401/V0.txt

otaku no genkaku tsumeawase

TOP
|
HOME

No.125

世界を眺め少女は笑う【レイシス】

世界を眺め少女は笑う【レイシス】
top_SS62.png
祝十周年! 祝十歳! おめでとう! おめでとう!
って感じのレイシスちゃんのお誕生日会な文章。皆もいるよ。
ボルテこれからも末永く続いてくれ。

「レイシス!」
「レイシス」
「レイシス姉ちゃん!」
「お誕生日おめでとう!」
 はしゃいだ数多の声が重なり合う。おめでとう、と祝いの大合唱が広い室内に響いた。パァン、と破裂音が混じる。いくつものクラッカーが弾け、小さな紙吹雪と色とりどりのテープを宙空に踊らせた。
「皆サン、ありがとうございマス!」
 部屋の前方、中心には一人の少女が立っていた。桃の髪を白いベールで飾ったレイシスは、同じく白いアームカバーに包まれた両の手を胸の前で重ね、弾ける笑顔で礼の言葉を言う。紅水晶の瞳は虹のように華やかで大きな弧を描いていた。
 本日、一月十八日。新たな年が始まり少し経ったこの日は、レイシスが――そして、この世界が誕生した記念すべき日だ。学園中の、否、ネメシスに住まう皆が、彼女が、世界が生誕した今日という日を祝っていた。その証拠に、誕生日パーティー会場である学園内でも特に広い特別教室の中には、たくさんの人々がひしめいていた。皆、レイシスを祝うために集まったのだ。
 普段ジャケット撮影に使われる無機質な教室は、様々な色で飾られていた。色とりどりのいろがみの輪が連なり、細かな傷がついた白い壁をカラフルに彩っている。所々に薄紙を束ねて作られた花が咲いている。真ん丸に膨らんだ小さな風船が随所に散りばめられていた。前方の壁には、『お誕生日おめでとう』と書かれた横断幕がかけられている。数日前から行われていた準備は順調に終わり、生誕を祝うパーティーはめでたき今日を鮮やかに彩り迎えた。
「お誕生日おめでとー!」
「おめでとうございます」
「おめでと……」
 タタタ、と軽やかな足音。両手を大きく広げ、小さな子猫たちは少女の足下に駆け寄る。頭二つ分上の桃を見つめる三色三対の瞳は、喜びに溢れキラキラと輝いていた。つやめくまあるいそれは、飴玉を思い起こさせる。髪と同じ色をした大きな三角耳は、胸の内に溢れる感情を表すようにピコピコとひっきりなしに動いていた。
「雛ちゃん、桃ちゃん、蒼ちゃん、ありがとうございマス」
「おめでとなー!」
「おめでとうございます」
 可愛らしい三匹に引き続き、クラッカーを携えた雷刀と烈風刀が寄ってきた。普段は白いマントと黒いインナーで身を包む彼らは、今日は真っ白なタキシードでその逞しい身を飾っていた。胸元のパーソナルカラーの蝶ネクタイと、同じ色をしたベストが良いアクセントになっていた。二人の正装を見るのは久しぶりだ。清らかな純白は、快活な朱にも、粛々とした碧にもよく似合っていた。
 おめでとー、と祝いの声がもう一度。パァン、と大きな破裂音が喧騒の中に高く鳴り響いた。目の前に紙吹雪が舞う。人に向けて鳴らすんじゃありません、と諫める声が続いた。
「ありがとうございマス。雷刀と烈風刀モ、お誕生日おめでとうございマス!」
 胸の前で手を合わせ、桃は満開の笑顔で祝いの言葉を返す。世界が始まってすぐの頃から共にある彼らの誕生日も一月十八日――つまり今日である。本日の主役、皆から一心に祝われる立場である彼女だが、仲間を祝いたいという気持ちは多分にある。これだけ人に溢れていると、面と向かって祝えるのは今のタイミングぐらいだろう。短い言葉に思いの丈をありったけ込めて二人へと投げかけた。
「へ?」
 太陽のように明るく輝く少女を前に、少年二人は空気が抜けるような音を同時に漏らした。ぱちぱちと二色が瞬く。兄は首を傾げ、碧もきょとりとした顔で鏡合わせのように見合わせる。しばしして、あ、と間の抜けた声が賑やかな室内に落ちた。
「……エ? エッ、まさか忘れてたんデスカ!?」
 依然目を瞬かせる二人の様子に、少女は素っ頓狂な声をあげる。まさか、誕生日を忘れることなんてないだろう。なんたって、自分が生まれた大切な日なのだ。けれども、目の前の彼らの反応は、どう見ても明らかに何かを忘れ、ようやく思い出した時のものだ。信じられないことだが、要素がはっきりと揃っているのだから疑ってしまう。そうでないことを祈りたいほどだ。
「いっ、いや、その……」
「だって、レイシスの誕生日だーってずっと思ってたから……」
 まあるい目を大きく見開き見つめる彼女に、二人はごにょごにょと口を動かす。普段はハキハキと明朗に話す烈風刀ですら歯切れの悪い調子だ。濁し言い訳のような言葉を漏らす様に、疑惑が確信に変わる。あんまりな事実に、薔薇の少女はぷくりと頬を膨らませた。
「大事な大事な誕生日なんデスカラネ! ちゃんと覚えてくだサイ!」
 この兄弟が己のことを特別大切に想ってくれているのは、常日頃肌身に感じている。過保護なのでは、と時折疑うほどだ。しかし、己を優先するがあまり自分たちを蔑ろにするのはさすがに不服である。もっと自身を大切にしてほしい。仲間を、世界を愛する少女にとって当然の願いだ。
 はい、と少し萎れた声と苦々しい笑みが二つ返される。約束デスヨ、と強い語調で念を押すと、おう、分かりました、とはっきりとした返事があった。本当だろうか、とかすかに残る懐疑の心を振り払う。これほど明瞭な音で返したのだ、嘘など吐かないに決まっている。信じるべきだ。
「そだ、ごちそういっぱい用意したんだ。早く食べよーぜ!」
「Cafe VOLTEからケーキの提供がありました。レイシスに存分に食べてほしい、とのことです」
 ほらほら、と嬬武器の兄弟は会場中央を指差す。会議机をいくつも寄せ集め、テーブルクロスを掛けたそこには、山のようと表現するのが相応しいほどの料理が並んでいた。多種多様なオードブルに小さく切られたサンドイッチ、辛いものから甘いものまで揃った飲茶に色とりどりのケーキ、慣れ親しんだお菓子にたくさんのジュース。学生たちで用意するには十二分に豪勢な食事が、広いテーブルの上にひしめくように集められていた。
「ワァ……!」
 夢のような光景に、少女は磨かれた宝石のようにつやめく瞳をまんまるに見開き輝かせる。感嘆の声を漏らす口の端は、喜びを表すように持ち上がっていた。
 食べることが大好きでいつだってめいっぱい食事を楽しむ彼女なのだ、これだけご馳走が並ぶ様に心が躍るのも無理はないだろう。桃色の可愛らしい瞳は、目の前に広がる料理を一心に見つめていた。釘付けというのが相応しい。
「レイシス! いっぱい食べるアルヨ!」
 高く積み上げたせいろを両手に乗せて掲げ、椿はニッと元気な笑顔を浮かべる。朝から頑張って用意したアル、と語る声はどこか得意げだ。その後ろ、大皿を四つ器用に持った福龍が妹をじとりと見やる。表情は眠たげな、どこか納得いかないような、それでいて嬉しげな複雑な色で彩られていた。椿の言う通り、二人で朝早くから用意してくれたのだろう。でなければ、机いっぱいを埋めるような量を準備することはできまい。
「ケーキもたくさん持ってきましたよ。好きなだけ食べてくださいね」
 椿の後ろから虎子――通称ハニーちゃんが顔を覗かせる。Cafe VOLTEのウェイトレスとして働く彼女は、提供されたケーキを運んできてくれたのだろう。カフェラテもありますからケーキと合わせて飲んでくださいね、と手に持ったポットを掲げた。カフェオレ、特にはちみつを入れたものはカフェの看板商品だ。名物たる美味しい飲み物まで用意してくれるだなんて、太っ腹ったらない。
 彼女の言う通り、机上には数え切れないほどのケーキが並んでいた。一口サイズの小ぶりなものから大きなホールケーキまで、大小様々なそれがテーブルを彩る。カラフルなケーキが集まる様は、さながら春の花畑だ。甘い物に目がないの薔薇の少女にとって、天国のような光景だろう。
「ありがとうございマス!」
 満開の笑みを咲かせ、少女は礼を言う。紡ぐ声は弾みに弾んでいた。
「皆サン、今日はありがとうございマス」
 レイシスの声に、賑やかな会場が一気に静まる。いくつもの瞳が、教室前方に立つ桃の少女を見つめていた。
「こんなにお祝いしてもらエテ、とっても幸せデス」
 えへへ、と今日の主役である少女ははにかむ。綻ぶ花のように可憐な笑顔に、会した者たちは一様に頬を緩めた。
「ジャア、皆サン。ジュースは持ちマシタカ?」
 烈風刀が手渡してくれた紙コップを高く掲げる。集まった者たちも、つられるように手にしたコップを頭上に掲げた。
「デハ、乾杯!」
 かんぱーい、と大合唱。静寂に満たされていた会場が、喧騒で塗り替えられた。食器が擦れる音、料理に舌鼓をうつ声、楽しげな会話。特別教室は、先ほどよりも賑やかになっていた。
 近くにあった紙皿と割り箸を手に、レイシスはキラリと目を輝かせる。まずは旧友が作ってくれた飲茶にしよう。高いヒールで飾られた足が、豪勢な料理たち目掛けて駆けていった。





 少し柔らかくなった紙コップに口を寄せ、そっと傾ける。幾分かぬるくなったオレンジジュースが、たくさんの会話を重ね乾いた喉を潤した。淡い白のコップにルージュのピンクが散った。
 広い会場の隅、飾りの少ない壁に背を預け、レイシスは室内をゆっくりと見渡す。空間は依然賑やかな音で満ちていた。きゃいきゃいとはしゃぐ高い声、うめぇと感嘆する声、パタパタと料理を運ぶ足音、人が行き交い言葉を交わす音。楽しげな、喜びに溢れた音が鼓膜を震わせる。ともすればうるさいとすら感じる響きは、少し疲れた様子の少女の表情を緩ませた。
 山積みになった様々な料理に舌鼓を売っている最中、皆が祝いの言葉を贈りに来てくれた。おめでとう、と元気に声をあげる友人たちの表情はどれも明るく、言葉を紡ぐ口の端は楽しさを表すように上がっていた。皆が皆、幸いに満ちていた。
 人々の様子が嬉しくてたまらなかった。祝われる喜びももちろんある。それ以上に、皆がこの場を楽しみ幸福を高らかに謳い上げていることが彼女にとって何よりの喜びだった。
 十年前に生まれたこの世界は、二人きりで始まった。ナビゲーターであるレイシスと、サポート役のつまぶきのたった二人で小さな世界を駆け回っていた。ここが生まれたばかりの頃は楽曲数も少なく、人はレイシスとつまぶき以外に誰もいなかったことを今でも覚えている。
 それが今はどうだろう。こんなにも、それこそ広い会場からはみ出してしまいそうなほど人に満ち溢れているではないか。二人ぼっちだった静かな世界は、たくさんの人々が住まう大きな世界へと変貌を遂げていた。
 雷刀が、烈風刀が、名前を授かって生まれ落ち。
 紅刃が、昴希が、かなでが、名をもらって生まれいずり。
 奈奈が、マキシマが、あんずが、椿が、福龍が、名を付けられて個としての存在を始め。
 世界が動き出すにつれ、ネメシスには名を与えられ存在を始める者が増えていった。二人きりだった世界は、とっくの昔に二人きりではなくなった。十年経った今、電子の世界は名を持ち生きる人々に溢れていた。
 ふふ、と桃は呼気にも似た笑みを漏らす。柔らかなそれは、愛しさと幸福が詰まった温かな音色をしていた。
「レイシス、ドーシタ?」
 頭上から声が降ってくる。視線を軽く上げると、そこにはつまぶきがいた。同じく今日が誕生日である彼も、パーティーのために珍しく着飾っている。小さな身体に大きな蝶ネクタイを付けた姿は微笑ましいものだ。
 三角形に開かれた口の周りには、白いものがついている。おそらくケーキのクリームだろう。彼もパーティーを満喫しているようだ。クリームついてマスヨ、と指を伸ばして取ってやる。サンキュ、と小さな精は短く礼を告げた。
「で、こんなとこでドーシタ? 疲れたカ?」
「ちょっとダケ」
 直球な言葉に薄く苦い笑みを浮かべて返す。さすがに代わる代わる途切れることなく人と話すのは、お喋りが好きな彼女でも少しの疲労を感じさせた。よく食べよく飲み軽く腹が膨れたので、小休憩を挟みたい気持ちもあった。わざわざ一人壁に寄って立つ主役の姿に察してくれたのだろう、声を掛けてくる者はようやく途切れた。ジュースをもう一口。ふぅ、と満足げな息を吐いた。
「でもめちゃくちゃ嬉しそうな顔してるゼ」
 ふよふよと揺れて降りてきた銀色が、真正面から薔薇輝石を見つめる。つやめく黒の目はいたずらげに細められており、問う口元もニヤニヤと愉快そうな笑みを形取っていた。己の心情など全部分かっていての発言だろう。生まれた時からずっと共にある少女のことなど、彼には丸わかりだ。
 ゆるりと笑みを浮かべることで答え、レイシスは今一度会場を見渡す。どこか遠くを眺める桜色につられるように、小さな相棒も広い空間へと視線を向けた。パーティーが始まってから随分と経つが、人が減る様子は無い。皆思い思いに行動し、喜色に満ちた声をあげていた。活気に溢れる様は、この世界を表すかのようだった。
「でかくなったもんダナァ」
「エェ。大きく、楽しくなりマシタ」
「もう寂しくネーカ?」
 くるりと身を翻した彼は、傾いで桃色の相棒を見つめた。問う声は普段の大きく明朗なものではなく、どこか心配げな落ち着いたものだ。いつだってハイテンションな彼らしくもない。けれども、世話焼きで面倒見が良い彼らしくもあった。
 世界が生まれた頃――つまぶきと二人きりだった頃、寂しさに表情を曇らせる日もあった。生まれたばかり、それも年頃の少女として生み出された己にとって、二人ぼっちは精神を蝕む恐れるべきものだった。それを知っているからこその言葉だろう。三角形の口から紡ぎ出される声は、少女への思い遣りに満ちていた。
「ハイ」
 はっきりと、元気いっぱいに、全ての憂慮を払うように桃は答える。髪と同じ色をした睫に縁取られた目が、大きく弧を描いた。会場の隅に、満開の笑顔が静かに咲く。
 寂しさなんてもう欠片も無い。だって、こんなにも仲間がいるのだ。こんなにも世界は幸せに満ち溢れているのだ。今あるのは、心の底から湧き出る喜びと楽しさだけだ。
 ソッカ、と相棒はニッと笑んでこぼす。表情も声色も、安堵で彩られていた。この精は少しばかり過保護なところがある。自分だってこの十年でもう随分と成長したのだ。そこまで気に掛けなくても大丈夫なのに、とむくれる。同時に、己のことにこんなにも心を砕いてくれる者がいる幸せが少女の胸に芽吹いた。
「誕生日、おめでとナ」
「つまぶきコソ。誕生日、おめでとうございマス」
「オゥ」
 クスクスと二人同時に笑い合う。そういえば、彼と二人きりで話すのは久しぶりだ。相棒との久方ぶりの時間は、懐かしく心安らぐものだった。
「……レイシス」
 隣から声。少しばかり小さい、耳馴染んだそれに薔薇色の少女は急いで音の方へと視線を向ける。鼓膜を震わす響きが示す通り、そこにはグレイスの姿があった。癖のある髪はまっすぐに整えられ、頭には白い花飾りで彩られたベールを被っている。ところどころレースで縁取られた白いドレスの腰元を、ストライプの入った黒いリボンがまとめている。今日の自分と揃いの衣装だ。彼女の濃い躑躅の髪に、透き通るような白はよく映えた。
「誕生日、おめでと」
「ありがとうございマス」
 シンプルな祝いの言葉を唱える声は柔らかい。可憐な口元はゆるりと綻んでいる。彼女もパーティーを楽しんでいるのだろう。ネメシスで新たな生を受けて数年経った今、彼女はこの世界に随分と馴染んでいた。
「ジャ、オレはケーキ食いにいってくるわ」
 じゃーなー、と気楽な調子で言い残し、つまぶきは会場の中央目指してふよふよと飛んでいった。せっかくの誕生日、愛する妹と二人きりにしてやろうという計らいだろう。自由気ままに見えるが、そういうところで気を遣うところが彼の魅力の一つだ。
「あ、の……、えっと、…………これ」
 ドレスと同じ、眩しいほどの純白のアームカバーで飾られた細い腕が伸ばされる。己よりも小さな手のひらの上には、薄い小箱が乗っていた。桃色に淡いドットが散る包装紙に包まれたそれは、レースで縁取られた太いリボンでおめかしされていた。
「…………誕生日プレゼント」
 あげる、と続ける声は、会場の賑やかさに埋もれ消えてしまいそうなほど細かった。いつだって自信満々に相手をまっすぐに射抜くマゼンタの瞳は、今日は少しばかり逸らされている。はっきりと弧を描く髪と同じ色をした眉は、端が少しばかり下がっていた。
「いいんデスカ!?」
 予想外の贈り物に、レイシスは思わず大きな声をあげた。少し上擦ったそれは、喜びに満ち溢れた音色をしていた。
「いいに決まってるでしょ。貴方、誕生日なのよ」
 いらないならいいけど、と拗ねた調子で躑躅はこぼす。絶対にいりマス、と自信なさげなそれに被せるように力強く言い放つ。バッと手を伸ばし、たなごころごと小箱を包み込んで受け取る。剥き出しになった細い肩がひくりと跳ねた。
「開けていいデスカ?」
「貴方のものなんだから好きにしたら」
 ワクワクとした様子で自身を見つめる姉に、妹は目を逸らして答える。ジャア、と弾んだ声をもらし、細かなレースで飾られたリボンに手を掛ける。太いそれを絡まらないようにそっと解き、美しい包装紙を破らないように丁寧に開いていく。現れたのは、真っ白な薄い小箱だった。蓋を開くと、中には黒いクッションが敷かれていた。闇夜のような布地の上に、金がきらめく。
 箱の中、クッションの上に丁重に飾られていたのは、小ぶりなヘアピンだった。三本並ぶ細い金地のそれの片端には、花の細工があしらわれていた。花弁の形を見るに、桜と桃と梅だろう。春を象徴する花を咲かせたそれは金と白の二色で構成されたシンプルなものだ。けれども、確かな存在感と品の良さを漂わせていた。
「前髪伸びてきて作業中邪魔そうだったから……、これでまとめたらマシになるんじゃない」
 呆けたように大きく目と口を開いて箱の中身を見つめる少女に、ぶっきらぼうな言葉が投げかけられる。素っ気ない響きだが、裏には思慮が溢れている。きっとたくさん考え、たくさん悩み、その末にこれを選んでくれたのだろう。大切な妹の優しさは、姉が誰よりも知っていた。
「付けてみてもいいデスカ?」
「いいけど、ヘアセット崩れるわよ?」
「大丈夫デス!」
 不安げに眉端を下げるグレイスに、湧き出てくるそれを吹き飛ばすかのような明快な声で返す。もらったばかりの宝物、桜で飾られたヘアピンをそっと手に取り、左側の髪をまとめるようにつける。鮮やかな桃の紙の上に、白と金の小さな桜が咲いた。指通しの良いつややかな髪に、その二色はよく映えた。
「どうデスカ?」
「似合ってるわよ」
 つけたピンを指差し浮かれた調子で問う姉に、妹はふ、と笑みをこぼす。漏らした息には、確かな安堵が宿っていた。己の喜びが、彼女に確かに伝わっている。彼女も喜んでくれている。こんなに嬉しくてたまらないことはない。
「大切に使いマスネ」
 蓋を閉じ、小箱をぎゅっと抱き締める。大切な大切な、何よりも大切な宝物だ。自然と笑みがこぼれた。ふふふ、と心底幸せそうに笑う薔薇色に、そう、と躑躅はふいと顔を背けた。映る横顔、その頬は薄い紅が刷かれていた。
「ネェ、グレイス。ケーキ食べマショウ!」
「……え? まだ食べるの? お腹大丈夫なの?」
「モチロン! まだまだ食べれマス!」
 今日という日――己の誕生日を祝うために、皆が頑張って用意してくれたのだ。主役である自分が誰よりも食べなければ心配されるだろう。少し休んだことで、胃袋は容量を取り戻しつつある。まだまだ入るはずだ。何より、どの料理も表情がとろけてしまうほど美味しいのだ。お腹いっぱい食べたいに決まっている。
 貴方、食いしん坊よね。呆れた調子でグレイスは呟く。響きの中には、確かな愛おしさがあった。大好きな、愛する姉への愛おしさが。
 黒いリボンが巻かれた妹の手を取る。繋いだ小さな手は、子どものように温かかった。伝わる温もりに、少女は頬を綻ばせる。掴んだ腕の先、小さな身体がひくんと揺れた。
「行きマショウ!」
 白いたなごころを握り締め、少女は駆け出す。ヒールが床を打つ高い音が喧騒の中に飛び込んだ。
「えっ――あぁもう! 走っちゃだめでしょ!」
 手を引かれる少女は叱責の言葉を飛ばすが、そこには楽しげな色もあった。首だけで振り返り、伝わる温度の先にある妹の顔を窺う。ラズベリルの瞳は幸せそうに細められ、薄い紅で彩った口は柔らかに綻んでいた。
 タッ、と足音二つ。賑やかな空間に、ローズピンクとアザレアがふわりと舞った。

畳む

#レイシス #嬬武器雷刀 #嬬武器烈風刀 #グレイス

SDVX


expand_less