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No.46

積み重なる温度【ライレフ】

積み重なる温度【ライレフ】
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30日CPチャレンジなるものに挑戦したいと始めたはいいが単独カプで毎日とか無理なので暇を見て少しずつ。あれそれこの企画でやる意味が全くないのでは。
ということでライレフで【01.手を繋ぐ】
通常進行でお送りします。

 カリカリと紙の上をペンが滑る音が部屋に響く。もはや物置と化していた学習机の上は綺麗に片付けられ、教科書に参考書、ノートやプリント類が積まれていた。教科別にまとめられたそれらは、全て重ねればなかなかの高さになるだろう。
 目の前の問題を解く合間、烈風刀は横目で隣に座る雷刀を見る。力強くペンを握ったその手は予想通り止まっており、赤い目は前に広げられたノートと参考書を往復していた。自力で解く気があるだけまだマシか、と烈風刀は諦めにも似た感情を抱く。いつものことだ。
 月も幾度か変わり、そろそろ定期考査の時期が近づいてきた。毎度毎度成績表を赤く染め上げる雷刀だが、今回ばかりはそれを避けようと自ら烈風刀に教えを乞うてきた。どうも初等部の子らに本気で学力を心配されたのがきいたらしい。理由はなんであれ、自発的に勉強しようとする姿勢は評価すべきだろう。烈風刀は喜んで了承したのだった。
 そうして、雷刀の部屋でテスト勉強をしているのだが。
「わっかんねー」
 情けない声をあげ、雷刀は机に突っ伏した。集中力が切れてしまったようだ。まだもった方だな、と烈風刀は壁にかけられた時計を見て考える。彼にしてはもった方だが、常人のそれよりもずっと短い。はぁ、とわざとらしく嘆息し、烈風刀は手にしたシャープペンシルで俯せた赤い頭を軽く叩いた。
「まだ半分も解いていないでしょう。もう少し頑張ってください」
「だってわかんねーもん」
 諌めるような烈風刀の声に雷刀はふて腐れたような声を上げる。どれが分からないのだ、とその頭を上げさせ彼が立ち向かっている問を見る。力強く記された文字は単純な計算式で導き出される箇所で途切れていた。そもそも、前提として求めるべき最初の式が間違っている。これではいつまでたっても正しい解に辿りつけないだろう。
「ここはこの公式を使えばいいのですよ。そもそも、最初の計算が間違っています。四則演算ぐらいはしっかりやってください」
「へーい」
 やる気のない返事をして雷刀は消しゴムを動かす。シャープペンシルを持ち直し指摘された部分を修正するが、その手はすぐに止まってしまった。
「……れふとー」
「まずは教科書を読んでください」
 雷刀は乞うような声と視線を烈風刀に向ける。しかし、返ってくるのは冷たい言葉だけだ。烈風刀自身もテストに向けて対策をしなければならないのだ。彼ばかりに構ってはいられない。教科書に載っている基本的な問題程度は自力で解いてもらわねば困る。
 ガタン、と音をたてて雷刀が立ち上がった。一体なんだ、と目を眇め彼を見上げる。視線の先の彼の目は不自然に泳いでおり、口元は妙に引きつっていた。
「喉渇いたからコーヒー持ってくる!」
「ここにありますよ」
 急いで部屋を出ようとする雷刀の前にダン、と音をたててコーヒーポットを置く。何かしら理由をつけて逃げようとするだろうと予測して、事前に用意しておいたのだ。その強い音故か、彼の身体がビクリと大袈裟に跳ねた。ギギギと音をたてそうな硬い動きでポットを見るその表情は、嘘が露見した時のような苦々しいものだ。
「もちろん、砂糖とミルクも用意してあります。お茶もありますからわざわざ持ってくる必要はありません」
「なんでそんなに用意がいいんだよ……」
「誰かさんが逃げようとするからです」
 自分から頼んできたのですから終わるまで逃がしませんよ、と烈風刀は静かに告げる。有無を言わせぬ声音に、雷刀は諦めたようにのろのろと力無く椅子に座った。彼がペンを持ちノートに向かったところを見届け、烈風刀もテスト対策の課題を再開しようと問題文へと視線を向けた。
「そうだ!」
 パン、と両手を打って雷刀が大きな声をあげる。今度は何だ、と眉間に皺を寄せ隣に座る彼を見る。ノートを押さえる自身の手の上に温かな何かが乗せられた。それが雷刀の手であると認識する間も無く、指を絡め手全体を包み込むようにぎゅっと握られる。熱いとすら思えるその温度にビクリと肩が跳ねた。
「これなら逃げれないな!」
 彼はこちらを見て楽しげに笑みを浮かべる。指から伝わる熱と気恥ずかしさに思わずふいと視線を逸らし、その嬉しそうな笑みから逃げた。
「……これでは、まるで僕が逃げようとしているみたいではないですか」
「んじゃ烈風刀から繋いで?」
 彼は笑顔でそう言うが、手を離す気配は全くない。その手を解いた瞬間、何かしら理由をつけて離れることが分かっているのだろう。眉をひそめ、烈風刀は誤魔化すように言葉を続ける。
「大体、これでは貴方が文字を書けないではないですか。意味がありません」
「こっちの手使えばいーじゃん」
 雷刀はそう言って繋いでいない方の手をひらひらと振るが、彼の利き手はそちらではない。ただでさえ綺麗とは言い難い字だというのに、利き手でない方で文字を書くことなど不可能だろう。いけるいける、と意気込んで彼はシャープペンシルを握るがその手は覚束ない。のろのろとノートの上を走る線は手の震えに連動して歪み、漢字はもちろんひらがなですら何と書いてあるのか分からない状態だ。ミミズが這ったような字とはまさにこれを指すのだろう。
「やはり無理ではないですか」
「いや、もうちょい頑張ればいける。本気出せば書ける」
「そんなことで本気を出さないでください」
 あまりに真剣な顔と声に呆れ、思わず苦笑する。この真剣さをほんの少しでも勉強に向けてくれればいいのだが、それは土台無理な話だろう。
 雷刀が文字を書こうとする度、繋いだ手に力が込められる。きっと無意識の行動なのだろうが、ぴたりと隙間なく触れ合う手と手は否応にも意識してしまう。硬い指と指が擦れる度僅かに体が震え、その感覚に顔が熱くなるのが嫌でも分かった。
「分かりましたから」
 ぐい、と強く手を引いて重なったそれをほどく。えー、と雷刀は不服そうな声を上げた。ほのかに色付いているであろう顔を見せぬよう、ノートに向かうふりをし少し俯いて烈風刀は言葉を続けた。
「早く続きをしましょう。逃げないのは、もう分かりましたから」
「えー。分かんねーよ? オレは気まぐれだし飽きっぽいからすぐ逃げるかもよ?」
「自覚しているなら直してください」
 ニヤニヤとした笑みに冷え切った声をぶつけると、雷刀は反省したようにしゅんとした表情で俯いた。すぐに調子に乗ってふざけるからこうなるのだ。烈風刀は呆れるようにその姿を一瞥し、ペンを握り直しノートに向かった。
「手を繋ぐことぐらい、いつでもできるというのに」
 無意識にそんな言葉がこぼれ落ちた。
 しまった、と烈風刀は慌てて口を押さえる。しかしその小さな言葉はしっかり聞こえていたようで、雷刀は勢いよく顔を上げた。先程までの沈んだ色はすっかりと消え失せ、その瞳は喜びと期待にキラキラと輝いている。余計なことを言ってしまった、と烈風刀は苦々しく顔をしかめた。
「そうだな! いつでもできるな!」
「……はいはい、そうですね」
 満面の笑みを浮かべる彼に投げやりに返事する。先に自ら肯定してしまったのだ、誤魔化して逃げることなどできない。後悔と諦めを色濃く滲ませ、烈風刀は深い溜め息を吐いた。
「ほら、早く続きをやりますよ。せめてこの単元だけでも終わらせましょう」
「えー」
「『教えてくれ』と泣きついてきたのは貴方でしょう。懲りずに赤点を取って、またニアたちを心配させるつもりですか?」
 責めるような烈風刀の声に、雷刀は押し潰されたような声をあげた。無邪気で元気いっぱいな彼女らの姿と、ぶつけられた不安げな言葉を思い出したのだろう。
 あの時、彼を見上げたニアとノアの表情は酷く不安げで、心の底から心配していることは傍から見ても分かった。そんな幼く純粋な心を無碍にするようなことなど、常日頃彼女らを可愛がっている雷刀にはできないはずだ。
 ペンを握り、うー、と力なく呻く姿に苦笑する。先程までの姿を見るに、やる気はあるのだろう。ただ、一度切れた集中力を取り戻すきっかけがないのだ。
 きっかけ、か。少し思案して、ノートを押さえていた手が迷うように揺れる。あぁ、やはり自分は甘いのだ。自嘲するように息を吐いて、机の上に放り出された彼の手に己のそれをそっと重ねた。温かなその手が驚いたようにピクリと跳ねた。
「分かるまで教えますから、頑張ってください」
 そう言ってすぐに手を離し、参考書に目を移す。視界の端に、へにゃりと顔を綻ばせる彼の姿が見えた。
「ん、頑張る」
「また逃げないでくださいね」
「もう逃げねーって」
 逃がしてくれないだろ、と雷刀は意地の悪い顔で問うてくる。当たり前です、と返す己の顔はまだ淡く色づいたままだろう。
 白いノートの上をペンが踊る。二人分の軽やかな音が狭い部屋にゆっくりと積もっていった。

畳む

#ライレフ #腐向け

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