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No.117
教えて!【ニア+ノア+嬬武器兄弟】
教えて!【ニア+ノア+嬬武器兄弟】
7年前(≒ボで二次創作始めた頃)に書いたほぼ完成済みのファイルが発掘されたのでリライトしたもの。3000字ちょいが9000字弱に膨れ上がって笑っちゃったな。
付き合ってないつもりで書いたけど同生産ラインで腐向けを生産しているので色々と怪しい。ご理解ください。
弟君にお勉強教えてもらうニアノアちゃんと弟君にお勉強教えてもらうオニイチャンの話。II時空。
本文を読む
ホームルームが終わると同時に、教室は声に満ち溢れる。帰ろうと鞄を引っ掴む者、部活に行こうと手早く準備を済ませる者、友人と歓談しようと席を移動する者。狭い教室は人が行き交い、声が飛び交い、音が響き合っていた。
教科書、参考書、ノート、ペンケース、弁当箱。日々の道具を鞄に詰め、烈風刀は席を立つ。今日の放課後も運営業務が待ち構えているのだ。手早く作業に取りかかり早く帰るためにも、急いで行動すべきだ。
「烈風刀ー、さっさと行こーぜ」
大きな声が己を呼ぶ。声の主である雷刀は、教室の入り口でひらひらと手を振っていた。肩にかけられた鞄はいっそ不自然なほど薄く、腕と身体の間でぺしゃりと潰れている。おそらく、弁当箱ぐらいしか入っていないのだろう。勉強の意思が全く見えぬ姿に思わず眉をひそめる。息を一つ吐いて、少年は大股で彼の元へと足を向けた。
「レイシスはどうしました?」
「日直の仕事で職員室行くから先行ってて、だってさ」
姿の見えぬ桃の少女の行方を尋ねると、端的な言葉が返ってくる。だからさっさと行こ、と一声。兄は本館に続く廊下へと飛び出した。一歩遅れて、弟も続く。廊下に響く忙しない足音の中に、二つ新しいものが飛び込んだ。
「れーふーとー!」
大きな声が己を呼ぶ。背中から飛んできたそれに、名を呼ばれた少年は急いで振り返る。碧の視線の先には、高等部の生徒の中を縫って飛ぶ子ども二人の姿が映った。真っ白な制服を着た生徒たちの間を、星空模様の青が跳びはねる。ライムグリーンの靴が床を踏みしめる軽快な音が高く響いた。
「え? ニア? ノア?」
「珍しくね?」
二匹の兎の登場に、兄弟は二人ともぽかんと口を開けた。二人の様子など気にすることなく、少女たちは跳ね回る。
彼らの前に現れたのは、常日頃から仲良くしている初等部の双子、ニアとノアだ。彼女らが自分たちに寄ってくることは珍しいことではない。しかし、時間が問題だった。
高等部の授業日程は今終わったところだが、初等部のそれはもう数時間も前に終わったはずだ。遊びたい盛りの彼女らが遊び相手を求め学校にいること自体はよくある。しかし、高等部教室棟にまで、しかも授業が終わってすぐの時間に来ることなど、今まで一度も無かったはずだ。一体どうしたのだろうか。何かあったのだろうか。不安が少年たちの頭をよぎる。
ぴょんぴょん跳びはねる少女たちは、ようやく求めた少年の元に降り立った。最後にぴょんと跳ね、ニアは勢いよく烈風刀に飛びつく。突然のそれを、反射的に受け止める。えへへー、と嬉しそうな笑声と、ニアちゃん危ないってばぁ、という高い声が少年の耳をくすぐった。
抱えた小さな身体を丁重に地面に下ろす。そのまま屈みこみ、並んで立つ少女二人と視線を合わせた。
「突然飛びついたら危ないでしょう。それに、廊下を飛んではいけないと言っているではありませんか」
紺碧の瞳を見つめ、少年は諫める言葉を紡いだ。常々言っていることだが、楽しいことが大好き、飛ぶのが大好きな彼女らはいつも忘れて跳びはねてしまうのだ。歩きやすい靴を与えて以後、改善の兆しは見えているが、やはりテンションが上がるとぴょんぴょんと跳びはねている姿をよく見る。外ならまだしも、屋内、それも狭い廊下で跳ねるだなんて危ない。天井や蛍光灯に頭をぶつけては大変だ。
「はーい」
「ごめんなさい……」
しょんぼりした声が二つ返ってくる。お揃いに八の字に下がった眉と気まずげにこちらを見る蒼い瞳から、反省の意は存分に汲み取ることができる。次から気を付けましょうね、と優しい眼差しで星空色を覗き込む。沈んだ表情が一転、ぱぁと明るく輝きだした。
「それにしても、こんな時間にどうしたのですか?」
首を傾げる烈風刀に、あのねあのね、とニアとノアは鏡合わせのように背に担いだリュックサックを下ろす。余った長い袖のまま器用に中を漁り、一つの冊子を取り出した。掲げるようにもたれたそれの表紙には、『ドリル 算数』とポップな書体で書かれていた。
「図書館でみんなとお勉強してたんだけど、分からない問題があってね」
「だかられふと、教えて!」
ドリルを抱えたまま、双子兎は目の前の少年をじぃと見つめた。まんまるな青が二対、少年を射抜く。ちょっといいですか、と断りを入れ、少女らが手にしたドリルを受け取る。ぱらぱらとページをめくると、癖のついた場所が開いた。何度も書いては消しての跡が残ったそのページに、彼女らの努力がうかがえる。
首だけで後ろを振り返る。後ろに立ってこちらを覗き込んでいた兄は、全てを察したのか笑って手を振った。勉強頑張れよー、と呑気な声とともに、軽快な足跡が一つ遠ざかっていった。廊下を走らない、と飛ばした声は、角を曲がった背には届かない。
こほん、と咳払い。不安げにこちらを見つめてくる双子に、少年は柔らかな笑みを向ける。
「いいですよ。僕なんかでよければ」
少年の返答に、ラズライトの瞳が四つ輝き出す。やったー、と兎たちはニコニコと笑顔を浮かべ、ハイタッチをする。よほど嬉しいらしい。勉強意欲があることはいいことだ、と碧は一人小さく頷いた。
「今の時間図書室は混んでいるでしょうし、ここの教室でやってしまいましょうか」
そう言って、出てきたばかりの教室を指差す。廊下から見える室内は、ほとんどの生徒は退出したのか机と椅子ばかりが見える。残っている生徒も数人程度のようだ。隅の席を借りれば邪魔にはならないだろう。
はーい、と元気な返事が二つ。言うや否や、ニアとノアは足早に教室へと飛び込んだ。腰を上げ、烈風刀もその後ろに続く。高等部の教室は物珍しいのか、二人は瞳を輝かせて室内を見回していた。
こちらですよ、と手招きしながら、人の少ない窓際の席へと足を運ぶ。後ろから四番目、兄の席に鞄を置き、隣り合う机を一つ寄せてくっつける。前の席の椅子をくるりと回して後ろ側にし、三人で机を囲む形を作った。二人は座面に手を付きどうにか乗り上げる。初等部の二人には、高等部の椅子は大きいようだ。ぶらぶらと地に着かず垂れた足を所在なさげに振っていた。
ドリルを机に広げる彼女らを横目に、碧の少年は鞄からノートとペンケースを取り出す。一番最後のページを一枚ちぎり取り、愛用のシャープペンシルとともに机上に置いた。
「最初の部分は分かりますか?」
「分かるよ!」
「けど、ここの高さが分からないの」
ニアの言う通り、最初の問は回答欄が埋められていた。しかし、ノアの言葉通り続く部分が分からないのか、後ろの方は空欄だ。余白部分にいくつもの計算式が書かれていることから、彼女らがどれほどこの問題に苦戦しているのかが伝わってくる。
問題を読み込み、烈風刀は唇に指を当てる。どうもこの問題は、わざとややこしい書き方をしているように見える。意地の悪い問題だ。さて、どうやって教えようか。考えながら、少年は紙面に書かれた図形をちぎったノートに書き写す。大きめに書いたそれを、二人の前に差し出した。
「ここの高さは、こちらの高さから底辺を引いたものですね?」
図形に補助線を書き込み、より分かりやすいものへと変化させていく。シャープペンシルで数字を書き込むと、蒼い双子はこくこくと頷いた。求めたい箇所を何重にもなぞって目立たせ、斜線を引いて区別を付ける。
「では、こちらの三角形の高さはこの二つの図形の高さを足したものになります」
「……てことは、五センチ?」
首を傾げながら問うニアに、少年はニコリと笑いかける。正解です、と続いた言葉に、彼女はやったぁ、と嬉しそうに声をあげた。二本の鉛筆が紙面を走り、図形に少年と同じように線と数を書き入れていく。
「じゃあここは四センチだから……、二十平方センチメートル……で、いいの?」
負けていられないとばかりに、ノアも解を求める。ことりと首を傾げ、不安げにこちらを伺ってくる少女に、少年は優しい笑みを向けた。
「二人ともすごいですね。さぁ、あとは公式を使うだけですよ」
念には念を押して、図形の下に使うべく公式を書き入れる。そんなもの見ずとも、二匹の兎は真剣に問題を睨み、余白に計算式を書いていった。カリカリと鉛筆が紙の上を走る小さな音が、放課後の教室に積もっていく。しばしして、二人分のそれは息を合わせたように同時に止まった。
「できたー!」
「れふと、これで合ってる?」
数時間かけて闘ってきた問をようやく解き終わり、ニアは元気な声をあげた。控えめにドリルを差し出し、ノアは求めた解の正否を問うてくる。不安げな声に反して、その目は難問の解を一度でも導き出したという高揚感にきらめいていた。
「……うん、正解です。二人ともよくできました」
埋まった回答欄を眺め、烈風刀は大きく頷く。ぱちぱちと手を叩き、賞賛の言葉と拍手を贈ると、二人はぱぁと満面の笑みを咲かせた。鉛筆を放り出し、互いの手を取り、やったね、と喜ぶ姿は可愛らしいものだ。きゃいきゃいとはしゃぐ少女らを、少年は愛おしげな目で見つめた。
「れふとれふと! 頑張ったから頭撫でて!」
筆記用具と紙切れを鞄にしまっていると、向かい側に座ったノアがはしゃいだ声をあげる。身を乗り出した少女、その形の良い丸い頭が目の前に差し出される。蒼い髪を飾るリボンカチューシャが揺れた。
「ニ、ニアちゃんずるい! ノアも!」
姉の様子に、少年の隣に座った妹も焦った様子で頭を差し出す。俯かれた顔は、少しだけ夕焼けに染まっていた。
頭を二つも向けられ、碧はぱちぱちと瞬きをする。二人の頑張りは確かなものだ。しかし、その頑張りを褒め称えるのは頭を撫でるだけでよいのだろうか。そもそも、歳はかなり離れていても彼女たちは女の子だ。男に頭を触られて気持ち悪くないのだろうか。様々な疑問が頭をかけていく。それらは、れふとー、と催促する声に掻き消された。
逡巡の末、烈風刀は差し出された頭に手を伸ばす。負担をかけないようにそぅっと手を乗せ、優しく優しく、髪が乱れてしまわないよう丁寧に撫でてやる。おそるおそるといった手つきだが、少女らにとっては満足のいくものだったようだ。えへへ、と歓喜に満ちた笑声が二つこぼれ落ちたのが聞こえた。
大きな手が、蒼い頭からそっと退いていく。求めたご褒美が終わりを迎えたことを悟ったのか、少女らは同時に顔を上げた。そこには、真夏の太陽のように輝く満面の笑みと、控えめながらも花咲くような可憐な笑みが浮かんでいた。
「れふと、ありがと!」
「れふとのおかげでやっと解けたよ!」
「問題が解けたのは二人が日頃からちゃんと勉強していて、解き方を知っていたからですよ。僕はちょっとだけアドバイスをしただけです」
真正面からの元気な言葉に、少年はふわりと口元を緩める。心のそこからの言葉だった。自分がやったことといえば、図形に補助線を引いたぐらいだ。解くことができたのは、日頃授業をちゃんと聞き、復習をし、公式を覚え、解法を覚えていた彼女らの実力故のものである。どこぞの兄もこれぐらいやってくれれば、とくだらないことを考える。あの男が自ら勉強に手を付けることなぞ無いだろうが。
「二人ともお疲れ様でした。さぁ、遅くなる前に帰りましょう。玄関まで送っていきますから」
「はーい!」
「ありがとう!」
少年の言葉に、少女らは急いでドリルと筆箱をリュックにしまう。ぴょんと椅子から飛び降り、愛用のそれを背負った。烈風刀も席を立ち、机と椅子を元の位置に戻す。夕焼けに染められつつある教室は、元の姿へと戻った。
鞄を担いだ少年を挟むように、双子兎は並んで立つ。それが当たり前であるかのように、長い袖に包まれた手が少年の手を握った。ぱちり、と天河石の瞳が瞬く。それもすぐに柔らかく細められた。
タッと地面を踏み出す音。姉兎は繋いだ手を引き駆け出す。危ないですよ。危ないってば。二重の声が教室に響いた。
タン、とキーが軽い音をたてる。最後の一文を入力し終え、烈風刀はぐっと背伸びをした。ほのかな痛みを訴える目頭を指で揉む。長時間モニタを見つめていたダメージはなかなかのもののようで、痛みと心地良さが広がった。
コンコン、と固い音が部屋に転がり込む。音に気づいた矢先に、ガチャリとドアが開く音がした。烈風刀、と己を示す語が飛び込んでくる。椅子のまま振り返ると、そこには雷刀の姿があった。
「返事をする前にドアを開けない。ノックの意味が無いでしょう」
「別に見られて困るようなことしてないだろ? いーじゃん」
眉をひそめ、もう何度言ったか分からぬ文言を口にする。注意された彼はあっけらかんとした様子で手を振り笑った。そういう意味ではない、マナーの問題だ、と何度言っても聞かないのだ。この兄は。苛立ちを隠す様子無く、はぁと大きく溜め息を吐いた。
「で、何の用ですか?」
腕を組み、部屋の入り口に立ったままの朱を見やる。済ませるべき作業も復習も終わり、今日はもう自由だ。しかし、どうせ彼のことだ。口にするのはろくでもない誘いや泣き言だろう。そんな兄のために時間を割いてやる気は無い。
「漢文教えて」
そう言って、雷刀は手にしていた冊子を持ち上げ示す。扇子のように片手で持たれたそれの表紙には、『漢文テキストワーク』と明朝体で大きく記されていた。
兄の言葉に、手にしたそれに、烈風刀は目を瞠る。碧の目は、驚愕一色に染まっていた。よく手入れされた唇がぽかんと開く。彼らしくもない、どこか間の抜けた表情だ。
あの雷刀が、あの勉強嫌いで有名な雷刀が、赤点と追試の常習犯である雷刀が、己に教えを乞いに来た。それも、教師に言われて渋々ではなく、己の意志で。
眼前に広がる光景を受け止めきれず、少年は硬直する。石になったよう、とはこのような姿を言うのだろう。指先一本動かせぬまま、碧は呆然とした様子で目の前の片割れを見つめた。
あまりにも露骨な態度から、弟の考えていることが分かったのだろう。朱の少年は悔しそうに目を眇める。しかし、己の日頃の態度を思い返してか、その目はバツが悪そうに逸らされた。えっとさぁ、と開いた唇は少し尖っていた。
「今日ニアとノアが勉強教えてもらいにきてたじゃん? あいつらも頑張ってんだし、オレもたまにはちゃんとやんないとなー……、とか」
思っただけ、と続いた最後の言葉は、彼らしくもない小さく細いものだ。胸に渦巻く何かを晴らすように、朱はガシガシと頭を掻く。風呂に入って少し湿ったままの髪がぶわりと乱れる。うぅ、と小さな呻りが部屋に落ちる。
淀みながらも紡がれた兄の言葉が、弟の胸を打つ。『ちゃんとやんないと』と砕けた言葉が胸の内に広がっていく。あの兄が、だらしのない兄が、勉強が大嫌いな兄が、人の姿を見て己を変えようとしている。なんと成長したのだろう。なんと素晴らしいことなのだろう。胸の内に温かなものが満ちていく。きっとこれは、感動と言うのだろう。
「分かりました」
ふわりと笑い、烈風刀は快諾する。自分もまだまだ深い理解を得ているとは言い難い。けれども、彼の抱える疑問を解く少しの助けになれたならば。力強い何かが己を動かす。努力しようとする者を応援したい。これはきっと自然な感情だ。
碧の言葉に、朱はぱぁと顔を輝かせた。ありがと、と弾んだ声が部屋に響き渡る。教えを乞うべく、少年は大股で師となる弟の元へと歩みを進めた。
キーボードを片付け、勉強机の上に二人分のスペースを確保する。鞄から教科書と参考書、ノートを取り出し、端に置いた。隣に立った雷刀は、持っていた問題集を開く。少し癖のついたそこの端には、ミミズがのたくったような文字が連なっていた。彼なりに色々と考えた証である。それだけで、烈風刀は胸がいっぱいになる心地だった。
「どこが分からないのですか?」
「………………全部」
「……僕の尋ね方が悪かったですね。どの部分を知りたいのですか?」
「ここの違いが分かんなくてさー」
兄が指差す部分を眺める。基礎から少し発展した問題だ。基礎がまだしっかりとしていない彼が躓くのも仕方の無いことだろう。まだ基礎問題が何問か回答してあるだけ頑張った方だ。それだけで褒めたい気分だが、ぐっと我慢する。まずは彼の学習意欲と知識欲を満たすのが先決だ。
机の端に詰んだ参考書を取り出し、パラパラとページをめくる。彼が疑問に思っている箇所のページを開き、問題集の上部に置いた。参考書の例題に、シャープペンシルでポイントとなる部分に軽く丸を付ける。
「ここはレ点なので上下逆にする、というのは分かりますね?」
「うん」
「まずレ点から処理して、その後に他の部分を入れ替えます」
処理すべき記号に丸を付け、その順番を示す数字を振っていく。朱い目がペンの先を、問題文を追っていく。片手に握られたシャープペンシルが、紙面の上をゆっくりと走っていく。筆跡の薄さが、彼の自信のなさを物語っていた。合っていますよ、と努めて優しく言葉を贈る。ほんと、と心配げな声が返ってきた。
「そう、書いた通りですね。あとは書き下していくだけです。この解説が分かりやすいかと思います」
そう言って、参考書に載っている解説文に丸を付ける。分かった、と細い声とともに、カリカリとペンが軽やかな音をたてていく。紅玉が問題文と解説、回答欄を往復する。輝く朱は真剣一色に染まっていた。
これ以上何か言う必要は無いだろう。それに、じっと見ていては彼が集中できまい。教科書を手に取り、先日授業で教わった部分を開く。ペンが紙の上を走る音とページをめくる音が二人きりの部屋に積もっていった。
「これでいい……のか?」
しばしして、雷刀はようやく声をあげる。教科書から顔を上げ、烈風刀はおずおずと差し出された紙面を見る。出題された短い漢文は、しっかりと書き下されていた。ひらがなが多いように見えるが、そこは今気にかける場所ではない。
「正解です」
「よっしゃー!」
烈風刀の満面の笑みと弾む言葉に、雷刀も嬉しそうに咆哮をあげた。多少教えてもらったとはいえ、自力で解けたことが本当に嬉しいのだろう。その表情はいつも以上に晴れやかな笑顔で彩られていた。
喜気とした笑声をあげ問題を眺める彼の頭に、そっと手を伸ばす。そのまま、赤い髪で彩られたそこをそっと撫でた。ほんのりと湿った感触が手から伝わってくる。
鼻声にまで発展した笑声がぴたりと止む。どうしたのだろう。まだ気になる問題があるのだろうか。少年は小さく首を傾げ、兄の横顔を見る。整った顔がこちらを向く。大きな緋色の目がぱちりと大きく瞬いた。
「……え? 烈風刀……?」
あがった声は細く、動揺に満ちていた。どうしたのだろう。何故名前を呼ぶのだろう。自分が何かしただろうか。そこまで考えて、碧ははっとする。しているではないか。今まさに、頭を撫でるなど子ども扱いにも程があることをしているではないか。カァ、と頬に熱が集まる。それもサッと引いていった。
「すっ、すみません!」
朱い髪を撫で回していた手を勢いよく離す。漫画ならば効果音でもつきそうな素早さだ。あの、その、としどろもどろに言葉を紡ぐ。焦燥が駆り立てる脳味噌ではなかなか意味のある文が構築出来なかった。
「あの、今日ニアとノアにやってあげて、それで、だからついやってしまっただけであって、その、わざとではなく」
発した言葉は全て言い訳だ、と言われても仕方のないものであった。しかし、本当につい、夕方の出来事につられて、無意識だったのだ。でなければ、双子の兄弟の頭を撫でるなんて褒め方をするわけがない。お互いいい歳なのに、そんな子どもっぽい扱いをするなど怒るに決まっている。
ぽそ、と何か声が聞こえた気がした。非難の言葉だろうか。今回のことは全て自分が悪い。真正面から受け止めるべく、意味も無く動く口を真一文字に引き結ぶ。えー、と寂しげな音が静かになった部屋に落ちた。
「えーっと……、やめないでほしいなー……なんて」
だめ、と小さく首を傾げ、雷刀は問う。その頬にはふわりと紅が散っていた。眉は八の字に下がり、こちらを見つめる目は心なしか潤んでいるように見える。控えめにねだる姿は、可愛らしいと形容するのが相応しいものだった。
きゅ、と喉が細まる。兄弟の珍しい姿に、烈風刀はぱちぱちと大きく瞬いた。いつだって自分勝手に物事を進める彼が、こんな風に尋ねてくる。しかも、こんなに可愛らしい様子で、である。ぅ、と喉が細い音をあげる。少年の頬にもつられて朱が差した。
おそるおそる手を持ち上げ、形の良い頭へと手を伸ばす。丸みを帯びた朱を、白い手がそっと撫でる。節の目立ち始めた手が、髪を整えるように往復する。壊れ物に触れるかのような、慎重で優しい手つきだ。伝わる温さと柔らかな感触にか、炎瑪瑙がきゅうと細まった。隙間から見える瞳は、喜びに満ちた色をしていた。
「よくできました」
不意にこぼれ落ちた一言に、雷刀はへへ、と小さく笑う。どちらも幸いに満ちた響きだ。
静かな夜の部屋、兄弟を温かなものが包んだ。
畳む
#ニア
#ノア
#嬬武器雷刀
#嬬武器烈風刀
#腐向け
#ニア
#ノア
#嬬武器雷刀
#嬬武器烈風刀
#腐向け
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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「烈風刀ー、さっさと行こーぜ」
大きな声が己を呼ぶ。声の主である雷刀は、教室の入り口でひらひらと手を振っていた。肩にかけられた鞄はいっそ不自然なほど薄く、腕と身体の間でぺしゃりと潰れている。おそらく、弁当箱ぐらいしか入っていないのだろう。勉強の意思が全く見えぬ姿に思わず眉をひそめる。息を一つ吐いて、少年は大股で彼の元へと足を向けた。
「レイシスはどうしました?」
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「れーふーとー!」
大きな声が己を呼ぶ。背中から飛んできたそれに、名を呼ばれた少年は急いで振り返る。碧の視線の先には、高等部の生徒の中を縫って飛ぶ子ども二人の姿が映った。真っ白な制服を着た生徒たちの間を、星空模様の青が跳びはねる。ライムグリーンの靴が床を踏みしめる軽快な音が高く響いた。
「え? ニア? ノア?」
「珍しくね?」
二匹の兎の登場に、兄弟は二人ともぽかんと口を開けた。二人の様子など気にすることなく、少女たちは跳ね回る。
彼らの前に現れたのは、常日頃から仲良くしている初等部の双子、ニアとノアだ。彼女らが自分たちに寄ってくることは珍しいことではない。しかし、時間が問題だった。
高等部の授業日程は今終わったところだが、初等部のそれはもう数時間も前に終わったはずだ。遊びたい盛りの彼女らが遊び相手を求め学校にいること自体はよくある。しかし、高等部教室棟にまで、しかも授業が終わってすぐの時間に来ることなど、今まで一度も無かったはずだ。一体どうしたのだろうか。何かあったのだろうか。不安が少年たちの頭をよぎる。
ぴょんぴょん跳びはねる少女たちは、ようやく求めた少年の元に降り立った。最後にぴょんと跳ね、ニアは勢いよく烈風刀に飛びつく。突然のそれを、反射的に受け止める。えへへー、と嬉しそうな笑声と、ニアちゃん危ないってばぁ、という高い声が少年の耳をくすぐった。
抱えた小さな身体を丁重に地面に下ろす。そのまま屈みこみ、並んで立つ少女二人と視線を合わせた。
「突然飛びついたら危ないでしょう。それに、廊下を飛んではいけないと言っているではありませんか」
紺碧の瞳を見つめ、少年は諫める言葉を紡いだ。常々言っていることだが、楽しいことが大好き、飛ぶのが大好きな彼女らはいつも忘れて跳びはねてしまうのだ。歩きやすい靴を与えて以後、改善の兆しは見えているが、やはりテンションが上がるとぴょんぴょんと跳びはねている姿をよく見る。外ならまだしも、屋内、それも狭い廊下で跳ねるだなんて危ない。天井や蛍光灯に頭をぶつけては大変だ。
「はーい」
「ごめんなさい……」
しょんぼりした声が二つ返ってくる。お揃いに八の字に下がった眉と気まずげにこちらを見る蒼い瞳から、反省の意は存分に汲み取ることができる。次から気を付けましょうね、と優しい眼差しで星空色を覗き込む。沈んだ表情が一転、ぱぁと明るく輝きだした。
「それにしても、こんな時間にどうしたのですか?」
首を傾げる烈風刀に、あのねあのね、とニアとノアは鏡合わせのように背に担いだリュックサックを下ろす。余った長い袖のまま器用に中を漁り、一つの冊子を取り出した。掲げるようにもたれたそれの表紙には、『ドリル 算数』とポップな書体で書かれていた。
「図書館でみんなとお勉強してたんだけど、分からない問題があってね」
「だかられふと、教えて!」
ドリルを抱えたまま、双子兎は目の前の少年をじぃと見つめた。まんまるな青が二対、少年を射抜く。ちょっといいですか、と断りを入れ、少女らが手にしたドリルを受け取る。ぱらぱらとページをめくると、癖のついた場所が開いた。何度も書いては消しての跡が残ったそのページに、彼女らの努力がうかがえる。
首だけで後ろを振り返る。後ろに立ってこちらを覗き込んでいた兄は、全てを察したのか笑って手を振った。勉強頑張れよー、と呑気な声とともに、軽快な足跡が一つ遠ざかっていった。廊下を走らない、と飛ばした声は、角を曲がった背には届かない。
こほん、と咳払い。不安げにこちらを見つめてくる双子に、少年は柔らかな笑みを向ける。
「いいですよ。僕なんかでよければ」
少年の返答に、ラズライトの瞳が四つ輝き出す。やったー、と兎たちはニコニコと笑顔を浮かべ、ハイタッチをする。よほど嬉しいらしい。勉強意欲があることはいいことだ、と碧は一人小さく頷いた。
「今の時間図書室は混んでいるでしょうし、ここの教室でやってしまいましょうか」
そう言って、出てきたばかりの教室を指差す。廊下から見える室内は、ほとんどの生徒は退出したのか机と椅子ばかりが見える。残っている生徒も数人程度のようだ。隅の席を借りれば邪魔にはならないだろう。
はーい、と元気な返事が二つ。言うや否や、ニアとノアは足早に教室へと飛び込んだ。腰を上げ、烈風刀もその後ろに続く。高等部の教室は物珍しいのか、二人は瞳を輝かせて室内を見回していた。
こちらですよ、と手招きしながら、人の少ない窓際の席へと足を運ぶ。後ろから四番目、兄の席に鞄を置き、隣り合う机を一つ寄せてくっつける。前の席の椅子をくるりと回して後ろ側にし、三人で机を囲む形を作った。二人は座面に手を付きどうにか乗り上げる。初等部の二人には、高等部の椅子は大きいようだ。ぶらぶらと地に着かず垂れた足を所在なさげに振っていた。
ドリルを机に広げる彼女らを横目に、碧の少年は鞄からノートとペンケースを取り出す。一番最後のページを一枚ちぎり取り、愛用のシャープペンシルとともに机上に置いた。
「最初の部分は分かりますか?」
「分かるよ!」
「けど、ここの高さが分からないの」
ニアの言う通り、最初の問は回答欄が埋められていた。しかし、ノアの言葉通り続く部分が分からないのか、後ろの方は空欄だ。余白部分にいくつもの計算式が書かれていることから、彼女らがどれほどこの問題に苦戦しているのかが伝わってくる。
問題を読み込み、烈風刀は唇に指を当てる。どうもこの問題は、わざとややこしい書き方をしているように見える。意地の悪い問題だ。さて、どうやって教えようか。考えながら、少年は紙面に書かれた図形をちぎったノートに書き写す。大きめに書いたそれを、二人の前に差し出した。
「ここの高さは、こちらの高さから底辺を引いたものですね?」
図形に補助線を書き込み、より分かりやすいものへと変化させていく。シャープペンシルで数字を書き込むと、蒼い双子はこくこくと頷いた。求めたい箇所を何重にもなぞって目立たせ、斜線を引いて区別を付ける。
「では、こちらの三角形の高さはこの二つの図形の高さを足したものになります」
「……てことは、五センチ?」
首を傾げながら問うニアに、少年はニコリと笑いかける。正解です、と続いた言葉に、彼女はやったぁ、と嬉しそうに声をあげた。二本の鉛筆が紙面を走り、図形に少年と同じように線と数を書き入れていく。
「じゃあここは四センチだから……、二十平方センチメートル……で、いいの?」
負けていられないとばかりに、ノアも解を求める。ことりと首を傾げ、不安げにこちらを伺ってくる少女に、少年は優しい笑みを向けた。
「二人ともすごいですね。さぁ、あとは公式を使うだけですよ」
念には念を押して、図形の下に使うべく公式を書き入れる。そんなもの見ずとも、二匹の兎は真剣に問題を睨み、余白に計算式を書いていった。カリカリと鉛筆が紙の上を走る小さな音が、放課後の教室に積もっていく。しばしして、二人分のそれは息を合わせたように同時に止まった。
「できたー!」
「れふと、これで合ってる?」
数時間かけて闘ってきた問をようやく解き終わり、ニアは元気な声をあげた。控えめにドリルを差し出し、ノアは求めた解の正否を問うてくる。不安げな声に反して、その目は難問の解を一度でも導き出したという高揚感にきらめいていた。
「……うん、正解です。二人ともよくできました」
埋まった回答欄を眺め、烈風刀は大きく頷く。ぱちぱちと手を叩き、賞賛の言葉と拍手を贈ると、二人はぱぁと満面の笑みを咲かせた。鉛筆を放り出し、互いの手を取り、やったね、と喜ぶ姿は可愛らしいものだ。きゃいきゃいとはしゃぐ少女らを、少年は愛おしげな目で見つめた。
「れふとれふと! 頑張ったから頭撫でて!」
筆記用具と紙切れを鞄にしまっていると、向かい側に座ったノアがはしゃいだ声をあげる。身を乗り出した少女、その形の良い丸い頭が目の前に差し出される。蒼い髪を飾るリボンカチューシャが揺れた。
「ニ、ニアちゃんずるい! ノアも!」
姉の様子に、少年の隣に座った妹も焦った様子で頭を差し出す。俯かれた顔は、少しだけ夕焼けに染まっていた。
頭を二つも向けられ、碧はぱちぱちと瞬きをする。二人の頑張りは確かなものだ。しかし、その頑張りを褒め称えるのは頭を撫でるだけでよいのだろうか。そもそも、歳はかなり離れていても彼女たちは女の子だ。男に頭を触られて気持ち悪くないのだろうか。様々な疑問が頭をかけていく。それらは、れふとー、と催促する声に掻き消された。
逡巡の末、烈風刀は差し出された頭に手を伸ばす。負担をかけないようにそぅっと手を乗せ、優しく優しく、髪が乱れてしまわないよう丁寧に撫でてやる。おそるおそるといった手つきだが、少女らにとっては満足のいくものだったようだ。えへへ、と歓喜に満ちた笑声が二つこぼれ落ちたのが聞こえた。
大きな手が、蒼い頭からそっと退いていく。求めたご褒美が終わりを迎えたことを悟ったのか、少女らは同時に顔を上げた。そこには、真夏の太陽のように輝く満面の笑みと、控えめながらも花咲くような可憐な笑みが浮かんでいた。
「れふと、ありがと!」
「れふとのおかげでやっと解けたよ!」
「問題が解けたのは二人が日頃からちゃんと勉強していて、解き方を知っていたからですよ。僕はちょっとだけアドバイスをしただけです」
真正面からの元気な言葉に、少年はふわりと口元を緩める。心のそこからの言葉だった。自分がやったことといえば、図形に補助線を引いたぐらいだ。解くことができたのは、日頃授業をちゃんと聞き、復習をし、公式を覚え、解法を覚えていた彼女らの実力故のものである。どこぞの兄もこれぐらいやってくれれば、とくだらないことを考える。あの男が自ら勉強に手を付けることなぞ無いだろうが。
「二人ともお疲れ様でした。さぁ、遅くなる前に帰りましょう。玄関まで送っていきますから」
「はーい!」
「ありがとう!」
少年の言葉に、少女らは急いでドリルと筆箱をリュックにしまう。ぴょんと椅子から飛び降り、愛用のそれを背負った。烈風刀も席を立ち、机と椅子を元の位置に戻す。夕焼けに染められつつある教室は、元の姿へと戻った。
鞄を担いだ少年を挟むように、双子兎は並んで立つ。それが当たり前であるかのように、長い袖に包まれた手が少年の手を握った。ぱちり、と天河石の瞳が瞬く。それもすぐに柔らかく細められた。
タッと地面を踏み出す音。姉兎は繋いだ手を引き駆け出す。危ないですよ。危ないってば。二重の声が教室に響いた。
タン、とキーが軽い音をたてる。最後の一文を入力し終え、烈風刀はぐっと背伸びをした。ほのかな痛みを訴える目頭を指で揉む。長時間モニタを見つめていたダメージはなかなかのもののようで、痛みと心地良さが広がった。
コンコン、と固い音が部屋に転がり込む。音に気づいた矢先に、ガチャリとドアが開く音がした。烈風刀、と己を示す語が飛び込んでくる。椅子のまま振り返ると、そこには雷刀の姿があった。
「返事をする前にドアを開けない。ノックの意味が無いでしょう」
「別に見られて困るようなことしてないだろ? いーじゃん」
眉をひそめ、もう何度言ったか分からぬ文言を口にする。注意された彼はあっけらかんとした様子で手を振り笑った。そういう意味ではない、マナーの問題だ、と何度言っても聞かないのだ。この兄は。苛立ちを隠す様子無く、はぁと大きく溜め息を吐いた。
「で、何の用ですか?」
腕を組み、部屋の入り口に立ったままの朱を見やる。済ませるべき作業も復習も終わり、今日はもう自由だ。しかし、どうせ彼のことだ。口にするのはろくでもない誘いや泣き言だろう。そんな兄のために時間を割いてやる気は無い。
「漢文教えて」
そう言って、雷刀は手にしていた冊子を持ち上げ示す。扇子のように片手で持たれたそれの表紙には、『漢文テキストワーク』と明朝体で大きく記されていた。
兄の言葉に、手にしたそれに、烈風刀は目を瞠る。碧の目は、驚愕一色に染まっていた。よく手入れされた唇がぽかんと開く。彼らしくもない、どこか間の抜けた表情だ。
あの雷刀が、あの勉強嫌いで有名な雷刀が、赤点と追試の常習犯である雷刀が、己に教えを乞いに来た。それも、教師に言われて渋々ではなく、己の意志で。
眼前に広がる光景を受け止めきれず、少年は硬直する。石になったよう、とはこのような姿を言うのだろう。指先一本動かせぬまま、碧は呆然とした様子で目の前の片割れを見つめた。
あまりにも露骨な態度から、弟の考えていることが分かったのだろう。朱の少年は悔しそうに目を眇める。しかし、己の日頃の態度を思い返してか、その目はバツが悪そうに逸らされた。えっとさぁ、と開いた唇は少し尖っていた。
「今日ニアとノアが勉強教えてもらいにきてたじゃん? あいつらも頑張ってんだし、オレもたまにはちゃんとやんないとなー……、とか」
思っただけ、と続いた最後の言葉は、彼らしくもない小さく細いものだ。胸に渦巻く何かを晴らすように、朱はガシガシと頭を掻く。風呂に入って少し湿ったままの髪がぶわりと乱れる。うぅ、と小さな呻りが部屋に落ちる。
淀みながらも紡がれた兄の言葉が、弟の胸を打つ。『ちゃんとやんないと』と砕けた言葉が胸の内に広がっていく。あの兄が、だらしのない兄が、勉強が大嫌いな兄が、人の姿を見て己を変えようとしている。なんと成長したのだろう。なんと素晴らしいことなのだろう。胸の内に温かなものが満ちていく。きっとこれは、感動と言うのだろう。
「分かりました」
ふわりと笑い、烈風刀は快諾する。自分もまだまだ深い理解を得ているとは言い難い。けれども、彼の抱える疑問を解く少しの助けになれたならば。力強い何かが己を動かす。努力しようとする者を応援したい。これはきっと自然な感情だ。
碧の言葉に、朱はぱぁと顔を輝かせた。ありがと、と弾んだ声が部屋に響き渡る。教えを乞うべく、少年は大股で師となる弟の元へと歩みを進めた。
キーボードを片付け、勉強机の上に二人分のスペースを確保する。鞄から教科書と参考書、ノートを取り出し、端に置いた。隣に立った雷刀は、持っていた問題集を開く。少し癖のついたそこの端には、ミミズがのたくったような文字が連なっていた。彼なりに色々と考えた証である。それだけで、烈風刀は胸がいっぱいになる心地だった。
「どこが分からないのですか?」
「………………全部」
「……僕の尋ね方が悪かったですね。どの部分を知りたいのですか?」
「ここの違いが分かんなくてさー」
兄が指差す部分を眺める。基礎から少し発展した問題だ。基礎がまだしっかりとしていない彼が躓くのも仕方の無いことだろう。まだ基礎問題が何問か回答してあるだけ頑張った方だ。それだけで褒めたい気分だが、ぐっと我慢する。まずは彼の学習意欲と知識欲を満たすのが先決だ。
机の端に詰んだ参考書を取り出し、パラパラとページをめくる。彼が疑問に思っている箇所のページを開き、問題集の上部に置いた。参考書の例題に、シャープペンシルでポイントとなる部分に軽く丸を付ける。
「ここはレ点なので上下逆にする、というのは分かりますね?」
「うん」
「まずレ点から処理して、その後に他の部分を入れ替えます」
処理すべき記号に丸を付け、その順番を示す数字を振っていく。朱い目がペンの先を、問題文を追っていく。片手に握られたシャープペンシルが、紙面の上をゆっくりと走っていく。筆跡の薄さが、彼の自信のなさを物語っていた。合っていますよ、と努めて優しく言葉を贈る。ほんと、と心配げな声が返ってきた。
「そう、書いた通りですね。あとは書き下していくだけです。この解説が分かりやすいかと思います」
そう言って、参考書に載っている解説文に丸を付ける。分かった、と細い声とともに、カリカリとペンが軽やかな音をたてていく。紅玉が問題文と解説、回答欄を往復する。輝く朱は真剣一色に染まっていた。
これ以上何か言う必要は無いだろう。それに、じっと見ていては彼が集中できまい。教科書を手に取り、先日授業で教わった部分を開く。ペンが紙の上を走る音とページをめくる音が二人きりの部屋に積もっていった。
「これでいい……のか?」
しばしして、雷刀はようやく声をあげる。教科書から顔を上げ、烈風刀はおずおずと差し出された紙面を見る。出題された短い漢文は、しっかりと書き下されていた。ひらがなが多いように見えるが、そこは今気にかける場所ではない。
「正解です」
「よっしゃー!」
烈風刀の満面の笑みと弾む言葉に、雷刀も嬉しそうに咆哮をあげた。多少教えてもらったとはいえ、自力で解けたことが本当に嬉しいのだろう。その表情はいつも以上に晴れやかな笑顔で彩られていた。
喜気とした笑声をあげ問題を眺める彼の頭に、そっと手を伸ばす。そのまま、赤い髪で彩られたそこをそっと撫でた。ほんのりと湿った感触が手から伝わってくる。
鼻声にまで発展した笑声がぴたりと止む。どうしたのだろう。まだ気になる問題があるのだろうか。少年は小さく首を傾げ、兄の横顔を見る。整った顔がこちらを向く。大きな緋色の目がぱちりと大きく瞬いた。
「……え? 烈風刀……?」
あがった声は細く、動揺に満ちていた。どうしたのだろう。何故名前を呼ぶのだろう。自分が何かしただろうか。そこまで考えて、碧ははっとする。しているではないか。今まさに、頭を撫でるなど子ども扱いにも程があることをしているではないか。カァ、と頬に熱が集まる。それもサッと引いていった。
「すっ、すみません!」
朱い髪を撫で回していた手を勢いよく離す。漫画ならば効果音でもつきそうな素早さだ。あの、その、としどろもどろに言葉を紡ぐ。焦燥が駆り立てる脳味噌ではなかなか意味のある文が構築出来なかった。
「あの、今日ニアとノアにやってあげて、それで、だからついやってしまっただけであって、その、わざとではなく」
発した言葉は全て言い訳だ、と言われても仕方のないものであった。しかし、本当につい、夕方の出来事につられて、無意識だったのだ。でなければ、双子の兄弟の頭を撫でるなんて褒め方をするわけがない。お互いいい歳なのに、そんな子どもっぽい扱いをするなど怒るに決まっている。
ぽそ、と何か声が聞こえた気がした。非難の言葉だろうか。今回のことは全て自分が悪い。真正面から受け止めるべく、意味も無く動く口を真一文字に引き結ぶ。えー、と寂しげな音が静かになった部屋に落ちた。
「えーっと……、やめないでほしいなー……なんて」
だめ、と小さく首を傾げ、雷刀は問う。その頬にはふわりと紅が散っていた。眉は八の字に下がり、こちらを見つめる目は心なしか潤んでいるように見える。控えめにねだる姿は、可愛らしいと形容するのが相応しいものだった。
きゅ、と喉が細まる。兄弟の珍しい姿に、烈風刀はぱちぱちと大きく瞬いた。いつだって自分勝手に物事を進める彼が、こんな風に尋ねてくる。しかも、こんなに可愛らしい様子で、である。ぅ、と喉が細い音をあげる。少年の頬にもつられて朱が差した。
おそるおそる手を持ち上げ、形の良い頭へと手を伸ばす。丸みを帯びた朱を、白い手がそっと撫でる。節の目立ち始めた手が、髪を整えるように往復する。壊れ物に触れるかのような、慎重で優しい手つきだ。伝わる温さと柔らかな感触にか、炎瑪瑙がきゅうと細まった。隙間から見える瞳は、喜びに満ちた色をしていた。
「よくできました」
不意にこぼれ落ちた一言に、雷刀はへへ、と小さく笑う。どちらも幸いに満ちた響きだ。
静かな夜の部屋、兄弟を温かなものが包んだ。
畳む
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