No.65, No.64, No.63, No.62, No.61, No.60, No.59[7件]
揺れて広がる【ニア+ノア+レフ】
揺れて広がる【ニア+ノア+レフ】
ニアノアちゃん誕生日おめでとう!
という感じで書きだしたけどそういう要素薄いニア+ノア+レフ。6月頃のエンドシーンネタ。
今年は無事双子星GRV倒したんで来年こそはフリッキーGRV倒す。
授業が終わってずいぶん経った夕方の初等部棟。まだ人が残っていることを示すかのように蛍光灯で照らされた教室の片隅に、ひょこりと五対の耳が伸びては動く。いつもならば空へ向かって真っすぐに元気に伸びているそれは、今日は少しばかり勢いを失いへにゃりと下がっていた。
「かみ、うねうねです……」
「もわもわ……」
「ぽわぽわだよぉ」
桃、雛、蒼の三色の猫たちはもどかしげな声をあげる。普段は野原を飛び回る蝶のように元気のいい彼女らも、今日はどこか元気がない。椅子に座り、宙に浮いたままの足はつまらなそうにぷらぷらと揺れている。尻尾もへたりと垂れさがっていた。
うぅ、とどこか悔しげに唸り、一同は己の鮮やかな髪を撫でつける。しかし、連日の雨による湿気を吸った髪はなかなかまとまらず、ふわふわぼわぼわと広がるばかり。まるで猫が顔を洗うように小さな手が幾度も髪をなぞるが、一向に解決の兆しは見えない。
「うー、しっけで広がっちゃったよー」
「ノアもー。まとまんない……」
黄色い兎耳のようなカチューシャをつけたニアとノアも、困ったように声をあげる。どちらも自身の青い髪をヘアブラシで撫でつけるが、普段のさらさらとした指通りの美しいストレートヘアーは戻ってこない。桃たち同様、湿気を吸った髪は広がるばかりだ。時には髪が乱れぬことも厭わず飛んで跳ねて行動する双子だが、それは好奇心が優先された場合である。幼いとはいえ年頃の女の子な彼女らは、身だしなみが気になるようだ。
「ニアおねーちゃんたちいいなー」
「桃も櫛を持ってくればよかったです……」
「もわ……もわ……」
小さいながらもしっかりとしたヘアブラシで長い髪を整える上級生二人を見て、雛と桃は後悔にも似た声で漏らす。未だ悪戦苦闘する二人の様子を見るにヘアブラシの一つや二つだけで全てが解決するとは思えないが、己の小さな手と指で撫でつけるよりはずっといい結果をもたらしてくれるはずである。三対三色の瞳がじぃ、と深い青色を見上げた。
「貸してあげよっか?」
「ノアたちがやってあげるよ」
そんな下級生の姿に気づいた双子は、にこりと優しい笑みを浮かべた。おいでおいで、と二人とも余った長い袖を振り、小さな猫たちを膝に呼ぶ。悲しげに下がっていた三角の耳が、ぴこん、と嬉しそうに動いた。
「おねがいします!」
「おねがーい!」
「おねがい……します」
パタパタと元気良く走り寄ってくる三人を見て、ニアとノアは顔を見合わせて笑った。中等部や高等部に所属するものと行動することの多い彼女らは、いつも『下の子』扱いをされている。こうやって上級生らしいことができて嬉しいようだ。ぱたぱたと袖を振る動きが更に大きくなった。
椅子をよじ登る小さな体躯を膝に乗せ、二人は目の前のふわふわと広がった髪をそっとヘアブラシで撫でていく。桃の長い髪は下から手を差し入れ長い動きで、雛の蒼の短い髪は頭の形に沿ってそっと下ろしていく。ニアとノアのの甲斐甲斐しい手入れに、桃たちの細く柔らかな髪は少しずつ元の調子を取り戻していった。
「はい、これでだいじょーぶだよ!」
くるりと指でヘアブラシを一回転させ得意げな顔をするニアに、三人の猫はおぉ、と感嘆の声をあげた。三人揃って己の髪に触る。先程まで湿気の被害を受けていたそれは、すっかりと綺麗に整っていた。手品のみたいです、とその名を冠した色の髪をさらさらと触れながら、桃は感動したようにこぼした。
「最近雨ばっかで嫌だね」
「雨、許すまじー!」
滅入ったようなノアの言葉に、雛は両手をあげ吠えるように怒りの声をあげる。外で遊べなくなるうえに、お菓子を湿気らせ髪をもたもたにしていく雨は、彼女ら三人にとってとてつもない敵だった。もちろん、身体を動かすことを好むニアたち双子にとっても強大な敵だ。五人揃って、しとしとと窓を打ちつける雨粒に不服そうな視線を向けた。
不機嫌の原因がようやく解消され、きゃいきゃいとはしゃぐ三人の姿を見て、ノアはほわりと優しい笑みを浮かべた。『双子の妹』であるノアにとって、自分よりも年下の彼女らの面倒を見るのは『姉』の役割をしているようで、なんだか嬉しかった。
「そろそろ下校時刻だし帰ろっか」
時計を見たニアが残りの四人に声をかける。黒板の上に掛けられた壁時計は、もうすぐ夕方へと差し掛かる時間を記していた。黒い雲に彩られた外はどんどんと明るさを失っていく。暗くなる前に学校を出るべきだろう。
「はい、さようならです」
「ニアおねーちゃん、ノアおねーちゃん、ありがとう!」
「また、明日……」
上級生の言葉に従い、三人の猫たちは鞄を担ぎ、ぺこりとお辞儀をして別れの挨拶をする。さよなら、と二人が手を振って返すと、掲げられた小さな三つの手のひらが二人の動きに合わせたようにひらひらと揺れた。さよーなら、ともう一度三人分の大きな挨拶の合唱の後、小さな身体は軽やかな足取りで昇降口の方へと駆けていった。
「ノアたちも帰ろう?」
「んー……、ノアちゃん、その前に髪結んでもらってもいい?」
もわもわするー、とニアは不機嫌そうな声をあげる。青い双子の髪は、三人の猫たちよりもずっと長く量も多い。湿気をより取り入れた髪はぶわりと広がり、小さなヘアブラシ一つでは太刀打ちできなかった。ならば広げたままにせず、ざっくりとでもまとめてしまった方がいいだろう、というのがニアの考えだ。
「いいよー。後でノアのもやってね」
妹の答えに、姉はおねがいね、とヘアゴムを渡し、再び椅子に座った。その後ろに回り、ノアは改めてヘアブラシを手にする。昼の空のような大きく広がる青い髪に少し差し込んだところで、教室のドアが開く音が聞こえた。
「あれ、二人ともまだ帰ってなかったのですか?」
開いたドアから顔を出したのは、彼女らとはまた違う碧を有した少年だった。耳慣れた声に、頭につけられた兎のようなカチューシャが、本物のそれの耳のようにぴこんと真っ直ぐに伸びた。
「あっ、れふと!」
「れふと、どうしたの?」
くるりと振り返った二人は嬉しそうに声をあげる。よく懐いている上級生の登場に、少女らの関心は言うことの聞かない頑固な髪よりから外れ、大好きな碧色の方へと向かった。先程までの滅入った空気はすっかりと吹き飛んでしまったようだ。
「たまたま通りがかったら教室の電気が点いたままだったので覗いてみただけです」
結局、貴方たちがいたのですけれど、と烈風刀は答える。少し神経質なところがある彼は、誰もいない教室の電気が点けっぱなしになっているのがどうしても気にかかり、わざわざ寄り道して足を延ばしたのだ。
「もう暗くなりますよ。早く帰りましょう」
「待って待ってー」
「今髪結んでるから、もうちょっと待ってー」
あわあわと慌てて手を動かす彼女らに、少年は急がなくても大丈夫ですよ、と優しく声をかける。はーい、と元気のいい返事が重なった。
このまま入り口に立っているままではな、と烈風刀は教室へと踏み込む。姉の髪にヘアブラシを通すノアの斜め後ろで立ち止まった。鼻歌を歌う姉に、ニアちゃん動かないでーと妹が困った声をあげる。これはまだ時間がかかりそうだ、と少年は苦笑し、壁に背中を預けた。
仲睦まじい姿を眺めていると、ちら、と深い海の底のような瞳が烈風刀を見上げる。手を動かしながら何やら言い淀むように視線を泳がすノアを見て、彼は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「えっと……、あの、ね?」
同じく首を傾げ、ノアは少年を見上げる。どこか困ったような、恥ずかしがっているような瞳はゆらゆらと揺れ、ついには床へと向かってしまった。姉に比べ内気な彼女にはよくあることだ。碧い瞳は少女が心に思う言葉を形作るのを待つ。うぅ、といくらか呻くような悩ましい声をあげ、ノアはようやく烈風刀の目をしっかりと見た。あのね、と小さな口がはっきりとした言葉を紡ぎ出していく。
「あのね、交代交代でやってると時間かかるから……、れふと、ノアの髪結んでもらえないかな?」
控えめな声で問うてくる彼女に、少年は驚いたように幾度か瞬きをした。やっぱダメかな、とすぐさま不安げに視線を泳がす少女に、いえ、ときっぱりとした答えが返される。
「僕は構いませんが……いいのですか?」
髪とはそうやすやすと他人が触るものではないし、触らせるものでもない。まだ幼いとはいえ、相手が女性ならば尚更である。それを、多少交流があるとはいえど他人の自分が触ってもいいのだろうか、と烈風刀は戸惑ったように問い返した。
「うん、れふとに結んでもらいたいの」
えへ、とノアははにかんだ。分かりました、と再度了承の語を紡ごうとしたところで、えー、と大きな声があがった。青い髪が翻り、ニアは首だけで振り返る。その眉間には小さな皺が刻まれていた。
「ノアちゃんずるい! ニアもれふとに結んでもらいたいよー!」
「でも、ニアちゃんまで結んでもらったら時間かかっちゃうよ?」
くすくすといたずらげに笑うノアに、ニアは不服そうな声をあげる。妹の言葉はその通りだが、自分だって『大好きな上級生のお兄ちゃん』に髪を結ってもらいたかった。『双子の姉』であり、ずっと『上の子』の立場にいるニアならば尚更だ。自分だってもっと甘えたい、と晴れ渡る夏の空のような瞳は主張していた。
「落ち着いてください。ちゃんと二人とも結いますから」
仲裁するように烈風刀は屈み、二人と視線を合わせる。それだけで、青い双子の兎ははーい、と統率の取れた元気のよい返事をした。現金なものである。
「まずはノアちゃんからでいいよ! 先に言ったのはノアちゃんだからね!」
せめても、とニアは姉らしく妹に順番を譲る。ありがとう、と嬉しそうに笑う片割れを見て、彼女は同じく嬉しそうに笑みを返した。
「じゃあれふと、おねがいします」
どこか緊張した面持ちで、ノアは烈風刀にヘアブラシを渡す。強張ったその様子に少年の胸に一抹の不安がよぎる。本当に引き受けて良かったのだろうか、という問いを、自身で否定する。彼女たちがあんなに頼んできたのに、今更断ることなどできない。ゆっくりやればいいのだ、と自らを落ち着かせた。
「えっと、どういう風に結びますか?」
「えーっと……、じゃあ、二つに結ぶのがいいなぁ」
そう言って、彼女は両手をこめかみの位置まで持っていく。長い袖が、まるでツインテールのようにぷらんと揺れた。分かりました、と返して、烈風刀は川のようにさらさらと流れる青い髪に触れる。簡単に二つの束に分け、長いそれに下から手を入れて持ち上げる。広がったそれを揃えるようにそっとヘアブラシを入れるが、湿気で少し膨らんだ青色はひっかかることなどない滑らかなヘアブラシ通しをしていた。するりするりと手のひらを流れるそれはまるで高価な布のようなツヤをしていた。
片方の束を梳き終わり、烈風刀は先程ノアが指し示した場所まで髪を持ち上げた。渡されたヘアゴムを改めて手にしたところで、はたと少年の動きが止まる。この長い髪にどうやってこの小さなヘアゴムを通せばよいのだろうか。静かに焦る少年の気配を察してか、ノアは貸して、と手を差し出した。一つを彼女に手渡すと、器用な手つきで長い髪にゴムを通し手早く結い上げた。こうやるんだよ、と言う少女の声はどこか得意げだ。自分がこうするよりも、彼女らがやった方がずっと早いのではないか、と思ったところで、烈風刀は口をつぐむ。彼女らが『早く済ませたいから』という理由だけで己にその美しい髪を託したのではないということは、少年も承知だった。
もう片方の束も同様に梳かし終え、先程の彼女の手際を参考に同じ高さに括っていく。それでもやはり慣れていないせいか、二つの尻尾の高さは少しずれてしまった。
「うん。れふと、ありがとう」
結び直そうと手を伸ばしたところで、ノアは椅子からぴょんと飛び降りる。くるりと振り返ったその顔は、とても嬉しそうだ。
「えっ、でも少しずれていますよ?」
「いいよ。れふとがやってくれたんだもん」
えへへー、とノアは笑う。本当に良いのだろうか、と首を傾げる少年を尻目に、次はニアちゃんの番だよー、と妹は姉を呼んだ。待ってました、と言わんばかりに、ふわふわとした青が烈風刀の目の前、椅子にぴょんと飛び込む。
「あのねー、ニアは一つ結びがいい!」
こーゆーのね、とニアは髪をざっくりと束ね、頭の真後ろ、高い位置に持ち上げた。そうやって彼女らが髪を高く結い上げた姿は烈風刀は何度か見たことがある。それに倣えばいいだろう。分かりました、と返事して、烈風刀はふわと広がった髪を一つの束にし、下に手を入れて同様に梳いていく。湿気による癖が弱まったところで、根元からそっと持ち上げ、ノアの時と同じ要領で高い位置で結い上げた。
「これでいいですか?」
「うん! れふと、ありがとう!」
妹と同じくぴょんと飛び降りたニアは、楽しげに礼を言った。少女は嬉しそうにくるりとその場で一回転する。長い髪がまるで大きなリボンのようにひらりくるりとたなびいた。
「ニアちゃんはやっぱりポニーテールが似合うねー」
「ノアちゃんもツインテールすっごく似合ってるよ!」
少女らがきゃいきゃいとはしゃぐ度、結い上げた青が楽しげに揺れる。しっかりと梳かし整えた髪は、まとまった美しい動きをしていた。
「れふと!」
「ありがとう!」
再び声を揃えて礼を言う姿に、烈風刀はどういたしまして、とはにかんだ。彼女らが喜んでくれるならば何よりだ。
「あっ、お礼にれふとも結んであげようか?」
「れふと、ちょっと髪伸びたよね? 今ならノアみたいに二つに結えると思うなー」
きらり、と双子の瞳がいたずらっぽく光る。ちゃきり、とヘアブラシとヘアゴムを構える姿は、学園では有名な朱い少年を彷彿とさせた。二人のいたずら兎にロックオンされる前に、烈風刀は急いで立ち上がりその手から逃れる。自分たちとは違う鮮やかな碧が自分たちの手の届かないところまで遠のいたのを見て、少女たちは小さく頬を膨らませた。
「もう終わりです。ほら、帰りましょう? 校門まで送っていきますよ」
はい、と手を差し出すと、分かった、とニアがその手に飛びつく。もう反対側にはニアが手を取り、三人で並ぶ形となった。
「れふと、ほんとにありがとね!」
「あのねあのねっ、またやってもらってもいい?」
「えぇ、構いませんよ」
やったー、と青色の姉妹はぴょんぴょんと跳ねる。その無邪気な姿に、烈風刀は愛おしげに目を細めた。
日がかげる教室には、二対の耳と三つの尻尾が揺れる影が伸びていた。
畳む
少年少女趣味【ライレフ】
少年少女趣味【ライレフ】
別の話の前提になる話の予定がそっち書けそうにないのでこちらだけ。べたべたなあれそれが書きたかった。
輝妖リミコンバムの嬬武器兄弟可哀想って話。
ひくり、と思わず引きつった音が漏れたのは仕方のないことだろう。撮影用の更衣室の片隅、目の前に差し出されたそれは、烈風刀の頬を引きつらせるのに十分な破壊力を有していた。
「レイシス、それは」
「今回の衣装デスヨ? あれ、伝えていマシタヨネ?」
ことり、とレイシスは首を傾げる。久方ぶりに下した長い桃色の髪と、ヘッドホンにつけられたフリルが揺れた。その姿は密やかに咲いた花がそよ風に揺れるようで、どこか儚げながらも可愛らしい。普段ならばその愛らしさをあらんばかりの言葉で褒め称える烈風刀だが、今日ばかりはそんな余裕を持ち合わせていなかった。
「いえ、確かに聞いていましたけど……」
いましたけど、と少年は言葉を濁す。彼らしくもないその声音には、動揺が色強くにじんでいた。
以前に開催したコンテストの楽曲をまとめたサウンドトラックが出るという話は随分前から聞いていた。そのジャケット写真の撮影をすることも、しっかりと聞いていた。けれども、その内容――東方Projectの楽曲リミックスコンテストのサウンドトラックだ、と聞いて、彼の脳内に苦い記憶が蘇ったのは何も不思議ではないだろう。少年にとって悪夢と言っても差し支えないそれを引き起こすトリガーとしては十分なものだった。
悲しいかな、今まで女性キャラクターの衣装を着る羽目になったことはいくらかあった。しかし、あの時――東方紅魔郷リミックスコンテスト、そのサウンドトラックのジャケットを撮影した時のように、脚をさらけだすほど丈の短いワンピースを身に纏い、あまり長くない髪を無理矢理高く結い上げ、挙句の果てにはドロワーズを履くなど、そこまで本格的に女性の格好をしたことは彼の短い人生で初めての経験だった。こんな経験は一生したくなかった、と呆然と立ち尽くす烈風刀の瞳が生気のない暗く濁った色になっていたことは、関わった皆が覚えている。
そんな烈風刀の前には、一着の洋服がある。
トルソーに着せられたそれは、手触りが良いことが一目で分かるほど美しい光沢を放っていた。襟ぐりは深く鎖骨より下、胸のほんの少し上まで開いており、首元が露わになっている。雪原のように白く広がる肌を彩るように深い赤色のリボンが結ばれていた。着物のそれのように長く広がっていく袖は胸元と同じ高さ、二の腕から伸びており、肩が惜しげもなく晒される意匠だ。コルセットが腰元をきゅっとまとめ、その下から膨らんだ布地は花開くかのようにふわりと広がっている。裾の端々にはフリルとリボンがふんだんにあしらわれており、シンプルなデザインのドレスを華やかに彩っていた。首の位置に被せられた帽子は、大振りなフリルで縁取られている。絞られた布地をまとめるように回された赤いリボンは、大きな蝶結びで正面を飾っていた。傍らにはフリルがふんだんにあしらわれ、アクセントにしては過剰なほどの赤いリボンが縁を駆ける少女趣味溢れる撫子色の傘が立てかけられていた。
神隠しの主犯。境界に潜む妖怪。幻想の境界。幻想郷のゲートキーパー。
八雲紫。
東方妖々夢、その難易度Phantasmで待ち構えるキャラクターが、今回烈風刀に宛てがわれた衣装の持ち主だ。
正確にはアレンジが加わっており原作のそれとは異なるのだが、彼にとってそんなことは瑣末である。自分がまた女性の衣服を身につけ、写真を撮る羽目になることより重大で重要なこと以上に彼の脳味噌に訴えかけられることなど、今この瞬間には存在しない。
無機質な白の胸元を見る。少し膨らんだそこに引っかかるようなその意匠は、胸を強調しわずかに露わにすることにより色香を匂わせるよう仕立て上げるものだ。そして、そのなだらかな双丘が、本来ならばこれは女性が着用する衣装であることを雄弁に語っていた。
ガクリと膝をつき、その場に蹲ってしまいそうな足を叱咤する。レイシスの前だ、そんなみっともないことはできない。それでも受け入れたくない現状に徐々に目が曇る烈風刀の姿を見て、桃色の瞳が心配そうにその顔を覗き込んだ。
「烈風刀? 大丈夫デスカ?」
「……えぇ、大丈夫です」
大丈夫なはずなどない。けれども、こんなことでレイシスを心配させる訳にはいかなかった。少年は眉間を指で押さえ、じわじわと広がっていく頭痛に抵抗する。無駄なあがきであるのは百も承知であるが、彼女に――同じく東方projectのキャラクター、わかさぎ姫に扮したレイシスに問うた。
「あの、どうして八雲紫さんの衣装なのでしょうか?」
「だって、『東方妖々夢リミックス楽曲コンテスト』デスカラ」
アッ、他のキャラが良かったデスカ、とレイシスは斜め二七〇度に吹っ飛んだ質問を投げかけてくる。いえ、と答える烈風刀の声は力無いものだ。どのキャラクターを担当しようが女装をするという事実に変わりはない。どうあがこうが、その先には地獄しかなかった。
不規則になりかけた呼吸をゆっくりと落ち着ける。大丈夫、着るのは撮影の間、ほんの少しの時間だけだ。前回同様ならば掲載されるのは小さなものだ。仕事なのだ、仕方がないではないか。指示通りに動けばすぐに終わる、大丈夫だ。少年は必死になって自身に言い聞かせる。その写真が印刷されたものが全国に販売され、特典アピールカードとして実装し全世界の筐体上に表示されることは今は考えていけない。
「……分かりました。では、着替えてきますね」
「ハイ、よろしくお願いしマス」
ニコニコと笑うレイシスに、烈風刀は精一杯の笑みを作る。彼の頭の中には、大丈夫、大丈夫、と洗脳にも似た調子で繰り返される己の声が反響していた。
デハ、と大きく手を振り現場へと駆け戻るレイシスを見送り、少年は、はぁ、と重苦しい溜息を吐いた。レイシスにああ言ってしまったのだ、どうなろうがもう腹を括るしかなかった。着替えるべく、のろのろと衣装に手をかけたところで、はたと記憶の片隅に引っかかった何かに気付く。それを手繰り寄せ中身を覗いた瞬間、烈風刀はバシ、と音がするほど勢いよく己の首筋を押さえた。
首元、肩口、鎖骨。トルソーの白が露わになっているその部位に何があるのか――何をされたのだったかは、腹立たしいことに全て覚えている。骨に牙が当たる衝撃、首筋に走る刺されるような痛み、柔い肉に並びの良い歯が食い込む感触、鏡に写った自分の肌にいくつもの赤が散っている姿。一時的にしまっていた記憶がぶわりと噴き出す。同時に冷や汗も噴き出し、だらだらと肌を伝っていった。
まずい。こんな姿――明らかに他者に刻みこまれたその色をさらけだした状態で写真を撮ることなどできない。どうする、と考えようにも、いくつもの混乱の渦に一気に放り込まれた頭は普段のように機能できずにいた。
「あれ、烈風刀? どうした?」
その頭髪よろしく真っ青になった烈風刀に、ドアが開く音と脳天気な声がかけられる。絶望に染まった顔でゆっくりと振り向くと、そこには彼の兄である雷刀がいた――いや、これは本当に雷刀なのか、と弟の脳内に多量の疑問符が浮かんだ。
目の前に立つ彼の頭には、赤い頭髪を隠すように金色の模様が浮かぶ大きな帽子が被せられている――否、帽子ではない、落ち着いた黒で幾度も塗り上げられた茶碗だ。その手には銀のステッキが握られている。太い根本には穴が開いており、先へと細く尖る姿は縫い針のそれだ。もう片手には金色の槌がある。松の模様が描かれたそれは針に比べて小ぶりだが、そのきらびやかな輝きによりしっかりとその存在を主張していた。バグ駆除により鍛えられた身体は、クリーム色をしたボルテ学園規定の制服でなく、薄紅から紅梅へと流れ移り変わる着物に包まれていた。落ち着いた布地の上を白の紅葉やすすきが踊っている。その裾は着物にあるまじきほど短くたくし上げられており、筋肉に包まれた硬い足が惜しげもなく晒されていた。
少名針妙丸だったか、と烈風刀はぼんやりとした頭で考える。小人の末裔、東方輝針城の最終ステージで待ち受けるキャラクターだ。今回のサウンドトラックには、妖々夢リミックスコンテストの楽曲だけでなく、それ以前に行われた東方輝針城リミックスコンテストの楽曲も収録されている。烈風刀同様、雷刀も作品由来のキャラクターに扮する羽目になったのだろう。しかし、女装しているというのに彼の姿は堂々としたものだ。
「恥ずかしくはないのですか」
「そこまででもねーかな」
げんなりとした様子で問う烈風刀に、雷刀はケロリとした表情で答える。信じられない、といわんばかりの表情で見つめる弟の姿に、兄は手にした小槌をくるくると回し言葉を続ける。
「形は着物とか浴衣とそんな変わんねーし…………まぁ、前のよりマシだから……」
装飾や着付けの差異はあれど、着物は女性だけでなく男性も着るものだ。スカートという女性ばかりが好む衣装を着る烈風刀よりは、まだ抵抗感は薄いらしい。少しの沈黙の後付け足された前の、という言葉は、以前レミリア・スカーレットや西行寺幽々子――元々は着物のようなデザインなのに、何故かスカートにアレンジされていた――の衣装を着たことを指しているのだろう。どちらにしろ脚をさらけだすようなデザインなのだから比較できるものではないのではないか、と烈風刀は濁り淀んでいく頭で考える。そもそも、だ。東方妖々夢なら、二人とも以前にその登場キャラクターに扮したではないか。それなのに何故また、その時と違うキャラクターの衣装を着なければならないのだ。それも、元のものよりも肌を出すデザインに変更してまで、だ。何故、と浮かび溶けず積もっていく疑問は彼の瞳と思考を曇らせるばかりだった。
「もう諦めて着替えてこいよ。もうすぐ時間だぞ?」
手にした銀の先で指し示した時計は、撮影開始予定時刻まであまり時間が無いことを語っていた。その呑気な様子に、ぶわと怒気が胸から溢れ出る。噴きこぼれる感情のまま、烈風刀は雷刀の肩を力強く叩いた。いてぇ、と驚きの混ざった悲鳴が椀の下からあがる。
「なにすんだよ」
「誰のせいで着替えられないと思っているのですか」
怒りに滾る声に反し、碧の瞳には水が薄く膜張っていた。どういう意味だ、と雷刀は全く心当たりが無いという様子で首を捻る。神経を逆なでするその表情に、もう一度べしりと叩き、烈風刀はその視線を自身のためにあつらえられた衣装へと向かせた。その肌を惜しげもなく晒すドレスを見て数秒、少年は再度首を傾げる。しばらくして、あ、と朱い口が間抜けに開いた。
「あっ、あー…………、ゴメンナサイ」
「ゴメンナサイではありません。本当にどうしてくれるのですか」
「そんなこと言ったって、ちゃんとゴーイの上でだろ?」
そうですけど、と肯定を意味する言葉はどんどんと萎んでいく。誘ったのは兄の方だが、合意し、何ならば珍しく協力的に動いたのは弟の方である。結局は行為を許してしまったのも、両者とも今日のことを忘れていたのも、 全て連帯責任である。それは二人共しっかり理解していた。理解した上でこの始末だ。
それでもそういうものは付けるなと再三言っていたではないか、と口を尖らせる弟に、兄はわざとらしく顔を逸らした。治す気の見られない噛み癖が原因であろうがなかろうが、全て既に後の祭りである。言い争った所で、散らばる赤が消えることはない。
雷刀の手が烈風刀の胸元に伸びる。自然な動きで彼のネクタイを緩め、シャツの襟をぺろりとめくった。白の下に浮かぶいくつもの痕を見て、少年はうーん、と難しそうに唸った。
「化粧でどーにか隠せねーかな」
「やるだけやってみます」
原因はどうであれ肌が局所的に色づいているだけだ、カバー力の高いものを塗り重ねれば隠せる可能性は高い。一部は傷に分類されるであろうそこに化粧品という化学物質を幾重にも塗りこめるのは少し気が引けるが、そんなことを言っている場合ではなかった。こんなものを他者に見せることなど、死んでも回避すべき事項だ。
するりと潜り込んだ指が、白い肌に浮かぶ紅に触れる。どうにか消せないものかとこするようになぞる感覚に、ひくりと身体が震えた。傷みは無い。けれども、普段人に見せることのないのない箇所を兄の目の前に晒し、触れられるというのはなんだかいたたまれない。そんなことをするのは『限られた』場合なのだから尚更だ。
「あっ、そういやさ」
皮膚の上で踊る雷刀の指が、そのままゆっくりと首筋を伝っていく。行為の一部を思い出させるその動きは、腹の奥に小さく火を点けていくようだった。かすかに背筋を駆ける感覚に、烈風刀は反射的に身を縮こめた。
「ここ、ちょっと見えてる」
とん、と耳の少し後ろ、生え際にごく近い場所を指が弾く。は、と間の抜けた声が漏れて数瞬、あんなに青ざめていた烈風刀の顔はぶわりと真っ赤に染まった。
「なっ――な、何故言わないのですか!」
「だってこんなちっさいのだし、珍しく隠してねーからわざとかと思ったんだよ!」
胸倉を掴まんばかりに詰め寄る烈風刀に、雷刀は焦った様子で返す。弟の性格を鑑みてそのような結論に至るのはあり得ないというに、何故そんなふざけたことを言い出すのか。理解ができない。若葉色の瞳には、怒気と羞恥と絶望がどろどろに溶け混ざり合った色がたゆたっていた。
れふとってばだいたーん、と誤魔化すようにからかう声の下に、学園指定のシューズが真っ直ぐ脛を狙う。剥き出しのそこを容赦なく蹴り飛ばされ、椀の下から大きな悲鳴があがった。背にする声を無視し、烈風刀は小部屋を仕切る簡易的なカーテンを乱暴に閉めた。
着崩れた制服を直し、傷跡を消すように首筋をさする。紅だけでなく、肌を伝い優しく弾く彼の指の温度がまだ残っているようで、身体がちりちりと燃えるような感覚に小さく息を呑んだ。
鏡に映る己の顔は、朱に刻まれたそれと同じ色をしていた。
畳む
その色を消す手段【ライレフ】
その色を消す手段【ライレフ】
即興二次創作で時間制限内に書けなかったので完成させてこっちに投げる。
それっぽさは皆無に近いけどライレフ。多分。
ジャンル:SOUND VOLTEX お題:赤いむきだし
いち、に、と紙の束を弾いていく。薄いそれを繰る度、擦れる軽い音が指先から奏でられた。
怒涛のアップデートもようやく落ち着いたためか、本日は比較的ユーザーが少ない。そのためナビゲートの仕事はあまりないので室内を掃除をする運びとなった。すると、運営に関わる書類がそこかしこから出てきたのだ。処理済みのものはしっかりと整理しファイリングしてあるはずだが、と首を傾げる間も無く、犯人は見つかった。わざとらしく目を逸らした赤毛の姿は『私が犯人です』と手を上げているのと同義だ。
どれも重要度は低く量はさほど多くないが、乱雑に置いておくのは突然必要となった時に困る。運営の仕事はレイシスに一任し、今日は整理を優先することにした。もちろん、元凶である雷刀もだ。
今時紙だなんて、と烈風刀は嘆息する。データでのやりとりがほとんどであるこの世界で、紙を使うメリットはあまりないように思える。非効率であるが、定められたものなのだから仕方ない。黙って指を動かした。
規定分揃っているか数え終わり、少し形の崩れたそれを整える。次の山に取り掛かろうと積まれた塊に手を伸ばしたところで、ザリ、と嫌な音が聞こえた。次いで鈍い痛みが走り、烈風刀は小さく眉を寄せた。音の発生源と思しき己の指に視線をやると、白い肌に白い直線が走り、そこから赤が滲んでいた。どうやら、紙の縁で切ってしまったらしい。
「どうしまシタカ?」
いつの間にか、レイシスが隣に立ちこちらを覗きこんでいた。休憩を兼ね飲み物でも取りにいっていたのだろう、その手には彼女が愛用しているマグカップが握られている。
「いえ、指を切ってしまいまして」
見つめる桃色に、烈風刀は苦笑する。格好悪いところを見られてしまった、と痛みとは別の感情が彼の眉間に刻まれた。そんな少年の心など知らないレイシスは、軽く上げられた手に視線を移す。白い肌から鮮やかな赤い球が生まれていく様を見て、彼女は小さく声をあげた。
「はわっ、大丈夫デスカ?」
「ほんの少しですから大丈夫ですよ。すぐに止まります」
狼狽えるレイシスを見て、烈風刀は落ち着けるように優しい声で返す。所詮紙が擦れただけだ、皮膚が少し傷つけられた程度で傷は浅い。じきに血も止まり、数日もすれば治るだろう。
「デッ、デモ、血ガ」
ふつりふつりと指先を彩っていく赤を見て、レイシスははわわわわ、と依然あたふたと声を漏らす。ぱちり、と薔薇のように華やかなその瞳が大きく瞬きする。何か思いついたのか、彼女は手にしたマグカップを机に置き、傷口に触れぬよう烈風刀の手を取った。両手で優しく包んだそれを、彼女は彼の目の前、少しばかり高い位置に持ち上げる。血が出た場合、患部を心臓より高い位置に持っていけば止まりやすい、という話を聞いたことがある。彼女もそれを知っており、流れるそれを少しでも 防ごうとしたのだろう。
伝わる柔らかな温度に、どきり、と烈風刀の心臓が一際大きく脈を打つ。好意を寄せる女性に手を握られるのは、初心な彼には少し刺激が強かったらしい。その頬にぱっと紅が散った。
「えっ、いや、あの、大丈夫ですよ。おちついてくださ――」
「どしたー?」
理由は違えどレイシス同様慌てる烈風刀の肩に、ぐ、と重みがかかる。すぐそばで鼓膜を震わす声は兄のそれだった。配分された作業が終わり手伝いに来たのか、烈風刀が作業する机へと戻ってきたらしい。
「怪我?」
「紙で切っちゃったみたイデ」
あわあわとしたレイシスの声に、雷刀は彼女が握ったその手に目をやる。ふぅん、とどこかつまらなそうに呟いた彼は、そのまま烈風刀の手首を掴み己の目の前へと引き寄せる。少し強引なそれは、まるで彼女からその手を取り上げるようだった。
「あぁ、これくらい舐めときゃ治るって」
滲む赤を見て、雷刀はだいじょーぶだいじょーぶ、と空いた手をひらひらと振った。掴んだ手を離す様子はなく、むしろ尚自身の下へと寄せるように引いた。
「固まりかけてるっぽいけど拭いといた方がいいかな。レイシス、ティッシュ持ってきてくれないか?」
「ハイ! 分かりマシタ!」
レイシスはパタパタと備品を収納した棚の方へと駆けていく。そよぐ薔薇色の髪を見送り、烈風刀は手を掴む雷刀へと顔を向ける。その瞳は訝しげに細められていた。
「何なのですか、一体」
以前掴まれたままの手を見やる。引き寄せられたそれはあまりにも近く、そのまま手の甲に口づけしてしまいそうなほどだ。傷を見るにしても、こんなにも近くに寄せる必要はない。そもそも、彼が患部を見る必要などないのだ。
「別に」
答える声は平坦で、機嫌が悪そうに見えた。デスクワークを苦手とする彼だ、本日の業務が不満なのだろうか。それも全て自分が悪いのではないか、と口を開こうとしたところで、掴まれた手に兄が唇を寄せる姿が間近にあった。ぎくり、と怯えるようにその手が硬直する。何を、と尋ねるより先に、薄く開かれたそこから赤い舌が覗いた。
指先に生温かい感触と、ほんの少しの痛み。舐められたのだ、と気付くころには、赤で彩られた指先は赤の中に消えていた。
「ら、いと」
咎めるように名を呼ぶ。その音は動揺する彼の心中を表すかのように震えていた。あまりにも突然の行為に、烈風刀はその手を振り放せずにいた。硬直した指はどんどんと唾液に塗れ、蛍光灯の青白い光にてらてらと輝いていた。緩く尖らせた舌先が傷口をつつく。その痛みに我に返った彼は、力いっぱいに掴まれたままでいた手を引いた。血液と同じ、真っ赤なそれにから守るように、もう片方の手で囚われの身だったそれを包む。温かな塊から離れた指先が冷えていくように感じた。
「舐めときゃ治る、って言ったじゃん?」
「本当に舐める人がいますか!」
首を傾げる雷刀に、烈風刀は怒声をぶつける。舐めるはおろか、故意に傷口を抉っていたのである。語られる俗説が本当だとしても、治す気などさらさらないのは明白だ。
だってさぁ、と雷刀は机に肘をつき、不機嫌そうなに話し出す。音が発せられる度に姿を見せる赤に、思わずひくりと息を呑むのが分かった。
「烈風刀だけレイシスに手握ってもらうとかずるいじゃん?」
オレだってレイシスに手ぇ握ってほしいしー、と雷刀は机に突っ伏した。一連の行為は、どうやら子どもめいた嫉妬によるものだったらしい。あまりにも身勝手なその言葉に、そして酷く羞恥心を煽る行為に、烈風刀の胸にふつふつと熱い何かが湧くのが分かっる。傷の無い手をぐっと固く握りしめる。そのまま朱い頭に勢いよく振り下ろした。ゴン、と硬い何かがぶつかる鈍い音と、潰れたようなくぐもった 声が聞こえた。
「何すんだよ!」
「馬鹿!」
キャンキャンと罵りのドッヂボールが繰り広げられる中、ティッシュ箱を抱えたレイシスが帰ってきた。珍しく声を荒げ喧嘩する二人を見て、彼女は今日何度目かの驚きの声を上げた。
「一体どうしたんデスカ!?」
「だって烈風刀がさー!」
「何でもありません!」
オレは悪くないと言わんばかりの雷刀の言葉を烈風刀は掻き消す。指を舐められて喧嘩していました、なんて心底くだらなく恥ずかしいことを彼女に知られるのは絶対に防ぐべきだ。不満げな声を上げる兄の顔をぐいぐいと押し、距離を取り口を塞ぐ。もがもがと抵抗する彼を視界に入れぬよう、烈風刀はレイシスの方に向き直った。
「ティッシュ持ってきマシタヨ」
「ありがとうございます」
心配気に差し出すレイシスに、烈風刀は爽やかな笑みを作り礼を言う。薄いそれを一枚抜き取ると、すぐさま未だぬめり光る傷口を包んで隠した。
「もう止まっているみたいデスネ。よかったデス」
「オニイチャンのおかげでなー」
赤が白を侵さない様子に、レイシスは安堵の笑みを浮かべた。押しやる手から逃れた雷刀はからかうような愉快そうな声を上げる。今にも先程の出来事を面白おかしく話してしまいそうなそれに、烈風刀はキッと鋭い視線を向ける。射殺すような、とはこれのことを言うのだろう。あまりの気迫に、雷刀はへいへいと口を閉ざした。優等生らしく冷静な仮面を被る碧は、レイシスが絡むとこうも感情をあらわにするのだった。
「仕分けはあらかた終わりましたし、あとはファイリングすれば完了です。すぐに済ませますね」
「急がなくても大丈夫デスヨ? また怪我をしたら大変デス」
心配そうに見つめるレイシスに、烈風刀は大丈夫ですよ、と優しい声音で返事をする。嬬武器の双子がレイシスに対してあまりにも過保護であるのは有名だが、彼女も彼女で少し過保護の気があった。それだけ皆を大切に思っているのだろう。そんな彼女を心配させるわけにはいかない、と烈風刀は改めて考える。
「もうこんなことはしません。心配しないでください。業務をレイシスに任せっきりなのも申し訳ありませんから」
困ったようにハハ、と声を漏らす姿を見て、レイシスはそうデスカ、と頬に手を当てた。その瞳からは不安の色は薄まり、元の明るさを取り戻しつつあった。
「デハ、よろしくお願しマス!」
「任せてください」
ぐ、と両手を握り微笑むレイシスを見て、烈風刀も頬を緩めた。待ってマスネ、と手を振り自分の席へと戻る彼女を見送り、烈風刀は小さく息を吐いた。もうこんなことはこりごりである。
放置していた書類に目を戻すと、その脇で紅緋の瞳がじぃ、と薄い紙に隠れた指先を見つめていることに気付く。反射的に手で包み隠すと、雷刀はにぃと悪い笑みが浮かべた。
「早く治るといいな」
「どの口が言いますか」
ペシ、と頭を叩く。いってぇ、と笑う声を無視し、まとまった書類を再び手に取った。白いそれは赤で汚れることなく、ただただ黒い文字が浮かんでいた。
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一日限りなんて【レイ+グレ】
一日限りなんて【レイ+グレ】
昨年のトップ絵やエンドシーンではしゃいでるグレイスちゃんがとても可愛らしかったので。レイグレ姉妹は存分に仲良くいちゃついてほしい(誤解を招く表現)
今年も無事蹂躙されてきました。脳味噌も指もこんがらがる。
耳元に手を伸ばす。ヘッドホンは新調したばかりの眩しい白でなく、光沢のある深い黒で染まっている。そのままヘッドバンドをなぞっていけば、中ほどで装飾に辿りつく。指に触れる一対の三角形には、目のような模様が刻まれている。サイケデリックな色に光るそれは、どこか不気味にも見えた。
ヘッドホンから手を離し、少女はその場でくるりと回ってみせる。普段ならばチュールレースがふわりと舞うが、今日はそれがない。代わりに、高く二つに結い上げた躑躅色の髪がたなびくように広がった。自身の身体を見下ろす。同年代と比べてずっと細いそれは、馴染みのある黒と赤で包まれていた。
懐かしい、と少女――グレイスは小さく息をこぼした。今では編入したボルテ学園の制服――加えて、レイシスがどんどんと作る少女趣味な衣装――で過ごすことが多く、重力戦争時代の姿になるのは随分と久しい。黒と赤で彩られたこの姿は、日頃身に纏う輝かしい白と青とは正反対のように思えた。
ドアが叩かれる硬い音が部屋に飛び込んでくる。グレイス、と尋ねる声は、よく知る少女のものだ。どうぞ、と返せば、ゆっくりとドアが開かれる。隙間から覗いた薔薇色の瞳がグレイスの姿を捉え、花咲くようにぱぁと輝いた。
「懐かしいデスネ!」
「そうね。いつぶりかしら」
バグの海が浄化されコンソール=ネメシスの一部になったのと同じく、バグで作られたグレイスの身体もネメシスの住人として再構成された。その時、バグを従える力が弱ってしまったのか、元の姿に戻ることは難しくなったのだった。今身に着けているものは、当時のそれを模して自身で作成したものである。
衣服なら制服はもちろん、レイシスが手製のものをいくらでも用意している。だから、新たに衣装を作る必要性はあまりない。けれども、今日だけはこの姿で――昨年と同じ姿でいなければならないのだ。
何せ、年に一度の特別な日なのだから。
「一年ぶりに蹂躙してやるわ」
ふふ、と笑うグレイスの表情は昏く、躑躅色の瞳はサディスティックに輝いていた。楽しそうに張り切る様子に、レイシスは苦笑する。重力戦争時代のような攻撃的な姿は久しぶりだ。
「『夢を叶える日』デスからネ」
「……思い出させるんじゃないわよ」
からかうようなレイシスの言葉に、グレイスは苦々しげに眉に皺を寄せた。
一体何がどうして伝わったのか、一年前のグレイスは四月一日を『夢を叶える日』と思い込んでいたのだ。バグの海にユーザーを誘い込み、ナビゲートするという夢を叶えた彼女は大いに喜んだ。レイシス以上に分かりやすいと自負するそれは、多くのユーザーに強烈なトラウマとして刻まれていることを彼女は知らない。
元気にナビゲートを続け、四月一日も終わる頃。彼女に告げられたのは『今日は嘘をついてもいい日である』という真実と、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』という絶望だった。そのうえ、その後エイプリルフール特集記事にとインタビューに来た人間からは『一日限定』と連呼されるという、酷い追い打ちまで食らったのだ。出来るならば思い出したくない、苦い思い出である。
「今年はどんな夢を叶えるんデスカ?」
未だからかうように問いかけるレイシスの声をグレイスはふん、と一蹴し、不敵に髪をかきあげた。
「夢ならとっくに叶ってるわ」
ゆるりと弧を描く瞳に、柔らかな光が灯る。先程までの攻撃的な雰囲気は和らぎ、年相応の少女らしい表情でレイシスを見つめた。
レイシスに会うのが夢だった。彼女に成るのが夢だった。消滅することなく生きるのが、何よりの夢だった。
今はどうだろうか。ひとり闘う自分を、レイシスは迎えに来てくれた。バグの暴走に耐えられず消滅しかかった自身を、彼女は救ってくれた。ネメシスの住人としての身体を与えられ、一緒にナビゲートを――あの日夢見た彼女と同じように活動している。学園に編入し、皆と共に生きている。
生まれた頃から夢見ていた願いは全て叶ったのだ。あの日のように『一日限り』ではない。これから、『ずっと』なのだ。
柔らかに細められた少女の瞳に、レイシスは驚いたように幾度も瞬きをした。穏やかな言葉を咀嚼し、理解し、彼女はふわりと破顔した。
「そうデスネ」
ワタシもデス、というレイシスの声は喜びに満ちていた。グレイスを迎えに行きたかった。彼女と一緒にこの先を歩んでいきたかった。『死にたくない』と心からの願いを、レイシスはずっと叶えたかった。
全ては現実となり、二人はこうやって同じ場所に立ち、同じ場所で過ごしている。グレイスの――同じことを夢見たレイシスの願いは、ちゃんと叶ったのだ。
「そうダ! 今年は、ワタシも一緒にやってみたいデス!」
じゅーりんじゅーりん、と満面の笑みを浮かべて腕を振り上げ勢いよく振り下ろすレイシスの姿に、グレイスは呆れたように息を吐いた。しかしその口元は、かすかに綻んでいた。
「だめよ」
はっきりとした拒絶に、レイシスははわ、と寂しげに項垂れた。不満げな表情を横目に、グレイスは机上に置いたままの眼鏡と教鞭を手に取る。つりあがった三角の眼鏡をかけ、未だしょぼくれている少女の目をしっかりと見つめた。
「今日は、今日に限っては、私が主役なんだから」
ふふん、とグレイスはいたずらげに笑う。たっぷり蹂躙してやるんだから、と手にした教鞭を軽く振った。やる気に満ち溢れたその声に、レイシスはゆるりと目を細める。
たしかに、今日の彼女は重力戦争の時のような攻撃的な雰囲気をまとっている。けれども、当時のように敵対する様子や、人々を攻撃するような空気は一切感じないのだ。蹂躙という言葉も、昨年に引き続いて言っているのだろう。そこに、言葉通り人々を踏みにじり害を与えようとする意志は見られない。むしろ、ユーザーを楽しませるため努力しようとしているように見えた。
グレイスは、ナビゲーターとしてしっかりと成長している。自信に満ち溢れ胸を張る姿は、それを再認識させてくれた。
「ハイ。ナビゲート、任せマシタヨ!」
「任せておきなさい」
パン、とハイタッチをする。手と手を合わせた少女たちの表情は、とても楽しげだ。
そのまま部屋を出ていこうとするグレイスを見送ろうとして、レイシスはあっ、と声を漏らした。急いで扉の向こうに消えていく彼女の背に言葉を投げかける。
「始果サンが作戦会議室で待っていマシタヨ!」
「……分かったわ」
じゃあ、いってきます。
いってらっしゃイ。
薔薇色の瞳と声に見送られ、グレイスは広い廊下を歩んでいく。始果の性格――というよりも、グレイスへの執着を考えるに、彼はずっと同じ場所で待ち続けているだろう。昨年通りならば、ライオットも、ピリカも、オルトリンデも。
そういえば、とグレイスははたと足取りを止めた。
昨年、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』と突きつけられたことは苦い思い出として脳に刻まれている。
けれども、どうだろう。
先ほど考えたように、グレイスが強く夢見た現実は、全てここにある。幻ではない、たしかなものとして、グレイスはここに存在していた。
「……なによ、やっぱり嘘だったんじゃない」
呆れとも怒りともとれぬ声が廊下に落ちて消えていく。声色に反して、グレイスの表情は晴れやかなものだった。
さぁ、ナビゲーターとしての仕事を始めよう。昨年ユーザーに投げかけたように、レイシスにも勝る素晴らしいナビゲートを――昨年と同じ、仲間たちと一緒に。
自然と足取りが早くなる。軽やかなそれは、グレイスの心を表しているようだった。
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ひとり、ふたり、【ライレイ】
ひとり、ふたり、【ライレイ】
pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。
「PURオニイチャン引いたらライレイ書くからはよ来い」的なことを言ってたら1時間後に来てくれたので。ジェネ力万歳。でもコンプできてない。
ネメシスクルーについてはふんわりぼんやり捏造。
レイシスちゃんもオニイチャンもいるから弟はよ来い。
唸るような低い音と共に視界が白に染まる。世界を認識させないほどの光の洪水に飲み込まれ、息をすることすら困難に思えた。自我すら強烈なそれに掻き消されてしまうのではないか、と些末な不安が胸をよぎり、意識を塗り潰すような輝きに消し去られた。
どれほど経っただろう、暴力的なそれがようやく収束し、雷刀は小さく息を吐いた。ふわふわと宙に浮いたような感覚が消え、重力に従い緩やかに落ち地面へと着地する。カツン、とブーツが床を打つ固い音が呆然とした意識に響いた。
固く閉じていた目をゆっくりと開く。黒のバイザー越しに映る世界はサイバーなオレンジと光のような白で構成されていた。宙に浮くいくつものパネルを見るにシステム内の一角だろうか、と雷刀は視界を遮るそれを取り、辺りを見回す。ネメシスクルーとして作成された『嬬武器雷刀』にはどこか待機場所があるとインプットされている。しかし、あまりにも広いこの空間からそれを見つけ出すのは難しく思えた。どうしようか、と辺りを見回していると、カツンと硬質な音が鼓膜を震わせた。
「雷刀!」
果てが見えないほど広い空間に澄み切った美しい声が響いた。慣れ親しんだその声の方へと急いで身体を向ける。少し遠く、オレンジに染まる床にレイシス――ネメシスクルーである『レイシス』が立っていた。どうやら自分に先んじてクルーの任についていたようだ。ぱぁと顔を輝かせる彼女に応えるように小さく手を振る。レイシス、と少女の名を呼ぼうとして、雷刀の動きが止まった。
パタパタと地面を駆ける軽やかの音と共に、長いツインテールがふわりと揺れる。駆け寄ってきたレイシスは、そのまま雷刀の胸へと勢いよく飛び込んだ。いきなりのことに少しよろめくが、どうにか彼女を抱きとめる。どうしたのだと問おうにも、縋るように己の服を握り小さく震える姿を前にしては呆然とする他なかった。
「やっと……、やっと、来てくれたんデスネ……」
絞り出すように呟く声はか細く悲痛なものだった。雷刀の胸に額を押し付けるように俯いた状態のためその表情を見ることは叶わないが、桃色の可愛らしい瞳が涙で濡れていることは容易に想像できる。
「寂しかったデス……。ずっと、ずっとワタシ一人きりデ……、誰も来なクテ、怖クテ……」
うぅ、と嗚咽を漏らす姿はまるで親とはぐれてしまった子どものようだ。どうやら『レイシス』は随分と前にここに訪れたらしい。そして、今まで――つい数分前に『嬬武器雷刀』が加わるまで、彼女以外のネメシスクルーは存在しなかったようだ。こんな広い空間に一人きりで暮らすのはさぞかし辛かっただろう。雷刀は寂しげに声をあげるその頭をあやすようにゆっくりと撫でた。抱きとめた細い身体の震えが落ち着くまで、彼は腕の中の桜を静かに撫で続けた。
「…………すみマセン、取り乱しマシタ」
すん、とレイシスはバツが悪そうに小さく鼻をすする。まだ少し俯いたままのその頭を雷刀は再度撫でた。先程までの優しい手つきとは反対の、少し乱暴なものだ。ぐしゃぐしゃと髪をかき乱され、彼女は驚いたように小さく声をあげた。
「いーって。寂しかったんだろ?」
「寂しかったデス。何か月も、ずーっと一人ぼっちだったんデスヨ?」
レイシスはいじけたように雷刀を見上げた。己を励ますためと分かっていても、せっかく整えた髪を乱されたことを少し怒っているようだった。撫子の瞳から悲しみの色が薄れた様子に、雷刀は安堵したように小さく笑う。
「てことは、烈風刀はまだいないのかー」
「ハイ。…………今、手に入れようとしてるみたいデスネ」
何かを――恐らく多額の電子マネーをチャージしたことだ――感知したのか、レイシスは酷く苦い顔をした。『嬬武器雷刀』が来るまでかなりの期間と金銭がかかったのだ、『嬬武器烈風刀』の場合どうなるかなど考えなくても分かる。無理はしないでほしいデス、と暗い顔で零す彼女の姿に雷刀も気まずそうに視線を逸らした。大切な仲間なのだ、早く行動を共にしたいが入手手段を考えると強く主張することはできない。
ん、と雷刀は小さく首を傾げた。レイシス曰く『ずっと一人きり』だった。そして、ここには紅刃もニアとノアも、もちろん烈風刀もいない。つまり、現在この空間――ひいてはこの電子の世界には、自分とレイシスの二人きりではないか。そこまで考えて、雷刀は固まった。同時に彼女が自分の腕の中にいる――抱きつかれていることを強く認識し、ぶわと顔が赤く染まった。
「ま、まぁ、もうオレがいるからな! 心配すんなって!」
雷刀は慌てた様子で両手を離した。好いている女性に抱きつかれたまま過ごすほどの気概は目覚めたばかりの彼――その『元』となった嬬武器雷刀にはなかった。誤魔化すようにそのまま手を広げ、万歳をするように両腕を上げる。そんな彼の様子に気づくことなく、レイシスは嬉しそうに赤を見上げた。
「雷刀が来てくれて本当によかったデス」
ニコニコと笑うレイシスの姿に、雷刀も思わず笑みをこぼす。先程まで沈んでいた様子は消え去りいつも通りの元気な姿を見せたこともだが、レイシスが自分がいることを心の底から喜んでいるということが嬉しかった。けど、と雷刀はふと目を伏せる。それは彼女が今まで『一人きり』だったからこそ出てきた言葉なのだろう。きっと、来たのが紅刃でも、ニアとノアでも、もちろん烈風刀でも同じことを言ったであろう。そんな暗い考えが小さく胸を苛む。
けれども、今『レイシス』は『雷刀』だけを見てくれている。『雷刀』の存在を喜んでいる。それは紛れもない事実だ。ぐ、と淀むそれを押し込め、雷刀は再び笑った。陽の光を受け鮮やかに咲く花のような彼女にも負けない、力強い笑みだった。
「あ、雷刀が来たからワタシはしばらくお休みデスネ」
「えー、一緒に出撃できねーの?」
不満げな雷刀に、レイシスはシステムですから、と苦笑する。ネメシスクルーとしての役割としてそのことはしっかりとインプットされているが、それでも彼女と一緒にいたい。先程の痛ましい姿を見ては尚更だ。
「でもさー」
「ワタシだって、皆と一緒がいいデスヨ」
そう言う彼女は寂しげだ。それもそうだ、雷刀が出撃している間、彼女はまた一人きりになってしまうのだ。たとえそれが一時的なものであっても、長い間『一人きり』で過ごした彼女には辛く感じてしまうのだろう。その憂い顔を見て、雷刀は小さく顔をしかめた。
腕を伸ばし、レイシスの手を取る。そのまま手のひらと手のひらを合わせ指を絡めるようにぎゅっと握った。ハワ、と驚きの声を漏らす彼女と視線を合わせ、雷刀は満面の笑みを返した。
「じゃあ、出撃しない時はずっと一緒にいような! そしたら寂しくないだろ?」
レイシスに寂しい思いをさせてたまるか。雷刀の胸の内はそのことでいっぱいだった。『嬬武器雷刀』を元に作られた存在だとしても、自分が『レイシス』を好きなことに変わりはない。好きな人を悲しませるようなことなど絶対にしたくないのだ。
レイシスは依然驚いたようにその大きな目を大きく見開き、ぱちぱちと瞬きをした。それでも彼の思いはしっかりと伝わったのか、瞳に浮かぶ寂しげな色は消え、ふわりと幸せそうに破顔した。
「ハイ、一緒デス!」
「一緒、だな!」
にこやかに笑うその姿に、雷刀も嬉しそうに笑った。あぁ、やはり彼女には笑顔が一番似合う。彼女が心から笑う、それだけで幸せだ。
オレンジの空間に電子音が響く。なんだ、と辺りを見回すと、宙に大きなウィンドウが現れた。オレンジで構成されたそれには、『出撃』の二文字が画面いっぱいに表示されていた。
「出撃命令デスネ。ゲームが始まったみたいデス」
物珍しそうな顔でそれを見つめていた雷刀に、レイシスは簡単に説明をした。そうだ、己はゲームをナビゲートしバグらと戦うネメシスクルーとして作られたのだ。その仕事が回ってくるのは至極当然のことだ。
「んじゃ、初仕事といきますか」
繋いだ手を優しく解き、雷刀は片手を掲げる。静かに宙に現れた銀の筒を握ると、その先端から赤い光が伸びる。さながら剣のようだ。
「おぉ……かっけぇ……!」
「カッコイイデス!」
わぁ、と二人は感嘆の声を上げる。システムとしてインプットされていることとはいえ、初めて見るそれに驚いてしまうのは仕方のないことだろう。サッと握った手を軽く振り下ろす。初めて握るはずのそれは、幾年も共に戦ったように手に馴染んだ。これならば、皆を――レイシスを守ることができる。雷刀は手にしたそれを力強く握った。
「雷刀、いってらっしゃいデス」
彼を象徴するような色に輝く剣を手にしたその背に、レイシスは小さく手を振った。彼女の表情に暗い影はもうない。その様子に安堵し、雷刀は振り返りにこりと元気に笑った。見送る彼女を安心させるかのように 、剣を持たぬ手を大きく振り応えた。
「オニイチャンにまかせとけって♪」
いつもの台詞をその笑顔に投げかけ、雷刀は駆けだした。不敵に口角を上げ、前方を――向かうべき場所をしっかりと見据える。
さぁ、早く仕事を終わらせよう。
そして、彼女が待つ『ここ』に帰ってくるのだ。
オレンジと白で構成された空間を、燃えるような赤が切り裂いていった。
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夏に降りゆく積もりゆく【プロ氷】
夏に降りゆく積もりゆく【プロ氷】
夏の初めに書き始めたはいいが公式エンドシーンに設定全部打ち砕かれ放置してたのを開き直って仕上げただけの話。ねつ造も甚だしい少女漫画めいたプロ氷。
プロ氷は8割方自覚識苑→←無自覚氷雪だととてもおいしい。
パタパタと小さな軽い足音。先生、と透き通る声が夏の日差しに焼かれた廊下に優しく響いた。
識苑は手にした工具を鮮やかな手つきで片付け、声がした方に顔を向ける。瞳の先に映る季節外れな涼やかしい雪色に、彼はふにゃりと顔を綻ばせた。
「氷雪ちゃん。こんにちは」
「こんにちは、識苑先生」
柔らかな笑みを向ける識苑に、氷雪は朗らかな挨拶と笑顔を返した。成長したなぁ、と彼は密かに微笑む。学園に来たばかりの頃は全くと言っていいほど人とのかかわりをもたず距離を置いていた彼女が、今では自ら進んで人と触れ合おうとし、こんなにも可愛らしい笑顔を見せるようになったのだ。初期から彼女と接し、その様子を見続けていた識苑にとってその光景は嬉しいの一言に尽きた。朝焼け色の瞳が慈しむように細められた。
「どうしたの? もう終業式は終わったよね?」
壁に掛けられた時計に目をやる。文字盤を辿る二つの針は本日の授業は既に終了した旨を告げていた。
本日午前の終業式を以って前期日程は全て終了し、追試の無い生徒ならば明日から夏休みが始まる。成績は人並みに良く、追試などない彼女がこんな時間まで学校に残っている理由はないはずだ。不思議そうに首を傾げる識苑に、彼女はあいまいに笑った。
「あの、わたし、夏休みに一旦帰省することになりまして」
氷雪は現在故郷を離れ、学園が設けている寮で暮らしている。最初こそひとりきりで寂しく思っていたが、時が経つにつれ友人も増え、少し前には同郷の仲間がやってきたこともあり楽しい日々を過ごしていた。そんな温かな環境もあって、彼女はここまで変化したのだろう。良いことだと考え、識苑はそっかー、とゆるく声をあげた。
「こっちに来てからまだ一回も帰ってないんだっけ? そりゃ、親御さんにちゃんと顔見せに行かないとね」
「はい」
雪翔くんも一緒です、と氷雪は嬉しそうに笑った。冬以外はこちらに留学している彼も、一度故郷に顔見せに行かねばならないようだ。こちらの夏は彼女らが住まう世界に比べずっと暑い。避暑を兼ねたものなのだろう。わずかな期間とはいえ涼やかな彼女の姿を見ることができなくなるのは少しばかり寂しいが、仕方のないことだ。
「えっと……、それで、先生に何かおみやげを差し上げたいのですが……」
どんなものがよろしいでしょうか、と氷雪は恐る恐る識苑を見上げた。不安げなその表情に、彼は困ったような笑みを浮かべぱたぱたと手を横に振る。
「おみやげなんてわざわざいいよー」
「いっ、いえ! お願いします!」
氷雪は両手を胸に当て、澄んだ瞳で目の前の明るい橙を見つめた。その深い緑には確固たる意志が宿っていた。珍しい、と識苑は内心驚く。彼女がここまで自分の意見をはっきりと述べるのは初めてではないだろうか。それほどまでこだわるとは、彼女にとってよほど大切なことなのだろうか。
うぅん、と識苑は難しそうに小さく唸る。彼女の言葉に甘えたいが、生徒に物をたかるような行為は憚られた。この間、同じ技術班の仲間に怒られたので尚更だ。
「あー……他の皆はなんて言ってた? 先生も皆と一緒で大丈夫だよ」
その回答が逃げであるのははっきりと分かっている。それでも、自分ひとりのために彼女に手間をかけさせるのは気が引けた。悩まず簡単に済ませることができるのならばそれが一番だろう。識苑は普段と変わらぬ軽い口調と和やかな笑みを浮かべ訊ねた。
「いえ、あ、の……」
夏の若々しい葉を思わせる深い緑がふいと横に逸れる。口元を隠す白い着物の袖から覗くその頬には、目の前の彼の髪と同じ桃色がうっすらと浮かんでいた。
――他の方には、まだ何も聞いていなくて。
そう切り出した声はかすかに震えていた。それでも、彼女は一生懸命己の胸の内を声へと変換していく。空から舞い落ちる雪のように、澄んだ声が静かな廊下にこぼれていった。
「わ、わたし、いつも先生にお世話になっているので……、だから、識苑先生にだけでも……」
なにか、お渡したいのです。
己の思いを必死に告げる氷雪の声はだんだんと小さくなっていく。それでも、識苑の耳にはその涼やかな声がしっかりと届いた。
その言葉は、まるで自分だけを『特別』と扱ってくれているようで。彼女が自分に『だけ』執着しているように思えて。彼女が『自分だけ』を見ていてくれているようで。
可愛らしい主張に、橙の目が緩やかに弧を描き、頬がへにゃりとだらしなく緩んだ。
「あっ、わっ、わがまま言ってすみません」
「わがままじゃないよー」
両手で口元を隠し再度俯く氷雪に、識苑は優しい声で返す。ありがとう、と沈む萌黄を見つめ礼を言うと、彼女の顔にじわじわと赤が広がっていく。白い髪や服と相まって、まるで雪の中静かに咲く花のようだった。
「うーん、そうだなぁ」
顎に手を当て、識苑は再び唸った。彼女の思いに応えたい。けれども、何を選べば彼女に負担がかからないのだろう。なにかないものか、と目を伏せ彼は思考を巡らせる。少しして、あっと何か思いついたような声が日に照らされた廊下に響いた。しっかりと開かれた秋の夕空のように鮮やかな橙が、夜明けの空を思わせる緑をしっかりと見つめた。
「雪。雪がいいな!」
「雪、ですか……?」
人差し指をピンと立て、山吹色の瞳を輝かせながら言う識苑を氷雪は不思議そうに見つめた。そんなものでもいいのか、と河底の澄んだ水のような緑の瞳は物語っていた。どこか不安げな白に、桃はふわりと優しく笑いかける。
「うん。氷雪ちゃんの故郷の雪が見てみたいな」
任されている仕事故、自分が彼女が暮らすそこに行くことは難しい。けれども、一度でいいから彼女が生きる世界が見てみたかった。美しく可愛らしい、清らかな白を作り出した世界を、少しでも知りたいのだ。たとえ、その一部分だけとしても。
変態めいてるなぁ、と識苑は内心苦笑する。しかし、それは本心だった。今以上に彼女のことを知りたい、その欲求は嘘偽りなどない心の底からのものだ。
識苑の言葉に、氷雪は分からないといった調子で更に首を傾げた。伝わらないのは彼も重々承知である。むしろ伝わってほしくない、と考えてしまう自分は臆病者だ、とはっきり自覚している。笑顔の裏に潜めた心は存外脆い。たいせつな彼女が相手なのだから尚更だ。
「はい、頑張って持って帰ってきますね!」
一呼吸おいて、氷雪は両手を胸の前でぐっと握った。ちゃんと力をコントロールします、と彼女は意気込みキラキラと目を輝かせた。日頃の鍛錬の成果を見せるチャンスだ、といった調子で小さく頷く。朝日に照らされた雪のように明るい表情に、識苑はそっと目を細めた。
「他には何かありますでしょうか?」
「いやー、それだけで十分だよー」
問う氷雪に識苑は笑って返す。そもそも、彼女にこのようなことを訊ねられるだけで十分に嬉しいことなのだ。それ以上を望むつもりはない。
「ほ、本当ですか? 遠慮なさらないでください」
「大丈夫だよー」
笑顔を見つめる常盤色の瞳は不安と懐疑がゆらゆらと揺らめいている。ごまかしてるわけじゃないんだけどな、と彼は頬を掻く。信頼されているとは思うが、こういう点はまだ信用ならないらしい。日頃の行いのせいだ、というのは自覚しているので文句など全く言えないのだから情けない。苦笑いを浮かべ、識苑は指揮者のように立てた人差し指をすぃと振った。
「強いて言うなら、無茶して怪我とか病気にならないでほしいかな。休み中に怪我する子は多いって聞くし、氷雪ちゃんには元気でいてもらいたいや」
大切な生徒だからね、と識苑は微笑む。優しいそれに、氷雪の顔がほんのりと色付いた。たいせつ、と彼女の小さな唇がゆっくりと動き、雪が溶けるかのようにふわりと綻ぶ。
「はい、気を付けます」
識苑先生にご心配をかけるわけにはいきませんから、と彼女ははにかんだ。その元気な表情と言葉に、識苑は愛しげに目を細め目の前の白を眺めた。
電子的な鐘の音が廊下に響く。いきなりの音に、二人の視線が廊下にかけられた時計に向けられた。円の中を駆ける針は、普段ならば午後一番の授業が終わる時間を示していた。時間割に変更がある際は鳴らさないように設定されているはずだが、今日はそれが上手くいっていなかったらしい。くるりと二人は同時に視線を互いに向ける。それがおかしいのか、氷雪は小さく笑った。
「では、お休み明けに」
「うん。体に気をつけてね」
「先生もお体にお気を付けください」
「努力するよ」
笑う識苑を氷雪は少し不服そうに見る。縦横無尽に学内を行き来し、積み重なるタスクに潰されかけながら不摂生な生活をしていることは皆知っている。信用などできないだろう。
「ご無理はなさらないでください。わたしも……、わたしも、識苑先生に元気でいてほしいです」
澄んだ緑の瞳が鮮やかな橙を見つめる。その瞳は真剣だった。無自覚ながらも『特別』気にかけている人物がこの調子ならば心配するのも無理はない。その心はしっかりと伝わったのか、識苑も真面目な面持ちでその深緑を見つめた。
「分かった。先生も気を付けるよ」
何なら指切りでもしようか、と識苑はおどけた調子で小指を立てた。氷雪はそれをじっと見つめる。きゅっと唇を結び、袖をたくしあげ長いそれで隠されていた手を露わにする。一生懸命伸ばされた細く澄み切った白の指が、骨ばった固い指に絡んだ。
「や、くそく、です」
そう言う氷雪の頬は紅梅のように鮮やかな赤に染まっていた。儚く細められた濃い抹茶のように深い緑の瞳は、どこか潤んでいるように見えた。
「……うん、約束」
ちゃんと守るよ、と識苑は笑った。ゆーびきーりげんまん、と歌うように手を軽く振る。つられて氷雪もおずおずと繋いだ彼に合わせて指を振る。二人の指が風に舞う花びらのようにゆらゆらと揺れた。幾ばくかして、ゆーびきった、と彼は絡めた指を自然な動きで解いた。
「じゃあ、また次の学期に」
「はい!」
さようなら、と一礼し、氷雪は元来た廊下をパタパタと走っていく。その足取りは、来た時よりも少し早く軽いように見えた。
彼女の姿が完全に見えなくなったところで、識苑は振っていた手を口元に当てた。薄い唇は嬉しそうに弧を描いていた。笑う、というよりもにやける、というのが適切だろう。堪えられずに漏れ出でてしまうほど、彼女との邂逅は嬉しくて仕方のないものだった。
ふぅ、と息を吐いて己の小指を見つめる。雪のような冷たさの中に、ほんのりと優しい熱が残っている気がした。
「――約束、だからね」
まずは小さく第一歩。三食きちんと食べる事から始めよう。
そう考えて、識苑は大きく伸びをした。
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うちがわ【ライレフ/R-18】
うちがわ【ライレフ/R-18】「最中は恥ずかしくて無理でも事後なら何とかなるのでは」とか言ってPawooで書いてたやつ。性癖詰め込んだだけあって気に入ってるけど支部には投げられそうにないので忘れる前にこっちに。
そういう直接的な描写は無いけど題材が題材なだけに念には念を押してR-18。自己責任。
行為の終わりを悟り、必死に縋りついていた身体から力が抜ける。緊張の糸が切れたように吐きだした息は、まだ浅い悦びに足を浸けたままのとろけたものだった。
身も心も高ぶり、限界まで駆動した疲れがどっと押し寄せてくる。重いそれに包まれ、烈風刀はくたりとベッドに身の全てを預けた。力を抜いた拍子に、どろりと内部から熱い何かが溢れ出る感覚が肌を伝い、思わず眉をひそめる。つい先ほど、体内を焼くように直接注ぎ込まれたそれは、幾分か温度を失ったように思えた。それに何故だか寂しさを覚える。
そろ、と気怠い腕を持ち上げ、へその辺りを緩慢な動きでさする。漏れてもなお、ここにまだ雷刀の熱がたっぷりと残っているのだ、と考えて、火照る身体の奥に新たな熱が芽生えたように感じた。
「だいじょぶか?」
ちりちりとほのかな音をあげ存在を主張するそれから意識を逸らそうとしていると、頬を何かが撫でる感触。疲労と涙とでぼんやりとした視界の中、どうにかピントを合わせると、不安の色を浮かべた朱が己の碧を覗きこんでいるのが分かった。
「大丈夫です」
けほ、と小さく咳をして、いつもと変わらぬ返事をする。行為を終えると、毎回雷刀は無事を問うてくる。この疲れの元凶は間違いなく彼だというのに、いつも酷く心配そうに尋ねるその姿は、どこかアンバランスだ。
終わってから気を遣うぐらいなら、最初からこんな行為などしなければいいのに。時折浮かぶその考えを烈風刀が伝えることはない。最中や事後がどうであろうが、互いに互いを求めてあっているのは紛れもない事実であり、一生消えることのない欲求だろう。手酷くとまではいかないが、多少の無茶を強いられても自身がそれを欲していたことに変わりはない。否定の言葉を吐く権利など持ち合わせていない。
「でも、腹」
頬を撫でる温度が離れ、腹に乗せたままの手に同じそれが宿る。一緒に腹をさするのはなんだかくすぐったくて、気まずげに目を細め少しばかり身をよじった。
「そういうことを言うなら、中に出すのはやめたらどうですか」
ふい、と目を逸らし悪態をつく。これも合意の上で行われたものだが、負担を強いられるのは烈風刀の方である。だからこそ兄が心配するのは分かるが、そう何度も確かめられるのは嫌でもこの熱を意識してしまい、羞恥を覚えた。
えー、と困ったような、それでいて不服そうな声が降り注ぐ。弟の負担と、手に入れられる快楽を天秤にかけたような音をしていた。
「だって、烈風刀もいいって」
「いいですけど」
その選択で得ることができる快びは平等である。なので烈風刀も嫌ってはおらず、同意を求められた時は欲に溺れた思考の中で必死に頷いたのだ。兄がこのような声を漏らすのは、弟にも理解できた。
こぽり、と再び熱が漏れ出る感覚。たったそれだけで、今は理解したくない神経信号が背筋をなぞった。ぅ、と小さな声が漏れる。肌を伝うそれも、己の声も、芽生えた火に薪をくべるようだった。
やはり辛いのではないか、と勘違いをしたのか、雷刀は重ねていた手を離し、その脚の付け根に回した。汗ばんだ肌の上を、少し硬い皮膚が壊れ物を扱うかのように滑っていく。幾許かの逡巡の末、烈風刀は内部に潜り込もうとするその手を掴んだ。
「ま、だ……、いい、ですから」
もうちょっとだけ、とこぼした声は、もごもごと動く口の中に消えた。
内部に残したままでは、翌日辛いことは分かっている。早く掻き出してしまった方がいいことぐらい重々承知だ。けれども、まだ彼が与えてくれた熱を感じていたかった。
ちらりと逸らした視線を少しばかり戻すと、酷く複雑な表情で固まった雷刀の姿が見えた。こぼした言葉は男を煽る響きをしていたことに今更気付き、烈風刀は後悔に目を伏せる。嫌な予感がする。予感と言うよりも、予知と言った方が正しいぐらいにはっきりと。
諦めたように、掴んでいた手を離す。嫌な予感だが、避けたい未来ではない。受け入れることを拒むほどでもないものだ。
らいと、とそっと愛し人の名をなぞる。奥底に火を宿しつつある炎色に、挑発めいた海色が映ったのがはっきりと見えた。
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#ライレフ #腐向け #R18