカス使えるのあんたぐらいでしょ。みーんなビーコンブキ持たないんだから」
 喧騒に掻き消えそうなほど小さなぼやきは、運悪く少女の耳に届いてしまったらしい。分かりきった事実を告げられ、少年は唇をもにゃもにゃと動かす。彼女の友人の多くは短射程使い、わずかにいる中・長射程使いもサブウェポンにジャンプビーコンを持つブキを使わない。駆り出されるのは自然であった――そもそも彼女の友人らがビーコンブキを使わないのは、彼女がビーコンブキしか使わないことが原因だろうけど。
 好きなヒトに選ばれた。けれども理由は友情とか愛とか恋なんてものは無い、ただの消去法なのだから現実は残酷である。そもそも、あちらはこちらを異性としてみていないのだから愛や恋が介在する余地など無い。結局のところ、己がずっと燻るだけなのだ。勇気を出せず、みっともなくもだもだと惑い、勝手に思いを募らせていく己だけが。
「ねぇ」
 影差す思考に声が飛び込んでくる。はっと顔を上げると、目の前にはトレーと食器をまとめて持った少女がいた。椅子と背中の間に挟んで置いていた鞄は肩に掛けられている。もう帰る気であるのが容易に分かった。
「このあと時間ある?」
「あるけど……何? まだやんの?」
 まっすぐにこちらを見つめる想いビトからわずかに視線を逸らし、少年は息を吐く。休んだものの、みっちり二時間頭と身体をフルに使った疲れはまだ残っている。ここから実戦に赴くのは少し骨だ。明日にしよーぜ、と訴えるべく、大袈裟な調子で手を振り口を開いた。
「違う違う。買い物付き合って」
「……は?」
 飛び出すはずの言葉は、首を振る少女の言葉に遮られた。声を紡ぐはずだった少年の口は間抜けにぽかんと開いている。どしたの、と怪訝な声と表情が向けられた。
「せっかく来たんだし買い物したいじゃん。リニューアルオープンしたんだしさ」
「一人でいきゃいいだろ」
「一人だと悩んだとき困るじゃん。付き合ってよ。あんたセンス良いんだから」
 ハッ、と少年は大袈裟に鼻を鳴らす。投げやりな様子など気に掛けることなく、少女はさらりと言葉を紡ぐ。恋心を抱えた少年の心をくすぐる言葉を。
 会話するはずの喉が、声を発することなくぐぅと鈍い音をあげる。己が選ばれたことに『ついで』いがいの理由など無いと分かっている。分かっているけれども。
「……何見んの」
 呟くように尋ね、少年は立ち上がる。逡巡、少女の手にあったトレーをなかば強引に奪い取った。ありがと、と柔らかな声が尖った耳をくすぐる。音色に撫でられたそこがじんわりと熱を持った気がした。
「靴見たい。今履いてるのだいぶボロボロになってきちゃった」
 続くように立ち上がった少女の足元を見る。ギアから普段使いのものに履き替えられたスニーカーは、つま先部分に汚れが目立っている。側面のソール部分もいくらかよれてひび割れているのが見えた。白い靴紐はすっかりとくすみ、まとめられていたはずの紐端も扇のように広がっている。確かにそろそろ新しいものを見繕ってもおかしくない頃合いだろう。
「んじゃ、さっさと行こーぜ」
「うん。よろしく」
 トレーと食器を返却すべく、少年はフードコートを大股に進んでいく。後ろから軽快な足音が続く。ただ床を叩く音でしかないそれがどこか楽しげに聞こえるのは、きっと己の気のせいだろう。『こんなのデートじゃん』だなんて馬鹿げたことを考えるこの脳味噌の錯覚だ。言い聞かせ、少年は歩みを早めた。
畳む

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スプラトゥーン


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