No.191
favorite THANKS!! スプラトゥーン 2024/12/12(Thu) 19:36 edit_note
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善し悪しと受け入れることは全くの別問題【インクリング】
善し悪しと受け入れることは全くの別問題【インクリング】Ordertuneブックレット読んで嘘やん……………………となったので書いた。ジュークボックスで配信されている以上一般市民イカタコにもファンはいるだろうしあの記事読んだらショック受けるだろうなぁと。音ゲーやってるくせに音楽知識全然無いから何かそこらへん適当に流し読んでください。
音楽好きのイカ君の話。Ordertuneネタバレ有。
重い音が開け放たれたロッカーに吸い込まれる。ホチキス止めの紙束はリノリウムを穿たんばかりの勢いで落ち、硬さに負けて床に這いつくばった。
手にした雑誌は落ち、読んでいた紙面は視界から消えた。けれども、少年の視線は動くことがない。身体は凍ってしまったかのように硬直しているようで、手だけがぶるぶると震えている。紙があった場所をまっすぐに見つめた目も、水面に映る月のように輪郭を揺らしていた。
「ん? なに? どした?」
ロッカーの扉に隠れて立ち尽くすインクリングの少年の背に、訝しげな声がぶつけられる。友人の声だと頭は認識しているのに、口は全く動かない。否、歯の根が合わないように震えている。身体が、内臓が全部重くて、声を発することなどできなかった。
「ほんとにどーしたんだよ」
懐疑を通り越して心配の音色すら孕んだ声が真横から聞こえる。ん、と疑問形の声が聞こえる。ほどなくして、紙たちが擦れ動く音が足元からたつ。薄い紙がめくられていくさざなみめいた響きが鼓膜をなぞった。
「何? 今月も懸賞当たんなかった?」
「…………MOF8の」
細かに揺れるだけだった口がようやく動き出す。どうにか吐き出した声は、心と同じほど揺れてブレていた。
「MOF8の曲、盗作だって」
発した声がそのまま石のように固まって胃の腑に落ちていく感覚がした。思いきり落とされて、反動で内臓がひっくり返るような心地。そのまま中身を吐き出してしまいそうな気分。
帰宅まで我慢できず、ロッカーにしまっておいた雑誌を手にしたのは何分前だろう。今日発売したばかりの音楽雑誌は特集が多くいつもより厚かったことを覚えている。各種特集ページを読み進めながら薄くインクの香りが漂う紙をめくっていくと、見開きページが目に入った。レコードを模したロゴに近頃よく見かける緑の顔、目を隠すサンバイザー。Dedf1shだ。
Dedf1shといえば、数年前から話題になっているも誰もその姿に辿り着けなかったアーティストだ。最近になって顔出しするようになったが、その露出はとうとう雑誌寄稿まで及んだらしい。多彩な楽曲を作り出すトラックメイカー、その楽曲批評が読めるだなんて。心を躍らせながら、緑の目は細かな文字を追った。
素朴ながらも芯が通った言葉はどれも響くものだった。そう、この曲はその音がいいのだ。その技術に触れるとはさすが。活動停止辛すぎるよな。感嘆に声を漏らしそうなのをこらえながら、少年は紙面を追っていく。瞳が捕らえたのは、何十何百と眺め目に焼き付いたジャケットだ。愛してやまないMOF8を象徴するものだ。この曲にも触れてくれるのか。現役アーティストから見たこの曲はどんなものなのだろう。湧き立つ心に身を任せ、丸い萌葱色は並ぶ文字を辿った。
これはボクが作った曲だ。
勝手に音源を引っ張ってきてリリースしたみたいだな。
MOF8、そのジャケットの隣に書かれたいくつもの文章。ほんのわずかなその文字たちは己の頭を殴り、脳を揺らし、思考を止め、呼吸を遮った。心臓が爆発でもしたかのように大きく跳ねる。酸素を欲した肺が筋肉を動かすが、喉は上手く取り入れられずに惨めな音をたてた。視界がブレ、ぼやけ、全ての感覚が消えていく。
やっと取り戻した今も、まだ心臓はうるさく鼓動を続けていた。感覚は戻れど、頭は動かない。否、動かしたくないのだ。だって、大好きなアーティストが、大好きな曲が、盗作だったなんて、そんなの。
事態を飲み込めないのか、友人は眉をひそめ眺めるばかりだ。急いでその手から雑誌を奪い、該当のページを開いて押し付ける。なんだよ、とむくれた声。しばしの沈黙の後、何とも表現し難い蠢くような声が聞こえた。
「うわー……マジかー……」
「うそだろぉ……」
事態を理解した友人は信じがたいと言いたげに呟く。その言葉が、先ほど目にした文章が夢や幻でないことを突きつけてくる。心を刺すそれに耐えきれず、少年は頭を抱えてその場にくずおれた。ぶつかったロッカー扉が抗議の声をあげる。
「お前、馬鹿みてぇに流してたもんな」
うわー、と友人はまた声を漏らす。明らかに引いている声だった。それはそうだ、盗作するアーティストを目の当たりにして負の感情を抱かないはずがない。名義を偽って発表するだなんてたちが悪いことをしているのだから尚更だ。
「……まぁ、ドンマイ?」
「何がドンマイだよぉ……」
「それ以外に言えることねーだろ」
肺の中にある空気全てを吐き出すように嘆息する。身体が重い。頭が重い。もう動きたくない心地だった。
「元はDedf1shの曲なんだろ? じゃあDedf1sh追えばいいじゃん」
「ちげぇんだよ……一曲盗作だったってことは他も怪しいだろ……」
幽鬼めいた少年の声に、友人は一拍置いてあぁ、とこぼした。
MOF8の楽曲は多彩だ。重低音が唸るように織りなす曲もあれば、シンセサイザーの軽快な音色を重ねる曲もある。迫力ある管楽器演奏に愉快なコーラスを合わせた楽曲は愛してやまないものだ。ジュークボックスで流しすぎて友人たちに怒られた程度には。
それも全部、誰か知らないヒトの楽曲かもしれない。ヒトの楽曲を盗んで発表しているのかもしれない。多彩な作風はただただ他人の継ぎ接ぎだっただけなのかもしれない。
疑念ばかりが頭を支配していく。全てが盗作だなんて確証は無い。同時に、一曲だけなんて確証も無いのだ。どれがオリジナルでどれが盗作かだなんて、誰も保証してくれない。
MOF8も、過去のDedf1shと同様に突如現れた正体不明のアーティストだ。ジュークボックスに何曲か収録されているものの、外部露出は一切無い。ここ数年は新曲の発表すら無いのだ。誰かの別名義ではないかと囁かれるほどである。
新作の発表がないのも、外部露出がないのも、『全て盗作だったから』で説明できてしまう。納得できてしまう。納得したくないのに、現実は突きつけて突き刺して無理矢理受け入れさせようとしてくる。
「まぁ、ほら。こーゆー時は別の曲聞こうぜ? な?」
肩に感覚。努めて軽薄な声を出す友人が叩いているのだと理解するまで随分とじかんがかかった。促されるがままに、少年は立ち上がる。不気味なまでに鈍く遅く力無く動く様は、幽霊と言われても信じられるようなものだった。
友人に手を引かれ、少年はロッカールームを出てジュークボックスの下へと歩む。筐体前に立つと、手が勝手に動いた。手癖で曲を選ぼうとしたところで、不自然なほど急激に動きがストップする。今選ぼうとした曲も盗作かもしれない。大好きなMOF8の曲じゃないかもしれない。そもそも、MOF8なんて『アーティスト』はいないかもしれなくて。
コインが落ちる高い音。機械が動く重い音。程なくして、バトル中よく耳にする楽曲がロビーに響き渡った。鋭いギターサウンドが空間を震わせる。
「ベイカ嫌いだっつってんだろ」
「ベイカがアレでも曲はいいだろ」
露骨なまでに眉根を寄せ、少年は友人を睨めつける。視線の先の青い目もまたこちらを睨みつけた。他人が見れば鏡写しのようだろう。
財布からコインを取り出し、無言でジュークボックスを操作する。収録されたばかりの曲を選び、硬貨を入れた。うるさいまでの音楽が消え、少し間の抜けた電子音が整備された空間を埋めていった。
「やっぱDedf1shじゃん」
「いいだろうが」
鼻を鳴らすように笑う友人に、少年はぶっきらぼうに返す。いいんじゃね、と普段通りの薄っぺらい軽い声が隣から聞こえた。
ジュークボックスの近く、小さな審判が眠るソファの隅に座る。今日はもう動きたくない気分だ。本当ならばイヤホンで聞きたいが、生憎ナマコフォンとイヤホンはロッカーに置きっぱなしだ。スピーカーから流れる音楽に身を委ねるしかない。委ねて何も考えたくない。音の中に埋まっていたい。何も考えず、何にも囚われず、何にも侵されず、ただ音楽を聞いていたい。
少年は壁にもたれかかって目を伏せる。軽やかなクラップと美しいハイトーンが疲れ切った頭に染み込んでいった。畳む
#インクリング