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スプラトゥーン47件]

温度を上げるソースの味【ヒロ←ニカ】

温度を上げるソースの味【ヒロ←ニカ】
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意識するタイプのニカちゃん見たいよね……(ろくろ回し)の結果がこちらになります。可愛いじゃないすか。
遅いお昼ご飯食べるヒロニカの話。

 薄い包み紙を音を憚ることなく破っていく。薄焼きの生地が剥き出しになったところで、ベロニカはあぐりと大きな口をめいっぱいに開いた。黄色い舌覗く口の中にマキアミロール360°が吸い込まれていく。一息に囓ると、野菜の心地良い青臭さが鼻腔を抜けていった。シャキシャキとした野菜の食感、ソースの絶妙なしょっぱさ、ほろほろと崩れる蒸し魚が口を、胃を満たしていく。大きく動いた喉は、満足げな息を続けざまに吐き出した。
 時刻は昼時を過ぎておやつ時。ちょうどスケジュールが変わる時間だ。最近になって出てきたステージを目当てにヒトが集まっていたロビーは、やっと波が引いたところだ。選出ステージが変わったのもあるが、朝からバトルに興じていた者皆の腹が限界を迎える時間だからだ。おかげでロビー隅やロッカールームに備え付けられているソファはどこも埋まっている。今日の食事は二人で壁に背を預けて摂るしかない状態だ。歓談する暇も無く、隣り合ってサンドを口の中に放り込んでいく。
「……野菜じゃ足んねーな」
 モシャモシャと食事を続けていた少女は、はたと動きを止めて呟く。胃の中で膨らませようと、もう片手に持ったジュースの缶を煽った。炭酸の小さな泡が弾けて柔らかな口腔を刺激する。甘ったるい作り物の香りが鼻の奥に広がった。
 普段はアゲバサミサンドを好んで食べている。けれど、運が悪いことにチケットを使い切ってしまっていたのだ。残っていたチケットを使って腹を満たしているものの、やはり生野菜に蒸し魚と脂っ気が薄いこれは味気ない。育ち盛り、食べ盛りの舌には素材の味は優しすぎるのだ。
「僕の食べますか?」
 隣から柔らかな声。急いで音の方へ目をやると、そこには彼の昼食であるアゲバサミサンドを差し出すヒロの姿があった。揚げ物とソースでたっぷりと彩られたそれは、まだ半分ほど残っている。存在感の強いエビの虚ろな目がこちらをじっと見つめてきた。
「いいのか!?」
「どうぞ。どうせならエビ食べちゃってください」
 向日葵の目がキラキラと輝いて、紅梅をじぃと見つめる。丸い赤がすぃと細くなって穏やかな弧を描いた。声とともに、サンドと己の距離が狭まる。ソースの芳しい香りが優しい味で満たされつつある胃を刺激した。
 サンキュー、とベロニカは満面の笑みを浮かべる。同じぐらい華やかな笑みが返ってきた。慈悲深く差し出されたそれに手を伸ばそうとして、少女ははたと動きを止める。伸ばした右手には食べかけのロールサンド、左手には缶ジュースが握られてたままだ。つまり、塞がっている。壁にもたれて食べている今、どこかに置くこともできない状態だ。元気にピンと伸びた腕が、喜色満面に光を宿していた瞳がうろうろと宙を彷徨った。
「あぁ、そのままかじっちゃってください」
 ガサガサと包み紙が取り払われていく。己の方へ向けられた部分が、更に姿を剥き出しにした。目と鼻の先に、衣を身に纏ったエビの頭。半分ほど残ったソース一色の麺。密かなアクセントとして重要なレモン。どれもたくさん食べてきた、美味しくてたまらない品だと分かっている。食事も半ばだというのに、腹が小さく鳴き声をあげた。
「悪ぃな」
 眉を八の字にして、ベロニカは苦く笑う。気にしないでください、と穏やかな声が続いた。しばしして、いただきます、と丁寧な声。綺麗に磨かれたカラストンビがまた露わになった。
 大きな口が黄金の生地に吸い寄せられ、がぶりと一息にかじりつく。醤油ベースの香ばしい匂い、舌を刺すようでどこかまろやかな塩味、何より揚げ物の油っ気が口の中を満たしていく。先ほどまで食べていたヘルシーな味とは正反対のそれに、思わず高い声を漏らした。
 存在感たっぷりの食材たちを飲み下し、少女はちらりと少年を見やる。同じく缶のジュースを持った左手が、どうぞどうぞと言うように動いた。小さく頭を下げ、またぐありと口を開ける。灰色の目をしたエビの頭に食らいつく。そのまま、丁寧に挟まれた生地から抜き取った。行儀が悪いのを承知で、一口、また一口と器用に口を動かしてエビフライを食べていく。処理されたパキパキの殻の香ばしさ、ザクザクの衣の食感、少しだけ付いたレモンの風味、何より塩と油の味。どれもが食べ盛りの子どもの心を奪うものだった。ごくん、と飲みこんで、インクリングは息を吐く。油の香りが漂うそれは、これ以上に無く満足げなものだった。
「悪ぃな。ヒロも食うか? それかジュース」
「いいですよ。ベロニカさん、お腹空いてるでしょう? 自分のお腹をいっぱいにしてください」
 缶とロールサンドを差し出すベロニカに、ヒロは小さく首を振る。彼の優しさはありがたいけれど、施されっぱなしは己の性に合わない。悩んだ末、今度奢る、と短く返した。期待しておきます、とどこかいたずらげな声が返ってくる。
 少女はまたロールサンドを頬張っていく。野菜の水分と優しい甘さが、油だらけの口を洗っていくようだった。こちらも美味しいことは間違いは無い。けれど、舌はあの強い味ばかりを求めてしまう。今度は切らさないようにせねば、と心に決めて、最後の一口を放り込む。尖った牙が野菜をシャクシャクと噛み砕いていった。
 本日の食事を飲み込み終え、空っぽになった口がごちそうさま、と言葉を紡ぐ。小さく息を吐いて、インクリングは缶ジュースを口に運んだ。弾ける炭酸と強い甘さが舌を刺激する。ちらりと視線をやると、隣にいるヒロはまだ食事を続けていた。残りはもう少ないから終えるのも時間の問題だろう。その間に飲んでしまおう、と缶を更に傾けた。
 ん、とジュースを飲みこむ喉が小さな音を漏らす。先ほど、ヒロにもらったアゲバサミサンドは美味しくてたまらなかった。最後の一匹のエビも美味しかった。そう、彼が食べている途中だったサンドは――彼が口を付けていたそれは、とても。
 喉がおかしな運動をする。瞬間、流れていた液体が変に跳ねて気道へと飛び込んだ。必死に口を押さえ、どうにか中身を飲み下し、ゲホゲホとむせ込む。何度息を吐き出しても、炭酸ジュースはなかなか出ていってくれなかった。無理矢理動く喉も。顔に、頬に感じる温度も。
「だっ、大丈夫ですか!?」
「だいじょぶだ……」
 慌てた声が飛んでくる。今にも飛びついてきそうなそれを、こちらを一心に見つめる朱い目を、包み紙を握った手で制す。むせただけだ、と少女は咳き込みながら返す。大丈夫なんですか、とやはりどこか慌て調子の声が聞こえた。
「落ち着いて飲んでくださいね?」
「だいじょぶ、だよ」
 口を押さえるふりをして俯き、心配で彩られているであろう目から逃げる。それでも、心臓はまだ脈打つ速度を下げてくれなかった。頬に感じる温度も一向にひきやしない。これだけで、己が随分と情けない顔をしているのは容易に想像が付く。そんなの、彼に見せられるはずがなかった。見せたくないに決まっていた。
 食べ物を共有することぐらい普通ではないか。彼の食べかけのものをもらうくらい普通だったではないか。口を付けたそれを意識することなんて無かったではないか。無いのだ、今だって。でも。心臓はやはりおかしく動いて。頭も顔も熱くなって。心は掻き乱されて。
 情けねぇ、とようやく落ち着きを取り戻した喉が吐き出す。ピカピカに磨いたブーツの表面が反射する己の顔は、やはり情けなくてしょうがないものだった。
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン

静かに重ねて【ヒロニカ】

静かに重ねて【ヒロニカ】
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鼻歌に鼻歌重ねるいたずらっ子ニカちゃんが見たかっただけ。いたずらっ子ニカちゃんはもっと存在してもいい。
バトルメモリーで反省会するヒロニカの話。

 目の前の端末、鮮やかな色を映し出していた画面が薄暗くなる。バトルメモリーの再生が終わった証に、ベロニカは小さく息を吐く。今しがたまで見返していたのは僅差で敗北を喫したバトルのそれだ、己の不備や改善点を洗い出していく作業はなかなかに苦しく、骨が折れるものだった。けれど、時間を掛けて分析した確かなる結果は手元に、頭にしっかりと残っている。改めるべき行動が、次の勝利に繋げるための立ち回りが、確かなる強さに繋がる経験が。
 カコカコとボタンを操作し、アプリを落とす。動画の代わりに待ち受け画面に表示された時計は、まだ夕方にも差し掛からない時間であることを語っていた。昼ご飯を遅くに食べたのもあり、大食らいの腹はまだ大人しく黙ったままだ。手土産としてつまめる菓子を持ってきたものの、活躍する番は少し遠くだろう。
 また一つ息を吐き、少女はワイヤレスヘッドホンを外す。細くシンプルで圧迫感の少ないデザインといえど、重みを失うとやはり解放感を覚えた。防護壁を失った耳をくすぐるエアコンの冷たい空気にぶるりと身を震わせる。細い身を折ってしまわないように注意を払いながら、愛用しているそれを膝の上に乗せた。
 微かな音が耳を撫ぜる。何だろう、と黄色い目が部屋の中を見回す。音の発生源は斜向かい、ローテーブルの前に座ったヒロだった。どこか鋭さを増した赤い目は抱えたタブレットに一心に注がれている。彼もバトルメモリーを見返しているのだろう。手にしたスタイラスペンが画面を擦るのが見えた。
 聞こえる音は真剣そのものの目元からは想像できないほど微かで、柔らかなものだった。鼻歌だ。ほんのりと高い音色が、最近注目を集めているユニットの新曲をなぞっていた。
 ヒロは時折鼻歌を歌う。それも無意識なようで、指摘したり自分で気付くと顔を赤らめてすぐに止めてしまうのだ。彼の少し細くて、いつもよりちょっとだけ高くて、どこか可愛らしい音色は好きだった。だから、最近では指摘するのは控えている。好きなものが聞けなくなってしまうようなことを行うほど己は馬鹿ではない――それに、自分で気付いて恥じらう彼の表情は可愛らしいのだから。
 爽やかで、けれども確かなる力が宿ったメロディが部屋に漂う。気付かれぬようナマコフォンをいじるふりをしながら、ベロニカはその音色に耳を傾ける。無意識ながらも興が乗っているようで、音は次第に大きくなっていく。愛らしい音が邪魔者を失った耳を満たしていく。
 ふと、頭の隅っこで何かが声を発する。ひそめいたそれは、まだ幼さを残す心をくすぐるものだった。少女の口元が緩い孤を描く。蒲公英色の瞳がわずかに細くなった。浮かんだ表情は、まさしくいたずらっ子のそれだ。
 口を閉じたまま、ベロニカは喉を震わせる。開放されるべき場所が閉じられた音は、鼻へと抜けて形となった。部屋に流れる少年の鼻歌に、少女の鼻歌が重なる。メインメロディに沿うようなその音色は、美しいハーモニーを奏で出した。密かなその合奏が心地良い。二人で奏でるというのはなかなかにいいものだ、と心の中で小さく笑みを漏らした。
 いつしか、音は止んでいた。息が吐き出される音。ペンが置かれる音。プラスチックが擦れる音。机の上に赤いヘッドホンが転がった。どうやらバトルメモリーの分析が終わったようだ。
「あれ、珍しいですね」
「んー?」
 きょとりと丸くなった彼岸花の瞳がこちらを見る。見つめ返す菜の花の瞳は依然細くなったままだ。三日月を描いて、少年を見る。何も知らない少年を。
「ベロニカさんが鼻歌歌うことってあんまりないでしょう?」
「たまにはやるって。こないだの新曲良かったしさ」
「あぁ、いいですよね」
 不思議そうな色をしていた丸い目がキラキラと輝き出す。ヒロは音楽が好きだ。ギアとしての性能ももちろん考えているが、それでも数多のギアの中から大ぶりなヘッドホンを選んで常に身につけるぐらいには音楽に身を投じていた。バトルだけでなく、曲でも語りあかせる彼との関係は最高の一言に尽きる。
「爽やかな雰囲気が歌声に合ってますよね」
「そうそう。それに楽器の主張がどれも細いようでちゃんとしててさ。かっけーよな」
「いいですよねー」
 また新曲出ると嬉しいのですが、とヒロは呟く。流行ってんだから出すって、とベロニカは笑う。語る彼は普段通りの姿だった。つまり、鼻歌を歌っていたことに気付いていない。己がそれに重ねていたことも。
 少女は小さく笑みを漏らす。成功した秘密のいたずらは、好きな人と歌う独り占めの幸福は、これ以上無く胸を満たしていた。
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン

そのきにさせてよ【タコイカ】

そのきにさせてよ【タコイカ】
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ゆるゆるとろとろのマイペースタコ君と振り回される可哀想なイカ君が見たくて書いたものがこちらになります。イカタコに名前があるので注意。
暑がりなタコ君とお出かけしたいイカ君の話。

「あっつぅ……」
 そんな呟きが聞こえた瞬間、光溢れる世界はは音も無く消えた。扉が閉じる重い音。サンダルが脱ぎ捨てられる音。ぺたぺたと力無い足音が通り過ぎていく。え、と呟いた頃には、恋人の姿は消え去っていた。急いで振り返るもいない。そこにあるのは、先ほど電気を消したばかりの部屋から漏れる明かりだけだ。
 急いで玄関の鍵を閉め、イタは靴を脱いで廊下へと戻る。騒がしい足音を立てながら、すぐさま扉を開いた。一人暮らしにしては広い居住室には誰もいない。入っていったはずの家主であり恋人――シュウの姿すら、影すら無い。迷うことなく、まっすぐにローテーブルへと走って屈みこむ。机の下、出掛ける前はちゃんと立てて置いてあったはずの丸いツボは横に倒れていた。中身は影の黒でなく、水色で満たされている。
「出ろって!」
「やーだー」
 タコツボを机の下から引きずり出し、抱え込んでインクリングの少年は叫ぶ。中にひきこもったオクトリングの少年は、外とは正反対の気の抜けた声をあげた。入り口まであった水色がどんどんと奥へと引っ込んでいく。逃がすまいと、大きな手が中に突っ込まれた。ツヤツヤとした頭に四角い指が食い込む。やめてよぉ、と悲痛な声がツボの中からあがった。
「出掛けるっつったじゃん!」
「あついからやだー」
 日曜日は二人で出掛けよう、と約束したのは一週間前のことだった。二人でお出かけ、つまりは久々のデートである。胸を弾ませ恋人の家に訪れ、いつもよりもしゃんとした格好をした彼にわずかに鼓動を早めながらも外に出ようとした――途端、これである。
 季節は夏、本日は最高気温は三十六度の猛暑日なのだから『暑い』という仕方無いとは言えよう。けれど、『暑い』の一言ですぐさま引き返すなど、一週間前から楽しみにしていたものを放棄されるなどいくらなんでも理不尽だ。出掛けると行っても、行き先は涼しいショッピングモールであるし、移動も快適な電車だ。移動のために十分そこらは歩く必要はあれど、日傘もあれば冷たい飲み物だって用意済みだ。暑さや寒さが苦手な恋人のために全て持ってきたのだ。なのに。なのに。
「いいじゃん。今日はおうちデートにしよ」
「引きこもってたらデートもクソもないじゃんか!」
 気ままに、いっそ腹が立つくらいマイペースに、もう投げやりにすら聞こえる声を漏らしてシュウはもぞもぞと動く。悲痛な叫びが部屋に響いた。『デート』と言うのならせめてツボから出てくるべきである。けれど、こうなってしまった恋人がすぐに出てくるわけがない。とにかく面倒臭がりで狭いところが大好きなのだ。そんなところがチャームポイントではあるが、今日ばかりは許す気は無い。
「デートするっつったのシュウじゃん! うそつき!」
「言ったけどぉ……こんな暑い中外出る方が危ないじゃん。おうちにいよ?」
「日傘あるから! お茶も用意してるしハンディファンもあるし氷もある! 冷たいの全部用意してある!」
 用意周到じゃん、とオクトリングは感心の声を漏らす。それでも、出てくる様子は欠片も無かった。そんな声が聞きたくてここまで用意してきたのではない。デートがしたくて、彼のために用意してきたのだ。何としてでも引きずり出さねばならない。全てが無駄になるのはさすがに精神を、心の大切なところを剥がして揺るがして粉々にされてしまう。
「アロワナモール、駅から近いじゃん。そんな歩かないからだいじょぶだって」
「歩くのやー。溶けちゃうよ?」
「溶けないってばー!」
 ツボの中に手を突っ込むも、家主はのらりくらりぺちょりぬちょりと躱してくる。触れても、指を突き立ててもツルツル滑るだけだ。掴んで引っこ抜くのはもう諦めた方がいいだろう。目を伏せ、イタは小さく息を吐く。両の手でしっかりと壺を持ち、逆さにして大きく振った。あぶないよー、という声が落ちてくるだけだった。
「シュウ……約束したじゃん……」
「デートしたいんならさぁ」
 しょぼくれた悲痛な声をとろりとした声が塞ぐ。元に戻ったツボの中からにゅっと何かが伸びてくる。水色の触手は、ツボを抱え直した少年の頬をそっと撫でた。小さな吸盤が柔らかな頬に吸い付いて、少しだけ痕を残していく。
「その気にさせて? できるでしょ?」
 優しい声は楽しげで、どこか笑ってるようにすら聞こえた。ぺちぺちと細い手が頬を叩く。そのまま捕まえようと手を伸ばす。勘付かれたのか、すぐさままたツボの中に引っ込んでしまった。声はいつだって間延びしてゆるりとしたものなのに、行動だけは妙に素早いのだ。だからこそ、前線でフデを操り活躍できるのだろうけれど。
 うぅ、とインクリングは呻きを漏らす。『その気』と言われても、彼を引っ張り出せるような手持ちのカードは先ほど切ってしまった。残りは外に出て以降の行動に価値を付与するしかないだろう。少年は唸る。唸り、目を伏せる。先ほど下ろしてきて潤った財布の中身が空っぽになっていく様が瞼の裏に映された。
「クレープ奢るから」
「えー?」
「アイスも付ける!」
「えぇー?」
「こないだ欲しがってたギア買ったげる! クラーゲスのやつ!」
「えええー?」
 どれだけ提案しても、返ってくるのは変わらず気の抜けた声だった。気の抜けた、どころかもはや楽しんでいる声だった。なんでぇ、とイタは沈んだ声をあげる。半分涙がにじんだ、痛々しい響きをしていた。だのに、ツボの中から聞こえるのはクスクスという小さな笑い声だけだ。
「今日は物じゃ釣れないよ? もーちょい考えて?」
 また触手が伸びてくる。頬を撫でくすぐって、すぐさま去って行った。完全にからかっている。お前さぁ、と思わず乱暴な言葉を吐き出してしまったのは仕方が無いことだろう。返ってくるのは相変わらず笑声なのだからどうしようもないのだけれど。
 はぁ、と溜め息を吐いて、インクリングは抱えていたツボを床に転がす。わー、とアトラクションを楽しむ子どものような声が中から聞こえてきた。一周して目の前に戻ってきたそれに、もう一度溜め息を浴びせかけた。
 身体から、意識から力を抜いて、ヒトの形を溶けさせる。黄色いインクが床に散らばり、本来の柔らかなイカのフォルムが現れた。ぺたぺたと触腕を器用に使って這い、転がったタコツボの前に鎮座する。また溜め息一つ。息を呑む音一つ。長い触腕がツボの縁を掴んだ。助走を付けて、三角頭がツボの中に這入っていく。元々小さなツボだ、たとえ勢いを付けても侵入できるのは頭の半分と触腕の一本ぐらいである。せっまー、と楽しげな声がすぐそばで聞こえた。
 どうにか潜り込ませた触腕を、更に捻じこんでいく。狭い狭い、と少し慌てた声は聞こえないことにした。暗くて何も見えない中、先の平べったい触腕でなめらかな頬――だと信じたい――を撫でる。水色の頭に、己の額をぺたりと引っ付けた。
「……約束したじゃん。デート、行こ?」
 頭のすぐそこ、絶対に聞こえるように、でも驚かせないように、囁くような声でイタは語りかける。ねぇ、と漏れた声はもう湿った色を帯びていた。
 じゃぷん。水が跳ねる音がすぐそこであがる。勢い良く身体が外に押し出され、壁目掛けて後ろ向きですっ飛んでいく。悲鳴をあげるより先に、温かな何かが身体を包んだ。
「そーそー。よくできましたー」
 頭上から声が降ってくる。見上げると、そこにはヒトの形に戻ったシュウがいた。太い眉は柔らかな線を描いていて、黄色い瞳はいたずらげに細められていて、口元はゆるく弧を描いている。掴み所が無い彼らしい柔らかな表情だ。しかも、特に機嫌がいい時の顔である。どうやら、語りかける作戦は功を奏したようだ。よっしゃ、と幅の広い触腕が天へと突き上げられる。
「でももうちょっとイタとくっついてたいなー。さっきのきもちよかったし」
 ねぇ、と先の尖った指が肌を撫ぜる。一本一本を使ってなぞるように撫でられただけで、背筋がふるりと震える。違う。ダメだ。流されてはいけない。ここで流されてしまったら今までの努力は全て水泡に帰してしまう。そんなのダメだ。大きく頭を振り、意識を集中して急いでヒトの姿へと戻る。抱き心地良かったのにぃ、と間延びした声がしたから聞こえてきた。
「よくできたんだろ? だったら約束守ってよ」
 唇を尖らせ、じぃと恋人を見つめる――というよりも、睨む。地取りとした視線を向けても、返ってくるのははぁい、と相変わらず気の抜けた声だ。
「降りないと出掛けらんないよ?」
「乗せたのシュウじゃん」
 撫でていた手が頬から、肩から、脇腹から、背へと移動していく。尻に到達しそうなところで、パシンと払ってやった。ちぇー、とわざとらしい声があがる。気にしないふりをして、気付かないふりをして、イタは立ち上がる。流れるような動きで扉の前へと歩み、座ったままの恋人へと手を伸ばした。
「いこ」
「いこー」
 四角い手に長い指が伸ばされる。乗せられたそれをしかと包んで、掴んで、外っ側へと引っ張り上げた。
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#オリタコ #オリイカ #タコイカ #腐向け

スプラトゥーン

夏日にはご注意【インクリング】

夏日にはご注意【インクリング】
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この季節熱中症で倒れるイカタコ絶対にいるだろと心配性のイカタコも絶対にいるだろの合体技。イカは楽観的だったり心配性だったりしろ。
バトルに行きたいイカ君とバトルに行かせたくないイカちゃんの話。

「離せって!」
「やだ! 絶対ダメだからね!」
 ロッカールームのど真ん中、金属ロッカーの扉を開きっぱなしにしたまま少年少女が叫ぶ。思いきり口を開けるインクリングの少年の手にはゴーグルが、目を見開くインクリングの少女の手には少年の腕が握られていた。剥き出しになった腕が振りほどこうと大きく揺れる。細く白い腕がそれに無理矢理追いすがった。痴情のもつれの現場、と説明されても納得のいく光景だ。
「また熱中症になったらどうするの!」
「なんねーよ!」
「なるよ! 懲りないでしょ!」
 少女は吠える。同じく少年もカラストンビを剥き出しにして吠えた。緑の瞳が睨む。赤の瞳が眇められてぶつかる。どちらも怯む様子も、退く様子も無い。譲らないことは明白であった。
 先週、己は熱中症で倒れた。とはいっても軽いもので、適切な処理を施され水分を摂っただけですぐに回復したぐらいである。医者にちゃんと水飲みなね、と叱られたのもあり、最近はしっかりと水を飲み、塩飴とやらも舐めている。汗はこまめに拭き、ハンディファンなんてものを使って身体を冷やす。熱中症対策はバッチリだ。何の問題も無い夏休みの今、バトルに明け暮れるには最高の身体だろう。
 けれども、幼馴染みはそれを許さなかった。また熱中症になる。また倒れる。だからバトルなんてダメ。そういって聞かないのだ。言葉だけならまだいい。今日なんて身体で制してくるのだから最悪である。
「屋内ならまだしもユノハナだよ!? 影無いじゃん!」
「あるだろ! 高台のとことか!」
「あれは物陰であって日陰じゃないでしょ!」
 キャンキャンと高い声が耳をつんざく。ダメ、やだ、と否定の言葉が耳を貫く。剥き出しになった感情が正面からぶつけられる。あのなぁ、と苛立った声を吐き出したのは仕方が無いことだ。
「対策してるっつってんだろ! 信用しろ!」
「できない!」
 まだ高い声がロッカールームに響き渡る。悲鳴めいたソプラノがそれに真っ向から立ち向かった。何でだよ、と裏返った嘆き声が、叫び声が巨大な口からあがる。心の底から吐き出されたそれは、床にぶつかってビリビリと震わせた。
「だって昔からそう言って同じことして怪我してたじゃん! 長年の実績!」
 ギッ、と漫画ならそんな擬音が付きそうなほど鋭い目つきで少女は少年を見上げる。ターコイズの瞳には確かなる輝きが、情動が満ちていた。それが溢れて、雫となって、黒く縁取られた目元からこぼれる。白い肌に一本の線が引かれた。
「倒れたら……、死んだらやだよぉ……」
 天河石の目が、涙をたたえた目がふるふると震える。ライトの安っぽい光を受けてきらきらと輝く。透明な雫がはらはらとこぼれてTシャツの襟元を濡らしていく。白いドット柄が水分を受けて暗くにじんでいった。
 そうだ。昔からそうだ。こいつは『死』をおそれていた。縁日で取った水風船が割れた時。長らく使っていたペンが壊れた時。大切に育てていたアサガオが枯れた時。連れ添っていたウーパールーパーが生を全うした時。こいつはいつだって泣いていた。いつだって『嫌だ』と言っていた。今だってそうなのかもしれない。『死』を、隣の『死』を。
 なんと大袈裟なのだろう。今後は気をつければいい、と医者のお墨付きをもらったと何度も話したのに。水を飲む様をこれでもかと見せているのに。熱中症対策をたくさんしているのを毎日のように見せているのに。だというのに、心配してくる。迷惑、と言い切ってしまいたい。けれども、彼女の言葉も事実である。何度も同じミスをして何度も同じ傷を重ねてきたのだ。だからこそ、今度ばかりは気をつけているのだけれど。
「…………わーったよ」
 重く、深く息を吐き出す。呼気が空気を揺るがせる音と、鼻を啜る音が二人の間に響いた。また一つ雫が流れゆく。
「あれだろ。モーショビには屋外ステ行かない、ならいいだろ」
 インクリングは自由な手で人差し指を立て、指揮棒を振るようにくるりと回す。先ほどまで少女を真っ向から睨みつけていたカーマインは、バツが悪そうに逸らされていた。はぁ、とまたわざとらしい溜め息。
 彼女の心配が本当であることは分かっている。彼女の心配が本心であることは分かっている。けれども、バトルには行きたい。長期休みの間に腕を磨きたい。ならば、落とし所を作るしかない。これが最大限の譲歩だ。譲歩してやるぐらい己は大人なのだ。そう言い聞かせ、少年は一つ頷いた。
「真夏日」
 すん、と鼻を啜る音。ちらりと見やると、一対のグリーンがまっすぐにこちらを見つめていた。涙が張っていた膜は少しだけ晴れ、常の芯の強い色を灯している。それがすっと細められた。
「真夏日も危ない。ちゃんと日陰があって休めるとこに行って。タラポとか、ヤガラとか」
「わがままだなぁ!」
 全く退く様子の無い少女に、少年は天を仰いで声をあげる。だから、と少女も声を張り上げた。
「日陰で休める場所があるなら屋外ステもまだ安心だから! ちゃんと水飲んで休んで!」
 キッ、とアニメならそんな効果音が鳴りそうな瞳で少女は少年を見上げる。涙はまだ全て晴れていない。心配の色はまだ全て晴れていない。けれども、先ほどまでの意固地な雰囲気は少しだけ和らいでいた。
「飲んでるじゃん」
「もっと飲まなきゃなの!」
 事実だけれど、言い訳じみた言葉を吐く。鋭い声が切り裂いた。わかったってば、と少年は掴まれた腕を振る。一生離すまいと言わんばかりに込められていた力は既に解けていた。包まれていた温もりから解放された腕は、少しだけ寒い気がした。
 まぁいい。言質は取った。これならばまたバトルに潜れるだろう。ユノハナ大渓谷とネギトロ炭鉱が選出されている今の時間はまた彼女がうるさく言い立てるから控えるが、次のスケジュールならば飛び込めるはずだ。何しろ、ザトウマーケットとバイガイ亭である。文句の付け所が無かった。
 そこまで考えて、少年は目を瞬かせる。ん、とやっと閉じた口から疑問符付きの音が漏れ出た。
「……真夏日って何度だ?」
「三十度」
 少年の問いに、少女はさらりと答える。当然の常識だと言わんばかりの声音だった。先ほどの悲痛な響きはどこへやら。
「最近は毎日三十度超えだろ!? どこにも行けねーじゃん!」
「だから危ないんだってば!」
 またロッカールームに声が響き渡る。譲れない真夏の戦いはまだまだ続きそうだ。
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#インクリング

スプラトゥーン

「そういやこの水どうやって捨てるんだ?」「……あ」【ヒロニカ】

「そういやこの水どうやって捨てるんだ?」「……あ」【ヒロニカ】
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線香花火やるヒロニカ見たい!!!!!!の結果がこちらになります。全てはフィクション。都合の良いフィクション。
線香花火をやるヒロニカの話。

 カラン。ちゃぽ。ガサ。ぺた。
 様々な音が昼の間に磨き上げられたフローリングの上を滑っていく。一歩ぺたりと踏み出し、ヒロは今日両手でないと数えられないほど繰り返した言葉を吐き出した。
「いいですか」
「たらいから絶対出さない」
 わーってるよ、と彼女一人は優に入る金だらいを肩に担ぎ、ベロニカは呆れ調子で返した。安物の薄っぺらい金属が音をたてる。
 線香花火やりてーな、と彼女が言いだしたのはいつだっただろうか。そして、それがベランダでやりゃいいな、と凄まじい結論に着地したのも。
 様々な説得を試したものの、彼女の心には響かなかったようだ。むしろ意固地になってぜってーベランダでやる、とスーパーへと向かおうとしたのだから大変だった。どうにか引き留め、日が傾き始めた頃にどうにか折衷案を捻り出した。絶対に火が燃え広がらない水の上でやる、と。
 そうやって二人で閉店間際のホームセンターに駆け込み、金だらいと花火、小型ライターなんて訳の分からない組み合わせの買い物を済ませ、風呂場からペットボトルに水を汲みベランダに向かう今に至る。
 ガラン、とコンクリートの上を金だらいが跳ねる。近所迷惑極まりない音だ。ベロニカさん、とひそめた声で主犯を呼ぶ。だいじょぶだって、と呑気な声が返ってきた。
「隣、今日は飲み会だって。昨日くそでけぇ電話の声聞こえてきた」
 ハッと愉快げに鼻を慣らし、彼女はたらいにペットボトルで持ってきた水を注いでいく。ドボドボとこれまた盛大な音があがる。彼女の住むアパートは壁があまり厚いとはいえない。現に、隣の部屋からラジオの声やドライヤーの音が聞こえてくるほどだ。だからこそ、隣人の予定を知ることができたのだろう。盗み聞きしてもいいのだろうか。聞こえてきたのだから仕方ないだろう。したところでどうしようもない問答が頭の中で繰り広げられていく。脇に抱えたペットボトルの重さが消えたところで、ようやく現実に戻ってきた。
「早くやろーぜ。せっかく買ったんだしさ」
 ニッと笑ってベロニカは奪い取ったペットボトルを揺らす。一呼吸、息を呑む。はい、と吐き出した己の声は沈んでいたのか、弾んでいたのか。
 ドボドボと二人でたらいに水を流し込んでいく。立ってならば己たち二人ぐらい優に入るだけの器は、何本目かでやっとなみなみと満たされた。ピ、と電子音。同時に、ガラス窓一枚隔てた先の部屋から光が消える。彼女が電気を消したようだ。次いで、目の前に目映い光。四角い光源には夜が更けつつあることが示されていた。
 己もナマコフォンを取り出し、画面照度を最大にする。その間にも、ガサガサと愉快げな音が隣からあがった。床に置くと、ほら、と影がこちらに伸びてくる。液晶画面の白色灯に照らされた手には、細い糸のようなものが握られていた。線香花火だ。
 この危険な花火大会をやる上で、もう一つ制限を設けていた。線香花火のみする、ということだ。というのも、普通の手持ち花火では凄まじい量の煙が出る。外からそれだけが見え火事だと勘違いされては一大事だ。通報されて大事になり、事が発覚して退去処分になんてなろうものなら目も当てられない。
 けれども、線香花火ならば煙はほとんど出ない。光も大きくないので、外から目立つことも無いだろう。万が一にも、ベランダで花火をやってるだなんてことは誰も思いはしないだろう。
「ヒロ。ほら」
 受け取る手に差し伸べる手。小型ライターがこちらに向けられる。一瞬ぎょっとするが、先に点けてくれるのは彼女の優しさだろう。持っている物が凶悪なだけで。
 ありがとうございます、と礼を述べ、ヒロは彼女の元へと線香花火を運ぶ。そんな些細な動きでも、細い花火は幽霊のように揺れた。動きが止まるのを見計らったところで、短い音とともにライターの火が灯る。小さなそれが、ねじられた花火の先に触れた。
 音も無く火が線を辿っていく。次第に、ぱちぱちと小さな音が鳴り始めた。向かい側から楽しげな笑声。火が爆ぜる音はいつしか二重奏になっていた。
 小さな音をたてて、花火が命を燃やす。小さな花だったようなそれは次第に勢いを増し、枝分かれしていく。それも他の花火に比べては些細なもので、儚いもので、可憐なもので。赤い目がじぃと弾ける火を眺める。黄色もまた、白色光に照らされながら小さな花を眺めた。
「綺麗ですね……」
 溜め息のようにヒロは吐き出す。瞬間、あれだけ元気だった線香花火は勢いを失い、ぽとりと先端を落としてしまった。じゅ、と水が火の最期を看取る音が聞こえた。
「もう一本やれよ」
「いや、いいですよ」
「何本買ったと思ってんだよ。残す方がもったいねーだろ」
 ほら、と自分が手にした線香花火を落とすことなく、ベロニカはもう一本差し出す。ややあって、ありがとうございます、と控えめな声が声が水に落ちた。
 床に転がったライターを手に、役目を終えた花火を水に沈める罪悪感を手に、ヒロは線香花火を灯す。カラフルで細い紙の先から、また花が静かに姿を現し始めた。
 ぱちぱちと爆ぜる音が消えては宿ってを繰り返す。ベランダの仕切りは薄いはずなのに、アパートの壁は薄いはずなのに、周りは十二分に賑やかなはずなのに。なのに、耳は儚い音だけを捉える。まるで、世界には己たちと花火しかいなくなってしまったような。
 同時に火が落ち、たっぷりと満たされた水が鳴き声をあげる。スリープになったナマコフォンの光すら消えてしまったベランダはほとんど真っ暗だ。遠くの街灯の光だけが二人の在処を示していた。
「キレーだったな」
  薄い灯りの中、少女は笑う。まるで先ほどまで眺めた線香花火のようだった。否、彼女はあんな短く儚いものではない。もっと華やかで、大きくて、空いっぱいを照らす。打ち上げ花火なんかじゃ足りない。もっともっと、輝かしくて美しい。
「……えぇ」
「もうちょいやっか?」
「いえ、これだけにしておきましょう。片付けるのが大変ですから」
 嘘だ。本当ならもっとやりたい。けれども、こうも長く続けていては今度こそ止め時を見失ってしまいそうだ。買ったもの全てを一晩にして消費しきってしまうのはさすがにまずい。こんな危ないことをしておいて何を今更、と脳味噌の端っこで誰かが笑う。その通りだ、と頭の冷静な部分が叱りつける。けれども、と心は理性的では無い声をあげた。
「またやろーな」
 正面から声。いつの間にか俯いていた顔を上げると、そこには線香花火の束を片付けたベロニカがいた。相変わらず輝かしく可愛らしい笑みが浮かんだそれは、弾みに弾んだそれは、けれどもやわらかな輪郭をしたそれは、まさに幸福と表現するのが相応しいものだった。
「……今度は公園でやりましょう?」
「やだよ。たらい、せっかく買ったんだから使わねーともったいねーだろ」
 困ったように少年は小首を傾げる。どこか得意げに少女は笑う。八の字になっていた青い眉は、いつしか柔らかな弧を描いていた。
 カラフルな花火がいくつも落ちたたらいが遠くの光を受けて輝く。花火とはまた違うそれは、暗闇に満たされたベランダに確かに灯っていた。
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン

めくりゆきなぞりなでて【ス腐ラトゥーン/R-18】

めくりゆきなぞりなでて【ス腐ラトゥーン/R-18】
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浅はかな策略をひっくり返されるほんのり可哀想なイカ君を見たかったなどと供述しており。これと繋がってるけど話自体は独立してるので読まなくてもいい。
脱がされたくないイカ君と脱がしたかったイカ君の話。

 影が視界を暗がらせる変化が、布が擦れる些細な音が、肌の上を熱が移動していく感覚が、脳味噌の一番奥を刺激する。長時間の正座をした足と同じ感覚は鼓動を早めていく。ドクドクと心臓が脈打つ音が耳のすぐそばで聞こえる。手入れを忘れて少しかさついた唇に小さく力が入ったのが己でも分かった。
「……今日インナー着てねぇんだ?」
 肌の上を滑っていく手が止まる。自然光を背景に影となった頭が小さく傾くのが見えた。動きを再開した大きな手の平が、腹の真ん中あたりを円を描くように撫ぜる。まるで肌の下、肉の奥、隠され暴かれざる隘路を確認するような手つきだった。くすぐったさに、カラは小さく息を漏らす。この呼吸は純然たるくすぐったさによるものだ。ほのかに熱が灯り始めたのは気のせいだ。言い聞かせながらも、肌が擦れる度に刺激された腹がひくひくと震える。くすぐったさ故のものだ、絶対に。
「汗染みねぇの?」
 たくし上げたTシャツの裾をいじりながらエンは問う。純粋な声だった。それはそうだろう、己は普段はどんなギアを着ようとインナーシャツを着ているのだから。
 バトルというものは晴天の下で行われ、何分もフル活動するためすぐに汗を掻く。汗が染みこみ肌に張り付く不快感を軽減するためには、多少暑くてもインナーシャツを着るのは当然であろう。また、生地によっては濡れてしまうと肌の色が透ける。ガールはもちろん、ボーイでもそれを嫌いインナーで防ぐ者は多いのだ。
 けれども、今日の己はその一枚の布を脱いでいた。バトルを終え、汗をたっぷり吸ったそれは既に脱ぎ捨て鞄にしまっていた。もちろん、替えはロッカーに用意してある。だが、今日は着ないことを選んだ。理由は簡潔だ。
「……お前が」
 くすぐったさをこらえるために結んでいた唇を解く。汗が引いてサラサラとした腹の上を這い回る手の動きが止まった。窓から差し込む薄い光を受け、紫の目がギラリと輝く。細められたそれはまさに『睨む』という言葉が相応しい。
「お前が、また脱がすのがどうこう言うからだろうが!」
 細かった声はクレッシェンドとなり、最後には吠えた。睨む目は、カラストンビを剥き出しにする口は怒気に溢れていた。けれども、赤くなった頬が、ふるふると震える唇が全てを上書きしていた。『羞恥』という感情で。
 恋人――エンは脱がすことを好む。それも『エロい』『オモムキがある』などとのたまう始末だ。とにかく、己の衣服を何枚も剥ぎ取っていくのを好んだ。こちらとしては大迷惑である。機能性を重視したコーデを性的な目で見てくるなど、いくら恋人といえど許しがたい感性だ。何でもかんでも性を見出すな、という話である。
 だから、彼の部屋に訪れる約束をしていた今日は着るものを減らした。レギンスとハーフパンツの重ね着をしていたボトムスはハーフパンツ一枚に替え、インナーはバトルが終わり次第脱ぎ捨てTシャツ一枚となった。これならばじわじわと脱がすなんて芸当はできっこない。何故こいつのために己が我慢をしなければいけないのだ、という怒りはあるものの、あちらの歪んだ感性をどうにかすることは不可能なのだから仕方無い――それを欠片だけ理解しつつある己も。
 ふぅん、とエンは鼻を鳴らす。疑問にも感心にも聞こえる響きをしていた。傾げていた頭が元のまっすぐな位置に戻り、何度か小さく頷く。また反対側に傾いていった。まるでメトロノームだ。
「いや、脱がされんのそんなにヤだったのかよ!?」
「ったりめーだろうが! 変態!」
「変態じゃねーよ! イッパンセーヘキだろ、こんぐらい!」
 こんなのが普通でたまるか、とカラは吐き捨てる。脱がすことに悦びを覚える者が世間にたくさんいるなど考えたくもない。こいつがおかしいだけなのだ。己の感性こそが一般的なのだ。腹の底から湧き出す怒りを逃がすように、小さく舌打ちをした。ガラわる、とからかうような声が飛んでくる。腹に添えられた手を叩くことで返事をしてやった。
「まぁ、こっちのがヤりやすいしいいわ」
「……は?」
 ニコニコなんて擬音が似合う顔でエンは言う。こちらの口から漏れ出たのは、疑問符付きの吐息だった。どういうことだ、と尋ねるより先に、腹に触れた手が肌の上を滑り出す。くすぐったさに開いたままの口から、ぁ、と小さな声が漏れる。明確に色を帯びた、期待がにじんだ音色をしていた。無様な声を聞かせまいと、カラは再び唇を引き結ぶ。健康的な色をした唇がうっすらと白んだ。
 なめらかに滑っていった手は、胸で動きを止めた。ほのかに盛り上がった胸筋の形を確かめるように撫で上げ、指も全て使ってやわやわと揉みしだく。くすぐったい。くすぐったくてたまらない。くすぐったいから声が出そうになるのだ。己に言い聞かせながら、少年は食い縛る。それでも、呼吸する鼻から時折抜けていく息はどんどんと甘さを孕んでいっていた。
 気付けば、胸を揉む手は二つに増えていた。中途半端にたくし上げられたTシャツに隠れて見えないそれらは、まるでマッサージでもするようにゆっくりと揉み、形を確認するように撫でる。山を強調するようにぎゅっと寄せて、平たくするように伸ばす。発達し固さを持ち始めた筋肉を解すようだった――手つきはあまりにもいやらしいものだが。
 手が動きを止める。けれど、これで終わりであるはずがない。次に何が来るかなど分かりきっている。だからこそ、少年は顎に更なる力を込める。みっともない声を吐き出すわけにはいかなかった。そんなの、相手を喜ばせるだけだ。『性行為は互いに快楽を得てこそ』なんてインターネットの海に漂う情報は無責任に言うが、相手だけに優越感を味わわせるなど己のプライドが許さなかった。
 種族特有の太い指がそろそろと胸の上を這っていく。辿り着いたのは、薄く盛り上がった胸の頂だった。肌の上を我が物顔で動き回る指が、そこにおわすものにつつくように触れる。それだけで、頭のてっぺんが痺れを覚えた。ん、と鼻から間抜けな息が抜けていく。頬を彩る紅が更に濃度を増した。
 子どもが初めて見た植物を触るようにつんつんと触れてくる。たったそれだけの刺激で、柔らかだった頂は固くなっていく。小さく盛り上がっていただけのそれが芯を持ち、勃ちあがって存在を主張し出す。反応したそれは、ただの刺激をきもちがいいものだなんて誤った情報を脳に流し込んでくる。枕の上に投げ出されたオレンジの頭が、現実を否定するように捩られた。
 児戯めいた手つきはどんどんと大胆になっていく。つつくだけだったのが、表面を撫でる。やわく押し潰す。しまいには、挟んでこね始めた。些細な刺激だというのに、恋人に開発されきったそこはきもちいいと叫ぶ。脳味噌に嘘を流し込んで、身体を支配せんとしていく。身体に、腹に熱をもたせていく。受け入れたくない快楽に抗うように、カラは身体を捩る。その拍子に挟まれて固定されていた乳首がぎゅうと伸ばされた。ビクン、とバトルで鍛えられた身体が大きく跳ねる。痛み――絶対にこれは痛覚が訴えるものだ――は脳味噌を刺激して、また間違った情報を認識させる。ぃう、と間抜け極まりない声が引き結んだ口から漏れた。
 不意に胸を好き放題にしていた手がぴたりと静止する。ようやくこの身を翻弄する刺激が止み、カラは小さく息を吐く。熱を帯びたそれは、二人きりの部屋に溶けていった。普段ならば離れていくはずの手が、肌の上を滑っていく。胸、みぞおち、腹。そして、股ぐら。すっかりと盛り上がったそこを、大きな手があやすように撫でる。布越しとはいえ急所に――きもちいいところに触れられて、少年の身体が大きく跳ねる。ぅ、と漏れ出た声は期待がいっぱいに詰まったものだった。
「シミできてんじゃん」
 あーあ、とエンはわざとらしい声を漏らす。笑声によく似た響きをしていた。腹立たしくて、現実を認識したくなくて、シーツを掴んでいた手を振り上げ見下げてくる頭を叩く。ぼーりょくはんたい、とこれまた笑みを、余裕をたっぷりににじませた声が返ってきた。
「薄着にすっからさぁ。ちゃんとレギンス履いとけって」
「お、まえが、脱がしたいだけだろ」
「んなことねーって。すぐヤれんのも好きだし?」
 ふざけんじゃねー、とカラはまた頭を叩く。反撃のようにボトムスを引きずり下ろされた。下着ごと一気に引き下ろされたせいで、下腹部が寒さを覚える。勃ち上がった己自身、その先端部が特に冷えを感じる。体液が集中して熱を持っているのだ、寒さを覚えるのは当然だ。断じて胸をいじくり回され先走りを漏らしているからではない。絶対にそんなことはない。胸だけでそんなにもきもちいいなんて思うほど己は変態ではないのだ。
 頭の中で言い聞かせた言葉は、ぬぢ、という音に全否定された。張り出た頭を指がくるくると撫で回す。その度に、ぬち、ぐち、と粘っこい音が部屋に響いた。同時に、凄まじい感覚が頭にぶち込まれる。『快楽』という名前がつけられた電子信号が、まともな頭を溶かしていく。きもちいい、と脳味噌が声を張り上げる。噛み殺しきれない嬌声がどんどんと部屋に積もっていった。
「こんなんなってんのかわいそーだし? 抜いとくか」
 亀頭をもてあそんでいた指が離れていく。呼吸を落ち着ける間もなく、濡れた大きなものが己自身を包み込んだ。強すぎる刺激に、しっかりとした身体が盛大に跳ねる。引き絞られた喉がぐぅ、と濁った音を漏らした。
 ぐち。ぐちゅ。淫猥な音が己の股ぐらからあがる。握られ容赦なく扱かれる触覚的刺激。唾液と先走りがこねられる聴覚的刺激。強烈に襲い来る五感に、肉茎は硬さを増していくばかりだ。込み上がってくる何かを抑える喉が濁った音を漏らす。低く重いものだというのに、ぐちゅぐちゅという卑猥な音に全て消されてしまった。
 輪になった指が張り出した部分を重点的に責め立てる。細かな動きとともにちゅこちゅこと可愛らしい、けれども確かに淫靡な音が何度もたつ。その度に莫大な快楽が脳味噌に絶え間なくぶち込まれた。脳神経を直接触られているような心地だ。角度を変え、裏筋を刺激されてはもはや食い縛ることすらできなくなってしまった。ぁ、いぁ、なんて高くて情けない音が口からぼろぼろとこぼれ落ちる。こんな惨めな声など出したくないのに、今すぐにでも蹴っ飛ばして逃げ出してしまいたいのに、淫悦に支配された頭と身体は恋人による施しを受け入れることを選択した。
「あっ、ぅ……んっ、ぅ」
 はしたない声を吐き出すだけの口が突如機能を止める。否、塞がれたのだ。エンの口によって。証拠に、唾液まみれの口内は液体とは違う熱いものに満たされていた。熱くて、柔らかくて、でもどこか固くて、しなやかで、ぬめった塊。舌が這入り込んでいた。牙をなぞるように、舌を搾り取るように、硬口蓋をくすぐるように、熱いものが好き勝手に動き回る。法悦を享受するだけの身となってしまった今、応える力など無い。普段以上にされるがまま、舐められるがままだ。んぅ、と唯一機能する鼻が甘ったるい息を吐き出した。
 口腔を蹂躙する中でも、恋人は手を止めなどしない。大きな手で握り締め、全体を擦りたて、裏筋をくすぐり、段差を絞り、先端を抉り。ぐちゅぐちゅと部屋に響く音はもはや口から鳴っているのか下半身から鳴っているのか判断がつかなかった。
 意識がぐらぐらと揺れる。快楽を際限なく叩き込まれ、酸素まで奪われた脳味噌は危険信号を発していた。シーツを握って耐えようとしていた手を伸ばし、カラはベッドに突き立てられた手、その袖を握る。布に走る皺は、『握る』というよりも『縋る』と表現する方が相応しい柔らかさをしていた。
「――ッ、あっ! う、ィいっ……、ふ、ぁ……」
 弱々しい訴えは伝わったようだ、熱の塊が口腔から去っていく。途端、再び情けない声が飛び出した。口の中までやわくとろけさせられたせいで、熱を煽り立てられたせいで、吐き出すそれは甘さと熱を増していた。口の端が、目の端が冷たい。体液が流れ出ているのだ。昂ぶった身体は声と液で快感を逃そうと必死になっていた――結局、己で己を煽るだけなのだけれど。
「ぇ、んっ、もっ! やめ、ぇ……アッ!」
「だから出しとけって。こんままやめる方がしんでぇだろ」
 放り出された足が、剥き出しにされた腹が、弱々しく縋る腕がビクビクと震える。握られた己自身も限界を訴えるように小さく跳ねる。それも全て握る手が押さえつけ、悦楽へと変換させてしまうのだけれど。
 はしたなく先走りを漏らす穴を指で何度も擦られる。敏感な先端を強く刺激され、また少女めいた声が飛び出た。惨めでたまらないそれをせき止めるように、また口が塞がれる。今度は浅い、じゃれるようなものだった。それでも昂ぶりに昂ぶった身体には毒でしかない。些細な刺激すらきもちいいものだと誤認する身体はほんの少し擦れるだけでも細い息を漏らした。溢れそうになる唾液を飲み下すだけで、体温が一度上がったように錯覚する。
 どうにか繋ぎ止めている意識が揺れる。陰ってぼやけているはずの視界が薄くなっていく。筋肉が痙攣する間隔がどんどんと短くなっていく。限界なのだ。もう内にわだかまる熱を吐き出したくてたまらない。けれども、こんな一方的に責め立てられて吐精するなどごめんだ。常の己ならばそう考えるだろう――けれども、今は常の頭ではない。快楽に支配され、身体の全部がきもちいいことだけを求めているのだ。だから。
「えんっ、でぇ……ぅ、っ…………や、だ」
「出しとけ出しとけ。いーっぱい出して、きもちよくなんな?」
 解されやわやわにされた口を精一杯に動かして、カラは限界を訴える。返ってきたのは余裕綽々をそのまま体現したかのような声――そして、更に激しく責め立てる手つきだった。全体を、弱い部分を何度も何度も、好き放題に、好きなところを存分にいじくられる。きもちよくてたまらなかった。何も考えられなくなるぐらい、声を漏らすのがやっとなくらい、きもちよくてしかたがない。快感を絶え間なく注がれた頭はもうどろどろに溶けて使い物にならなくなっていた。本能だけが剥き出しになって、快楽を求める。恋人によってもたらされる快楽を。
 ビクビクと投げ出された足が震える。あがる嬌声がどんどんと短くなっていく。袖に縋っていた手はとうに解け、再びシーツの上に投げ出されていた。世界が溶けていく。白くなっていく。なにもかもがなくなっていく。
 ぐり、と境目の裏側を親指が擦り立てる。それがとどめだった。
「――ッ、ゥあっ!」
 鍛えられた身体が盛大に跳ねる。しなやかな足がつま先までピンと伸びる。放り出された手がシーツをひっかくように動く。衝撃を受け止めたベッドも苦しげな声をあげた。
「ッ、アっ!? いィ!?」
 確かに精を吐き出した。やっと呼吸ができると思ったのに、下半身からはまだ凄まじい悦楽が注がれ続けた。痛いほどの、苦しいほどの快楽が脳味噌に更にぶち込まれる。じゅこじゅこと聞こえる音は、手が動きを止めていない確かな証だった。擦られる度に、まだ芯を持った己自身から白濁がしぶいていく。達している証拠だ。だから、いつもならば終わるはずなのに。
「あっ、お、まッ! や、ぁ、ウ……!」
 身体が、足が、手が跳ねる。過ぎた淫悦を逃そうと、何度も頭を振る。それでも手は止まってくれない。このまま全部をダメにしてしまいそうな勢いだ。からだも、あたまも、こころも、ぜんぶ。
「ア、ッ、あぁ! むっ、いぃ……ァっ!」
 尿道を今日何度目かの精が通っていく。痛みを覚えそうなほどの射精。水滴と大差無いそれを最後に、手は雄の証から離れていった。
 何度も詰まっては吸ってを不規則に繰り返していたせいで、呼吸は喘鳴じみていた。口の端が冷たい。目尻が冷たい。腹が冷たい。反して、身体は熱い。頭が熱い。おなかが熱い。外側と内側は正反対の温度をしていた。翻弄されめいっぱい動かしていた心臓が、バクバクと胸を盛り上げそうなほど跳ねて盛大な音をたてる。放り出した手足は余韻に浸るように小さく震えていた。
「これで全部出たかー?」
 どろどろになった脳味噌がようやく形を取り戻していく。最初に認識したのは、そんな声だった。どこか抜けた、いつも通りの、腹が立つぐらい呑気な恋人の声。何度もしばたたかせぼやけを振り払った視界には、べとべとになった手を眺めるエンの姿があった。指の先を合わせて擦って、にちゃにちゃと気持ちの悪い音を作り出している。何もかもが腹の虫を刺激する最悪の姿だった。
「っ、まえ……ふざ、けんな、よ……!」
 力が入らない足をどうにか動かして、覆い被さる彼を蹴る。『蹴る』なんて言葉は相応しくない、せいぜい『つつく』程度の動きだった。おかげで相手は堪えている様子など欠片も無い。カピカピんなってきた、と手を握って開いてを繰り返して遊んでいるほどだ。
「だってさぁ、出しといた方がよくね? メスイキだけじゃ物足んねーだろ?」
「うるせぇ!」
 今度こそ足にしっかりと力を込め、覆い被さる腹を蹴っ飛ばす。今度はきちんとダメージを与えられたようで、鈍い呻きが降ってきた。それでも沸き立つ怒りが払拭されることはない――熱を持った腹が解消されることなどない。欲望を吐き出したというのに、身体の真ん中はまだまだ何かを欲していた。それを口になんてしないけれど。
「んで? お前はきもちよーくなったわけだけど?」
 声とともに足を何かが滑っていく。ハーフパンツも下着も全て剥ぎ取られ、下半身はとうに丸裸にされていた。膝裏に熱。同時に、ぐぃと腹が圧迫される。視界の端に己の右足が映った。
「もちろん、終わんねーよな」
 問いの形を取った声は、有無を言わせぬものだった。ほぼ同時に、秘められた場所に何かが宛がわれる。まだ細いそれは、『これから』を予見させるには十二分だ。
「……やすませろ。みずほしい」
「やだ。こっちは我慢してんだぞ」
「おめーがかってにやったんだろーが!」
 まだ自由な足で脇腹を蹴っ飛ばす。蹴んのやめろ、と悲鳴めいた怒声がしとやかな雰囲気を吹き飛ばしていった。
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#オリイカ#腐向け#R18

スプラトゥーン

帰らぬ日々はおまえと共に【ワイエイ】

帰らぬ日々はおまえと共に【ワイエイ】
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盆や正月に帰省しなくて暇だから恋人のところに転がり込む推しカプが見たくてぇ……。ワイヤーグラスくん、気まぐれで実家帰ったり帰らなかったりしそう。
珍しく付き合ってるワイエイだけど相変わらずカプ要素は風味程度。ご理解。
転がり込む男と転がり込まれる男の話。

 何故こんなことになったのだろうか。
 目の前、フローリングに寝転がる少年を眺めエイトは思考を巡らせる。この数時間で数えられないほど繰り返した問いは、どれだけ頭を働かせても解が出てくることはなかった。
 いきなりチャイムが鳴って。チェーンをかけたまま開ければワイヤーグラスがいて。半ば無理矢理中に入られ。何をするかと思えば勝手に本棚を漁り。無言でフローリングに寝転がって雑誌を読み出す。どこを取っても意味が分からなかった。彼が自由――そんな言葉で済ませるにはあまりにも傍若無人であるが――なのはいつものことだが、時期が時期だ。季節は夏も半ば、所謂盆である。ロビーですれ違う者たちは口々に帰省がどうだと交わし、駅は普段以上にごった返している。ロビーの入り口に辿り着くのに苦労するほどだ。皆が皆、賑やかしいこの街を離れていた。己は面倒なので帰らないが。
 もちろん、ワイヤーグラスもその一人であるはずだ。チームの面々と会話をしていたのを聞いたのだから確定である。だのに、何故この盆のまっさなかにここに――バンカラ街中央に近い己に部屋にいるのか。実家に帰るはずであろう彼が何故ここに留まっているのか。訳が分からない現実である。
「バックナンバーねぇの?」
 紙の束が合わさり音をたてる。音もなく立ち上がったワイヤーグラスは、古いスポーツ雑誌を片手にこちらを見た。へ、と己らしくもない間の抜けた音が口から漏れ出る。
「本棚にあるよ」
「全部読んだ」
 取り繕いながら発した声は、鋭利な声に切り裂かれた。彼が持っていた雑誌が床に山になっていた同胞の一番上に音をたてて着地する。種族特有の角張った指が床をなぞるように動いて、雑誌の山を抱える。裸足とフローリングが彼らしくもなく間の抜けた音を奏でた。カラフルな背中の向こう側から本が棚にしまわれていく淑やかな音が聞こえた。
 あぁ、と呟くようにこぼし、エイトは廊下へと歩む。玄関にほど近い場所に置いていた段ボールの一つを持ち上げ抱える。週明けに回収に出そうとしていた古雑誌の一部だ。必要な部分はスクラップにしているため歯抜けだが、彼が読む分には十分だろう。そもそも全ては己の私物である。どんな状態であろうが文句を言われる筋合いは無い。
 そう、文句を言われる筋合いは無いのだ。こんな突然押しかけて、勝手に棚を漁り、床を占領する輩に我が物顔をされる筋合いなど無いのだ。なのに、何故己はこんなに忠実に動いてしまうのだろう。馬鹿らしいったらない。
「読んだら帰りなよ」
 部屋に戻り、段ボールを下ろすとともに言葉を吐く。返事は無い。代わりに、箱が開けられる音が部屋に響いた。ボスン、とめいっぱいに取り出された雑誌が床に着地する。カラフルなニットに包まれた身体が、鍛えられた足がまたフローリングの上に転がった。
 はぁ、とエイトはこれ見よがしに溜め息を吐く。あのワイヤーグラス相手にこんな嫌味が通用するはずなどないと分かっている。だが、それぐらいはしないとやってられない状況である。部屋を他人――というには関係は随分親しいものであるが――に占領されて良い顔ができるはすなどない。
 幸いなのは、彼の興味が雑誌に全て注がれていることだろうか。これが己に向いていたらたまったものではない。酷暑続きで洗濯物が乾きやすい時分とはいえ、大きなシーツを洗って干すのは面倒なのだ。彼の身勝手でベランダを占領されてはたまったものではない。
 赤い目がベッドサイドへと向けられる。背の低い棚の上に置かれたデジタル時計は、まだ昼になって程ない時間であると告げていた。この調子では短くても夕方まで居座るだろう。額のあたりが小さな痛みを訴える。逃がすようにまた重い溜め息を吐いた。
 タブレットを手に、エイトも床へと座り込む。律儀に彼が雑誌を読み終わるのを待つ必要など無い。ならば、己も己で普段通り過ごすだけだ。幸いというべきだろうか、昨日は連戦したせいで振り返っていないバトルメモリーが溜まっていた。これを全て見終わり分析する頃には飽きて帰っているだろう――帰ってもらわねば困る。昼ならまだしも夜に彼がろくな行動に出るはずがない。
 トレードマークでもあるワイヤレスヘッドホンをタブレットに接続し、専用アプリでバトルメモリーを再生していく。適宜止め、ナマコフォンのメモアプリに注目すべき時間と簡潔なメモを残していく。流して、止めて、書いて、また流して。時折、ヘッドホン越しに紙がめくる音が聞こえた気がした。
 二人の時は穏やかに過ぎていく。あのワイヤーグラスといるとは思えないほど静かで、柔らかで、落ち着く時間が部屋を満たしていた。ナマコフォンのキーが鳴らす固い音、雑誌のページがめくられる音、音すら無い呼吸二つ。普段の苛烈さが嘘のような落ち着きが二人を包んでいた。まるで、仲の良い友達のように。長らく連れ添った恋人のように。
 バトルメモリーの再生を止める。ふと液晶画面から目を上げると、部屋は濃い影を落としていた。カーテンが開けた窓の向こう、空は目に痛いほどの青から網膜に焼き付くような赤に姿を変えつつある。もう夕方になってしまったようだ。これならば彼を帰すには十分だろう。そもそも、あのぐらいの量ならばもう読み終わっているはずだ。
 一人頷いていると、頭に、耳に感覚。つい先ほどまでは無かった子どもの歌声が丸い耳を撫ぜる。へ、と間の抜けた声を発し、思わず上を見やる。そこには、己の赤いヘッドフォンを無造作に掴んだワイヤーグラスの姿があった。人のギアに勝手に触れてきた不快感、一段落したとはいえ作業を途切れさせた怒り、無理矢理剥ぎ取られた混乱。何もかもが胸を逆撫でしていく。唇の端っこが短く痙攣したのは仕方が無いことだろう。
「飯行くぞ」
「は?」
「腹減った」
 これ以上無く端的に、これ以上無く言葉足らずに宣言したワイヤーグラスは、エイトの頭にヘッドホンを押しつけてはめこむ。そのまま踵を返し、玄関へと向かった。帰るということだろう。やっと解放される感動に、やっと一人の時間を堪能できる喜びに、エイトは密かに胸を撫で下ろす。気心知れた関係とはいえ、彼に部屋に居座られては安息など無いのだ――無いはずである。先ほどのあの感覚など、全てまやかしなのだ。
「何してんだ」
 段ボールの外に出された雑誌をまとめていると、背後から声が降ってきた。身をよじって見上げると、ぬらりと立ち見下ろすワイヤーグラスがあった。表情は逆光になって見えない。ゆったりとしたニットで膨らんだシルエット、ポケットに手を突っ込んだ無頼な出で立ち。どれも圧迫感を覚えるものだ。けれども、耳を撫ぜた声は驚くほど穏やかなものだった。まるで、ただの少年のような。
「きみこそどうしたんだ? 帰るんだろ」
「だから、飯食いに行くつってんだろ。早く来い」
 は、と疑問形の息を漏らすより先に、雑誌をまとめていた腕に負荷がかかる。浅黒い腕が加減無く引っ張られ、力がままに無理矢理立ち上がる羽目になった。大きな手が解ける様子は無く、そのまま玄関へと引き連れられていった。早く靴履け、と吐き捨てた彼は、器用に足だけで大ぶりなスニーカーを履きこなした。
 どうしてこんなことに。
 今日何十回目かの疑問は相変わらず答えが出てくる様子は無かった。






 満たされた腹がほどよい心地良さを身体に巡らせてくる。は、と吐き出した息は、温かく穏やかなものだった。ニンニクの香りがするのは余計だが。
「……すまない」
「あ?」
 隣、ナマコフォンをいじるワイヤーグラスに尋ねる。不機嫌そうな低い声が返ってきた。あくまで『不機嫌そう』であって、悪しき音ではない。むしろ充足に満ち鋭さを失った響きをしていた。
「今手元に現金が無くてね。代金は次会った時渡せばいいかい?」
 部屋から無理矢理引っ張り出された先、彼が足を向けたのはバイガイ亭だった。盆の最中でもある程度余裕がある大型店舗は、すぐさま二人を受け入れた。そこからはワイヤーグラスが全て注文を済ませ、黙々と食べ、伝票を奪取され。何もかもが目まぐるしく、追いつく余裕がないスピードで運んでいき、やっと自由な意思で店を出る今に至る。気にかかるのは、食事代は全て彼が出したということだ。きっと会計でもたもたと二人で財布を取り出すのを面倒くさがったのだろう。否、それ以前に突然引き連れられた故に己は財布を持っていない。それを知っての行動だったのかもしれない。全ては用意する余裕すら与えてくれなかった彼のせいだが。
 あ、と心底不思議そうな声が飛んできた。レンズの無い眼鏡の奥の濃紅はきょとりという表現が似合うほど丸くなっている。常は吊り上がった勝ち気な眉は、満腹感に絆されてかいつもより角度を下げていた。
「奢る」
「いや、いいよ。借りは作りたくない」
「今日居座っただろ。その代金と思っとけ」
 言葉少なな彼に言葉を返していく。最後に向かってきたのは、彼らしくもない殊勝な言葉だった。へ、と今日何度目かの音が漏れる。ルビーレッドの瞳が先ほどの彼よろしく丸くなる。声をこぼした口は小さく開いたままだった。
 彼に『居座った』という認識があるなど露ほども考えていなかった。その上、『代金』だなんて律儀な言葉まで飛び出してくるのだから驚きである。何かの間違いでは無いか、と訝しげな目つきで隣を歩く彼をひっそりと見やる。何だ、と鋭い声が飛んできた。
「いや、きみにそんな感覚があると思わなくてね」
「チームじゃよくあることだ」
 ワイヤーグラスはチームを率いるリーダーである。メンバー固定のチーム故、集まる機会は多いだろう。そこに飲食店が挙がるのも当然である。この街はコーヒー一杯で長居しても許される、否、諦められている店が多いのだ。チームリーダーとして代金を立て替えるのは、リーダーらしくはあるが『ワイヤーグラス』というヒトからは想像できない行動である。何せ、理不尽、強引、傍若無人をヒトの形に落とし込んだような姿ばかり見せるのだ、この男は。こんなにいきなり殊勝な姿を見せることなど天地がひっくり返ったような心地だ。
 バンカラ街から少し離れた道、少し暗がったそこで足音が一つに減る。目をやると、そこにはこちらを見るワイヤーグラスがいた。緩やかな逆三角形を描く身体は半分捻られてこちらに向ききっていない。きっと、そちらが彼が帰る方向なのだろう。ようやく離れられる。振り回されずに済む。安堵がくちくなった腹を中心に広がっていった。思わず息が漏れ出る。ニンニクの匂いがうっすらと鼻をついた。
「じゃ、明日」
 ひらりと手を振り、ワイヤーグラスは身を翻して歩んでいく。大きく速い足取りなこともあり、その背はすぐに闇に消えてしまった。青い頭一つ、古ぼけた街灯に照らされた道に取り残される。は、ともう数えるのが馬鹿らしくなった疑問符付きの溜め息が漏れた。
 明日も来るのか。明日も来る気なのか。雑誌はもう読み終わっただろうに。そもそも盆なら実家に帰るべきだろうに。何故己の部屋に居座るのだ。何故いつものように手を出すことなく、ただただ穏やかに過ごすのだ。意味が分からなかった。行動は凪いだものだというのに、胸の内を大時化めいて掻き乱す。理解が追いつかない脳味噌は無駄な回転をするばかりだった。
 長い長い思考の末、エイトは溜め息一つ落とす。質量があるならばコンクリートの地面をへこませてしまいそうなものだった。当然だ、キャパオーバーによるフリーズ寸前の脳味噌が疲労を覚えないはずが無いのだから。丸一日かけて掻き乱された心がそう簡単に落ち着くはずなどないのだから。
「……スーパー寄っていくか」
 彼は『明日』と言った。明日も来るのである。つまり、明日も食事が必要だ。彼のことだ、今日のように『居座った代金』としてまた奢ってくるだろう。しかし、それは己の意地が許さない。金銭をなぁなぁにされるのは不愉快である。何より、やられっぱなしでいられるわけがなかった。そう何度も外食して、金を使って、彼と二人でいるところを見られてたまるものか。
 種族特有のとがった指が慣れた手つきでナマコフォンを開き、電子決済アプリを立ち上げる。ど真ん中に表示された数字は、いつもの倍買っても問題の無いことを語っていた。
 二人分一気に作れる料理は何だろうか。カレーはあまりにも多い。スープでは腹の足しにならないだろう。ならば、炊いた米と焼いた肉か。己一人ならともかく、ヒトに振る舞うのだから手早く作れるレシピを探さねばならない。カコカコと鳴き声をあげながら、ナマコフォンは持ち主の指示通りの情報を液晶画面に並べていった。サムネイルと少しだけ表示されたページ内容を頼りに、レシピを漁っていく。何故こんなことに、という疑問ははたき落として頭の隅に追いやってしまう。
 けぶるように暗い道、底の薄い靴が薄ぼけたコンクリートを叩いていった。
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#ワイヤーグラス#エイト#ワイエイ #腐向け

スプラトゥーン

勝者:早起きさん【ヒロニカ】

勝者:早起きさん【ヒロニカ】
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何でも負けず嫌いで変なとこでも競い合ってるヒロニカは存在してほしいという願望。面倒見のいいニカちゃんも存在してほしいという願望。付き合ってる。
朝ご飯を作るヒロニカの話。

 ぼやけた世界が輪郭を取り戻していく。黒い瞼が風になびくように小さく動いた。ゆっくりと持ち上がったそれの向こうから蒲公英色の瞳が姿を現す。それもまた輪郭が曖昧でどこかとろけたものだった。
 真っ暗だった世界に光が差し込む。境目が分からなかった世界に色彩といった標が現れた。長い休暇を取っていた喉が鈍い呻きをあげる。込み上げるがまま大きなあくびを漏らし、ベロニカはベッドから身を起こした。寝る前に閉めたカーテンは薄いミラーカーテン一枚になっていて、朝日を和らげながらも室内に取り込んでいる。遠く、ドアの向こうからで小さな音が聞こえる。少しだけ高いそれ、続けざまに機能した嗅覚が捉えたのは肉が焼ける油たっぷりの香りだ。ほんのりと香ばしい、それでいて落ち着くコーヒーの香りも一緒に流れてくる。つまり、誰かが調理している。朝ご飯を作っている。
 現実を認識した少女の顔が一気に常の快活な様を取り戻す。それもすぐにしかめ面に歪んでしまった。うぅ、と濁った音が細い喉から漏れる。
 昨晩は一緒の時間に眠ったはずだ。ナマコフォンのアラームもきちんとセットしたはずだ。だのに、彼よりも遅くに起きてしまった。負けてしまった。敗北が起き抜けの胸を満たしていく。エスプレッソよりも苦いそれは、大きな口を真一文字に結んでしまうようなものだった。
「あっ、おはようございます」
「……はよ」
 扉が開く音。隙間から現れたのは、部屋の主であるヒロだった。器用なもので、両手には平皿を持っている。ベーコンであろう芳しい、胃を刺激する香りがぶわりと部屋に広がった。ぐぅ、と腹から声があがる。起き抜け、空きっ腹にはてきめんの匂いだ。
 泊まった日は早く起きた方が朝ご飯を作る。それが二人で決めたルールだった。そうでもなければ何から何までヒロが全てを負担しようとするからだ。だからこそ早起きしたいのだが、現状勝率は四割である。寝汚い方ではないはずだというのになかなか勝てないのだから悔しいったらない。おかげでせっかく作ってもらったというのに不貞腐れた声と顔を晒してしまう始末である。なんとも情けない有様だった。
「今日は僕の番になりましたね」
 ローテーブルに皿を並べながらヒロは言う。まるで動きに合わせた曲のようななめらかな口ぶりだった。腹が立つほどに。
「煽ってんのか?」
 口角をひくりと震わせながらベロニカは問う。刺々しい、爽やかな朝には相応しくない強い響きをしていた。『今日は』と言うが、前回も朝食を準備したのは――勝者はヒロである。負けず嫌いの己にかける言葉にしては随分なものだ。鳴き声をあげる胃の腑が熱を持つぐらいには。
 そんなわけないでしょう、と笑みを漏らしながらヒロは食器を並べていく。その笑みすら勝者の余裕に見えるのだから腹立たしい。被害妄想であるのは分かっていれども、悔しさに満たされた脳味噌は現実を歪んで認識してしまうのだ。鈍い音がほっそりとした喉から漏れ出た。そんな間にも、小さな音をたてて食卓に姿を変えたテーブルの上に皿が、マグカップが並んでいく。あっという間に朝ご飯の準備ができあがってしまった。
「食べましょう」
「おう」
 対面に座り、ヒロは言う。その手は胸の前で合わせられていた。あぐらを掻いて座り、ベロニカも同じように胸の前で手を合わせる。トースト、ベーコンエッグ、キャベツの千切り、コーヒー。己にとっては贅沢なほどの朝ご飯を前に、また腹が細い声をあげた。
「いただきます」






 闇に包まれていた世界が晴れてゆく。黒い瞼が痙攣するように小さく動いた。ゆっくりと持ち上がったそれの奥から薔薇色の瞳が姿を現す。常は鮮烈な色は今はまだけぶった色をしていた。
 真っ暗だった世界に光が差し込む。自己の内側と外側のあわいが曖昧だった世界に明暗という標が現れた。長らく動きを止めていた声帯が震えて鈍い声を漏らす。小さくあくびをし、ヒロはベッドから身を起こした。寝る前にきっちり閉めた二枚のカーテンは遮光性の高い一枚が開かれていて、朝の光を柔らかに取り込んでいた。遠くで、ドアの向こうから小さな音が聞こえる。チン、と高く短い音は耳慣れたものだ。同時に、嗅覚が香ばしい匂いを認識する。パンが焼ける香り、そしてコーヒーの香りだ。つまり、誰かが調理している。朝ご飯を作っている。
 現実を認識した少年の顔が常の穏やかな色を取り戻す。それもすぐにしかめ面に歪んでしまった。う、と低い音がまだ細い喉から漏れる。
 昨晩は一緒に眠ったはずだ。ナマコフォンのアラームもまだ鳴っていないはずだ。だのに、遅くに起きてしまった。負けてしまった。敗北が起き抜けの頭を侵蝕していく。焦げたベーコンよりも苦いそれは、ぱっちりとした目を強く眇めて鋭くしてしまうようなものだった。
「おそよう」
「……おはようございます。まだ七時ですよ」
 扉が開く音。隙間から現れたのは、部屋の主であるベロニカだった。器用なもので、片手にはマグが二つ握られている。香ばしい、それでいてどこか安心するコーヒーの香りが胃の腑を刺激する。敗北の味が少しだけ薄らいだ気がした。気休めでしかないが。
 泊まった日は早く起きた方が朝ご飯を作る。それが二人で決めたルールだった。本当ならば日頃世話になっている分己が作ってしまいたいのだが、ベロニカはそれを是としないのだ。お前ばっかにやらせてたまるか、と吠えた彼女の姿はまだ記憶の浅い部分に残っている。けれども、やはり負担は負担である。だからこそ早起きをしたいし、いつもしている。それでも勝率は六割ほどなのだから彼女も大概強情だ。そして、今日は久々に敗北を喫したのだ。おかげでせっかく作ってもらったというのに苦い顔をしてしまう始末である。なんとも不躾な有様であった。
「ヒロにしては遅い方だろ」
 いつも六時には起きてんじゃん、とベロニカは言う。まるで歌うようなご機嫌な口ぶりだった。悔しさを更に刺激するほどには。
「世間一般には早起きですよ」
 逃げるように瞼を下ろしてヒロは言う。明らかに強がり、負け惜しみでしかない苦く拗ねた響きをしていた。前回、前々回は己が朝食を準備した――勝者であったというのに、今日は完全に負けてしまった。それを分かっているからこそ、負け越している彼女だからこそこんな発言を飛ばしてくるのだろう。悔しいが、事実なので言い返しようが無い。特段疲れていたはずでもないのにこれなのだから尚更だ。
 そうだな、と笑みを漏らしながらベロニカは食器を並べていく。その笑みすら勝ち誇った、余裕綽々のものに見えてしまうのだから悔しいったら――腹立たしさすら覚えるったらない。被害妄想、八つ当たりであるのは分かっていれども、久々の敗北の味を叩きつけられた頭は全てを歪んで受け入れてしまう。鈍い音が健康的な色をした喉から漏れ出た。そんな間にも、カチャカチャと音をたてて食卓に早変わりした折りたたみ式ローテーブルに食器が並べられていく。あっという間に朝ご飯の準備ができてしまった。
「食べようぜ」
「……はい」
 対面に座り、ベロニカは言う。その手は胸の前で合わされていた。正座をして、ヒロも同じように胸の前で手を合わせる。トースト、ウィンナー、目玉焼き、コーヒー。オーソドックスで胃の腑を刺激する素敵な朝ご飯を前に、また腹が小さな声をあげた。
「いただきます」
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン

煽動と欲望【コロイカ/R-18】

煽動と欲望【コロイカ/R-18】
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煽るしある程度積極的だしぐちゃどろにされるバイカーシェードくん(仮)が見たかっただけ。情けなく喘ぐマルノミ君が見たかっただけ。捏造しかない。口調も名前も分かりません助けてください。
名前はXマッチのコールサイン参考で捏造。判明次第タグ付けるし本文加筆修正するかもしれない。
煽る子と煽られるし仕返す子の話。

 あ、と思わず音が漏れてしまったほど大きく口を開ける。第三者が見れば、きっと口蓋垂まで見せつけた無様な有様だろう。しかし、こればかりは仕方ないのだ。カラストンビが当たって怪我をするなんて間抜けな事態は避けなければいけない。充血した器官に鋭利なものを当ててどうなるかなど、想像するに容易い。男として想像もしたくないことである。
 これでもかと開いた口を、バイカーシェードは両の手で捕らえた――支えた屹立に向かってゆっくりと近づける。自然と垂れ下がっていた舌が、一足先に硬い雄にひたりと当たった。瞬間、凄まじい味が味蕾を刺激する。相当ヒトを選ぶ味だ。端的に言えばまずい。普通に暮らしていてはまず知ることのない味であり、知るべきではない味だ。だというのに、身体は歓喜を表すようにゾクリと震える。ぁ、とまた漏れた音は、鼓膜を破りたくなるようなものだった。
 最悪と言っても過言でない味を――これ以上無く本能を刺激する味を受け入れながら、少年は握り込んだ欲望の塊を口内に収めていく。血が巡りきった雄肉は、口腔粘膜を焼き尽くしてしまいそうなほど熱い。不愉快なはずなのに、胸の内にはどんどんと充足感が広がっていった。反面、腹の底は飢えを訴える。みっともなく泣き叫ぶ本能を抑え込み、バイカーシェードは頭を引いていく。くぷ、とやけに可愛らしい音が己の口から漏れるのが聞こえた。
 頷くように頭を往復させ、雄の証を扱く。色の薄い唇で、ピンク色の舌で、ぬめった硬口蓋で、柔らかな頬肉で、興奮しきった恋人自身を刺激する。ぐぷ、じゅぷ、と卑猥な音をたてて舐めしゃぶる。はしたない、なんて言葉では済まされない姿だ。けれども、今はこれが何よりも正しい姿なのである。コトを進めるためには。
 先端を咥え、張り出た部分を、先走りを漏らす孔を舐め回して刺激する。支える手を上下に動かし、幹にも刺激を与える。さすがに敏感な部分だからだろう、短い嬌声が上から降ってきた。もっと引きずり出してやりたくて、あちらも無様な姿を晒してやりたくて、手にも舌にも熱が入る。尖らせた舌で先端を浅くほじり、緩急織り交ぜ己の唾液でぬめった幹を扱き上げる。必死に堪えた吐息が何度も聞こえてきた。
 味が、熱が、粘膜を通して脳味噌を溶かしていく。じゅぶ、ぬぷ、と淫猥な音が己から発せられる。平時の己が見たならば卒倒する、否、すぐさま叩き潰してインクに還してやるようなものである。だのに、やめられない。淫らな姿を晒してでも、いつでも飄々としていけ好かないこいつに一矢報いたくて――己がきもちよくなりたくて仕方が無いのだ。
 吸い付きながら引き抜き、一度口を離す。じゅぽん、と猥雑な音が、ぐぁ、と濁った嬌声があがった。昂ぶり越しにちらりと上を見やる。室内灯で逆光になった恋人――マルノミはこれ以上に無いしかめ面をしていた。眉根は強く寄せられ、目は睨みつけるように眇められ、口は食い縛って牙を剥き出しにしている。だが、柔らかな輪郭を描く頬は赤く染まっている。彼が性的興奮を覚えている、快楽を覚えている証拠である。己の手によって追い詰められている証左である。無様極まりない光景に、バイカーシェードは思わず鼻を鳴らす。悟られぬよう、すぐさま次の行動に移った。
 だらりとみっともなく舌を垂れ下げ、シールでも貼り付けるように竿にべったりと付ける。ゆっくりとピンクの粘膜で雄の器官を撫で上げていった。手で扱いたことにより少し乾いてしまったそこに、新たに唾液をまぶしていく。まるでマーキングだ――匂いと味でマーキングされているのはこちらだが。
 柔らかでしなやかな筋肉で撫で上げられるのは随分と効いたらしい。呼吸を殺す音が何度も降ってくる。けれども、これではきもちよさよりももどかしさを覚えるはずだ。口淫に比べれば、こんなの児戯に等しい。粘膜を押しつけた剛直も、足りないと訴えるようにビクビクと跳ねた。
 頭に感覚。大きな何かが、ツヤツヤとした頭の形を確認するようにゆっくりと動く。その動きは、愛おしげ、という言葉が一番近いような気がした。
 口淫を施す時、マルノミはよく頭を撫でてくる。時たま、ええ子やな、なんてふざけた言葉まで飛んでくる始末である。そんなの、ただの強がりでしかないなどとうに分かっている。雄の弱点をめいっぱい刺激されて感じ入る情けない自身を誤魔化すための行為でしかないのだ。襲い来る快感を逃がすための愚策でしかないのだ。分かっているからこそ――限界が見えている証だからこそ、やる気が満ち満ちてくるというものである。
 厚い桃色粘膜を幹から離す。またはしたなく大口を開け、怒張を口の中に迎え入れた。頭に乗せられた手がビクン、と跳ねるのを感じる。心を満たしていく優越感に身を任せ、何度も頭を往復させる。先ほどのように舌を竿全体に当てて舐め回す。時折角度を変え、先端を硬口蓋に擦りつける。ハミガキをするように頬肉に押しつける。支える手で握り締め、ゴシゴシと根元まで丁寧に扱く。唾液をまぶしたことによって、摩擦力は低下している。だからこそ、直接的な快楽だけを与えてやれる。咥えこんだ雄はビクビクと震えるばかりだ。淫靡な音が鳴り響く中、ぐぅ、と喉が絞られる音が落ちるのが分かった。
「も、ええから」
 頭上から平静を装いきれていない声が降ってくる。降伏の声であり、敗北を認めた声だ。もう達しそうだという言外の主張だ。そんな弱みを見せて、止める道理などない。更に吸い付き、唇で、口腔粘膜で、指で煮えたぎる欲望を扱きたてる。ええて、と悲鳴に近い情けない声が降ってきた。つまり、限界が近い。
 トドメとばかりに、じゅう、と音が鳴るほど強く吸い付く。あッ、と鋭い嬌声が部屋に響くのが分かった。瞬間、口内で熱が爆発した。マルノミが射精したのだ。先ほどとは比較にならないほど酷い味が舌の上を広がっていく。精液を口内に排泄されるなんて最悪極まりない状況だというのに、興奮しきった心は、とろけきった脳は高らかに快哉を叫んだ。待ち望んだものだ、と腹の奥底が悦びに脈動する。呼吸をしているだけのはずの鼻から甘ったるい音が漏れたのはきっと気のせいだろう。
 舌を、喉を動かして、最低の液体を飲み下していく。少量だというのに、どろりとしたそれは粘膜にへばりつくようで上手く流れていかない。何度も吸い付いて――精虫を根こそぎ吸い出して、なんとか全て飲み込む。白濁を通した喉が何とも言えない感覚を訴えた。毎度のことであり、いつまで経っても慣れないことである――慣れても仕方が無いのだけれど。
 口全体を使って舐め上げるようにゆっくりと引き抜いていく。自然と垂れた舌とまだ形を保っている先端の間に細い橋が架かった。すぐにほつれたそれが垂れて、顎を濡らす。拳で拭い、視線を上へと向ける。逆光の中見えたのは、頬どころか肌全てを朱に染め、荒い息を漏らすマルノミの顔だ。眦に光る何かが見えたのは、きっと気のせいではない。あまりにも情けない――淫らな容貌に、思わず笑みが音となってこぼれ落ちた。
「早漏」
「誰がや」
 まだおかしな感覚がする喉で言葉を紡ぎ出す。嘲るそれを、すぐさま声が切り裂く。いつもの鋭さのなど失った、まだ輪郭が曖昧な音だ。当然だ、達したばかりなのにいつも通りでいられる方が珍しいだろう。それがまた間抜けに映って、妙に可愛らしく思えて、バイカーシェードは笑みを漏らす。ぺちん、と力の入っていない手で頭を叩かれた。
「てか、何でそないめっちゃ上手いねん。どこで覚えたんや」
 赤らんだ顔のまま、マルノミは唇を尖らせる。想定外に早く高みへと至った悔しさと、不安を孕んだ懐疑の音色をしていた。拗ねているようにも聞こえる。こんな行為など到底似合わない、子どもめいた姿だった――股ぐらの楔はまだ勃ち上がっているのだからシュールである。
「これだけやってれば嫌でも覚えるだろ」
 お前が悪い、と吐き捨て、バイカーシェードは拳で口元を拭う。口淫など、もう互いの両の手足を使っても数え切れないほど行ってきた。好むやり方や弱い部分なんてもう把握しきっている。ならば、そこを重点的に刺激してやればいいだけだ。敏感な部位はそれだけですぐに精を吐き出すのだから単純である。
 ふぅん、とマルノミは鼻を鳴らす。尖っていた唇が解け、今度は憎たらしい笑みを作り出す。細くなった目元には、喜悦が浮かんでいた。そぉかぁ、と満足げな声と共に、彼の両手が頭を包んで撫で回す。まだ濡れた拳で弾き飛ばした。
 立ち上がり、少年は恋人が縁に腰掛けるベッドへと乗り上げる。そのまま、枕に頭を預けてごろりと横たわった。太い弦を掴み、サングラスを片手で取って脇に放り投げる。黒いそれは音もなくシーツの上に転がった。
「続きやるぞ」
 お前だけきもちいいとかおかしいだろうが、とバイカーシェードは吐く。音が少し上擦ったものになっていたのはきっと気のせいだ。精を飲み下した喉がまだ上手く機能していないだけだ。誤魔化すように瞬きするのと、ベッドが鈍い鳴き声をあげたのはほぼ同時だった。
 レギンスの縁に手を掛ける。コトを終わらせるには――きもちよくなるためにはこんなものは邪魔でしかない。さっさと脱ぎ捨てるのが最善だ。力を入れるより先に、ずるりと肌を布が撫でていく感触がした。指先からは布が消え、代わりに視界の端っこに下着ごと引き抜かれたレギンスが見えた。どうやら脱がされたらしい。こいつは脱がしたがりなのだ。
 引き抜いた他者の下穿きを乱雑に放り投げ、マルノミはベッドの下を漁る。ローションを探しているのだろう。その間に、シャツのボタンを外してしまう。こちらもまた、行為の上では邪魔者である。上半身を起こし脱ぎ捨てようとしたところで、ぐっと下半身から負荷がかかった。そのまま、肩が、上半身がベッドに押しつけられる。反して、下半身は持ち上げられていた。鍛えられた足を掴んだ手が、そのままベッドに縫い付ける。背は中途半端に丸まり腰は持ち上がるという、まるで後転をし損ねたような形だ。は、と思わず疑問符が付いた声が漏れる。
「おい」
「黙っとき」
 不服の申し立ては短い言葉で斬り捨てられた。舌噛むで、と降ってきた声は何だか楽しげだ。ろくなことを考えていない証拠である。おい、と先ほどより強く声を放つ。同時に、肌に冷たいものがぶちまけられた。ボトルから直接垂らされるローションが、これから暴く場所だけではなく締まった尻や勃ち上がった己自身を濡らしていく。冷えてぬめった感覚は数えるのも面倒臭いほど体験しているが、未だに慣れずにいる――慣れてしまうのもそれはそれで問題だが。
 秘められるべき場所に、まだ硬い窄まりに指が触れる。出そうになった音を必死に潰し、息を呑み込んだ。触れたそれは皺のある縁をくるくるとなぞるばかりだ。労るような動きでもあり、宣言の一種にも思えた。今からここに挿入れるぞ、と。
 窄まった中心に指がひたりと宛てられる。身を固くするより先に、表面の硬いそれが這入ってきた。侵入者はおそるおそるといった調子で進んでいく。その度、じゅぶ、ずぶ、と猥雑極まりない音があがった。己の肉体から発せられているとは考えたくないそれに、バイカーシェードは身を捩る。足を押さえつける力が強くなった。
「危ないて。痛いんやなくて、きもちよぉなりたいんやろ?」
 笑みを含んだ声が、けれども切羽詰まったような響きが降ってくる。確かにきもちよくなりたいのは事実だ。でなければ排泄器官を舐めるなんて馬鹿げたことをやるはずがない。けれども、こんなおかしな姿勢を取る必要など無いではないか。訴えるより先に、ゆっくりと、確かに、マルノミの指が更にナカへと這入ってくる。根元まで埋まる頃には、息はすっかりと熱を孕んだ情けないものになってしまっていた。押し殺すも、浅くなる呼吸はみっともない音をたてるばかりだ。上から短い笑声が降ってくる。先ほどの意趣返しと言いたげなものだった。舌打ちをするより先に、緩慢な動きで指が抜かれていく。少しだけ曲げられたそれが内壁を擦り、胼胝が柔らかな部位を刺激する。薄く開いてしまった口から、ぁっ、と高い声があがった。
 ゆっくりと、腹が立つほどゆっくりと、マルノミは指を動かす。ただ突き入れるだけと思えば、鉤のように曲げた先端で擦り、広げるようにナカでくるくると円を描く。その度に神経は脳味噌に信号をぶち込んでくる。快楽と名の付いた信号をぶちこんで、思考を溶かしていく。身体に命令を送る役割を放棄させていく。気がついた頃には、口からは耳を削ぎ落としてしまいたいほどみっともない声が漏れていた。
「ぁ……ぅ、あっ」
 緩慢な指が増援を呼び、侵入者が二本に増える。うちがわをごりごりと強く擦られ、思わず嬌声が飛び出た。ガールのように高いそれがあまりにも情けなくて、肉をほじくられるのがあまりにもきもちよすぎて、目頭に熱を覚える。ぎゅっと閉じることでそれを押さえつけようとするも、這入り込んだ存在が許してくれなかった。ぐっぐっと二本の指が腹の中身を押す。瞬間、凄まじい感覚が頭を殴った。
「アッ! ぃ、あっ、あ……!」
「ここ、好きよなぁ」
 思わず開いた目、視界の中にマルノミが映る。蹴っ飛ばしてやりたいような笑みを浮かべた彼の顔も、指を突き入れられ従順に咥えこんだ秘所も、刺激していないのに先走りを漏らす己自身も、全て白色灯の下に晒されていた。この目にはっきりと映った。己の浅ましさ極まりない姿を、鮮明に認識してしまった。途端、心臓が跳ね上がる。指を咥えこんだ孔がきゅうと窄まる。ヒ、と悲鳴めいた声が部屋に響いた。
 しがみついてくるそれを振りほどくように、宥めるように、侵入者はうちがわを撫でていく。カリカリと引っ掻いて、きまぐれにあの場所をノックして、バタ足をするように開いて閉じて、ヒトの中身をめちゃくちゃにしていく。その度に脳味噌が形を失っていく。声帯が身勝手に震えて変な音を作り出す。腹の底で燻っていた炎が轟々と燃え上がっていく。もう何かを制御することも、何かを考えることもできなくなっていた。ただただ与えられる快楽を享受するだけだ。
 ずる、と聞きたくもない音をたてて指が去っていく。は、と安堵に漏れた息はすっかりと熱を帯びていて、嬌声とほぼ変わりない音をしていた。抱き締める相手を失った後孔がひくひくとはしたなく収縮する。求めていたものを失った腹が泣き声をあげる。同時に、心臓は動きを早めた。だって、指がいなくなったら、次に何が来るかなんて分かりきっていて。
 衣擦れの音。しばしして、また孔に何かが宛がわれた。指とは違う熱。指とは違う硬さ。何より、目の前にあらわになったその凶悪な形。待ち望んでいたものに、腹の底がきゅうと切ない声をあげる感覚が襲った。愚かしいそれを否定する思考力など、もう残っていない。ぁ、と期待に満ちた喘ぎを漏らすことしかできなかった。
 硬い先端が、解しに解した孔へと挿入っていく。ぐっと押しつけ、ずぷずぷと押し入り、熱で粘膜を焼いていく。その光景が全て光の下に晒され、見せ付けるように己の眼前で繰り広げられていく。腹からもたらされる快楽に羞恥を煽る光景。最高と最悪がぐちゃぐちゃになって、全部まぜごぜになって。視覚情報と触覚情報を受け止めた脳味噌は、最後の最後には法悦を叫んだ。まるで押し出されるように、喉からみっともない声が何度も吐き出される。己のものだと信じたくない細く高い声が乱れたシーツの上を転がっていった。
 マルノミの動きが止まる。昂った彼自身はまだ半分も這入っていない状態だ。一体どうしたのだろうか。何で這入ってこないのだろうか。何で、きもちよくなろうとしないのだろうか。続きをねだるように内壁が蠢き、ちょっとしか掴んでいない雄の象徴を撫で上げる。息の詰まる音、ナカで跳ねる肉。足を押さえつける手が更なる負荷を掛けてくる。ぼやけつつある視界の中、大きな口、その口角が不気味なまでに吊り上がるのが見えた。
 ばちゅん。
「――アッ!? ぃ、いっ……、あァ!」
 湿った大きな音が鼓膜を震わせる。瞬間、脳味噌の中身がバチバチと音をたてる心地がした。びくん、と驚愕と快感に身体が跳ねる。マルノミが一気に突き入れたのだ、と気付く頃には、淫猥な音が目の前で鳴り響いていた。
「ぅあっ! お、ま……、あ、ァ、ッア…………!」
 ばちゅん、ぼちゅん、と卑猥な音が部屋中に響く。その度にうちがわは快楽信号を脳味噌に叩きつけた。受容したそれは頭の中を揺さぶり、べったりと桃色に塗り潰していく。きもちいいことしか考えられないように作り変えていく。おかげで声を押し殺す機能など忘れてしまったようだ。喉は空気を押し出し、声帯は勝手に震え、甘ったるい声を口から吐き出させる。耳を斬り落としてでも聞きたくない、己のものとは絶対に認めたくない情けない声だ。けれど、制御機能を失った身体は本能に任せて悦びを謳い上げた。
 硬いモノがすっかりと柔らかくなったうちがわを突き進み、拓いていく。張り出たカリでうねる肉を耕し、太い幹で隘路を押し広げ、ヒトの中身を暴いていく。奥底に叩きつけるように突き入れたと思えば、小刻みに動かし指で散々いじくった部分をこね回す。しとどに流れる先走りを塗り込めるように先端を媚肉に擦りつける。その度に、神経は丁寧に快楽を拾い上げて頭へと伝達する。信号を受け止めた脳味噌は、どんどんと形を失っていった。ただただ情報を――もたらされる淫悦を受け止めるだけの存在へと成り下がっていく。
 性行為などもう数え切れないほどしている。しかし、今回は特別きもちがいい。何しろ、普段は届かない場所まで雄杭が穿ってくるのだ。垂直に突き立てる体勢によるものだろう、なんて考える暇は無い。ァ、ぅあ、と浅ましい声が口を突いて出る。開閉機能を忘れた口は開きっぱなしになり、絶えず嬌声と唾液を漏らしていた。肉が肉を耕す音と合わさって、この上なく卑猥な合奏が部屋中を満たしていく。
 突如、声が止む。空気と声を吐き出す口が苦しさを覚える。ナカだけではなく、口まで熱を感じる。ぬめる何かが舌を絡め取る。口付けされているのだ――否、食われると言った方が正しい。唇全てがマルノミの口の中に収められていた。
 呼吸の音が、唾液がこねられる音が、猥雑なハーモニーを更にいやらしいものにしていく。腹のナカだけでなく、耳まで犯していく。凜々しい目元がどろりと溶けるように垂れ下がった。
 口付けの最中でも、マルノミがじっとしているはずがない。穿つように腰を垂直に押しつけ、しなやかな内臓を押し広げて形を変えさせていく。舌と舌が擦れて、肉と肉が擦れて、多大なる快楽を生み出す。頭の中にはもう『きもちいい』の五音節だけが浮かんでいた。それも肛悦が全て蹴散らしていくのだけれど。
 ばちゅばちゅと腰つきが早くなる。ローションが大太刀でこねられる音もどんどんと鋭さを増していった。口が解放されると同時に、動きはどんどんと激烈なものとなっていった。ぐちゃぐちゃのどろどろになった脳味噌が一つの事実を理解する。果てが近いのだ。この腹に子種をぶちまけようとしているのだ。一番きもちいいことをしようとしているのだ。びくびくと身体が跳ね、口は相変わらず悦びの声をあげる。唾液にまみれた口元に、薄い笑みが浮かんだ。
 早くちょうだいと言わんばかりに内壁が蠢く。ぎゅうぎゅうと抱き締めて、刺激して、縋りつく。必死なそれを振りほどき、大業物は何度も抜いては突き入れてを繰り返す。互いに最高の瞬間を求めての動きだ。淫猥極まりない音の中に、嬌声が二つ混ざっていく。短いそれらは、やはり果てを意味するものだった。
 ごちゅん、と腹の一番奥で音が聞こえた気がした。
 瞬間、ぼやける視界に火花が散る。とろけた脳味噌がバチバチとショートする。法悦の涙を流していた腹の中身がこれ以上に無い叫びをあげた。悦びの叫びを。
「――ぅっ、ぐ、ぅ!」
 ビクン、とバイカーシェードの身体が一際大きく跳ねる。あれだけあげていた高い嬌声は、詰まったものに変わった。あまりの肉の悦びに、喉は息を吐き出すことすらできなくなったのだ。一拍置いて、顔に熱。揺さぶられて揺れる己自身から精が吐き出されたのだ、と認識するより先に、ァ、と上擦った声が頭上から聞こえた。
 ぼぢゅん、と淫らな音が下半身からあがる。同時に、うちがわを熱が焼き尽くしていった。マルノミもまた達したのだ。吐き出された子種が腹の中身を蹂躙していく。どぷどぷと注ぎ入れて、ナカにマーキングしていく。これは自分のものなのだ、と主張し染めていく。ただ熱を注ぎ込まれているだけだというのに、最高にきもちいい。達したばかりの頭が、快楽を認識してまたバチバチと火花を散らす。もう弾けて無くなってしまいそうな心地だった。きっと、それすらもきもちいいのだろう。
 達したばかりだというのに、マルノミは腰を動かす。精巣の中身を全て吐き出し、塗り込めているのだ。きもちいいことを求めて、無意識の所有欲を剥き出しにして、少年は小刻みに動く。その度にうちがわに欲望が流れ込んできて、脳を焼いていく。開きっぱなしの口は、突かれる度に短い悦びを吐き出した。
 ようやく動きが止まる。ずるり、なんて音が聞こえてきそうなほどゆっくり、萎びた肉茎が肉の道から抜き出された。ほぼ同時に、足を押さえつける力が無くなる。ドサ、と隣から鈍い音が聞こえた。
 ようやく無理な姿勢から解放され、意識がまともな形を取り戻し、バイカーシェードは大きく息を吐く。サングラスはとうの昔に放り出したというのに、視界がぼやけて悪いったらない。瞬きをすると、眦を何かが垂れゆく感覚がした。目元も口元だけでなく、鼻や頬のあたりまで妙な冷たさを感じる。重い腕を動かし触れてみると、ぬるりとした感触が指を伝った。離れた指先を眺める。紅潮した末端には、薄い白が付着していた。
 そうだ、己の精液だ。無理な姿勢で行為をしたせいで、顔に精をぶちまけてしまったのだ。腰や足、尻にじわじわと痛みが広がっていく感覚。無理矢理押さえつけられ曲げられた場所が、加減無しに打ち付けられた場所が不満を噴出しだしたのだ。
「ふ、ざける、なよ、おまえ」
 なんとか手を持ち上げ、バイカーシェードは真隣へと腕を下ろす。ばちん、と重い音。いったぁ、と疲れ果てた声があがった。
「ええやん。よかったやろ?」
 問う声はこの上なく満足げなものだった。それはそうだ、ヒトの身体を好き放題にもてあそび、子種全てを吐き出したのだから満足していないわけがない。それが腹立たしくて――事実を突きつけられて、不愉快で仕方が無い。否定の言葉を返そうにも、あれだけ喘いだ喉は痛みを訴えてまた機能しない。舌打ちをするのがやっとだった。
「またやろな」
「やらん」
 ウキウキなんて擬音が似合う声でマルノミは言う。ざらついた声が短く切り捨てた。
 またなんてごめんだ。こんな無理な体勢など、顔に欲望を吐き出してしまうような体位など、きもちよすぎて何もかも分からなくなるような行為など、当分はやりたくない。
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#腐向け #R18

スプラトゥーン

大事にするしかなくなるじゃねぇか!【ヒロニカ】

大事にするしかなくなるじゃねぇか!【ヒロニカ】
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独占欲強めでニカちゃんに贈り物しちゃうヒロ君見たくね?気付かないまま愛用してたけど気付いた瞬間顔真っ赤にして叫ぶニカちゃん見たくね?というオタクの末路がこちら。戦略については薄目で見てください。
最強ペア決定戦に出ようとするヒロニカの話。

「水持ってくる」
 タブレット、ノート、雑誌。様々なものが広げられたローテーブルに手をつき、ベロニカは言葉短く立ち上がった。お構いなく、と必要な資料をリュックから取り出しながらヒロは言う。しなやかな指は卓上にコップの居場所を作っている最中だった。鼻を鳴らすように返し、家主である少女は台所に続く扉の向こうへと消えていった。
 タブレットを操作し、少年は今日のためにまとめてきたフォルダを開いていく。『yagura_masaba.jpg』と書かれた画像ファイルをタップすると、簡略化されたステージマップが大画面に広がった。書き込めるよう編集アプリに送り、カバーを折り畳んで机上に立たせて置く。液晶画面を走らせるスタイラスペン、白無地のノートを彩る三色ボールペンが机に転がった。
 バンカラ街では不定期にイベントマッチが開催される。ランダムで配布されたブキでバトルする、ヤグラやカーリングボムが巨大化する、スペシャルウェポン使い放題。内容は何でもありのハチャメチャなものばかりだ。まさにイベント、まさにお祭りである。
 今月頭に発表された予定表には、五つのイベントマッチが書かれていた。ウルトラハンコ祭り、、最強スピナー決定戦、塗りダッシュバトル、最強ペア決定戦、ツキイチ・イベントマッチ。それを見て、顔を合わせ頷きあったのは記憶に新しい。
 最強ペア決定戦。
 通常ならば四人チームで行うガチヤグラを二人ペアで戦うイベントマッチだ。調整されてはいるものの、少人数で戦うため普段より試合展開が早いのが特徴だ。また、『最強ペア』を謳うだけあって、事前に友人知人を誘って参加する者が多い。練度が高く息の合った二人組と当たる確率は他のイベントマッチに比べて格段に上がっていた。相性によっては一分足らずで終わるほどのスピード感、そして実力勝負、ひいてはコンビネーションが存分に発揮されるイベントである。
 ベロニカとチーム――二人で戦うようになって久しい。今では暇さえあれば一緒に潜って戦うほどの仲だ。こんな『最強ペア』を決めるイベントに出ない理由など無い。
 出るには勝ちたい。具体的には、上位五パーセント入賞が目標だ。ガチヤグラにおいて.96ガロンとトライストリンガーは特別相性が悪いわけではない。しかし、今回のイベントマッチは中後衛の二人だけで凌ぎ、オブジェクトを進めなければならないのだ。研究を重ねるのは必然であった。
 ナマコフォンにガチヤグラの情報を出しながら、ヒロは目の運動をするように部屋を見回す。赤い目に、青いタコ――正確にはデフォルメされたタコ型のクッションが映った。座布団のように床に投げ出されたそれにステッチされた目は、虚無めいて天井を見つめている。
 子どもの顔ほどあるクッションは、タコらしい丸い輪郭のハリを失いなんだかくたびれている。ふわふわとした生地は汚れは目立たないものの、少ししんなりしているように見えた。中の綿が潰れているのか、薄くなって萎びている。ベランダで日干しをしているインクリングの姿を思い起こさせる姿だ。
 一目で使い込まれたことが分かるそれに、オクトリングの少年は口元を綻ばせる。何しろ、このクッションは己が贈ったものである。彼女の種族であるインクリングではなくオクトリングのデザインを、黄色ではなく青色の品を選んだのは、少しの下心と独占欲だ。いつでもそばに置いてほしい。彼女が持つものが己の色であってほしい。そんな欲望がにじんでしまったものの、当の本人は無邪気に喜んで受け取ってくれた。どうやら気付いていないらしい。愛しい彼女らしいとは思うものの、後ろ暗い欲望が露見しなかった安堵はあるものの、どこか寂しさを覚えたのだからこの心はわがままで面倒だ。いつだったか友人に借りた漫画曰く『恋とは面倒くさいもの』らしいが。
 愛おしさを込めて贈った品がくったくたになるほど使い込まれているという事実は、言葉にしがたい嬉しさを湧き起こす。使わずに取っておいてくれるのも十分に嬉しいが、やはり使い倒されている方が個人的には喜ばしい。それだけ彼女と一緒にいるということなのだから。
「おまたせー」
 ノブが回る音と軽やかな声が飛び込んでくる。視線を音の方へ移すと、足でドアを閉めているベロニカの姿があった。手には空のマグカップ二つと一・五リットルのペットボトル、そしてお菓子のバラエティパックがあった。作戦を立て議論を繰り広げるのだ、水も糖も必須である。ペットボトルごと持ってきたのは何度も汲みに行くのが手間だからだ。ちょっとの手間は積み重なって、結果的に時間を多大に無駄にしてしまう。
 地面にペットボトルと腰を下ろし、少女はクッションを引き寄せる。そのまま、あぐらを掻いた足の間に青いそれを置いた。小麦色の腕がくたびれた青に回され、ぎゅうと抱き締める。あまりにも自然な動きに――当然のように抱き締める姿に、少年の肩がびくりと跳ねた。
「……そのクッション」
 おそるおそる、好奇心に突き動かされるまま少年はクッションを指差す。ふわふわとした表面をなぞる指が動きを止め、黄色い瞳がタブレットから赤い瞳へと移った。ん、と機嫌の良い声が細い喉からあがる。
「あぁ、ヒロがくれたやつ。ふわふわですげーいいわ。抱えてたら腹冷えねーしな」
 あんがとな。黄色い目が細まって、カラストンビ覗く勝ち気な口が柔らかく弧を描いて、まろい頬が柔らかく形を変える。爛漫という言葉がよく似合う、眩しいほどの笑顔だった。少なくとも、下心を自覚している少年の目を、心を焼くほどには。
「……気に入っていただけて何よりです」
 痛みを覚える心臓を押さえつけながら、ヒロは笑みを作る。必要以上にならないよう抑える、と言った方が正しかった。だらしなく緩みそうになる頬の筋肉を引き締め、人並みのまともな笑みを浮かべなければならない。いくら恋人とはいえ――否、恋人だからこそ、彼女の前では良い格好をしたいのだ。スマートで大人びたヒトでありたいのだ。
「キレイな青だよなー。ヒロの色そっくり……」
 クッションを掲げたベロニカは、ふわふわとしたそれと恋人の顔を交互に見比べる。その視線が、言葉が、不自然なほど急に途切れる。急ブレーキを踏んだかのようだった。蒲公英の目がパチリと瞬く。その意味を察し、少年の頭に警鐘が鳴り響く。浅黒い肌が青くなるのと、小麦の肌が赤くなるのは同時だった。
「わー!!」
 部屋中に、下手をすればアパート中に響きそうな叫声が少女の口からあがった。近所迷惑など一切頭にない声量だった。少年も悲鳴をあげるように口を大きく開く。しかし、そこから音が飛び出ることはなかった。喉は引き絞られて音を発するどころか息を肺に送ることすらできなくなっていた。酸素が途絶えた苦しさを覚える暇も無く、少年は目を見開く。すっかり変わった顔色と正反対の紅玉の瞳には、絶望と表現するのが相応しい陰が差していた。
 掲げられていたクッションが宙を舞う――否、ラインマーカーめいてまっすぐに突き進んでいく。青い触腕を掠めそうになるほどの剛速球は、ぽすんと可愛らしい音をたてて壁にぶつかった。壁紙を撫でるように落ちていったそれが起きたままのベッドの上に着地する。ドン、と壁の向こう側から鈍い音が聞こえた。
「おま、お前、まさか」
 わなわなと震えながら、ベロニカはどうにか声を発する。言葉を紡ぎ出す唇も、まっすぐに見据える顔も、インクを浴びたかのように色付いていた。クッションの代わりに掲げられた角張った人差し指が、青くなったヒロの顔をまっすぐに差す。まるで探偵が犯人を追い詰めるような姿だ。秘密を暴いてしまったのだから実質同じである。
「い、いえ? 偶然じゃないですか?」
 しどろもどろになりながら、見苦しさなど完全に忘れて、オクトリングはとぼけ声を吐き出した。いつでもヒトの顔を見つめる赤い視線はうろうろと宙を揺らめいている。鋭い黄色の瞳と差す指が視界の端に映る。それを真ん中に収める勇気など、今のところ持ち合わせていない。
 どうしよう。いやどうしようもない。けど。少年の頭を言葉がぐるぐる回る。ぐちゃぐちゃにもつれたそれは塊となって、意味の無い塊となって転がっていく。それが巡らせるべき思考を塞ぎ止めるように頭の中身を硬直させた。
「嘘吐くんじゃねー!!」
 すぐさまインクリングは否定の言葉を叫ぶ。バトル中に報告するときのそれと大差ない声量だった。つまりは、狭い部屋を震わせるほどの爆音である。カラストンビを剥き出しにする様は、審判子猫が威嚇する時の姿とよく似ていた――段違いに恐ろしいものだが。
 ドン、とまた鈍い、更に強い音が壁の向こうから鳴り響く。隣人の訴えだった。つまり、近所迷惑なことを巻き起こしている証拠である。必然的に二人同時に口を噤む。それでもまだ言い足りないのか、少女の口元はわなわなと震えていた。
「……っざけたことしやがって」
「気付いてなかったんだからいいじゃないですか」
 吐き捨てる少女に、少年はいけしゃあしゃあと返す。完全に吹っ切れた声だった。暴かれてしまったのならば仕方ない。謝ったところで取り返しが付かないのだから、もう開き直るしかなかった。格好付けるには、スマートな様を取り繕うにはもう何もかも遅いのだ。
「気付いたら使いにくいだろうが」
 あー、と濁った声を吐き出して、ベロニカは天井を仰ぐ。落ちていった言葉から、濃く色付いた耳から、まだ彼女が己のことを強く意識していることが窺えた。それが胸に染みこんでいって、少年の胸にほのかな熱を宿す。腹の奥底に落ちていって何かを満たす感覚がした。
 沈黙が部屋に落ちる。壁を殴られるほどの騒がしさはもうどこにもなかった。あるのは赤い顔と色を取り戻した顔、そしてベッドを転がる青いクッションぐらいだ。ふぅ、とオクトリングは細く息を吐き出す。机の上に転がったスタイラスペンを手に取った。
「……えっと、ペア決定戦ですが」
「この状況でその話し出すとかマジかよ……」
 沈黙を破った少年に、少女は呆れ果てた声を漏らす。ドン引き、と表現するのに相応しい音色だった。そんなことを言ったって、有限である時間は過ぎていくばかりなのだ。午前中にある程度の戦略を立て、午後のスケジュールで立ち回りを確認する予定を立てているのだ。話は早く進めるに限る。
「もうどうしようもないじゃないですか」
「開き直ってんじゃねぇよ」
 タブレットを操作する青を、細くなった黄が睨みつける。うー、と細い喉から濁った音が漏れ出るのが聞こえた。
「ちゃんと持って帰りますから」
 平静の音を作り出して、ヒロは短く告げる。知られてしまった以上、彼女があのクッションを持ち続けるのは不可能だろう。クッションに罪はないのだから、捨てるのはあまりにも忍びない。回収して己の部屋の押し入れにしまいこむのが一番だ。本当なら役目を全うさせてやりたいが、彼女が使い倒した物を己が使う豪胆さは生憎持ち合わせていない。大人びようと頑張ってはいるものの、まだまだ心は青少年のそれのままなのだ。
「……いらねぇよ」
 ダン、と机に手を突いて、ベロニカは立ち上がる。鍛えられた足が大きく歩んでいって、少年の後ろ――ベッドへと辿り着く。種族特有の大きな手が、白いシーツの上に転がるクッションをむんずと掴んだ。足早に戻ってきて、少女はまたあぐらを掻いて座る。その足の間には、くたびれたクッションが鎮座していた。
 紅の瞳が丸くなる。それが何を意味するかなど、そんな都合が良い現実が繰り広げられるなど、青春真っ只中の脳味噌は処理しきれずフリーズを起こす。尖った指からペンが落ち、机の上を転がっていった。
「ペア杯だったら高台取るより降りて右行った方がいいよな」
 机上を駆けゆくペンを四角い指が捕らえる。そのまま、タブレットの画面をなぞった。自陣坂道下に彼の目のように赤い丸が描かれる。白黒の画像の上に、白紙だった計画の上にやっと色が乗る。
「……はい。見晴らしが良いので狙われやすいですが、ミストを投げれば少しは対応できるかと」
「敵高……よりも坂道のが良さそうだな。それか箱のとこ」
「ルート絞りたいですしね。どっちにしましょうか……」
 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、少年少女は議論を重ねる。少女の赤い耳と毛並みが乱れたクッションが、騒ぎが現実であることを語っていた。
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン


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