No.187
favorite THANKS!! スプラトゥーン 2024/11/19(Tue) 22:31 edit_note
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クリーニング・チェンジリング・シンキング【ヒロ→←ニカ】
クリーニング・チェンジリング・シンキング【ヒロ→←ニカ】ヒロ君は勉強熱心なので(幻覚)色んな本買ってたらいいな……買いすぎて本棚に入らなくて床に積んでたらいいな……という幻覚。整理整頓得意そうな子がのっぴきならない理由で部屋を汚してるのは可愛いね。ついでにニカちゃんは整理整頓ができないけどどこに何があるかは分かるから不便してないタイプだといい。
部屋にヒトを入れたくないヒロ君と興味津々で部屋に行きたがるベロニカちゃんの話。
回されたシリンダー錠が硬い鳴き声をあげる。握られたドアノブも続くようにガチャリと鳴いた。
「……どうぞ」
「おじゃましまーす」
金属たちと同じほど硬い声でヒロは言う。電車の中からずっと渋面を貼り付けていた彼のことなど気にせず、ベロニカは呑気な声とともにドアをくぐった。
玄関の狭い三和土にはクツギアがいくらか並んでいる。つま先から踵まできっちりと揃えられて整列している様は、海藻が丁寧に植えられた水槽を思い起こさせる。シューズラックの上には底の浅いトレーがある。鍵やメモ帳、薬用リップが転がっていた。
ガチャンと扉が閉まる音。パチンと軽い音とともに、天井から光が降り注いだ。あの、と控えめな、依然強張った声が続く。振り返ると、そこには相変わらず苦々しげに眉を寄せ複雑そうに唇をうごめかせる友人の姿があった。
「すぐ取ってくるのでここで待っていてくれませんか? 十秒で終わりますから」
「あんたのと間違えるかもしれねーだろ。あたしも探す」
適当な言葉を並べ立て、ベロニカは靴を脱いで廊下へと上がる。ひゅ、と息を呑む音が聞こえたが、気のせいだということにする。
上げた目線の先、続く短い廊下と部屋の境界には丈の短いカーテンが掛けられている。電気が点けられていないこともあり、薄布の向こう側は見えない。秘められた奥地を暴くべく、少女は歩みを進めた。
ヒロはヒトを部屋に迎えたくないようだ。本人曰く、『汚い』『狭い』『足の踏み場が無い』『人を迎えられるような場所じゃない』らしい。嘘だとすぐに分かるような言葉ばかりである。あの狭苦しいロッカーを美しく機能的に整理するような彼が部屋を散らかすはずがない。いつの日だったか、存在する物全てが転がり散らばる大層汚い己の部屋をその日の予定も何もかも放り出して片付けたような彼なのだ。他人の部屋を片付けられるヒトが、自分の部屋を汚すわけが無い。
なにか別の理由があるのだろう。嘘を吐くほど入れたくないのだ。踏み入らない方がいいに決まっている。けれど、好奇心というものはなかなかコントロールできないもので。『クリーニングの際にギアを取り違えた』『すぐ返すはずのそれを忘れてきた』なんて、訪れるにはうってつけの理由があればついつそれを盾にしてしまうわけで。結果、折れた彼は部屋を訪れることを許してくれた――終始苦しげな顔をしていたけれど。
十歩も無いような廊下をずんずんと歩んでいく。部屋のすぐ手前にあるキッチンは油汚れが見当たらないぐらい綺麗に手入れされている。鍋やフライパンも狭いスペースの中工夫してしまわれていた。こんなところまで綺麗に整えるようなヒトの部屋が汚いわけがないではないか。一体何が待ち受けているのだろう。好奇心は注がれ続ける刺激を養分に膨らむばかりだ。健気に訴える罪悪感や良心を弾き飛ばすほどに。
おじゃましまーす、と再び唱え、ベロニカはカーテンに手をかける。軽いそれは、ちょっと力を入れただけで動いて端へと寄った。ベールの向こう側が、玄関から差す光にうすらと照らされ眼前に広がる。
まず飛び込んできたのは本だ。大小厚薄入り乱れた本がいくつも積み重なり、床の上に背の低いタワーを築いている。何本も立ち並ぶ姿はさながら住宅街だ。目を凝らすと、カーテンが閉められた窓の横には本棚がある。己の身の丈ほどあるその腹の中は満杯で、雑誌一冊入れる隙間すら無い。どうやら、床の住人たちは居住地が見つからないためにそこにいるようだ。
部屋の中央、あまり大きくないローテーブルの上にも小さな塔がある。傍らには大判の雑誌が悠々と身体を伸ばしている。端っこにはマグカップが申し訳無さそうに佇んでいた。傍らにあるゴミ箱らしき筒から、ビニール袋の取っ手が伸びている。処理したばかりなのだろう、中身は見えなかった。
パチンとまた軽い音。瞬間、また光が降り注ぐ。薄闇に包まれていた部屋の全貌が白色灯の下にさらけだされた。
本棚の上には、更に本が積み重なっている。部屋の中で安住の地を待つ住人は、棚一つでは足りないほどいるように見えた。隣、窓際にある大きなかごからはTシャツが一枚這い出ている。おそらく洗濯物だろう。すぐさま視線を九十度移動させると、カラフルな背表紙と目が合う。やはり中身は満員だ。壁際に寄せられたベッドは整えられており、本当にここで寝起きしているのかと疑うほど綺麗だ。壁には帽子型のアタマギアがいくつか並んでいる。等間隔に並ぶ様はインテリアと言われても信じるほどである。また視線を動かすと、今度はカレンダーと視線がかち合う。二ヶ月分の日付が記されたそこには、大きな丸印や少し角張った字が記されていた。今日の日付の部分には、赤丸と『ギア』という文字がある。
「すみません……汚くて……」
背中に消え入りそうな声がぶつかる。細いそれは呼吸ができていないのかと疑うほど苦しげだ。うぅ、と漏らす嗚咽は羞恥が色濃く滲んでいた。
「いや、あたしの部屋より綺麗だろ。何言ってんだ?」
思わず振り返り、少女は真ん丸になった目で少年を見る。口を引き結んだ友人は、いえ、ほんと、あの、と否定の声を漏らすばかりだ。
掃除してくれた身だ、ヒロは己の部屋の惨状を知っている。なのに、ちゃんと足の踏み場があって、洗濯物が片付けられていて、布団も整えられている部屋を『汚い』と評すのは意味が分からない。この程度で『汚い』ならば、己の部屋は『ゴミ捨て場』とでも表現するのが正しい。
「床見えてんだから綺麗だろ」
「『綺麗』のハードル低すぎませんか?」
証明するようにズカズカと部屋を進む。きちんと動線を確保してあるのか、問題なく中央の机まで進むことができた。広げられた雑誌が目に入る。大きなロゴの下に、.96ガロンを持ったプロ選手の写真が何枚も並んでいる。整列した細かい文字は二色に分かれている。おそらくインタビュー記事だろう。
「もう本棚を置く場所が無くて……床に置くしかないんですよね……」
はぁ、と喉に栓でもされていたのかと思うほど重い溜息。あぁ、と落ちた声はやはり恥ずかしげなものだ。彼にとってこの部屋はヒトに見せられないほど『汚い』らしい。あたしの部屋見た時よく倒れなかったな、と今更な感心が浮かんできた。同時に、好奇心に弾き飛ばされていた罪悪感が這い戻ってきて主張を始める。ここまで嫌がるのに無遠慮に足を踏み入れてしまった。彼のミスを盾に無理をさせた。湧き出る後悔の念が大声でがなりたてて頭を揺らす。何度も殴っては刺してくるそれらに、ベロニカは小さく喉を上下させた。
「あっ! ギアはきちんと保管しているので! 綺麗ですから! 洗ってありますから!」
大声をあげて、バタバタと足音をたててヒロは部屋を突き進む。クローゼットを開け、すぐさま何かを引っ掴んで戻ってくる。これです、と押し付けるように渡され、少女は気圧された短い声を漏らした。厚いビニールのショッパーに手を入れ、中身を引き出して確認する。まさに取り違えていたギアだ。ギアスロットが記されたタグを確認すると、昨日クリーニングに出した時のまま、まっさらになっている。確かに己のものであった。
「これだわ。あんがと」
「すみません、こんなことになってしまって……」
「『行きたい』って押しかけたのはあたしだろ? 何で謝んだよ」
まぁ、それは、はい。オクトリングは歯切れの悪い言葉を漏らす。いつだって人の目をまっすぐに見る赤い目は床ばかりを見ていて、豊かに動かす口元はもにゃもにゃと曖昧に動いている。整えられた眉の端っこは下がりきっている。よほど落ち込んでいるらしい。また罪悪感が鋭く胸を刺した。
「……ごめん」
「いえ、最終的に迎えたのは僕です。ベロニカさんが謝ることはありません」
今更になって謝罪を漏らす。すぐさま否定する彼も、またしょもしょもと萎んでいってしまった。明るく照らされた部屋だというのに、なんだか冬の暗がりに飛び込んでしまったかのような心地がした。誤魔化すように頭を掻く。耐えきれず視線をうろつかせると、足元のテーブルが黄色い瞳に映った。紙面の上、.96ガロンを構えた選手とバッチリ目が合う。それすら気まずくて、また視線を彷徨わせる。飛び込んできたのは、雑誌の下から顔を覗かせる『ストリンガー』の文字だった。堅苦しいフォントで書かれたそれの下には、モノクロで描かれたトライストリンガーのイラストがある。折れ目が付いた緑色の帯には、『構造』『基礎』『重版』と色んな言葉が並んでいた。
「トラスト、興味あんの?」
訊ねる声は弾んでしまった。反省の色も何も無いそれに返ってきたのは、え、というきょとりとした声。すぐさま、ヒュ、と息を呑む音が聞こえた。え、あ、は、と意味を持たない音が彼の口から漏れては床を転がっていく。
「いえ、あ、の……ちょっと気になっただけで……ほんのちょっとだけ……」
本当に、ただ気になって、他意はなく、とヒロは言葉を重ねていく。『しどろもどろ』という言葉を体現したような有様だった。友人の様子に、ベロニカは視界が斜めになるほど首を傾げる。彼は探究心が強い努力家だ。様々なブキに興味を持つことは自然である。事実、対戦相手に匠にブキを扱うプレイヤーがいると一緒にバトルメモリーを見返すことは多いし、試し撃ち場でそのブキをふるっている様子も見る。床に積み上げられた本も、背表紙を見る限り多数のブキ指南書や整備に関する本が多く見受けられる。何故こんなにも慌てるのか、全く理解ができなかった。
「戻りましょうか! スケジュール変わっちゃいますし!」
「そこまで急がなくていいだろ……」
バタバタとらしくもない足音をたてて進む少年の背に、少女は呆れ返った声を漏らす。本当に、ここに来てからずっと様子がおかしい。様子をおかしくしてしまったのは無理矢理押しかけた己なのだけれど。罪悪感がまた心臓を刺した。
「まだ電車まで時間あんだろ。ゆっくり行こうぜ。コケっぞ」
「そう、ですね」
都合の悪い感情を押し込めるように言葉を紡ぐ。返ってくるのはやはりしょぼくれた声だ。また罪悪感が心臓を、脳味噌を刺す。後悔も加わり、針地獄を作り上げる勢いで膨らんでいった。
二人交互に靴を履き、部屋を出る。コンクリートで囲まれた廊下は熱がこもってほのかに暑い。息を吐くと同時に、錠が掛けられる音が響いた。
白い表紙が、緑の帯が、頭に浮かんだまま離れない。視界に映った本は、ほとんどがシューターに関するものだった。その中に一つだけ輝く、己のブキ。机に出して置いたままにするほど読み込んでいる己のブキ。ふわりとうちがわにある柔らかな部分が宙に浮かんでいく。確かな熱が胸に注がれていく。
何事にも挑戦する彼だ。互いに研究する彼だ。いつかトライストリンガーを使う日が来るかもしれない。己と同じブキを使う日が来るかもしれない。考えただけで、動かす足とその音が軽く弾んだものとなった。
まぁ、トラスト二枚はしんどいけど。笑みを含んだ声がこぼれ落ちる。小さなそれは、大きな足音に掻き消されて消えた。畳む
#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ