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No.109

愛おしい熱を【ライレフ】

愛おしい熱を【ライレフ】
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キスの日に考えたプロットが残ってたので書いたやつ。ライレフがキスするだけ。
Q.何でキスの日当日に投稿しなかったんですか?
A.プロット立て終えたのが終了30分前だったから。

 スポンジを持った手を動かす。柔らかなアクリル繊維が表面を撫でている内に、茶色のソースが付いた皿は元の白色を取り戻した。バーを上げ、蛇口から水を出す。サァ、と音をたてる流水を浴びせると、雫をまといながら美しく姿を変えた陶磁器が手元に残った。
 水を止め、雫のしたたるそれを水切りかごに置き、烈風刀は再びスポンジを握る。あらかじめ水に浸しておいたご飯茶碗を手に取る。べったりと付着していた米粒のデンプンは、ふやけたおかげか一撫でしただけでさらりと落ちた。
「れーふと」
 声と同時に背に熱。兄がやってきたのだと理解するより先に、腹に手を回された。そっと、しかし簡単には振りほどけない程度の締め付けが鍛えられた腹に与えられる。突然の接触に顔をしかめると同時に、肩に顎が乗せられた。
「ちょっと、お皿を洗ってるところなのですよ」
「んー」
 抗議の言葉は意味の無い音に攫われた。日に焼けていない白い首筋を、赤い髪が撫ぜる。くすぐったさに、少年は小さく身を捩る。昼空色の瞳が眇められる。奔放な兄の何も考えない行動はもうすっかり慣れてしまったことであるが、家事の邪魔をされるのは不服だ。こんなことで作業効率を落としたくはない。
「もう少しで終わりますから。あっちで大人しく待っててください」
「なーなー」
 あしらう言葉を口にするが、相手は意に介する様子はない。こちらの声を無視して呼びかける声は無駄に弾んでいた。どうせくだらない、それもろくでもないことを考えているのだろう。苛立ちと不穏な予感に、髪と同じ色をした碧い眉が強く寄せられた。
「今日、キスの日なんだって」
 明るい声が耳に直接注がれる。子どもが知ったばかりの知識を親に披露するような響きだった。ふふん、と上機嫌な笑声付きだ。それが余計に子どもらしさを醸し出していた。
 やはり、ろくなことを考えていない。はぁ、と見せつけるように思いきり嘆息する。だから何だというのだ。口付けでもしろというのか。そんなもの、いつだって許可も何もなく突然するではないか。だのに、こんな誰が制定したのかも知らぬ記念日と呼んでいいかすら分からないものにかこつけようとするのだから、我が兄ながら呆れる。
 ちゅ、と軽い音が鼓膜を揺らす。耳殻にかさついた温かなものが触れる感覚に、碧は身体を震わせた。ちゅ、ちゅ、とリップ音が形の良い耳にいくつも注ぎ込まれる。耳殻に、耳たぶに、首筋に、うなじに、温かなものが触れる。口付けされているのだと理解するのはすぐだった。
 肌と肌が触れあうくすぐったさに、幾度も口付けされる照れくささに、少年は小さく身を捩る。それも、腹に回された手によって防がれた。前はシンク、後ろは兄に道を塞がれている。身体に腕を巻きつけられているのだから、横に動くことも難しい。逃げることは困難だ。このまま唇が触れる感覚を享受するしかない。
 可愛らしくも艶めかしい音をたて、唇が肌を這っていく。心地の良い熱が触れて離れてを繰り返す。温かなものが皮膚に触れる度に、何か焦がれるような思いが募っていく。じわじわと内側に熱が宿って積もっていく。とろ火で炙られるような気分だ。
 食器を洗う手は完全に止まってしまっていた。当たり前だ、こんな状態で作業なんてろくにできるはずがない。こんな触れるだけのものばかり与えられて、数えられないほどの経験をしてきた身体は、次を、一番欲しい場所への熱を求めてしまう。あまりにも浅ましく、あまりにもはしたないことであるのは分かっている。それでも、想い人をより求めてしまうのは仕方の無いことなのだ。だって、愛しているのだから。
 雷刀、と口付けを降らせる恋人の名を呼ぶ。どこか拗ねた響きだった。常々彼を子どものようだと思っているが、この程度でこんな音を発してしまうなど自分も負けず劣らず子どもではないか。頬にほのかな赤が灯った。
 スポンジを所定の位置に置き、無理矢理身を捩って半身だけ振り返る。広がった視界の先、雷刀はにまりと笑った。チャームポイントである八重歯が覗く、愛らしい笑顔だ。しかし、今はその底にろくでもない思惑が隠れていることがありありと分かる。可愛らしさより腹立たしさを覚えるものだ。整った浅葱色の眉が寄せられた。
 抱き締めた愛し人の目をまっすぐに見やり、朱はなぁに、と間延びした返事をする。砂糖をそのまま音にしたような甘い響きをしていた。ちゅ、とまた音が一つ注がれる。今度は弾力のある耳殻に熱が与えられた。胸にまた何かが降って積もっていく。
「…………こちらはいいのですか」
 尋ねる声は、己らしくもなくぽそぽそとしたものだ。どこであるか、具体的な名称は挙げない。挙げられないのだ。どこに口付けが欲しいかなど、羞恥が邪魔して言葉として形作ることなどできない。頬に熱が広がっていく。先ほどから幾度も与えられるそれによるものではないことは明らかだ。
「そっちも!」
 弟の控えめな言葉に、兄は元気よく応える。腹に回された腕にこもる力が強くなる。苦しさに、思わず呻きその手を叩く。あっ、と焦った声とともに拘束が弱まった。
 見上げた真紅の瞳が愛おしげにきゅうと細められる。口付けする時、彼がよく見せる表情だ。途端に感覚が想起され、背筋を何かが走っていく。隠しようのない期待だ。己は今、何よりも口付けを求めている。
 顔が、唇が、徐々に近づく。普段通り、触れあうより先に目を閉じる。白い瞼は固く閉ざされ、縁取る浅海色の睫毛はふるふると震えていた。健康的な色をした唇がきゅっと結ばれる。
 ちゅ、と再び可愛らしい音。熱が宿ったのは唇ではない、分けられた髪から覗く額にだ。予想外の行動に、抱きかかえられた身体がひくりと震える。引き結ばれていた口がほろりと綻ぶ。ぇ、と漏れた声には動揺がありありと浮かんでいた。
 ちゅ、ちゅ、と音が、温度が幾度も降り注ぐ。額に、瞼に、目尻に、鼻先に、頬に、熱が灯されていく。けれども、求める場所には一切降ってくることはない。細い眉の端が困惑で下がっていく。
 頬に何度目かの灯火が宿ったところで、烈風刀は目を開ける。眉間には深く皺が刻まれ、水宝玉の瞳は眇められていた。その眦にほんのりと赤が差しているのは気のせいではないだろう。柔らかな頬にも、薄らと朱が散っていた。
「分かってやっているでしょう……」
 鋭く細められた碧が、朱を射抜く。薄い唇が自然と尖っていく。いじける子どもの様相とよく似ていた。らしくもないと己でも分かる表情を浮かべている。けれども、こんな顔になってしまうのも当たり前だ。
 鈍感に見えてどこか聡い兄が、己が発した言葉の意味を理解していないわけがない。大体、一番欲しい場所だけ綺麗に避けて口付けを降り注がせるなど、わざとに決まっている。この男は変なところで意地が悪いのだ。特に、なかなか素直になれない自分に対しては。
「別にー? 全部にちゅーしたいだけだぜ?」
 片腕が腹部から離れていく。温かく大きな手が、散々口付けが散らされた頬に添えられた。触れた指先が、白い肌をすりと撫でる。くすぐったさを覚えるとともに、心臓がとくりと跳ねた。鼓動が次第に早さを増していく。
 再び瞼を下ろす。闇に包まれた視界の中、何かが動く気配。
 唇に何かが触れる感触。少しかさついた、それでいて柔らかな肌触りと、確かな温かさ。口付けのそれだ。待ちわびた感覚に、きゅうと喉が鳴る。とくりとくりと心臓が脈打つ。歓喜に溢れた音色をしていた。
 ちゅ、ちゅ、とわざとらしく音をたてて唇と唇が触れあう。温かなそれが重なる度、胸に小さな火が灯っていく。飢餓を訴えていた心が満たされていく。いたずらするように唇を食まれた瞬間、背筋を何かがそっと撫ぜた。ん、と鼻にかかった音が漏れ出る。恥じ入るべき響きは捕らえられた頬に紅を注いだ。
 何度もの重なりの末、愛しい温度が離れていく。名残惜しさに声が漏れ出てしまいそうになるのをどうにか我慢する。もっと欲しい、と叫ぶ胸の内に必死に蓋をした。
 ゆっくりと目を開く。光に順応しきっていない目に、少し細められた緋と八重歯の白覗く赤が映った。キッチンの蛍光灯の下、薄くなったルビーが輝く。鮮烈な色の奥には、同じほど鮮やかな炎が燃えているのが見えた。
「これだけでいい?」
 普段よりも落ち着いた声とともに、節が目立ち始めた指が烈風刀の唇をなぞる。幾度も食まれたそれは、唾液で少し湿っていた。光を受けつやめくそれは、どこか艶めかしさがあった。
 言葉は問いの形を取っているが、響きは確信的なものだ。これだけでは足りないだろう。もっと欲しいだろう。この先が欲しいだろう。かすかに低くなった声はそう告げていた。
 朱の言葉に、赤い口がきゅっと引き結ばれる。形の良い眉が苛立たしげにひそめられた。孔雀石が眇められる。機嫌の悪さを、腹立たしさを隠しもしない表情だ。
 悔しいことに、兄の言葉は真実だ。一番欲しかった場所に熱を与えられた身体は、愛する人の温度を更に求め声をあげる。もっとちょうだい、と本能が浅ましくねだる。しかし、理性はそれを良しとしない。何より、兄の思い通りになるのが悔しくてたまらなかった。普段は突き抜けるほど単純な癖に、こういうところで考えを巡らすのだから腹立たしくて仕方が無い。まんまとはまってしまう己の浅はかさもだ。
 大体、欲しいのは、我慢できないのはお前もだろう。そんな思いを乗せて、弟は目の前の紅宝玉を睨めつける。慣れているのか、兄は意に介す様子もなくまた唇を指で撫ぜる。柔らかなそれがふにりと形を変えた。
 ぐるっと身を翻す。拘束が弱まっていたこともあって、先ほどよりも簡単に振り返ることができた。半分だけ顔を向けていた体勢から、ようやく真正面から向かい合う形になる。突然の行動にか、目の前の炎瑪瑙がぱちりと瞬く。あどけない子どものような表情に内心笑みをこぼしながら、その健康的な色をした頬に手を伸ばす。柔らかく弾力のあるそれを、両の手で包み込んだ。
 今一度、唇に温かな感触。ちゅ、と小さな音が部屋に落ちた。
 ゼロ距離になっていた唇を、顔を離す。すぐ目の前、飴玉のようにきらめく柘榴石がめいっぱいに見開かれたのが映った。ぽかんと間の抜けた様子で口を開きこちらを見つめる姿に、ふふ、と思わず笑みが漏れる。期待通りの反応に、達成感が胸を満たした。
「貴方こそ、いいのですか?」
 問いに問いで返す。ことさらゆっくりとした調子で言葉を紡ぎ出す。わざわざ問うまでもないだろう。お前がそうなのだから。そんな言葉を込めて、挑発的に口角を吊り上げる。にまりと己らしくもない笑顔が形取られた。
「――よくねーに決まってんじゃん」
 数拍、眼前の赤い口がニィと笑う。口端の片方だけ吊り上がった、凶悪な印象を与える笑みだ。愛しいレイシスや幼い初等部の子どもたちにはまず見せられない、絶対に見せることなどない表情である。そも、この笑みが見られるのは己ぐらいだ。何しろ、褥でしか見せないものなのだから。
 仕返しのように両頬を捕らえられる。先ほどの撫でるようなものではない、がっちりと掴んで離さないものだ。どくんと心臓が跳ねる。甘い感覚が背筋を駆け抜けた。
 意趣返しが上手くいった達成感と、己しか見ることができないこの表情を引きずり出した優越感と、この先への期待感が胸を満たす。どくん、どくん、と心臓がうるさく音をたてる。
 顔が、口が近づく。大きく開けられたそれは、触れた瞬間己を食らうだろう。そして、熱くぬめった舌が口腔を我が物顔で荒らし回るのだ。いつもそうなのだから、今日だってそうに決まっている。つい先ほどまでの児戯めいた可愛らしい口付けではない、乱暴とすらいえる捕食者の口付けが今から己を襲うのだ。
 数瞬後に享受するであろう熱を夢想し、思わず口元が緩む。愛しい人に食われるために、碧はそっと目を閉じた。

畳む

#ライレフ #腐向け

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