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No.220

「そういやこの水どうやって捨てるんだ?」「……あ」【ヒロニカ】

「そういやこの水どうやって捨てるんだ?」「……あ」【ヒロニカ】
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線香花火やるヒロニカ見たい!!!!!!の結果がこちらになります。全てはフィクション。都合の良いフィクション。
線香花火をやるヒロニカの話。

 カラン。ちゃぽ。ガサ。ぺた。
 様々な音が昼の間に磨き上げられたフローリングの上を滑っていく。一歩ぺたりと踏み出し、ヒロは今日両手でないと数えられないほど繰り返した言葉を吐き出した。
「いいですか」
「たらいから絶対出さない」
 わーってるよ、と彼女一人は優に入る金だらいを肩に担ぎ、ベロニカは呆れ調子で返した。安物の薄っぺらい金属が音をたてる。
 線香花火やりてーな、と彼女が言いだしたのはいつだっただろうか。そして、それがベランダでやりゃいいな、と凄まじい結論に着地したのも。
 様々な説得を試したものの、彼女の心には響かなかったようだ。むしろ意固地になってぜってーベランダでやる、とスーパーへと向かおうとしたのだから大変だった。どうにか引き留め、日が傾き始めた頃にどうにか折衷案を捻り出した。絶対に火が燃え広がらない水の上でやる、と。
 そうやって二人で閉店間際のホームセンターに駆け込み、金だらいと花火、小型ライターなんて訳の分からない組み合わせの買い物を済ませ、風呂場からペットボトルに水を汲みベランダに向かう今に至る。
 ガラン、とコンクリートの上を金だらいが跳ねる。近所迷惑極まりない音だ。ベロニカさん、とひそめた声で主犯を呼ぶ。だいじょぶだって、と呑気な声が返ってきた。
「隣、今日は飲み会だって。昨日くそでけぇ電話の声聞こえてきた」
 ハッと愉快げに鼻を慣らし、彼女はたらいにペットボトルで持ってきた水を注いでいく。ドボドボとこれまた盛大な音があがる。彼女の住むアパートは壁があまり厚いとはいえない。現に、隣の部屋からラジオの声やドライヤーの音が聞こえてくるほどだ。だからこそ、隣人の予定を知ることができたのだろう。盗み聞きしてもいいのだろうか。聞こえてきたのだから仕方ないだろう。したところでどうしようもない問答が頭の中で繰り広げられていく。脇に抱えたペットボトルの重さが消えたところで、ようやく現実に戻ってきた。
「早くやろーぜ。せっかく買ったんだしさ」
 ニッと笑ってベロニカは奪い取ったペットボトルを揺らす。一呼吸、息を呑む。はい、と吐き出した己の声は沈んでいたのか、弾んでいたのか。
 ドボドボと二人でたらいに水を流し込んでいく。立ってならば己たち二人ぐらい優に入るだけの器は、何本目かでやっとなみなみと満たされた。ピ、と電子音。同時に、ガラス窓一枚隔てた先の部屋から光が消える。彼女が電気を消したようだ。次いで、目の前に目映い光。四角い光源には夜が更けつつあることが示されていた。
 己もナマコフォンを取り出し、画面照度を最大にする。その間にも、ガサガサと愉快げな音が隣からあがった。床に置くと、ほら、と影がこちらに伸びてくる。液晶画面の白色灯に照らされた手には、細い糸のようなものが握られていた。線香花火だ。
 この危険な花火大会をやる上で、もう一つ制限を設けていた。線香花火のみする、ということだ。というのも、普通の手持ち花火では凄まじい量の煙が出る。外からそれだけが見え火事だと勘違いされては一大事だ。通報されて大事になり、事が発覚して退去処分になんてなろうものなら目も当てられない。
 けれども、線香花火ならば煙はほとんど出ない。光も大きくないので、外から目立つことも無いだろう。万が一にも、ベランダで花火をやってるだなんてことは誰も思いはしないだろう。
「ヒロ。ほら」
 受け取る手に差し伸べる手。小型ライターがこちらに向けられる。一瞬ぎょっとするが、先に点けてくれるのは彼女の優しさだろう。持っている物が凶悪なだけで。
 ありがとうございます、と礼を述べ、ヒロは彼女の元へと線香花火を運ぶ。そんな些細な動きでも、細い花火は幽霊のように揺れた。動きが止まるのを見計らったところで、短い音とともにライターの火が灯る。小さなそれが、ねじられた花火の先に触れた。
 音も無く火が線を辿っていく。次第に、ぱちぱちと小さな音が鳴り始めた。向かい側から楽しげな笑声。火が爆ぜる音はいつしか二重奏になっていた。
 小さな音をたてて、花火が命を燃やす。小さな花だったようなそれは次第に勢いを増し、枝分かれしていく。それも他の花火に比べては些細なもので、儚いもので、可憐なもので。赤い目がじぃと弾ける火を眺める。黄色もまた、白色光に照らされながら小さな花を眺めた。
「綺麗ですね……」
 溜め息のようにヒロは吐き出す。瞬間、あれだけ元気だった線香花火は勢いを失い、ぽとりと先端を落としてしまった。じゅ、と水が火の最期を看取る音が聞こえた。
「もう一本やれよ」
「いや、いいですよ」
「何本買ったと思ってんだよ。残す方がもったいねーだろ」
 ほら、と自分が手にした線香花火を落とすことなく、ベロニカはもう一本差し出す。ややあって、ありがとうございます、と控えめな声が声が水に落ちた。
 床に転がったライターを手に、役目を終えた花火を水に沈める罪悪感を手に、ヒロは線香花火を灯す。カラフルで細い紙の先から、また花が静かに姿を現し始めた。
 ぱちぱちと爆ぜる音が消えては宿ってを繰り返す。ベランダの仕切りは薄いはずなのに、アパートの壁は薄いはずなのに、周りは十二分に賑やかなはずなのに。なのに、耳は儚い音だけを捉える。まるで、世界には己たちと花火しかいなくなってしまったような。
 同時に火が落ち、たっぷりと満たされた水が鳴き声をあげる。スリープになったナマコフォンの光すら消えてしまったベランダはほとんど真っ暗だ。遠くの街灯の光だけが二人の在処を示していた。
「キレーだったな」
  薄い灯りの中、少女は笑う。まるで先ほどまで眺めた線香花火のようだった。否、彼女はあんな短く儚いものではない。もっと華やかで、大きくて、空いっぱいを照らす。打ち上げ花火なんかじゃ足りない。もっともっと、輝かしくて美しい。
「……えぇ」
「もうちょいやっか?」
「いえ、これだけにしておきましょう。片付けるのが大変ですから」
 嘘だ。本当ならもっとやりたい。けれども、こうも長く続けていては今度こそ止め時を見失ってしまいそうだ。買ったもの全てを一晩にして消費しきってしまうのはさすがにまずい。こんな危ないことをしておいて何を今更、と脳味噌の端っこで誰かが笑う。その通りだ、と頭の冷静な部分が叱りつける。けれども、と心は理性的では無い声をあげた。
「またやろーな」
 正面から声。いつの間にか俯いていた顔を上げると、そこには線香花火の束を片付けたベロニカがいた。相変わらず輝かしく可愛らしい笑みが浮かんだそれは、弾みに弾んだそれは、けれどもやわらかな輪郭をしたそれは、まさに幸福と表現するのが相応しいものだった。
「……今度は公園でやりましょう?」
「やだよ。たらい、せっかく買ったんだから使わねーともったいねーだろ」
 困ったように少年は小首を傾げる。どこか得意げに少女は笑う。八の字になっていた青い眉は、いつしか柔らかな弧を描いていた。
 カラフルな花火がいくつも落ちたたらいが遠くの光を受けて輝く。花火とはまた違うそれは、暗闇に満たされたベランダに確かに灯っていた。
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#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

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