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No.122
雪色サンタさん【プロ氷】
雪色サンタさん【プロ氷】
サンタな上に赤縁眼鏡はずるくないですか
ありがとうSOUND VOLTEX……ありがとうKONAMI……ありがとう眼鏡……プロ氷眼鏡おそろ最高……(何でも推しカプに繋げるオタク)
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低い呻り声が物が溢れかえる机の上を張っていく。ゴポゴポと沸き立つあぶくが弾ける音が空気を揺らす。それを掻き消すように、ガサガサと騒がしい音がデスクの下部からあがった。
あれぇ、と識苑は呆けた声を漏らす。ゴソゴソと耳障りな音が続く。また抜けた声を漏らし、青年は頭を掻きつつ机の下から身を起こす。頭には小さな綿埃が乗っていた。
息抜きにコーヒーでも飲もう、と湯を沸かしたはいいが、肝心のインスタントコーヒーが見つからない。在庫はまだあったと思っていたのだが、備え付けの棚や積み上がった段ボール箱の奥の奥まで漁ってもそれらしきパッケージは影すら見せなかった。まさか買い忘れていたのだろうか。毎日のように飲むのだから大量に買ってストックしていたはずなのだが。乱れた髪をガシガシと掻き、青年は小さな呻り声をあげる。せっかく沸かしたのに、とみみっちい後悔が胸の隅から湧き上がった。
コンコンコン。雑多に散らかった部屋にノックの音が飛び込んでくる。放課後である今、技術準備室を訪ねてくる者は少ない。技術班の者だろうか。いや、あの用件第一の面々がノックなんて礼儀正しいことはしない。だとしたら生徒か。それにしても、わざわざ放課後に技術教師である自分の元に訪れるなんて随分と珍しい。
「どうぞー」
「…………し、失礼、します」
普段の調子で返事をする。しばしの沈黙の後、カラリと軽い音をたてて鉄製の引き戸がわずかに開けられた。狭い隙間から今にも消え入りそうな細い声が滑り込む。少し上ずったそれは、耳慣れた愛おしい響きをしていた。
「あ、氷雪ちゃん」
鼓膜を揺らした音に、技術教師は弾んだ声で愛しい人の名前をなぞる。戸口の隙間から覗く白は、大切な生徒であり愛する恋人である氷雪の色だ。しかし、今日は少しばかり様子がおかしい。最近では恥ずかしがることなく素直に入室する彼女だが、今日は一歩も踏み入れず戸の隙間からこちらを眺めるばかりだ。出会ったばかりの頃を思い出す様子である。どうしたのだろう、と小さく首を傾げた。
せんせい、と少し掠れた声が呼ぶ。なぁに、と努めて柔らかな声で返す。あの、その、と揺れる声が、技術室と準備室の境目に落ちる。幾許、手が入る程度に開かれていた扉が、軽い音をたてながらゆっくりと大きく開かれていった。
まず目に飛び込んできたのは赤だ。旬を迎え熟れきったリンゴのように鮮やかな紅色が、夕焼け色の瞳を染め上げる。
彼女を象徴するような白い着物は、丈の短い真っ赤なワンピースに変わっていた。縦方向に編み目が浮かんでいる生地の端は、白いボアで縁取られている。胸元と少し割れた裾は濃い茶色の丸ボタンで留められていた。ノースリーブのため、日に焼けていないまろい肩があられもなく覗いている。ワンピースと同じ色をした余裕のあるアームカバーが、手折れそうなほど細い腕を二の腕の中ほどから守っていた。
ワンピースの裾からは黒のフリルスカートがわずかに覗いている。こちらもかなり丈が短く、肌の防護という点では衣服としての機能を果たしていない。代わりに、黒いタイツが細くも柔らかな足を守っている。うっすらと肌の色が透けているのがどこか艶やかだ。履き物も、普段の黒く厚い下駄ではなく、柔らかな白いボアとリボンで彩られた真っ赤なロングブーツに変わっていた。
鮮烈に赤いリブワンピースの真ん中を、オレンジ色の太い紐が走っている。先は彼女の頭より二回り以上は大きい白い袋に繋がっていた。リボンのショルダーで斜め掛けされたそれは、大きな空色の球、下部を包む赤い生地、薄橙の結晶模様で彩られ、ポップな印象を与えた。
深夜に降り積もる雪のように白い髪、それに包まれた小ぶりな頭には、柔らかに垂れた三角帽子が被さっていた。真っ赤な生地をボア生地が縁取るのはワンピースと同じだが、左右に猫の耳のような三角飾りが付いているのが特徴的だ。長い三つ編みを結い飾るのは、オレンジの編み紐でなく白くふわふわとしたヘアゴムだ。普段は顔を隠すように長い前髪は、片側を青い雪結晶で飾られたヘアピンで分けられていた。
長い髪で少しばかり隠れた頬は、赤く色付いていた。清水のように透き通る雪色の肌を紅が染める様は、可愛らしいものだ。白と黒のボア生地で縁取られたアームカバーに包まれた手が、胸元に走る幅の太いショルダーをぎゅっと握る。
「めっ……メリー……クリスマス、です……」
絞り出すように放たれた声は、少しひっくり返っていた。揺れる音は口から漏れ出てすぐに溶けて消えていく。ぁ、ぅ、と細い声がピンク色の潤った唇からこぼれ落ちる。水底色の瞳は地へと吸い込まれ、ゼリーのようにふるふると震えていた。
普段の彼女からは想像も付かない衣装で現れた恋人に、識苑は大きく目を見開いた。目の前の現実を受け止めきれぬ身体はしきりに目を瞬かせ、口は呆けたようにぽかんと開いていた。なんとも間の抜けた表情である。
「あ、えっ…………え……?」
こんなに可愛らしくめかしこんだ愛し子が目の前にいるのだ、もっと言うべき言葉があるとは分かっている。けれども、処理落ちを起こした脳味噌がアウトプットしたのは呆然とした間抜けな音だけである。あ、え、と意味を成さない単音ばかりが開きっぱなしの口からどんどんと落ちていく。無駄な響きが散らかった部屋の床に積み重なっていった。
「あの、えっと……、さっ、サンタさん、です」
そう言って、氷雪は被った三角帽の端をきゅっと握った。ふわふわとした三角耳と、てっぺんについた丸いぽんぽん飾りが揺れた。
真っ赤な衣服。真っ赤な三角帽。それに、大きな袋。確かにサンタらしい衣装だ。しかし、彼女が何故そんな格好をしているのか。何故普段の美しい着物ではなくこんなに可愛らしい衣装を身に纏っているのか。今の脳味噌には、湧いて出てくる疑問を処理する能力など無かった。
「ぁ、の……、やはり、変、でしょうか……?」
「えっ、あっ、いや! 似合ってる! めちゃくちゃ似合ってる! すっごく可愛い!」
萎んでいく声を、高揚し上擦った声が掻き消す。しょんぼりと表情を曇らせる少女を前に、青年はぶんぶんと千切れんばかりの勢いで首を横に振った。可愛い。綺麗。大人っぽい。似合ってる。月並みな台詞が口を突いて出る。ようやく元の処理能力を取り戻しつつある脳味噌は、今度は熱暴走を始めた。
これでもかと降ってくる賞賛の言葉に、翡翠のまなこが大きく瞠られる。小さく開いた口から、ひゅ、と息が漏れる音。薄紅が刷かれていたかんばせは、あっという間に赤く染め上げられていった。白く細い喉が上下する。オレンジの太いショルダーを握る手に力が込められた。
「本当にすっごく、もうほんと、めっちゃくちゃ可愛いよ! 氷雪ちゃんが選んだの?」
褒め言葉だけが湧き出漏れ出る口から、ようやく会話らしい言葉が落ちる。普段はシンプルな白と黒で柔らかな身を彩る彼女が、こんな目が醒めるような赤を選ぶのは珍しい。肩だけとはいえ、肌を晒すのも奥ゆかしい彼女らしからぬ選択だ。誰かのアドバイスがあったのか、はたまたジャケット撮影か。クリスマスも近い今の時期を考えると、後者だろうか。最近はジャケット撮影に関わっていないため、その辺りの情報には疎い。
「班田さんが選んでくださったんです」
そう言って、少女は胸元に両手を当てる。大きく開かれた目がふわりと柔らかに細まり、桜色の唇が軽く綻ぶ。小さく笑声を漏らしはにかむ様は愛くるしい。
彼女の口から出てきた『班田』の名に、識苑は瞬きを一つ落とす。班田はたしか高等部の生徒だ。人と関わることをあまり得意としない彼女と付き合いがあるのは、同学年の少女二人や同郷の留学生ぐらいである。そんな少女が、新たなる友好関係を築いている。喜ばしいことだ。
「ネメシスクルーにもなるんです。少し、恥ずかしいですけれど……」
胸元に添えられた手がきゅと握り締められる。固く包まれた白い指先には、緊張が灯っていた。しかし、普段なら凍りついたように強張り色を失う表情は、今回はほんの少し解けたものだ。ネメシスクルーになるのも三度目だ、多少の慣れもあるだろう。それ以上に、新たな衣装が嬉しいのだろう。彼女も年頃の女の子なのだ。
あっ、と雪色は声をあげる。可憐なたなごころが解かれ、ワンピースのポケットに入っていく。しばしの間、細い指が取り出したのは楕円形のケースだった。半透明のワインレッドが開かれ、中から何かを取りだされる。ケースを再びポケットにしまうと、少女はたおやかな指でつまんだ小ぶりなものをカチャカチャと広げた。顔が軽く伏せられ、おそるおそるといった調子で上がる。未だ紅がうっすらと浮かぶかんばせに、ぱっと鮮やかな赤が咲いた。
氷雪が取り出し着けたのは、シンプルな眼鏡だった。プラスチックのリムは衣装と同じく赤で、アンダーのみで丸みのあるレンズを支えていた。細身なデザインは柔らかな雰囲気をまとう彼女によく似合っている。
「眼鏡も選んでいただいんです」
両の手をテンプルに添え、少女は弾んだ声を奏でる。言葉を紡ぎ出す桜色の唇は、ゆるやかに綻んでいた。新しいアクセサリーが嬉しいのか、はたまた人に見繕ってもらったのが嬉しいのか。どちらもだろうな、と考え、識苑は頬を緩めた。
「え、っと……、あの、……め、眼鏡、おそろい、ですね」
咲き誇る椿のように色づいた頬がふにゃりと柔らかく緩む。苔瑪瑙が幸せそうに細められ、白い睫に縁取られた目がふわと弧を描く。えへ、と細く開いた口が可愛らしい笑い声を漏らした。
幸いに彩られ綻びきったその笑みに、心の臓が跳ねるように大きく拍動する。ポンプの役割を果たす臓器がどんどんと動きを速めていく。同時に、ぎゅっと紐で引き絞られるような感覚もした。
「そ、うだね。うん。おそろいだ」
バクバクとうるさく音をたてる心臓をどうにか無視して、何とか返事をする。言葉を紡ぐ口はぎこちなくつかえる様子に反してだらしなく緩み、奏でる音色はとろけきった甘い響きをしていた。
ただでさえ新たな衣装を見せてくれた恋人が愛しくて仕方が無いのに、そこに『おそろい』なんてことを言われては、可愛くて可愛くて仕方が無いではないか。湧き出る幸が胸を、心を、頭を、身体を満たしていく。溢れ出たそれが、表情筋を緩めていく。へにゃへにゃと口元が、頬が、目元が緩むのが自分でも分かる。きっと、なんとも情けない顔になっているだろう。本当ならばこんな顔を彼女に見せるべきではないが、幸せが際限無く湧き出る今ばかりは緩んでいく筋肉をコントロールすることなど不可能だった。
「今年は氷雪ちゃんがサンタなんだ。すごいね」
ネメシスの住人たちのデータから作られたネメシスクルーは、皆の普段の姿だけではなく季節に合わせた衣装やジャケット衣装の姿のものも生み出されている。クリスマスならば、トナカイモチーフの衣装に身を包んだニアとノア、そのものずばりサンタの格好をしたグレイスなど、前例はある。今年はその役目が氷雪に回ってきたようだ。
「そうなんです。ちゃんと、頑張ってプレゼント配りますよ」
雪の少女は胸の前で両の手をぎゅっと握り締める。とろけへにゃりと下がっていた眉の端は少しばかり持ち上がり、萌葱の瞳には真摯で真剣な光が宿っていた。かすかに滲む恐れを払うように、白はこくりと小さく頷く。頑張ります、と、健康的につやめく唇が宣言するように今一度言葉を形作った。
気合いを入れた様子に、識苑はふっと目を細める。頑張り屋で真面目な彼女らしい姿だ。同時に、数年前の彼女からは全く想像できない姿であった。己の体質にコンプレックスを持っているのも相まって、人と関わりをもつことが少なかったこの幼き優しい雪女は、引っ込み思案で酷く控えめな性格をしている。誰よりもぬくもりを求めているのに、人と触れ合うことを自ら避けてしまうほどだ。そんな彼女が、友人たちに背を押されたとはいえ『サンタクロース』の役目を引き受け、全うしようとしている。随分と社交的に、積極的になったものだ。成長したなぁ、とまるで親のように感慨深くなってしまう。
「あっ、あ、の……」
少しだけ高く細い声。可愛らしい唇が何か言いたげにもごもごと動く。えっと、と何度か繰り返して、少女は再び目の前に立つ恋人を見上げた。先ほどまでぱちりと開いた目は不安げに揺れ、溢れるやる気を象徴するように上がっていた眉は軽く下がっていた。ふわ、と頬に血潮の色が浮かぶ。
「先生は、サンタさんへのお願い決まりましたか……?」
ことりと首を傾げ問う愛し子に、青年はぱちりと瞬きをした。お願い、と口の中で呟く。つられるように桃色の頭が傾ぐ。乱暴にまとめられたポニーテールがゆらりと揺れた。数瞬、あぁ、と合点のいった声があがった。
「先生、もうサンタって歳じゃないからなぁ」
クリスマスまであとわずかだ。サンタを信じている子どもたちはもうプレゼントのリクエストやお願い事をしている頃だろう。しかし、自分はもう立派な大人である。『サンタにお願いをする』という考えすら今の今まで湧いてこなかった程度には、サンタからはもう随分と前に卒業してしまった。
もうサンタになる側だもん、と冗談めかして言う。そうか、もうそんな歳なのか。絶対的な時の流れが胸を深々と刺す。今まで考えたことはあったものの、いざ言葉にするとダメージが襲いかかってくるものだ。想定外の自傷行為に、胸が鈍い痛みを覚える。思わず苦い笑いが少し口角の下がった口からこぼれ出た。
乾いた笑いを漏らす恋人を前に、氷雪はきゅっと唇を引き結ぶ。赤で彩られた胸の前で握った手を、もう片手が包み込む。祈りの姿にも似ていた。
はくりと愛らしい小さな口が開く。酸素を求めるように、はくはくと幾度も唇が開閉する。こっ、とわずかに裏返った声が細く白い喉から発せられた。
「今年は、わたしがサンタさん、ですから……、えっと、あの…………」
しどろもどろに声を漏らしながら、少女は肩から下げた大きな袋に手を突っ込んだ。先が軽く膨らんだアームカバーに包まれた両腕がわたわたと動き、袋の中身を掻き回す。幾許かして、解かれ開いた白い袋から腕が引き抜かれた。
紅葉手に包まれていたのは、小箱だった。両の手で包み込める程度の大きさのそれは、早朝の澄んだ空を思わせるような水色の包装紙と幅の太いつややかな白いリボンでラッピングされていた。よく見ると、包装紙には薄く雪の結晶を模したマークが散っている。冬らしくも可愛らしいデザインだ。
「く、クリスマスにはまだまだ早いですけれど……」
サンタさんからの、プレゼントです。
呟くように言って、氷雪はたなごころに包んだ小箱を差し出した。顔を伏せているため、表情は見えない。しかし、長い髪の隙間から見える耳は牡丹のように赤く色付いていた。よく見れば、箱を持った手は微かに震えている。雪のように澄み渡る白の指は、色を失っていた。
夕陽の瞳がぱちぱちと瞬く。きょとりと丸くなったそれが、ふっと細められた。不健康な白い瞼の隙間から覗く山吹には、愛慕と歓喜、確かな幸福が浮かんでいた。
頑張り屋の彼女はサンタクロースの役目を果たそうと頑張っているのだ。人との関わりという己の苦手を克服し努力する姿に、愛おしさが溢れ出る。そんなところに己は惹かれたのだ。
優しい彼女のことだから、きっと己だけでなく学園中の皆にプレゼントを渡しているだろう。それでも、愛する人からプレゼントを贈られるということは、心が沸き立つほど嬉しかった。幸福感が胸を、脳を満たしていく。また口元がへにゃりとだらしなく緩むのが自分でも分かった。
「ありがと」
礼を言う声は、幸いに満ち満ちたとろけていた。小さな両の手を包み込むように箱を受け取る。重なった手は、その色が表すとおり冷たかった。触れたそれが怯えたようにばっと去っていく。血の気を失った手が、胸の真ん中を分かつように掛けられたショルダーを握った。
「あ、の、えっと……、でっ、では、わたし、着替えてきます。撮影も終わりましたので」
失礼します、と大きく一礼。耳の付いたサンタ帽を揺らし、少女はくるりと踵を返し扉へと駆けていく。幼い手が慌てた様子で戸を開ける。くるりと振り返って小さく一礼し、少女は戸を閉め技術準備室を出て行った。
パタパタとくぐもって聞こえる足音を耳にしながら、識苑は今日何度目かの瞬きをした。彼女らしからぬ、随分と忙しない動きだった。いつものように手を振り別れの挨拶を言う暇すらなかったのだから尚更である。もう放課後になって随分と経つ。早く着替えて帰りたかったのだろうか。ならば余計な会話で引き留めてしまったのは申し訳なかったな、と小さな後悔が胸をよぎった。
両の手で持った小箱に視線を移す。片手で持ち直し、可愛らしい飾り結びにされたリボンを解き、美しい包装紙を破らないようにそっと開いていく。カサカサと紙が擦れる音が狭苦しい部屋に落ちた。
リボンと紙の下から現れたのは、四角い白い缶だった。正方形に近いそれには、『ハーブティー』とデザインチックな英字の筆記体で書かれている。金色で縁取られた蓋の上には、小さな紙が薄青のマスキングテープで貼り付けられていた。
たまにはコーヒー以外も飲んでくださいね。氷雪。
シンプルな飾り枠が彩るメッセージカードには、丸っこい可愛らしい文字でそう書かれていた。署名もある通り、間違いなく氷雪の文字だ。思い遣りのこもった、それでいて諫めるような文面に、思わず苦笑が漏れる。コーヒーばかり飲んでいると胃が荒れますよ、と彼女は時折言う。それでも懲りずに飲んでいた結果が今回のプレゼントなのだろう。己のことを考え抜いたプレゼントへの嬉しさと、心配をかけてしまった申し訳なさが胸の内で混ざり合う。困ったように頭を掻いた。
金インクで模様が描かれた蓋をそっと外す。瞬間、ハーブの特徴的な爽やかな匂いがふわと舞った。中には個包装されたティーバッグが整然と並んでいた。積み上げられた山々を崩さないように机の上にスペースを作る。そこに手にした缶箱を置き、中身を一つ抜き取る。淡いオレンジ色のパッケージには、『カモミール』と流麗な英書体で書かれていた。
ちらりと机の脇に目をやる。電気ケトルの中身はまだぬるいはずだ、すぐに沸くだろう。インスタントコーヒーのために沸かしていたものだから、量も十分だろう。ティーバッグの紅茶一杯入れる程度に問題ないくらいの。
緩く笑み、青年はケトルのスイッチを入れる。小さなボタンを押す指先は、どこか浮かれていた。
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#プロ氷
#プロ氷
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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低い呻り声が物が溢れかえる机の上を張っていく。ゴポゴポと沸き立つあぶくが弾ける音が空気を揺らす。それを掻き消すように、ガサガサと騒がしい音がデスクの下部からあがった。
あれぇ、と識苑は呆けた声を漏らす。ゴソゴソと耳障りな音が続く。また抜けた声を漏らし、青年は頭を掻きつつ机の下から身を起こす。頭には小さな綿埃が乗っていた。
息抜きにコーヒーでも飲もう、と湯を沸かしたはいいが、肝心のインスタントコーヒーが見つからない。在庫はまだあったと思っていたのだが、備え付けの棚や積み上がった段ボール箱の奥の奥まで漁ってもそれらしきパッケージは影すら見せなかった。まさか買い忘れていたのだろうか。毎日のように飲むのだから大量に買ってストックしていたはずなのだが。乱れた髪をガシガシと掻き、青年は小さな呻り声をあげる。せっかく沸かしたのに、とみみっちい後悔が胸の隅から湧き上がった。
コンコンコン。雑多に散らかった部屋にノックの音が飛び込んでくる。放課後である今、技術準備室を訪ねてくる者は少ない。技術班の者だろうか。いや、あの用件第一の面々がノックなんて礼儀正しいことはしない。だとしたら生徒か。それにしても、わざわざ放課後に技術教師である自分の元に訪れるなんて随分と珍しい。
「どうぞー」
「…………し、失礼、します」
普段の調子で返事をする。しばしの沈黙の後、カラリと軽い音をたてて鉄製の引き戸がわずかに開けられた。狭い隙間から今にも消え入りそうな細い声が滑り込む。少し上ずったそれは、耳慣れた愛おしい響きをしていた。
「あ、氷雪ちゃん」
鼓膜を揺らした音に、技術教師は弾んだ声で愛しい人の名前をなぞる。戸口の隙間から覗く白は、大切な生徒であり愛する恋人である氷雪の色だ。しかし、今日は少しばかり様子がおかしい。最近では恥ずかしがることなく素直に入室する彼女だが、今日は一歩も踏み入れず戸の隙間からこちらを眺めるばかりだ。出会ったばかりの頃を思い出す様子である。どうしたのだろう、と小さく首を傾げた。
せんせい、と少し掠れた声が呼ぶ。なぁに、と努めて柔らかな声で返す。あの、その、と揺れる声が、技術室と準備室の境目に落ちる。幾許、手が入る程度に開かれていた扉が、軽い音をたてながらゆっくりと大きく開かれていった。
まず目に飛び込んできたのは赤だ。旬を迎え熟れきったリンゴのように鮮やかな紅色が、夕焼け色の瞳を染め上げる。
彼女を象徴するような白い着物は、丈の短い真っ赤なワンピースに変わっていた。縦方向に編み目が浮かんでいる生地の端は、白いボアで縁取られている。胸元と少し割れた裾は濃い茶色の丸ボタンで留められていた。ノースリーブのため、日に焼けていないまろい肩があられもなく覗いている。ワンピースと同じ色をした余裕のあるアームカバーが、手折れそうなほど細い腕を二の腕の中ほどから守っていた。
ワンピースの裾からは黒のフリルスカートがわずかに覗いている。こちらもかなり丈が短く、肌の防護という点では衣服としての機能を果たしていない。代わりに、黒いタイツが細くも柔らかな足を守っている。うっすらと肌の色が透けているのがどこか艶やかだ。履き物も、普段の黒く厚い下駄ではなく、柔らかな白いボアとリボンで彩られた真っ赤なロングブーツに変わっていた。
鮮烈に赤いリブワンピースの真ん中を、オレンジ色の太い紐が走っている。先は彼女の頭より二回り以上は大きい白い袋に繋がっていた。リボンのショルダーで斜め掛けされたそれは、大きな空色の球、下部を包む赤い生地、薄橙の結晶模様で彩られ、ポップな印象を与えた。
深夜に降り積もる雪のように白い髪、それに包まれた小ぶりな頭には、柔らかに垂れた三角帽子が被さっていた。真っ赤な生地をボア生地が縁取るのはワンピースと同じだが、左右に猫の耳のような三角飾りが付いているのが特徴的だ。長い三つ編みを結い飾るのは、オレンジの編み紐でなく白くふわふわとしたヘアゴムだ。普段は顔を隠すように長い前髪は、片側を青い雪結晶で飾られたヘアピンで分けられていた。
長い髪で少しばかり隠れた頬は、赤く色付いていた。清水のように透き通る雪色の肌を紅が染める様は、可愛らしいものだ。白と黒のボア生地で縁取られたアームカバーに包まれた手が、胸元に走る幅の太いショルダーをぎゅっと握る。
「めっ……メリー……クリスマス、です……」
絞り出すように放たれた声は、少しひっくり返っていた。揺れる音は口から漏れ出てすぐに溶けて消えていく。ぁ、ぅ、と細い声がピンク色の潤った唇からこぼれ落ちる。水底色の瞳は地へと吸い込まれ、ゼリーのようにふるふると震えていた。
普段の彼女からは想像も付かない衣装で現れた恋人に、識苑は大きく目を見開いた。目の前の現実を受け止めきれぬ身体はしきりに目を瞬かせ、口は呆けたようにぽかんと開いていた。なんとも間の抜けた表情である。
「あ、えっ…………え……?」
こんなに可愛らしくめかしこんだ愛し子が目の前にいるのだ、もっと言うべき言葉があるとは分かっている。けれども、処理落ちを起こした脳味噌がアウトプットしたのは呆然とした間抜けな音だけである。あ、え、と意味を成さない単音ばかりが開きっぱなしの口からどんどんと落ちていく。無駄な響きが散らかった部屋の床に積み重なっていった。
「あの、えっと……、さっ、サンタさん、です」
そう言って、氷雪は被った三角帽の端をきゅっと握った。ふわふわとした三角耳と、てっぺんについた丸いぽんぽん飾りが揺れた。
真っ赤な衣服。真っ赤な三角帽。それに、大きな袋。確かにサンタらしい衣装だ。しかし、彼女が何故そんな格好をしているのか。何故普段の美しい着物ではなくこんなに可愛らしい衣装を身に纏っているのか。今の脳味噌には、湧いて出てくる疑問を処理する能力など無かった。
「ぁ、の……、やはり、変、でしょうか……?」
「えっ、あっ、いや! 似合ってる! めちゃくちゃ似合ってる! すっごく可愛い!」
萎んでいく声を、高揚し上擦った声が掻き消す。しょんぼりと表情を曇らせる少女を前に、青年はぶんぶんと千切れんばかりの勢いで首を横に振った。可愛い。綺麗。大人っぽい。似合ってる。月並みな台詞が口を突いて出る。ようやく元の処理能力を取り戻しつつある脳味噌は、今度は熱暴走を始めた。
これでもかと降ってくる賞賛の言葉に、翡翠のまなこが大きく瞠られる。小さく開いた口から、ひゅ、と息が漏れる音。薄紅が刷かれていたかんばせは、あっという間に赤く染め上げられていった。白く細い喉が上下する。オレンジの太いショルダーを握る手に力が込められた。
「本当にすっごく、もうほんと、めっちゃくちゃ可愛いよ! 氷雪ちゃんが選んだの?」
褒め言葉だけが湧き出漏れ出る口から、ようやく会話らしい言葉が落ちる。普段はシンプルな白と黒で柔らかな身を彩る彼女が、こんな目が醒めるような赤を選ぶのは珍しい。肩だけとはいえ、肌を晒すのも奥ゆかしい彼女らしからぬ選択だ。誰かのアドバイスがあったのか、はたまたジャケット撮影か。クリスマスも近い今の時期を考えると、後者だろうか。最近はジャケット撮影に関わっていないため、その辺りの情報には疎い。
「班田さんが選んでくださったんです」
そう言って、少女は胸元に両手を当てる。大きく開かれた目がふわりと柔らかに細まり、桜色の唇が軽く綻ぶ。小さく笑声を漏らしはにかむ様は愛くるしい。
彼女の口から出てきた『班田』の名に、識苑は瞬きを一つ落とす。班田はたしか高等部の生徒だ。人と関わることをあまり得意としない彼女と付き合いがあるのは、同学年の少女二人や同郷の留学生ぐらいである。そんな少女が、新たなる友好関係を築いている。喜ばしいことだ。
「ネメシスクルーにもなるんです。少し、恥ずかしいですけれど……」
胸元に添えられた手がきゅと握り締められる。固く包まれた白い指先には、緊張が灯っていた。しかし、普段なら凍りついたように強張り色を失う表情は、今回はほんの少し解けたものだ。ネメシスクルーになるのも三度目だ、多少の慣れもあるだろう。それ以上に、新たな衣装が嬉しいのだろう。彼女も年頃の女の子なのだ。
あっ、と雪色は声をあげる。可憐なたなごころが解かれ、ワンピースのポケットに入っていく。しばしの間、細い指が取り出したのは楕円形のケースだった。半透明のワインレッドが開かれ、中から何かを取りだされる。ケースを再びポケットにしまうと、少女はたおやかな指でつまんだ小ぶりなものをカチャカチャと広げた。顔が軽く伏せられ、おそるおそるといった調子で上がる。未だ紅がうっすらと浮かぶかんばせに、ぱっと鮮やかな赤が咲いた。
氷雪が取り出し着けたのは、シンプルな眼鏡だった。プラスチックのリムは衣装と同じく赤で、アンダーのみで丸みのあるレンズを支えていた。細身なデザインは柔らかな雰囲気をまとう彼女によく似合っている。
「眼鏡も選んでいただいんです」
両の手をテンプルに添え、少女は弾んだ声を奏でる。言葉を紡ぎ出す桜色の唇は、ゆるやかに綻んでいた。新しいアクセサリーが嬉しいのか、はたまた人に見繕ってもらったのが嬉しいのか。どちらもだろうな、と考え、識苑は頬を緩めた。
「え、っと……、あの、……め、眼鏡、おそろい、ですね」
咲き誇る椿のように色づいた頬がふにゃりと柔らかく緩む。苔瑪瑙が幸せそうに細められ、白い睫に縁取られた目がふわと弧を描く。えへ、と細く開いた口が可愛らしい笑い声を漏らした。
幸いに彩られ綻びきったその笑みに、心の臓が跳ねるように大きく拍動する。ポンプの役割を果たす臓器がどんどんと動きを速めていく。同時に、ぎゅっと紐で引き絞られるような感覚もした。
「そ、うだね。うん。おそろいだ」
バクバクとうるさく音をたてる心臓をどうにか無視して、何とか返事をする。言葉を紡ぐ口はぎこちなくつかえる様子に反してだらしなく緩み、奏でる音色はとろけきった甘い響きをしていた。
ただでさえ新たな衣装を見せてくれた恋人が愛しくて仕方が無いのに、そこに『おそろい』なんてことを言われては、可愛くて可愛くて仕方が無いではないか。湧き出る幸が胸を、心を、頭を、身体を満たしていく。溢れ出たそれが、表情筋を緩めていく。へにゃへにゃと口元が、頬が、目元が緩むのが自分でも分かる。きっと、なんとも情けない顔になっているだろう。本当ならばこんな顔を彼女に見せるべきではないが、幸せが際限無く湧き出る今ばかりは緩んでいく筋肉をコントロールすることなど不可能だった。
「今年は氷雪ちゃんがサンタなんだ。すごいね」
ネメシスの住人たちのデータから作られたネメシスクルーは、皆の普段の姿だけではなく季節に合わせた衣装やジャケット衣装の姿のものも生み出されている。クリスマスならば、トナカイモチーフの衣装に身を包んだニアとノア、そのものずばりサンタの格好をしたグレイスなど、前例はある。今年はその役目が氷雪に回ってきたようだ。
「そうなんです。ちゃんと、頑張ってプレゼント配りますよ」
雪の少女は胸の前で両の手をぎゅっと握り締める。とろけへにゃりと下がっていた眉の端は少しばかり持ち上がり、萌葱の瞳には真摯で真剣な光が宿っていた。かすかに滲む恐れを払うように、白はこくりと小さく頷く。頑張ります、と、健康的につやめく唇が宣言するように今一度言葉を形作った。
気合いを入れた様子に、識苑はふっと目を細める。頑張り屋で真面目な彼女らしい姿だ。同時に、数年前の彼女からは全く想像できない姿であった。己の体質にコンプレックスを持っているのも相まって、人と関わりをもつことが少なかったこの幼き優しい雪女は、引っ込み思案で酷く控えめな性格をしている。誰よりもぬくもりを求めているのに、人と触れ合うことを自ら避けてしまうほどだ。そんな彼女が、友人たちに背を押されたとはいえ『サンタクロース』の役目を引き受け、全うしようとしている。随分と社交的に、積極的になったものだ。成長したなぁ、とまるで親のように感慨深くなってしまう。
「あっ、あ、の……」
少しだけ高く細い声。可愛らしい唇が何か言いたげにもごもごと動く。えっと、と何度か繰り返して、少女は再び目の前に立つ恋人を見上げた。先ほどまでぱちりと開いた目は不安げに揺れ、溢れるやる気を象徴するように上がっていた眉は軽く下がっていた。ふわ、と頬に血潮の色が浮かぶ。
「先生は、サンタさんへのお願い決まりましたか……?」
ことりと首を傾げ問う愛し子に、青年はぱちりと瞬きをした。お願い、と口の中で呟く。つられるように桃色の頭が傾ぐ。乱暴にまとめられたポニーテールがゆらりと揺れた。数瞬、あぁ、と合点のいった声があがった。
「先生、もうサンタって歳じゃないからなぁ」
クリスマスまであとわずかだ。サンタを信じている子どもたちはもうプレゼントのリクエストやお願い事をしている頃だろう。しかし、自分はもう立派な大人である。『サンタにお願いをする』という考えすら今の今まで湧いてこなかった程度には、サンタからはもう随分と前に卒業してしまった。
もうサンタになる側だもん、と冗談めかして言う。そうか、もうそんな歳なのか。絶対的な時の流れが胸を深々と刺す。今まで考えたことはあったものの、いざ言葉にするとダメージが襲いかかってくるものだ。想定外の自傷行為に、胸が鈍い痛みを覚える。思わず苦い笑いが少し口角の下がった口からこぼれ出た。
乾いた笑いを漏らす恋人を前に、氷雪はきゅっと唇を引き結ぶ。赤で彩られた胸の前で握った手を、もう片手が包み込む。祈りの姿にも似ていた。
はくりと愛らしい小さな口が開く。酸素を求めるように、はくはくと幾度も唇が開閉する。こっ、とわずかに裏返った声が細く白い喉から発せられた。
「今年は、わたしがサンタさん、ですから……、えっと、あの…………」
しどろもどろに声を漏らしながら、少女は肩から下げた大きな袋に手を突っ込んだ。先が軽く膨らんだアームカバーに包まれた両腕がわたわたと動き、袋の中身を掻き回す。幾許かして、解かれ開いた白い袋から腕が引き抜かれた。
紅葉手に包まれていたのは、小箱だった。両の手で包み込める程度の大きさのそれは、早朝の澄んだ空を思わせるような水色の包装紙と幅の太いつややかな白いリボンでラッピングされていた。よく見ると、包装紙には薄く雪の結晶を模したマークが散っている。冬らしくも可愛らしいデザインだ。
「く、クリスマスにはまだまだ早いですけれど……」
サンタさんからの、プレゼントです。
呟くように言って、氷雪はたなごころに包んだ小箱を差し出した。顔を伏せているため、表情は見えない。しかし、長い髪の隙間から見える耳は牡丹のように赤く色付いていた。よく見れば、箱を持った手は微かに震えている。雪のように澄み渡る白の指は、色を失っていた。
夕陽の瞳がぱちぱちと瞬く。きょとりと丸くなったそれが、ふっと細められた。不健康な白い瞼の隙間から覗く山吹には、愛慕と歓喜、確かな幸福が浮かんでいた。
頑張り屋の彼女はサンタクロースの役目を果たそうと頑張っているのだ。人との関わりという己の苦手を克服し努力する姿に、愛おしさが溢れ出る。そんなところに己は惹かれたのだ。
優しい彼女のことだから、きっと己だけでなく学園中の皆にプレゼントを渡しているだろう。それでも、愛する人からプレゼントを贈られるということは、心が沸き立つほど嬉しかった。幸福感が胸を、脳を満たしていく。また口元がへにゃりとだらしなく緩むのが自分でも分かった。
「ありがと」
礼を言う声は、幸いに満ち満ちたとろけていた。小さな両の手を包み込むように箱を受け取る。重なった手は、その色が表すとおり冷たかった。触れたそれが怯えたようにばっと去っていく。血の気を失った手が、胸の真ん中を分かつように掛けられたショルダーを握った。
「あ、の、えっと……、でっ、では、わたし、着替えてきます。撮影も終わりましたので」
失礼します、と大きく一礼。耳の付いたサンタ帽を揺らし、少女はくるりと踵を返し扉へと駆けていく。幼い手が慌てた様子で戸を開ける。くるりと振り返って小さく一礼し、少女は戸を閉め技術準備室を出て行った。
パタパタとくぐもって聞こえる足音を耳にしながら、識苑は今日何度目かの瞬きをした。彼女らしからぬ、随分と忙しない動きだった。いつものように手を振り別れの挨拶を言う暇すらなかったのだから尚更である。もう放課後になって随分と経つ。早く着替えて帰りたかったのだろうか。ならば余計な会話で引き留めてしまったのは申し訳なかったな、と小さな後悔が胸をよぎった。
両の手で持った小箱に視線を移す。片手で持ち直し、可愛らしい飾り結びにされたリボンを解き、美しい包装紙を破らないようにそっと開いていく。カサカサと紙が擦れる音が狭苦しい部屋に落ちた。
リボンと紙の下から現れたのは、四角い白い缶だった。正方形に近いそれには、『ハーブティー』とデザインチックな英字の筆記体で書かれている。金色で縁取られた蓋の上には、小さな紙が薄青のマスキングテープで貼り付けられていた。
たまにはコーヒー以外も飲んでくださいね。氷雪。
シンプルな飾り枠が彩るメッセージカードには、丸っこい可愛らしい文字でそう書かれていた。署名もある通り、間違いなく氷雪の文字だ。思い遣りのこもった、それでいて諫めるような文面に、思わず苦笑が漏れる。コーヒーばかり飲んでいると胃が荒れますよ、と彼女は時折言う。それでも懲りずに飲んでいた結果が今回のプレゼントなのだろう。己のことを考え抜いたプレゼントへの嬉しさと、心配をかけてしまった申し訳なさが胸の内で混ざり合う。困ったように頭を掻いた。
金インクで模様が描かれた蓋をそっと外す。瞬間、ハーブの特徴的な爽やかな匂いがふわと舞った。中には個包装されたティーバッグが整然と並んでいた。積み上げられた山々を崩さないように机の上にスペースを作る。そこに手にした缶箱を置き、中身を一つ抜き取る。淡いオレンジ色のパッケージには、『カモミール』と流麗な英書体で書かれていた。
ちらりと机の脇に目をやる。電気ケトルの中身はまだぬるいはずだ、すぐに沸くだろう。インスタントコーヒーのために沸かしていたものだから、量も十分だろう。ティーバッグの紅茶一杯入れる程度に問題ないくらいの。
緩く笑み、青年はケトルのスイッチを入れる。小さなボタンを押す指先は、どこか浮かれていた。
畳む
#プロ氷