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No.149

twitter掌編まとめ4【SDVX】

twitter掌編まとめ4【SDVX】
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twitterで書き散らしてた大体2000字ぐらいの掌編まとめ。twitter掲載時から修正とか改題とかしてるのは気にするな。
成分表示:ライレフ2/嬬武器兄弟2/レイ+グレ1/魂+冷音1/ハレルヤ組1/ユーシャ+千影+チョコプラちゃん1/ハレルヤ組+グレイス1/識苑+かなで1

夏空と傷痕/ライレフ
 痛いほどの陽光が世界を照らし出す。波の音が眩しいぐらいの夏空の下響き渡る。バシャバシャと水が跳ねる音。子どもたちのはしゃぎ声が蒼天に昇った。
 浮き輪をつけ、子猫たちは波打ち際に足を浸してはしゃぐ。『自分たちだけで深いところに行かないように』という言いつけをしっかりと守り、足先が浸る程度の浅い場所で遊んでいた。
 元気な様子に、烈風刀は頬を緩める。猫は水が苦手と聞き少し心配していたが、彼女らはそうでもないようだ。怯える様子など全く無く、積極的に海を楽しんでいた。
 ビーチパラソルの下、少年は傍らのクーラーボックスを開く。凍らせておいた飲み物は、順調に溶けていた。これなら冷たい状態でいつでも水分補給できるだろう。弁当の類もきちんと保冷剤に囲まれている。しばらくは平気だろうが、あまり時間をおいては不安だ。頃合いを見て食事を摂ることを促さねば。きっと、あれだけはしゃいでいれば声を掛けるより先に『お腹が空いた』と寄ってくるだろうけど。
「れふとー!」
「らいとー」
 後ろから呼ばれ、パラソルの下兄弟二人は振り向く。視線の先には、浮き輪を抱えたニアとノアの姿があった。細い足が砂浜を蹴って走る度、まとめて結った蒼髪とサンバイザーに付いた長い耳が揺れる。
「見て! でっかい浮き輪!」
「おっ、借りてきたんだ?」
「そうだよー。これなら海の上でぷかぷか浮けるかも」
 身の丈半分ほどもある大きな浮き輪を抱え、少女らは目を輝かせる。いいなー、と雷刀は羨むように青い浮き輪を眺める。いいでしょー、とニアは自慢げに笑った。
「らいとたちは海入らないの?」
 ニアの問いに、兄弟の動きが止まる。青兎たちをまっすぐに見つめていた二色二対の瞳は、反対方向に逸らされた。
「あー……えっと……」
「僕たちは荷物の管理をしなければいけませんから。後で入りますよ」
 目を泳がせ言葉を濁す朱に反し、碧はにこやかな笑みを浮かべて返す。荷物の管理をしなければいけないのは事実だ。万が一盗難被害に遭って楽しい時間を台無しにしてしまうなどあってはならない。
「……いいの?」
「えぇ」
 不安そうに今一度尋ねる妹兎に、弟は笑みを崩さず首肯する。その笑顔は普段通りのようで、少しだけ固い。それが伝わったのだろう、姉妹は不思議そうな表情で互いの顔を見た。
「あとで交代するね!」
「もうちょっとだけよろしくね!」
 そう言って、兎たちは海へと駆けていく。浮き輪持ってきたよー、とはしゃぐ子猫たちの声によく通る声が混ざった。
「……もっと上手く誤魔化せないのですか」
「できたら苦労しねぇよ……」
 はぁ、と双子は嘆息する。晴れ渡る夏の青空に相応しくない、重く暗いものだった。
「誰のせいでしょうね」
 呟くようにこぼし、烈風刀は羽織ったパーカーの裾を握る。溶けてしまいそうなほど気温が高いというのに、まるで閉じこもるように前を合わせた。鍛えられた腹が、緑の布地の奥に消える。
「さぁな。誰のせいだろうな」
 投げやりに返し、雷刀もパーカーの襟元を握る。凍える身を守るように引っぱり、赤い生地で首を隠した。早くも日に焼け薄く色付いた肌が赤い生地に埋もれる。
 本当なら、こんな暑い中パーカーなど着ていたくない。海にだって入りたい。めいっぱい泳ぎたい。そう思えど、行動できぬ色が二人の肌に刻まれていた。主に、背中と腰に。
 海に行く、つまりは人前で肌を晒す予定があるのは分かっていた。分かっていて、二人でベッドに雪崩れ込んだ。全てが終わった後に傷が残る懸念が浮かび上がったが、まぁ大丈夫だろうと兄は笑い飛ばした。弟も、早く治るようにと薬を塗った。それでも、深く刻まれた爪の痕はうっすらと残ってしまったのだ。あまりにも無計画で、あまりにも浅はかとしか言いようがなかった。
 こんなもの、子どもたちに見せるわけがいかない。純粋な桃たちはきっと心配するだろうし、知識がついていてもおかしくない年頃のニアたちには勘ぐられてしまう可能性がある。そんなことはあってはならない。その結果がこれである。
「海、入りてーなー……」
「行ってくればいいのではないですか。背中は見えにくいですし」
「烈風刀だけ入れねぇのはやだ」
 どんなわがままですか、と碧は嘆息する。だってずるいだろ、と朱は唇を尖らせた。そんな配慮をするぐらいなら、最初から誘うなという話である。乗った己も同罪なのだから、口に出すことはしないけれど。
 ザザン、と波の音が鼓膜を揺らす。光を受け輝く海面を、浅瀬ではしゃいで遊ぶ兎と子猫を、兄弟は眺める。熱い海風が二色の髪とパーカーを揺らした。




「先に言い出したのそっちだかんな!」「意味が分からないのですけど!」/ライレフ
 一日紙の上を走り回っていた重たい腕を持ち上げ、雷刀は鞄から鍵を取り出す。揃いのキーホルダーを付けたそれは、銀のシリンダーを回し錠を開けた。鍵を握りこんだまま、ノブを回す。住まいと廊下を分かつ扉が開き、暖色灯の明かりが己を迎え入れた。
「ただいまー……」
 力の無い声で帰宅を告げる。言ったものの、リビングにいるであろう弟には聞こえないだろう。分かっていても口にしてしまうのは癖なのだから仕方無い。
「あ、おかえりなさい」
 靴を脱ぐために座り込んだ己の頭に、耳慣れた声が降ってくる。手を止めて振り返ると、そこにはエプロンを着けた烈風刀の姿があった。胸にはタオルの束が抱えられている。洗濯物をしまっていたところなのだろうか。朱い目が白くふわふわとしたそれをぼんやりと眺めた。
「ただいま」
「ちょうどいいところに帰ってきましたね。ご飯にしますか? それとも先にお風呂にしますか?」
 今一度帰宅の言葉を口にする。返ってきたのは、穏やかな笑みと問いだった。今週の食事当番は烈風刀だ。晩ご飯を作っておいてくれたのだろう。風呂の用意ができているのは単純にタイミングの問題だろうか。彼のことだから、自分が入ろうとしていたところを譲ってくれるのかもしれない。
 飯、と声帯が震える直前で、動きが止まる。あれ、と脳内で疑問の声があがる。疲れ切った脳味噌の端に、投げかけられた言葉が引っかかったのだ。毎日聞く文句ではある。けれども、この二つを並べるのは何か意味があったはずだ。なんだっけ、ととっちらかった記憶の引き出しを片っ端から開けていく。それはすぐに見つかった。
 ご飯にする? お風呂にする? それとも――
 定番の誘い文句だ。恋愛に疎い自分でも知っているほど使い古された、けれども確かな意味を持つ言い回しだ。それを、今恋人が口にした。己に向かって発した。その事実が、停滞していた思考に染み渡っていく。
 最後の提案は無かったではないか、偶然だろう。疲れ切った脳味噌に一欠片残った冷静な部分が告げる。恥じらいがちな彼のことだ、言おうとして押し込めてしまったのかもしれない。疲弊した脳味噌の茹だった部分がでたらめを言う。否、きっとそうだ。そうに決まっている。補習で丸一日勉強漬けにされ疲労困憊の脳味噌は、間違った方向へと舵を切った。
 脱げかけの靴のまま立ち上がり、こちらを見つめる愛しい人へと一歩踏み出す。エプロンの肩紐が通る確かな肩を、両の手で捕らえた。ぱちりと瞬く孔雀石を、柘榴石がまっすぐに見据える。
「れっ、烈風刀がいい!」
 発した声は少しばかり裏返っていた。なんとも格好が付かない。けれども、奥手で恥ずかしがり屋な恋人がこんな風に誘ってきたのだ、興奮し上擦ってしまうのも仕方が無いことである。バクバクと心臓が脈打つ。夜風に晒された頬は、高揚で薄ら赤く染まっていた。
「は?」
 返ってきたのは、酷く冷えた声だった。全てを凍りつかせるような、切り捨てるような、鋭く冷たい音だ。あれ、と疲労で溶けた脳味噌が疑問符を浮かべる。
「馬鹿なこと言ってないで選んでくれませんか。こっちにも段取りがあるんですから」
 見つめ返す、否、睨む浅葱は冷たい色をしていた。先ほどまでの温かさなど欠片も無い。手入れされた唇から紡がれる言葉も、酷く面倒臭そうな音色をしていた。
「あ? え? あれ? え、だって――」
「決められないのなら先にご飯食べててください」
 肩を掴む手を振りほどき、烈風刀は呆れきった調子で言う。お風呂先にいただきますね、と残し、彼は洗面脱衣所へと消えた。
 パタン、とドアが閉まる音。扉にはめられたガラスから光が漏れ、廊下に伸びるのが見えた。
「…………………………えー」
 長い長い沈黙の末、雷刀は吐き出すように声を落とす。あまりにも間の抜けた音をしていた。
 どうやら先の言葉は単なる偶然で、己の解釈と返答は誤答だったらしい。そんな馬鹿な、と茹だりきった脳味噌が泣き声をあげる。それみたことか、と小指の先ほど残っていた冷静な脳味噌が真っ当な声をあげた。
 はぁ、と重苦しい溜め息をこぼす。勘違いとはいえ、期待したのに冷たくあしらわれたのは心にくるものがある。それも疲れ切ったところをとびきり酷く扱われたのだ、痛みはひとしおだ。
 はぁ、ともう一つ溜め息。とにかく、手を洗おう。ご飯を食べよう。それから、風呂に入って、部屋に突撃してやろう。偶然とはいえ欲望を焚きつけたのはあちらなのだ。それぐらいしたって罰は当たらないはずだ。
 今一度座り、脱ぎかけだった靴を脱ぐ。紐がぐちゃぐちゃになったそれを、踵を揃えて置く。鞄を引っ掴み、朱は洗面所へと足を向けた。
 狭い玄関ホールの明かりが、少し萎れた白い背を照らした。




甘味と塩気と即席劇場/嬬武器兄弟
「映画見ようぜ!」
 リビングに元気な声とナイロン生地が擦れる音が飛び込んでくる。突然のそれに、烈風刀は手元の携帯端末から視線を上げた。そこにはナイロンバッグを高く掲げた雷刀の姿があった。
「いいですけど……何ですか、それ」
「ポップコーンとコーラ」
 大股でキッチンに向かう兄の背を追う。食器棚に手を伸ばしていた彼はくるりと振り返り、ほら、とエコバッグを手渡してくる。ずしりと重いそれの中には、市販のポップコーンの袋とコーラのペットボトルがあった。どれも大容量だ。二人で食べるにしても、いささか多いように思える。
「やっぱ映画っつったらポップコーンとコーラだろ?」
「そうですけど……、もしかしてこのためだけに買ってきたんですか?」
「俺の奢りだからいいじゃん」
 棚の奥からプラスチックカップを取り出し、朱は冷凍庫を開ける。製氷皿を取り出し、乱雑に氷をカップに入れていく。ガラガラとしっかりと凍ったそれが硬い音をたてた。
「烈風刀はポップコーン持ってっといて」
 ナイロンバッグからペットボトルを抜き出し、雷刀はひらひらと手を振る。分かりました、と短く告げて、キッチンを後にした。
 リビング、壁際のテレビの真ん前に置かれたローテーブルに鞄の中身を並べる。白いポップコーンが爆発するように飾られたパッケージは、片手で持つには少しばかり苦労する大きさだ。それが二つ。つまり、一人一袋の計算である。さすがに多くないか、と碧は顔をしかめる。大方、値段の安さに反する大きさに惹かれて選んだのだろう。
「烈風刀ー、カーテン閉めといてー」
「もう閉めてますよ」
「いや、どっちも閉めといて」
 キッチンから飛んできた声に、烈風刀は首を傾げながらも窓際に向かう。ベランダに続くガラス戸には、光を通す薄手のカーテンが引かれている。昼下がりの今は、遮光仕様の厚手のものを閉めるには早い時間だ。不可思議に思いながらも、少年は薄青色のカーテンを閉めた。陽の光が消え、リビングが暗くなる。
 あんがと、と後ろから声。視線をやると、薄闇の中にストローの刺さったプラスチックカップを二つ持った片割れがいた。透明なそれの中身は黒に近い茶で染まっている。コーラを注ぎ入れたのだろう。カラン、と少し溶けて小さくなった氷が軽やかな音をたてた。
 手にした飲み物をテーブルに置き、雷刀は机上のリモコンを手に取る。丸い電源ボタンを押すと、画面がパッと光を取り戻した。闇の中、大きな液晶が存在を主張するように眩しく輝く。
「目が悪くなりますよ」
「一時間ちょっとぐらいならだいじょぶだろ」
 ソファに座った兄は、その隣のスペースをぽんぽんと叩く。眉間にかすかな皺を寄せつつ、弟は手が指し示す場所に座った。ほい、とポップコーンの袋が飛んでくる。
「何見る?」
「見たいものがあるのではないのですか?」
「別に。何か映画見たいなー、って思っただけだし」
 問いかけるも、返ってきたのはぼんやりとした答えだった。確かに唐突だとは思ったが、本当にただの思いつきだったとは。彼らしいといえば彼らしい。自分だけ、でなく、二人で、と当然のように己を巻き込んでくるのはやめてほしいのだけれど。
「……この間レイシスが面白いと言っていた映画、たしか今月から配信していたはずです。それを見ましょう」
 まぁ、でもたまにはこんな非日常もいいかもしれない。
 珍しく悠長なことを考えながら、烈風刀は背もたれに沈み込む。膝に抱えたポップコーンの袋がガサリと音をたてた。
 分かった、と弾んだ声。液晶画面内をカーソルが動き回る。話題作としてピックアップされていたおかげで、目当ての映画はすぐに見つかった。
 再生ボタンが押される。画面が暗転し、しばらくして映像配信会社のロゴが大きく表示された。ドサ、と重い音。兄もまた背もたれに身を預けたようだ。
 スピーカーから流れる鳥の鳴き声に、ビニールパッケージを開ける音が二つ重なった。




夏色スイーツ旅/レイ+グレ
 燦々と陽が降り注ぐ窓の外を眺めながら、グレイスは水が入ったグラスを傾ける。カラン、とガラスと氷がぶつかり軽やかな音を奏でた。
「お待たせしました。レモンのレアチーズケーキ、ブドウのタルト、わらび餅パフェ、トロピカルスイカ杏仁クリームソーダ、アイスハニーミルクティーです」
 銀の盆を両手に一枚ずつ持ったウェイトレスは、すらすらと唱えながらテーブル上に皿とグラスを並べていく。ケーキとドリンクを目の前にし、対面に座った姉は感動の声をあげた。
 背の高いグラスを引き寄せる。まろやかな茶色と細かな氷で満たされ真っ白なストローが刺さったそれは、見るだけでも涼やかだ。炎天下の中歩き回った熱が薄れていくような心地がした。
「いただきマス!」
 長いスプーンを手に、レイシスは手を合わせる。元気な声がテーブルに響いた。おあがりなさい、と妹は小さな声で返し、ストローに口を付けた。一口吸い上げると、香り高い紅茶の中にはちみつの風味と独特の甘さが広がった。ここのカフェラテは美味しいと聞いていたが、紅茶もこれほど美味しいとは。疲労がまとわりつく身体を、冷たさと甘さが癒やしていく。
 口を離し、ちらりと視線を上げる。躑躅の瞳に、パフェスプーンでわらび餅パフェをめいっぱいにすくう桃が映った。バニラアイスと黒蜜、きなこが小さなスプーンの上で山を成す。溶けて落ちてしまいそうな白と黒は、真っ赤な口に吸い込まれた。こくりと細い喉が上下する。途端、きらめく薔薇輝石が大きな虹を描いた。
「美味しいデスー!」
「良かったわね」
 感嘆する姉に、妹は緩く笑んで返す。一口、もう一口とレイシスはスプーンを運ぶ。頬張る度に、可愛らしい顔がとろけていく。幸せとはこのような表情を言うのだろう。
 スイーツ食べに行きマショウ!
 そう言って彼女が寄宿舎の部屋に突撃してきたのが今日の午前のこと。あれよあれよと着替えさせられ、手を取り外へと出かけたのだ。飲茶店のごま団子にかき氷、鯛焼き屋の夏限定カスタードアイス鯛焼き、喫茶店のソーダゼリーにクリームソーダ、そしてカフェのケーキにパフェ。様々な店をはしごし、夏を満喫するようなスイーツを楽しんでいく――といっても、それはほとんどレイシスの話だ。あまり量が食べられない己は、かき氷と鯛焼き、小さめのクリームソーダで胃が限界を迎えた。本当ならば『お腹がいっぱいだ』と言って帰宅を促すべきなのだろう。それでも、幸せ満開な笑顔で甘い物を食べる姉の姿を見ているだけでも十分に楽しくて、ついつい付き合ってしまう。腹もいっぱいになるのだけど。
 アイスティーを飲みながら、もぐもぐとスイーツを満喫する姉の姿を密かに眺める。パフェのバニラアイスとわらび餅を食べ終えた彼女は、そっとフォークに持ち替えた。銀色のカトラリーが、つやつやと輝くぶどう、それを支えるタルト生地に突き立てられる。大きく切り取られたそれが、リップで彩られた口に吸い込まれていく。美しい曲線を描く頬が動く。んー、とたまらないと言わんばかりの高い声がケーキを頬張る口から漏れた。
「アッ、グレイスも一口食べマスカ? とっても美味しいデスヨ!」 
 視線に気付いたのだろう、鮮やかなピンクの瞳がぱちりと瞬く。細い指がフォークを操り、ケーキを一口分すくい上げた。あーん、と弾んだ声とともに、紫で彩られた銀がこちらに迫った。
「お腹いっぱいだからいいわ」
 少しばかり身を引き、グレイスは差し出されたケーキから距離を取る。最後に食べてからいくらか歩いたものの、アイスティーを数口飲んだだけで再び胃は容量限界を訴えた。たった一口といえども、ケーキが入る余地は残っていない。『甘い物は別腹』とよく言うが、己には当てはまらないようだ。
 そうデスカ、と姉は手を引っ込めしゅんとした様子で視線を下げる。美味しいものは分かち合いたいのだろう。そうでなければ、わざわざ己を誘ったりはしないはずだ。
「貴方が食べたくて頼んだんでしょう? 貴方が全部食べるべきだわ。いっぱい食べる方が幸せなんだから」
 柔らかな微笑みを浮かべ、妹は言う。いいのか、と問うように、紅水晶がこちらを見やる。応えるように、尖晶石がふわりと細められた。フォークの上に鎮座していたぶどうが、もぐりと食べられた。
「また今度来た時、一緒に食べマショウネ」
 ケーキという幸せを飲み込んだ彼女は、まっすぐにこちらを見つめて言う。アッ、次は秋の方がいいデショウカ、とはわはわと少女は口にする。同じラインナップになるのを避けるためだろう。そういう細かな気を遣ってくれるのだ、この優しい薔薇色は。
「そうね。また秋に誘って」
 マゼンタの目がふわりと細められる。柔らかな視線を受けたピンクは、表情を輝かせた。ハイ、と元気な声が甘味が並ぶテーブルに落ちた。
 秋といったらモンブランだろうか。カボチャとサツマイモもある。抹茶の旬は秋だと聞いたことがある。楽しみはいっぱいだ。
 気持ちが良い様で食べる姉を眺め、妹はアイスティーに口を付ける。柔らかな甘みと豊かな香りが口の中を楽しませた。




冷たさ半分こ/嬬武器兄弟
 カサリと小さな音が店内音楽に混じって聞こえた気がした。嫌な予感に、烈風刀は手に提げた買い物かごに目をやる。店内専用のプラスチックかごの隅に、入れた覚えのないアイスのパッケージが居心地悪そうに佇んでいた。
「雷刀」
 眉間に皺を寄せ、隣に並んでいた兄を見る。鋭い視線を避けるように、ふいと顔が逸らされた。やはり彼の仕業のようだ。
「家計簿つける時にややこしくなるでしょう。自分で買ってください」
「えー」
 唇を尖らせる朱に、碧はかごから取り出したアイスを突きつける。まっすぐになった口が何か言いたげにもごりと動く。しばしして、日に焼けた手が渋々といった様子で青と白で飾られたそれを受け取った。そのまま黙って列を離れていく。最後尾に並んだのだろう。
 夕方の人が多いスーパー、セルフレジに向かう列はじりじりと進んでいく。ようやく己の番が訪れ、烈風刀は重いかごをレジ台に乗せた。手慣れた様子でナイロンバッグを広げ、電子パネルを操作しながらかごの中身をスキャンしていく。最後に電子マネーカードをかざし、会計を済ませた。
 通学鞄を肩に、二つになった買い物袋を両手に携え、レジの群れから出る。出口には、アイスのパッケージを剥き身で持った兄がいた。黙って近づいてきた彼が、右手に握った薄手の鞄を自然に取る。行こーぜ、と歩き出した朱の後ろに続いた。
 自動ドアをくぐる。途端、熱された湿った空気が身体にまとわりついた。まだ高い位置にいる太陽の光が剥き出しになった肌を刺す。不快指数を上げるばかりのそれらに、思わず眉を寄せた。店内の心地良い空調にしばらく浸った身体には少しばかり厳しい環境だ。夏とはいえ、夕方になったならば少しぐらい涼しくなってもいいだろうに。そんな無意味な愚痴が頭をよぎる。
「ほい」
 隣から声。視線をやると、そこには半透明のプラスチックパッケージを差し出す雷刀の姿があった。バッグを肘にかけた右手には、同じものと薄いビニールパッケージがある。そういえば、先ほどかごに勝手に入れられたアイスは二つ一セットのものだったはずだ。
「貴方が食べたくて買ったんでしょう」
「あちぃだろ? 素直に食えって」
 ほら、と空いた左手に細いそれを押しつけられる。食品を落としてはたまらない、と反射的に受け取ってしまった。つめてーだろ、と夕焼け空の目がにこりと弧を描いた。事実、既に熱を持ち始めた身体には心地の良い温度をしていた。
 ありがとうございます、と返す声ははっきりとしない響きとなってしまった。純然たる好意なのだから素直に受け取るべきだとは分かっているものの、どうにも慣れない。弟の様子を気にすることなく、兄はビニールパッケージの頭部分をパキリと折って開けた。真っ赤な口に柔らかなそれの先端が含まれる。ちゅう、と可愛らしい音が聞こえた。
「んめー!」
 アイスから口を離した途端、朱い少年は声をあげる。つい先ほどまで冷凍庫で入念に冷やされていた氷菓は彼を満足させたようだ。倣うようにパッケージの頭を折る。いただきます、と呟いて、碧い少年も冷たいそれを含む。吸い上げると、冷たさと甘さが口の中に広がった。
「美味しいですね」
「だろ? 久しぶりに食ったけどやっぱいいよな」
 穏やかな声をこぼす烈風刀に、雷刀は上機嫌な様子でアイスを振った。言われてみれば、久しぶりに食べた気がする。幼い頃は、買い物ついでに一つ買って二人で分けて食べたものだ。今では、兄一人で全部食べてしまうことの方が多いのだけれど。
 今日の晩飯なんだっけ。夏野菜カレーですよ。やった。
 和やかに言葉を交わしながら、兄弟連れ立って歩いて帰る。制服に包まれた背を夕陽が照らした。




翌日、元気な青い背を思いっきり叩いてやった/冷音+魂
 ケホ、と乾いた音と息が漏れる。小さな音だというのに、枕元の青は怒鳴られたように身を竦ませた。
「魂、これ、お母さんが持っていきなさいって……」
 差し出されたのは白いビニール袋だ。薄い生地の向こう側に、うっすらと緑とオレンジが見える。市販のフルーツゼリーか何かだろう。後で食べる、と返した声の後ろにまた咳が付く。今度はゲホゲホと量が多かった。
「だっ、大丈夫?」
「大丈夫なわけねぇだろ……」
 狼狽える冷音に、魂は低い声で返す。喉がいがらっぽくてどうにも低くなってしまうのだ。何より、根底に怒りがある。ごめんね、と萎れた謝罪の声に、少年は咳をこぼした。
「秋だぞ……考えろよ……」
 秋も深まってきた先日、台風がやってきた。珍しく規模が大きなそれは、街を暴風雨で掻き乱した。一部地域では避難警告が出たほどである。幸い、己たちの暮らす地区はただただ雨風が酷いだけで済んだのだけれど。
 そうだ。警報も何もなく、ただ雨が強いだけ。これでもかというくらい強いだけ。今までの人生で一番ではないかというぐらい強いだけ。
 そんな天気の中、この雨に狂う腐れ縁が浮かれないはずがないのだ。
 被害を警戒した学校は授業を切り上げ、皆早くに家に帰ることとなった。教師から特に念を押して注意されたというのに、冷音は家から正反対の、台風に近づく方角へと走っていったのだ。慌てたのは魂だ。正直なところ、止める義務などないのだからこのまま放って帰ってしまいたい。だが、ここであいつを野放しにしては彼の母親が心配するのだ。いつも世話になっている、美味しいお菓子を食べさせてくれる素敵な人。少しでも恩は返したかった。
 そうして頭一つ分は上の首根っこを引っ掴んでどうにか家に帰ったのが一昨日のこと。熱が出たのが昨日のこと。学校を休んだのが今日のこと。休みの連絡を知り――正しくは『お前のせいで風邪引いたんだけど』と恨みがましいメッセージを受け、冷音が見舞いに来たのが今だ。
「何でお前はピンピンしてんだよ」
「さぁ……?」
 慣れてるからかなぁ、と呑気な言葉が返ってくる。ふざけんなよ、とまた低い声が落ちた。咳二つ。
「ゼリー食べる?」
「食べる……」
 ガサガサとビニール袋を漁る音を横に、ゆっくりと身を起こす。熱はだいぶ引いているものの、一日以上横になっていたからか妙に気怠く感じた。
 はい、と蓋を外されたゼリーとプラスチックスプーンが手渡される。何も言わず受け取った。熱が出るほど風邪を引いた原因はこいつなのだ、礼を言う義理などない。
 スプーンですくい、透明なゼリーと剥かれたみかんを口に含む。程よい甘さと冷たさが渇いた口を、妙に詰まる喉を、空っぽに近い胃を癒やした。思わず声を漏らす。袋の持ち主がほっと息を吐くのが横目に見えた。
 黙々とゼリー菓子を食べていく。心地良い甘さとたっぷりの潤いを残し、カップの中身は空になった。無言でクッションに座る腐れ縁に突き出す。はいはい、と呆れた調子で食器は回収された。
「残り、おばさんに渡しとくね」
 そう言って、青い少年は立ち上がる。ある程度無事な様子を確認し、謝罪も済ませ、菓子も渡したのだ。もう帰るのだろう。黙ってひょろ長い背を見やった。冷音、と咳交じりの声で名前を呼んだ。
「今日はもう外出んなよ。まっすぐ帰れよ」
「心配しなくてもちゃんと帰るよ」
 魂こそちゃんと寝なよ。そう残して、扉は閉まった。廊下を歩く音。遠くで人が話す声。また足音。そして、静寂が訪れる。
 枕元の携帯端末を操り、天気を確認する。今日の天気予報は晴れのち曇り。夜の降水確率は三〇パーセントだった。つまり、降る可能性はある。
 風邪引いても知らねーかんな。口の中で呟いて、少年は二色の目を閉じた。




氷と染め色/ハレルヤ組
 シロップディスペンサーから液体が流れ出る。鮮やかな赤のそれは、真下のカップに降り注ぎ白い山を染めていった。レバーが元の位置に戻る頃には、白は鮮烈なる赤に様変わりしていた。ぬるいシロップをめいっぱい注がれた削り氷は、溶けて一回り小さくなってしまった。
「掛けすぎではありませんか」
「掛け放題なんだからいっぱい掛けた方がいいじゃん」
 呆れた声に、弾んだ声が返される。そうだぜにいちゃん、と屋台主の笑い声も飛んできた。随分と気前が良いことである。
「レイシスは何味にしたんだ?」
「いちごデス!」
 シロップをかけ終わった雷刀は隣へと視線を向ける。呼ばれた少女は、満面の笑みで『氷』の文字が大きく描かれた発泡スチロールカップを掲げて見せた。藍の生地に白の花散る浴衣姿にいちごの赤いかき氷はよく映えた。
「オレもいちご!」
「僕は……メロンにしましょうか」
 お揃いであることに喜びはしゃぐ兄を退け、弟は緑の液体が詰まったディスペンサーからシロップを掛ける。白い氷はあっという間に緑に染まった。濃く鮮やかなそれは、提灯の温かな光に照らされる闇の中でもはっきりと存在を主張していた。
 ありがとうございマシタ、と礼を言うレイシスに続き、兄弟二人も礼を言う。お祭り楽しんどいで、と主人は手を振り少年少女を見送った。
 屋台の群れから少し離れた場所、開けた広場へと移動する。設置された椅子と机は既に埋まっており、ほとんどの者が立って談笑している。壁際の少し空いたスペースに三人は身を滑り込ませた。
「いただきマス!」
「いただきまーす!」
「いただきます」
 声を揃え、三人はストローでできたスプーンを構える。ストライプで彩られたそれが、サクリと軽い音をたててかき氷に差し込まれる。小さくすくう者もいれば、こぼれそうなほど多くすくう者もいる。三者三様にシロップに染められた削り氷を溶ける前に口に運んだ。
「んめー!」
「冷たいデスー!」
 レイシスと雷刀は感嘆の声をあげる。美味しいですね、と烈風刀は穏やかな笑みを浮かべ二人を見た。節の目立ち始めた手が、透き通るなめらかで美しい手が、一口、また一口とかき氷を運んでいく。いてぇ、と時折頭を押さえる朱に、桃は慌てすぎデスヨ、可愛らしい笑顔を浮かべた。そういう彼女も、痛いデス、と頭を押さえる。もっとゆっくり食べましょう、と苦笑混じりの声が窘めた。
 暑い夏の夜の中、冷たくて甘い氷菓子はどんどんとすくわれ形を崩していく。あっという間に色とりどりの氷は姿を消してしまった。朱はカップを傾け、底に残ったシロップを飲み込む。意地汚い、と顔をしかめる碧に、もったいないじゃん、と彼は唇を舐めながら返した。
「なーなー、レイシス。べーってして」
「何を言っているのですか」
 手本を示すように舌を出す兄を、弟は鋭く切り捨てる。垂らした舌をそのまま、雷刀はストローを振って器用に言葉を紡ぎ出す。
「ほら、かき氷食べたらシロップで舌の色変わるって言うじゃん? 変わってんのかなーって」
「赤いシロップなのですから変わるわけがないでしょう」
「雷刀は変わってマセンネ」
 しかめ面で正論を吐く碧と垂れた舌を眺める桃を前に、朱は不満げに目を細める。烈風刀の指摘通り、だらしなく垂れた舌は元の健康的な赤色のままだった。残念デス、とレイシスは眉を八の字に下げて厚いそれを眺めた。
「あっ、そだ。烈風刀はメロンだったじゃん? 緑になってんじゃね?」
「そうかもしれマセンネ!」
 しょんぼりとした少女の様子に、朱い少年は舌をしまい慌てて声をあげる。赤い線で彩られたプラスチックストローが碧い少年を指した。行儀が悪い、と指摘するより先に、え、と驚愕の浮かぶ声があがる。
「烈風刀、べーってしてくだサイ!」
 べー、と薔薇色の少女は舌を出して実演する。可愛らしい小さな舌は、やはり元気な血の赤をしていた。突然矛先を向けられ、弟はえ、と再びこぼして身を固くする。舌を出すなどはしたない。けれども、愛しい少女がそれを望んでいる。守るべきマナーと少女への忠誠心が天秤に掛けられる。もちろん、一瞬で後者に傾いた。
 浅葱の瞳がうろうろと泳ぐ。しばしして、べー、と控えめな声とともに薄く開いた口から小さく舌が覗いた。中ほどまで出されたそれは、すっかりと着色料の緑色に染まっていた。
「本当に緑デス!」
「こんなにはっきり変わるんだなー」
 手を合わせて喜ぶ桃と、感心した声をあげる朱。薔薇輝石の瞳と炎瑪瑙の瞳が、緑に染まった小さな舌に一心に向けられる。じぃと見つめられている事実に、子どものような行動をしている事実に、まだ丸さが残る頬が舌と反対の紅で薄く色付いた。すぐさま緑で染め上げられた赤は引っ込められ、姿を消した。
「もういいでしょう。屋台を回る時間がなくなりますよ」
 誤魔化すように言って、碧は二人の手からカップとスプーンを回収する。真っ当な指摘に、ハワ、と少女は声をあげた。
 近くに設置されたゴミ箱に分別して捨て、少年は行きますよ、と手を差し出す。ハイ、と元気に応えた少女が手を伸ばす。大きな手に載せられたのは、横から伸ばされた同じほどの大きさの手だ。行こーぜ、と兄は不自然なまでにニコリと笑いかける。弟は一瞬眉を寄せる。すぐさま解き、そうですね、とこれまた不自然な笑みを浮かべた。
 たこ焼きと焼きそばと、あと何でしたっけ。ベビーカステラ食べたいデス。オレから揚げ食べたい。ゆるゆると会話を交わし、三人は広場を歩いていく。藍の浴衣と黒の浴衣二つが屋台街へと歩いて消えていった。




×4/ユーシャ+千影+チョコプラちゃん
 サクン、とよく焼けた生地が軽やかな音をたてる。歯応えは固いそれは、口の中ですぐに解けた。素朴な甘さが舌の上に広がる。もう一口。チョコレートがかかった部分は更に甘く、けれども心を癒やすかのような優しさをしていた。
「もうちょっとなのになー……」
 クッキーをかじりつつ、ユーシャは携帯ゲーム機を操る。画面下に表示されている残機数は、いつの間にか一桁まで減っている。ゲームオーバーまですぐそこだ。呻り声をあげながら、少年はもう一枚クッキーに手を伸ばす。個包装のそれが音も無く破かれる。
「そろそろアイテム使ってみたら?」
 隣で焼き菓子を頬張る千影がボタンを押す。ピロン、と電子音とともに、アイテム欄が表示された。一面から触っていないそこは、もう全ての欄が埋められている。これ以上獲得できない状態だ。
「使ったら卑怯じゃない?」
「あー……。分かるけど、ずっと使わんかったらもったいないやろ?」
 少女の言い分もっともだ。攻略が有利になるアイテムがあるのならば、積極的に使うべきである。ずっと詰まっている今なら尚更だ。けれども、アイテムを使い強い状態で敵に勝つというのはなんだか気が引ける。否、悔しいのだ。道具などに頼らずに勝利を掴み取りたい。ゲーマーとしての意地とでもいうのだろうか。
「使えるもの全部使ってこその勝利だよ~?」
 液晶画面を見つめる二人、その脇に置かれたカップの中から声がする。露草と竜胆が両手で抱えるサイズのそれへと向かう。マグカップの縁に腕を乗せた妖精は、眼鏡の奥に柔らかな笑みを浮かべていた。
 彼女の言葉に、青い目が悩ましげに細まる。引き結ばれた口から、また呻り声が漏れた。彼女の言も正論である。こうなってはもう意地との闘いだ。
「一回使ってクリアできたら普通の状態でもっかいクリアすればええやろ。実質ノーアイテムクリアや」
「それは何か違わない?」
「違わんやろ。アイテム使わずにクリアしたことには変わりないんやから」
 ほらほら、と少し濃い色をした指がボタンを押す。既に載せられた少年の指を避けながら十字キーを操り、一番入手しやすく強化効果も薄いアイテムにカーソルを合わせた。
「じゃ、ウチそろそろ撮影の時間やから」
 がんばりやー、とクッキーを口に放り込み、少女は去っていく。残ったのは一人の人間と一人の妖精、陽気な電子音を奏でる携帯ゲーム機だけだ。
 ねぇねぇ。依然悩ましげに液晶画面を眺めるユーシャに、どこか弾んだ声がかけられる。
「気合い入れるために、大人でビターな味試してみる?」
 そう言って、妖精はにまりと笑う。とぷん、と軽い音と同時に彼女の姿がマグから消える。すぐさま、隣に置かれたプラスチックカップから顔を出した。チョコレート色の小さな指が、すぐ隣、今の今まで彼女がいたマグカップを指した。
 コクリと息を呑む。苦い味は得意ではない。今だって、コーヒークッキーを避け、プレーンやチョコレートといった甘いフレーバーばかり食べていた。今彼女が入っている己が使っていたカップだって、中身は甘い清涼飲料水だ。妖精のために用意されたマグ、その中身のコーヒーはまだ自分には早い味である。
 けれど。
 携帯ゲーム機を机に置き、白くて大きなマグカップに手を伸ばす。ほんのりと温かなそれを前に、もう一度息を呑む。気合いを入れるのだ。苦みで目を覚まし、百パーセントの力を発揮するのだ。持てる全てを以て、勝利をもぎ取るのだ。
 コーヒー独特の香りが鼻をくすぐる。苦みの象徴のようなそれに眉をしかめながらも、少年はひと思いにカップの中身を口に運んだ。
 あっま、という声が、溜まり場と化しつつある控え室に響いた。




川の字+1/ハレルヤ組+グレイス
 ソファとローテーブルを部屋の隅へと押しのける。あらわになったフローリングをさっと拭き、押し入れから運んできた敷き布団を三枚敷く。数枚のシーツで覆い、枕と掛け布団を置く。賑やかな団欒の場は、夜を穏やかに過ごす場へと変わった。
「……来客用の布団、もう一つ買わなければいけませんね」
 敷き詰められた広い布団を眺め、烈風刀は小さく笑う。だなぁ、と自分の枕を抱えた雷刀が返した。
「グレイスはワタシと一緒のお布団で寝るから大丈夫デスヨ~!」
 置きっぱなしにしてあった寝間着に着替えたレイシスは、姉の部屋着を借りて着るグレイスに抱きつく。ぴゃわ、と小さな悲鳴があがった。
「狭いでしょ!」
「前に一緒に寝た時は余裕デシタヨ? 大丈夫デス!」
「あれはこっちに来たばっかで小さくなってた時の話でしょ! 今はあなたとほとんど身長変わらないんだから狭いわよ!」
 かしましい姉妹の様子を、兄弟は微笑ましそうに眺める。何笑ってんのよ、と鋭い視線と声が飛ばされる。べつにー、と朱は浮かぶ笑みを隠すことなくはぐらかすように返した。八重歯覗く桜色の唇が悔しげに結ばれる。
 立て続けに行っていた機能アップデートが落ち着いた今日、久しぶりに四人で夕食を食べようという話になった。広く時間の融通も利くから、という理由で嬬武器の兄弟の住まう部屋に集まり、料理し、心ゆくまで会話と食事を楽しんだ。テレビのクイズ番組で競い、テーブルゲームに興じ。賑やかな時を過ごしていく内に、夜はすっかり更けていた。こんな夜更けに女性二人で帰らせるのも悪い、いつも通り泊まっていくといい、という話になったのはすぐだった――レイシスが度々兄弟のところに泊まっていることを知らなかったグレイスは非常に驚いていたけれど。
 全員シャワーを浴び、寝間着に着替え、各々寝る準備を済ませる。慣れた手つきで三人で布団を敷き、今に至る。
 三枚分の敷き布団は広いが、高校生四人で寝るにはいささか手狭にも見えた。かといって、今から布団一式を手に入れるなど不可能だ。今日のところはこれで凌ぐしかない。
 姉妹――というよりほとんどグレイスである――は静かなる夜の中で言葉を交わし合う。攻防は続くばかりだ。さてどうしようか、と朱と碧の兄弟は互いに目配せをした。
 兄弟二人で一つの敷き布団を使い、残りの二つをレイシスたちに譲るという手もある。しかし、おそらく彼女はそれを由としないだろう。泊まらせてもらっているのに布団まで譲ってもらうのは申し訳ない、と。普段は尊大にも見える姿勢を取るグレイスもそう言うだろう。人をよく見て気遣う子なのだ。
「…………あぁもう、しょうがないわね」
 折れたのは躑躅の少女だ。この少女はつっけんどんにするものの、最終的には姉に甘いのだ。ヤッター、と薔薇色の少女は万歳をする。すぐさま目の前の細い身をぎゅっと抱き締めた。苦しいって言ってるでしょ、と抗議の声があがる。
「……お布団、別に買わなくてもいいわよ」
 マゼンタの瞳が、ターコイズを見やる。薄紅刷かれた頬が、健康的な色をした唇がもごもごと動いた。
「私、そんなに泊まらないし。わざわざ買うなんてもったいないわよ」
「たまには泊まるだろ? それに、布団なんて何組あっても困るもんじゃないし」
「置き場所には困りますよ」
 能天気な兄の言葉を弟は素早く切り捨てる。ほら、と妹はすっと目を細めた。けれど、と穏やかな声が続く。
「スペースさえ考えなければ多くて困ることはないのは事実ですしね。何より、グレイスが泊まってくれる度に狭い思いをさせるのも申し訳ありませんし」
 烈風刀の言葉に、グレイスはきゅっと唇を引き結ぶ。う、と苦々しげな声が細い喉から漏れた。尖晶石が宙を泳ぐ。うー、と小さな呻り声。しばしして、可憐な唇がもそもそと音を紡ぎ出した。
「……ちょっとぐらいなら狭くても大丈夫よ。気にしないで」
「そうですか」
「グレイスがそう言うならそーすっか」
 すっかりと俯いてしまった少女に、兄弟は了承の言葉を返す。両者とも言葉には決してしないが、想定の結末であった。何をどう言っても、この勝ち気で少々意地っ張りな少女は優しくて温かな姉のことが大好きなのだ。もちろん、姉も妹をこれでもかと愛している。そんな二人が一緒に寝るのは最早必然と言ってもいい。それくらい、この姉妹はいつだって一緒なのだ。
 では寝ましょうか、と少年の言葉に、残る三人は元気に返事をする。布団の上を足が動き回る。中央の布団にレイシスとグレイス、右の布団に雷刀、左の布団に烈風刀が横たわった。いつもとほとんど変わらない風景である。
 碧がリモコンを操作し、部屋の電気を消す。電子音とともに、明るかった室内は闇へと溶け込んでいった。賑やかしさはすっかりと消え、静寂が部屋を包む。
「おやすみなさい」
「おやすみー」
「おやすみなサイ」
「おやすみ」
 四人は就寝の挨拶を交わす。四色四対の目が閉じられ、眠りへと沈んでいった。




最後は意地で飲み干した/識苑+かなで
 ビニール袋がガサガサと揺れる。暗い夜道では青白いそれはどこか輝いて見えた。
 早く帰らねばな、と識苑は足を動かす。意志に反して、速度は遅い。疲労感と空腹が足を引っ張っていた。早く空腹を満たすためならば外食を選ぶべきだろう。けれども、激務続きの胃袋には普段通っている店の味付けは刺激的すぎる。結果、帰り道のコンビニエンスストアでおにぎりを数個買って済ませることとなった。黒い三角形がビニール袋の中を転がる。
 角を曲がった瞬間、油の匂いが鼻をくすぐる。う、と思わず苦しげな音が喉から漏れる。普段ならば空腹を誘う芳しいものだが、今の自分にとっては毒となって襲ってくるものだ。早く通り過ぎよう。そう思った瞬間、発生源である店の戸が開いた。
「あっ、識苑先生!」
 闇夜なんて感じさせない元気な声が己を呼ぶ。店内の光に背を照らされた少女は、ぱっちりと開いた栗色の瞳をキラキラと輝かせた。
「あー……、こんばんは」
「こんばんは! 今日は何食べてく? おにーちゃん!」
「『おにーちゃん』はやめてほしいんだけどなぁ」
 営業スマイル全開のかなでに、青年は苦笑で返す。もう『おにーちゃん』なんて歳ではないし、何より彼女がこのように呼ぶのは営業トークの最中であることがほとんどだ。客にはなれない今日、そう呼ばれるのは少しだけ申し訳ない気持ちになる。そう、と三角巾に飾られた頭が傾いだ。
「良いタイミングだね! 今日は野菜増量キャンペーン中だよ!」
「いや……今日はちょっと無理かなぁ……。もうご飯買っちゃったし」
 店の戸にある『野菜増量中』の張り紙を指し、看板娘はにこりと笑う。教師はひらひらと手を横に振って苦い笑みを漏らした。あまりにも輝かしい笑顔に、罪悪感が湧いてくる。けれども、食べきれるはずがないと分かっているものに手を出すのは良くない。『お残し』は何よりもいけないのだ。
「でも野菜足りる? 野菜いっぱい食べなきゃ健康に悪いよ?」
 透けて見えるビニール袋の中身を眺めて言う。たしかにおにぎり数個では野菜など摂取できない。だが、『超超超特盛り』で有名なこの店のラーメンを食べるには、今胃の空き容量は完全に不足している。それに、野菜の摂取と同時に過剰な油分と塩分を摂取することとなるのだ。下手をすればこちらの方が健康に悪影響を及ぼす。
「かるーく食べれるミニラーメンもあるよ? お野菜食べてこ!」
 さぁさぁ早くと言わんばかりに小さな手が着っぱなしの白衣の裾を引っ張る。あぁ、これはもう完全に逃げられない。常連である己が残すことはないという信頼もあって、彼女は迎え入れようとしているのだ。半ば無理矢理だが。
「……ここって少なめサービスってあったっけ?」
「特盛りサービスならあるよ!」
 通い始めてから初めて尋ねる言葉に、正反対の言葉が返される。だよねぇ、と諦めの言葉を漏らしながら、白衣に包まれた痩身が店へと吸い込まれていった。

畳む

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SDVX


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