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No.55

『貴方』と一緒に【ハレルヤ組】

『貴方』と一緒に【ハレルヤ組】
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夜中に目が覚めて眠れなかったのでだらだらと。

 ――手……繋いでもいいデスカ……?
 そう言って、彼女は頬に薄らと紅を浮かべ、花開くかのようにふわりとはにかんだ。


 パチ、パチ、と不規則な音が暗い闇に響く。小さな火花を散らしていた赤い球体は次第に小さくなり、音もなく事切れ闇へと消えた。闇の中から手が伸び、近くの袋に入った線香花火を一つ取る。細いその先端に火を点けると、小さな赤い丸がまた細やかな音をたてはじめた。短い生を目一杯生きようと火花を散らすそれを、二対の瞳がぼんやりと見つめていた。
「うぅ……レイシス……」
 ズッ、と鼻をすする音が暗闇に響く。線香花火の淡い光に照らされた雷刀の顔は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。顔中濡れたままでは気持ちが悪いだろうが、今の彼には顔を拭く気力すら残っていない。落ち込みに落ち込んだ彼には、この細い花火を持つことだけで精一杯だった。
「レイシス……何処の何者と花火大会に行ったのです……」
 普段ならばみっともない、と真っ先に注意する烈風刀だが、今の彼の目には兄の姿など映っていない。光を失い濁った瞳には目の前の線香花火の小さな光しか見えない――認めたくない事実や見たくもない現実から何から何まで見ないようにしていた。彼らしくもないが、それほどまでに烈風刀の精神は追い詰められていた。
 レイシスが新たに浴衣を用意していたことは前々から知っていた。昨年、一昨年と同じくきっと自分たちと花火に行こうとしているのだ。そう考えて、兄弟はそわそわと彼女の誘いを待っていた。花火がよく見える穴場スポット、足が痛くなった時に休めそうな場所、効率よく屋台を回るルートなど、彼女との時間をより良く過ごせるよう二人は完璧なまでに準備していたのだった。
 その結果がこれである。
「オニーチャンもゆかた見たかった……見たかったぞぉ…………」
「レイシスを誑かす不貞な輩に無体な仕打ちを……ラスト一ノーツを忘れハード落ちする呪いを……」
 泣き言と呪詛の言葉が暗い闇に溶ける。その度に辺りがより暗さを増しているように見えるのは気のせいだと思いたい。
 レイシスが浴衣を用意していたのはユーザーと夏祭りを楽しむためだと知ったのは今日の昼、運営業務が一通り終わった頃だった。事実を知った二人は愕然とし、その足取りで量販店へと向かい何故か花火を大量に購入した。しかも線香花火ばかりである。そうして、二人で暗闇の中ひたすら線香花火を散らすという悲しいにも程がある現在に至る。
「うぅ……ねとられた……」
「バカなことを言わないでください!」
 雷刀の言葉に烈風刀は激昂する。兄は深い意味を知らずに言ったのだろうが、さすがにその言葉は許せなかった。その意味、一生想像などしたくないことが起こってしまいそうな状態にあるのだ、あまりに生々しい。ズッ、と鼻をすする音と赤い火の塊が一つぽとりと落ちた。彼らしくもない様子で乱暴に袋に手を突っ込み、ガサガサと音を立てて烈風刀は新たな線香花火を取り火を灯した。小さなそれに薄暗く照らされる顔は更に暗く、その目は最早闇と同じ色になるほど濁っていた。元の澄んだ青色が復活する兆しはない。
「…………きーみーをーみてーいたー」
 ぼそぼそと雷刀が言葉をこぼす。随分と昔のアップデートで追加された儚くも美しい歌を、彼は涙で濁る声で歌いだした。きっと目の前の脆く儚い花火を見て思い出したのだろう。現実から目を背けるように暗闇に歌声が落ちていく。
「ぼくの時計はとまったー……」
「……光がけーむたーくてー」
 ズビズビと鼻をすする音が混じる歌声に、暗く低い歌声が続く。とうとう烈風刀まで現実から逃げだすことを選んだらしい。美しい曲とは正反対の低く重苦しい声が重なった。暗闇でのその風景は不気味でしかない。初等部の子らが見れば泣き出し逃げ出すだろう。
「ぼ、ぼくは…………ひとりに……なった……」
 続く歌詞に、烈風刀は息を詰まらせる。この透き通るような美しい歌すら『現実を見ろ』と双子に訴えてくるようだった。救いなど一切なかった。普段以上に目を赤くして泣く雷刀に、己の髪色のように顔が青くなる烈風刀。ある種の地獄絵図にも見えた。
「い…………息が苦しくなってきた……」
「うぉぉぉぉぉぉ!! どこだぁぁれいしすぅぅぅぅぅ!!」
 うぅ、と烈風刀は喉元を押さえ苦しげに呻く。雷刀もあまりのことに耐え切れなくなったのか、大声で愛しい彼女の名前を叫ぶ。そんなことをしても、あの美しい彼女は戻ってこないことなど二人とも知っている。それでも、叫ばなければやってられなかった。声の振動によるものか、二人の線香花火がぼとりと闇に落ち生を終えた。
 ビニール袋が擦れる騒がしい音。雷刀は黙々と線香花火を二本取り出し、片方を烈風刀に渡した。彼は黙って受け取り、二人分のそれに火を点ける。細い火花が散る儚い音が闇夜に響いた。
「何もないのに……そう、何もないのに…………レイシスとお祭りに行くことなどなかったのに……」
「忘れたいのに……もうこんなの忘れたいのにぃ…………」
 最早歌声ですらない呟きが二人の口からこぼれる。それでもちゃんと忠実に歌詞を言っているのだから、やはり兄弟というべきか。細い声は線香花火が燃える小さな音にすらかき消されてしまいそうだった。
「あれ? 二人ともどうしたんデスカ?」
 カラン、と軽やかな音が闇夜に響く。聞き慣れた可憐な声に、二人は急いで振り返った。
 濃紺の生地に水上に浮かぶように白い花があしらわれた浴衣、サイドにまとめ淡い赤と青のコサージュで飾り付けた長い髪、TAMA猫をモチーフにしたうちわと綿菓子に似た巾着を手にし、物理的だけではなく精神的にも淀み沈んだ暗闇を覗きこんでいる少女がいた。
「れっ――――」
「れいしすうぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」
 今の今まで思い浮かべていた彼女――レイシスの姿を見て、二人の目が大きく見開かれる。烈風刀の目から今までずっと我慢していた涙がぽろぽろとこぼれ、雷刀は更に涙と鼻水をぼろぼろとこぼし大声でその名を叫んだ。
 雷刀は感激のあまりか、レイシスに向かって走り出す。その手が彼女の浴衣に到達する直前、烈風刀は勢いよくその襟元を引っ張った。カエルが潰れるような醜い音が闇夜に響く。確実に彼の浴衣は着崩れたろうが、そんなことは烈風刀に関係がない。あとで着付け直せばいいだけの話だ。
「レイシス、一体どうしたのですか? ユーザーの皆さんとお祭りに行ったのでは?」
「もうネメシスクルーのデータは完成しましたし、今日のお仕事は終わりましたよ?」
 必死で涙を隠し問う烈風刀に、レイシスは不思議そうに首を傾げて返した。彼女の言葉に、烈風刀はあ、と何かに気づいたような間抜けな声を出した。
 ネメシスクルーは各自のデータを取り、それを元に作り出すものだ。今回実装されるそれは『レイシスが誰かと一緒に祭りに行く』という設定で企画されたものである。その『誰かと一緒に祭りに行く』という部分だけがあまりに印象強く、彼ら兄弟は勘違いをしてしまったのだろう。全ては彼らの間抜けなミスが引き起こしたことだ。その事実に、烈風刀は両手で顔を覆った。人の話を聞かない雷刀はともかく、自分まで勘違いするとは。あまりの恥ずかしさに更に涙が湧いてきた。
「うぅー……れいしすぅ……れいしすぅぅ……」
「はわっ! 雷刀、なんでそんなにぐちゃぐちゃなんデスカ?」
 滝のようにぼろぼろと涙を流し彼女の名を呼ぶ雷刀を見て、レイシスは酷く驚いた顔をした。急いで巾着からハンカチを取り出しその顔を優しく拭く。彼は動くことなくされるがままでいた。最後に鼻を拭うためにポケットティッシュを手渡し、彼女は烈風刀の方へと向く。
「烈風刀も涙でボロボロデスヨ? 二人とも、本当にどうしたんデスカ?」
「いえ、花火の煙が目に染みただけですよ。何もありません」
 不安げな問いに烈風刀はどうにか作り出したにこやかな笑みで答える。素直に言えば彼女は別のハンドタオルで彼の涙を優しく拭ってくれただろうに、『レイシスの前だけはしっかりしていたい』という彼のプライドがそれを邪魔した。納得しがたい様子だが追及しても仕方ないと諦め。レイシスは二人を見まわした。ぼろぼろと泣く男子高校生を女の子が見上げる姿はいっそシュールなほどだ。
「二人とも、もうお祭りには行きマシタカ?」
「……まだ」
「ここでずっと花火をしていましたからね……」
 改めて言葉にすると、寂しいを通り越して異様なことをしていたというのがよく分かる。一体何をやっていたのだろう、兄弟の胸には後悔にも呆れにも似た感覚が思い浮かんだ。
「では、花火までまだ時間はありますし皆で行きマショウ!」
 パン、とレイシスは胸の前で両手を合わせ微笑む。たっぷり数十秒かかってその言葉を理解し、双子の顔がパァと明るくなった。待ちに待っていた彼女からの誘いなのだ、嬉しくないはずなどない。
「さんせー! だいさんせー!」
「えぇ、そうしましょう!」
 先ほどの涙はどこへやら、二人は明るい表情を浮かべ心底嬉しそうに笑った。元気な姿にレイシスも手を口元に当てクスクスと笑う。喜ぶ兄弟の姿はまるで幼い子どものようであった。
「そだ、レイシス! 手繋ごーぜ!」
「あ、こら。雷刀は下がっていてください」
 雷刀はレイシスに向かって手を差し出す。いち早く動いた兄に、烈風刀は焦った様子でその腕を強く叩き下ろした。泣き腫らした赤い瞳が同じく赤がにじむ青を睨む。浅葱の瞳も負けじと深緋の瞳を睨み返した。
「なんだよ、手繋ぐぐらい普通だろ」
「何もないところでもよく転ぶ貴方がレイシスと手を繋いでは危ないでしょう。ただでさえ下駄で慣れていないでしょうに。僕が手を引き支えますよ」
「いやいや、慣れてないのは烈風刀も一緒だろ? それにいざ倒れた時にレイシスを支えて助けられるのはオレの方だ。オレのがふさわしい」
「雷刀では人のことを構わず早足で歩いてレイシスを疲れさせるだけです。どう考えても僕の方がふさわしいですよ」
「オニイチャンの言うことぐらい聞けっての」
「弟の忠告ぐらい素直に受け取ったらどうですか」
 キャンキャンと騒がしい声が暗闇に響く。その姿は幼い子どもそのものであった。目の前で繰り広げられる喧嘩に、レイシスはぷぅと頬を膨らませた。彼らが喧嘩すること自体もそうだが、一人放置されるのもあまりよく思わない。せっかく二人と遊びたくて早く終わらせてきたのに、とレイシスは小さく息を吐いた。
「雷刀、烈風刀」
 怒りとわずかな寂しさを含んだ声が双子の名を呼ぶ。何だ、と二人が振り返ると、その方手にそっと温かなものが触れた。それは己の手を包むようにぎゅっと握りこむ。レイシスに手を繋がれたと分かり、彼らの目が驚きで大きく見開かれた。
「これで解決デス」
 繋いだ二人の手を掲げ、名案だろう、と言わんばかりにレイシスはにこりと笑った。その笑顔に彼らが勝てるわけなどないのだ。いがみあい険しかった二人の表情が和らぐ。雷刀は嬉しそうに笑い、烈風刀もふわりとはにかんだ。よろしい、とおどけた調子でレイシスは二人を見まわした。
「さ、早く行きマショウ! お祭りが終わっちゃいマスヨ!」
 そう言ってレイシスは二人の手を引き歩き出す。双子の嬉しそうな返事が重なった。まず向かうは屋台が並ぶエリアだ。入念に準備した情報を生かす場面が来た、と雷刀と烈風刀は顔を見合わ小さく頷いた。
 三足の下駄が、カランコロンと輪唱するように軽やかな音を奏でた。

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