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No.217

勝者:早起きさん【ヒロニカ】

勝者:早起きさん【ヒロニカ】
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何でも負けず嫌いで変なとこでも競い合ってるヒロニカは存在してほしいという願望。面倒見のいいニカちゃんも存在してほしいという願望。付き合ってる。
朝ご飯を作るヒロニカの話。

 ぼやけた世界が輪郭を取り戻していく。黒い瞼が風になびくように小さく動いた。ゆっくりと持ち上がったそれの向こうから蒲公英色の瞳が姿を現す。それもまた輪郭が曖昧でどこかとろけたものだった。
 真っ暗だった世界に光が差し込む。境目が分からなかった世界に色彩といった標が現れた。長い休暇を取っていた喉が鈍い呻きをあげる。込み上げるがまま大きなあくびを漏らし、ベロニカはベッドから身を起こした。寝る前に閉めたカーテンは薄いミラーカーテン一枚になっていて、朝日を和らげながらも室内に取り込んでいる。遠く、ドアの向こうからで小さな音が聞こえる。少しだけ高いそれ、続けざまに機能した嗅覚が捉えたのは肉が焼ける油たっぷりの香りだ。ほんのりと香ばしい、それでいて落ち着くコーヒーの香りも一緒に流れてくる。つまり、誰かが調理している。朝ご飯を作っている。
 現実を認識した少女の顔が一気に常の快活な様を取り戻す。それもすぐにしかめ面に歪んでしまった。うぅ、と濁った音が細い喉から漏れる。
 昨晩は一緒の時間に眠ったはずだ。ナマコフォンのアラームもきちんとセットしたはずだ。だのに、彼よりも遅くに起きてしまった。負けてしまった。敗北が起き抜けの胸を満たしていく。エスプレッソよりも苦いそれは、大きな口を真一文字に結んでしまうようなものだった。
「あっ、おはようございます」
「……はよ」
 扉が開く音。隙間から現れたのは、部屋の主であるヒロだった。器用なもので、両手には平皿を持っている。ベーコンであろう芳しい、胃を刺激する香りがぶわりと部屋に広がった。ぐぅ、と腹から声があがる。起き抜け、空きっ腹にはてきめんの匂いだ。
 泊まった日は早く起きた方が朝ご飯を作る。それが二人で決めたルールだった。そうでもなければ何から何までヒロが全てを負担しようとするからだ。だからこそ早起きしたいのだが、現状勝率は四割である。寝汚い方ではないはずだというのになかなか勝てないのだから悔しいったらない。おかげでせっかく作ってもらったというのに不貞腐れた声と顔を晒してしまう始末である。なんとも情けない有様だった。
「今日は僕の番になりましたね」
 ローテーブルに皿を並べながらヒロは言う。まるで動きに合わせた曲のようななめらかな口ぶりだった。腹が立つほどに。
「煽ってんのか?」
 口角をひくりと震わせながらベロニカは問う。刺々しい、爽やかな朝には相応しくない強い響きをしていた。『今日は』と言うが、前回も朝食を準備したのは――勝者はヒロである。負けず嫌いの己にかける言葉にしては随分なものだ。鳴き声をあげる胃の腑が熱を持つぐらいには。
 そんなわけないでしょう、と笑みを漏らしながらヒロは食器を並べていく。その笑みすら勝者の余裕に見えるのだから腹立たしい。被害妄想であるのは分かっていれども、悔しさに満たされた脳味噌は現実を歪んで認識してしまうのだ。鈍い音がほっそりとした喉から漏れ出た。そんな間にも、小さな音をたてて食卓に姿を変えたテーブルの上に皿が、マグカップが並んでいく。あっという間に朝ご飯の準備ができあがってしまった。
「食べましょう」
「おう」
 対面に座り、ヒロは言う。その手は胸の前で合わせられていた。あぐらを掻いて座り、ベロニカも同じように胸の前で手を合わせる。トースト、ベーコンエッグ、キャベツの千切り、コーヒー。己にとっては贅沢なほどの朝ご飯を前に、また腹が細い声をあげた。
「いただきます」






 闇に包まれていた世界が晴れてゆく。黒い瞼が痙攣するように小さく動いた。ゆっくりと持ち上がったそれの奥から薔薇色の瞳が姿を現す。常は鮮烈な色は今はまだけぶった色をしていた。
 真っ暗だった世界に光が差し込む。自己の内側と外側のあわいが曖昧だった世界に明暗という標が現れた。長らく動きを止めていた声帯が震えて鈍い声を漏らす。小さくあくびをし、ヒロはベッドから身を起こした。寝る前にきっちり閉めた二枚のカーテンは遮光性の高い一枚が開かれていて、朝の光を柔らかに取り込んでいた。遠くで、ドアの向こうから小さな音が聞こえる。チン、と高く短い音は耳慣れたものだ。同時に、嗅覚が香ばしい匂いを認識する。パンが焼ける香り、そしてコーヒーの香りだ。つまり、誰かが調理している。朝ご飯を作っている。
 現実を認識した少年の顔が常の穏やかな色を取り戻す。それもすぐにしかめ面に歪んでしまった。う、と低い音がまだ細い喉から漏れる。
 昨晩は一緒に眠ったはずだ。ナマコフォンのアラームもまだ鳴っていないはずだ。だのに、遅くに起きてしまった。負けてしまった。敗北が起き抜けの頭を侵蝕していく。焦げたベーコンよりも苦いそれは、ぱっちりとした目を強く眇めて鋭くしてしまうようなものだった。
「おそよう」
「……おはようございます。まだ七時ですよ」
 扉が開く音。隙間から現れたのは、部屋の主であるベロニカだった。器用なもので、片手にはマグが二つ握られている。香ばしい、それでいてどこか安心するコーヒーの香りが胃の腑を刺激する。敗北の味が少しだけ薄らいだ気がした。気休めでしかないが。
 泊まった日は早く起きた方が朝ご飯を作る。それが二人で決めたルールだった。本当ならば日頃世話になっている分己が作ってしまいたいのだが、ベロニカはそれを是としないのだ。お前ばっかにやらせてたまるか、と吠えた彼女の姿はまだ記憶の浅い部分に残っている。けれども、やはり負担は負担である。だからこそ早起きをしたいし、いつもしている。それでも勝率は六割ほどなのだから彼女も大概強情だ。そして、今日は久々に敗北を喫したのだ。おかげでせっかく作ってもらったというのに苦い顔をしてしまう始末である。なんとも不躾な有様であった。
「ヒロにしては遅い方だろ」
 いつも六時には起きてんじゃん、とベロニカは言う。まるで歌うようなご機嫌な口ぶりだった。悔しさを更に刺激するほどには。
「世間一般には早起きですよ」
 逃げるように瞼を下ろしてヒロは言う。明らかに強がり、負け惜しみでしかない苦く拗ねた響きをしていた。前回、前々回は己が朝食を準備した――勝者であったというのに、今日は完全に負けてしまった。それを分かっているからこそ、負け越している彼女だからこそこんな発言を飛ばしてくるのだろう。悔しいが、事実なので言い返しようが無い。特段疲れていたはずでもないのにこれなのだから尚更だ。
 そうだな、と笑みを漏らしながらベロニカは食器を並べていく。その笑みすら勝ち誇った、余裕綽々のものに見えてしまうのだから悔しいったら――腹立たしさすら覚えるったらない。被害妄想、八つ当たりであるのは分かっていれども、久々の敗北の味を叩きつけられた頭は全てを歪んで受け入れてしまう。鈍い音が健康的な色をした喉から漏れ出た。そんな間にも、カチャカチャと音をたてて食卓に早変わりした折りたたみ式ローテーブルに食器が並べられていく。あっという間に朝ご飯の準備ができてしまった。
「食べようぜ」
「……はい」
 対面に座り、ベロニカは言う。その手は胸の前で合わされていた。正座をして、ヒロも同じように胸の前で手を合わせる。トースト、ウィンナー、目玉焼き、コーヒー。オーソドックスで胃の腑を刺激する素敵な朝ご飯を前に、また腹が小さな声をあげた。
「いただきます」
畳む

#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

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