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No.110

その美しい髪に口付けを【はるグレ】

その美しい髪に口付けを【はるグレ】
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αzaleaのジャケがはるグレ(オタク特有の拡大解釈)ではるグレ…………となったのではるグレ。珍しく付き合ってるタイプ。
はるグレが互いに髪を触っていちゃいちゃするだけ。

 躑躅色の髪が音も無く揺れる。癖のあるそれの端、くるんと丸まった箇所を筋張った指が捕らえる。見た目よりもしっかりとした指が、ウェーブがかったそれを梳いていく。ゆっくりと髪の間を指が通る様は、慈しみに満ちていた。
 すっと通り抜けた指が、柔らかな髪を再びつまむ。今度はそのままくるくると指に巻き付けた。スパゲティをフォークで絡め取るような動きだ。不健康なほど白い指先にふわふわとしたアザレアが咲く。
 柔らかな温もりが少女の背に、足に、腹に宿る。チュールレースに守られた柔らかな腹には、緑衣に包まれた腕が回されていた。細い腰に長い腕が回され、緩く捕らえられる。ようやく力加減を覚えたのか、苦しさはない。あるのは穏やかな温かさと安らぎだ。安心感で落ちそうになる瞼を、少しの緊張が押し上げる。スピネルの瞳はどこを見ていいのか分からないのか、宙をうろうろと泳いでいた。
 マゼンタを絡めた指が持ち上がる。そのまま、手の持ち主は己の口元へとそれを運んだ。さらさらとした髪に、音も無く口付けが落とされる。気配で分かったのだろう、細い肩がひくりと揺れた。
「あんた、本当に私の髪好きよね……」
 胸に芽吹く羞恥を誤魔化すように、少女は呆れた調子で言葉を紡ぐ。事実、この少年――今自分を抱きかかえている京終始果は、己の髪によく触れる。ウェーブがかった長い髪を恭しく持ち上げ、音も無く口付けを落とすのは、それこそ出会った時からずっと行われていた。最初は飛び退くほど驚いたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。反応することすら面倒臭く感じるほどだ。それでも未だにわずかな恥じらいを覚えてしまうのだから、自分はいつまで経っても子どもだ。
「グレイスの全部が好きですよ?」
 少女の言葉に、始果は平坦な声で返す。ストレートな言葉に、柔らかで白い頬がかぁと紅で染まる。そういう意味じゃないわよ、とすぐ下にある膝をぺしりと叩いた。よくある反応を気にすることなく、狐面の少年は変わらず長い髪を梳かした。柔らかな髪がそっと形を変え、元に戻った。
「汚いわよ」
「そうなのですか?」
「だって一日過ごしたわけだし……」
 首を傾げる始果に、グレイスはもにょもにょと口を動かす。はっきりとした声が徐々に萎んでいく。ぅ、と気まずげな音が少女の細い喉から漏れ出た。
 もちろん、髪は毎日洗っているし、相応に手入れもしている。人に触れさせても問題が無い程度に身綺麗にしているはずだ。けれども、一日過ごし汗や埃が付いたそれを人に――特に愛する人に触れられるのは、何だが気まずい。汗臭くないだろうか、と今更な懸念が湧いて出る。今日は体育の授業がなかったから、余計な汗は掻いていないはずだ。それでも、春の陽気が過ぎ去り夏に近づく今、普段よりも汗を掻いているに違いない。どうしよう、と躑躅は動揺に身を捩る。逃げるような動きは、捕らえられた腕によって阻まれた。
「そうは思いませんよ」
 小さな心が揺れ乱れる中、少年は平時と変わらない調子で言葉を紡ぐ。そこに世辞など無かった。そも、彼は世辞を言うような人間ではない。特に、グレイスに対しては、だ。黒百合色をした少年の言葉は、いつだってまっすぐに少女の心を射抜く。取り繕うことのない言葉に、揺れる少女の心臓はどくんと大きく跳ねた。
 言葉を証明するように、また髪に口付け一つ。ちゅ、と小さなリップノイズが二人の間に落ちる。始果のことだ、きっと偶然でわざとではないだろう。それでも、その小さな音は少女の耳にいやに大きく響いた。さっと白い肌に紅が刷かれる。
 髪ばっかり。そんなことを考えて、少女は密かに頬を膨らませる。膝の上に座らされ、後ろから抱きかかえられた現状は、恋人らしいことをしていると言えるだろう。しかし、本当にただ触れあっているだけで、始果はグレイス本人でなくその緩やかな髪に触れるばかりなのだ。もっと触れてほしい。触れたい。そんな欲求が少女の胸に湧き出る。恋人と少しでも触れ合い交流を深めたいと思うのは自然なことだろう。人と交わることをほとんどせず生きてきた彼女ならば尚更だ。好きな人には、たくさん触れたい。
 腹に回された手に己の両手を掛ける。そのままぐっと前に押し、少しだけ空間を作る。できた余白を活用し、少女は身体を捻って半身だけ振り向く。見上げた先の月色は大きく開かれていた。ぱちり、と満月二つが瞬く。大人しく座っていた少女の突然の行動に驚いたのだろう。
「私にも触らせなさいよ」
 むぅと頬を膨らませ、グレイスは瞬く金色をまっすぐに見つめる。はっきりとした声には、少し拗ねた色が浮かんでいた。当たり前だ、ここまで触れ合っておきながら今の今までろくに構ってもらえなかったのだ。多少いじけるのも仕方が無いことだろう。恋人との甘やかな時間に憧れを抱く年頃の少女ならば尚更だ。
 細い腕が少年の首筋へと伸びる。服と同じ色をした襟巻きを通り過ぎ、白い指が後ろで結わえられた長い髪を捕らえる。細い束を優しく掴み、そのまま肩に掛けるように前に持ってきた。緑の柔らかな布の上に、濡れ羽色の髪が散る。
 ほっそりとした指が漆黒に通される。無造作に束ねられた黒はつややかで、照明の光を受け輝いていた。癖のないストレートの髪は指通しが良く、すっと差し入れるだけで抵抗無く梳かれる。毎朝大格闘している己の癖っ毛とは大違いだ。始果の性格と生活環境上、手入れなどしていないはずだ。それでこのさらさらとした美しい髪に仕上がっているのだから、なんだか悔しい。丸い頬がぷくりと膨らんだ。
「どうしました?」
「何でもないわよ」
 するすると黒い髪に指を絡める少女に、少年は問う。返ってきたのは、ぶっきらぼうな短い言葉だ。少女の声は不満と嫉妬が色濃く浮かんでいた。何故彼女がそんな感情を露わにしているのか分からないのだろう、始果はことりと首を傾げた。長い前髪がさらりと揺れる。
 少女の言葉を深く考える様子もなく、少年は再び手を動かす。高い位置で結われたサイドテールを崩さないように、そっと指を差し入れる。そのまま、櫛を通すようにゆっくりと手を動かす。つややかな髪が、引っかかることなく梳かれていく。指と髪が離れた瞬間、癖のある躑躅はぴょんと跳ねた。それが面白かったのか、少年は何度も指を入れては動かしを繰り返す。大胆ながらも、ガラス細工を扱うような繊細な手つきだった。
 沈黙の中、二人は互いの髪を触りあう。愛おしさに満ちあふれた動きだった。傍から見れば、愛し合う恋人同士が甘やかな時間を過ごしているように映るだろう――彼女らはまだ足りないだなんて思っているだろうけれど。
「……何というのでしょうか」
 流れる静寂を、少し低い声が破る。何が、とグレイスは髪をいじくる手を止め、すぐ隣の顔を見やる。きょとりとした顔に、きょとりとした顔が返される。尖晶石を見つめる琥珀石の瞳がぱちりと瞬く。常は平坦な色をしたそれは、今はどこかきらめいて見えた。
「きみに触れられていると、何だがふわふわ……します」
 ゆっくりと紡がれた言葉には、疑問符が混じっていた。彼にも、今の己の心情が理解できないのだろう。何せ、この少年は『嫉妬』の名すら知らないのだ。今胸から湧き出るこの気持ちを――『幸せ』という名前が付いたそれを理解することなどできなかった。けれども、その温かみはしっかりと分かるのだろう。普段はまっすぐな一本線を描く口元は、無意識にかゆるりと綻んでいた。春を目前とした桜の蕾が解けそうになっている、そんな風景を思い起こさせるものだ。
 微かな笑みを浮かべる狐の姿に、躑躅もつられて口元を緩める。ふふ、と思わず笑声が漏れてしまったのは仕方が無いことだろう。少しの呆れと多分の幸いを含んだそれは、二人の間に溶けて消えた。
 この少年は驚くほど感情の名を知らない。それでも、それを言葉という形として伝えようと思うほど、今この情動を強く感じているのだ。それはグレイスも同じだった。羞恥心が勝ってしまう彼女は言葉にしないものの、彼と同じほどの幸福感を抱えていた。現に、笑みとして表れてしまうほどだ。
 そう、と少女は一言だけ返す。愛おしさと、慈しみと、幸福がたっぷり詰まった音色をしていた。
 彼の真似をして、グレイスは結われた長い黒髪をそっと手に取る。そのまま、つやめくそれに口付け一つ落とした。
 二人きりの空間に、唇が触れる小さな音が落ちて消えた。

畳む

#はるグレ

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