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No.113
書き出しと終わりまとめ10【SDVX】
書き出しと終わりまとめ10【SDVX】
あなたに書いて欲しい物語
でだらだら書いていたものまとめその10。ボ6個。
毎度の如く診断する時の名前がちょくちょく違うのは気にしない。
成分表示:はるグレ1/ライレフ3/嬬武器兄弟1/グレイス1
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愛苦/はるグレ
AOINOさんには「ある晴れた日のことだった」で始まり、「答えはどこにもなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。
晴れた日のことだ。
「グレイス、好きですよ」
そう言って始果は口元を綻ばせる。表情が無いと言っても過言ではない彼が見せる貴重な顔だ。愛する少女の前でしか見せない、特別な笑みだ。柔らかなそれは、青空に映えるものだった。
そう、と言ってグレイスは視線を逸らす。好意を一心に向けられているというのに、少女の表情は陰ったものだ。整った眉が寄る。俯く顔に太陽が影を作る。
始果は度々『好きだ』と告げてくる。温かな感情を向けられて嬉しくないはずなどない。けれども、その言葉を信じ切ることができるほど、少女の心に余白は無かった。
バグの海で出会った時、グレイスは始果の記憶能力を狂わせた。日常生活には支障がないものの、戦争が終結した今も彼の記憶力は低いままだ。知識もバラバラに抜け落ちたもので、度々人に世話を焼かれている。狂わせた影響なのか、感情表現も非常に希薄だ。
この好意は、記憶能力を狂わせた影響によるものではないか。
彼が愛しい言葉を紡ぐ度、疑問が少女の胸に湧いて出る。暗いそれは、柔らかで小さな心を簡単に食らい尽くした。
これは何かの間違いなのだ。だって、記憶なんて大切なものを狂わせて恨まれないはずがない。好意を示されるはずがない。好かれるはずなどない。己にそんな資格など無い。
重い言葉が少女の胸にぐるぐると渦巻く。間違いない、と決めつける言葉は、自分に言い聞かせるものだった。許されてはならない、と強い自罰意識が見えるものだ。誰よりも、何よりも、彼女自身が己が誰かに愛されることを許せなかった。
グレイス、と柔らかな声が己の名前を呼ぶ。ゆっくりと伏せた顔を上げると、そこには穏やかな顔をした始果がいた。躑躅色の前髪に白い手が伸びる。長いそれを掻き分け、スピネルの瞳が陽の光の下に晒された。
好きです、と一言。少年は微笑む。愛しさに溢れた表情だった。愛を詰め込んだ声だった。何もかも、グレイスにとって苦しいものだった。
この言葉を素直に受け取ることができる日は来るのだろうか。
答えなどどこにもなかった。
祭り囃子につられて/ライレフ
あおいちさんには「言葉が見つからなかった」で始まり、「懐かしい味がした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。
呆れのあまり、言葉が見つからなかった。
「何ですか、その量……」
「いや……どれも美味しそうだったから……」
どうにか発した言葉に、兄はばつが悪そうに目を逸らし濁った言葉を返す。その手には、たくさんのビニール袋や棒に刺さった食べ物が握られていた。
縁日やってるらしいし行こーぜ、と手を引き家を出たのが夕方に差し掛かる頃。多くの屋台を二人で見て回った頃には、世界はすっかり闇に包まれていた。張り巡らされた提灯の明かりが照らし出す世界は昼のように明るいが、気付けばもう夕食を済ませている時間だった。
晩飯を食べてしまおう、買ってくるから待ってて、と人混みの中へと走り消えていった兄を待つこと十数分。戻ってきた彼の手に握られた数々の品を見て、烈風刀は眉をしかめた。勝手に走っていった時点で嫌な予感はしていたのだが、まさしく的中してしまった。
「貴方、これ全部食べるつもりなのですか」
「二人なら食べきれるだろ?」
「そうですけれど、買いすぎです。いくら使ったのですか」
お祭り価格とはよく言ったもので、屋台の品々は基本的に価格が高い。それが悪いことだとは言わないが、さすがにこの量は無駄遣いだと言いたくなるものだった。手にした品々の数も、ざっと見た限り健康優良児である兄弟二人ならばどうにか胃に収まる量ではあるが、それでも限界に近いものだ。計画性が無いとしか言いようがない。
「いいじゃん、お祭りの時ぐらい」
「否定はしません。けれど、明らかに夕食に相応しくないものもありますよね? 夕食を買いに行ったのではなかったのですか?」
ゆらゆらとビニール袋を揺らすその手には、りんご飴やいちご飴が握られていた。どうみても『夕食』には相応しくない代物である。大方、祭りの雰囲気に酔って衝動買いしたのだろう。
「いいじゃん。デザートだよ、デザート」
ほら、と言って雷刀は赤いりんご飴をこちらに向ける。反射的に受け取ると、彼は辺りを見回した。
「あっちの方空いてるっぽいし、あっち行って食べよーぜ」
「帰ってからの方がいいのではないのですか?」
「せっかくのお祭りなんだから、ここで食べた方がいいって。その方が絶対うめーもん」
そんなの場の空気に酔っているだけではないか、と言う反論は眼前に差し出された黄色によって阻まれた。焼きとうもろこしだ。焼けた醤油の香りが鼻をくすぐる。くぅ、と腹の虫が小さな声をあげた。
「はい、烈風刀の分な」
そう言って兄はビニール袋を手渡してくる。ずしりと重たいそれを受け取ると、そのまま手を握られた。提灯の柔らかな光に照らされた顔に朱が差す。
「オレ、すぐはぐれちまうじゃん? ちゃんと掴んでて」
反論の言葉は、都合の良い言葉によって消し去られた。たしかに、この人混みでは自由奔放で好奇心旺盛な兄はすぐにどこかに行ってはぐれてしまうだろう。そうなれば手間だ。ならば、仕方が無い。余計な手間を省くために一番効率が良い手段なのだ。言い聞かせ、弟はそっと手を握り返す。少し沈んだ視界、目の前の口元がニッと大きな弧を描いたのが見えた。
頬に宿る熱を誤魔化すように、烈風刀は手にしたとうもろこしをかじる。きつね色のそれは、どこか懐かしい味がした。
奇跡よ、どうか続いて/ライレフ
AOINOさんには「いわゆる奇跡だったのです」で始まり、「君がいないと息もできない」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
いわゆる奇跡なのだろう。
家族で、男兄弟で、唯一無二の片割れで。そんな関係性の自分たちが『恋人』なんて甘やかな存在になったのは、奇跡としか言い様がない。こんなこと、奇跡でなかったら何だというのだ。烈風刀は幾度も考える。奇跡でも無ければ、この想いが実ることなど無いに決まっている。
だからこそ、不安で押し潰されそうになる。『奇跡』なんてあり得ないものの上に築かれたこの関係が、いつ壊れてしまうかなど分からない。人と人との関係なんて、ほんの些細なことで簡単に崩れ去ってしまうのだ。それが『奇跡』なんて不可思議で不安定な存在の上に成ったものならば尚更だ。
もし、この『奇跡』が解けてしまったならば。
背筋に冷たいものが走っていく。明確な恐怖だ。はっきりとした怯えだ。今の関係性が壊れてしまったならば、もう元には戻れないだろう。ただの『兄弟』として生きていくことなど、絶対に不可能だ。だからこそ、恐れが身体を支配する。もう引き返しようのない場所にいるのに、ここはあまりにも不安定だ。いつ壊れてしまってもおかしくないのに、こんなところに二人で立っている。いつまでも居続けることなどできるはずがない。こんな関係が永遠に続くはずなどない。ずっと彼と一緒にいられるはずがない。
「烈風刀?」
柔らかな声に、はっと目を開く。薄暗い視界の中に、鮮烈な朱が飛び込んでくる。丸い柘榴石が不思議そうにぱちりと瞬いた。
「どした? 調子悪い? 今日はやめとく?」
「い、え……。大丈夫、です」
不安げに八の字を描く眉を見て、少年は淀んだ声で返す。ほんとに、と心配げに問うてくる愛しい人の首に腕を回し、そっと抱き寄せる。なんでもありませんよ、と囁けば、小さな呻り声が耳をくすぐった。
「嘘吐くなよ」
「嘘なんて吐いていませんよ」
だから、早く。
むくれた調子で言葉を紡ぐ兄の耳に、そっと言葉を流し込む。こくん、と喉が鳴る音が聞こえた。
「無理だと思ったらすぐ言えよな」
「はいはい」
未だ訝しげに目を細める彼に、あしらう調子で声を発する。むぅ、と柔らかな頬が膨らむ。ほんとに無理すんなよ、と今一度釘を刺される。鈍いようで変なところで聡い彼には、この虚勢は見抜かれてしまったようだ。それでも、こちらの意志を汲んでくれるのだから、彼は優しい。その優しさにずっと甘えているのだ、と考えて、烈風刀は自嘲気味に笑みをこぼす。天河石の瞳に陰が差した。
目が醒めるような朱が近づく。愛おしい熱を想い描きつつ、少年は目を閉じる。すぐさま、唇に温かなものが触れた。啄むような触れ合いが、どんどんと深くなっていく。呼吸が奪われていく。それでも、今はこの熱に溺れる他無かった。
もう君がいないと呼吸すらできない。
蝉と昼空/嬬武器兄弟
あおいちさんには「夏が始まる」で始まり、「これから何かが始まる予感がした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
あぁ、夏が始まるのだ。
抜けるような青空を見上げ、烈風刀はベランダに一人立ち尽くす。彼を囲むように色とりどりの衣服と汚れ一つ無いタオルがはためく。
ジー、ジー、と特徴的な音が鼓膜をこれでもかと震わせる。鼓膜を通り過ぎて頭に直接突き刺してくるようなそれを、少年はぼぅとした様子で聞く。アパートの前、歩道に植えられた並木には多くの蝉がしがみつき、短い生を謳歌しているのだろう。何重にも折り重なったこの鳴き声が何よりの証拠だ。
昨日まで蝉は鳴いていただろうか。記憶の糸をたぐるが、あまりにも日常に溶けこんだそれを思い起こすことは不可能だった。今この瞬間――洗濯物を干す最中、ふと中天に近づきつつある太陽を見上げた今、脳がこの音を認識したのだ。不思議なものである、と思うと共に、そんなものか、とも思う。人間は、興味の無いことは案外認識しないものだ。
雲一つ無い青空。照りつける太陽。蝉時雨。『夏』という語を思い起こすには十分の要素たちだった。
そも、気付けばもう期末試験も終わり、再来週には終業式ではないか。夏にはとうに足を突っ込んでいるような時期だ。だのに今の今まで自覚しなかったのだから自分も大概惚けている。
「烈風刀ー、風呂掃除終わったー」
カララ、と軽い音と共に飛び込んできた声に、意識が現実に引き戻される。ぱちりと瞬き一つ、音の方へ顔を向けると、空とは正反対の色をした兄が立っていた。
「どーした?」
「あぁ、いえ。何でもありません」
首を傾げる雷刀に、少年は視線を下に落とす。誤魔化すように、手に持ったタオルを軽く振る。パン、と布地が広がる音が蒼天に上がる。
「うっわ、蝉の声すげーな。夏って感じ」
洗濯かごからバスタオルを手にした雷刀は青空を眺め言う。うんざりしたようにも取れる言葉は、どこか弾んだものだ。
そうですね、と物干し竿にタオルを吊しながら応える。同じことを考えた、という事実に、胸がどこかこそばゆくなる。単純な兄と同じ思考をしてしまった悲しみか、それとも愛しい家族と同じことを考えたことに対する喜びか。青春真っ只中の少年の複雑な心は、自分でも理解ができなかった。
「そういやもうすぐ夏休みだなー。今年は何やるんだろう」
「貴方はその前に補習があるでしょう」
「思い出させんなよ……」
弾んでいた声が一気に萎む。コロコロと変わる表情と音に、少年はくすりと小さく笑みを漏らす。笑い事じゃねーだろー、とむくれた声が飛んできた。
「ま、補習なんてさっさと終わらせて遊ぼーな。レイシスも誘ってさ」
切り替えた様子の兄はニッと笑う。何もかもを照らすような輝く笑みに、少年はそっと目を細める。そうですね、と返し、彼も口元を緩めた。
今年も賑やかな夏が始まる予感がした。
貴方の音/ライレフ
あおいちさんには「君の好きな歌を口ずさんだ」で始まり、「今なら伝えられる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。
愛する彼女を象徴する歌を口ずさむ。そういえば、この歌は兄も好きだったな、と余計な情報が呼び起こされる。愛しい少女のために作られた曲なのだ、己たち兄弟が好きになるのは当然のことだった。
トントンとまな板と包丁が軽やかな音をたてる。合間に、シャキシャキと小気味の良い音が挟まる。細切りになった人参は、今晩の味噌汁の具材になる予定だ。
「あ、オレもそれ好き」
後ろから飛んできた声に、手が、歌が止まる。強張った表情で音の方へと視線を移す。そこには冷蔵庫を開ける兄の姿があった。
聞かれていた、という事実に、白い耳に血の色が差す。胸の内に重い何かがどろりと渦巻く。包丁を握る手にかすかに力がこもった。
「やっぱレイシスの曲は最高だよなー」
「……当たり前でしょう」
麦茶をグラスに注ぐ兄の言葉に、短く返す。突き放すような響きになってしまったのは仕方のないことだろう。愛する彼女を歌った楽曲が素晴らしいのは当然のことであるし、気の利いた答えを返せるほどの余裕など今は持ち合わせていない。
弟の様子など気にかけることなく、兄はグラスを傾ける。健康的な色をした喉が大きく動く。横目に、烈風刀は調理を再開する。シャクンと人参が軽やかな音をたてた。
「オレ、あれも好き。えっと――」
そう言って兄はメロディーを奏で出す。テテテ、と口ずさむそれは、以前己がジャケットを担当した楽曲だ。機嫌良く歌う横顔は楽しげなものだ。彼は人前で歌うことに抵抗がないらしい。
「何だっけ」
「何故曲名は覚えていないのですか……」
「だって烈風刀が担当する曲、英語ばっかじゃん」
「貴方もでしょう」
そうだけど、と雷刀は唇を尖らせる。自分の担当した曲名すら覚えているか怪しいのではないか、と疑念が湧く。これ以上話を進めるのはやめておいた方がいいだろう。
「グラス、ちゃんと洗っておいてくださいよ」
「へいへい」
気の抜けた返事とともに、水が流れる音が響き出す。洗い物をする彼を横目に、烈風刀は具材を鍋に入れる。今度は大根を取り出し、まな板に据える。白い円柱に刃を入れると、瑞々しい音があがった。
「何か手伝う?」
「大丈夫ですよ。先に課題を終わらせてください」
覗き込む兄に返すと、ぅ、と濁った音がキッチンに落ちた。勉強嫌いな彼のことだ、今の今まで忘れていたのだろう。提出期限もうすぐですよ、と追撃を飛ばすと、へい、と萎んだ声が返された。
スリッパが床を打つ力のない音が後ろを通り、ダイニングへと消えていく。パタン、とドアが閉じる音が後ろ手に聞こえた。
切ったばかりの大根を鍋に入れる。次は油揚げだ。先に湯抜きしておいたそれに包丁を入れる。柔らかな生地が音もなく分かたれた。
まな板を包丁が叩く音の中、兄の歌声がリフレインする。好き、と言いながら歌う横顔は愛おしく可愛らしい。何より、自分が担当した曲を好きだと言われ、喜びが胸の内に湧いて出た。ジャケットを担当した曲はどれも思い入れのあるものだ。それを『好き』とまっすぐに言われて、嬉しくないはずなどなかった。そんなこと、恥ずかしくて面と向かって言えないけれど。
僕も貴方のあの曲、好きですよ。
口の中で呟いてみる。素直な言葉はいつか伝えられるだろうか。
奇跡も愛も受け止めきれずに/グレイス
葵壱さんには「いわゆる奇跡だったのです」で始まり、「明日はきっと優しくなれる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。
いわゆる奇跡だったのだろう、と、少女は己の手を見る。随分と小さくなってしまったそれを、意味もなく握って開いてを繰り返す。たしかな感触に、マゼンタの目が細められた。
あの日――レイシスが手を伸ばし迎えに来てくれた日、古いプログラムでできた己の身体はネメシスの力によって再構成された。渇求した『あちら側』での存在を認められ、ヒトらしく暮らすようになって早幾月。再構成する段階で縮んでしまったグレイスの身体は、既に元のすらりとした体躯に戻っていた。
それでも、まだ創り変えらたコアがしっかりと安定していないからか、ふとした拍子に幼い姿に戻ってしまうことがある。様々な要因が重なってしまった今日がそうだった。幸い、運営業務に差し障ることはなかったが、大事をとって先に帰宅することとなったのだ。
レイシス謹製の服に着替え、グレイスはベッドに浅く座る。小さくなった身体をたしかめるように撫で、胸に手を当てる。創り変わったコアが脈動するのが、厚い布地越しに伝わってくる。生きているのだ、と改めて確認し、少女は小さな溜め息をついた。
身体が縮む度、この意味のない行為をするのが彼女の癖となっていた。コアが動くことなどごく当たり前のことではないか、と人は首を傾げるだろう。けれどもグレイスにとって――一度消失寸前に陥った彼女にとっては、他者にとっての当たり前など当たり前ではない。現に、未だ不安定なこの身体は同じ形を保ち続けることができていないのだ。このまま元に戻らなかったら、もっともっと小さくなってしまったら、消えてしまったら。決して口に出すつもりはないが、少女の中には不安はまだまだ残っている。
生まれ過ごした時間はレイシスたちとさほど変わらないものである。しかし、グレイスは誰もいないバグの海で生の大部分を過ごしてきた。他人と関わることが無いに等しかった少女の情操は、彼女らよりも発達していない。人よりも不安になってしまうのは仕方のないことだ。
奇跡なのだ、と改めて考える。
本来ならば、己はあの日世界諸共――それかただ独り――消滅していたはずなのだ。けれど、『死にたくない』と醜く発した言葉を、レイシスは聞き届けてくれた。手を差し伸べてくれた。救ってくれた。ネメシスで生きる願いを叶えてくれた。これが『奇跡』でなく何というのだ。
レイシスという存在無しでは、今のグレイスは在りえない。感謝してもしきれない存在だ。なにせ、言葉通り命の恩人なのである。彼女無しでは、ネメシスに愛された彼女無しでは、己はとっくにバグに飲み込まれて消えていたのだから。
だのに、あの少女が降り注ぐ満開の愛を、己は正面から受け止めきれずにいる。素直に捉えず、斜に構えて邪険に扱ってしまうのだ。
グレイスは誰もいないバグの海で一人生きてきた少女である。愛を与えられることなどなかった。愛の受け止め方など知らなかった。だから、分からないのだ。素直な受け取り方を。
愛を与えてくれるのに、愛に応えられない。どう応えていいか分からない。それが嫌でたまらない。命の恩人を邪険に扱うなど、最低ではないか。
何より、グレイスはレイシスを好いている。好意には好意で応えたい。それは当たり前の思考だ。けれど、その当たり前が実行できない。歯痒くて仕方なかった。
もっと自分が素直ならば。愛の受け止め方を知っていれば。愛の渡し方を知っていれば。
何度考えても、心は、身体はついてきてくれない。いつまで経ってもぶっきらぼうにあしらってしまうのだ。何度歯噛みしても、育ちきっていない情緒は思考に追いついてくれないのだ。
ふぅ、と息を吐く。存外重いそれに、思わず苦笑を漏らす。溜め息を吐きたいのはレイシスの方だろうに。何故加害者の自分がこんなことをしているのだろう。自己嫌悪がまた一つ募っていく。
きっと明日――下手をすれば今日の業務終了後――は、レイシスが部屋を訪れるだろう。『大丈夫デスカ?』と心底心配な表情と声で尋ねてくるはずだ。あの心優しい姉は。
明日は素直になれるだろうか。優しくなれるだろうか。
なれたらいいのに、と考えて、少女はアザレアの瞳を閉じた。
畳む
#はるグレ
#ライレフ
#嬬武器雷刀
#嬬武器烈風刀
#グレイス
#腐向け
#はるグレ
#ライレフ
#嬬武器雷刀
#嬬武器烈風刀
#グレイス
#腐向け
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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AOINOさんには「ある晴れた日のことだった」で始まり、「答えはどこにもなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以内でお願いします。
晴れた日のことだ。
「グレイス、好きですよ」
そう言って始果は口元を綻ばせる。表情が無いと言っても過言ではない彼が見せる貴重な顔だ。愛する少女の前でしか見せない、特別な笑みだ。柔らかなそれは、青空に映えるものだった。
そう、と言ってグレイスは視線を逸らす。好意を一心に向けられているというのに、少女の表情は陰ったものだ。整った眉が寄る。俯く顔に太陽が影を作る。
始果は度々『好きだ』と告げてくる。温かな感情を向けられて嬉しくないはずなどない。けれども、その言葉を信じ切ることができるほど、少女の心に余白は無かった。
バグの海で出会った時、グレイスは始果の記憶能力を狂わせた。日常生活には支障がないものの、戦争が終結した今も彼の記憶力は低いままだ。知識もバラバラに抜け落ちたもので、度々人に世話を焼かれている。狂わせた影響なのか、感情表現も非常に希薄だ。
この好意は、記憶能力を狂わせた影響によるものではないか。
彼が愛しい言葉を紡ぐ度、疑問が少女の胸に湧いて出る。暗いそれは、柔らかで小さな心を簡単に食らい尽くした。
これは何かの間違いなのだ。だって、記憶なんて大切なものを狂わせて恨まれないはずがない。好意を示されるはずがない。好かれるはずなどない。己にそんな資格など無い。
重い言葉が少女の胸にぐるぐると渦巻く。間違いない、と決めつける言葉は、自分に言い聞かせるものだった。許されてはならない、と強い自罰意識が見えるものだ。誰よりも、何よりも、彼女自身が己が誰かに愛されることを許せなかった。
グレイス、と柔らかな声が己の名前を呼ぶ。ゆっくりと伏せた顔を上げると、そこには穏やかな顔をした始果がいた。躑躅色の前髪に白い手が伸びる。長いそれを掻き分け、スピネルの瞳が陽の光の下に晒された。
好きです、と一言。少年は微笑む。愛しさに溢れた表情だった。愛を詰め込んだ声だった。何もかも、グレイスにとって苦しいものだった。
この言葉を素直に受け取ることができる日は来るのだろうか。
答えなどどこにもなかった。
祭り囃子につられて/ライレフ
あおいちさんには「言葉が見つからなかった」で始まり、「懐かしい味がした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。
呆れのあまり、言葉が見つからなかった。
「何ですか、その量……」
「いや……どれも美味しそうだったから……」
どうにか発した言葉に、兄はばつが悪そうに目を逸らし濁った言葉を返す。その手には、たくさんのビニール袋や棒に刺さった食べ物が握られていた。
縁日やってるらしいし行こーぜ、と手を引き家を出たのが夕方に差し掛かる頃。多くの屋台を二人で見て回った頃には、世界はすっかり闇に包まれていた。張り巡らされた提灯の明かりが照らし出す世界は昼のように明るいが、気付けばもう夕食を済ませている時間だった。
晩飯を食べてしまおう、買ってくるから待ってて、と人混みの中へと走り消えていった兄を待つこと十数分。戻ってきた彼の手に握られた数々の品を見て、烈風刀は眉をしかめた。勝手に走っていった時点で嫌な予感はしていたのだが、まさしく的中してしまった。
「貴方、これ全部食べるつもりなのですか」
「二人なら食べきれるだろ?」
「そうですけれど、買いすぎです。いくら使ったのですか」
お祭り価格とはよく言ったもので、屋台の品々は基本的に価格が高い。それが悪いことだとは言わないが、さすがにこの量は無駄遣いだと言いたくなるものだった。手にした品々の数も、ざっと見た限り健康優良児である兄弟二人ならばどうにか胃に収まる量ではあるが、それでも限界に近いものだ。計画性が無いとしか言いようがない。
「いいじゃん、お祭りの時ぐらい」
「否定はしません。けれど、明らかに夕食に相応しくないものもありますよね? 夕食を買いに行ったのではなかったのですか?」
ゆらゆらとビニール袋を揺らすその手には、りんご飴やいちご飴が握られていた。どうみても『夕食』には相応しくない代物である。大方、祭りの雰囲気に酔って衝動買いしたのだろう。
「いいじゃん。デザートだよ、デザート」
ほら、と言って雷刀は赤いりんご飴をこちらに向ける。反射的に受け取ると、彼は辺りを見回した。
「あっちの方空いてるっぽいし、あっち行って食べよーぜ」
「帰ってからの方がいいのではないのですか?」
「せっかくのお祭りなんだから、ここで食べた方がいいって。その方が絶対うめーもん」
そんなの場の空気に酔っているだけではないか、と言う反論は眼前に差し出された黄色によって阻まれた。焼きとうもろこしだ。焼けた醤油の香りが鼻をくすぐる。くぅ、と腹の虫が小さな声をあげた。
「はい、烈風刀の分な」
そう言って兄はビニール袋を手渡してくる。ずしりと重たいそれを受け取ると、そのまま手を握られた。提灯の柔らかな光に照らされた顔に朱が差す。
「オレ、すぐはぐれちまうじゃん? ちゃんと掴んでて」
反論の言葉は、都合の良い言葉によって消し去られた。たしかに、この人混みでは自由奔放で好奇心旺盛な兄はすぐにどこかに行ってはぐれてしまうだろう。そうなれば手間だ。ならば、仕方が無い。余計な手間を省くために一番効率が良い手段なのだ。言い聞かせ、弟はそっと手を握り返す。少し沈んだ視界、目の前の口元がニッと大きな弧を描いたのが見えた。
頬に宿る熱を誤魔化すように、烈風刀は手にしたとうもろこしをかじる。きつね色のそれは、どこか懐かしい味がした。
奇跡よ、どうか続いて/ライレフ
AOINOさんには「いわゆる奇跡だったのです」で始まり、「君がいないと息もできない」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
いわゆる奇跡なのだろう。
家族で、男兄弟で、唯一無二の片割れで。そんな関係性の自分たちが『恋人』なんて甘やかな存在になったのは、奇跡としか言い様がない。こんなこと、奇跡でなかったら何だというのだ。烈風刀は幾度も考える。奇跡でも無ければ、この想いが実ることなど無いに決まっている。
だからこそ、不安で押し潰されそうになる。『奇跡』なんてあり得ないものの上に築かれたこの関係が、いつ壊れてしまうかなど分からない。人と人との関係なんて、ほんの些細なことで簡単に崩れ去ってしまうのだ。それが『奇跡』なんて不可思議で不安定な存在の上に成ったものならば尚更だ。
もし、この『奇跡』が解けてしまったならば。
背筋に冷たいものが走っていく。明確な恐怖だ。はっきりとした怯えだ。今の関係性が壊れてしまったならば、もう元には戻れないだろう。ただの『兄弟』として生きていくことなど、絶対に不可能だ。だからこそ、恐れが身体を支配する。もう引き返しようのない場所にいるのに、ここはあまりにも不安定だ。いつ壊れてしまってもおかしくないのに、こんなところに二人で立っている。いつまでも居続けることなどできるはずがない。こんな関係が永遠に続くはずなどない。ずっと彼と一緒にいられるはずがない。
「烈風刀?」
柔らかな声に、はっと目を開く。薄暗い視界の中に、鮮烈な朱が飛び込んでくる。丸い柘榴石が不思議そうにぱちりと瞬いた。
「どした? 調子悪い? 今日はやめとく?」
「い、え……。大丈夫、です」
不安げに八の字を描く眉を見て、少年は淀んだ声で返す。ほんとに、と心配げに問うてくる愛しい人の首に腕を回し、そっと抱き寄せる。なんでもありませんよ、と囁けば、小さな呻り声が耳をくすぐった。
「嘘吐くなよ」
「嘘なんて吐いていませんよ」
だから、早く。
むくれた調子で言葉を紡ぐ兄の耳に、そっと言葉を流し込む。こくん、と喉が鳴る音が聞こえた。
「無理だと思ったらすぐ言えよな」
「はいはい」
未だ訝しげに目を細める彼に、あしらう調子で声を発する。むぅ、と柔らかな頬が膨らむ。ほんとに無理すんなよ、と今一度釘を刺される。鈍いようで変なところで聡い彼には、この虚勢は見抜かれてしまったようだ。それでも、こちらの意志を汲んでくれるのだから、彼は優しい。その優しさにずっと甘えているのだ、と考えて、烈風刀は自嘲気味に笑みをこぼす。天河石の瞳に陰が差した。
目が醒めるような朱が近づく。愛おしい熱を想い描きつつ、少年は目を閉じる。すぐさま、唇に温かなものが触れた。啄むような触れ合いが、どんどんと深くなっていく。呼吸が奪われていく。それでも、今はこの熱に溺れる他無かった。
もう君がいないと呼吸すらできない。
蝉と昼空/嬬武器兄弟
あおいちさんには「夏が始まる」で始まり、「これから何かが始まる予感がした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
あぁ、夏が始まるのだ。
抜けるような青空を見上げ、烈風刀はベランダに一人立ち尽くす。彼を囲むように色とりどりの衣服と汚れ一つ無いタオルがはためく。
ジー、ジー、と特徴的な音が鼓膜をこれでもかと震わせる。鼓膜を通り過ぎて頭に直接突き刺してくるようなそれを、少年はぼぅとした様子で聞く。アパートの前、歩道に植えられた並木には多くの蝉がしがみつき、短い生を謳歌しているのだろう。何重にも折り重なったこの鳴き声が何よりの証拠だ。
昨日まで蝉は鳴いていただろうか。記憶の糸をたぐるが、あまりにも日常に溶けこんだそれを思い起こすことは不可能だった。今この瞬間――洗濯物を干す最中、ふと中天に近づきつつある太陽を見上げた今、脳がこの音を認識したのだ。不思議なものである、と思うと共に、そんなものか、とも思う。人間は、興味の無いことは案外認識しないものだ。
雲一つ無い青空。照りつける太陽。蝉時雨。『夏』という語を思い起こすには十分の要素たちだった。
そも、気付けばもう期末試験も終わり、再来週には終業式ではないか。夏にはとうに足を突っ込んでいるような時期だ。だのに今の今まで自覚しなかったのだから自分も大概惚けている。
「烈風刀ー、風呂掃除終わったー」
カララ、と軽い音と共に飛び込んできた声に、意識が現実に引き戻される。ぱちりと瞬き一つ、音の方へ顔を向けると、空とは正反対の色をした兄が立っていた。
「どーした?」
「あぁ、いえ。何でもありません」
首を傾げる雷刀に、少年は視線を下に落とす。誤魔化すように、手に持ったタオルを軽く振る。パン、と布地が広がる音が蒼天に上がる。
「うっわ、蝉の声すげーな。夏って感じ」
洗濯かごからバスタオルを手にした雷刀は青空を眺め言う。うんざりしたようにも取れる言葉は、どこか弾んだものだ。
そうですね、と物干し竿にタオルを吊しながら応える。同じことを考えた、という事実に、胸がどこかこそばゆくなる。単純な兄と同じ思考をしてしまった悲しみか、それとも愛しい家族と同じことを考えたことに対する喜びか。青春真っ只中の少年の複雑な心は、自分でも理解ができなかった。
「そういやもうすぐ夏休みだなー。今年は何やるんだろう」
「貴方はその前に補習があるでしょう」
「思い出させんなよ……」
弾んでいた声が一気に萎む。コロコロと変わる表情と音に、少年はくすりと小さく笑みを漏らす。笑い事じゃねーだろー、とむくれた声が飛んできた。
「ま、補習なんてさっさと終わらせて遊ぼーな。レイシスも誘ってさ」
切り替えた様子の兄はニッと笑う。何もかもを照らすような輝く笑みに、少年はそっと目を細める。そうですね、と返し、彼も口元を緩めた。
今年も賑やかな夏が始まる予感がした。
貴方の音/ライレフ
あおいちさんには「君の好きな歌を口ずさんだ」で始まり、「今なら伝えられる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。
愛する彼女を象徴する歌を口ずさむ。そういえば、この歌は兄も好きだったな、と余計な情報が呼び起こされる。愛しい少女のために作られた曲なのだ、己たち兄弟が好きになるのは当然のことだった。
トントンとまな板と包丁が軽やかな音をたてる。合間に、シャキシャキと小気味の良い音が挟まる。細切りになった人参は、今晩の味噌汁の具材になる予定だ。
「あ、オレもそれ好き」
後ろから飛んできた声に、手が、歌が止まる。強張った表情で音の方へと視線を移す。そこには冷蔵庫を開ける兄の姿があった。
聞かれていた、という事実に、白い耳に血の色が差す。胸の内に重い何かがどろりと渦巻く。包丁を握る手にかすかに力がこもった。
「やっぱレイシスの曲は最高だよなー」
「……当たり前でしょう」
麦茶をグラスに注ぐ兄の言葉に、短く返す。突き放すような響きになってしまったのは仕方のないことだろう。愛する彼女を歌った楽曲が素晴らしいのは当然のことであるし、気の利いた答えを返せるほどの余裕など今は持ち合わせていない。
弟の様子など気にかけることなく、兄はグラスを傾ける。健康的な色をした喉が大きく動く。横目に、烈風刀は調理を再開する。シャクンと人参が軽やかな音をたてた。
「オレ、あれも好き。えっと――」
そう言って兄はメロディーを奏で出す。テテテ、と口ずさむそれは、以前己がジャケットを担当した楽曲だ。機嫌良く歌う横顔は楽しげなものだ。彼は人前で歌うことに抵抗がないらしい。
「何だっけ」
「何故曲名は覚えていないのですか……」
「だって烈風刀が担当する曲、英語ばっかじゃん」
「貴方もでしょう」
そうだけど、と雷刀は唇を尖らせる。自分の担当した曲名すら覚えているか怪しいのではないか、と疑念が湧く。これ以上話を進めるのはやめておいた方がいいだろう。
「グラス、ちゃんと洗っておいてくださいよ」
「へいへい」
気の抜けた返事とともに、水が流れる音が響き出す。洗い物をする彼を横目に、烈風刀は具材を鍋に入れる。今度は大根を取り出し、まな板に据える。白い円柱に刃を入れると、瑞々しい音があがった。
「何か手伝う?」
「大丈夫ですよ。先に課題を終わらせてください」
覗き込む兄に返すと、ぅ、と濁った音がキッチンに落ちた。勉強嫌いな彼のことだ、今の今まで忘れていたのだろう。提出期限もうすぐですよ、と追撃を飛ばすと、へい、と萎んだ声が返された。
スリッパが床を打つ力のない音が後ろを通り、ダイニングへと消えていく。パタン、とドアが閉じる音が後ろ手に聞こえた。
切ったばかりの大根を鍋に入れる。次は油揚げだ。先に湯抜きしておいたそれに包丁を入れる。柔らかな生地が音もなく分かたれた。
まな板を包丁が叩く音の中、兄の歌声がリフレインする。好き、と言いながら歌う横顔は愛おしく可愛らしい。何より、自分が担当した曲を好きだと言われ、喜びが胸の内に湧いて出た。ジャケットを担当した曲はどれも思い入れのあるものだ。それを『好き』とまっすぐに言われて、嬉しくないはずなどなかった。そんなこと、恥ずかしくて面と向かって言えないけれど。
僕も貴方のあの曲、好きですよ。
口の中で呟いてみる。素直な言葉はいつか伝えられるだろうか。
奇跡も愛も受け止めきれずに/グレイス
葵壱さんには「いわゆる奇跡だったのです」で始まり、「明日はきっと優しくなれる」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。
いわゆる奇跡だったのだろう、と、少女は己の手を見る。随分と小さくなってしまったそれを、意味もなく握って開いてを繰り返す。たしかな感触に、マゼンタの目が細められた。
あの日――レイシスが手を伸ばし迎えに来てくれた日、古いプログラムでできた己の身体はネメシスの力によって再構成された。渇求した『あちら側』での存在を認められ、ヒトらしく暮らすようになって早幾月。再構成する段階で縮んでしまったグレイスの身体は、既に元のすらりとした体躯に戻っていた。
それでも、まだ創り変えらたコアがしっかりと安定していないからか、ふとした拍子に幼い姿に戻ってしまうことがある。様々な要因が重なってしまった今日がそうだった。幸い、運営業務に差し障ることはなかったが、大事をとって先に帰宅することとなったのだ。
レイシス謹製の服に着替え、グレイスはベッドに浅く座る。小さくなった身体をたしかめるように撫で、胸に手を当てる。創り変わったコアが脈動するのが、厚い布地越しに伝わってくる。生きているのだ、と改めて確認し、少女は小さな溜め息をついた。
身体が縮む度、この意味のない行為をするのが彼女の癖となっていた。コアが動くことなどごく当たり前のことではないか、と人は首を傾げるだろう。けれどもグレイスにとって――一度消失寸前に陥った彼女にとっては、他者にとっての当たり前など当たり前ではない。現に、未だ不安定なこの身体は同じ形を保ち続けることができていないのだ。このまま元に戻らなかったら、もっともっと小さくなってしまったら、消えてしまったら。決して口に出すつもりはないが、少女の中には不安はまだまだ残っている。
生まれ過ごした時間はレイシスたちとさほど変わらないものである。しかし、グレイスは誰もいないバグの海で生の大部分を過ごしてきた。他人と関わることが無いに等しかった少女の情操は、彼女らよりも発達していない。人よりも不安になってしまうのは仕方のないことだ。
奇跡なのだ、と改めて考える。
本来ならば、己はあの日世界諸共――それかただ独り――消滅していたはずなのだ。けれど、『死にたくない』と醜く発した言葉を、レイシスは聞き届けてくれた。手を差し伸べてくれた。救ってくれた。ネメシスで生きる願いを叶えてくれた。これが『奇跡』でなく何というのだ。
レイシスという存在無しでは、今のグレイスは在りえない。感謝してもしきれない存在だ。なにせ、言葉通り命の恩人なのである。彼女無しでは、ネメシスに愛された彼女無しでは、己はとっくにバグに飲み込まれて消えていたのだから。
だのに、あの少女が降り注ぐ満開の愛を、己は正面から受け止めきれずにいる。素直に捉えず、斜に構えて邪険に扱ってしまうのだ。
グレイスは誰もいないバグの海で一人生きてきた少女である。愛を与えられることなどなかった。愛の受け止め方など知らなかった。だから、分からないのだ。素直な受け取り方を。
愛を与えてくれるのに、愛に応えられない。どう応えていいか分からない。それが嫌でたまらない。命の恩人を邪険に扱うなど、最低ではないか。
何より、グレイスはレイシスを好いている。好意には好意で応えたい。それは当たり前の思考だ。けれど、その当たり前が実行できない。歯痒くて仕方なかった。
もっと自分が素直ならば。愛の受け止め方を知っていれば。愛の渡し方を知っていれば。
何度考えても、心は、身体はついてきてくれない。いつまで経ってもぶっきらぼうにあしらってしまうのだ。何度歯噛みしても、育ちきっていない情緒は思考に追いついてくれないのだ。
ふぅ、と息を吐く。存外重いそれに、思わず苦笑を漏らす。溜め息を吐きたいのはレイシスの方だろうに。何故加害者の自分がこんなことをしているのだろう。自己嫌悪がまた一つ募っていく。
きっと明日――下手をすれば今日の業務終了後――は、レイシスが部屋を訪れるだろう。『大丈夫デスカ?』と心底心配な表情と声で尋ねてくるはずだ。あの心優しい姉は。
明日は素直になれるだろうか。優しくなれるだろうか。
なれたらいいのに、と考えて、少女はアザレアの瞳を閉じた。
畳む
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