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No.53

揺らめく夏【ハレルヤ組】

揺らめく夏【ハレルヤ組】
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こういうあれがああなってそうなってどうなってできたあれ。詳しくは該当postの会話参照。そういうあれだけど元postの要素少ない。
ハレルヤ組って銘打ってるけどレフレイ要素強め。

 空は青のインク瓶を倒してしまったように鮮やかなその色で染め上げられ、中天では太陽が己が存在を強く主張する。陽に熱せられた空気を蝉の鳴き声が震わせ、共鳴するように大合唱をしている。季節はすっかり夏へと様変わりしていた。
「あっつい……」
「あついデス……」
「さすがに暑いですね……」
 気だるげな声が輪唱のように奏でられる。桃、赤、青の三色三対の目は濁り曇っていた。気温は右肩上がりに記録を伸ばし、風が吹くことは滅多にない。陽に照らされたコンクリートは気温と湿度をいたずらに上昇させる手助けをするばかりだ。あまりの暑さに、普段はきっちりと制服を着こなす烈風刀も今ばかりはネクタイを緩めていた。雷刀に至っては完全に取り外し、シャツのボタンを緩めパタパタと扇いでいる。レイシスも珍しく首元を飾る黒いリボンを外していた。その上でこの調子なのだから、今年の夏は一層厳しいことが分かる。
「なんでこんなに暑いんだよ……ふざけてる……」
「そういう季節なのだから仕方ないでしょう……」
 あついあついと呪詛のように呟く雷刀に、烈風刀は諌めるように言葉を返す。その声は普段の透き通った涼やかなものでなく、熱による疲労で淀み沈んでいた。いつもニコニコと華やかな笑みを浮かべているレイシスも、今日ばかりは咲き終えしおれた花のようにうなだれていた。
 授業は半日で終わり、次回開催予定の連動イベントに関する準備も予定よりも早く終わったため、三人は普段よりも早く帰路についていた。しかし、昼時を過ぎたこの時間は日差しが強く、それに焼かれた地面は熱を発するばかりで気温が下がる気配などかけらもない。常日頃からクーラーの効いた部屋で作業している三人にとって、外は地獄でしかなかった。うー、と三人分の力ない呻き声が重なり、蒸発するように消えた。
「……何か飲み物でも買いますか?」
 そう言う烈風刀が指差す先には、空とは正反対の鮮やかな赤色に身を包んだ自動販売機があった。静かに佇むそれを見てレイシスと雷刀の表情が少し明るくなる。そうしよう、と楽しげな声が二人分あがり、連れ立ってそれへと向かう。疲労感に押し潰されたような重苦しい足取りは、わずかばかり軽やかなものへとなっていた。
 三人分の足音が四角い機械の前でぴたりと止まる。光を取り戻した三色の瞳が、蛍光灯に照らされる色とりどりの商品を見上げた。ずらりと並んだダミーはどれも色鮮やかで、商品周りに貼られた宣伝用シールの謳い文句は選ぶ者の心を揺さぶってくる。
「どれにしまショウ」
「レイシス、ごちそうしますよ」
「えー、オレはー?」
 烈風刀の言葉に雷刀が不満げな声をあげる。口を尖らせ弟を見る彼に、じとりとした冷え切った目が向けられた。暑い最中だというのに、青い瞳は冷たさを増していた。
「この間貸した一九〇円、返してもらいましたっけ」
「ゴメンナサイ」
 低く冷ややかな声と視線に、雷刀は露骨に視線を逸らした。固い謝罪の言葉はあったものの、今この場で返す気はないらしい。まったく、と烈風刀は呆れた様子で目を伏せた。
「ワタシも自分で買いマスヨ?」
 二人の様子を見て、レイシスは慌てて胸の前で手を振った。財布を取り出そうと鞄に掛けたその手を烈風刀はそっと制す。はわ、と小さな声と桜色の大きな瞳が彼を見上げた。
「レイシスにはいつもお世話になっていますから。たまにはごちそうさせてください」
 きょとんとした様子の彼女に、烈風刀は困ったように笑いかけた。今日も彼女の頑張りにより、予定よりも早く作業を終えることができた。普段から皆のために働く頑張り屋の彼女に、ささやかではあるがお礼をしたいのだ、と彼は考えたのだった。
 しばしの逡巡の後、お言葉に甘えマス、とレイシスははにかんで小さく頭を下げた。その姿に海にも似た色の目が柔らかく細められる。長く細い指が並ぶ商品をすぃと指さした。
「どれにしますか?」
「えーっと……、ミルクティーをお願いしマス」
 控えめな言葉に烈風刀ははい、と微笑んで投入口に硬貨を入れる。金属のそれが落ちていく軽やかな音と共に、ずらりと並んだボタンが一斉に緑色に光った。レイシスは手を伸ばし、ミルクティーのダミーの下にあるそれを押す。ピ、と小さな電子音の後、ガシャンと大きな音をたててペットボトルが落ちてきた。取り出し口からそれを引き抜きくと、ひやりと心地よい冷たさが手のひらから伝わってくる。ありがとうございマス、と嬉しそうに礼を言う彼女に、烈風刀はどういたしまして、とにこやかに返した。温くなるのも構わず、涼しさを求め両手で水滴にぬれるボトルを持つ彼女の姿は可愛らしい。
 オレも、と雷刀が続く。握りしめた硬貨を細い投入口に放り込み、力強くボタンを押す。音をたてて落ちてきたペットボトルを素早く取り出すと、彼は楽しげに真っ赤なキャップを勢いよくひねった。プシュッ、と小気味好い音が青空の元に響いた。続くように、レイシスも手にしたそれを開ける。暑さを受け汗をかくペットボトルを傾けると、澄んだ冷たさと甘さが乾いた口の中に広がった。
「つめてー!」
「冷たくて美味しいデス!」
 元気で賑やかな声と共に、桃と赤の瞳が気持ちよさそうに細められる。二人の顔には先程までの淀んだ色はなく、普段通りの明るいものに戻っていた。その様子を見て烈風刀は小さく微笑む。彼も自分の分を買い、透明なそれに口をつける。痛いほどの冷たさが日差しを受け熱を持つ身体に染み渡った。
「烈風刀、水買ったのか? もったいねー」
「ジュースはあまり好きではありません。水分を補給するならばこれで十分です」
 口出ししないでください、と烈風刀は不機嫌そうに眇め兄を見る。中身が三分の一ほど減ったペットボトルを握ったままの彼は、理解できないと言いたげな視線と表情を返した。まあいい、と雷刀は気にする様子もなく、涼を得て和やかな表情を浮かべるレイシスの方へと向く。
「そだ。レイシス、こっちのも飲むか?」
 交換しようぜー、と彼は手にした黒いペットボトルをレイシスに差し出した。いただきマス、と彼女は白いラベルに飾られた己のそれと彼が持つ黒とを交換する。二人は息を合わせたように、正反対の色をした容器を同時に傾けた。自分が買ったそれとは違う甘さが良いのか、満足気な溜め息が重なった。嬉しそうな礼の言葉と共にそれらは持ち主の下へと帰った。
「烈風刀も飲みマスカ?」
 撫子のようなの瞳が勿忘草のそれを見つめる。では、と彼は差し出された細いボトルを受け取った。甘い物ばかりでは口の中がべたつくでしょう、と烈風刀は白いラベルに包まれた透明なそれを代わりに差し出した。彼女も笑顔で礼を言い、水滴のしたたる柔らかなそれを手に取った。
 くるくるとキャップをひねると、たっぷりと入れられた甘味料の甘ったるい匂いと紅茶らしき香りがふわりと漂う。既製品ならばこのようなものだろう、と考え、烈風刀はそれに口元へそれを運ぶ。口をつける直前、はた、とあることが思い浮かんだ。
 これは彼女が買ったもので。先程彼女が飲んだもので。彼女が口をつけたもので。
 つまり、これでは間接キスになるのではないだろうか。
 そこまで思考して、烈風刀の動きがぴたりと止まった。夜明けの空のような深い色の瞳が大きく開かれ、室内での作業が多い故あまり日に焼けていない肌がじわじわと朱に染まっていく。その色たるや、兄の髪のそれと違わないほどだ。
 いや待て、これは先程雷刀が口をつけたではないか。つまり、厳密には『レイシスと』でなく『雷刀と』それをすることになるのではないだろうか。兄とのそれは烈風刀にとって日常茶飯事である。意識する必要など全く無い。
 けれども、『彼女が口をつけた』ということはまぎれもない事実である。そして、その箇所の全てが兄のそれで上書きされているわけがないのは自明だ。つまり、彼女の唇が触れた個所と己のそれがわずかでも重なる可能性は確かに存在しているのだ。
 そう考えただけで、身体から飛び出してしまうのではないかと錯覚するほど心臓が大きく跳ねた。どんどんと顔に血が上っていくのが分かる。血液を送り出す器官はうるさいほど早鐘を打ち、痛みすら感じた。過剰に駆動するその音に耳まで痛くなる。先程水分を補給していたというのに、口の中はカラカラに乾いていた。
「烈風刀、どうしたんデスカ?」
 不思議そうな声に、思考の海に沈んでいた彼の意識が現実へと引き戻された。はっと烈風刀は急いで声がした方を向くと、首を傾げたレイシスが紅潮した彼の顔を見上げていた。自然とその口元に目がいき、烈風刀は急いで視線を逸らした。
「い、いえ。なんでもありません」
 大丈夫、大丈夫です、と上ずった声で繰り返す彼をレイシスはじっと見つめる。その顔には懐疑と不安が浮かんでいた。冷静沈着、どんなことにも落ち着いて対応する彼がこれほどまで動揺しているのだ。疑問に思わないわけがない。
 助けを求めるように、烈風刀はすぐそばにいる雷刀を見る。切実な瞳で見つめた先の兄は、ニヤニヤと非常に愉快そうな笑みを浮かべていた。真紅の瞳には優越感も透けて見える。烈風刀の考えから何から何まで全て理解しているようだ。そもそも、最初に交換しようと持ち掛けたのは雷刀ではないか。ここまで予想していた可能性が高い。氷にも似た色の鋭い視線が楽しげな緋色を刺すように睨む。しかし、真っ赤な顔では効果などなく、彼はただただ楽しそうに傍観を決め込んでいた。帰ったらぶん殴る。熱に浮かされた頭は物騒な方向へと向かっていた。
「れっ、烈風刀! 本当に大丈夫なんデスカ? 顔真っ赤デスヨ?」
 心配そうな声と表情がどんどんと赤に侵蝕される彼を一心に見つめていた。レイシスに心配をかけている、その事実が烈風刀にとって苦しくてならなかった。落ち着かねばならない、分かってはいるが脳は一度認識してしまった情報を処理できずにいた。
「大丈夫です。ほんとに、だいじょぶですから」
「大丈夫じゃないデスヨ! 熱中症かもしれまセンヨ?」
 すっかり赤に染まった顔を片手で覆い隠し、たどたどしい声で制す烈風刀にレイシスは食い下がる。その声は悲痛で、彼女がどれほど心配しているか如実に表していた。悲しげな声が彼の脳を揺さぶる。胸の内は己の思考と湧き上がる感情でぐちゃぐちゃにかき回されていた。
「あっ、お水! お水飲みまショウ? まだ冷たいデスヨ!」
 レイシスはあわあわと手にしていたペットボトルを持ち主に差し出した。透明なペットボトルの中で揺れる水は渡した時よりも少しばかり減っているように見えた。先程交換したのだ、彼女はそれを飲んだのだろう。
 つまり、既に彼女は自分と間接キスをしてしまったということで。
 そこまで理解して、脳が処理限界を超えた。
 ふらり、と烈風刀の身体がゆっくり傾く。力の緩んだ手からは四角いペットボトルが滑り落ちた。キャップが外されたままのそれは硬いコンクリートにぶつかり、鈍い音をたてて力なく跳ねた。バシャリ、と水が地面に叩きつけられた音がどこか遠く聞こえた。
「――っと。烈風刀、大丈夫か?」
 重力に従い地面目指して傾く身体が途中で止まる。薄く開かれた浅葱の瞳が空へと目を向けると、夕焼けにも似た赤と視線がぶつかった。いつの間にか駆け寄ってきた雷刀が抱きかかえてくれたようだ。身を起そうと彼の服を掴むが、上手く力が入らずただ縋るような形になってしまう。
「ヘタレ」
 どこか呆れたような雷刀の声が耳に直接注ぎ込まれる。レイシスには決して聞こえない、自分にのみ向けられた不名誉な言葉に反論しようとするが、渇いた喉では上手く音が出せない。絞り出すようにうるさい、と言うのが今の烈風刀には精一杯だった。もやがかかっているように頭がぼぅとして上手く働かない。完全に熱でやられてしまったようだ。
「烈風刀っ、だ、大丈夫デスカ? あっ、いえ、大丈夫じゃありまセンヨネ? どっ、どうしまショウ」
 はわわわわわとレイシスは慌てふためく。桃色の髪と瞳が不安げに揺れた。落ち着いて、と言おうにも、カラカラに渇いた喉は普段通り機能せず、呻き声のような痛々しい音を漏らすばかりだ。全ては自分が勝手に空回りした結果である。先程兄にぶつけられたからかいの言葉に何一つ反論することができないではないか。情けない、と烈風刀はわずかに眉を寄せた。
「真っ赤だし熱あるかもなー。一旦学校戻って涼しいとこに寝かせるか」
 そう言って、雷刀は抱きとめた弟の腋に腕を通しその身体を支える。上手く力が入らず弛緩した身体は重いだろうに、文句の一つすら言うこともなく自然とやってのける姿はやはり兄というべきだろうか。普段はふざけた様子の癖にこんなところだけかっこいいのだ、と烈風刀は悔しそうに口を引き結んだ。
 れふと、れふと、とレイシスは痛ましい声で項垂れたままの彼の名を呼ぶ。その瞳はじわりと緩やかに湧き上がる涙が膜を張っていた。迷惑をかけてしまっていることが酷く辛い。あまりの情けなさに烈風刀は力なく呻いた。倒れ人に縋ることになった情けなさと、無駄に考え込んだ恥ずかしさで死んでしまいそうだった。
「まぁ、無理はしないでおきましょー、ってな」
 そう言う雷刀の声は非常に楽しげだ。明らかに己に向けられた言葉に、烈風刀の表情が更に歪んだ。誰のせいだ、という言葉は八つ当たりに近いものだろう。そんなことは烈風刀自身よく分かっている。今の彼にできることは、からかう兄に少しでも頼らぬよう自分で歩くことだけだ。
 そうデスヨ、と心配と少しの憤りが混ざった声でレイシスは言う。彼女はその言葉の本当の意味を分かっていないのだろう。分からないままでいてくれ、と烈風刀は上手く働かない頭で強く願った。
 陽光降り注ぐ暑い最中、わずかに吹いた生温い風が三色の髪を揺らした。

畳む

#レイシス #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #ハレルヤ組

SDVX


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