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No.223
そのきにさせてよ【タコイカ】
そのきにさせてよ【タコイカ】
ゆるゆるとろとろのマイペースタコ君と振り回される可哀想なイカ君が見たくて書いたものがこちらになります。イカタコに名前があるので注意。
暑がりなタコ君とお出かけしたいイカ君の話。
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「あっつぅ……」
そんな呟きが聞こえた瞬間、光溢れる世界はは音も無く消えた。扉が閉じる重い音。サンダルが脱ぎ捨てられる音。ぺたぺたと力無い足音が通り過ぎていく。え、と呟いた頃には、恋人の姿は消え去っていた。急いで振り返るもいない。そこにあるのは、先ほど電気を消したばかりの部屋から漏れる明かりだけだ。
急いで玄関の鍵を閉め、イタは靴を脱いで廊下へと戻る。騒がしい足音を立てながら、すぐさま扉を開いた。一人暮らしにしては広い居住室には誰もいない。入っていったはずの家主であり恋人――シュウの姿すら、影すら無い。迷うことなく、まっすぐにローテーブルへと走って屈みこむ。机の下、出掛ける前はちゃんと立てて置いてあったはずの丸いツボは横に倒れていた。中身は影の黒でなく、水色で満たされている。
「出ろって!」
「やーだー」
タコツボを机の下から引きずり出し、抱え込んでインクリングの少年は叫ぶ。中にひきこもったオクトリングの少年は、外とは正反対の気の抜けた声をあげた。入り口まであった水色がどんどんと奥へと引っ込んでいく。逃がすまいと、大きな手が中に突っ込まれた。ツヤツヤとした頭に四角い指が食い込む。やめてよぉ、と悲痛な声がツボの中からあがった。
「出掛けるっつったじゃん!」
「あついからやだー」
日曜日は二人で出掛けよう、と約束したのは一週間前のことだった。二人でお出かけ、つまりは久々のデートである。胸を弾ませ恋人の家に訪れ、いつもよりもしゃんとした格好をした彼にわずかに鼓動を早めながらも外に出ようとした――途端、これである。
季節は夏、本日は最高気温は三十六度の猛暑日なのだから『暑い』という仕方無いとは言えよう。けれど、『暑い』の一言ですぐさま引き返すなど、一週間前から楽しみにしていたものを放棄されるなどいくらなんでも理不尽だ。出掛けると行っても、行き先は涼しいショッピングモールであるし、移動も快適な電車だ。移動のために十分そこらは歩く必要はあれど、日傘もあれば冷たい飲み物だって用意済みだ。暑さや寒さが苦手な恋人のために全て持ってきたのだ。なのに。なのに。
「いいじゃん。今日はおうちデートにしよ」
「引きこもってたらデートもクソもないじゃんか!」
気ままに、いっそ腹が立つくらいマイペースに、もう投げやりにすら聞こえる声を漏らしてシュウはもぞもぞと動く。悲痛な叫びが部屋に響いた。『デート』と言うのならせめてツボから出てくるべきである。けれど、こうなってしまった恋人がすぐに出てくるわけがない。とにかく面倒臭がりで狭いところが大好きなのだ。そんなところがチャームポイントではあるが、今日ばかりは許す気は無い。
「デートするっつったのシュウじゃん! うそつき!」
「言ったけどぉ……こんな暑い中外出る方が危ないじゃん。おうちにいよ?」
「日傘あるから! お茶も用意してるしハンディファンもあるし氷もある! 冷たいの全部用意してある!」
用意周到じゃん、とオクトリングは感心の声を漏らす。それでも、出てくる様子は欠片も無かった。そんな声が聞きたくてここまで用意してきたのではない。デートがしたくて、彼のために用意してきたのだ。何としてでも引きずり出さねばならない。全てが無駄になるのはさすがに精神を、心の大切なところを剥がして揺るがして粉々にされてしまう。
「アロワナモール、駅から近いじゃん。そんな歩かないからだいじょぶだって」
「歩くのやー。溶けちゃうよ?」
「溶けないってばー!」
ツボの中に手を突っ込むも、家主はのらりくらりぺちょりぬちょりと躱してくる。触れても、指を突き立ててもツルツル滑るだけだ。掴んで引っこ抜くのはもう諦めた方がいいだろう。目を伏せ、イタは小さく息を吐く。両の手でしっかりと壺を持ち、逆さにして大きく振った。あぶないよー、という声が落ちてくるだけだった。
「シュウ……約束したじゃん……」
「デートしたいんならさぁ」
しょぼくれた悲痛な声をとろりとした声が塞ぐ。元に戻ったツボの中からにゅっと何かが伸びてくる。水色の触手は、ツボを抱え直した少年の頬をそっと撫でた。小さな吸盤が柔らかな頬に吸い付いて、少しだけ痕を残していく。
「その気にさせて? できるでしょ?」
優しい声は楽しげで、どこか笑ってるようにすら聞こえた。ぺちぺちと細い手が頬を叩く。そのまま捕まえようと手を伸ばす。勘付かれたのか、すぐさままたツボの中に引っ込んでしまった。声はいつだって間延びしてゆるりとしたものなのに、行動だけは妙に素早いのだ。だからこそ、前線でフデを操り活躍できるのだろうけれど。
うぅ、とインクリングは呻きを漏らす。『その気』と言われても、彼を引っ張り出せるような手持ちのカードは先ほど切ってしまった。残りは外に出て以降の行動に価値を付与するしかないだろう。少年は唸る。唸り、目を伏せる。先ほど下ろしてきて潤った財布の中身が空っぽになっていく様が瞼の裏に映された。
「クレープ奢るから」
「えー?」
「アイスも付ける!」
「えぇー?」
「こないだ欲しがってたギア買ったげる! クラーゲスのやつ!」
「えええー?」
どれだけ提案しても、返ってくるのは変わらず気の抜けた声だった。気の抜けた、どころかもはや楽しんでいる声だった。なんでぇ、とイタは沈んだ声をあげる。半分涙がにじんだ、痛々しい響きをしていた。だのに、ツボの中から聞こえるのはクスクスという小さな笑い声だけだ。
「今日は物じゃ釣れないよ? もーちょい考えて?」
また触手が伸びてくる。頬を撫でくすぐって、すぐさま去って行った。完全にからかっている。お前さぁ、と思わず乱暴な言葉を吐き出してしまったのは仕方が無いことだろう。返ってくるのは相変わらず笑声なのだからどうしようもないのだけれど。
はぁ、と溜め息を吐いて、インクリングは抱えていたツボを床に転がす。わー、とアトラクションを楽しむ子どものような声が中から聞こえてきた。一周して目の前に戻ってきたそれに、もう一度溜め息を浴びせかけた。
身体から、意識から力を抜いて、ヒトの形を溶けさせる。黄色いインクが床に散らばり、本来の柔らかなイカのフォルムが現れた。ぺたぺたと触腕を器用に使って這い、転がったタコツボの前に鎮座する。また溜め息一つ。息を呑む音一つ。長い触腕がツボの縁を掴んだ。助走を付けて、三角頭がツボの中に這入っていく。元々小さなツボだ、たとえ勢いを付けても侵入できるのは頭の半分と触腕の一本ぐらいである。せっまー、と楽しげな声がすぐそばで聞こえた。
どうにか潜り込ませた触腕を、更に捻じこんでいく。狭い狭い、と少し慌てた声は聞こえないことにした。暗くて何も見えない中、先の平べったい触腕でなめらかな頬――だと信じたい――を撫でる。水色の頭に、己の額をぺたりと引っ付けた。
「……約束したじゃん。デート、行こ?」
頭のすぐそこ、絶対に聞こえるように、でも驚かせないように、囁くような声でイタは語りかける。ねぇ、と漏れた声はもう湿った色を帯びていた。
じゃぷん。水が跳ねる音がすぐそこであがる。勢い良く身体が外に押し出され、壁目掛けて後ろ向きですっ飛んでいく。悲鳴をあげるより先に、温かな何かが身体を包んだ。
「そーそー。よくできましたー」
頭上から声が降ってくる。見上げると、そこにはヒトの形に戻ったシュウがいた。太い眉は柔らかな線を描いていて、黄色い瞳はいたずらげに細められていて、口元はゆるく弧を描いている。掴み所が無い彼らしい柔らかな表情だ。しかも、特に機嫌がいい時の顔である。どうやら、語りかける作戦は功を奏したようだ。よっしゃ、と幅の広い触腕が天へと突き上げられる。
「でももうちょっとイタとくっついてたいなー。さっきのきもちよかったし」
ねぇ、と先の尖った指が肌を撫ぜる。一本一本を使ってなぞるように撫でられただけで、背筋がふるりと震える。違う。ダメだ。流されてはいけない。ここで流されてしまったら今までの努力は全て水泡に帰してしまう。そんなのダメだ。大きく頭を振り、意識を集中して急いでヒトの姿へと戻る。抱き心地良かったのにぃ、と間延びした声がしたから聞こえてきた。
「よくできたんだろ? だったら約束守ってよ」
唇を尖らせ、じぃと恋人を見つめる――というよりも、睨む。地取りとした視線を向けても、返ってくるのははぁい、と相変わらず気の抜けた声だ。
「降りないと出掛けらんないよ?」
「乗せたのシュウじゃん」
撫でていた手が頬から、肩から、脇腹から、背へと移動していく。尻に到達しそうなところで、パシンと払ってやった。ちぇー、とわざとらしい声があがる。気にしないふりをして、気付かないふりをして、イタは立ち上がる。流れるような動きで扉の前へと歩み、座ったままの恋人へと手を伸ばした。
「いこ」
「いこー」
四角い手に長い指が伸ばされる。乗せられたそれをしかと包んで、掴んで、外っ側へと引っ張り上げた。
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#オリタコ
#オリイカ
#タコイカ
#腐向け
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#タコイカ
#腐向け
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スプラトゥーン
2025/8/30(Sat) 23:30
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そのきにさせてよ【タコイカ】
そのきにさせてよ【タコイカ】ゆるゆるとろとろのマイペースタコ君と振り回される可哀想なイカ君が見たくて書いたものがこちらになります。イカタコに名前があるので注意。
暑がりなタコ君とお出かけしたいイカ君の話。
「あっつぅ……」
そんな呟きが聞こえた瞬間、光溢れる世界はは音も無く消えた。扉が閉じる重い音。サンダルが脱ぎ捨てられる音。ぺたぺたと力無い足音が通り過ぎていく。え、と呟いた頃には、恋人の姿は消え去っていた。急いで振り返るもいない。そこにあるのは、先ほど電気を消したばかりの部屋から漏れる明かりだけだ。
急いで玄関の鍵を閉め、イタは靴を脱いで廊下へと戻る。騒がしい足音を立てながら、すぐさま扉を開いた。一人暮らしにしては広い居住室には誰もいない。入っていったはずの家主であり恋人――シュウの姿すら、影すら無い。迷うことなく、まっすぐにローテーブルへと走って屈みこむ。机の下、出掛ける前はちゃんと立てて置いてあったはずの丸いツボは横に倒れていた。中身は影の黒でなく、水色で満たされている。
「出ろって!」
「やーだー」
タコツボを机の下から引きずり出し、抱え込んでインクリングの少年は叫ぶ。中にひきこもったオクトリングの少年は、外とは正反対の気の抜けた声をあげた。入り口まであった水色がどんどんと奥へと引っ込んでいく。逃がすまいと、大きな手が中に突っ込まれた。ツヤツヤとした頭に四角い指が食い込む。やめてよぉ、と悲痛な声がツボの中からあがった。
「出掛けるっつったじゃん!」
「あついからやだー」
日曜日は二人で出掛けよう、と約束したのは一週間前のことだった。二人でお出かけ、つまりは久々のデートである。胸を弾ませ恋人の家に訪れ、いつもよりもしゃんとした格好をした彼にわずかに鼓動を早めながらも外に出ようとした――途端、これである。
季節は夏、本日は最高気温は三十六度の猛暑日なのだから『暑い』という仕方無いとは言えよう。けれど、『暑い』の一言ですぐさま引き返すなど、一週間前から楽しみにしていたものを放棄されるなどいくらなんでも理不尽だ。出掛けると行っても、行き先は涼しいショッピングモールであるし、移動も快適な電車だ。移動のために十分そこらは歩く必要はあれど、日傘もあれば冷たい飲み物だって用意済みだ。暑さや寒さが苦手な恋人のために全て持ってきたのだ。なのに。なのに。
「いいじゃん。今日はおうちデートにしよ」
「引きこもってたらデートもクソもないじゃんか!」
気ままに、いっそ腹が立つくらいマイペースに、もう投げやりにすら聞こえる声を漏らしてシュウはもぞもぞと動く。悲痛な叫びが部屋に響いた。『デート』と言うのならせめてツボから出てくるべきである。けれど、こうなってしまった恋人がすぐに出てくるわけがない。とにかく面倒臭がりで狭いところが大好きなのだ。そんなところがチャームポイントではあるが、今日ばかりは許す気は無い。
「デートするっつったのシュウじゃん! うそつき!」
「言ったけどぉ……こんな暑い中外出る方が危ないじゃん。おうちにいよ?」
「日傘あるから! お茶も用意してるしハンディファンもあるし氷もある! 冷たいの全部用意してある!」
用意周到じゃん、とオクトリングは感心の声を漏らす。それでも、出てくる様子は欠片も無かった。そんな声が聞きたくてここまで用意してきたのではない。デートがしたくて、彼のために用意してきたのだ。何としてでも引きずり出さねばならない。全てが無駄になるのはさすがに精神を、心の大切なところを剥がして揺るがして粉々にされてしまう。
「アロワナモール、駅から近いじゃん。そんな歩かないからだいじょぶだって」
「歩くのやー。溶けちゃうよ?」
「溶けないってばー!」
ツボの中に手を突っ込むも、家主はのらりくらりぺちょりぬちょりと躱してくる。触れても、指を突き立ててもツルツル滑るだけだ。掴んで引っこ抜くのはもう諦めた方がいいだろう。目を伏せ、イタは小さく息を吐く。両の手でしっかりと壺を持ち、逆さにして大きく振った。あぶないよー、という声が落ちてくるだけだった。
「シュウ……約束したじゃん……」
「デートしたいんならさぁ」
しょぼくれた悲痛な声をとろりとした声が塞ぐ。元に戻ったツボの中からにゅっと何かが伸びてくる。水色の触手は、ツボを抱え直した少年の頬をそっと撫でた。小さな吸盤が柔らかな頬に吸い付いて、少しだけ痕を残していく。
「その気にさせて? できるでしょ?」
優しい声は楽しげで、どこか笑ってるようにすら聞こえた。ぺちぺちと細い手が頬を叩く。そのまま捕まえようと手を伸ばす。勘付かれたのか、すぐさままたツボの中に引っ込んでしまった。声はいつだって間延びしてゆるりとしたものなのに、行動だけは妙に素早いのだ。だからこそ、前線でフデを操り活躍できるのだろうけれど。
うぅ、とインクリングは呻きを漏らす。『その気』と言われても、彼を引っ張り出せるような手持ちのカードは先ほど切ってしまった。残りは外に出て以降の行動に価値を付与するしかないだろう。少年は唸る。唸り、目を伏せる。先ほど下ろしてきて潤った財布の中身が空っぽになっていく様が瞼の裏に映された。
「クレープ奢るから」
「えー?」
「アイスも付ける!」
「えぇー?」
「こないだ欲しがってたギア買ったげる! クラーゲスのやつ!」
「えええー?」
どれだけ提案しても、返ってくるのは変わらず気の抜けた声だった。気の抜けた、どころかもはや楽しんでいる声だった。なんでぇ、とイタは沈んだ声をあげる。半分涙がにじんだ、痛々しい響きをしていた。だのに、ツボの中から聞こえるのはクスクスという小さな笑い声だけだ。
「今日は物じゃ釣れないよ? もーちょい考えて?」
また触手が伸びてくる。頬を撫でくすぐって、すぐさま去って行った。完全にからかっている。お前さぁ、と思わず乱暴な言葉を吐き出してしまったのは仕方が無いことだろう。返ってくるのは相変わらず笑声なのだからどうしようもないのだけれど。
はぁ、と溜め息を吐いて、インクリングは抱えていたツボを床に転がす。わー、とアトラクションを楽しむ子どものような声が中から聞こえてきた。一周して目の前に戻ってきたそれに、もう一度溜め息を浴びせかけた。
身体から、意識から力を抜いて、ヒトの形を溶けさせる。黄色いインクが床に散らばり、本来の柔らかなイカのフォルムが現れた。ぺたぺたと触腕を器用に使って這い、転がったタコツボの前に鎮座する。また溜め息一つ。息を呑む音一つ。長い触腕がツボの縁を掴んだ。助走を付けて、三角頭がツボの中に這入っていく。元々小さなツボだ、たとえ勢いを付けても侵入できるのは頭の半分と触腕の一本ぐらいである。せっまー、と楽しげな声がすぐそばで聞こえた。
どうにか潜り込ませた触腕を、更に捻じこんでいく。狭い狭い、と少し慌てた声は聞こえないことにした。暗くて何も見えない中、先の平べったい触腕でなめらかな頬――だと信じたい――を撫でる。水色の頭に、己の額をぺたりと引っ付けた。
「……約束したじゃん。デート、行こ?」
頭のすぐそこ、絶対に聞こえるように、でも驚かせないように、囁くような声でイタは語りかける。ねぇ、と漏れた声はもう湿った色を帯びていた。
じゃぷん。水が跳ねる音がすぐそこであがる。勢い良く身体が外に押し出され、壁目掛けて後ろ向きですっ飛んでいく。悲鳴をあげるより先に、温かな何かが身体を包んだ。
「そーそー。よくできましたー」
頭上から声が降ってくる。見上げると、そこにはヒトの形に戻ったシュウがいた。太い眉は柔らかな線を描いていて、黄色い瞳はいたずらげに細められていて、口元はゆるく弧を描いている。掴み所が無い彼らしい柔らかな表情だ。しかも、特に機嫌がいい時の顔である。どうやら、語りかける作戦は功を奏したようだ。よっしゃ、と幅の広い触腕が天へと突き上げられる。
「でももうちょっとイタとくっついてたいなー。さっきのきもちよかったし」
ねぇ、と先の尖った指が肌を撫ぜる。一本一本を使ってなぞるように撫でられただけで、背筋がふるりと震える。違う。ダメだ。流されてはいけない。ここで流されてしまったら今までの努力は全て水泡に帰してしまう。そんなのダメだ。大きく頭を振り、意識を集中して急いでヒトの姿へと戻る。抱き心地良かったのにぃ、と間延びした声がしたから聞こえてきた。
「よくできたんだろ? だったら約束守ってよ」
唇を尖らせ、じぃと恋人を見つめる――というよりも、睨む。地取りとした視線を向けても、返ってくるのははぁい、と相変わらず気の抜けた声だ。
「降りないと出掛けらんないよ?」
「乗せたのシュウじゃん」
撫でていた手が頬から、肩から、脇腹から、背へと移動していく。尻に到達しそうなところで、パシンと払ってやった。ちぇー、とわざとらしい声があがる。気にしないふりをして、気付かないふりをして、イタは立ち上がる。流れるような動きで扉の前へと歩み、座ったままの恋人へと手を伸ばした。
「いこ」
「いこー」
四角い手に長い指が伸ばされる。乗せられたそれをしかと包んで、掴んで、外っ側へと引っ張り上げた。
畳む
#オリタコ #オリイカ #タコイカ #腐向け