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No.47

ストレス解消法【ハレルヤ組】

ストレス解消法【ハレルヤ組】
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諸々言ってみたら諸々あってそんな感じのあれ。嬬武器弟が可哀想なだけ。
腐向けに腰まで突っ込んでる感あるが気にしない。

 電子音の後、『データが保存されました』という一文がオレンジと黒で構成された画面に表示される。ゲームが終了した旨を示すそれを見て、烈風刀はトンとキーを叩いた。次はどうか、と彼は別の画面に切り替える。今の時間帯はプレーヤーが少なくマッチングを待つ者もあまりいないため、自身の仕事も普段のそれと比べて随分と少なかった。慌てずしっかりと作業を進められるのはいいことだ。彼はいつもより余裕のある表情で己のやるべきことをこなしていく。
「はわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 突如、広い部屋に叫びにも似た大きな声が響く。いきなりのそれに烈風刀はビクリと肩を震わせた。一体何だ、と急いで辺りを見回す。はた、と止まった彼の視線の先には、両手を上げ大きく口を開けて声をあげるレイシスと雷刀がいた。無邪気でにこやかな笑顔を浮かべているので何か重大な問題が起きたわけではなさそうだ。
「二人とも! 叫ばない!」
 鋭い声が重なる大声を切り裂く。怒りを露わにしたそれに、ぴたりと声が止んだ。発生源であるレイシスと雷刀の顔には、まずい、という三文字が浮かんでいた。
「誰も見ていないと思って遊ぶのはやめなさい。次の人が来たらどうするのですか」
「だって人少なくて暇だし……」
「やることがなさすぎて暇デス……」
 口を尖らせ言い訳をする二人に、烈風刀は目を眇める。怒りを強く示したその視線に、二人は口をつぐみ目を逸らした。悪いと思っているようだが、そこに反省の色は全く見られない。雷刀はともかく、レイシスまでこんなことをするなんて。烈風刀は呆れたように溜め息を吐いた。
「そんなに暇なら別の作業をしてください。普段のことは僕が全てやりますから」
 現在の人数ならば烈風刀一人でも十分に対処できる。ならば『暇』とのたまう彼らには溜まっている案件を消化させるのが合理的だ。キーを操り、烈風刀は二人に必要なデータを受け渡す。目の前の画面に表示されたファイルの量に、桃と赤の瞳が大きく開かれる。その顔は驚きと絶望に青く染まっていた。嘘だろう、あんまりではないか、と彼らは縋るように緑を見つめる。笑顔でこちらを向いた烈風刀の瞳は、暇なのだろう、文句を言うな、と物語っていた。はい、と諦めたような返事が二つ、のろのろとキーを叩くまばらな音が聞こえてきた。これでしばらくはふざけるようなこともないだろう。暗い顔で画面を見つめる二人を確認し、烈風刀は己の仕事に戻った。マッチング処理、楽曲・譜面データの確認、プレーヤーデータの管理といった細々とした仕事をこなしていく。どれもプレーヤーに快適に遊んでもらうための事だ。これのどこが暇なのだろうか、と彼は小さく首を傾げた。
 しばらくして、レイシスが短く声を上げた。カタン、と椅子が動き、彼女が立ち上がる音がした。
「この案件、マキシマ先生に見ていただく必要があるみたいデスネ。ワタシ、ちょっと行ってきマス!」
「オレのも必要っぽいな。レイシス、一緒に行こうぜ!」
 ハイ、と彼女はにこやかに返事する。一人が行けば十分だろう、という烈風刀の言葉は、走るように部屋を出ていった二人に届くことはなかった。単にサボりたいだけではないか、と烈風刀は眉間に皺を寄せ、深く溜め息を吐く。日頃からどうしようもなく不真面目な兄はともかく、何故普段は真面目に仕事をしているレイシスまでこんなことを。今日は一体どうしたのだ。彼は疲れ切った頭でぼんやりと考えた。
 電子の文字が、音が、光が広々とした空間を包む。他者のいない部屋は痛いほど静かで、うるさいほど賑やかだ。画面を流れる情報が、液晶一枚隔てた向こうのプレーヤーが頑張る姿、楽しむ姿を伝えてくる。名も知らぬ彼らを思い浮かべ、烈風刀は小さく笑みをこぼした。己の努力が彼らを楽しませているのだ、と考えるとやはり嬉しい。もっと頑張ろうと更なるやる気が湧いてくるものだ。
 一時的に人が途絶え、烈風刀は小さく息を吐く。最初は一人でも平気だと思ったが、存外忙しい。もう少し経てばプレーヤーも増えるだろう。二人が帰ってきたらその旨を伝え、手伝ってもらおう。そう考えて、烈風刀は画面の光で疲れた目を伏せた。
 ふと、先ほどの光景がよみがえる。叫ぶ二人の表情はとても晴れやかで楽しそうだった。大声を出すのはストレス解消にいい、とどこかで聞いたことがある。その効果なのだろうか、と烈風刀は思案する。普段は真面目で頑張りやな彼女はともかく、ほわほわと何も考えず気ままに過ごす彼にストレスがあるとは全く思えないが。
 ストレス、か。烈風刀は椅子にもたれかかり、宙を仰いだ。最近は小テストが重なり、加えて課題も少しばかり多い。どれも提出期限が長いため急いで片付ける必要はないのだが、何もせず後回しにすることを烈風刀は嫌っていた。故に、勉強量は増えるばかりだ。運営に関しても、ここひと月は様々なコラボレーションもあってか更新ペースが非常に早く、それに伴い仕事量もどんどんと増えていった。今はようやく落ち着いたが、昨年のことを考えるとまた更新ペースは早くなるだろう。それに疲れを感じているのは薄々気づいている。もしかして、先ほど怒鳴ってしまったのも八つ当たりではないか、と烈風刀は不安に駆られた。
 自分こそ、溜まっているであろうストレスを解消すべきではないだろうか。烈風刀の思考はそこで止まった。
 きょろきょろと辺りを見回す。人が来る様子もなければ、彼らが帰ってくる気配もない。つまり、今ここにいるのは烈風刀一人だけだ。誰かが見ている、ということもないだろう。
 ふぅ、と息を吐く。なに、いつもよりほんの少し大きな声を出すだけだ。何も問題はない。大丈夫だ。そう己に言い聞かせ、烈風刀は口を開く。その唇はわずかに震えていた。
「あー……」
 発せられた声は思ったより細く掠れていた。烈風刀は顔をしかめる。もう一度、震える唇を開き、喉を震わせる。
「ぁ、あー…………」
 先ほどよりも大きいが、それでも普段の声とさほど変わらない程度のもので叫びというにはまだまだ小さい。
 だんだんと羞恥心が姿を表してくる。ぶわ、と顔が赤くなるのがはっきりと分かった。あまりの恥ずかしさに耐えきれず、烈風刀は両手で顔を覆った。それでも、真っ赤に色づいた顔を全て隠すことはできていない。青にも似た柔らかな緑の髪からは、彼の兄の髪色のように染め上がった耳が覗いていた。
「無理、です……」
 一体何をしているのだ。何を考えているのだ。こんなことをしてどうするのだ。二人のことを言えないではないか。己の中の何かが、自身を強く罵倒する。全て事実であり言い返せず、烈風刀は一人唸った。興味本位でやってみたことだが、今では後悔しかない。何故あの二人はこんなことができたのだ、と彼は羞恥に染まる頭で考えた。
 ガタ、と大きな音が部屋に響いた。烈風刀は手を退け、急いでそちらの方を見る。翡翠の瞳には揺れる桜と紅が見えた。扉に半分隠れたその顔にはやってしまった、と気まずげな色が浮かんでいる。しかし、それ以上に好奇心やらなにやらで輝いていた。
 見られていた。その事実に烈風刀の顔が更に赤くなる。茹で蛸のようだ、とはまさに今の彼のことを表すのだろう。
「い、いつから、そこに」
「……ちょっと前?」
「戻ってきたら、烈風刀がきょろきょろしてるのが見えたノデ……」
 なんとなく入り辛かったんデス、と俯きレイシスはこぼす。雷刀はわざとじゃない、と主張するが、覗き見ていた事実に変わりはない。烈風刀は再度両手で顔を覆った。翡翠にも似た透き通る緑の瞳には、絶望の色が浮かんでいた。
「い、いや、でも烈風刀もそういうことするんだな!」
「そっ、そうデスネ! 意外デス!」
 フォローするように二人は言葉を続けるが、全くの逆効果である。手で隠された烈風刀の口元がひくりと引きつる。もうどうにでもなってしまえ。彼の思考は自暴自棄な方向に傾きつつあった。
「まぁ、一回ぱーっとやってみてもいいんじゃね?」
「かもしれまセン。一回やってしまえば、それで満足すると思いマス!」
 そんな烈風刀をよそに、二人は不穏な方向へと話を進める。その空気に気付き彼は顔を上げるが、二人の間では既に何かが決定してしまったようでもう止めることなどできなかった。
「大声出すのってとっても楽しいデスヨ? やってみまショウ!」
「誰も怒んねーからやってみようぜ。ほら」
「ぅ、え」
 レイシスと雷刀は楽しげに笑みを浮かべ烈風刀に迫る。真正面からの圧力に、烈風刀は戸惑いの声を上げることしかできない。さぁさぁ、と二人はどんどんと距離を詰める。分かりましたから、と烈風刀は叫ぶように言い、彼らを押し退けた。羞恥に染まるその顔に、諦めと後悔の色が広がっていく。そんなことを気にする様子はかけらもなく、二人はにこにこと笑い彼を見つめる。明らかに面白がっているだけだ。
 早く、と言わんばかりに華やかな桃色の瞳と燃えるような赤色の瞳が浅葱を見つめる。期待に染まった二色から目を逸らし、烈風刀は口を開いた。その頬は未だ赤く色づいていた。
「あ、あー…………」
「もうちょい大きくー」
 どうにか音にしたそれは雷刀の声にかき消される。うるさい、と彼を睨み目で訴え、烈風刀は再度口を開いた。
「ぅ、う……あ、あー…………うぅ……」
「もうちょっとデス!」
 先ほどよりも大きく開き喉から絞り出した音はレイシスの応援にかき消された。烈風刀は羞恥に俯き呻くが、彼女は笑顔で彼を見つめていた。その瞳には、純粋な励ましと溢れんばかりの好奇心が見える。彼女の期待に応えねばならない、そんな責任感が烈風刀を押し潰そうとしていた。
「ぁ……あ、ぅ、あっ…………ん、ぁ、あ…………」
 声帯が震え音を発する度、彼の表情は強張り口元が引きつる。大きな声を出そうとしているというのに、烈風刀の喉はどんどんと細くなりひゅうと細い息が漏れるばかりだ。頬だけでなく目頭まで熱を帯び、視界がわずかにぼやけたように感じた。
「む、無理です! もう無理です! できません!」
 耐えきれず、烈風刀は目元を腕で隠し二人から距離を取った。応援する、というよりも茶化すような声が止まる。まずい、と二人が悟った頃には、怒りの炎が宿った瞳が二人を睨んだ。その鋭さたるや、『視線がつき刺さる』という言葉はただの比喩ではないことが嫌でも実感できるほどのものだった。
「そもそも無理矢理叫ぶ必要性なんて全くありません! 何故こんなことをする必要があるのですか!」
 羞恥だけでなく憤りの色が浮かぶ顔は般若の面にも似ていた。ふざけすぎたか、と雷刀は内心後悔するがもう遅い。こちらを睨む烈風刀の怒りが収まる様子は全く見られない。自分だけならまだしも、彼がレイシスまで怒ることなど滅多にないのだ。それほど、今回の彼の怒りは強いのだとはっきりと分かった。
「大体、元はといえば貴方たちがふざけていたせいですよ! 遊んでいないでちゃんと仕事してください!」
 烈風刀はビシリと指を突きつける。ごめんなさい、と二人分の謝罪が重なった。それでも怒りはおさまらないのか、烈風刀は乱暴に椅子を回し元の位置へと戻る。逆ギレではないか、と喉までせり上がってきた言葉を雷刀は必死に呑み込んだ。そんなことを言ってしまえば、ただでは済まされない。
「人が増えてきましたよ。早く作業に戻ってください」
 分かりましたか、と烈風刀は冷たい声と視線を向ける。はい、と殊勝な声が奏でられ、二人は自身の席へと急いで戻った。
 烈風刀は様々な色が躍る画面を見つめ、重苦しい溜め息を吐いた。散々怒鳴ったことにより、更に疲れた気がする。けれども胸の内は不思議と軽くなっていたように思えた。何故だろう、と首を傾げる。はた、と先ほど己が考えたことが頭の中によみがえった。
 大声を出すと、ストレスは解消できる。
 なるほど、そういうことか、と烈風刀は一人頷いた。今回の場合、己の感情を思い切り外に出したのも更なる効果を発揮しているのだろう。それでも、怒りを伴うそれは心身的にあまりよいとは言えないはずだ。
 今度はもっと健康的な方法でやろう。そう考えて、烈風刀は情報を目で追う。そんな無駄なことを考えている間に手を動かすべきである。彼の思考は既に仕事を行う時のそれに切り替えられていた。
 いつも賑やかしいはずの部屋は、痛いほどに冷え切っていた。

畳む

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