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No.43

空へと消える【ライ→レフ】

空へと消える【ライ→レフ】
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これの原案というか最初に考えついた形。
なんでこうなった、とどうにか方向修正したけどこっちはこっちで書きたくなったのでさくっと書いたのそのまま載せる。片思いおいしいです。

 キュッ、とペンが紙の上を走り終えた音。真っ赤な折り紙に黒がにじんでしまう前に、雷刀は油性ペンを片付けた。カタン、と机に硬いそれが当たる音がこぼれる。
「でーきた!」
 力強い文字が駆けるそれを手にし、雷刀は得意げに声を上げた。うちわで扇ぐように鮮やかな赤色をぱたぱたと振る。既にインクは乾いているのだが、どうも癖でこうしてしまう。人の性というやつだろうか、と雷刀はぼんやり考えた。
 七夕も近いから、とのことで、学園の玄関には数日前から大きな笹が設置されていた。空へと伸びるそれから少し離れた位置には、短冊を詰め込んだ箱と油性ペンが用意された机が複数設置されてた。ここで願い事を書いて吊るせ、ということなのだろう。こんなに大きな笹をどこから持ってきたのだろうか、という疑問はさておき、生徒たちはこぞって短冊に願い事を書き込んだ。己の願いをこめたそれをしなやかに揺れる緑の枝に括り付ける。最初は緑一色でどこか味気なかったそれは日に日に色を増し、今では賑やかしく華やかな色合いになっていた。
「ワタシもできマシタ!」
 その隣で同じくペンを操っていたレイシスが顔を上げる。彼女は満足気な表情で、胸に抱えるように淡い桃色の短冊を両手で持つ。向こう側が透けて見えそうなほど薄い色紙の裏には黒いインクがにじんでいるが、鏡文字であることも相まってかはっきり読むのは難しかった。
「雷刀は何て書いたんデスカ?」
 レイシスの問いに雷刀はにやりと不敵に笑い、手にした短冊をレイシスの目の前に掲げた。何と書いてあるのだろう、とレイシスは興味津々な様子で赤の上に散る黒を目で追いかけた。
「『頭がよくなりますように』だ!」
「その考え方が既に頭が悪いのですよ」
 自信に満ち溢れた言葉は、冷たく鋭い声に切り裂かれる。雷刀が気まずそうな顔で声のした方を向くと、予想通り冷ややかな目でこちらを睨む烈風刀がいた。
「大体、願う前に自分で勉強しなさい。その方がずっと早いに決まっているでしょう」
 呆れと怒りをにじませた言葉に、雷刀は逃げるように顔を反対側に向け視線を逸らした。反省する様子のないそれが気に入らないのか、烈風刀の目が更に細められる。ジトリとしたその目はどこか怖い。不穏な空気に、レイシスは慌てたように口を開いた。
「れっ、烈風刀はなんて書いたのデスカ?」
 ひょこり、とレイシスは烈風刀の手元を覗き込む。彼女が見やすくなるよう、烈風刀は細い短冊を傾けた。幾許か遅れて、雷刀も浅い緑色のそれを覗き込む。若葉色の紙の上には、スラリとした細く美しい文字が四つ並んでいた。
「むびょー、いき……いき?」
「『むびょうそくさい』、デスネ」
「正解です」
 流石ですね、と優しく微笑む烈風刀に、レイシスは嬉しそうに笑った。比較的簡単な四字熟語だが、正解したのが嬉しいようだ。反面、雷刀は拗ねたように口を尖らせた。ツッコミすらされず、放っておかれるのが気に入らないらしい。
「そういうのじゃなくてさー、もっと他にねぇの? こう、『野菜が美味しく育ちますように』とか、『料理が上手くなりますように』とか」
「自分個人のことを考えるよりも、皆のことを考える方が有益です。……個人的な願い事が思いつかなかった、ということもありますが」
「烈風刀らしいデス」
 つまらなそうな雷刀の声を、烈風刀はバッサリと切り捨てる。しかし、その声はどこか自信なさ気だ。厳しくありながらも人を思いやる彼らしい、とレイシスは小さく笑った。
 皆の事ねぇ、と雷刀は彼の言葉を反芻する。レイシスの言う通り彼らしい願いだが、もう少し自己を押し出してもいいのではないか、と考える。弟は他人のためなら簡単に自己を殺す性格をしている。雷刀はそれをあまり快く思っていなかった。
「レイシスは何と書いたのですか?」
「『みなサンにより良いサービスが提供できマスヨウニ』、デス!」
 にこにこと笑うレイシスに二人は頬を緩めた。ナビゲートを一身に担う彼女にとって、それは心の底からの願いなのだろう。心優しい彼女らしい、と双子はくすりと笑った。
「さ、飾りましょうか」
 烈風刀の声に、レイシスと雷刀は元気よく返事する。レイシスと烈風刀が手頃な高さの枝に結びつける中、雷刀はできる限り高い場所を目指して腕を伸ばす。つま先立ちになり、指に触れたしなやかな枝を掴み取る。
「そんなに上でなくともいいでしょう」
「いや、高いとこの方が願いが届く気がする。絶対そうだ。オレ知ってる」
 雷刀の言葉に、烈風刀は呆れたように顔を渋くした。彼の思考は子供のそれそのものだと分かっていても、納得しがたい。反してレイシスはその手があったか、と言わんばかりの表情で雷刀を見つめていた。どこか天然な彼女はよく彼に影響されている。頼むからやめてほしい、と烈風刀は常々思っているが、言っても効果はないだろう。結局、彼女のふわふわとした雰囲気に負けてしまうのだ。
 烈風刀の考えなど露知らず、雷刀は掴み取ったそれを離さぬよう注意しつつ、短冊を片手で器用に結びつけた。握った手を離すと、細い枝は勢いよくしなり空高くへと向かった。
「ほら、高いとこのが目立つ」
 どうだ、と自慢げな表情で雷刀は天を指差す。鮮やかな緋色の色紙は、どの短冊よりも目立っていた。
「ワタシも高いところに結べばよかったデス……」
「レイシス、危ないからやめましょう? しなった枝が当たったらとても痛いのですよ? 葉で指を切ってしまうかもしれません」
 心配げな烈風刀の言葉に、レイシスははわ、と短い悲鳴を上げる。想像しただけで怯えてしまったらしい。ハイ、と素直に頷く彼女を見て、烈風刀は安心し胸を撫で下ろした。
「そろそろ戻りましょうか」
「そうデスネ」
 元々、ここには作業の休憩も兼ねて訪れたのだった。いくら運営に関わる大切な作業とはいえ、籠りっぱなしでは集中力も切れてしまう。外の空気を吸い、晴れ渡る空を見て、気分は大分よくなった。これならばこれからの仕事も上手くやれるだろう。
 楽しかったデス、と笑うレイシスを見て、双子は嬉しそうに笑みを浮かべる。彼女が楽しめたのならば何よりだ。
 ふと、雷刀が足を止めた。赤い瞳が見つめる先には、束になった短冊があった。この学園の生徒数は非常に多いが、全員が全員これに興味を示すわけではない。まだまだたくさん余っているのも当然だ。
 すっと手を伸ばし、黄色の短冊を取り出す。隣に放置してあった油性ペンのキャップを開け、雷刀は薄いそれに文字を書き入れていく。ペンは先程のように勢いよく走らず、まるで書道をするようにゆっくりと動いていた。
「何をしているのですか」
 耳慣れた声に雷刀が顔を上げると、隣に烈風刀がいた。兄がいなくなったのに気付き、戻ってきたようだ。なんかかんか甘いな、と雷刀は内心苦笑する。自分なんて放っておいて先に行けばいいものの、わざわざ迎えに来てくれたのだ。厳しい言動の割に、彼は根本がどこか甘い。
「んー? 一杯余ってるしもう一枚書こうかなって」
「欲張りな」
 雷刀の言葉に、烈風刀は呆れたように溜め息を吐いた。いーじゃん、と雷刀は能天気に笑うが、烈風刀の表情は依然渋いものだ。
 ふと、烈風刀の表情が変わる。眉間に皺を寄せた難しい表情は消え、代わりに不思議そうな色が浮かぶ。透き通った若草色の瞳は、雷刀の手元の短冊に吸い寄せられていた。
 彼が手にした短冊には、『あの人と仲良くできますように』と書かれていた。その文字はいつもの走り書きのような乱れた文字ではなく、とても丁寧なものだ。普段ならばとにかく大きく書く彼だが、黄色い短冊に浮かぶ文字は小さい。まるで別人が書いたようだ、と烈風刀は首を傾げた。
「ん? なに? 気になる?」
「えぇ。貴方は皆と仲がいいでしょう? だというのにわざわざこうやって願うだなんて、さすがに気になります」
 雷刀は明るく活発な性格をしており、かつ誰とでも分け隔てなく自ら関わりにいく人間だ。その元気さを疎ましく思う人間もいるが、最終的には彼の魅力の前に折れてしまう。そんな彼がわざわざ『仲良くなりたい』と願うだなんて、一体どんな人間なのだろう、と烈風刀は考え込む。
「知りたい?」
「えぇ」
 にまりと楽しげに笑う雷刀に、烈風刀は真剣な表情で頷く。常に冷静に見える彼だが、その実兄と同じくらい好奇心が強い。加えて、疑問は全て解決してしまいたいという考えを持っていた。謎を謎のまま残しておくのはどこか気持ち悪く思えた。
「ひみつ」
「…………だったら、最初から聞かないでください」
 いたずらめいた笑みを浮かべる雷刀に、烈風刀はジロリと鋭い視線を送る。視線に物理的な攻撃力があるとすれば、きっといとも簡単に身体を貫通させるような鋭さだ。しかし雷刀は気にかける様子もなく、笹の下へ歩き目の前の枝に吊るす。反動で枝が揺れ、黄色い短冊もつられてカサリと音を立てた。
「高いところに吊るさなくていいのですか?」
「いいの」
 皮肉気な烈風刀の言葉に雷刀はすんなりと返す。一体何なのだ、と烈風刀は不可思議そうに顔を歪めた。
「――どうせ、叶わねぇし」
 雷刀は寂しげな表情で呟く。その彼らしからぬ弱気な言葉は烈風刀に聞こえなかったようで、まだ難しそうに顔をしかめていた。
「ほら、さっさと行こーぜ。レイシス待たせてんだろ?」
「押さないでください。元はといえば貴方のせいでしょう」
 ぐいぐいと背中を押し前へと進める雷刀に、烈風刀は抗議の声を上げる。まぁまぁ、と雷刀は悪びれずに笑う。仕方ない、といった風に烈風刀は溜め息を吐いた。結局、いつも折れるのは自分なのだ。
 己の背を押す彼の表情を見れば、烈風刀はきっと驚くだろう。普段の明るさは消え、どこか暗く寂しげな表情を浮かべる雷刀など、双子の弟である烈風刀も滅多に見ることができない。そうやって顔に表れるほど、彼の思考は淀んでいた。
 そうだ、己の願いは絶対に叶わないのだ。
 実の弟と仲良く――より仲を深め、血縁という関係を超え、恋仲になりたいという願いなど、絶対に叶ってはいけないのだ。
 そう自分に言い聞かせて、雷刀はぐ、と息を飲みこんだ。胸の奥に使える淀んだ思考をどうにかいに押しやる。こんな感情は、こんな劣情は、こんな恋情は、決して表に出してはならない。誰にも見せず、墓まで持っていかねばならないのだ。
 それでも、わざわざ七夕なんてイベントに縋ってしまうのだから自分もまだまだ弱いなぁ、と雷刀は自嘲する。どこか変に天然の入った彼はきっと気付かないだろう。だからこそ、ああやって濁り汚れた言葉をしたためたのだ。女々しい。その一言に尽きた。
「さーさー早く行こうさっさと行こうどんどん行こう」
「だから押さないでくださいって」
 ちゃんと歩けますよ、と烈風刀は不満げに声を漏らす。たん、と足を前に進め、烈風刀は背を押す手から逃れる。行きますよ、と彼は駆けだす。ん、と楽しげに答え、雷刀も走り出す。パタパタとコンクリートの床の上を駆ける音。二人分のそれは校舎へと吸い込まれていった。
 細い笹の葉の中、秘めたる思いを込めた短冊が小さく揺れた。

畳む

#ライレフ #腐向け

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