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No.198
本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】
本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】
誕生日おめでとう!!!!!!!!!!!!! お誕生日にはケーキだよねって話。
ケーキを作るグレイスちゃんと烈風刀と飛んできたつまぶきの話。
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まだ少し固い赤をそっとつまむ。青や黄で彩られた真っ白な舞台に、慎重な手つきでつやめく果実を置いた。表面にたっぷり塗られたクリームが少しだけへこんでくっついて、小ぶりないちごを支える。少し斜めを向いてしまったが、崩れることなく盛り付けられた安堵にグレイスは小さく息を吐いた。
「もっと気楽でも大丈夫ですよ」
次のいちごをそぅっと手に取ると、笑みを含んだ声が飛んでくる。自然と半分下がった瞼のまま見やると、口元を綻ばせた烈風刀と目が合った。彼の胸元には銀の大きなボウルが抱えられている。泡立て器を持った左手は、心地よさを感じるほど一定のリズムで真っ白な中身を掻き回していた。
「大丈夫なわけないでしょう。誕生日ケーキなのよ」
ふん、と少女は鼻を鳴らす。そうですね、とやはりどこか笑みが浮かぶ声が返ってきた。
年も明けてしばらく経った今日は一月十八日。この世界が生まれた日。そして、レイシスたちの誕生日だ。
こんなめでたい日を祝わずにいられるわけがない。ネメシスは世界の祝福、そして世界のために日々尽くす少女たちの祝福に一丸となって動いていた。例えばお祝いの言葉だとか、ぬいぐるみ付きの電報だとか、誕生日プレゼントだとか、誕生日パーティーだとか。
週最後の平日である昨日は、放課後の教室で簡素なパーティーが行われた。クラスや学年の垣根を越えて人々がこぞって祝いに来たのだから、彼女たちの人望がよく分かる。四人をもってしても持ち帰られない数のプレゼントが積み重なったほどだ。保存がきくものは週末の間学校で過ごしてもらわねばならなくなってしまったぐらいには。
迎えた週末、誕生日当日。本日はレイシスたっての希望で、五人きりの小さなパーティーを行うことになっていた。グレイスと烈風刀は料理担当だ。ケーキ生地を焼き、生クリームを泡立て、果物を処理し。午後も早くから始めたというのに、丁寧に作業していた分随分と時間が経ってしまった気がする。パーティーはケーキだけではない、他にも料理を作らねばならない。冷蔵庫の中には醤油や塩だれに漬け込まれた大量の鶏肉が待っているのだ。長い時間キッチンを占領してはいけない。手早くしたい、でも綺麗に丁寧にやりたい。躑躅の心は逸るばかりだ。
そっと、そぅっと、崩れないように果物を配置していく。ブルーベリーにラズベリー、レモン汁を薄くまとったバナナ、薄切りにしたリンゴ、そしてツヤツヤのいちご。色とりどりの果実が白いスポンジケーキを彩っていった。
「いちご、もっと買ってくればよかったかしら」
ケーキ一周分載せたところで、グレイスは呟く。こぶりなプラスチックパックの中のいちごは残り三分の一ほどだ。あとは半分に切って載せるので問題はないが、やはりこれだけではどこか物足りない気がする。生クリームたっぷりのホールケーキといえば、大ぶりでツヤツヤで真っ赤ないちごだ。もっとたくさん載せるべきではないか。そんな疑問が、不安が胸をよぎるのだ。
「さすがにこれ以上は無理ですよ。今の時期は高すぎます」
「ちょっとぐらい私が追加で出すわよ」
パーティーで作る料理や買うジュースなどの費用は全員で平等に出し合っていた。旬を外れたいちごは店先で言葉を失い立ち尽くすほど高く、予算ではこの量が限界だったのだ。けれど、個人的に買えばもっと増やすことができた。何故早く思いつかなかったのだろう。もっと豪華なケーキを食べさせられたのに。今更になって後悔が押し寄せてくる。少しずつ沈んでいく少女の頭に、いえ、とはっきりとした声が降り注いだ。
「そういう部分をなぁなぁにすると雷刀が余計なことをしだすのでやめてください」
眉根を寄せて首を振る烈風刀に、そうね、とグレイスは一拍置いて頷き返す。雷刀のことだ、自費で肉を増やすとか、菓子を増やすとか、机の上が大変なことになるような買い物をしでかすだろう。レイシスもそうだ。たくさんあって困ることはない、とピザを三枚や四枚気軽に追加する姿が容易に想像できた。
「僕が提供できれば一番よかったのですが……」
「どこまで手広くやる気なのよ。もう農園に余ってるとこ無いでしょ」
烈風刀が営む農場で栽培されているのは、旬に合わせた野菜がほとんどだ。さすがにいちごを栽培するビニールハウス環境は整備していなかった。していても困るが、と少女はひそかに瞼を下ろす。知らぬ間に土地が増えていることが多いネメシスとはいえ、フルーツまで手を出すほど農園を広くするのは不可能だろう。何より、そんなに種類を増やしては世話をする彼の身体がもたない。
「おー! もうできてんじゃん!」
風を切る音と弾む声がキッチンに飛び込んでくる。思いもよらぬ声に、手元を見つめていた二人は顔を上げた。躑躅と浅葱の先には、銀色に光る小さな三角形があった。今日の主役の一人であるつまぶきだ。
「貴方、買い物についていったんじゃなかったの?」
「レイシスに留守番してろって言われた」
オレだって荷物持ちぐらいできんのにさ、とつまぶきは呆れた調子で首を振る。無理でしょ、と二つの声が綺麗に重なった。手のひらサイズの彼が持てるものなど、簡易包装のティッシュペーパー一パックぐらいだろう。ピザや菓子、ジュースに冷凍食品にと重い食品を買いに行った彼女らにとっては完全な戦力外だ。
スゲー、と感嘆の声を漏らしながら、つまみの精は制作途中のケーキの周りを飛んで回る。フルーツでデコレーションされつつある白を、三六〇度から素早く、忙しなく眺めた。ぴょこぴょこと宙で跳ねて揺れる動きは兎のようだ。
「ぶつかっちゃったらどうすんのよ。あっちいってなさい」
ぐるんぐるんと飛び回る彼を外に押しやるように、グレイスは手の甲を見せて大きく振る。扱いが虫と同レベルだ。あんまりな態度に、不満げな声が小さな口からあがった。
「そういや味見したのか? してねーならオレが――」
「つまぶき」
皿の端っこに着地した精を、たおやかな手がそっとつまむ。逃げられないようにがっちりとつまむ。動揺にきょろきょろと視線を泳がせる彼を眼前まで持ち上げ、少女はにっこりと笑った。不自然なほど目元を曲げ、口角を上げるそれは、『笑顔』と表現するにはあまりにも凶悪なものだった。びくん、と逃げられずにいる小さな身体が大きく跳ねる。
「食べたらナパージュぶっかけてケーキの上に飾るわよ」
「……ハイ。タベマセン」
たどたどしい調子で答えるつまぶきに、グレイスは白くなるほど力を入れていた指先を緩める。分かったならいいわ、と着信中の携帯端末のように震える銀に怒気がにじむ声をぶつけた。
解放された銀の精はぴゅんと飛ぶ。怒られた子どもが親の背中に隠れるように、烈風刀の肩に腰を落ち着けた。こえー、と怯えきった小さな声が少年の耳をくすぐる。
「生クリームにつっこまないでくださいよ」
「しねーって! 烈風刀までオレのこと信用してねーのかよ!」
「していますが、事故は起きるものです。注意して損はありませんよ」
ボウルを遠ざける烈風刀に、つまぶきはきゃんきゃんと子犬のように喚く。小さな身体が少年の肩の上でぴょんぴょんと跳んだ。説くように、いなすように、碧はさらりと言葉を紡ぐ。正論であるのは誰が聞いても明らかだ。
納得したのか、まだ腑に落ちないのか。小さな身体は動きを止めて、五分まで立てられた生クリームがたっぷり入ったボウルから少しだけ距離を取った。むくれた声が少年の後ろを漂っていく。
手を洗い、グレイスは再び飾り付けを再開する。変色することなく佇むバナナ、水気はないのにつやめくラスベリー、底が分からないほど濃い藍色を覗かせるブルーベリー、端っこがうっすら透けて見えるりんご、真っ赤に熟れたいちご。様々なフルーツを、事前に考えたバランスと相談しながら並べていく。丁寧な作業はようやく実を結び、やっとホールケーキが一つ完成した。安堵に、少女は思わず大きく息を吐く。すぐさまハッとして口元を手で押さえた。今の呼気で崩れてしまっては大変だ。揺れるラズベリルが白いキャンバスを見やる。華やいだフルーツたちは、ひとつも動くことなくケーキの上で咲き誇っていた。
「……これで足りるのかしら」
「二個ありますし大丈夫ですよ。今ロールケーキも焼いていますし」
へ、と強張っていた口から気の抜けた音が漏れる。急いで振り返ると、随分と前に使い終わったはずのオーブンには再びオレンジの灯りが宿っていた。ヒーターが唸る低い音が、彼が仕事の真っ最中であることを語っていた。
いつの間に、と驚愕を隠すことなく、グレイスは烈風刀を見やる。作り終わった生クリームをテキパキと処理し、揚げ物用の鍋を用意しながら、彼は小さく笑った。
「冷凍していた卵白がまだ残っていたので」
「卵白って冷凍できるものなの!?」
「できますよ。黄身を醤油漬けにしたりすると余りますから、いくらか冷凍して保存しています」
作りすぎる人がいるので、と少年は嘆息する。そうなの、と少女は呟くように答える。丸くなったペツォッタイトがぱちぱちと瞬いた。グレイスは寄宿舎暮らしだ。レイシスの部屋を訪れた際に料理をすることはあれど、毎日メニューを考えたり調理をすることはない。卵黄と卵白は必ずセットで使うものだと思っていたし、片方だけが余るだなんて想像ができないことだった。余ったそれを冷凍することは更に想像がつかない。凍ってもちゃんと泡立つのか。そもそもあのどろりとしたものが凍るのか。疑問は尽きないが、今問うのはやめておいた方がいいだろう。
疑問符を浮かべながらも、少女はナパージュを用意する。透明なそれを、シリコンの刷毛でフルーツに塗っていく。ただ飾っただけでも輝きを放っていた果物は、透明な衣をまとって更にキラキラと輝きだした。拙さの残る手作りのものだというのに、この一処理をしただけでまるで売り物のように様変わりしたのだから驚きだ。料理の奥深さに、手間暇を掛ける重要性に、アザレアの目が開いて閉じてを繰り返した。
ぶつからないように細心の注意を払いながら、透明な保存容器を逆さにして被せる。これまたぶつからないように慎重に慎重を重ねて冷蔵庫にしまった。これで一つ完成だ。すぐさま元の場所に戻って、新しく皿を用意し、ケーキクーラーに載せていたスポンジを載せる。切っただけだったはずのスポンジは、いつの間にかシロップが塗られ少ししっとりとしていた。きっと烈風刀が処理してくれたのだろう。本当に手際が良い。
一つ目と同じように、生クリームをたっぷり塗って処理し終えていたフルーツを丁寧に載せていく。先ほどのものはレイシス専用、今回のものは雷刀と烈風刀とつまぶき、そしてグレイスのものだ。貴方たちで全部食べなさいよ、と最初は遠慮したのだが、一人だけ仲間外れだとレイシスが悲しみますよ、と兄弟に押し切られてしまったのは記憶に新しい。本当に良いのだろうか、と未だに不安は残る。けれども、遠慮して食べずにいては、己にとことん甘いあの姉が眉を八の字にしてしょんぼりとするのは容易に想像できた。今日はレイシスの誕生日だ。誰一人として、彼女を悲しませてはならない。ならば己が取る選択は一つのみだ。
「僕らの分ですし適当でいいですよ」
「よくないわよ。何言ってんのよ」
焼けたばかりのロールケーキの生地を処理しながら、烈風刀は事も無げに言う。あんまりな言葉に、グレイスは頬を膨らませた。整えられた細い眉と、勝ち気な目元がいっぺんに吊り上がる。
「貴方たちも主役でしょ。適当でいいわけないじゃない」
「主役、ですか」
ケーキ生地からクッキングペーパーを剥がす烈風刀は、少したじろいだように呟く。少し高くなった声は、消しきれぬ疑問符が残った響きをしていた。あんまりにも理解していない様に、グレイスははぁと息を吐く。白い指が一本立って、少年をびしりと指差す。丸くなった翡翠の目が、指の勢いに押されたように揺れた。
「今日はレイシスと、雷刀と、烈風刀と、つまぶきの誕生日なのよ。レイシスだけじゃないの。貴方たちも主役なの!」
分かった、と語気強く問う少女に、少年は気圧されたようにはい、と返す。そーだそーだ、とここぞとばかりに肩の上で妖精が飛び跳ねた。
「主役のオレはぁー、いちごがいっぱい載ったケーキ食いてぇ!」
「言われなくてもいっぱい載せてるわよ。楽しみにしてなさい」
くるんと宙返りをして主張するつまぶきに、グレイスは不敵に笑んで返す。歓喜の声をあげ、妖精はまた器用に宙返りをした。落ちないでくださいよ、と大きな手が彼の前を素早く塞ぐ。落ちねーって、と上機嫌な声がキッチンに舞った。
「あと味見してぇ!」
「ダメって言ってんでしょ」
「後でロールケーキの切れ端上げますから、それまで待っててください」
忙しなく動いて主張する銀色を、躑躅色がバッサリと切り捨てる。露草色の眉がゆるく下がって困ったような笑顔を作り出した。また銀がくるりとひらめいて舞って、急かすように少年の肩をつついた。
いちごを半分に切りつつ、少女は時計を確認する。あと二十分もしないうちに二人は買い物から帰ってくるだろう。急がずゆっくり、何なら夕食に支障が出ない程度に買い食いでもして帰ってこいと言ってあるが、きっと彼らのことだからまっすぐに帰ってくるだろう。予約していたピザとポテトとチキンと、何リットルもあるジュースや器から溢れるほどの菓子を携えて。
フルーツを切る音と油が熱される音、ケーキ生地を扇ぐ音が三人を包む。生クリームを冷やす氷が、金属ボウルにぶつかって軽やかな音をたてた。
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#グレイス
#嬬武器烈風刀
#つまぶき
#グレイス
#嬬武器烈風刀
#つまぶき
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SDVX
2025/1/18(Sat) 23:18
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本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】
本日の主役にはケーキを!【グレイス+烈風刀+つまぶき】誕生日おめでとう!!!!!!!!!!!!! お誕生日にはケーキだよねって話。
ケーキを作るグレイスちゃんと烈風刀と飛んできたつまぶきの話。
まだ少し固い赤をそっとつまむ。青や黄で彩られた真っ白な舞台に、慎重な手つきでつやめく果実を置いた。表面にたっぷり塗られたクリームが少しだけへこんでくっついて、小ぶりないちごを支える。少し斜めを向いてしまったが、崩れることなく盛り付けられた安堵にグレイスは小さく息を吐いた。
「もっと気楽でも大丈夫ですよ」
次のいちごをそぅっと手に取ると、笑みを含んだ声が飛んでくる。自然と半分下がった瞼のまま見やると、口元を綻ばせた烈風刀と目が合った。彼の胸元には銀の大きなボウルが抱えられている。泡立て器を持った左手は、心地よさを感じるほど一定のリズムで真っ白な中身を掻き回していた。
「大丈夫なわけないでしょう。誕生日ケーキなのよ」
ふん、と少女は鼻を鳴らす。そうですね、とやはりどこか笑みが浮かぶ声が返ってきた。
年も明けてしばらく経った今日は一月十八日。この世界が生まれた日。そして、レイシスたちの誕生日だ。
こんなめでたい日を祝わずにいられるわけがない。ネメシスは世界の祝福、そして世界のために日々尽くす少女たちの祝福に一丸となって動いていた。例えばお祝いの言葉だとか、ぬいぐるみ付きの電報だとか、誕生日プレゼントだとか、誕生日パーティーだとか。
週最後の平日である昨日は、放課後の教室で簡素なパーティーが行われた。クラスや学年の垣根を越えて人々がこぞって祝いに来たのだから、彼女たちの人望がよく分かる。四人をもってしても持ち帰られない数のプレゼントが積み重なったほどだ。保存がきくものは週末の間学校で過ごしてもらわねばならなくなってしまったぐらいには。
迎えた週末、誕生日当日。本日はレイシスたっての希望で、五人きりの小さなパーティーを行うことになっていた。グレイスと烈風刀は料理担当だ。ケーキ生地を焼き、生クリームを泡立て、果物を処理し。午後も早くから始めたというのに、丁寧に作業していた分随分と時間が経ってしまった気がする。パーティーはケーキだけではない、他にも料理を作らねばならない。冷蔵庫の中には醤油や塩だれに漬け込まれた大量の鶏肉が待っているのだ。長い時間キッチンを占領してはいけない。手早くしたい、でも綺麗に丁寧にやりたい。躑躅の心は逸るばかりだ。
そっと、そぅっと、崩れないように果物を配置していく。ブルーベリーにラズベリー、レモン汁を薄くまとったバナナ、薄切りにしたリンゴ、そしてツヤツヤのいちご。色とりどりの果実が白いスポンジケーキを彩っていった。
「いちご、もっと買ってくればよかったかしら」
ケーキ一周分載せたところで、グレイスは呟く。こぶりなプラスチックパックの中のいちごは残り三分の一ほどだ。あとは半分に切って載せるので問題はないが、やはりこれだけではどこか物足りない気がする。生クリームたっぷりのホールケーキといえば、大ぶりでツヤツヤで真っ赤ないちごだ。もっとたくさん載せるべきではないか。そんな疑問が、不安が胸をよぎるのだ。
「さすがにこれ以上は無理ですよ。今の時期は高すぎます」
「ちょっとぐらい私が追加で出すわよ」
パーティーで作る料理や買うジュースなどの費用は全員で平等に出し合っていた。旬を外れたいちごは店先で言葉を失い立ち尽くすほど高く、予算ではこの量が限界だったのだ。けれど、個人的に買えばもっと増やすことができた。何故早く思いつかなかったのだろう。もっと豪華なケーキを食べさせられたのに。今更になって後悔が押し寄せてくる。少しずつ沈んでいく少女の頭に、いえ、とはっきりとした声が降り注いだ。
「そういう部分をなぁなぁにすると雷刀が余計なことをしだすのでやめてください」
眉根を寄せて首を振る烈風刀に、そうね、とグレイスは一拍置いて頷き返す。雷刀のことだ、自費で肉を増やすとか、菓子を増やすとか、机の上が大変なことになるような買い物をしでかすだろう。レイシスもそうだ。たくさんあって困ることはない、とピザを三枚や四枚気軽に追加する姿が容易に想像できた。
「僕が提供できれば一番よかったのですが……」
「どこまで手広くやる気なのよ。もう農園に余ってるとこ無いでしょ」
烈風刀が営む農場で栽培されているのは、旬に合わせた野菜がほとんどだ。さすがにいちごを栽培するビニールハウス環境は整備していなかった。していても困るが、と少女はひそかに瞼を下ろす。知らぬ間に土地が増えていることが多いネメシスとはいえ、フルーツまで手を出すほど農園を広くするのは不可能だろう。何より、そんなに種類を増やしては世話をする彼の身体がもたない。
「おー! もうできてんじゃん!」
風を切る音と弾む声がキッチンに飛び込んでくる。思いもよらぬ声に、手元を見つめていた二人は顔を上げた。躑躅と浅葱の先には、銀色に光る小さな三角形があった。今日の主役の一人であるつまぶきだ。
「貴方、買い物についていったんじゃなかったの?」
「レイシスに留守番してろって言われた」
オレだって荷物持ちぐらいできんのにさ、とつまぶきは呆れた調子で首を振る。無理でしょ、と二つの声が綺麗に重なった。手のひらサイズの彼が持てるものなど、簡易包装のティッシュペーパー一パックぐらいだろう。ピザや菓子、ジュースに冷凍食品にと重い食品を買いに行った彼女らにとっては完全な戦力外だ。
スゲー、と感嘆の声を漏らしながら、つまみの精は制作途中のケーキの周りを飛んで回る。フルーツでデコレーションされつつある白を、三六〇度から素早く、忙しなく眺めた。ぴょこぴょこと宙で跳ねて揺れる動きは兎のようだ。
「ぶつかっちゃったらどうすんのよ。あっちいってなさい」
ぐるんぐるんと飛び回る彼を外に押しやるように、グレイスは手の甲を見せて大きく振る。扱いが虫と同レベルだ。あんまりな態度に、不満げな声が小さな口からあがった。
「そういや味見したのか? してねーならオレが――」
「つまぶき」
皿の端っこに着地した精を、たおやかな手がそっとつまむ。逃げられないようにがっちりとつまむ。動揺にきょろきょろと視線を泳がせる彼を眼前まで持ち上げ、少女はにっこりと笑った。不自然なほど目元を曲げ、口角を上げるそれは、『笑顔』と表現するにはあまりにも凶悪なものだった。びくん、と逃げられずにいる小さな身体が大きく跳ねる。
「食べたらナパージュぶっかけてケーキの上に飾るわよ」
「……ハイ。タベマセン」
たどたどしい調子で答えるつまぶきに、グレイスは白くなるほど力を入れていた指先を緩める。分かったならいいわ、と着信中の携帯端末のように震える銀に怒気がにじむ声をぶつけた。
解放された銀の精はぴゅんと飛ぶ。怒られた子どもが親の背中に隠れるように、烈風刀の肩に腰を落ち着けた。こえー、と怯えきった小さな声が少年の耳をくすぐる。
「生クリームにつっこまないでくださいよ」
「しねーって! 烈風刀までオレのこと信用してねーのかよ!」
「していますが、事故は起きるものです。注意して損はありませんよ」
ボウルを遠ざける烈風刀に、つまぶきはきゃんきゃんと子犬のように喚く。小さな身体が少年の肩の上でぴょんぴょんと跳んだ。説くように、いなすように、碧はさらりと言葉を紡ぐ。正論であるのは誰が聞いても明らかだ。
納得したのか、まだ腑に落ちないのか。小さな身体は動きを止めて、五分まで立てられた生クリームがたっぷり入ったボウルから少しだけ距離を取った。むくれた声が少年の後ろを漂っていく。
手を洗い、グレイスは再び飾り付けを再開する。変色することなく佇むバナナ、水気はないのにつやめくラスベリー、底が分からないほど濃い藍色を覗かせるブルーベリー、端っこがうっすら透けて見えるりんご、真っ赤に熟れたいちご。様々なフルーツを、事前に考えたバランスと相談しながら並べていく。丁寧な作業はようやく実を結び、やっとホールケーキが一つ完成した。安堵に、少女は思わず大きく息を吐く。すぐさまハッとして口元を手で押さえた。今の呼気で崩れてしまっては大変だ。揺れるラズベリルが白いキャンバスを見やる。華やいだフルーツたちは、ひとつも動くことなくケーキの上で咲き誇っていた。
「……これで足りるのかしら」
「二個ありますし大丈夫ですよ。今ロールケーキも焼いていますし」
へ、と強張っていた口から気の抜けた音が漏れる。急いで振り返ると、随分と前に使い終わったはずのオーブンには再びオレンジの灯りが宿っていた。ヒーターが唸る低い音が、彼が仕事の真っ最中であることを語っていた。
いつの間に、と驚愕を隠すことなく、グレイスは烈風刀を見やる。作り終わった生クリームをテキパキと処理し、揚げ物用の鍋を用意しながら、彼は小さく笑った。
「冷凍していた卵白がまだ残っていたので」
「卵白って冷凍できるものなの!?」
「できますよ。黄身を醤油漬けにしたりすると余りますから、いくらか冷凍して保存しています」
作りすぎる人がいるので、と少年は嘆息する。そうなの、と少女は呟くように答える。丸くなったペツォッタイトがぱちぱちと瞬いた。グレイスは寄宿舎暮らしだ。レイシスの部屋を訪れた際に料理をすることはあれど、毎日メニューを考えたり調理をすることはない。卵黄と卵白は必ずセットで使うものだと思っていたし、片方だけが余るだなんて想像ができないことだった。余ったそれを冷凍することは更に想像がつかない。凍ってもちゃんと泡立つのか。そもそもあのどろりとしたものが凍るのか。疑問は尽きないが、今問うのはやめておいた方がいいだろう。
疑問符を浮かべながらも、少女はナパージュを用意する。透明なそれを、シリコンの刷毛でフルーツに塗っていく。ただ飾っただけでも輝きを放っていた果物は、透明な衣をまとって更にキラキラと輝きだした。拙さの残る手作りのものだというのに、この一処理をしただけでまるで売り物のように様変わりしたのだから驚きだ。料理の奥深さに、手間暇を掛ける重要性に、アザレアの目が開いて閉じてを繰り返した。
ぶつからないように細心の注意を払いながら、透明な保存容器を逆さにして被せる。これまたぶつからないように慎重に慎重を重ねて冷蔵庫にしまった。これで一つ完成だ。すぐさま元の場所に戻って、新しく皿を用意し、ケーキクーラーに載せていたスポンジを載せる。切っただけだったはずのスポンジは、いつの間にかシロップが塗られ少ししっとりとしていた。きっと烈風刀が処理してくれたのだろう。本当に手際が良い。
一つ目と同じように、生クリームをたっぷり塗って処理し終えていたフルーツを丁寧に載せていく。先ほどのものはレイシス専用、今回のものは雷刀と烈風刀とつまぶき、そしてグレイスのものだ。貴方たちで全部食べなさいよ、と最初は遠慮したのだが、一人だけ仲間外れだとレイシスが悲しみますよ、と兄弟に押し切られてしまったのは記憶に新しい。本当に良いのだろうか、と未だに不安は残る。けれども、遠慮して食べずにいては、己にとことん甘いあの姉が眉を八の字にしてしょんぼりとするのは容易に想像できた。今日はレイシスの誕生日だ。誰一人として、彼女を悲しませてはならない。ならば己が取る選択は一つのみだ。
「僕らの分ですし適当でいいですよ」
「よくないわよ。何言ってんのよ」
焼けたばかりのロールケーキの生地を処理しながら、烈風刀は事も無げに言う。あんまりな言葉に、グレイスは頬を膨らませた。整えられた細い眉と、勝ち気な目元がいっぺんに吊り上がる。
「貴方たちも主役でしょ。適当でいいわけないじゃない」
「主役、ですか」
ケーキ生地からクッキングペーパーを剥がす烈風刀は、少したじろいだように呟く。少し高くなった声は、消しきれぬ疑問符が残った響きをしていた。あんまりにも理解していない様に、グレイスははぁと息を吐く。白い指が一本立って、少年をびしりと指差す。丸くなった翡翠の目が、指の勢いに押されたように揺れた。
「今日はレイシスと、雷刀と、烈風刀と、つまぶきの誕生日なのよ。レイシスだけじゃないの。貴方たちも主役なの!」
分かった、と語気強く問う少女に、少年は気圧されたようにはい、と返す。そーだそーだ、とここぞとばかりに肩の上で妖精が飛び跳ねた。
「主役のオレはぁー、いちごがいっぱい載ったケーキ食いてぇ!」
「言われなくてもいっぱい載せてるわよ。楽しみにしてなさい」
くるんと宙返りをして主張するつまぶきに、グレイスは不敵に笑んで返す。歓喜の声をあげ、妖精はまた器用に宙返りをした。落ちないでくださいよ、と大きな手が彼の前を素早く塞ぐ。落ちねーって、と上機嫌な声がキッチンに舞った。
「あと味見してぇ!」
「ダメって言ってんでしょ」
「後でロールケーキの切れ端上げますから、それまで待っててください」
忙しなく動いて主張する銀色を、躑躅色がバッサリと切り捨てる。露草色の眉がゆるく下がって困ったような笑顔を作り出した。また銀がくるりとひらめいて舞って、急かすように少年の肩をつついた。
いちごを半分に切りつつ、少女は時計を確認する。あと二十分もしないうちに二人は買い物から帰ってくるだろう。急がずゆっくり、何なら夕食に支障が出ない程度に買い食いでもして帰ってこいと言ってあるが、きっと彼らのことだからまっすぐに帰ってくるだろう。予約していたピザとポテトとチキンと、何リットルもあるジュースや器から溢れるほどの菓子を携えて。
フルーツを切る音と油が熱される音、ケーキ生地を扇ぐ音が三人を包む。生クリームを冷やす氷が、金属ボウルにぶつかって軽やかな音をたてた。
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