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No.103

その頬に色を【ライレフ】

その頬に色を【ライレフ】
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今更IV衣装ネタ。頬にイニシャルペイントするのはまだ分かるんですけどそれを兄弟の色でやるのマジ訳分かんないっすね。
Q.こういうのって転写シールとかでやるんじゃないんですか?
A.夢くらい見させて

 視界が闇に包まれる。黒に包まれた世界の中感じるのは、左頬に当てられた手の温もりのみだ。布越しのそれは、いつもよりぬるく感じた。
 ひたり、と右目の下に柔らかなものが当てられる。触れた細いそれが、ゆっくりと縦方向へ滑る。頬に到達したぐらいで離れ、再び同じ場所へと戻っていく。今度は顔の内側に向かって慎重な手つきで動いていく。くすぐられるような感覚に、ふへ、と思わず小さな笑いが口から漏れ出た。ひくりと肩が揺れる。
「もう、動かないでください」
 よれてしまったではありませんか、と闇の中に声が落ちる。ぱちりと目を開けると、そこには筆を手に顔をしかめた弟がいた。
「ごめんごめん」
 謝るも、返ってくるのは溜め息だ。烈風刀は筆を置き、傍らにあった布を手に取る。濡れたそれを兄の頬に優しく押し当てる。しばし置いて、少年は白い布地を肌の上にゆっくりと滑らせる。そこに描かれていた碧い線は綺麗さっぱり無くなっていた。
 レイシスから世界のバージョンアップが行われるという知らせがされたのが半年ほど前。新たな世界に合った己たちの衣装が届いたのはつい最近だ。白を基調にした戦闘服を思わせるデザインは非常に格好良く、兄弟の間でも評判が良い。もちろん、世界を担う薔薇の少女もよく似合っていマス、と賞賛の言葉をくれた。
 武器――少女曰く、本物の武器ではなくスポーツ用品らしい――を持つのは久方ぶりのことである。使い慣れたそれとは違う形状だが、長年扱ってきただけあって長剣は手によく馴染んだ。重力戦争時代と違い、弟は己のような剣ではなくスナイパーライフルを与えられていた。銃の類を取り扱うのは初めてであるはずだが、すぐさま慣れてみせたのだから彼のセンスは素晴らしいものだ。白と黒の武器は、計算しつくされたように新たな衣装にぴたりと合っていた。
 さて、そんな好評な新衣装であったが、問題が一点あった。与えられたデザイン画では、頬にフェイスペイントを施すこととなっているのだ。宣材写真を撮るために着替えようにも、さすがに一人では頬に文字を書くことなどできない。誰かに書いてもらわねばならなかった。この程度のことでレイシスの手を煩わせるわけにはいかない、と、兄弟は互いの顔にペイントを施すこととしたのだ。
 手先が器用だから、ということで、まずは烈風刀が雷刀に書くこととなった。そうして、椅子に座り軽く上を向いて頬に書いてもらっていたのだが、己が笑ってしまったことにより線がよれてしまったらしい。きっと最初の一画は綺麗に書けていたのだろう、ひそめられた眉がその出来の良さを表していた。
 書きますよ、と言われ、再び頬に手を添えられる。彼が書きやすくなるよう、目を閉じる。慎重な手つきで、筆が肌の上をなぞっていく。柔らかな穂先が皮膚をこするのはやはりくすぐったい。鍛えられた腹筋が、しなやかな表情筋が動く。あぁ、と嘆息が降ってきた。
「動かないでくださいと言っているでしょう」
「だってくすぐってーもん」
 怒気を孕む声に、どこか拗ねたような声が返される。時間は有限である。早く終わらせるべきだということは分かっているのだから、自分だって動きたくない。けれども、肌を通る神経はほんの少しの感覚を受け取って、受容した脳は筋肉へと信号を送り出すのだ。元より、くすぐられることに対する耐性は高くない。この衝動を抑えるのはなかなかに難しいことだ。
「次動いたら、よれたままにしますからね」
「それじゃ写真撮れねーじゃん」
「それが分かっているのならば動かないでください」
 ほら、とまた頬に手を当てられる。否、当てられるなんて優しいものではない。顎を指先でしっかり押さえ固定する、鷲掴むような形だ。今度こそ終わらせるつもりでいるらしい。これ以上遅らせるのも怒らせるのも避けるべきことだ。笑わぬよう口を真一文字に引き結び、雷刀はまた目を閉じ上を向いた。
 もう三度目のペイントだ。多少慣れたのだろう、慎重な手つきは思い切りの良いものに変わった。すっと素早く肌の上を筆が走っていく。縦線が引かれ、外から内に向かって曲線が描かれる。腹筋に力が入れ、こそばゆさをどうにか押さえ込んだ。
 さっと内側に筆が払われる。それきり、柔らかな穂先が肌に触れることはない。よし、と満足げな声が鼓膜を震わせた。降ってきた音に、下ろしていた瞼を持ち上げる。広がった視界には、安堵を浮かべた烈風刀の顔があった。
「終わりましたよ」
「さんきゅ」
 礼を言い、椅子から立ち上がり、鏡台に手を付き鏡を覗き込む。己の右頬には、碧い線で『R』の一文字が綺麗に描かれていた。やはり、烈風刀の書く字は美しい。愛する人によって施された文字に思わず頬が緩みそうになる。その色を確かめようと、手を顔へと持ち上げた。
「触ってはいけませんよ」
 兄の行動を予測していたのだろう、弟は鋭い声で釘を刺す。まさに今やろうとしていたことを指摘され、思わずびくりと身体が震える。速乾性の高いインクを使っているが、完全に乾いていない状態で触っては線がのびてしまうかもしれない。そうなっては、また書き直しだ。衣装にインクが付いてしまうのもよろしくない。ばっと勢いよく手を下ろした。
「あ、次烈風刀の番な」
 筆を洗う碧の背に、朱は言葉を投げかける。分かりました、と簡潔な返事の後、丁寧に洗われた筆と朱の塗料を渡される。今度は自分がペイントを施す番だ。
 先ほどまで己が座っていた椅子に烈風刀を座らせる。濡れた穂先を布で拭い、塗料の入ったケースを手に取る。毛先を浸すと、清潔な白が鮮烈な朱に染め上がった。
 よし、と筆を手に弟の前に立つ。翡翠が己の紅玉を見上げる。何を言わずとも、澄んだその色は白い瞼の奥に秘められる。薄い唇がそっと閉じられた。
 あれ、と雷刀は一人首を捻る。今己を見上げる――目は閉じているけれど――弟の表情には、どこか見覚えがあった。フェイスペイントを描くなんてことは初めてなのだから、既視感など覚えないはずだ。何故だろう。どこで見たのだろうか。どうにも思い出せない。んー、と少年は口の中で疑問げに呟いた。
「……どうしたのですか?」
 瞼の奥から浅海色が顔を覗かせる。いつまでも筆を走らせない兄を不思議に思ったのだろう。美しい碧には懐疑の色が宿っていた。早くしないか、というかすかな苛立ちも見て取れた。
 んー、と喉を鳴らし、朱は顎に手を当て思案する。目を閉じ、先ほどの弟の顔を想起する。こちらを見上げ、目を閉じる。そんな表情を見る機会など、日常でそう多くはないだろう。兄弟は同じ身長で、見上げるなんて動作はなかなかない。どちらも相手の目を見て話す性質なのだから、人の前で目を閉じるなんてことはまずしないはずだ。何だろうか、と少年の頭が斜めに傾いでいく。そんな兄の姿を、弟は不審げな瞳で見つめていた。
 あ、と赤い唇から音が漏れる。見上げる。目を閉じる。口を閉じる。どの条件も当てはまる状況を一つ思い出し、少年は声をあげた。頭の中のもやもやとしたものが晴れていく感覚に、朱はぱぁと顔を輝かせた。
「キスする時の顔に似てる」
「は?」
 ようやく解けた既視感に、雷刀はうんうんと頷く。そうだ。口付けをする時、愛しい恋人はいつもあのような表情をするのだ。美しい瞳を白く透き通った瞼で覆い隠し、かすかな緊張に唇を引き結ぶ。まさに、今彼が浮かべていたものと同じだ。
 晴れやかな顔をした兄に反して、烈風刀はこれでもかというほど眉間に皺を寄せていた。それはそうだ。不自然に相手の手が止まり、訝しげに思い目を開けてみれば、いきなりキス云々など言われたのだ。突飛すぎる言葉と思考をあまり快くは思わないだろう。
「いやさ、今の顔、キスする時の顔に似てるなーって」
「な、にを馬鹿なことを考えているのですか」
「え? 烈風刀は思わなかった?」
「…………思いませんよ!」
 きょとりと首を傾げ問う兄に、弟は絶句の後、声を荒げる。その頬は、化粧をしていないというのに赤く色付いていた。その色が何よりの答えである。やっぱ思ったんじゃん、と口をついて出そうになった言葉をすんでのところで飲み込む。こんなことを言っても相手は否定を繰り返すだけだ。むやみに機嫌を損ねるようなことをするのはよくない。撮影まで時間も迫っているのだ――自分の発言で無為に時間を浪費しているのだが。
「ほら、早くしてください。撮影に遅れたらどうするのですか」
 ぎゅっと眉を寄せながら、烈風刀は朱を睨む。へいへい、と軽く返すと、眉間に刻まれた皺が更に深くなる。そんな顔してたら綺麗に書けねーよ、と苦笑すると、しばしして、それもそうですね、と気まずそうな声が返ってきた。気難しげに寄っていた眉が解かれる。これでいいですか、と問い、少年は再び目を閉じ兄を待った。
 改めて筆に塗料を付け、雷刀は弟の顔に向かい合う。顔を固定するように、右頬に手を添える。変な場所についてしまわぬよう、慎重な手つきで目の下に筆を乗せた。震えぬように注意しながら、頬へと向かって縦に線を引いていく。ふ、と息が漏れる音がする。やはり、烈風刀もくすぐったさを覚えるのだろう。動きが少なかったためか、幸い肌を走る線によれはない。そのまま、外側へと横に線を引いていく。弟の名を表す英字、『L』が完成した。
 よし、と筆を肌から離すとともに思わず声がこぼれる。わずかな時間、わずかな動作だったが、きちんと書けたという達成感が胸を満たす。きちんと書けてよかった、という安堵も少年の胸に広がった。
 声で作業の終わりを悟ったのだろう。烈風刀はゆっくりと瞼を開く。兄を見上げる浅葱は眩しげに細められていた。
「ありがとうございます」
「どーいたしまして」
 例の言葉を述べる弟に、兄は軽く返す。てか烈風刀も笑ってんじゃん、と軽口を叩くと、すみません、と碧い眉の端がゆるく下がった。
「思ったよりもくすぐったいですね」
「だろー? 笑っちまうのも仕方無いだろ?」
 そうですね、と返し、碧の少年は鏡へと目をやる。つられて、雷刀も蛍光灯の光に照らされた鏡面を見やった。美しく磨き上げられた鏡には、頬に己のイニシャルが書かれた少年二人が映っていた。受け渡されたデザイン画通りの仕上がりだった。
 鏡を見つめる中、つい先ほど見た映像が頭の中に甦る。己が手に頬を預け、白い瞼をすっと下ろし、つややかな唇を閉じる――口付けを待つ時のような、あの顔を。衝動が胸の底から湧き上がる。感情に素直な己は、そのままそれに突き動かされた。
「なーなー、烈風刀」
「何ですか?」
 名を呼ぶと、愛しい人はきょとりとした顔でこちらを振り向く。筆を水の入ったコップに浸し、一歩彼へ向かって進む。そのまま、何も書かれていない白い頬に再び手を添えた。
「キスしたい」
 あんな可愛らしい顔をされて、彼も己と同じように意識してしまったなど告白されて、口付けがしたくてたまらなくなってしまった。温かな彼に触れたい。よく手入れされた赤い唇に、己のそれを重ね合わせたい。そんな衝動が、少年の胸を焦がす。すり、とグローブをした手で柔らかな頬を撫でた。
「まだ書いたばかりで乾いていないでしょう。駄目です」
 兄の言葉に、弟は再び眉根を寄せた。口付けをして、万が一頬が擦れてしまったらまた書き直しだ。そんなことでまた書くなどごめんなのだろう。薄い唇がきゅっと引き結ばれる。それすら、あの行為を思い起こさせた。愛おしさが溢れ出る。それを行動で示したくてたまらなかった。
「じゃあ、乾いたらしていい?」
「もう撮影まで時間が無いでしょう」
 はぁ、と溜め息を吐く弟とともに、壁に掛けられた時計へと目をやる。アナログの針は、撮影開始時間までまだまだあることをはっきり示していた。塗料は速乾性の高いものが選ばれていることは二人とも承知だ――つまり、口付けする余裕が生まれるほどすぐ乾いて定着することは、弟もしっかりと理解していた。
 時計が表す事実に、天河石の瞳が気まずげに細められる。反して、柘榴石の瞳は機嫌良さげににまりと細められた。相反する色と表情が、壁一面を埋める鏡に映し出される。
「あーあ、早く乾かねーかなー」
 独り言にしてはやけに大きな声で雷刀は呟く。非常に機嫌良く、かなりわざとらしいものだった。静かにできないのですか、と棘のある声が投げつけられる。見下ろした先、未だ姿勢良く椅子に座った烈風刀は、その頬を描かれた塗料と同じ色に染めていた。どんな強い言葉を投げかけられようと、こんな表情をされては怖くもなんともない。可愛らしさすら感じるのだ。
 カチ、とアナログ時計が鳴き声をあげる。長針がまた一つ歩みを進める。鮮やかな朱が乾くまで、もう少し。

畳む

#ライレフ #腐向け

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