401/V0.txt

otaku no genkaku tsumeawase

TOP
|
HOME

No.67, No.66, No.65, No.64, No.63, No.62, No.617件]

二匹の獣【陸海/R-18】

二匹の獣【陸海/R-18】
top_SS31.png
LegenD.赤AA乗りました。
お察しください。
ぶち犯すとか言ったけど普通に和姦。

 夜の底に呻き声にも似た声がこぼれては消えていく。取り付けられた窓から差し込む明かりは、月がもたらす淡いものだ。ほっそりと空に浮かぶそれが雲に潜る度、埃臭い部屋は闇に侵される。それでも、二対の瞳は黒に埋もれることなくギラギラと輝いていた。
 下半身から溢れる水音と、肉と肉がぶつかる鈍い音が耳を犯す。聞き飽きた音だというのに、身体は馬鹿正直に快感を拾い上げていくのだから腹立たしい、と烈風刀は心底不快そうに目を眇めた。歯を食いしばり、迫り上がっってくる声を喉に押し込める。人前でよがり声をあげるなど、何千、何万の兵の上に立つ者として――何よりも自身のプライドが許さない。たとえ相手が幾度も夜を共にした人間であっても、だ。
 燃える瞳が交錯し、火花を散らす。暗闇すら焦がすようなそれを、空がまた陰らせた。








 戦を終え、海軍大将である嬬武器烈風刀は今しがた王女が治める国へと足をつけた。帰るべき城を見上げると、忠誠を誓いこの身全てを捧げる王女の顔が思い浮かぶ――のが常であったが、今回は様子が違った。
 先の戦は、わずかに刃を交えただけであっさりと終結してしまった。あまりにも呆気なさすぎて、わざわざ軍を動かす必要があったのかと疑問が残るほどだ。手応えなど皆無と言って差し支えのない戦は、彼の高ぶった気を抑えるにはあまりにも不十分だった。
 闘いと血を求め燻る熱はなかなか消えない。臓腑を焼くそれは飢えにも似ていた。何もかもが満たされない苦しみ、苛立ち。足りない、と叫び暴れる本能は己が肉を食い散らかさんばかりの勢いで身体を駆け巡る。自身を食い尽くしたところで、その飢えが満たされるはずもないというのに。
 こんなことではろくに行動できない。無理矢理押さえ込み必要なこと済ませるよりも、燻る胸の内を処理してしまった方がよほど合理的だ。
 仕方がない、と烈風刀は外套を乱雑に脱ぎ捨て、近くにいた者に簡単なものだけでも処理しておくよう指示する。いきなりのそれに何か言いたげに顔を上げた兵は、彼の瞳を見て石のように固まった。海の底を彷彿とさせる蒼に、荒く蹴立てる波飛沫のような白が浮かぶそれは、不気味なほど煌々と輝いている。死を誘う鬼火のように冷たく、何もかもを焼き尽くしていくような焔がはっきりと見て取れた。
 スゥと細められた目に、矮小なそれは弾かれたように返事をした。あの光に殺されては堪らない、と震える手で作業に取り掛かる。そんな塵芥など気にもかけず、烈風刀は部屋を出た。
 壁にぽつりぽつりと取り付けられた灯が、暗闇に逆らおうとその命を燃やす。それでも夜を支配する黒に勝てるはずなどなく、長い廊下は仄暗い様相をしていた。足早にならぬよう意識し、静かに歩を進める。バタバタとうるさく走り回る兵らは、彼のことを一切気に留めることなく仕事をこなしていた。否、絶対に触れまいと皆一様に必要以上距離を取り行き交っているのだ。海を統べる彼が、どれほどその駒に畏怖の念を持たれているか如実に分かる。
 揺らめく灯、愛しい王女のドレスのように鮮やか赤い絨毯を敷き詰めたその道を進むにつれ、向かう先の紅が脳裏にちらつく。何もかもを見下し、全てを征服せんばかりに口角を釣り上げるあの腹立たしい顔に、烈風刀は無意識に鋭く舌打ちをした。奴を利用するのは癪だが、合理性から考えるとそれが最適解だった。己の為に利用するだけだ、と言い聞かせ、どんどんと歩みを進める。奥へと向かうにつれ、騒がしい人影は宵闇に溶けていった。
 角を曲がると同時に、烈風刀の視界に見知った色が飛び込んできた。
 王女が纏うそれよりもずっと深い、凝固した血液のように濁った紅。見たくもない色――そして今、探し求めていた色だ。
 あちらも気づいたのか、視線と視線がぶつかる。細められた二対の瞳はそれだけで容易く人を殺せるほどの鋭さがあった。それでも互いに臆することなく相対しているのは、二人が同格である証拠である。事実、目の前の紅は己と対を成すような陸地を征く兵を統べる大将であった。そんな大将様が、こんな時間に敵地と言っても過言ではない海軍管轄の施設ににいるなど、あまりにも不自然である。
 陸軍も陸軍で、本日に戦を終え帰還したと聞き及んでいた。だから、予感はしていたのだ。
 奴――双子の兄であり、陸軍大将を務める嬬武器雷刀も、この飢えを抱え込んでいるのではないか、と。
 烈風刀の予感は的中したようだ。カッチリと着こなすべき軍服は外套を失い、ジャケットも袖を通さず羽織っている。首元には緩められたネクタイが所在なさげに揺れていた。その表情は不機嫌さを全く隠すことないもので、光る紅玉には轟々と燃え盛る昏い焔が沈んでいた。
 ちらりと、烈風刀は長く続く壁を見やる。幸か不幸か、二人のちょうど間にはドアが一つぽつりと佇んでいた。たしか、戦には関係のない雑多な荷物を一時的に保管している倉庫のような部屋だったはずだ。機密に触れるような重要なものは別所に保管してあることもあり、誰でも整理できるよう鍵はかけず開けたままにしていたことは記憶している。
 再び視線が交錯する。蒼瞳の意図を理解したのか、赤い口がわずかに釣り上がったのが見えた。
 紅が足早に距離を詰め、ぐい、と烈風刀の腕を強く引く。掴んだそれを気遣う様子などまるでなく、雷刀はそのまま目的のドアへと向かっていった。引かれる蒼は、珍しく文句一つ言わずされるがままでいる。ここで抵抗するのも面倒だ、さっさと済ませてしまうことが先決である、と静かな瞳が語っていた。
 乱暴な音をたてて扉が開かれ、二人の身体を飲み込んで閉まる。カチ、と内鍵がかかる音が耳に届いた。手際のいいことだ、と烈風刀は侮蔑するように白い手袋に包まれたその手を眺める。
 人の出入りはそこまで多くないのか、埃の匂いがわずかに鼻をつく。その割には片付けられており、床や棚には綺麗なものだ。申し訳程度には取り付けられた窓は嵌め殺しの簡素なもので、カーテンなどはかけられていない。明かりを灯す器具もないこの部屋唯一の光源だ。
 力任せに腕を引かれ、月明かりなど掻き消してしまいそうな暗闇を進む。数歩進んだ部屋の奥には、人一人が何とか寝転がれる程度の空間があった。なんともまあ都合の良いことだ、と考えていると、がくんと首に衝撃が走る。ネクタイを掴まれ、手綱のように引かれたのだ。首が締まる息苦しさとともに、唇が塞がれる。噛みつくようなそれは、烈風刀の薄い唇を食い千切ってしまいそうな勢いだった。余裕のないことだな、と内心嘲り、与えられる熱に集中する。甘噛みするように幾度も降り注ぐそれを享受し、反撃だと言わんばかりに離れようとする唇を食む。逃げ追いかけを繰り返す様子は幼い子供がじゃれあう姿のようだ――ただし、二対の瞳はどちらも鋭く眇められ、射殺さんばかりの気迫に満ちているが。
 擬似的な捕食の応酬が落ち着くと、ネクタイを引く手が離される。そのままトン、と軽く押され、烈風刀は重力に身を任せ倒れた。容易に予測できた行動に、受け身を取りそのまま床に背を預ける。ほんのりと埃のむず痒い匂いが鼻をくすぐった。深いこの青が汚れた灰にけぶることに思わず眉をひそめるが、この後の行為を思うとその程度の汚れは些事でしかない。
 バサリ、とジャケットが地に落ちる音とともに、すぐさま紅が覆い被さり再び唇を食らう。いくらかの殺伐としたじゃれあいの後、合わさったそこからぬめる塊が遠慮なく這入ってくる。厚く熱いそれが擦れる度、腹の奥に熱が蓄積されていく。燻る炎にいくつもの薪がくべられ、高らかに燃え上がり勢いを増していく。それは相手も同じようで、口と口が離れる度に漏れる吐息は酷く熱い。互いに燃え盛る炎に思考を焼かれ始めていた。
 あぁ、満たされる。
 燃え上がる欲に反し、蒼い心は凪いでいくようにすら思えた。あれだけ内を食い破らんばかりに暴れていた飢えが満たされていく――けれども、猛る炎はまだまだ足りないと勢いを増すばかりだった。
 兄は随分と『人気』があるようだが、それでも弟を『利用』しているあたり、飢えを満たしてくれるほどの『餌』は見つかっていないようだ。当たり前だ、こんな猛獣を満足させるほどの『餌』がそこらに転がっているわけがない。屑肉が何十、何百とあろうが、この獣を満足させ、飼い慣らすことなどできないに決まっている。そして、それは弟も同じだ。そこらに転がる餌で飢えが満たされるはずがない。簡単に飼い慣らせるほど、安い存在ではないことなど、よっぽどの節穴でもなければ一目で理解できる。
 だからこそ、兄弟は互いを『利用』する。己すら食い散らかさんばかりの凶悪な飢えを満たせるのはこいつしかいない、と双方理解していた。そんな屈辱的な事実を口に出すことは一生無いけれど。
 唾液に濡れた赤と赤が絡みあう。擦り寄り、離れ、食み、潜り、自在に動く様は、まるで踊っているかのようだった。即興なれど息の合った美しいダンスは、月明かりに照らされてらてらと輝いていた。口内に溢れる唾液は掻き混ざり、もはやどちらのものかなど分からない。飲み下す度、欲が満たされ、更に渇きを覚える。燃えたぎる炎は快楽という名の安寧を求め、貪欲に相手を食らおうと、黒に包まれた手が乱れたシャツの襟元を引き掴む。そのまま自ら距離を詰め、噛みつくように口を寄せた。荒い呼吸はどちらのものか、それとも互いのものか。そんな瑣末なことを考える。とうの昔に放り出された理性が思考を動かすことはない。脳味噌の中身など、既に本能によって支配されていた。
 手袋に包まれた指先が、するすると深い海色の布を滑っていく。汚れの見当たらない白は慣れた手つきで装飾を乱雑に解き、分厚い布を剥いでいく。肌を撫でる夜の冷たい空気にそわりと粟立つ。それもすぐに交わる熱に上書きされた。
 踊るように戯れていた舌と舌が離れる。睨みつけた先の紅は、情欲に煮え滾っていた。そうでなくては、と掴んでいた布から手を離し、蒼は口角を釣り上げる。この程度で満足するような獣に、凶暴で気高い獣の相手が務まるはずもない。
 そう、獣だ。本能に身を任せ暗く薄汚れた空間で盛りまぐわうのは、大将の地位に就く人間でなく、ただの飢えた獣だった。人間の尊厳を捨て去り、貪欲に快楽を求め互いを食らいあう姿は、理性など持ち合わせていない動物と同じだ。
 日が沈みきる直前の空のように赤々とした口に、白い指が這入り込む。鋭い牙を使い、雷刀は力任せに手袋を脱ぎ捨てた。剥き出しになった指は節くれだち、硬い印象を焼き付ける。剣を振るい闘う者の手だ。
 咥えた白を頭の動きのみで適当に放り、開いた口に硬い指が潜り込む。先程まで絡めあっていた舌が、まとめて差し入れられた指の隙間を割っていく。根本まで唾液に塗れ、窓から差し込む月明かりでてらてらと輝く様は淫靡の一言に尽きた。
 指の腹を舐め上げるような動きで舌が離れる。空いていた片手が深い蒼を纏った膝裏に差し入れられ、ぐいと足を持ち上げられる。薄暗い部屋の中、日常生活では決して人に見せることのない奥に秘めたる箇所が月明かりに照らされた。本当に必要最低限、肉と肉が繋がりあうために要する部位のみ露出された様子は淫猥である。これも、飢えた獣の欲を煽り満たすための演出だ。もちろん、実用性も十二分にある。いちいち厳かなこの衣装を全て脱ぎ、行為により体力を消費しきった身体でのろのろと着直すのは酷く面倒である。この程度ならば容易に終わるのだから効率的だ。どうせ戦場を駆け抜けた後の衣服は洗うのだから、汚れを気にする必要もない。それでも、目の前の紅は分厚いジャケットを解き、白で染まるであろう腹部を包む箇所も剥ぎ、律儀に捲りあげるのだ。この関係は既に周囲に――流石に愛おしき王女には気づかれないよう徹底的に情報を排除している――暗黙の了解として共有されているのだから、汚してしまっても何ら問題はないというのに、と蒼は常々疑問に思う。その真意を尋ねるつもりなどは無い。
 そろそろと過剰なほど慎重な手つきで濡れた指が後孔に添えられる。雷刀のそれが、ゆっくりとその表面を撫でる。皺を伸ばすような動きに、烈風刀は強く眉を寄せた。互いに飢えを満たすためだけに『利用』しているというのに、この男は必要以上に優しく『準備』を行う。愛撫という言葉がよく当てはまるそれは、海色の神経を搔き乱す。腹立たしさに、ギリ、と歯噛みした。
 その感情を察したのか――この男のことだ、今までの行動は意図的なものだった可能性が高い――ゆるゆると円を描くように淵をなぞっていた指が、窄まったそこにひたりと宛てがわれる。そのまま、節のある硬い指が洞の中へと潜った。第一関節まで進み、爪の根元まで戻る。緩慢な動きで繰り返されるそれに、肉が悦ぶように痙攣した。理性ではコントロールできないそれに気を良くしたのか、雷刀は少しずつ指を埋めていく。第一関節から第二関節、第二関節から根本まで、段階を踏んで挿し込んでいくその動きは壊れ物を扱うかのようなものだった。烈風刀にとっては不愉快でしかない。荒立つ海のような瞳が苛立ちに眇められた。
 侵入した指の腹が内壁をなぞる。細かな動きで擦られ、ぞわりと背筋を快感が走っていく。浅い抽挿を繰り返し、ずるずると深く抜き、またゆっくりと全体を使ってうねる壁を擦る。動く度に、内に宿した炎がどんどんと勢いを増し、轟々と高く昇っていく。音を漏らすまいと引き結んだ口から、焔に焼かれた吐息がわずかにこぼれた。好む場所を柔く突かれ、反射的に身体をよじる。しかし、中途半端に脱いだ服は枷として機能し、それを許してくれなかった。そういう点は不便である。否、兄から見れば利点なのかもしれない、と弟は快楽が押し寄せる脳味噌で考える。いちいち動かれるのも手間だ、拘束しておいた方が楽である。
 唾液を追加しつつ、紅の硬い指がぴっちりと閉じたそこを解していく。二色のみ存在する閉鎖空間に小さな水音が響き積もる。欲で燃え盛る炎にどんどんと薪をくべるようだった。それが発する熱が出口を探し、雄としての器官に集中する。一切の刺激も与えられていないというのに、そこは反り返るほど血液で膨張していた。己がこぼした蜜で濡れ、快楽を求め時折震えるそれは淫らで蠱惑的だ。それでも、そちらの肉へと手が伸ばされることはない。雷刀が欲を満たすために必要なのは後孔のみである。そちらに触れ相手を満たす必要性など、彼は持ち合わせていなかった。烈風刀も同様である。たしかに肉体はそこへの刺激も強く求めているが、今この場、兄がこちらを注視している時に自らそこに触れ、一人慰める姿など死んでも見せるわけにはいかない。それに、幾度も行為を繰り返したこの身体は、秘所を暴かれることばかりを好むようになってしまった。とんだ変態、汚らしい淫乱である、と己を罵倒する。けれども、事実が変わることはない。心の底から飢えを満たすためには、硬く熱されたあの楔を解れ潤んだ己の鞘に納めるしかなかった。
 何度も月が雲の影に身を隠すほどひたすらに時間をかけ、ようやく二本目を根本まで咥え込んだ頃には、そこは既に剛直を受け入れる場所としての役割を思い出していた。それでも、内を暴く指は止まらない。身体的な機能として残された硬さすらも解し溶かそうとするようなそれは、蒼の中に燻る熱と苛立ちを強く刺激する。視線の先、相手の髪よりもずっと深い紅の衣装の一部は、痛々しいほど膨れ上がっていた。早く済ませれば良いものの、何故ここまで時間をかけるのか。理解するつもりも、わざわざ問う予定も持ち合わせていない。
 肘をつき、烈風刀は身を起こす。入念に『準備』をするそこから顔を上げた紅と視線が交わった。交錯したそれはそのまま、空いた手を膨れ上がった箇所へと伸ばす。硬度を増したそれに、黒い薄布に包まれた細い指を一本宛てがった。
「さっさとしたらどうなのですか」
 根本から頂点へと、焦らすようにゆっくりとなぞっていく。たったそれだけで、覆い被さった身体が大袈裟なほど震えた。ハッ、と侮蔑と挑発を込め嘲笑う。行為の意味も手段も知らぬ無垢な子供のような反応は、肉欲に飢えぎらつく瞳とは正反対で酷く愉快に思えた。
 交わった先、情欲に燃え上がる赤目が愉快そうに細められる。とん、と先端を軽く突いた黒を絡め取り、雷刀はそれを床へと縫い止めた。指と指を絡めあいぎゅうと強く握るそれは、恋人同士が行うそれに似ている。もちろん、そんな甘さなど欠片も含んでいない。余裕を装いきれず、急かすそれに応えただけだろう。
 ニィ、と牙の覗く口が醜く釣り上がる。赤々とした唇は、溢れ出る愉快さと、浅ましさへの嘲りと、抑えきれぬ情欲とが混ざりあった色で彩られていた。
 ズルリと内部を占領していた指が性急に引き抜かれる。勢いよくうねる壁を擦り上げられ、快感が脊椎を直接駆けていく。制御しきれず跳ねた蒼の身体を見てか、短い嘲笑が漏れたのが聞こえた。
 金属と布が擦れる音の後、唾液で濡れそぼった孔に硬いものが宛てがわれる。指とは全く違う硬度と質量を持ったそれに、ひくひくと淫らな肉が期待に震えた。
「痛いからって泣くなよ? 大将サン」
 何を、と海の将は嘲笑に嘲笑で返す。数多の戦場を駆け、この身で闘う人間に言う言葉ではない。そして、その手で過剰なほど丁寧に解した癖に、痛みを感じるなどとよく宣えたものだ。
 焦らすような緩慢な動きで、熱塊が洞の中へと進んでいく。ゆっくりと内部を焼かれる感触は未だに慣れることができない。処女であるまいに、と呆れるも、細い道を質量が増した器官でみちみちと音をたてて割り広げられると、どうしても苦しさが迫り上がってくるのだった。闘いで味わう、外から強く与えられるそれではなく、うちがわからじわじわと染めていくそれは、日常生活では到底得ることのできない、まず味わうことのないものである。
 熟れた先端が先陣を切り、続いて浅黒い幹がひくつく肉を割っていく。空白が埋め尽くされていく感覚に、脳髄に鋭い電気信号が叩き込まれた。ぐ、と、烈風刀は喉奥から迫り上がってくる嬌声を歯を食いしばり殺す。互いに本能をさらけだし身体を貪る関係を持っているとはいえ、相手は実の兄かつ敵対していると言っても過言ではない集団の頂点に立つ者である。そんな人間に、女があげるような高い声を聞かせるわけにはいかなかった。
 長い時間をかけ、ようやく欲望の塊が柔らかな内部に納められる。渇き喘ぎ叫ぶ飢えがゆっくりと治まっていくのが分かった。唇を合わせ、舌を擦り合わせた程度では決して得ることのない充足感に、心の底から悦びが湧き出る。歓喜に満ちゆく情意を、落ち着いたはずの飢渇が食らっていく。隙間無くぎゅうぎゅうに埋め尽くされているというのに、快楽に貪欲な孔はもっと欲しいと訴えるようにはくはくとうごめいた。強く締め付けるそれにか、欲に潤む赤い瞳が苦しげに細められる。初めて行為を経験する若人のような反応に、青い瞳が愉快そうに細められた。
 暗闇の中、紅と蒼の視線が再びぶつかりあう。どちらの色も、欲望に満ちた光で煌々と輝いていた。両者とも、床の上で交えた手を固く握る。互いを強く抱き締めあう白と黒の姿は、獲物を逃すまいと乗り上げ押さえつける獣のそれだった。
 溶けて接合してしまうのではないかと錯覚するほど長い停滞の後、ようやく埋め込まれた楔が動き出す。ゆっくりと退き、また同じ速度で奥へと進む。緩慢な刺激に、包み込む鞘が乞うようにうごめいた。熱いそれが動く度、強く抱き締める度に快楽がちりちりと心を焼いていく。飢えを満たすはずのそれは、燻る炎に燃料を与え更に燃え上がらせようとするものだった。与えられる自分ですらこの調子なのだ、相手もこの程度では渇くばかりだろう。本能に身を任せ動けば良かろうに、と寒さを孕む瞳が憎しげに細められた。
 烈風刀は空いた手を伸ばし、覆い被さる雷刀の頬に触れる。意識がこちらに向いたことを確認してから、抱え込んだそれを搾り取るように締め付けた。ぐ、と息を呑む鈍い音とともに、内を広げる欲望がびくりと震える。さっさとしろ、という無言の要求に、陸の将は牙を見せ笑みを浮かべる。愉快さではなく嗜虐の色に染め上がったそれは、まさしく獣の容貌をしていた。
 壁全体を擦るように時間をかけて抜かれた熱塊が、柔い洞を一気に突き進んでいく。望んだ通り衝動に身を任せた動きに、強い快感が全身を駆け抜けた。迫り上がる声を殺すと、喉が醜い音をたてる。痛みをこらえるような響きをしているが、実際は真逆、悦びを隠すものだ。とうの昔に理解している紅は、それを引き出そうと動く。先程までの無駄な遠慮や配慮は既に消え失せていた。それでいい、と蒼は密かに口角を上げる。求めているのは欲望を満たす衝動なのだ。それ以外のものなど不必要、排除すべき障害でしかない。
 結び交わった箇所から粘ついた水音が漏れる。本能に染め上げられた思考は、鼓膜を震わすそれすらも快感と判断して拾っていく。内だけでなく、外からも犯されるようだった。駆け巡るそれが発する声を必死に殺すも、身体はそうはいかない。快感を伝える電気信号が、そのまま筋肉に命令を下す。身体が震え、跳ね、しなり、ひくひくと物欲しげに獣欲を抱き締める。拠り所を求めるかのように、烈風刀は繋いだ手を強く握る。子供のような仕草にか、上空から嘲りが含まれた吐息が降ってきた。余裕など欠片もない、床に縫い付けんばかりにこの手を握る人間がする反応ではない。非難に満ちた視線に、何を勘違いしたのか、雷刀は牙を見せ酷く愉快そうに笑った。
 暗闇を走る細い月明かりに、獣が獣を食らう姿が照らし出される。








 獣欲に猛る剣と情動に潤む鞘が擦れる度、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が響く。時折、熱と欲に浮かされた息を吐き出す音が混ざる。合奏のようなそれが闇夜に溶けていく。
 入念に解され、涎をこぼす欲望の象徴を何度も受け入れた細い道は、はちきれんばかりに膨れ上がったそれを難なく飲み込めるほど柔らかくなっていた。うねる壁で侵入者をきゅうきゅうと抱き締める。甘えるようなそれに、這入り込んだ塊が応えるように好む場所を幾度も穿つ。全身に走る鋭い快感に、海をたたえた目が大きく開かれた。唇を噛み、烈風刀は必死に声を殺す。その姿が気に入らないのか、それとも嗜虐を煽る様子を気に入ったのか、雷刀は細やかな動きでそこを刺激する。びりびりと頭の奥が痺れた。数え切れないほどの悦びの信号が、脳髄を焼き切らんばかりに叩きつけられた。ギリ、と鈍い音が引き結ばれた口から漏れ、薄い唇が歪む。耐えるように力いっぱい噛んだそこからは、冷たい青を見つめる瞳よりもずっと明るい赤が滴り落ちた。
 闇夜に浮かび上がる鮮烈な紅が眇められる。何を思ってか、雷刀はぐいと身を乗り出した。その拍子に肉と肉とが重なりあう面積が増え、びくりと蒼に浮かぶ白い身体が跳ねる。近付いてきた兄が、べろりと血で化粧された唇を舌でなぞる。溢れ出る鮮血を止めんと幾度も舐めとるそれは、犬が水を飲むようだった。人の血液を食らうなど、悪趣味極まりない。冷気すら感じる海色が侮蔑に歪んだ。飢えに喘ぐ茜空は、口を開けと言うように歪なそれを見つめ、依然血がこぼれ染められた唇を舐める。時折軽く吸われ、背筋に寒気が走る。血を吸われるなど、流石に嫌悪感が勝る。それが己の欲求に無理矢理従わせようとする稚拙な策略ならば尚更だ。拙い策により抗議の声すらあげることができず、烈風刀は射殺さんばかりに鋭い視線を兄へと向ける。弟のそんな姿など露も気にせず、雷刀はひたすらに唇を寄せ、悪趣味な愛撫を続けた。
 血液が止まらない様子に諦めたのか、それとも単純に飽きたのか、唇が離れていく。どれほど経ったか認識できないほど長く舐め尽くされたそこが、わずかな寒さを覚えた。べろり、と目の前の赤の舌が、唾液に濡れた自身の唇を舐める。そこに残った血液を全て舐めとるような、獣が馳走を前に目を輝かせるような動きだった
 突然、止まっていた抽挿が再開される。いきなり内をごりごりと擦り上げられ、目の前に火花が散った。身体が法悦の声をあげる度、白い光がいくつも瞬く。闇に染め上げられたこの部屋が星空に変わったようだった。実際はそんなロマンチックで可愛らしいものではない。思考全てを消し飛ばすような衝撃だ。
 血液で彩られた唇から、歯が砕けてしまいそうなほど強い音が響き渡る。流石というべきか、不意打ちのようなそれでも烈風刀が声を漏らすことはなかった。チッ、と小さな舌打ちが快楽の海に落ちるのが聞こえる。それもすぐに互いの身体が生み出す音に掻き消された。
 律動に合わせ、肌と肌、肉と肉が鈍い音を奏でる。熱に浮かされた吐息が交ざりあい、埃舞う空気に溶け込んでいく。設備も何もない、ただ闇に包まれた冷たい空気が満ちているはずなのに、どちらの身体も心も熱に溺れていた。薄暗い部屋の中、二対の瞳は相対するそれを貫かんばかりに睨み合う。欲望の炎が轟々と燃え盛るそれは、夜が支配する中でもまるで恒星のように力強く光っていた。満たされ渇きを繰り返す内なる獣と同じ輝きをしていた。
 ぼたぼたと溢れる唾液が床を、服を、身体を汚していく。烈風刀の胸元は激しい行為による汗と、雷刀がこぼす唾液でじっとりと湿っていた。際限なく漏れ出るそれは、彼の興奮の度合いを如実に表していた――そんなものを見なくとも、依然睨み合っている兄弟は互いのことなど全て理解しているのだけれど。
 痛いほど張り詰めた自身が、鍛え上げられた筋肉に包まれた腹を汚す。突き上げられるとともに己の肌に擦られるそこは、淫欲の印で濡れていた。それでも決定的な刺激を与えられず、絶頂を求めるそこはただただ粘つく液をにじませるだけだ。内部が隙間無く満たされる悦びと、欲望の頂点が全く見えない苦しみに、青の心は凪と暴を繰り返す。
 覆い被さる赤の手に、更に強い力が込められる。腰に回されたそれも、薄い肉を引きちぎり骨を砕かんばかりに強く掴んだ。打ち付ける衝撃がより大きくなる。乱雑なその動きは、欲望の果てが差し迫っていることを表していた。指では到底届かない深い場所を幾度も突かれ、反射的に白い身体が跳ね、勢いを増していく快楽に震える。数え切れないほど脳髄に送り込まれる電気信号は、刃物のような鋭さをしていた。鋭利なそれが思考を切り裂いていく。その後ににじむのは、身体があげる悦びに満ちた声だ。
 荒々しく暴かれる秘所が、深くまで咥え込んだそれを締め付ける。はくはくと淫らにひくつき剛直を愛おしげに抱き締める姿は、まるでまだ足りないとねだるようなものだった。当たり前だ、まだ内なる獣は飢えに酷く喘ぎ、欲望に猛る炎は消える気配すら見せないのだ。満たされるまで食らいつくに決まっている。
 その望みを叶えるように、己が抱えた獣を満たすために、熱せられた欲望が勢いよくうちがわを擦り上げる。硬いそれが好む箇所を容赦なく抉り、烈風刀の背が弓のようにしなった。過ぎた快楽が身体中を殴りつける。逃げようにも、掴み押さえつけ縫い止める手が許してくれない。声を殺し続ける喉がおかしな音を漏らした。そんなこと欠片も気にすることなく、雷刀はひたすらに欲望を打ち当てる。どちらも既に人間らしさなど消え失せた、本能に従い行動する獣の姿をしていた。
 再び目の前にいくつもの火花が散る。不規則な明滅を繰り返すそれは、果てが近いことを示していた。内部の感覚ばかりが鮮明になる。熟れきった柔らかな内壁は、突き立てられる楔の形を覚えようと――否、もう覚えきってしまっているというのに必死に絡みついた。
 互いに重なった箇所は、間に何も入れることなどできないほど密着し、交わり奏でられる音が身体を直接伝わってくる。その凄まじい感覚に、今まで相手から逸らすことなどなかった海色の目がぎゅうと固く伏せられた。これ以上にないほど眉間に皺を寄せ歯を食いしばる姿は、その凶悪さとは正反対の怯える子供のようなものに見えた。
 熱塊が肉洞の最奥に到達する。剛直が奥の奥に秘めた襞を突き破った刹那、視界全てが白に染まった。稲妻が落ちたような衝撃と快感が身体を、思考を、意識を強制的に塗り潰していく。恐怖すら覚えるそれに見開かれた海色の瞳とは正反対に、潤み甘え絡みつく内部は食い千切らんばかりに獣欲の象徴を締め付けた。
 熱い、という言葉では到底表現しきれないほどの迸りが、快楽に震え高らかに法悦の声をあげる身体に直接注ぎ込まれる。腹の奥底まで焼かれ溶かされるような感覚。その強烈な温度に、頂点に至る刺激を求め涙を流していた己自身も、溜め込み膨れ上がった欲望を吐き出したのを頭の片隅で認識した。内部を蹂躙されただけで達した浅ましい身体が、襲い来る様々な情で断続的に震える。後孔がひくひくと悦びに喘ぐ度、上空から痛苦と快楽の混ざった音が降ってきた。もう一つの繋がった場所、絡みあい縫い付けられた手は、離すまい――離れまいと互いを抱き締めていた。手袋の薄い布越し、必死に相手を掴むその姿は、孤独を恐れ他者に縋り付くようだった。
 うちがわを埋め尽くさんばかりの欲の奔流がようやく止まる。唇に突き立てていた牙を外し、烈風刀は口を開く。快感に加減なく殴られた身体は、酸素を貪欲に求めていた。は、とようやく吐き出した息は酷く重く、普段の彼からは想像できないほどの甘さで潤んでいた。それは覆い被さる雷刀も同じである。肉食獣めいた鋭い牙が覗く口からは、快楽のあまり塞き止めきれずにいる唾液と甘やかな呼気が流れ出ていた。
 じわり、と胸の奥に充足感が広がっていく。吐き出された欲望が身体中に染み渡り、渇きと飢えを癒やしていくようだった。天すら貫かんばかりに燃え上がっていた焔がゆっくりと勢いを失っていく。ようやく、凶暴な獣を抱えた心にわずかながら凪が訪れた。
 押し倒し押し倒され向かい合わせ、荒く甘やかな吐息が絡みあい、闇夜に踊り消えていく。見上げた頬を伝う汗が、わずかばかりに差し込む月明かりに照らされ光るのが見えた。
 再び赤い視線が降ってくる。その瞳と同じほど赤々とした舌が依然流れる血をべろりと舐め、啄むように唇を重ねる。吐き気がするほど甘ったるいそれに顔をしかめながらも、烈風刀は同じく舌を差し出した。奥深くまで潜るそれからは仄かに己の血の味がした。求めあい寄せ合う赤が、湧き上がる唾液を纏いぬるりと表面を滑る。望む刺激が得られず、紅と蒼は更に身を寄せた。粘膜が触れ合う度、弱々しくなった炎にどんどんと薪がくべられていく。放り込まれた燃料に、煌々と輝くそれが勢いを増していくのが分かった。
 先程満たされたのはたしかに事実だ。渇きに荒れた心が凪いだのも、紛れもない事実である。
 けれど、この程度で抱え込んだ飢えが完全に満たされるわけがない。
 腹は十全に満たされていない。目の前にはまだまだ餌が転がっている。ならば、十二分に満足するまで食らいつくのは必然的だ。飢えた獣はどこまでも貪欲なのだから。
 黒い手袋に包まれた指が、雷刀の頬にそっと添えられる。緩慢な動きで肌をなぞるその仕草は、愛撫とよく似た形をしていた。這入り込んだ赤色がより動きを強める。対抗するように、口腔を蹂躙せんと忍び込ませた己のそれを更に奥へと伸ばした。
 数え切れないほどの応酬の末、ようやくじゃれあい絡んだ赤が身を離す。舌先から繋がりを求める銀が姿を現すが、すぐに闇に掻き消された。荒い呼気、溢れ出る唾液、そして、熱を増していく肉。粘膜の触れ合いを終えた二色の中には、既に恐ろしいほど音をあげ燃え盛る炎が宿っていた。
 歪な赤い三日月が闇夜に浮かぶ。心底愉快そうな、しかし余裕など欠片も存在していない一対の紅玉髄を眺め、同じ様子を浮かべた水宝玉も三日月を作った。
 かちあう視線が火花を散らす。再び目を醒ました獣が、高らかに遠吠えをあげたのがはっきりと分かった。

畳む

#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

おひさまのいろ【ライレフ】

おひさまのいろ【ライレフ】
top_SS22A.png
Pawooで書いてたいかがわしいようないかがわしくないようなちょっといかがわしい話。判断のつかないものは支部に投げられないのでこっちに投げておけという精神。
お腹を触るのが好きという話。あと飯食えって話。

 シーツの上に散らばる髪よりもずっと深い、海の底のような青に触れる。その裾をつまみ、雷刀はなだらかな身体を撫でるように薄いそれをめくっていく。すぐ下から現れた肌は、冬の冷たい陽光を浴びた雪のように白く、薄暗い部屋の中ほのかに輝いていた。元より色が薄いのもあるが、その身を包んでいたシャツの色と己の手との対比で更に色を失っているように見えた。
 胸のすぐ下、中途半端に押しやった薄布から手を離し、少年は晒されたそこに直接触れる。見た目よりもずっと硬く、血の通った温度をしたそこは、指一つつけただけで反射のように震えた。そのまま恐る恐るといった調子で肌の上を滑っていく。見た目通りなめらかな白は触り心地の良いものだ。
「くすぐったいですよ」
 ふふ、と小さな笑い声が耳をくすぐる。手を伝ったずっと先、烈風刀は寝転がったままで腹部を撫でるその手を眺めていた。言葉に反して、抵抗する様子は一切ない。好きにしてくれ、と言わんばかりに、その腕はシーツの上に投げ出されていた。
「ほんと、烈風刀の肌ってしっろいなぁ」
「貴方が日に焼けただけでしょう」
 証明するように、烈風刀は腕を伸ばし兄のそれを掴む。触れた手とその甲、すらりと伸びゆくそれは、すっかりと日に焼けた雷刀のそれより少し薄く色づいているが、肘を過ぎた二の腕のあたりは腹部と同じ白を保っていた。何も着ない上に日焼け止めを塗らないからこうなるのですよ、と弟はどこか愉快そうに笑う。
 つい先日、何年ものすれ違いの末、ようやく愛しいレイシスと海に行く事が叶った少年二人ははしゃぎにはしゃいだ。夏の強い日差しの下、同じく約束づけた友人らと日が暮れるまで様々な遊びに興じた彼らの肌が健康的に色付いたのはごく自然なことである。ただ、烈風刀は日焼け止めを塗り、パーカーを着ていたので多少その被害が抑えられていた。露出していた部分は健康的な色で染まり、薄い布地で保護されていた箇所は元のままだ。そのはっきりと分かれた二色の対比はどこか艶めかしい。そう感じるのはオレだけかもしれない、と雷刀は眺めてぼんやりと考える。否、そもそも潔癖で鉄壁で純粋で純潔な烈風刀のこんなところを見ることができるのは、自分ぐらいだ。ならばどう思っても全く問題はあるまい。弟のこんな姿を見るのは自分一人だけでいい。
 しっかりとした筋肉のついた硬い腹を撫でていく。へその下から撫で上げ、そのまま脇へと向かうと、また笑い声があがった。くすぐったそうにもぞもぞと動く様は、常は大人びた雰囲気をまとう彼にしては珍しく幼く見えた。
「……ちゃんと飯食ってるよな?」
「食べていますよ。何ですか、いきなり」
「いや、細くね? 大丈夫か?」
 脇腹からわずかな曲線を描く腹を超え、反対の脇へ。なぞったそこの距離は酷く短く思え、雷刀は少しの焦りを覚える。下手をすればレイシスよりも細いのでは、と不穏な疑問がよぎった。
「そうですか?」
 疑問符を浮かべた様子で、烈風刀は兄と同じように己の腹部を撫でる。示されたルートを辿り首を傾げる姿は、投げかけられた疑問が全く理解できないと言った調子に見えた。
「なぁ、明日から飯増やそ?」
「だから食べていますってば。体質によるものではないのですか?」
「だってオレはふつーだし」
 ほら、と腹部に置かれた手を取り、雷刀は自身の腹にそれを引き寄せた。烈風刀は肘をついて少し起き上がり、示された硬いそこをぺたぺたと触る。細い指が先程と同じ動きで肌を撫ぜる。他者に触れる故か慎重なその手つきに、むずむずとこそばゆさを覚えた。思わず小さな笑いを漏らすと、ほら、といった風に碧の目がいたずらげに訴える。なるほど、確かにこれは笑ってしまうのも無理はない。
「やはり変わらないと思いますが」
「そーか?」
「メジャーがあったはずですし、あとで測ってみますか?」
 あとで、の部分がどこかゆっくりと聞こえたのは気のせいか。そーだな、と手早く切り上げ、雷刀は再び白い肌に手を伸ばす。先程と同じ道を辿り、今度はたくし上げた服の下へ。ひくりとその身体が震えたのは、気のせいではないはずだ。
「……脱がさないの、好きですよね」
 へんたいみたい、と罵る弟の声はその語に反して柔らかい。じゃれつくようなそれに、兄はにぃと口角を吊り上げ返答する。肯定も否定もし難い問いだった。衣服を中途半端に着たままにするのが特段好きなわけではないが、今日は白い肌と暗い色とのコントラストが酷く妖艶に思え、脱がさなかっただけだ。確かに、くしゃくしゃになった衣服と、着ているとは到底言い難いほどたくし上げて肌を露出した姿は非日常を演出しているようで扇情的だという事実に変わりはないが、そちらは口に出さないでおくことにした。
「烈風刀だって、着たままなの嫌いじゃないだろ?」
「洗濯が面倒ですけれど」
 はいやいいえではない、曖昧な答え。仔細に問い質してやりたくもあるが、今はやめておこう、とその目を見つめたまま組み敷いた白をなぞる。もぞりと動いた拍子に、たくしあげていた裾がわずかにずれ落ち、肌を隠すという役目を果たそうとしているのが見えた。再びその端を摘み、今度は喉元まで勢いよくめくりあげる。次いでこぼれた声は、先程のくすぐったさによるそれとは随分と違うように思えた。
 ほんと、まっしろ。
 今一度呟き、温かな雪原を撫でる。色を失ったようなそこがもう少しで別の色を宿すことを考えて、雷刀は小さな笑みをこぼした。

畳む

#ライレフ #腐向け

SDVX

うちがわ【ライレフ/R-18】

うちがわ【ライレフ/R-18】
top_SS22A.png
「最中は恥ずかしくて無理でも事後なら何とかなるのでは」とか言ってPawooで書いてたやつ。性癖詰め込んだだけあって気に入ってるけど支部には投げられそうにないので忘れる前にこっちに。
そういう直接的な描写は無いけど題材が題材なだけに念には念を押してR-18。自己責任。

 行為の終わりを悟り、必死に縋りついていた身体から力が抜ける。緊張の糸が切れたように吐きだした息は、まだ浅い悦びに足を浸けたままのとろけたものだった。
 身も心も高ぶり、限界まで駆動した疲れがどっと押し寄せてくる。重いそれに包まれ、烈風刀はくたりとベッドに身の全てを預けた。力を抜いた拍子に、どろりと内部から熱い何かが溢れ出る感覚が肌を伝い、思わず眉をひそめる。つい先ほど、体内を焼くように直接注ぎ込まれたそれは、幾分か温度を失ったように思えた。それに何故だか寂しさを覚える。
 そろ、と気怠い腕を持ち上げ、へその辺りを緩慢な動きでさする。漏れてもなお、ここにまだ雷刀の熱がたっぷりと残っているのだ、と考えて、火照る身体の奥に新たな熱が芽生えたように感じた。
「だいじょぶか?」
 ちりちりとほのかな音をあげ存在を主張するそれから意識を逸らそうとしていると、頬を何かが撫でる感触。疲労と涙とでぼんやりとした視界の中、どうにかピントを合わせると、不安の色を浮かべた朱が己の碧を覗きこんでいるのが分かった。
「大丈夫です」
 けほ、と小さく咳をして、いつもと変わらぬ返事をする。行為を終えると、毎回雷刀は無事を問うてくる。この疲れの元凶は間違いなく彼だというのに、いつも酷く心配そうに尋ねるその姿は、どこかアンバランスだ。
 終わってから気を遣うぐらいなら、最初からこんな行為などしなければいいのに。時折浮かぶその考えを烈風刀が伝えることはない。最中や事後がどうであろうが、互いに互いを求めてあっているのは紛れもない事実であり、一生消えることのない欲求だろう。手酷くとまではいかないが、多少の無茶を強いられても自身がそれを欲していたことに変わりはない。否定の言葉を吐く権利など持ち合わせていない。
「でも、腹」
 頬を撫でる温度が離れ、腹に乗せたままの手に同じそれが宿る。一緒に腹をさするのはなんだかくすぐったくて、気まずげに目を細め少しばかり身をよじった。
「そういうことを言うなら、中に出すのはやめたらどうですか」
 ふい、と目を逸らし悪態をつく。これも合意の上で行われたものだが、負担を強いられるのは烈風刀の方である。だからこそ兄が心配するのは分かるが、そう何度も確かめられるのは嫌でもこの熱を意識してしまい、羞恥を覚えた。
 えー、と困ったような、それでいて不服そうな声が降り注ぐ。弟の負担と、手に入れられる快楽を天秤にかけたような音をしていた。
「だって、烈風刀もいいって」
「いいですけど」
 その選択で得ることができる快びは平等である。なので烈風刀も嫌ってはおらず、同意を求められた時は欲に溺れた思考の中で必死に頷いたのだ。兄がこのような声を漏らすのは、弟にも理解できた。
 こぽり、と再び熱が漏れ出る感覚。たったそれだけで、今は理解したくない神経信号が背筋をなぞった。ぅ、と小さな声が漏れる。肌を伝うそれも、己の声も、芽生えた火に薪をくべるようだった。
 やはり辛いのではないか、と勘違いをしたのか、雷刀は重ねていた手を離し、その脚の付け根に回した。汗ばんだ肌の上を、少し硬い皮膚が壊れ物を扱うかのように滑っていく。幾許かの逡巡の末、烈風刀は内部に潜り込もうとするその手を掴んだ。
「ま、だ……、いい、ですから」
 もうちょっとだけ、とこぼした声は、もごもごと動く口の中に消えた。
 内部に残したままでは、翌日辛いことは分かっている。早く掻き出してしまった方がいいことぐらい重々承知だ。けれども、まだ彼が与えてくれた熱を感じていたかった。
 ちらりと逸らした視線を少しばかり戻すと、酷く複雑な表情で固まった雷刀の姿が見えた。こぼした言葉は男を煽る響きをしていたことに今更気付き、烈風刀は後悔に目を伏せる。嫌な予感がする。予感と言うよりも、予知と言った方が正しいぐらいにはっきりと。
 諦めたように、掴んでいた手を離す。嫌な予感だが、避けたい未来ではない。受け入れることを拒むほどでもないものだ。
 らいと、とそっと愛し人の名をなぞる。奥底に火を宿しつつある炎色に、挑発めいた海色が映ったのがはっきりと見えた。

畳む

#ライレフ #腐向け #R18

SDVX

揺れて広がる【ニア+ノア+レフ】

揺れて広がる【ニア+ノア+レフ】
top_SS72.png
ニアノアちゃん誕生日おめでとう!
という感じで書きだしたけどそういう要素薄いニア+ノア+レフ。6月頃のエンドシーンネタ。
今年は無事双子星GRV倒したんで来年こそはフリッキーGRV倒す。

 授業が終わってずいぶん経った夕方の初等部棟。まだ人が残っていることを示すかのように蛍光灯で照らされた教室の片隅に、ひょこりと五対の耳が伸びては動く。いつもならば空へ向かって真っすぐに元気に伸びているそれは、今日は少しばかり勢いを失いへにゃりと下がっていた。
「かみ、うねうねです……」
「もわもわ……」
「ぽわぽわだよぉ」
 桃、雛、蒼の三色の猫たちはもどかしげな声をあげる。普段は野原を飛び回る蝶のように元気のいい彼女らも、今日はどこか元気がない。椅子に座り、宙に浮いたままの足はつまらなそうにぷらぷらと揺れている。尻尾もへたりと垂れさがっていた。
 うぅ、とどこか悔しげに唸り、一同は己の鮮やかな髪を撫でつける。しかし、連日の雨による湿気を吸った髪はなかなかまとまらず、ふわふわぼわぼわと広がるばかり。まるで猫が顔を洗うように小さな手が幾度も髪をなぞるが、一向に解決の兆しは見えない。
「うー、しっけで広がっちゃったよー」
「ノアもー。まとまんない……」
 黄色い兎耳のようなカチューシャをつけたニアとノアも、困ったように声をあげる。どちらも自身の青い髪をヘアブラシで撫でつけるが、普段のさらさらとした指通りの美しいストレートヘアーは戻ってこない。桃たち同様、湿気を吸った髪は広がるばかりだ。時には髪が乱れぬことも厭わず飛んで跳ねて行動する双子だが、それは好奇心が優先された場合である。幼いとはいえ年頃の女の子な彼女らは、身だしなみが気になるようだ。
「ニアおねーちゃんたちいいなー」
「桃も櫛を持ってくればよかったです……」
「もわ……もわ……」
 小さいながらもしっかりとしたヘアブラシで長い髪を整える上級生二人を見て、雛と桃は後悔にも似た声で漏らす。未だ悪戦苦闘する二人の様子を見るにヘアブラシの一つや二つだけで全てが解決するとは思えないが、己の小さな手と指で撫でつけるよりはずっといい結果をもたらしてくれるはずである。三対三色の瞳がじぃ、と深い青色を見上げた。
「貸してあげよっか?」
「ノアたちがやってあげるよ」
 そんな下級生の姿に気づいた双子は、にこりと優しい笑みを浮かべた。おいでおいで、と二人とも余った長い袖を振り、小さな猫たちを膝に呼ぶ。悲しげに下がっていた三角の耳が、ぴこん、と嬉しそうに動いた。
「おねがいします!」
「おねがーい!」
「おねがい……します」
 パタパタと元気良く走り寄ってくる三人を見て、ニアとノアは顔を見合わせて笑った。中等部や高等部に所属するものと行動することの多い彼女らは、いつも『下の子』扱いをされている。こうやって上級生らしいことができて嬉しいようだ。ぱたぱたと袖を振る動きが更に大きくなった。
 椅子をよじ登る小さな体躯を膝に乗せ、二人は目の前のふわふわと広がった髪をそっとヘアブラシで撫でていく。桃の長い髪は下から手を差し入れ長い動きで、雛の蒼の短い髪は頭の形に沿ってそっと下ろしていく。ニアとノアのの甲斐甲斐しい手入れに、桃たちの細く柔らかな髪は少しずつ元の調子を取り戻していった。
「はい、これでだいじょーぶだよ!」
 くるりと指でヘアブラシを一回転させ得意げな顔をするニアに、三人の猫はおぉ、と感嘆の声をあげた。三人揃って己の髪に触る。先程まで湿気の被害を受けていたそれは、すっかりと綺麗に整っていた。手品のみたいです、とその名を冠した色の髪をさらさらと触れながら、桃は感動したようにこぼした。
「最近雨ばっかで嫌だね」
「雨、許すまじー!」
 滅入ったようなノアの言葉に、雛は両手をあげ吠えるように怒りの声をあげる。外で遊べなくなるうえに、お菓子を湿気らせ髪をもたもたにしていく雨は、彼女ら三人にとってとてつもない敵だった。もちろん、身体を動かすことを好むニアたち双子にとっても強大な敵だ。五人揃って、しとしとと窓を打ちつける雨粒に不服そうな視線を向けた。
 不機嫌の原因がようやく解消され、きゃいきゃいとはしゃぐ三人の姿を見て、ノアはほわりと優しい笑みを浮かべた。『双子の妹』であるノアにとって、自分よりも年下の彼女らの面倒を見るのは『姉』の役割をしているようで、なんだか嬉しかった。
「そろそろ下校時刻だし帰ろっか」
 時計を見たニアが残りの四人に声をかける。黒板の上に掛けられた壁時計は、もうすぐ夕方へと差し掛かる時間を記していた。黒い雲に彩られた外はどんどんと明るさを失っていく。暗くなる前に学校を出るべきだろう。
「はい、さようならです」
「ニアおねーちゃん、ノアおねーちゃん、ありがとう!」
「また、明日……」
 上級生の言葉に従い、三人の猫たちは鞄を担ぎ、ぺこりとお辞儀をして別れの挨拶をする。さよなら、と二人が手を振って返すと、掲げられた小さな三つの手のひらが二人の動きに合わせたようにひらひらと揺れた。さよーなら、ともう一度三人分の大きな挨拶の合唱の後、小さな身体は軽やかな足取りで昇降口の方へと駆けていった。
「ノアたちも帰ろう?」
「んー……、ノアちゃん、その前に髪結んでもらってもいい?」
 もわもわするー、とニアは不機嫌そうな声をあげる。青い双子の髪は、三人の猫たちよりもずっと長く量も多い。湿気をより取り入れた髪はぶわりと広がり、小さなヘアブラシ一つでは太刀打ちできなかった。ならば広げたままにせず、ざっくりとでもまとめてしまった方がいいだろう、というのがニアの考えだ。
「いいよー。後でノアのもやってね」
 妹の答えに、姉はおねがいね、とヘアゴムを渡し、再び椅子に座った。その後ろに回り、ノアは改めてヘアブラシを手にする。昼の空のような大きく広がる青い髪に少し差し込んだところで、教室のドアが開く音が聞こえた。
「あれ、二人ともまだ帰ってなかったのですか?」
 開いたドアから顔を出したのは、彼女らとはまた違う碧を有した少年だった。耳慣れた声に、頭につけられた兎のようなカチューシャが、本物のそれの耳のようにぴこんと真っ直ぐに伸びた。
「あっ、れふと!」
「れふと、どうしたの?」
 くるりと振り返った二人は嬉しそうに声をあげる。よく懐いている上級生の登場に、少女らの関心は言うことの聞かない頑固な髪よりから外れ、大好きな碧色の方へと向かった。先程までの滅入った空気はすっかりと吹き飛んでしまったようだ。
「たまたま通りがかったら教室の電気が点いたままだったので覗いてみただけです」
 結局、貴方たちがいたのですけれど、と烈風刀は答える。少し神経質なところがある彼は、誰もいない教室の電気が点けっぱなしになっているのがどうしても気にかかり、わざわざ寄り道して足を延ばしたのだ。
「もう暗くなりますよ。早く帰りましょう」
「待って待ってー」
「今髪結んでるから、もうちょっと待ってー」
 あわあわと慌てて手を動かす彼女らに、少年は急がなくても大丈夫ですよ、と優しく声をかける。はーい、と元気のいい返事が重なった。
 このまま入り口に立っているままではな、と烈風刀は教室へと踏み込む。姉の髪にヘアブラシを通すノアの斜め後ろで立ち止まった。鼻歌を歌う姉に、ニアちゃん動かないでーと妹が困った声をあげる。これはまだ時間がかかりそうだ、と少年は苦笑し、壁に背中を預けた。
 仲睦まじい姿を眺めていると、ちら、と深い海の底のような瞳が烈風刀を見上げる。手を動かしながら何やら言い淀むように視線を泳がすノアを見て、彼は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「えっと……、あの、ね?」
 同じく首を傾げ、ノアは少年を見上げる。どこか困ったような、恥ずかしがっているような瞳はゆらゆらと揺れ、ついには床へと向かってしまった。姉に比べ内気な彼女にはよくあることだ。碧い瞳は少女が心に思う言葉を形作るのを待つ。うぅ、といくらか呻くような悩ましい声をあげ、ノアはようやく烈風刀の目をしっかりと見た。あのね、と小さな口がはっきりとした言葉を紡ぎ出していく。
「あのね、交代交代でやってると時間かかるから……、れふと、ノアの髪結んでもらえないかな?」
 控えめな声で問うてくる彼女に、少年は驚いたように幾度か瞬きをした。やっぱダメかな、とすぐさま不安げに視線を泳がす少女に、いえ、ときっぱりとした答えが返される。
「僕は構いませんが……いいのですか?」
 髪とはそうやすやすと他人が触るものではないし、触らせるものでもない。まだ幼いとはいえ、相手が女性ならば尚更である。それを、多少交流があるとはいえど他人の自分が触ってもいいのだろうか、と烈風刀は戸惑ったように問い返した。
「うん、れふとに結んでもらいたいの」
 えへ、とノアははにかんだ。分かりました、と再度了承の語を紡ごうとしたところで、えー、と大きな声があがった。青い髪が翻り、ニアは首だけで振り返る。その眉間には小さな皺が刻まれていた。
「ノアちゃんずるい! ニアもれふとに結んでもらいたいよー!」
「でも、ニアちゃんまで結んでもらったら時間かかっちゃうよ?」
 くすくすといたずらげに笑うノアに、ニアは不服そうな声をあげる。妹の言葉はその通りだが、自分だって『大好きな上級生のお兄ちゃん』に髪を結ってもらいたかった。『双子の姉』であり、ずっと『上の子』の立場にいるニアならば尚更だ。自分だってもっと甘えたい、と晴れ渡る夏の空のような瞳は主張していた。
「落ち着いてください。ちゃんと二人とも結いますから」
 仲裁するように烈風刀は屈み、二人と視線を合わせる。それだけで、青い双子の兎ははーい、と統率の取れた元気のよい返事をした。現金なものである。
「まずはノアちゃんからでいいよ! 先に言ったのはノアちゃんだからね!」
 せめても、とニアは姉らしく妹に順番を譲る。ありがとう、と嬉しそうに笑う片割れを見て、彼女は同じく嬉しそうに笑みを返した。
「じゃあれふと、おねがいします」
 どこか緊張した面持ちで、ノアは烈風刀にヘアブラシを渡す。強張ったその様子に少年の胸に一抹の不安がよぎる。本当に引き受けて良かったのだろうか、という問いを、自身で否定する。彼女たちがあんなに頼んできたのに、今更断ることなどできない。ゆっくりやればいいのだ、と自らを落ち着かせた。
「えっと、どういう風に結びますか?」
「えーっと……、じゃあ、二つに結ぶのがいいなぁ」
 そう言って、彼女は両手をこめかみの位置まで持っていく。長い袖が、まるでツインテールのようにぷらんと揺れた。分かりました、と返して、烈風刀は川のようにさらさらと流れる青い髪に触れる。簡単に二つの束に分け、長いそれに下から手を入れて持ち上げる。広がったそれを揃えるようにそっとヘアブラシを入れるが、湿気で少し膨らんだ青色はひっかかることなどない滑らかなヘアブラシ通しをしていた。するりするりと手のひらを流れるそれはまるで高価な布のようなツヤをしていた。
 片方の束を梳き終わり、烈風刀は先程ノアが指し示した場所まで髪を持ち上げた。渡されたヘアゴムを改めて手にしたところで、はたと少年の動きが止まる。この長い髪にどうやってこの小さなヘアゴムを通せばよいのだろうか。静かに焦る少年の気配を察してか、ノアは貸して、と手を差し出した。一つを彼女に手渡すと、器用な手つきで長い髪にゴムを通し手早く結い上げた。こうやるんだよ、と言う少女の声はどこか得意げだ。自分がこうするよりも、彼女らがやった方がずっと早いのではないか、と思ったところで、烈風刀は口をつぐむ。彼女らが『早く済ませたいから』という理由だけで己にその美しい髪を託したのではないということは、少年も承知だった。
 もう片方の束も同様に梳かし終え、先程の彼女の手際を参考に同じ高さに括っていく。それでもやはり慣れていないせいか、二つの尻尾の高さは少しずれてしまった。
「うん。れふと、ありがとう」
 結び直そうと手を伸ばしたところで、ノアは椅子からぴょんと飛び降りる。くるりと振り返ったその顔は、とても嬉しそうだ。
「えっ、でも少しずれていますよ?」
「いいよ。れふとがやってくれたんだもん」
 えへへー、とノアは笑う。本当に良いのだろうか、と首を傾げる少年を尻目に、次はニアちゃんの番だよー、と妹は姉を呼んだ。待ってました、と言わんばかりに、ふわふわとした青が烈風刀の目の前、椅子にぴょんと飛び込む。
「あのねー、ニアは一つ結びがいい!」
 こーゆーのね、とニアは髪をざっくりと束ね、頭の真後ろ、高い位置に持ち上げた。そうやって彼女らが髪を高く結い上げた姿は烈風刀は何度か見たことがある。それに倣えばいいだろう。分かりました、と返事して、烈風刀はふわと広がった髪を一つの束にし、下に手を入れて同様に梳いていく。湿気による癖が弱まったところで、根元からそっと持ち上げ、ノアの時と同じ要領で高い位置で結い上げた。
「これでいいですか?」
「うん! れふと、ありがとう!」
 妹と同じくぴょんと飛び降りたニアは、楽しげに礼を言った。少女は嬉しそうにくるりとその場で一回転する。長い髪がまるで大きなリボンのようにひらりくるりとたなびいた。
「ニアちゃんはやっぱりポニーテールが似合うねー」
「ノアちゃんもツインテールすっごく似合ってるよ!」
 少女らがきゃいきゃいとはしゃぐ度、結い上げた青が楽しげに揺れる。しっかりと梳かし整えた髪は、まとまった美しい動きをしていた。
「れふと!」
「ありがとう!」
 再び声を揃えて礼を言う姿に、烈風刀はどういたしまして、とはにかんだ。彼女らが喜んでくれるならば何よりだ。
「あっ、お礼にれふとも結んであげようか?」
「れふと、ちょっと髪伸びたよね? 今ならノアみたいに二つに結えると思うなー」
 きらり、と双子の瞳がいたずらっぽく光る。ちゃきり、とヘアブラシとヘアゴムを構える姿は、学園では有名な朱い少年を彷彿とさせた。二人のいたずら兎にロックオンされる前に、烈風刀は急いで立ち上がりその手から逃れる。自分たちとは違う鮮やかな碧が自分たちの手の届かないところまで遠のいたのを見て、少女たちは小さく頬を膨らませた。
「もう終わりです。ほら、帰りましょう? 校門まで送っていきますよ」
 はい、と手を差し出すと、分かった、とニアがその手に飛びつく。もう反対側にはニアが手を取り、三人で並ぶ形となった。
「れふと、ほんとにありがとね!」
「あのねあのねっ、またやってもらってもいい?」
「えぇ、構いませんよ」
 やったー、と青色の姉妹はぴょんぴょんと跳ねる。その無邪気な姿に、烈風刀は愛おしげに目を細めた。
 日がかげる教室には、二対の耳と三つの尻尾が揺れる影が伸びていた。

畳む

#ニア #ノア #嬬武器烈風刀

SDVX

少年少女趣味【ライレフ】

少年少女趣味【ライレフ】
top_SS30.png
別の話の前提になる話の予定がそっち書けそうにないのでこちらだけ。べたべたなあれそれが書きたかった。
輝妖リミコンバムの嬬武器兄弟可哀想って話。

 ひくり、と思わず引きつった音が漏れたのは仕方のないことだろう。撮影用の更衣室の片隅、目の前に差し出されたそれは、烈風刀の頬を引きつらせるのに十分な破壊力を有していた。
「レイシス、それは」
「今回の衣装デスヨ? あれ、伝えていマシタヨネ?」
 ことり、とレイシスは首を傾げる。久方ぶりに下した長い桃色の髪と、ヘッドホンにつけられたフリルが揺れた。その姿は密やかに咲いた花がそよ風に揺れるようで、どこか儚げながらも可愛らしい。普段ならばその愛らしさをあらんばかりの言葉で褒め称える烈風刀だが、今日ばかりはそんな余裕を持ち合わせていなかった。
「いえ、確かに聞いていましたけど……」
 いましたけど、と少年は言葉を濁す。彼らしくもないその声音には、動揺が色強くにじんでいた。
 以前に開催したコンテストの楽曲をまとめたサウンドトラックが出るという話は随分前から聞いていた。そのジャケット写真の撮影をすることも、しっかりと聞いていた。けれども、その内容――東方Projectの楽曲リミックスコンテストのサウンドトラックだ、と聞いて、彼の脳内に苦い記憶が蘇ったのは何も不思議ではないだろう。少年にとって悪夢と言っても差し支えないそれを引き起こすトリガーとしては十分なものだった。
 悲しいかな、今まで女性キャラクターの衣装を着る羽目になったことはいくらかあった。しかし、あの時――東方紅魔郷リミックスコンテスト、そのサウンドトラックのジャケットを撮影した時のように、脚をさらけだすほど丈の短いワンピースを身に纏い、あまり長くない髪を無理矢理高く結い上げ、挙句の果てにはドロワーズを履くなど、そこまで本格的に女性の格好をしたことは彼の短い人生で初めての経験だった。こんな経験は一生したくなかった、と呆然と立ち尽くす烈風刀の瞳が生気のない暗く濁った色になっていたことは、関わった皆が覚えている。
 そんな烈風刀の前には、一着の洋服がある。
 トルソーに着せられたそれは、手触りが良いことが一目で分かるほど美しい光沢を放っていた。襟ぐりは深く鎖骨より下、胸のほんの少し上まで開いており、首元が露わになっている。雪原のように白く広がる肌を彩るように深い赤色のリボンが結ばれていた。着物のそれのように長く広がっていく袖は胸元と同じ高さ、二の腕から伸びており、肩が惜しげもなく晒される意匠だ。コルセットが腰元をきゅっとまとめ、その下から膨らんだ布地は花開くかのようにふわりと広がっている。裾の端々にはフリルとリボンがふんだんにあしらわれており、シンプルなデザインのドレスを華やかに彩っていた。首の位置に被せられた帽子は、大振りなフリルで縁取られている。絞られた布地をまとめるように回された赤いリボンは、大きな蝶結びで正面を飾っていた。傍らにはフリルがふんだんにあしらわれ、アクセントにしては過剰なほどの赤いリボンが縁を駆ける少女趣味溢れる撫子色の傘が立てかけられていた。
 神隠しの主犯。境界に潜む妖怪。幻想の境界。幻想郷のゲートキーパー。
 八雲紫。
 東方妖々夢、その難易度Phantasmで待ち構えるキャラクターが、今回烈風刀に宛てがわれた衣装の持ち主だ。
 正確にはアレンジが加わっており原作のそれとは異なるのだが、彼にとってそんなことは瑣末である。自分がまた女性の衣服を身につけ、写真を撮る羽目になることより重大で重要なこと以上に彼の脳味噌に訴えかけられることなど、今この瞬間には存在しない。
 無機質な白の胸元を見る。少し膨らんだそこに引っかかるようなその意匠は、胸を強調しわずかに露わにすることにより色香を匂わせるよう仕立て上げるものだ。そして、そのなだらかな双丘が、本来ならばこれは女性が着用する衣装であることを雄弁に語っていた。
 ガクリと膝をつき、その場に蹲ってしまいそうな足を叱咤する。レイシスの前だ、そんなみっともないことはできない。それでも受け入れたくない現状に徐々に目が曇る烈風刀の姿を見て、桃色の瞳が心配そうにその顔を覗き込んだ。
「烈風刀? 大丈夫デスカ?」
「……えぇ、大丈夫です」
 大丈夫なはずなどない。けれども、こんなことでレイシスを心配させる訳にはいかなかった。少年は眉間を指で押さえ、じわじわと広がっていく頭痛に抵抗する。無駄なあがきであるのは百も承知であるが、彼女に――同じく東方projectのキャラクター、わかさぎ姫に扮したレイシスに問うた。
「あの、どうして八雲紫さんの衣装なのでしょうか?」
「だって、『東方妖々夢リミックス楽曲コンテスト』デスカラ」
 アッ、他のキャラが良かったデスカ、とレイシスは斜め二七〇度に吹っ飛んだ質問を投げかけてくる。いえ、と答える烈風刀の声は力無いものだ。どのキャラクターを担当しようが女装をするという事実に変わりはない。どうあがこうが、その先には地獄しかなかった。
 不規則になりかけた呼吸をゆっくりと落ち着ける。大丈夫、着るのは撮影の間、ほんの少しの時間だけだ。前回同様ならば掲載されるのは小さなものだ。仕事なのだ、仕方がないではないか。指示通りに動けばすぐに終わる、大丈夫だ。少年は必死になって自身に言い聞かせる。その写真が印刷されたものが全国に販売され、特典アピールカードとして実装し全世界の筐体上に表示されることは今は考えていけない。
「……分かりました。では、着替えてきますね」
「ハイ、よろしくお願いしマス」
 ニコニコと笑うレイシスに、烈風刀は精一杯の笑みを作る。彼の頭の中には、大丈夫、大丈夫、と洗脳にも似た調子で繰り返される己の声が反響していた。
 デハ、と大きく手を振り現場へと駆け戻るレイシスを見送り、少年は、はぁ、と重苦しい溜息を吐いた。レイシスにああ言ってしまったのだ、どうなろうがもう腹を括るしかなかった。着替えるべく、のろのろと衣装に手をかけたところで、はたと記憶の片隅に引っかかった何かに気付く。それを手繰り寄せ中身を覗いた瞬間、烈風刀はバシ、と音がするほど勢いよく己の首筋を押さえた。
 首元、肩口、鎖骨。トルソーの白が露わになっているその部位に何があるのか――何をされたのだったかは、腹立たしいことに全て覚えている。骨に牙が当たる衝撃、首筋に走る刺されるような痛み、柔い肉に並びの良い歯が食い込む感触、鏡に写った自分の肌にいくつもの赤が散っている姿。一時的にしまっていた記憶がぶわりと噴き出す。同時に冷や汗も噴き出し、だらだらと肌を伝っていった。
 まずい。こんな姿――明らかに他者に刻みこまれたその色をさらけだした状態で写真を撮ることなどできない。どうする、と考えようにも、いくつもの混乱の渦に一気に放り込まれた頭は普段のように機能できずにいた。
「あれ、烈風刀? どうした?」
 その頭髪よろしく真っ青になった烈風刀に、ドアが開く音と脳天気な声がかけられる。絶望に染まった顔でゆっくりと振り向くと、そこには彼の兄である雷刀がいた――いや、これは本当に雷刀なのか、と弟の脳内に多量の疑問符が浮かんだ。
 目の前に立つ彼の頭には、赤い頭髪を隠すように金色の模様が浮かぶ大きな帽子が被せられている――否、帽子ではない、落ち着いた黒で幾度も塗り上げられた茶碗だ。その手には銀のステッキが握られている。太い根本には穴が開いており、先へと細く尖る姿は縫い針のそれだ。もう片手には金色の槌がある。松の模様が描かれたそれは針に比べて小ぶりだが、そのきらびやかな輝きによりしっかりとその存在を主張していた。バグ駆除により鍛えられた身体は、クリーム色をしたボルテ学園規定の制服でなく、薄紅から紅梅へと流れ移り変わる着物に包まれていた。落ち着いた布地の上を白の紅葉やすすきが踊っている。その裾は着物にあるまじきほど短くたくし上げられており、筋肉に包まれた硬い足が惜しげもなく晒されていた。
 少名針妙丸だったか、と烈風刀はぼんやりとした頭で考える。小人の末裔、東方輝針城の最終ステージで待ち受けるキャラクターだ。今回のサウンドトラックには、妖々夢リミックスコンテストの楽曲だけでなく、それ以前に行われた東方輝針城リミックスコンテストの楽曲も収録されている。烈風刀同様、雷刀も作品由来のキャラクターに扮する羽目になったのだろう。しかし、女装しているというのに彼の姿は堂々としたものだ。
「恥ずかしくはないのですか」
「そこまででもねーかな」
 げんなりとした様子で問う烈風刀に、雷刀はケロリとした表情で答える。信じられない、といわんばかりの表情で見つめる弟の姿に、兄は手にした小槌をくるくると回し言葉を続ける。
「形は着物とか浴衣とそんな変わんねーし…………まぁ、前のよりマシだから……」
 装飾や着付けの差異はあれど、着物は女性だけでなく男性も着るものだ。スカートという女性ばかりが好む衣装を着る烈風刀よりは、まだ抵抗感は薄いらしい。少しの沈黙の後付け足された前の、という言葉は、以前レミリア・スカーレットや西行寺幽々子――元々は着物のようなデザインなのに、何故かスカートにアレンジされていた――の衣装を着たことを指しているのだろう。どちらにしろ脚をさらけだすようなデザインなのだから比較できるものではないのではないか、と烈風刀は濁り淀んでいく頭で考える。そもそも、だ。東方妖々夢なら、二人とも以前にその登場キャラクターに扮したではないか。それなのに何故また、その時と違うキャラクターの衣装を着なければならないのだ。それも、元のものよりも肌を出すデザインに変更してまで、だ。何故、と浮かび溶けず積もっていく疑問は彼の瞳と思考を曇らせるばかりだった。
「もう諦めて着替えてこいよ。もうすぐ時間だぞ?」
 手にした銀の先で指し示した時計は、撮影開始予定時刻まであまり時間が無いことを語っていた。その呑気な様子に、ぶわと怒気が胸から溢れ出る。噴きこぼれる感情のまま、烈風刀は雷刀の肩を力強く叩いた。いてぇ、と驚きの混ざった悲鳴が椀の下からあがる。
「なにすんだよ」
「誰のせいで着替えられないと思っているのですか」
 怒りに滾る声に反し、碧の瞳には水が薄く膜張っていた。どういう意味だ、と雷刀は全く心当たりが無いという様子で首を捻る。神経を逆なでするその表情に、もう一度べしりと叩き、烈風刀はその視線を自身のためにあつらえられた衣装へと向かせた。その肌を惜しげもなく晒すドレスを見て数秒、少年は再度首を傾げる。しばらくして、あ、と朱い口が間抜けに開いた。
「あっ、あー…………、ゴメンナサイ」
「ゴメンナサイではありません。本当にどうしてくれるのですか」
「そんなこと言ったって、ちゃんとゴーイの上でだろ?」
 そうですけど、と肯定を意味する言葉はどんどんと萎んでいく。誘ったのは兄の方だが、合意し、何ならば珍しく協力的に動いたのは弟の方である。結局は行為を許してしまったのも、両者とも今日のことを忘れていたのも、 全て連帯責任である。それは二人共しっかり理解していた。理解した上でこの始末だ。
 それでもそういうものは付けるなと再三言っていたではないか、と口を尖らせる弟に、兄はわざとらしく顔を逸らした。治す気の見られない噛み癖が原因であろうがなかろうが、全て既に後の祭りである。言い争った所で、散らばる赤が消えることはない。
 雷刀の手が烈風刀の胸元に伸びる。自然な動きで彼のネクタイを緩め、シャツの襟をぺろりとめくった。白の下に浮かぶいくつもの痕を見て、少年はうーん、と難しそうに唸った。
「化粧でどーにか隠せねーかな」
「やるだけやってみます」
 原因はどうであれ肌が局所的に色づいているだけだ、カバー力の高いものを塗り重ねれば隠せる可能性は高い。一部は傷に分類されるであろうそこに化粧品という化学物質を幾重にも塗りこめるのは少し気が引けるが、そんなことを言っている場合ではなかった。こんなものを他者に見せることなど、死んでも回避すべき事項だ。
 するりと潜り込んだ指が、白い肌に浮かぶ紅に触れる。どうにか消せないものかとこするようになぞる感覚に、ひくりと身体が震えた。傷みは無い。けれども、普段人に見せることのないのない箇所を兄の目の前に晒し、触れられるというのはなんだかいたたまれない。そんなことをするのは『限られた』場合なのだから尚更だ。
「あっ、そういやさ」
 皮膚の上で踊る雷刀の指が、そのままゆっくりと首筋を伝っていく。行為の一部を思い出させるその動きは、腹の奥に小さく火を点けていくようだった。かすかに背筋を駆ける感覚に、烈風刀は反射的に身を縮こめた。
「ここ、ちょっと見えてる」
 とん、と耳の少し後ろ、生え際にごく近い場所を指が弾く。は、と間の抜けた声が漏れて数瞬、あんなに青ざめていた烈風刀の顔はぶわりと真っ赤に染まった。
「なっ――な、何故言わないのですか!」
「だってこんなちっさいのだし、珍しく隠してねーからわざとかと思ったんだよ!」
 胸倉を掴まんばかりに詰め寄る烈風刀に、雷刀は焦った様子で返す。弟の性格を鑑みてそのような結論に至るのはあり得ないというに、何故そんなふざけたことを言い出すのか。理解ができない。若葉色の瞳には、怒気と羞恥と絶望がどろどろに溶け混ざり合った色がたゆたっていた。
 れふとってばだいたーん、と誤魔化すようにからかう声の下に、学園指定のシューズが真っ直ぐ脛を狙う。剥き出しのそこを容赦なく蹴り飛ばされ、椀の下から大きな悲鳴があがった。背にする声を無視し、烈風刀は小部屋を仕切る簡易的なカーテンを乱暴に閉めた。
 着崩れた制服を直し、傷跡を消すように首筋をさする。紅だけでなく、肌を伝い優しく弾く彼の指の温度がまだ残っているようで、身体がちりちりと燃えるような感覚に小さく息を呑んだ。
 鏡に映る己の顔は、朱に刻まれたそれと同じ色をしていた。

畳む

#ライレフ #腐向け

SDVX

その色を消す手段【ライレフ】

その色を消す手段【ライレフ】
top_SS29.png
即興二次創作で時間制限内に書けなかったので完成させてこっちに投げる。
それっぽさは皆無に近いけどライレフ。多分。

ジャンル:SOUND VOLTEX お題:赤いむきだし 制限時間:30分

 いち、に、と紙の束を弾いていく。薄いそれを繰る度、擦れる軽い音が指先から奏でられた。
 怒涛のアップデートもようやく落ち着いたためか、本日は比較的ユーザーが少ない。そのためナビゲートの仕事はあまりないので室内を掃除をする運びとなった。すると、運営に関わる書類がそこかしこから出てきたのだ。処理済みのものはしっかりと整理しファイリングしてあるはずだが、と首を傾げる間も無く、犯人は見つかった。わざとらしく目を逸らした赤毛の姿は『私が犯人です』と手を上げているのと同義だ。
 どれも重要度は低く量はさほど多くないが、乱雑に置いておくのは突然必要となった時に困る。運営の仕事はレイシスに一任し、今日は整理を優先することにした。もちろん、元凶である雷刀もだ。
 今時紙だなんて、と烈風刀は嘆息する。データでのやりとりがほとんどであるこの世界で、紙を使うメリットはあまりないように思える。非効率であるが、定められたものなのだから仕方ない。黙って指を動かした。
 規定分揃っているか数え終わり、少し形の崩れたそれを整える。次の山に取り掛かろうと積まれた塊に手を伸ばしたところで、ザリ、と嫌な音が聞こえた。次いで鈍い痛みが走り、烈風刀は小さく眉を寄せた。音の発生源と思しき己の指に視線をやると、白い肌に白い直線が走り、そこから赤が滲んでいた。どうやら、紙の縁で切ってしまったらしい。
「どうしまシタカ?」
 いつの間にか、レイシスが隣に立ちこちらを覗きこんでいた。休憩を兼ね飲み物でも取りにいっていたのだろう、その手には彼女が愛用しているマグカップが握られている。
「いえ、指を切ってしまいまして」
 見つめる桃色に、烈風刀は苦笑する。格好悪いところを見られてしまった、と痛みとは別の感情が彼の眉間に刻まれた。そんな少年の心など知らないレイシスは、軽く上げられた手に視線を移す。白い肌から鮮やかな赤い球が生まれていく様を見て、彼女は小さく声をあげた。
「はわっ、大丈夫デスカ?」
「ほんの少しですから大丈夫ですよ。すぐに止まります」
 狼狽えるレイシスを見て、烈風刀は落ち着けるように優しい声で返す。所詮紙が擦れただけだ、皮膚が少し傷つけられた程度で傷は浅い。じきに血も止まり、数日もすれば治るだろう。
「デッ、デモ、血ガ」
 ふつりふつりと指先を彩っていく赤を見て、レイシスははわわわわ、と依然あたふたと声を漏らす。ぱちり、と薔薇のように華やかなその瞳が大きく瞬きする。何か思いついたのか、彼女は手にしたマグカップを机に置き、傷口に触れぬよう烈風刀の手を取った。両手で優しく包んだそれを、彼女は彼の目の前、少しばかり高い位置に持ち上げる。血が出た場合、患部を心臓より高い位置に持っていけば止まりやすい、という話を聞いたことがある。彼女もそれを知っており、流れるそれを少しでも 防ごうとしたのだろう。
 伝わる柔らかな温度に、どきり、と烈風刀の心臓が一際大きく脈を打つ。好意を寄せる女性に手を握られるのは、初心な彼には少し刺激が強かったらしい。その頬にぱっと紅が散った。
「えっ、いや、あの、大丈夫ですよ。おちついてくださ――」
「どしたー?」
 理由は違えどレイシス同様慌てる烈風刀の肩に、ぐ、と重みがかかる。すぐそばで鼓膜を震わす声は兄のそれだった。配分された作業が終わり手伝いに来たのか、烈風刀が作業する机へと戻ってきたらしい。
「怪我?」
「紙で切っちゃったみたイデ」
 あわあわとしたレイシスの声に、雷刀は彼女が握ったその手に目をやる。ふぅん、とどこかつまらなそうに呟いた彼は、そのまま烈風刀の手首を掴み己の目の前へと引き寄せる。少し強引なそれは、まるで彼女からその手を取り上げるようだった。
「あぁ、これくらい舐めときゃ治るって」
 滲む赤を見て、雷刀はだいじょーぶだいじょーぶ、と空いた手をひらひらと振った。掴んだ手を離す様子はなく、むしろ尚自身の下へと寄せるように引いた。
「固まりかけてるっぽいけど拭いといた方がいいかな。レイシス、ティッシュ持ってきてくれないか?」
「ハイ! 分かりマシタ!」
 レイシスはパタパタと備品を収納した棚の方へと駆けていく。そよぐ薔薇色の髪を見送り、烈風刀は手を掴む雷刀へと顔を向ける。その瞳は訝しげに細められていた。
「何なのですか、一体」
 以前掴まれたままの手を見やる。引き寄せられたそれはあまりにも近く、そのまま手の甲に口づけしてしまいそうなほどだ。傷を見るにしても、こんなにも近くに寄せる必要はない。そもそも、彼が患部を見る必要などないのだ。
「別に」
 答える声は平坦で、機嫌が悪そうに見えた。デスクワークを苦手とする彼だ、本日の業務が不満なのだろうか。それも全て自分が悪いのではないか、と口を開こうとしたところで、掴まれた手に兄が唇を寄せる姿が間近にあった。ぎくり、と怯えるようにその手が硬直する。何を、と尋ねるより先に、薄く開かれたそこから赤い舌が覗いた。
 指先に生温かい感触と、ほんの少しの痛み。舐められたのだ、と気付くころには、赤で彩られた指先は赤の中に消えていた。
「ら、いと」
 咎めるように名を呼ぶ。その音は動揺する彼の心中を表すかのように震えていた。あまりにも突然の行為に、烈風刀はその手を振り放せずにいた。硬直した指はどんどんと唾液に塗れ、蛍光灯の青白い光にてらてらと輝いていた。緩く尖らせた舌先が傷口をつつく。その痛みに我に返った彼は、力いっぱいに掴まれたままでいた手を引いた。血液と同じ、真っ赤なそれにから守るように、もう片方の手で囚われの身だったそれを包む。温かな塊から離れた指先が冷えていくように感じた。
「舐めときゃ治る、って言ったじゃん?」
「本当に舐める人がいますか!」
 首を傾げる雷刀に、烈風刀は怒声をぶつける。舐めるはおろか、故意に傷口を抉っていたのである。語られる俗説が本当だとしても、治す気などさらさらないのは明白だ。
 だってさぁ、と雷刀は机に肘をつき、不機嫌そうなに話し出す。音が発せられる度に姿を見せる赤に、思わずひくりと息を呑むのが分かった。
「烈風刀だけレイシスに手握ってもらうとかずるいじゃん?」
 オレだってレイシスに手ぇ握ってほしいしー、と雷刀は机に突っ伏した。一連の行為は、どうやら子どもめいた嫉妬によるものだったらしい。あまりにも身勝手なその言葉に、そして酷く羞恥心を煽る行為に、烈風刀の胸にふつふつと熱い何かが湧くのが分かっる。傷の無い手をぐっと固く握りしめる。そのまま朱い頭に勢いよく振り下ろした。ゴン、と硬い何かがぶつかる鈍い音と、潰れたようなくぐもった 声が聞こえた。
「何すんだよ!」
「馬鹿!」
 キャンキャンと罵りのドッヂボールが繰り広げられる中、ティッシュ箱を抱えたレイシスが帰ってきた。珍しく声を荒げ喧嘩する二人を見て、彼女は今日何度目かの驚きの声を上げた。
「一体どうしたんデスカ!?」
「だって烈風刀がさー!」
「何でもありません!」
 オレは悪くないと言わんばかりの雷刀の言葉を烈風刀は掻き消す。指を舐められて喧嘩していました、なんて心底くだらなく恥ずかしいことを彼女に知られるのは絶対に防ぐべきだ。不満げな声を上げる兄の顔をぐいぐいと押し、距離を取り口を塞ぐ。もがもがと抵抗する彼を視界に入れぬよう、烈風刀はレイシスの方に向き直った。
「ティッシュ持ってきマシタヨ」
「ありがとうございます」
 心配気に差し出すレイシスに、烈風刀は爽やかな笑みを作り礼を言う。薄いそれを一枚抜き取ると、すぐさま未だぬめり光る傷口を包んで隠した。
「もう止まっているみたいデスネ。よかったデス」
「オニイチャンのおかげでなー」
 赤が白を侵さない様子に、レイシスは安堵の笑みを浮かべた。押しやる手から逃れた雷刀はからかうような愉快そうな声を上げる。今にも先程の出来事を面白おかしく話してしまいそうなそれに、烈風刀はキッと鋭い視線を向ける。射殺すような、とはこれのことを言うのだろう。あまりの気迫に、雷刀はへいへいと口を閉ざした。優等生らしく冷静な仮面を被る碧は、レイシスが絡むとこうも感情をあらわにするのだった。
「仕分けはあらかた終わりましたし、あとはファイリングすれば完了です。すぐに済ませますね」
「急がなくても大丈夫デスヨ? また怪我をしたら大変デス」
 心配そうに見つめるレイシスに、烈風刀は大丈夫ですよ、と優しい声音で返事をする。嬬武器の双子がレイシスに対してあまりにも過保護であるのは有名だが、彼女も彼女で少し過保護の気があった。それだけ皆を大切に思っているのだろう。そんな彼女を心配させるわけにはいかない、と烈風刀は改めて考える。
「もうこんなことはしません。心配しないでください。業務をレイシスに任せっきりなのも申し訳ありませんから」
 困ったようにハハ、と声を漏らす姿を見て、レイシスはそうデスカ、と頬に手を当てた。その瞳からは不安の色は薄まり、元の明るさを取り戻しつつあった。
「デハ、よろしくお願しマス!」
「任せてください」
 ぐ、と両手を握り微笑むレイシスを見て、烈風刀も頬を緩めた。待ってマスネ、と手を振り自分の席へと戻る彼女を見送り、烈風刀は小さく息を吐いた。もうこんなことはこりごりである。
 放置していた書類に目を戻すと、その脇で紅緋の瞳がじぃ、と薄い紙に隠れた指先を見つめていることに気付く。反射的に手で包み隠すと、雷刀はにぃと悪い笑みが浮かべた。
「早く治るといいな」
「どの口が言いますか」
 ペシ、と頭を叩く。いってぇ、と笑う声を無視し、まとまった書類を再び手に取った。白いそれは赤で汚れることなく、ただただ黒い文字が浮かんでいた。

畳む

#ライレフ #腐向け

SDVX

一日限りなんて【レイ+グレ】

一日限りなんて【レイ+グレ】
top_SS28.png
昨年のトップ絵やエンドシーンではしゃいでるグレイスちゃんがとても可愛らしかったので。レイグレ姉妹は存分に仲良くいちゃついてほしい(誤解を招く表現)
今年も無事蹂躙されてきました。脳味噌も指もこんがらがる。

 耳元に手を伸ばす。ヘッドホンは新調したばかりの眩しい白でなく、光沢のある深い黒で染まっている。そのままヘッドバンドをなぞっていけば、中ほどで装飾に辿りつく。指に触れる一対の三角形には、目のような模様が刻まれている。サイケデリックな色に光るそれは、どこか不気味にも見えた。
 ヘッドホンから手を離し、少女はその場でくるりと回ってみせる。普段ならばチュールレースがふわりと舞うが、今日はそれがない。代わりに、高く二つに結い上げた躑躅色の髪がたなびくように広がった。自身の身体を見下ろす。同年代と比べてずっと細いそれは、馴染みのある黒と赤で包まれていた。
 懐かしい、と少女――グレイスは小さく息をこぼした。今では編入したボルテ学園の制服――加えて、レイシスがどんどんと作る少女趣味な衣装――で過ごすことが多く、重力戦争時代の姿になるのは随分と久しい。黒と赤で彩られたこの姿は、日頃身に纏う輝かしい白と青とは正反対のように思えた。
 ドアが叩かれる硬い音が部屋に飛び込んでくる。グレイス、と尋ねる声は、よく知る少女のものだ。どうぞ、と返せば、ゆっくりとドアが開かれる。隙間から覗いた薔薇色の瞳がグレイスの姿を捉え、花咲くようにぱぁと輝いた。
「懐かしいデスネ!」
「そうね。いつぶりかしら」
 バグの海が浄化されコンソール=ネメシスの一部になったのと同じく、バグで作られたグレイスの身体もネメシスの住人として再構成された。その時、バグを従える力が弱ってしまったのか、元の姿に戻ることは難しくなったのだった。今身に着けているものは、当時のそれを模して自身で作成したものである。
 衣服なら制服はもちろん、レイシスが手製のものをいくらでも用意している。だから、新たに衣装を作る必要性はあまりない。けれども、今日だけはこの姿で――昨年と同じ姿でいなければならないのだ。
 何せ、年に一度の特別な日なのだから。
「一年ぶりに蹂躙してやるわ」
ふふ、と笑うグレイスの表情は昏く、躑躅色の瞳はサディスティックに輝いていた。楽しそうに張り切る様子に、レイシスは苦笑する。重力戦争時代のような攻撃的な姿は久しぶりだ。
「『夢を叶える日』デスからネ」
「……思い出させるんじゃないわよ」
 からかうようなレイシスの言葉に、グレイスは苦々しげに眉に皺を寄せた。
 一体何がどうして伝わったのか、一年前のグレイスは四月一日を『夢を叶える日』と思い込んでいたのだ。バグの海にユーザーを誘い込み、ナビゲートするという夢を叶えた彼女は大いに喜んだ。レイシス以上に分かりやすいと自負するそれは、多くのユーザーに強烈なトラウマとして刻まれていることを彼女は知らない。
 元気にナビゲートを続け、四月一日も終わる頃。彼女に告げられたのは『今日は嘘をついてもいい日である』という真実と、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』という絶望だった。そのうえ、その後エイプリルフール特集記事にとインタビューに来た人間からは『一日限定』と連呼されるという、酷い追い打ちまで食らったのだ。出来るならば思い出したくない、苦い思い出である。
「今年はどんな夢を叶えるんデスカ?」
 未だからかうように問いかけるレイシスの声をグレイスはふん、と一蹴し、不敵に髪をかきあげた。
「夢ならとっくに叶ってるわ」
 ゆるりと弧を描く瞳に、柔らかな光が灯る。先程までの攻撃的な雰囲気は和らぎ、年相応の少女らしい表情でレイシスを見つめた。
 レイシスに会うのが夢だった。彼女に成るのが夢だった。消滅することなく生きるのが、何よりの夢だった。
 今はどうだろうか。ひとり闘う自分を、レイシスは迎えに来てくれた。バグの暴走に耐えられず消滅しかかった自身を、彼女は救ってくれた。ネメシスの住人としての身体を与えられ、一緒にナビゲートを――あの日夢見た彼女と同じように活動している。学園に編入し、皆と共に生きている。
 生まれた頃から夢見ていた願いは全て叶ったのだ。あの日のように『一日限り』ではない。これから、『ずっと』なのだ。
 柔らかに細められた少女の瞳に、レイシスは驚いたように幾度も瞬きをした。穏やかな言葉を咀嚼し、理解し、彼女はふわりと破顔した。
「そうデスネ」
 ワタシもデス、というレイシスの声は喜びに満ちていた。グレイスを迎えに行きたかった。彼女と一緒にこの先を歩んでいきたかった。『死にたくない』と心からの願いを、レイシスはずっと叶えたかった。
 全ては現実となり、二人はこうやって同じ場所に立ち、同じ場所で過ごしている。グレイスの――同じことを夢見たレイシスの願いは、ちゃんと叶ったのだ。
「そうダ! 今年は、ワタシも一緒にやってみたいデス!」
じゅーりんじゅーりん、と満面の笑みを浮かべて腕を振り上げ勢いよく振り下ろすレイシスの姿に、グレイスは呆れたように息を吐いた。しかしその口元は、かすかに綻んでいた。
「だめよ」
 はっきりとした拒絶に、レイシスははわ、と寂しげに項垂れた。不満げな表情を横目に、グレイスは机上に置いたままの眼鏡と教鞭を手に取る。つりあがった三角の眼鏡をかけ、未だしょぼくれている少女の目をしっかりと見つめた。
「今日は、今日に限っては、私が主役なんだから」
 ふふん、とグレイスはいたずらげに笑う。たっぷり蹂躙してやるんだから、と手にした教鞭を軽く振った。やる気に満ち溢れたその声に、レイシスはゆるりと目を細める。
 たしかに、今日の彼女は重力戦争の時のような攻撃的な雰囲気をまとっている。けれども、当時のように敵対する様子や、人々を攻撃するような空気は一切感じないのだ。蹂躙という言葉も、昨年に引き続いて言っているのだろう。そこに、言葉通り人々を踏みにじり害を与えようとする意志は見られない。むしろ、ユーザーを楽しませるため努力しようとしているように見えた。
 グレイスは、ナビゲーターとしてしっかりと成長している。自信に満ち溢れ胸を張る姿は、それを再認識させてくれた。
「ハイ。ナビゲート、任せマシタヨ!」
「任せておきなさい」
 パン、とハイタッチをする。手と手を合わせた少女たちの表情は、とても楽しげだ。
 そのまま部屋を出ていこうとするグレイスを見送ろうとして、レイシスはあっ、と声を漏らした。急いで扉の向こうに消えていく彼女の背に言葉を投げかける。
「始果サンが作戦会議室で待っていマシタヨ!」
「……分かったわ」
 じゃあ、いってきます。
 いってらっしゃイ。
 薔薇色の瞳と声に見送られ、グレイスは広い廊下を歩んでいく。始果の性格――というよりも、グレイスへの執着を考えるに、彼はずっと同じ場所で待ち続けているだろう。昨年通りならば、ライオットも、ピリカも、オルトリンデも。
 そういえば、とグレイスははたと足取りを止めた。
 昨年、『この日ついた嘘は一年叶うことはない』と突きつけられたことは苦い思い出として脳に刻まれている。
 けれども、どうだろう。
 先ほど考えたように、グレイスが強く夢見た現実は、全てここにある。幻ではない、たしかなものとして、グレイスはここに存在していた。
「……なによ、やっぱり嘘だったんじゃない」
 呆れとも怒りともとれぬ声が廊下に落ちて消えていく。声色に反して、グレイスの表情は晴れやかなものだった。
 さぁ、ナビゲーターとしての仕事を始めよう。昨年ユーザーに投げかけたように、レイシスにも勝る素晴らしいナビゲートを――昨年と同じ、仲間たちと一緒に。
 自然と足取りが早くなる。軽やかなそれは、グレイスの心を表しているようだった。

畳む

#レイシス #グレイス

SDVX


expand_less