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No.182

緑橙誘いて【嬬武器兄弟】

緑橙誘いて【嬬武器兄弟】
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ハッピーハロウィン(フライング)(内容的にフライングしないといけない)
ハロウィンだしボルテ学園は色々企画してそうだなーって感じでどうにかこうにか。毎度の如く捏造しかないよ。
ジャック・オ・ランタン眺める嬬武器兄弟の話。

 リビングに続くドアをくぐり抜けると、三角吊り目と目があった。
 丸っこい身体、もとい顔は深い緑と橙がまだらに散り、室内照明を受けてデコボコとした表面があらわになっている。三角の双眸は底見えぬ暗さだ。歪な口元も、目と同じほど底が見えない闇を奥に隠していた。けれども記号化された顔つきはコミカルで、愛らしさも感じさせる――リビングの机の上に一人鎮座しているのは不審極まりないが。
「おかえり」
 キッチンから声。見ると、マグカップを手にした雷刀の姿があった。黒いTシャツを背にしたそれは、中身を淹れたばかりなのかほのかに湯気が見える。冬色をした手元と少しだけ厚みのある半袖とはちぐはぐだ。飲み物で暖を取る前に上着でも羽織ればいいのに、と考えてしまうのは当然だろう。今はそんなことより言うべきことがあるが。
「ただいま。何ですかこれ」
 挨拶は欠かすことなく、けれども何よりも先に烈風刀は問う。このオブジェは朝の時点では影すら見ていない。今日、己よりも一足先に帰宅した兄の手によって持ち込まれたのは明白だ。
「そりゃ、かぼちゃだろ」
「分からないとでも?」
「ごめん」
 茶化した風に答える朱に、碧は眇めて短く言う。すぐさま謝罪の言葉が飛んできた。互いに、言葉に反して声も口ぶりも軽い。秋風に晒され結ばれた口が解けていく心地がした。
「放課後おっさんがジャック…………えっと、かぼちゃランタンの教室やっててさ」
 あぁ、と弟は思わず声を漏らす。先日、美術教師であるライオットが『ワークショップを行うので規格外のかぼちゃをいくらか売ってくれないか』と訪ねてきた記憶がよみがえったのだ。
 植物も生きている以上、化けて大きくなりすぎたものや逆に他個体に栄養を奪われ小さくなってしまうものもある。味やサイズの問題で販売には回すことができない個体はどうしても生まれてしまうのだ。加工販売にまでは手が回っていないのもあり、堆肥にするなどして処分するしかない現状である。それを引き取ってくれるなど、しかもワークショップで活かしてくれるなど、こちらとしても喜ばしいことだ。日頃の付き合い――特に、あの時畑を引き継いで面倒を見てくれた人だ――もあり、無償で譲ったのだった。予備が必要だろう、と理由をつけて少し余計に引き取ってもらったのは秘密だが。
 なるほど、今日がそのハロウィン特別企画ワークショップの実施日だったらしい。校庭の方から機械の駆動音や子どもたちの高い声が聞こえたのは、きっと制作の真っ最中だったからだろう。
「一番でっけーの作らせてもらった!」
「よく彫れましたね……」
 目測でも両手でやっとどうにか持てるほどの大きさだと分かるほどである、化けてあまり身が詰まっていないものだろう。にしたって、かぼちゃの皮は硬くて厚い。これほどのサイズならば包丁は確実に通らず、彫刻刀でも貫通させられるか怪しいほどだ。目を一つ彫るのでも一苦労であるのは容易に想像できる。だというのに、中身はしっかりくり抜かれているのは目口の奥の闇からよく分かる。三角の目もジグザグの口も、切り口はナイフで削ったのか綺麗に整えられている。放課後の短時間でよく作れたものだと感心するほどの出来だ。
「おっさんが結構手伝ってくれたしな。こう、チェーンソーでヂューン! って」
 謎の擬音とともに、兄は腕で空気を横薙ぎにする。きっとチェーンソーを操るライオットを真似しているのだろうが、その動きは明らかにランタンの形状を作り上げるには大袈裟で大雑把すぎる。そもそもこの手のものを作るにはチェーンソーよりも電動ドリルの方が相応しいのではないか。いや、最終的に立派な物が出来上がっているのだからいいではないか。思考を重ねて、喉から出そうになる言葉をどうにか押さえつけた。
「中にろうそく入れんだって。やろーぜ」
 ほらほら、と雷刀はどこからかろうそくとライターを取り出した。左手に握られたろうそくは持ち主の髪よりも更に鮮やかな赤で、高校生の拳で握って尚はみ出るほど長く太い。明らかに仏壇に供えるためのものだった。かぼちゃはかなり大きいものの、さすがに入るのかと不安が浮かぶ。でかければでかいほどいい、と彼は何においてもよく言っているが、そろそろ適材適所という言葉を覚えるべきである。
 テーブルに敷いた大判ラップの上に置かれたかぼちゃが持ち上げられる。台座を買い忘れたのか、雷刀はテーブルにろうそくの底面をぐりぐりと擦りつけるようにして底を広げていく。かなり無理に潰して立たせ、倒れないようにそっと火を点けた。食卓の上だけが更に明るさを増す。それもすぐさまオレンジの中に消えた。トトトと弾んだ足音に続いてパチリと軽い音が鳴った途端、部屋は闇に包まれる。しかし、目の前だけは穏やかな光で照らされていた。おぉ、とどこか上擦った声が二つ部屋に落ちた。
 中のろうそくが大きいためか、直線で構成されたの顔から漏れる灯りははっきりとしたものだ。直視しては眩しいだろうが、かぼちゃで覆われることで輝かしい光は和らいでいる。LEDではなく炎だからだろうか、普段よりも柔らかな色をして見えた。
「いいじゃん」
「綺麗ですね」
 何故だか二人ともひそめて言葉を交わす。まるで声と息に合わせるかのようにランタンの中で炎が揺れた。このまま消えてしまうような、消してしまうような心地に思わず口を噤む。兄もそうだったようで、隣から音が消えた。聞こえるのは、ほんのわずかな呼吸の揺らぎだけだ。
 ゆらゆらと炎が揺らめく。室内だから風なんてものは無いのに、何もかも静止していて動くものは無いのに炎は揺らめく。まるで命が宿っているようだ、なんてメルヘンじみた錯覚に陥る。そういえば、ジャック・オ・ランタンは死者の魂が関わるものだとどこかで聞いた気がした。死者の魂。音も無く揺れ動くもの。見えないもの。
 パチン、と軽い音が静かだった部屋に落ちる。ぶわりと光が部屋を満たす。気付けば、部屋の電気は点けられ、目の前のランタンは持ち上げられ中身のろうそくが消されたところだった。
「キレーだったな」
「……えぇ、とても」
 ろうそくの後処理をしながら雷刀は笑う。烈風刀も遅れて首肯する。声帯が普段以上に震えたのは、きっと気のせいではない。
 どうやら引き込まれていたのは自分だけだったようだ。滅多に味わわない炎の揺らめきとかじった程度のあやふやな知識が悪い方向に意識を引っ張っていったらしい。こんなのまるっきり子どもではないか、と内心自嘲する。兄のことを笑ってなどいられないほど己も単純な部分があるのだから嫌になる。
 ぐっと目を瞑り、ぱっと開ける。目の前にはあの光は無い。ただ、かぼちゃとにらめっこする兄の姿があるだけだ。
「……これって食えんの?」
「一応食用の品種ですけれど……、化けているからあまり美味しくないと思いますよ」
「そっかー」
 もったいねーけど捨てるしかねーか、と雷刀は唇を尖らせる。かぼちゃは表情を変えること無く、にらめっこを続けていた。
畳む

#嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀

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