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夕暮れ色【ライレイ】

夕暮れ色【ライレイ】
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諸々上手くいかないのでリハビリと挑戦を兼ねてライレイ。
予定よりカップリング色が強く出た……と思いたい。

 トン、トン、トン。規則的に机を叩く硬い音がこぼれ落ち積もっていく。夕日に照らされた教室は日中の活気など見られず、ただただ静かだった。
「――雷刀?」
 開け放された教室の扉からひょこりと人影が覗き込む。今日の仕事に区切りがつき、一旦教室に帰ってきたレイシスだった。二つに結んだ長い髪が、彼女の動きにつられてゆっくり揺れる。夕日を受けた桃色の髪は、普段より赤みを増しているように見えた。
 彼女の声に、積もり続けていた小さな音が止む。音の発生源である少年――嬬武器雷刀はシャープペンシルを動かす手を止め、机から顔を上げた。その表情はいつもの明るく元気ものでなく、酷く疲れしおれていた。
「あー……レイシス……」
「まだ終わらないのデスカ?」
 彼の前の席に腰かけたレイシスの問いに、雷刀は机に突っ伏した。その姿が答えを明確に示していた。やはりか、と彼女は苦笑した。
 本日提出の課題が終わらず、雷刀は放課後残ってそれを解いていた。普段ならばそのまま忘れて課題の山の一部となるのだが、どうやらこの課題は成績に大きく関わるものらしい。普段から口うるさい烈風刀だけでなく、担当教員であるマキシマにまで真剣な様子で釘を刺されたのだ。あのハイテンションな彼が落ち着いた調子で言うほどに重要なものなのだ、さすがの雷刀も危機感を覚えた。無視することなどできない。彼はこの厚いテキストに向かう他なかった。
「烈風刀はどうしまシタ?」
「なんか委員会だかの用事があるらしくて、今職員室行ってる」
 それで一人で勉強していたのか、とレイシスは納得し頷いた。本日は運営に必要な仕事量が少なくレイシスとつまぶきだけでも十分だったため、烈風刀も彼の勉強に付き合っていた――正しくは逃げださないよう監視し、最終締め切りである本日中に全てを終わらせるためだ。切羽詰まった時によく見られる光景である。
「わけわかんねー……」
「でも、ちゃんと解けてマスヨ?」
 椅子の背に力なくもたれ器用にペンを回す彼の前、机に乱雑に広げられたテキストをレイシスは覗きこむ。問題をぎっちりと詰め込んだページにはいくつもの答えが並び、かなり進んでいた。ページ数を見るに、課題範囲の終わり手前まできているようだ。勉強を大の苦手とする雷刀にしてはペースが早い。烈風刀の助力のおかげだろうか、とレイシスは書き殴られた解答を目で追う。ざっと見た限りでは、正答率もなかなかのものだ。
「さすがにヤバいしなー。それに、烈風刀が『教科書をちゃんと読めば分かる』って言ってたし」
 だからちょーっと頑張ってみた、と雷刀は力なく笑った。その顔には頭脳労働による疲労が色濃く出ているが、どこか達成感も見て取れた。自分一人で問題を解き明かし解答に辿りつくことが嬉しいのだろう。その感覚はレイシスにもよく分かる。パズルのピースがぴたりとはまるようなあの感覚は、勉強をしていて一番楽しく思う瞬間だ。
「でもさー、烈風刀全然褒めてくれねーの。『これくらいできて当たり前です』ってばっかり」
 オニイチャン頑張ってるのにー、と彼は机に肘をつきため息を吐いた。確かに雷刀にしてはとても頑張っている。けれども、今回の原因は己が放置していたことによるものだ。頑張りを褒めることよりも、こうやってきちんと解くことができるのに何故今まで放置していたのだ、という怒りの方が強いのだろう。落ち込んでいるようにも見えるその姿に、レイシスはぐっと胸の前で拳を握った。
「じゃあ、ワタシが褒めマス!」
 いきなりの言葉に、雷刀はぱちくりと目を瞬かせた。そんなことはかけらも期待していなかったらしく、驚いているようだ。そんな彼を気にすることなく、レイシスはえーっと、と頬に手を当て宙を見上げる。『褒める』と言ったはいいものの、どんな言葉で示せばいいのだろう。しばし目を閉じ考える。あ、と小さい声を漏らすと、彼女は嬉しそうに人差し指を立てて笑った。
「大変よくできマシタ!」
 ニコニコと元気よく言う彼女の姿に、雷刀は小さくふきだした。はわ、とレイスは驚いたようにその顔を見つめた。何故笑われたのか分からないようだ。
「それ、全部終わってから言うことじゃね?」
「そうデスカ?」
 じゃあ、とレイシスは立てたままの指をくるくると宙で回し再度考える。ふさわしい言葉はなんだろう、と脳の中に存在する言葉の引き出しをパタパタと開いていく。
「よく頑張ったデショウ?」
 うぅん、と指を頬に付き、彼女は首を傾げる。これでいいのだろうか、という疑問が見て取れた。
 その可愛らしい様子に雷刀は小さく微笑む。ああは言ったものの、彼女からの言葉ならどんなものでも嬉しかった。それが己だけに向けられたものなら尚更だ。
「ん、ありがと」
 嬉しそうにはにかみ、雷刀は頑張るぞー、と大きく伸びをする。くるくると勢いよく回したシャープペンシルをしっかりと握り、彼は再びテキストに向かう。残るはいくつかの長文問題だ。今までの問題よりも複雑なそれは時間はかかるだろうが、彼女が応援してくれたのだ、頑張るしかない。その元気な様子にレイシスは安心したように微笑んだ。自分の言葉で彼が元気を取り戻したのが嬉しいようだ。
「あ、そだ」
 ぱっと顔を上げ、雷刀はレイシスの顔を見る。彼女はきょとんとした顔で夕焼けに染まる彼を見ていた。手にしたペンを口元にあてた彼は、どこかいたずらめいた表情で桃色の瞳を見つめた。
「なー、レイシス」
「何デスカ?」
「もーっと頑張るからさ、今度の小テストで平均以上取れたらまた褒めてくれね?」
 おねがい、と彼は笑った。レイシスもつられて小さく笑う。勉強嫌いの彼がそれだけのことでやる気を出すのだ。断る理由などない。レイシスはは胸の前で両手を握り、はいと元気よく頷いた。
「でも、『褒める』って何をすればいいデスカ? さっきの言葉ぐらいしか思いつきマセン」
 うーん、とレイシスは頬に手を当て悩む。同じ言葉ばかりではだめだろう、というのが彼女の考えだ。そうだなぁ、と雷刀も顎にシャープペンシルを当て宙を見つめる。先程の言葉でも十分だが、また別のものの方が嬉しいのも事実である。何があるだろう、と彼も小さく唸った。
「――じゃ、頭撫でて」
「それでいいんデスカ?」
「それがいーなー」
 そしたらちょーがんばる、と雷刀は手に持ったペンをステッキのようにくるりと回した。不思議そうな表情をしていたレイシスだが、彼の言葉に納得したのか花開くようにふわりと笑った。
「分かりマシタ!」
 いっぱい撫でてあげマス、とレイシスは意気込む。やる気満々の彼女に、雷刀は照れるように笑った。
 本当ならば抱きしめてほしい、あわよくば頬にでもキスをしてほしいなどと大胆なことを言いたかったのだが、さすがに『褒める』という枠から逸脱していた。まずは小さなことから。彼らしくもない奥手な考えだが、そうなってしまうほどに彼女のことが好きだった。そんなことは露知らず、レイシスはその姿を眺めていた。
「よーし、じゃあさっさと終わらすーぞ」
「頑張ってくだサイ」
 応援しマス、とレイシスは言う。満ち溢れるやる気を示すように腕まくりをし、雷刀はおうと普段のように元気よく返事した。すぐさまシャープペンシルをを握りテキストに向かい合う。今ならどんなに難しい問題でも解ける、そんな気がした。
 夕焼けの赤に染まる教室、その窓際からは二人分の影が伸びていた。

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#ライレイ

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揺らめく夏【ハレルヤ組】

揺らめく夏【ハレルヤ組】
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こういうあれがああなってそうなってどうなってできたあれ。詳しくは該当postの会話参照。そういうあれだけど元postの要素少ない。
ハレルヤ組って銘打ってるけどレフレイ要素強め。

 空は青のインク瓶を倒してしまったように鮮やかなその色で染め上げられ、中天では太陽が己が存在を強く主張する。陽に熱せられた空気を蝉の鳴き声が震わせ、共鳴するように大合唱をしている。季節はすっかり夏へと様変わりしていた。
「あっつい……」
「あついデス……」
「さすがに暑いですね……」
 気だるげな声が輪唱のように奏でられる。桃、赤、青の三色三対の目は濁り曇っていた。気温は右肩上がりに記録を伸ばし、風が吹くことは滅多にない。陽に照らされたコンクリートは気温と湿度をいたずらに上昇させる手助けをするばかりだ。あまりの暑さに、普段はきっちりと制服を着こなす烈風刀も今ばかりはネクタイを緩めていた。雷刀に至っては完全に取り外し、シャツのボタンを緩めパタパタと扇いでいる。レイシスも珍しく首元を飾る黒いリボンを外していた。その上でこの調子なのだから、今年の夏は一層厳しいことが分かる。
「なんでこんなに暑いんだよ……ふざけてる……」
「そういう季節なのだから仕方ないでしょう……」
 あついあついと呪詛のように呟く雷刀に、烈風刀は諌めるように言葉を返す。その声は普段の透き通った涼やかなものでなく、熱による疲労で淀み沈んでいた。いつもニコニコと華やかな笑みを浮かべているレイシスも、今日ばかりは咲き終えしおれた花のようにうなだれていた。
 授業は半日で終わり、次回開催予定の連動イベントに関する準備も予定よりも早く終わったため、三人は普段よりも早く帰路についていた。しかし、昼時を過ぎたこの時間は日差しが強く、それに焼かれた地面は熱を発するばかりで気温が下がる気配などかけらもない。常日頃からクーラーの効いた部屋で作業している三人にとって、外は地獄でしかなかった。うー、と三人分の力ない呻き声が重なり、蒸発するように消えた。
「……何か飲み物でも買いますか?」
 そう言う烈風刀が指差す先には、空とは正反対の鮮やかな赤色に身を包んだ自動販売機があった。静かに佇むそれを見てレイシスと雷刀の表情が少し明るくなる。そうしよう、と楽しげな声が二人分あがり、連れ立ってそれへと向かう。疲労感に押し潰されたような重苦しい足取りは、わずかばかり軽やかなものへとなっていた。
 三人分の足音が四角い機械の前でぴたりと止まる。光を取り戻した三色の瞳が、蛍光灯に照らされる色とりどりの商品を見上げた。ずらりと並んだダミーはどれも色鮮やかで、商品周りに貼られた宣伝用シールの謳い文句は選ぶ者の心を揺さぶってくる。
「どれにしまショウ」
「レイシス、ごちそうしますよ」
「えー、オレはー?」
 烈風刀の言葉に雷刀が不満げな声をあげる。口を尖らせ弟を見る彼に、じとりとした冷え切った目が向けられた。暑い最中だというのに、青い瞳は冷たさを増していた。
「この間貸した一九〇円、返してもらいましたっけ」
「ゴメンナサイ」
 低く冷ややかな声と視線に、雷刀は露骨に視線を逸らした。固い謝罪の言葉はあったものの、今この場で返す気はないらしい。まったく、と烈風刀は呆れた様子で目を伏せた。
「ワタシも自分で買いマスヨ?」
 二人の様子を見て、レイシスは慌てて胸の前で手を振った。財布を取り出そうと鞄に掛けたその手を烈風刀はそっと制す。はわ、と小さな声と桜色の大きな瞳が彼を見上げた。
「レイシスにはいつもお世話になっていますから。たまにはごちそうさせてください」
 きょとんとした様子の彼女に、烈風刀は困ったように笑いかけた。今日も彼女の頑張りにより、予定よりも早く作業を終えることができた。普段から皆のために働く頑張り屋の彼女に、ささやかではあるがお礼をしたいのだ、と彼は考えたのだった。
 しばしの逡巡の後、お言葉に甘えマス、とレイシスははにかんで小さく頭を下げた。その姿に海にも似た色の目が柔らかく細められる。長く細い指が並ぶ商品をすぃと指さした。
「どれにしますか?」
「えーっと……、ミルクティーをお願いしマス」
 控えめな言葉に烈風刀ははい、と微笑んで投入口に硬貨を入れる。金属のそれが落ちていく軽やかな音と共に、ずらりと並んだボタンが一斉に緑色に光った。レイシスは手を伸ばし、ミルクティーのダミーの下にあるそれを押す。ピ、と小さな電子音の後、ガシャンと大きな音をたててペットボトルが落ちてきた。取り出し口からそれを引き抜きくと、ひやりと心地よい冷たさが手のひらから伝わってくる。ありがとうございマス、と嬉しそうに礼を言う彼女に、烈風刀はどういたしまして、とにこやかに返した。温くなるのも構わず、涼しさを求め両手で水滴にぬれるボトルを持つ彼女の姿は可愛らしい。
 オレも、と雷刀が続く。握りしめた硬貨を細い投入口に放り込み、力強くボタンを押す。音をたてて落ちてきたペットボトルを素早く取り出すと、彼は楽しげに真っ赤なキャップを勢いよくひねった。プシュッ、と小気味好い音が青空の元に響いた。続くように、レイシスも手にしたそれを開ける。暑さを受け汗をかくペットボトルを傾けると、澄んだ冷たさと甘さが乾いた口の中に広がった。
「つめてー!」
「冷たくて美味しいデス!」
 元気で賑やかな声と共に、桃と赤の瞳が気持ちよさそうに細められる。二人の顔には先程までの淀んだ色はなく、普段通りの明るいものに戻っていた。その様子を見て烈風刀は小さく微笑む。彼も自分の分を買い、透明なそれに口をつける。痛いほどの冷たさが日差しを受け熱を持つ身体に染み渡った。
「烈風刀、水買ったのか? もったいねー」
「ジュースはあまり好きではありません。水分を補給するならばこれで十分です」
 口出ししないでください、と烈風刀は不機嫌そうに眇め兄を見る。中身が三分の一ほど減ったペットボトルを握ったままの彼は、理解できないと言いたげな視線と表情を返した。まあいい、と雷刀は気にする様子もなく、涼を得て和やかな表情を浮かべるレイシスの方へと向く。
「そだ。レイシス、こっちのも飲むか?」
 交換しようぜー、と彼は手にした黒いペットボトルをレイシスに差し出した。いただきマス、と彼女は白いラベルに飾られた己のそれと彼が持つ黒とを交換する。二人は息を合わせたように、正反対の色をした容器を同時に傾けた。自分が買ったそれとは違う甘さが良いのか、満足気な溜め息が重なった。嬉しそうな礼の言葉と共にそれらは持ち主の下へと帰った。
「烈風刀も飲みマスカ?」
 撫子のようなの瞳が勿忘草のそれを見つめる。では、と彼は差し出された細いボトルを受け取った。甘い物ばかりでは口の中がべたつくでしょう、と烈風刀は白いラベルに包まれた透明なそれを代わりに差し出した。彼女も笑顔で礼を言い、水滴のしたたる柔らかなそれを手に取った。
 くるくるとキャップをひねると、たっぷりと入れられた甘味料の甘ったるい匂いと紅茶らしき香りがふわりと漂う。既製品ならばこのようなものだろう、と考え、烈風刀はそれに口元へそれを運ぶ。口をつける直前、はた、とあることが思い浮かんだ。
 これは彼女が買ったもので。先程彼女が飲んだもので。彼女が口をつけたもので。
 つまり、これでは間接キスになるのではないだろうか。
 そこまで思考して、烈風刀の動きがぴたりと止まった。夜明けの空のような深い色の瞳が大きく開かれ、室内での作業が多い故あまり日に焼けていない肌がじわじわと朱に染まっていく。その色たるや、兄の髪のそれと違わないほどだ。
 いや待て、これは先程雷刀が口をつけたではないか。つまり、厳密には『レイシスと』でなく『雷刀と』それをすることになるのではないだろうか。兄とのそれは烈風刀にとって日常茶飯事である。意識する必要など全く無い。
 けれども、『彼女が口をつけた』ということはまぎれもない事実である。そして、その箇所の全てが兄のそれで上書きされているわけがないのは自明だ。つまり、彼女の唇が触れた個所と己のそれがわずかでも重なる可能性は確かに存在しているのだ。
 そう考えただけで、身体から飛び出してしまうのではないかと錯覚するほど心臓が大きく跳ねた。どんどんと顔に血が上っていくのが分かる。血液を送り出す器官はうるさいほど早鐘を打ち、痛みすら感じた。過剰に駆動するその音に耳まで痛くなる。先程水分を補給していたというのに、口の中はカラカラに乾いていた。
「烈風刀、どうしたんデスカ?」
 不思議そうな声に、思考の海に沈んでいた彼の意識が現実へと引き戻された。はっと烈風刀は急いで声がした方を向くと、首を傾げたレイシスが紅潮した彼の顔を見上げていた。自然とその口元に目がいき、烈風刀は急いで視線を逸らした。
「い、いえ。なんでもありません」
 大丈夫、大丈夫です、と上ずった声で繰り返す彼をレイシスはじっと見つめる。その顔には懐疑と不安が浮かんでいた。冷静沈着、どんなことにも落ち着いて対応する彼がこれほどまで動揺しているのだ。疑問に思わないわけがない。
 助けを求めるように、烈風刀はすぐそばにいる雷刀を見る。切実な瞳で見つめた先の兄は、ニヤニヤと非常に愉快そうな笑みを浮かべていた。真紅の瞳には優越感も透けて見える。烈風刀の考えから何から何まで全て理解しているようだ。そもそも、最初に交換しようと持ち掛けたのは雷刀ではないか。ここまで予想していた可能性が高い。氷にも似た色の鋭い視線が楽しげな緋色を刺すように睨む。しかし、真っ赤な顔では効果などなく、彼はただただ楽しそうに傍観を決め込んでいた。帰ったらぶん殴る。熱に浮かされた頭は物騒な方向へと向かっていた。
「れっ、烈風刀! 本当に大丈夫なんデスカ? 顔真っ赤デスヨ?」
 心配そうな声と表情がどんどんと赤に侵蝕される彼を一心に見つめていた。レイシスに心配をかけている、その事実が烈風刀にとって苦しくてならなかった。落ち着かねばならない、分かってはいるが脳は一度認識してしまった情報を処理できずにいた。
「大丈夫です。ほんとに、だいじょぶですから」
「大丈夫じゃないデスヨ! 熱中症かもしれまセンヨ?」
 すっかり赤に染まった顔を片手で覆い隠し、たどたどしい声で制す烈風刀にレイシスは食い下がる。その声は悲痛で、彼女がどれほど心配しているか如実に表していた。悲しげな声が彼の脳を揺さぶる。胸の内は己の思考と湧き上がる感情でぐちゃぐちゃにかき回されていた。
「あっ、お水! お水飲みまショウ? まだ冷たいデスヨ!」
 レイシスはあわあわと手にしていたペットボトルを持ち主に差し出した。透明なペットボトルの中で揺れる水は渡した時よりも少しばかり減っているように見えた。先程交換したのだ、彼女はそれを飲んだのだろう。
 つまり、既に彼女は自分と間接キスをしてしまったということで。
 そこまで理解して、脳が処理限界を超えた。
 ふらり、と烈風刀の身体がゆっくり傾く。力の緩んだ手からは四角いペットボトルが滑り落ちた。キャップが外されたままのそれは硬いコンクリートにぶつかり、鈍い音をたてて力なく跳ねた。バシャリ、と水が地面に叩きつけられた音がどこか遠く聞こえた。
「――っと。烈風刀、大丈夫か?」
 重力に従い地面目指して傾く身体が途中で止まる。薄く開かれた浅葱の瞳が空へと目を向けると、夕焼けにも似た赤と視線がぶつかった。いつの間にか駆け寄ってきた雷刀が抱きかかえてくれたようだ。身を起そうと彼の服を掴むが、上手く力が入らずただ縋るような形になってしまう。
「ヘタレ」
 どこか呆れたような雷刀の声が耳に直接注ぎ込まれる。レイシスには決して聞こえない、自分にのみ向けられた不名誉な言葉に反論しようとするが、渇いた喉では上手く音が出せない。絞り出すようにうるさい、と言うのが今の烈風刀には精一杯だった。もやがかかっているように頭がぼぅとして上手く働かない。完全に熱でやられてしまったようだ。
「烈風刀っ、だ、大丈夫デスカ? あっ、いえ、大丈夫じゃありまセンヨネ? どっ、どうしまショウ」
 はわわわわわとレイシスは慌てふためく。桃色の髪と瞳が不安げに揺れた。落ち着いて、と言おうにも、カラカラに渇いた喉は普段通り機能せず、呻き声のような痛々しい音を漏らすばかりだ。全ては自分が勝手に空回りした結果である。先程兄にぶつけられたからかいの言葉に何一つ反論することができないではないか。情けない、と烈風刀はわずかに眉を寄せた。
「真っ赤だし熱あるかもなー。一旦学校戻って涼しいとこに寝かせるか」
 そう言って、雷刀は抱きとめた弟の腋に腕を通しその身体を支える。上手く力が入らず弛緩した身体は重いだろうに、文句の一つすら言うこともなく自然とやってのける姿はやはり兄というべきだろうか。普段はふざけた様子の癖にこんなところだけかっこいいのだ、と烈風刀は悔しそうに口を引き結んだ。
 れふと、れふと、とレイシスは痛ましい声で項垂れたままの彼の名を呼ぶ。その瞳はじわりと緩やかに湧き上がる涙が膜を張っていた。迷惑をかけてしまっていることが酷く辛い。あまりの情けなさに烈風刀は力なく呻いた。倒れ人に縋ることになった情けなさと、無駄に考え込んだ恥ずかしさで死んでしまいそうだった。
「まぁ、無理はしないでおきましょー、ってな」
 そう言う雷刀の声は非常に楽しげだ。明らかに己に向けられた言葉に、烈風刀の表情が更に歪んだ。誰のせいだ、という言葉は八つ当たりに近いものだろう。そんなことは烈風刀自身よく分かっている。今の彼にできることは、からかう兄に少しでも頼らぬよう自分で歩くことだけだ。
 そうデスヨ、と心配と少しの憤りが混ざった声でレイシスは言う。彼女はその言葉の本当の意味を分かっていないのだろう。分からないままでいてくれ、と烈風刀は上手く働かない頭で強く願った。
 陽光降り注ぐ暑い最中、わずかに吹いた生温い風が三色の髪を揺らした。

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#レイシス #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #ハレルヤ組

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蜜を辿る【ライレフ】

蜜を辿る【ライレフ】
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はちみつの日らしいと色々言ってたら出来上がったのがこちらになります。相変わらず嬬武器弟が可哀想なだけ。
無心でガリガリ書いてたら訳の分からない方向に突っ走っていって酷く困惑している。

 砂糖の甘い香りがキッチンにふわりと漂う。綺麗な円状に焼けたそれを真っ白な皿に乗せると、柔らかな湯気が揺らめいた。均一な狐色に染まったそれを見て、烈風刀は満足気に頷いた。
「んー? なになに、なに作ってんの?」
 雷刀はフライパンを持つ烈風刀の肩越しから手元を覗き込む。危ないでしょう、と烈風刀が諌めると大人しく離れた。懲りずに続ければ、自分だけその美味しそうな菓子を食べられなくなることは明白である。彼の料理を好む、否愛すほどの雷刀にとってそれは避けるべき事態であった。
「牛乳と卵が余っていたのでホットケーキを作りました」
「久しぶりだな」
 料理を趣味とする彼は時折菓子も作る。レシピをきちんと遵守し作られたそれらはどれも美味しく好評だ。もちろん雷刀もそれを好み、常々楽しみにしていた。普段ならばそれらを使った夕食が作られるが、今日はどうやら菓子作りの方へと気が向いたらしい。
「ほら、できましたよ。フォークなり用意してください」
「分かった!」
 雷刀は嬉しそうに笑って食器をしまった引き出しを探る。カチャカチャと金属が擦れ合う音を背に、烈風刀は二人分の皿を持ちキッチンを後にした。
 ダイニングテーブルの定位置に皿を置く。程なくして、二人分のフォークとはちみつを抱えた雷刀がキッチンから出てきた。席に着き、烈風刀にそれを手渡す。いただきます、と手を合わせ、二人は柔らかなそれにフォークを立てた。
「うまい!」
「それはよかった」
 笑顔で頬張る雷刀に烈風刀は柔らかく微笑んだ。やはり、自分が作ったものを美味しく食べてくれる人がいるのは嬉しいことだ。感情を素直に伝えてくれる彼の『美味しい』という言葉と笑顔は何よりの対価だ、と烈風刀は考える。自分のそれを小さく切り分け一口。ほのかなバターの香りと砂糖の優しい甘さが口の中に広がり、彼は思わず頬を緩めた。
「なーなー、はちみつかけてもいい?」
「お好きにどうぞ」
 返事を聞いてから、雷刀は手にしたボトルを逆さにする。細い注ぎ口からとろりとした琥珀色の液体がこぼれおち、狐色の生地に染み込み細い跡を残す。ぐるりと一周分かけ、雷刀は再度切り分けたそれを口に運んだ。足された甘さに彼は満足気に笑った。その笑顔がとても魅力的に思え、烈風刀も容器を手に取り輝くそれをかける。口に入れると、先ほどとは別の甘さと香りが舌を楽しませる。たまには甘いものもいいものだ、と烈風刀は小さく頷いた。
 ふと顔を上げる。視線の先の赤色はニコニコと笑っているが、その手は何故か蛍光灯の光を受け輝いている。きっと余分にかけたはちみつがフォークを伝い、手を汚したのだろう。その光景に烈風刀は眉をひそめた。
「ちょっと、手がべたべたではないですか」
「んー? ……あ、ほんとだ」
「貴方は食べ方が下手すぎますよ……。ほら、ちゃんと拭いてください」
「別に舐めりゃいいじゃん」
 そう言って雷刀はフォークを置き、己の指をべろりと舐めた。意地汚い、と咎め、烈風刀は身を乗り出しティッシュでその指を拭う。フォークを取って皿に置き、根元の水かきの部分までしっかりと拭う。ティッシュがべたべたとした指に貼りつきなかなか上手くいかない。
「別にいいのに」
「よくありませんよ。みっともない」
「てか烈風刀もついてるじゃん」
 そう言って雷刀は手を振りほどき、烈風刀の口元に伸ばす。立てた人差し指で口の端をなぞると、きらりと光る何かが彼の指に移った。口の端にはちみつがついていたのだろう。
 すぃ、と雷刀はその指を烈風刀の口元に差し出した。一体何のつもりだ、と睨むが、彼は気にする様子なくニコニコと笑っている。舐めろ、と暗に言っているのだろう。浅葱の瞳が更に細められ、視線が鋭くなる。それでも茜色の瞳は愉快そうに弧を描いたままなのだから、こんなやり取りはもう慣れてしまっているということがよく分かる。
 雷刀、と咎めるように名を呼ぶと、指が更に突きつけられる。血のように濃い赤に染まる瞳はじっとこちらを見つめたままだ。こうなってはもう引くつもりはないのだろう。はぁ、とわざとらしく溜め息を吐く。これぐらいのことでもしなければやっていられない。早々に諦め折れるのは、常に烈風刀の方なのだ。
 小さく口を開き、烈風刀は目の前の指に舌を伸ばす。指の腹にそっと触れると、強い甘みが舌を刺激した。直接的な甘味に少し顔をしかめ彼を見るが、その瞳は依然澄んだ水のような瞳をじっと見据えたままだ。まだ足りない、ということなのだろう。諦め、その先端をゆっくりと口に含む。やはり甘い。どれほどこぼしたのだ、と思わず眉を寄せた。少しずつそれを口の中に迎え入れる。固い節が舌に触れ、少しの息苦しさに翡翠の瞳が不快そうに細められた。
「――っ、ぅ!?」
 ぐぷ、と湿った音が突如耳に響いた。同時に舌の上を何かが滑る感覚。指が深くまで突き込まれたのだと気付くまでたっぷり数秒かかった。
「っ、ぁ、らい…………ぃ、あ」
 何のつもりだ、と問おうと口を開くが、それは追加された指によって阻まれた。反射的に口を強く閉じようとするが、一度認識してしまったそれを噛むことを無意識に避けてしまった。結果、侵入者は好き放題に口腔内をうごめきまわる。
「ぁ……ぅあ、は、ゃ…………あ、い……」
 抗議するように名を呼ぼうとも、舌を押さえつけられ上手く言葉が発せない。指に邪魔されたそれは意味のない音へと変化するばかりで、意味を成すものなど作れず意思を伝える手段を全て奪われてしまった。抵抗などできぬそれにゾクリと背筋に悪寒が走った。
 ずるりと舌の上を指が滑る。弾力に富むその感触を味わうように、血液の塊にも似たそれを弄ぶように、指がぐにぐにと舌を押す。根元に近い場所を押されると、吐き気に似た何かがこみあげてくる。普段触れられることなどないそこを突かれる感覚は、口を塞がれた状態でなくとも言葉にすることなど不可能であった。
 二本の指が舌を挟む。厚いそれを引きずり出すように動くが、唾液でぬめるそれは逃げる一方でただ扱くように熱の塊を擦るだけだ。それでも指は躍起になってそれを求め続ける。指の腹で、側面で、固い節で、つややかな爪で舌を撫でられる感覚に、背筋にぴりりと訳の分からない刺激が走る。
「やっ……ぁ、あっ…………ん、んぅっ…………ぃ、っあ――」
 呼吸が上手くできない。口は普段以上に大きく開かれているというのに、酸素が上手く取り込めない。息苦しさに視界がジワリとにじんだ。抗議する手段すら奪われた今、烈風刀の胸の内は恐怖と混乱の二つで埋め尽くされていた。
 口の端からは飲み切ることができないだらだらとこぼれる。汚い、はしたない、そう思えど口を閉じることはいくつも突き込まれた指が許してくれなかった。蜜で汚れていたはずのそれからはもう何も味は感じられない。指にまとわりついていた甘い蜜は、既に烈風刀の唾液に塗り変えられていた。
 ずる、と気持ちの悪い音をたてて指が引き抜かれる。一気に酸素が肺になだれこみ、烈風刀は大きく咳き込んだ。ぼろぼろと涙がこぼれ、机の上に小さな水たまりが生まれる。
「…………な、ぁ……なんですか…………貴方は……」
「なんとなく?」
「っぁ……ふざけるのも、大概にしてください……」
 目の端に涙を湛えぜーぜーと苦しげに息をする烈風刀を見て、雷刀は普段通りに笑う。どこか満足気なその表情が憎らしくてたまらなかった。その笑みも、余裕綽々といった声の調子も、息苦しさにこぼれる涙も、何もかもが不愉快だ。烈風刀はぎろりと目の前の赤を力いっぱい睨みつける。涙で潤んだその瞳では何の効果もないことに彼はまだ気づいていない。
「甘かった?」
 にやにやと不愉快な笑みを浮かべる彼に、近くにあったはちみつのボトルを力いっぱい投げつける。固いプラスチックでできたそれは雷刀の顔に見事命中し、鈍い音をたてた。気持ちがいいまでのクリーンヒットである。
「っ……ぃ、ってぇ……」
「ばか」
 烈風刀は顔を押さえ机に突っ伏す兄を冷え切った目で見下す。いい気味だ、と彼は自分の食器を持ってキッチンへと向かった。せっかく焼いたホットケーキは既に冷めてしまっていた。あんなことをされた直後では、さすがに食べる気が起きない。あまりよくないが、ラップをして冷蔵庫にしまうことにしよう。
 けほ、と小さく咳き込む。ずっと開いていたせいか、口の中は乾き喉が少し痛む。あれほど唾液がこぼれていたというのに不思議だ、と考えて、烈風刀は口の端に垂れたままになっていたそれを手の甲で拭った。行儀が悪いが、濡れた冷たさが先ほどの事を思い出させるようで嫌だったのだ。
 散々弄ばれた舌の上には、まだあの強い甘みが残っているように思えた。

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#ライレフ #腐向け

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隠し色【ライレフ】

隠し色【ライレフ】
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設定も説明もクソも訳が分からない、ただただ自分が書いてて楽しいだけの文章。貧乏性なので投げる。
ちょっとだけ頼りないオニイチャンとちょっとだけかっこいい弟君が書きたかっただけ。

「れーふーとー」
 シャワーを終えキッチンで茶を飲んでいると、間延びした声がリビングの方から飛んできた。コップを手にしたまま、烈風刀は声の方へと頭を動かす。視線を移した先には、ソファに座りニコニコと笑みを浮かべた雷刀がいた。彼は広げた足の間に手を付き、片手でそこをぺしぺしと叩いている。ここに座れ、と言っているのだろう。
 コップの中身を飲み干し、烈風刀は大人しく兄の下へと向かう。少しばかり躊躇いつつも、その手が示す場所に浅く腰掛けた。後ろからごく自然な動きで腕が回される。ゆっくりと抱きしめられ、否応なしに二人の距離が縮まる。熱と熱とが重なり合う。普段ならば文句の一つや二つ飛ぶのだが、今日の彼は借りてきた猫のように大人しくしていた。抱き寄せたその背に、雷刀はこつんと額をつけた。
「烈風刀、あったけー」
「お風呂あがりなのだから当たり前でしょう」
 それに加え、兄弟の平熱は人よりも少しばかり高い。それでも肌を触れ合わせると、熱さよりも心地よさや安心感が胸の中にじわりと広がっていくのから不思議だ。背から伝わる熱に、烈風刀は小さく息を吐いた。身じろぎもせず、ただただ抱きしめ抱きしめられたまま時計の針は進んでいく。カチ、カチ、と秒針が時の道を歩く音が静かな部屋に響いた。
 抱きしめる雷刀の腕にゆっくりと力がこめられる。骨で守られていない柔らかな箇所を圧迫され、少しの息苦しさと鈍い痛みがじわじわと広がっていく。その感覚に、烈風刀は小さく顔をしかめた。
「ちょっと雷刀、苦しい――」
「んー、もうちょい」
 彼は苦しさを訴えるが、雷刀が手を離す様子はない。むしろ逃がさんと言わんばかりに更に強く抱きしめられ、二人の身体がひたりと密着する。内臓を潰されるような感覚は決してよいものではない。どうにか引きはがし腕から逃れようと、烈風刀は腹に回された手に己のそれを重ねる。掴んだそれは想像していたよりもずっと冷たく、烈風刀は悔しげに顔を歪めた。
 思い切り力を入れ、烈風刀は抱き寄せる腕を無理矢理引きはがす。そのままくるりと身体を反転させる。透き通った緑青の瞳の先には、疲れを誤魔化すような、深い傷を隠すような表情をした兄がいた。彼への、そしてなにより自分への強い苛立ちに烈風刀は眉間に深い皺を刻む。そのまま鮮やかな深緋に彩られた頭を思い切り胸に寄せ、抱きつくように抱きしめた。
「烈風刀?」
「疲れてるなら――辛いなら、ちゃんと言ってください」
 先程のお返しだと言わんばかりに、烈風刀はふつふつと湧いてくる怒りを込めて強く抱きしめる。少し跳ねた真っ赤な髪がくしゃりと崩れた。
「……バレた?」
「分かりますよ」
 どこかバツが悪そうな雷刀の声に、烈風刀は怒りを色濃くにじませた声を返した。胸に顔を埋めたままでは息苦しいだろうに、腕の中の赤色は何も言わず大人しく抱かれたままだ。彼らしくないその様子に、抵抗する力すらないのではないかいう不安が烈風刀の胸をじわじわと侵蝕していく。
 ここ最近はアップデートの頻度が高く、楽曲データの生成や管理および照合、プレーヤーデータへの反映など普段以上の業務が要求され、運営に関わる者は文字通り忙殺される日々を過ごしていた。あまりにも膨大な量に、細かいことを不得手とするため普段は別作業を担当している雷刀まで駆り出されるほどだ。しかも、その忙しさを突いてきたバグの侵入を許してしまい、退治のために彼は学園中を何度も何度も駆け回っている。慣れない作業で頭と精神をすり減らし、加えてバグ退治で肉体まで酷使しているのだ。いくら体力に自信がある雷刀でも、疲れ果てるのは当たり前である。
 しかし、彼はそれをひた隠そうとしていた。心配をかけるのが嫌なのだろう、疲れていないかと問われれば、普段通りの笑顔で大丈夫だと答えていた。けれども、その瞳に沈む疲れの色はを風刀には隠し通すことなどできない。十数年も離れることなく隣にいるのだ、些細な嘘など互いに通じるわけなどなかった。
 無理に行動させていたこと。いつも自分に『隠すな』という癖に、己のそれを隠そうとしたこと。一人だけで解決しようとしていたこと。そして何より、一切頼られなかったこと。様々な怒りと悔しさが烈風刀の中で渦巻いていた。
「貴方は僕のことをよく分かっているのでしょう? だったら、僕だって同じです。貴方のことぐらい、全部知っています」
 当たり前でしょう、と烈風刀が言うと、くすりと小さな笑みが聞こえた。そのまま、その背にわずかばかり温度を取り戻した手が回される。今度は添える程度の優しい手つきだった。
「大体、僕に無理するなと言う癖に、何故貴方は溜め込むのですか」
「あー……うん……」
 責める声に、雷刀は気まずそうに言葉を濁す。弱々しいその音に、烈風刀は目を伏せ抱きしめた頭を優しく撫でた。ふわふわとした柔らかな髪を指で梳くと、落ち着いた呼吸が彼の耳に届いた。
「もっと頼ってください。僕もレイシスも、迷惑だなんて思ってませんから。むしろ、本当に大丈夫なのか心配しているのですよ? だから、一人で無理をするのはやめてください」
 いつも雷刀が自分に言い聞かせる言葉を、烈風刀は口にする。その声には強い熱が宿っていた。
 彼もこんな気持ちで言っていたのだろうか、と烈風刀はぼんやりと考えた。たしかに、こうやって無理をしている姿を見るのは心臓にも精神にもあまりよろしくない。今度からもっと上手く隠さねば、とその思考は間違った方向へと捻じれた。
 無理をして倒れられた方が迷惑です、と照れたように付け加えると、はは、と気の抜けた笑い声が聞こえた。腹に息がかかって少しくすぐったい。
「ん、分かった」
 とんとん、と、雷刀は己を抱きかかえる弟の背中を優しく叩く。これではまるで自分があやされているようだ、と烈風刀は少し拗ねたように顔をしかめた。くすり、とまた笑う声。腕の中に納まる兄からは己の顔など見えるはずがないというのに、全て見透かされているように思えた。これも双子故だろうか、と考えて、ふわふわとした赤を優しく撫でる。
「なぁ、烈風刀」
「なんですか」
「オニイチャン、さっきの体勢のがいいなー。烈風刀あったかいし、抱きしめてると落ち着く」
「嫌です」
 おどけたような声をきっぱりとした声が否定する。えー、と不服そうな声が上がるが、烈風刀は黙ったままだ。幾許かして、小さく息を飲む音が雷刀の耳に落ちてくる。薄い唇が開かれ、紅梅を抱きしめた若草は、その胸の内を音へと変えていく。
「……先程の体勢では、『僕が』抱きしめられないでしょう」
 たまには黙って抱きしめられていてください、と少し拗ねたような音がぽつりとこぼれた。
 思えば、烈風刀はいつも雷刀に抱きしめられてばかりで己から動くことは少ない。だからこそ、今日ばかりは自分から抱きつきたい。抱きしめ、肌を触れ合わせ、体温を共有することは心地よく、安心する。その安心感を、今度は自分が彼に与えたいのだ。
「そっか」
 じゃあ仕方ないな、と機嫌のよさそうな兄の声に、そうですよ、と開き直って返す。すり、と雷刀は目の前の胸に額を擦り付けた。可愛らしい姿と少しのくすぐったさに、烈風刀は小さく笑みを浮かべる。応えるように、燃える緋色をゆっくりと撫でた。
 あぁ、温かい。
 体温を取り戻した手から伝わる熱が、腕の中で優しく笑むその熱が、この上なく心地よかった。

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#ライレフ #腐向け

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まどろみと熱【ライレフ】

まどろみと熱【ライレフ】
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今書いてる諸々が上手くいかないので息抜きにりりかるほも。
いつぞやTLで見たライレフが可愛かったので。

 温かなものがそっと触れ、熱を味わう間もなく離れる。また柔らかなものが触れ、その感触を求める暇もなく離れる。幾度も繰り返されるそれに、烈風刀はゆっくりと目を開けた。その表情は眠たげで、酷く不機嫌そうに見える。
「雷刀、やめてください」
「んー?」
 眠気を孕む声は低く、彼の機嫌の悪さをよく表している。しかし、その原因を作り出す雷刀はとぼけるばかりだ。眠気と恥じらいと苛立ちに、若葉色の瞳がすぃと細められる。宥めるように、言葉を紡ぐそこに熱が触れた。すぐ目の前に輝く紅葉色の瞳は妙に上機嫌で、眠気などかけらも感じられない。終わる気配のないそれに、烈風刀は眉間に深く皺を刻んだ。
 寒いから、といきなり押しかけてきた雷刀を拒むのを諦め、大人しく布団に招き入れた結果がこれだ。眠りたいというのに、彼は睡魔の仕事を邪魔するようにこうやって幾度も唇を寄せてくるのだ。与えられる感覚は、普段彼が求めるそれとは違うじゃれるような軽いものだ。それ自体は恥ずかしさを覚えるものの受け入れることはできる。しかし、こう何度も何度も繰り返されるとさすがに嫌気が差すものだ。眠い。恥ずかしい。寝たい。気恥ずかしさと睡眠欲が混ざり、胸の内は表現しがたい感情がぐるぐると渦巻いていた。
 顔を合わせているからこうなるのではないか。眠気で鈍る頭が当たり前の事実にやっと気がつく。ならば、と烈風刀は寝返りをうち、雷刀に背を向けた。これならもう何もないだろう。やっと眠れる。小さく息を吐き、彼は静かに瞼を下ろした。忍び寄る睡魔に身を全て委ね、あとは深い無意識の底まで静かに沈んでゆくだけだ。
 首筋に何かが触れる感覚。わざと鳴らされた音に、また口づけをされたのだと分かった。
 驚きとくすぐったさに、烈風刀は小さく声をあげる。それに気をよくしたのか、雷刀はまたその首筋に唇で触れた。ちゅ、ちゅ、と小さな音と共に少しかさついた唇が首筋をたどる。鼻先で髪を掻き分け生え際に、回り込むように喉元近くに、埋めるように潜り込んで肩口に。熱を孕む彼の唇が、日に焼けていない箇所を滑っていく。時折吐息が肌を撫でてこそばゆい。与えられる感覚に、烈風刀は小さく身じろぎをした。
 気がつけば、腹に手が回され後ろから抱きすくめられていた。服越しに触れる手も、うなじをたどる唇も、ほのかにかかる息も、彼の全てが熱い。融かされてしまいそうだ、などと眠気と熱でぼやける頭で考えた。
 ん、とかすかに声を上げ、己を包む熱から逃れる。そのままこてんと寝返りを打ち、烈風刀は再度兄と向き合う。その顔は先程と違い、眠気だけでなく恥じらいの色が強く浮かんでいた。あれほど熱っぽく行為を繰り返されれば、さすがに眠気よりも気恥ずかしさの方が勝る。翡翠の瞳は、眠たさだけでなくじわじわと湧き上がる熱に潤んでいた。
「雷刀」
「なに?」
 返事の代わりとばかりに、雷刀の唇が己のそれを撫でる。ゆるりと開いた目のすぐ先、紅玉の瞳にも熱が宿りつつある。くすぐったさと気恥ずかしさに、烈風刀は逃げるように俯いた。つっぱねるように彼の胸元に手を添える。その姿は縋り付いているようにも見えた。
「眠いのです。寝かせてください」
「えー」
 どこか幼い音へと変わるその声に、雷刀は不満げな声を漏らす。逃がさないと言わんばかりに、その背中に手を回された。唯一無二の片割を抱くその腕は優しいもので、なにもかもじわじわと融かされてしまうような温かさと心地よさに包まれた。
「キスぐらいいいじゃん」
 そう言ってまた一つ口づけが降ってくる。浅葱の髪に落ちたそれは、淡雪のようにすぐ溶けて消えた。明確な感覚のないそれを寂しいと思ってしまうことは言わないでおこう、と烈風刀は心地よさに包まれたまま考える。
「さすがにやりすぎですよ」
「ちょっとだけだし」
「『ちょっと』という数ではないでしょう」
 このわずかな時間で何度触れ合ったのかなど分からない。確かに言えるのは、二人分の両手でも数えきれないということだけだ。触れては消え、与えられては失う熱は知らぬ間に己が内に蓄積されていく。燻るそれが心を掻き乱す。
「……起きたら、してあげますから」
 好きなだけさせてあげますから、寝させてください、と投げやりな声が雷刀の耳をくすぐる。予想だにしない言葉に、彼の動きがぴたりと止まった。その顔には、喜びと戸惑いと猜疑が混じった、形容しがたい色が浮かんでいた。
 行為自体が嫌なわけではない。言葉と行動で示さないが、烈風刀自身もその熱を欲しているのだ。好いているものに触れたい、当たり前の欲求である。
 そう、求めていることは互いに同じなのだ。ただ、タイミングが悪いだけで。
「……そっか」
 じゃあちゃんと寝なきゃな、と雷刀は頬を緩める。とんとんと腕の中の弟の背を優しく叩く姿は保護者のそれで、烈風刀は不服そうに目を細めた。しかし悔しいかな、それがとても心地よい。安心感が身体を包み、とろりと意識が緩やかに溶けていく。
 おやすみ、とまた口づけ一つ。最後の温かみとともに、烈風刀は緩やかな眠りの闇に沈んだ。

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#ライレフ #腐向け

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夏模様【ハレルヤ組】

夏模様【ハレルヤ組】
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pixivで非公開にしていたものをサルベージ。キャプションとか諸々全部当時のままです。

お題:理想的なつるつる

即興二次小説で書いたのを加筆修正。昨年夏のエンドシーンネタ。ハレルヤ組かわいいってだけの話。
実際に書いたのは秋というのは内緒。

 太陽は空の頂点に立ち、憎らしいまでに陽の光を降り注がせる。強いそれにより気温は上昇の一途を辿り、全国各地で新記録を叩き出していた。季節が巡り、夏がやってきたのだ。
 『暑い』という感覚を身をもって体験せねばならないこの季節を苦手とする者は多い。日々ゲームの運営に駆けずり回る三人も、もちろん例外ではない。むしろ、日頃寒く思うほど冷房の効いた部屋で運営業務に励む彼女らにとって、陽の光で何もかも熱せられた外は他者よりも辛く感じるものだ。
 けれども、そんな暑さの真っ只中、三人が浮かべている表情は涼しげで穏やかなものだ。
「冷たい飲み物、幸せデス」
「クーラー涼しい、幸せだ」
 ほぅ、と幸せそうに息を吐いて、レイシスと雷刀は呟いた。手足を伸ばしだらしなくソファに倒れこむ雷刀に、背筋をしっかりと伸ばし姿勢よく座りお茶を飲むレイシス、烈風刀の二人。どんなに強い日差しが窓から差し込み彼女らを照らしても、それは文明の利器によりすぐさま熱を失う。真夏の暑い日にクーラーの効いた涼しい部屋で過ごす時間は、まさに幸せの一言に尽きた。
「そうだ、五月に植えたスイカが食べ頃です。冷蔵庫で冷やしてあるのでみんなで食べましょうか」
「スイカ!?」
「スイカデスカ!」
 烈風刀の言葉に、雷刀は素早く身を起こしレイシスは茶を飲む手を止める。カラン、と氷がグラスにぶつかる涼やかな音が冷えた部屋に響いた。夏といえばスイカだ。けれども、店頭でよく見かける、けれども少しばかり高く手が出し辛いそれを食べる機会などないだろう、と二人とも半ば諦めていたのだ。それだけに喜びは大きい。好奇心と喜びで輝く二色二対の瞳は、烈風刀をまっすぐ見つめた。
「つーか、いつの間にそんなの作ってたんだ」
「貴方が作ろうと言ったのではないですか」
 二人ともTAMA猫と間違えていましたけれど、と烈風刀は苦々しい顔をする。雷刀の表現力が壊滅的だったということもあるが、さすがに生き物と間違えるのはどうなのだ、と彼は内心呆れたものだ。純粋でどこか天然なレイシスと思ったことをすぐ口にする雷刀が組むと、ツッコミが追いつかないほどのボケを生み出すのだから大変だ。
「見ていいか? いいよな? いいよなっ!」
「ワタシも見たいデス!」
 返事も待たずにソファから飛び起きキッチンへ駆ける雷刀に、レイシスも楽しげな表情で続く。子どもようにはしゃぐ二人の姿を見て、烈風刀は小さく苦笑し同じくキッチンへと足を向けた。
 パタパタと響く二つの足音はキッチンの隅に置かれた冷蔵庫の前でぴたりと止まる。期待を色濃く浮かべた桜と茜は、その扉を勢いよく開けた。蛍光灯で白く照らされた箱の中には、小ぶりなスイカが静かに佇んでいた。おぉー、とレイシスと雷刀は揃って感嘆の声を上げる。人工的な光に照らされたそれを見つめる二人の背後に、追いついた烈風刀が険しげな表情で立った。
「冷蔵庫を開けっ放しにするのはやめなさい」
「はわわ、ごめんなサイ」
「いえ、全ては雷刀が悪いのです」
「いくらなんでもそれはひどくないか?」
 眉を八の字に下げ申し訳なさそうに謝るレイシスに、烈風刀は優しく声をかける。理不尽な言葉に対する兄の抗議は、彼女を一心に見つめる弟には届かないようだ。いつも通りである。
 一旦二人を冷蔵庫の前から退け、烈風刀は冷えたそこからスイカを取り出しまな板の上に置く。雷刀とレイシスは、その脇から丸くつややかなそれを見つめた。
「個人で作ることができる程度なので、あまり大きくないのですけれど」
「すごいデス!」
「烈風刀スゲー!」
 少し申し訳なさそうな様子で言う烈風刀に、二人は澄んだ瞳を向ける。その表情は心底嬉しそうで、楽しそうで、太陽のように明るく輝いていた。これほど喜んでくれるとは、と烈風刀もなんだか嬉しくなる。
「TAMA猫みたいデスネ。すべすべデス」
「だなー。つるつるだ、つるつる」
 感心するように声を漏らし、二人はスイカを撫でる。その姿はTAMA猫に対するそれと同じだ。つるつるとしたその表面の触り心地は彼女らを魅了したらしい。冷蔵庫から取り出したばかりで冷たくて気持ちいいということもあるのだろう。
 そうだ、と何かひらめいたような顔をして、雷刀は走ってキッチンを出ていく。その様子を烈風刀とレイシスは不思議そうに眺めた。また何かおかしなことを考えているのでは、と烈風刀の顔には懐疑の色も浮かんでいる。日頃兄の思い付きに振り回されている彼には、すっかり警戒する癖がついてしまったようだ。
 ほどなくして、楽しげな笑みを浮かべた雷刀が戻ってきた。その手にはごく普通の油性マジックが握られている。二人をスイカの前から退け、勢いよくキャップを外し彼は何かを始めた。キュッキュッとペンが滑る音がキッチンに響く。険しげな表情でその背を見る烈風刀に、一体何なのだろうと興味津々な様子で赤髪を見つめるレイシス。二つの正反対な視線を気にすることなく、彼は手を動かした。
「――これでよし、っと」
「ワァ!」
 小さく呟き、雷刀は満足げな表情で顔を上げた。その手元を覗き込んだレイシスは感激の声を上げる。まな板の上に座る黒と緑の縞々には、歪ながらも顔と小さな手のようなものが書かれており、見知った真ん丸へと姿を変えていた。
「TAMA猫デス!」
「こうしたら尚更似てるだろ?」
「はい、可愛いデス!」
 ニコニコと笑ってレイシスはTAMA猫、もといスイカを撫でる。レイシスの方が可愛いですよ、と烈風刀は彼女に聞こえないように呟く。だな、と隣にいる雷刀がすぐさま返した。真逆と言われることの多い双子だが、彼女に関してはいっそ美しいほど意見が一致する。
「しかし、これでは食べるときに手にインクがつくのではないですか?」
「あ……」
「そうデスネ……」
 烈風刀の言葉に雷刀とレイシスは固まり、しゅんとしょげたような顔をする。怒られるのでは、という不安も窺えた。
「……まぁ、あとで手を洗えばいいでしょう。さぁ、切りますよ」
 フォローするような烈風刀の言葉に、二人の表情がぱぁっと明るくなる。やったー、と両手を上げる桃と赤を見て、緑は笑った。ころころと表情が変わる彼女らは見ているだけで楽しい。
 スイカに包丁を当て、力を込め割れ目を作る。そこにぐっぐっと刃を押し当てていくと、真ん丸だったそれはだんだんと形を崩し、半円へと姿を変えた。それを更に半分に切り、皮目を下にしてとんとんと切り分けてるといくつもの三角形が出来上がった。その姿を見て二人はおぉー、と声を上げる。丸いそれが変化する度に、二人の表情は期待に輝いていった。
「切れましたよ。食べましょう」
 烈風刀は切り終えたそれを盆に載せ、リビングへと向かった。ハイ、おう、と元気に返事をして、雷刀とレイシスは先を行く彼の背に続く。その姿は仲のいい家族のそれと同じだ。
 手を拭くためのタオルと種を入れるためのボウルを用意し、三人はソファに座る。綺麗に切り分けられたスイカを手に取る。いただきます、と声を揃えて言い、赤と白と緑の三角形にかぶりついた。
「んめー!」
「はわー、甘いデス! 美味しいデス!」
「それは良かった」
 雷刀とレイシスは幸せそうな表情でスイカを頬張る。見ている者が幸せになるような、明るく可愛らしい笑顔だ。頑張って作った甲斐があったものだ、と烈風刀は小さく微笑んだ。趣味で作ったものとはいえ、これだけ喜んでくれるのはやはり嬉しいものだ、と考えて彼も赤いそれを口にする。程よい甘みが口の中に広がった。
「烈風刀、ありがとな!」
「ありがとうございマス!」
「へ?」
 両隣に座る二人から向けられた笑顔と感謝の言葉に、烈風刀はきょとんとした顔をする。なんのことだろう、と不思議そうに二人を見る彼に、彼女らはニコニコと満面の笑みを向けた。
「だってオレらが言ったから作ってくれたんだろ? すっげーうまいし、ほんとにありがとな!」
「そうデス! 烈風刀のおかげでこんなに美味しいスイカが食べれたんですカラ。烈風刀、本当にありがとうございマス!」
 嬉しそうな彼らの笑みと言葉に、烈風刀は頬を少し染めた。こちらこそ、とはにかむ彼に、二人は嬉しげに笑った。
 明るい陽光が差し込む涼しい部屋に、三人の賑やかしい声がこぼれた。

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#レイシス #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #ハレルヤ組

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足並み揃えて【ハレルヤ組】

足並み揃えて【ハレルヤ組】
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弟君PURおめでとーやっとだねーとかそういう感じでうわーってネタが湧いてきて書き始めたら朝になったでござるの巻。とりあえずtumblrに投げ。
ハレルヤ組可愛いってだけのあれ。

 失礼しました、と一礼し、烈風刀は静かに引き戸を閉める。済ませるべき用事を一つ終わらせ、彼は普段の仕事に戻るため廊下を歩み始めた。さて、今日はアップデートについて何かあると聞いていたはずだ。先月から楽曲追加だけでなく様々なイベントやアイテムを用意しているが、今回はその類のことはあるのだろうか。先日はバグが忍び込み多大な被害を受けたが、次はどう対策しようか。そんなことをぼんやりと考えながら、彼は己が戻るべき部屋へと足を動かす。
 パタパタと軽やかな足音が空間に響く。背後から聞こえるそれはだんだんと近付き、そこに聞き覚えのある声が混ざる。普段行動を共にする二人を思い浮かべ、烈風刀はくるりと振り返った。
「烈風刀! やりマシタ! やりマシタヨー!」
「やったぞ烈風刀ー! やったー!」
 彼の予想通り、そこにはレイシスと雷刀がいた。二人は上げた手をぶんぶんと振り、満面の笑みで己の名を叫びこちらへと走ってくる。元から元気のいい二人だが、今日はあまりにも元気がよすぎる。あまりのテンションの高さに、烈風刀はビクリと身体を震わせた。どうしたのだろう、と考えている内に、二人は彼の目の前でぴたりと足を止めた。息の揃った動きだった。
「烈風刀! これ見てくだサイ!」
 レイシスは興奮した様子で烈風刀に端末を差し出した。彼女の勢いに押されるも、彼はそれを受け取り液晶画面に沈む文章を目で追う。どうやら、次回のアップデート内容を記したものらしい。楽曲の追加、曲数、難易度、解禁手順、必要ブロック数などが書かれている、普段のそれと何ら変わりないものだ。だというのに、彼女は何故ここまで興奮しているのだろう。烈風刀は小さく首を傾げた。
「ここだよ! ここ!」
 横から覗き見ていた雷刀がペタペタと画面を指差した。邪魔だとその手を退けさせ、示した部分をじっくりと読む。『PUR』『ネメシスクルー』と並ぶ文字を見るに、ジェネシスカードに追加があるようだ。目玉であるPURとネメシスクルーは先月も実装したはずだが、またなにか新しいものがあるらしい。次は誰だろうか、と続く文字を緑の瞳が追っていく。ある単語を認識し、烈風刀の動きが止まった。その個所には、『嬬武器烈風刀』と彼自身の名が書かれていた。
「烈風刀のPURがとうとう実装されマス!」
「ネメシスクルーもな! おめでとー!」
 両手を上にあげニコニコと笑う二人は祝いの言葉を幾度も述べた。まるで己の事のように喜ぶレイシスと雷刀だが、反して当人である烈風刀の表情はどこか呆けた、心ここにあらずといったようなものだ。どうしたのデスカ、とレイシスは不思議そうな表情で彼を見る。緑を見つめる桃の瞳には、騒がしすぎたのだろうか、と少しの不安の色が浮かんでいた。あぁ、いえ、と、烈風刀は慌てて顔を上げる。しかしその表情は依然晴れず、思案するかのように口元に手を当てた。
「なんだか実感が湧かなくて……」
 PUR。ネメシスクルー。どちらも追加アップデートの際にいつも関わっていたし、レイシスたちがその任に就いたときは心の底から祝った。けれども、自分がそうなるというのは全く想像が出来ない。己がそのような立場になることを考えたことが無いわけではない。しかし、いざ現実となるとまるで自分の事ではないように感じた。不思議な感覚だ、と烈風刀は目の前の二人をぼんやりと見つめた。彼らしからぬ、ふわふわと気の抜けた声に、二人は本当なのだと訴えかける。
「本当デス! ちゃんと現実デスヨ!」
「そーそー現実現実! 最後になっちゃったけど、やっとだな!」
「……この前のイベントも、僕は最後でしたしね」
 雷刀の言葉に、烈風刀はぽつりと呟いた。小さな声には寂しさにも似たなにかがにじんでいるように聞こえた。
 以前イベントでとある機種と楽曲を交換した際も、烈風刀がジャケットを担当した楽曲のみかなり後になってからの配信となった。開催期間が不定期なのだから、そういう順番だから仕方ない、とは思うが、また最後なのか、という気持ちもたしかにある。不満とは違う何かが胸の中に陰を作った。
「あ……、なんか、ごめん……」
「ごめんなサイ……」
 その色に気付いた二人はしゅんと表情を曇らせる。責めているわけではないのだ、と烈風刀は慌てて手と首を横に振った。彼女らを悲しませたいわけではないのに、何故あのようなことを言ってしまったのだろう。己の考えのなさを悔やむ。
「なにはともアレ! 烈風刀、改めておめでとうございマス!」
 切り替えるように明るい声で祝いの言葉を述べぱっと顔を上げたレイシスは、烈風刀の手を己の両手でぎゅっと包み込んだ。彼を見上げる彼女の瞳は虹のように美しい弧を描いており、はしゃぎ上気した頬は健康的な紅が浮かんでいる。晴れやかで華やかなその笑みに、烈風刀の顔はどんどんと赤く染まっていった。好いている女性に手を握られ、笑顔で見上げられたのだ。奥手な彼にとっては非常に強い刺激であった。その柔らかく温かな手を意識するだけで、烈風刀の心臓は破裂してしまいそうなほど強く脈を打つ。手を伝って、それどころか大きすぎる己の心音がそのまま彼女の耳に届いてしまうのではないかという不安に駆られた。その不安も、先程胸の内にできた陰も、湧き上がってくる様々な感情にすぐ上書きされたのだが。
「あ、えっ、はっ、はい、あ、ありがとう、ございます」
 驚きと喜びと恥ずかしさに、烈風刀の声は自然と固くなる。いつもはなめらかに言葉を紡ぐ唇も、今ではカクカクと一世代前のロボットのように軋んでいた。つかえつかえ出す声もどこか上ずっている。普段はクールで落ち着いた弟のそんな年相応に可愛らしい姿を見て、雷刀は密かに笑みを浮かべた。
「オレもオレも! おめでとー!」
 負けじと言わんばかりに雷刀が横から抱き付く。すっかり固まってしまった烈風刀が勢いづいたそれを止められるはずもなく、彼の身体がぐらりと斜めに傾く。その手を握っていたレイシスもバランスを崩し、三人まとめて床に倒れた。かシャン、と端末が硬い床に落ちる音が遠くで聞こえた。
「はわわっ、大丈夫デスカ?」
「え、あ、はい。大丈夫です。ら、雷刀っ、重いです! どいてください!」
 ごめんごめん、と謝る雷刀だが、その手を離す気配はない。むしろ、より腕を伸ばし烈風刀の身体を包もうとしているように見えた。その顔は心底嬉しそうな笑みで溢れていた。巻き込まれて倒れたレイシスも心配そうな声を上げるが、その表情には不安の色など全くなく、澄んだ晴れやかな笑みで彩られている。何故自分の事でもないのにこれほど笑えるのだろうか、と烈風刀は冷たい床に転がったまま考えた。
「ほら、そろそろ準備をしましょう。アップデートに遅れが出たら大変ですよ」
 ようやく心が落ち着き、烈風刀は普段通りの冷静な声で元気のいい二人を諭す。その耳は未だに赤く染まっていることに彼は気付いていない。言わないでおこう、とレイシスたちは密かに視線を交わし決めた。
 ハイ、わかった、と二つの素直な声が重なり、烈風刀の身に追加された重みが消える。依然床に倒れ込んだままの烈風刀に、先に立ち上がった二人は手を差し出していた。きょとんとした顔の彼に、さぁ、とふたつの笑顔と声がかけられる。緑色の目がゆっくりと柔らかな弧を描き、半分ずつの手を取った。
「さ、行こうぜ」
「いきまショウ」
「えぇ」
 二人は取ったその手を握ったまま廊下を駆ける。いきなり強く手を引かれ烈風刀は驚いた顔をしたが、どうにか体勢を立て直し前を行く桜と赤についていく。二色の髪が風を受けてふわふわと揺れた。
 PUR。ネメシスクルー。どちらに関しても未だに実感は湧かない。
 けれども、二人がこうやって自分のことのように喜んでくれるのが、嬉しくてたまらなかった。
 ようやく自覚した喜びが胸から溢れ、烈風刀はくしゃりと笑った。年相応の、少年らしいその笑みは、振り返ることなく走り続ける二人には見えない。
 足取りを速め、翡翠は先を行く撫子と茜空に並ぶ。自ら隣まで歩んできてくれた彼を見て、レイシスと雷刀の二人も嬉しそうに笑った。
 三人分の賑やかな声が放課後の廊下に響き渡った。

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#レイシス #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #ハレルヤ組

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