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No.71

+745【ジタ+サン】

+745【ジタ+サン】
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息抜きに前から気になってたあれそれのネタ。ちょっとメタい。
タイトルでもう落ちてる感ある。

 黒い雫が静かに黒の湖面を揺らす。抽出機の中身が空になったことを確認し、サンダルフォンは手にしたそれをシンクへと運ぶ。珈琲粉を処分し、使った器具を綺麗に洗い水切り籠に伏せた。人が来る前に拭いて片付けねばならないな、と考えて目をすがめる。珈琲一杯淹れるだけにいちいち共有部に来るのは手間であるが、ここでしか湯を沸かせないのだから仕方が無い。火の元素を扱える者は自室で淹れているらしいが、今の自分にそれができないということは彼自身が誰よりも理解していた。
 冷める前にさっさと部屋に戻ろう、と青年はカップを手に踵を返す。廊下に繋がる扉まであと数歩というところで、厚い木の板越しにバタバタと騒がしい音が聞こえた。どんどんと近づいてくるそれに、サンダルフォンは眉をひそめた。この艇の人間は必要以上に人と関わろうとする。それをあまり好ましく思わないため常々人と会わぬよう避けて行動しているが、今回はどうにもタイミングが悪かったようだ。逃げようにも、台所の扉は目の前にある一つしかない。もう諦める他ない。
 足音が止まると同時に、扉が開く音が響く。木製のそれの隙間から、ジータが顔を出した。
「あっ、サンダルフォン!」
 どこか嬉しそうに青年の名を呼び、少女はそのまま小柄な身体を中に滑り込ませ静かに閉める。ただいまー、と呑気に言う彼女は、普段着ているワンピースではなく大きな襟が特徴的な魔道士風の衣装を身にまとっていた。依頼から帰ってきたばかりでまだ着替えていないのだろう。汚れが見当たらないのは外で軽く払ってきたのもあるだろうが、何より彼女の実力が確かなものであるという証だ。
「珈琲飲むの?」
 夜空色の帽子を脱いだ少女が、サンダルフォンの手元を覗き込む。好きだねー、と感心にも問いにも似た音が小さな口からこぼれた。青年が珈琲を好んで飲んでいることは、彼が艇に乗ることになったその日から知っているはずだ。なのに、カップを持っているだけでいちいち反応するのだから煩わしい。赤き竜や蒼の少女といい、余計な世話ばかりかけてくる。青年の眉間にまた一つ皺が刻まれる。不機嫌であることが一目で分かる表情をしているというのに、少女は全く気にかけず返答を待つように深紅の目を見つめた。
「見れば分かるだろう」
「私の分はー?」
「無い。抽出機は既に片付けた。勝手に淹れればいい」
 半ば無理矢理会話を切り上げ、青年が宛てがわれた部屋に戻ろうとする。足早に過ぎようとしたところで、ジータがあ、と何かひらめいたように声をあげた。この少女がろくなことを――少なくともサンダルフォンにとって、だ――思いついた試しがない。彼女が口を開く前に出ていこうと青年が一歩踏み出したところで、がしりと腕を掴まれた。見た目は幼く華奢な少女であるが、その力はそこらの大人よりもずっとある。数多の星晶獣と対峙し打ち勝ち、様々な属性と技を操る彼女は、この団の誰よりも強いのだ。顕現して日が浅く、まだ力が上手く扱えない青年を引き止めるぐらい、ジータにとっては至極簡単なことだ。
「あのね、サンダルフォンに食べてほしいものがあるんだ」
 こっち、と少女は掴んだ腕を無理矢理引き、台所の奥へと足を動かす。こうなってしまってはもうどうしようもない。早々に諦め、青年は珈琲がこぼれぬよう大人しく彼女に引き連れられた。
 ジータが足を止めたのは、共用の戸棚だった。その最下部、一番大きな開き戸を開けると、屈んで中を漁り始める。手を離された今逃げることは可能だが、あとが面倒くさいことは今までの経験ではっきりと知っている。大人しく従った方が早く済むだろう。緋色の瞳は屈んだ少女をぼんやりと映し出していた。
 しばらくして、あったあったと嬉しそうな声があがり、少女は立ち上がる。そのままくるりと振り返り、サンダルフォンの目の前に大きな袋を差し出した。彼女が手にした透明な袋の中には、鮮やかな黄とオレンジが転がっていた。小さな丸いそれには、顔を模したような絵が描かれている。何だこれは、と紅の瞳が訝しげに細められる。これを見せることに一体何の意味があるのだろう。
「マカロンっていうんだ。甘くて珈琲に合うと思うの」
 青年の声に出さぬ問いに答え、少女は片手で戸棚の皿を一枚取りだし傍らにある机に置いた。そのまま袋から菓子を取り出し次々と皿に並べていく。その量は茶請けにしては明らかに多い。彼女も共に食べるだろうとしても異常なものだ。白く大きな皿の上、山盛りになった菓子を見て、青年は顔をしかめる。鮮やかなそれが放つ甘い匂いで既に腹がいっぱいになりそうだった。
 再び力強く腕を掴み、ジータはサンダルフォンを席に着かせる。未だ事態を理解していない様子をした彼の目の前に、どんと重い音をたてて皿が置かれた。少女が乱暴なのではない、純粋に皿が重いのだ。
「はい、召し上がれ」
 向かいの席に座り、ジータは両肘をついて楽しげな表情で青年を見る。見つめるばかりで真っ白な手袋を外す様子はない。礼儀の正しい彼女は、食事をする際は必ず手袋といったものは外す。菓子に手を付ける気はないのだろう。
「……特異点は食べないのか?」
「うん。私が食べても意味ないもん」
「つまり、全て俺一人で食べろと?」
「そうだよ?」
 ほら、と少女は青年の方へと皿を押しやる。早く食べろということだろう。その様子に、サンダルフォンは殊更強く眉を寄せた。勝手に呼ばれ、勝手に連れられ、勝手に差し出され、さぁ全て食えと無理矢理押しつけられる。特異点である彼女は度々無理を押しつけてくるが、今回はあまりにも勝手すぎる。不快感が胸の奥底からふつふつと湧き出てくるのが嫌でも分かった。
「何故俺がこんなに食わなければ――」
「食べて」
 怒りを強くにじませた声を、はっきりとした声が切り捨てる。目の前に対峙した少女は相も変わらずニコニコと明るい笑みを浮かべているが、その声は冷え切ったものだ。こちらを見つめる鳶色は普段の温かみを完全に失っている。可愛らしい少女の姿にはあまりにも不釣り合いなそれに、黒鎧に包まれた背がぞくりと震えた。
「全部食べて。団長命令」
 ね、とジータは小首を傾げる。有無を言わせぬ声音だった。戦いの最中、団長として仲間に指示を飛ばす時のそれと同じ音だ。あまりの気迫に――少なくとも、こんな場所で見るはずなどない様子に、青年は声を失った。
「……食べればいいんだろう」
「うん」
 この様子では、少女が譲ることなどあり得ないだろう。恐怖で従うのではない、こんな少女に怯えることなどあり得ない、と言い聞かせ、サンダルフォンは山積みになった菓子へと手を伸ばした。さっさと食べきってしまおう、と小さなそれを丸々一個口に放り込む。途端口いっぱいに広がった味に、深紅の瞳が苦しそうに歪んだ。
 甘い。あまりにも甘い。珈琲に入れる角砂糖をそのまま食べてしまったのではないかと錯覚するような甘さだ。少女は珈琲に合うと言っていたが、全く違う。珈琲に合うのでなく、珈琲で中和しなければ食べられない甘さだ。放つ香りから想像すべきだった。青年の顔からどんどんと色が失われていく。こんなものを、この皿いっぱい食べなければならないのか。
「六十九個、全部、残さず、ちゃーんと食べてね」
 正面から送られる視線は、青年の様子を観察するものでなく、彼が言いつけ通り全て食べきるか監視するためのものだ。ただ菓子を食うだけのことではないか。たったそれだけだというのに、何故団長命令を下し、こんなにも強く迫ってくるのか。全く意味が分からない――そもそも、特異点の突飛な行動を理解できたことなど、ほぼ無いのだけれど。
 一時的に身を置いているだけとはいえ、サンダルフォンはれっきとした団員だ。団長であるジータに、それこそ団長命令まで下されてしまっては逆らうことなどできない。彼に残された選択肢は、目の前の甘い菓子を胃に押し込むことだけだ。
「あ、珈琲のおかわり淹れる?」
「…………頼む」
 問う声が楽しげに聞こえたのはきっと気のせいだろう。気のせいにしておこう。席を立ちぱたぱたと駆けていく少女の足音を背に、サンダルフォンはまた一つ菓子を口に放り込む。これ全て平らげるまでどれほどかかるのだろうか。考えるだけ無駄だ、と青年はカップの中身をあおり、口の中の甘ったるさを胃の腑に押し流した。




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#ジータ #サンダルフォン

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