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No.154
甘い幸せ分けっこ【ハレルヤ組】
甘い幸せ分けっこ【ハレルヤ組】
ハレルヤ~~~~~~~~Cafe VOLTEにケーキ食いに行ってくれ~~~~~~~~~(発作)
というわけでハレルヤ組がケーキ食べるだけの話。
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ボックス席の広いテーブルの上に音も無く食器が置かれていく。よく磨かれた小ぶりなフォーク、シンプルながらも上品なデザインをした皿、温かさを感じられる白を鮮やかな赤で縁取ったカップ。それぞれが目の前に並べられた。空になった銀の盆を脇に抱えたウェイトレスは、ごゆっくりどうぞ、の一言と伝票を残し美しい足取りで去っていった。
はわぁ、と感動と歓喜に満ち溢れた声が向かい側から聞こえる。並べられた輝くような白い皿、その上に載せられた美しいケーキを前に、少女は真ん丸な可愛らしい目をキラキラと輝かせていた。つやめく薔薇輝石の瞳が、フルーツでカラフルに彩られたケーキを一心に見つめる。たおやかな手は、震える心と湧き上がる喜びを表すように笑みを形作る口に添えられていた。
ぱちん、と小さな音をたてて手が三対合わさる。いただきます、と広い席に元気な三重奏が響いた。
華奢な指がナプキンの上に置かれたフォークを手に取る。銀色が、色彩鮮やかなケーキにそっと差し込まれる。ナパームでつやめく果実とそれらを支えるカスタード、アーモンドクリーム、タルト生地が一口サイズに切り分けられた。ブルーベリーといちごが輝く一欠片を慎重に刺し、桃は小さな口にカトラリーを運んだ。赤い口内に銀の先端とケーキが消える。もぐもぐとまろく柔らかな頬がゆっくりと動く。んー、と喜びで溢れかえった声が閉じた口から漏れ出た。
「美味しいデス~!」
頬に手を添え、レイシスは幸せ色に染まりきった声をあげる。甘い物が大好きな彼女にとって、ケーキは幸せをそのまま形にしたような素敵なものだろう。新鮮なフルーツがたっぷり載った贅沢な代物は、彼女の心を十二分に満たしたようだ。
可愛らしい様子に薄く笑みを浮かべつつ、烈風刀も同じくフォークを手に取りケーキを切り分ける。きめの細かい薄い黄色のスポンジと真っ白なクリーム、その中に覗く赤いいちごに銀が刺される。口に運ぶと、バニラの甘さがふわりと香る。濃厚ながらもしつこさを感じさせないミルクの風味、砂糖の穏やかな甘みが舌に広がった。綿飴のようにすぐに溶けてしまいそうなほどふわふわなスポンジと少し固めに立てられた生クリームのなめらかな舌触りが気持ち良い。己でもケーキを作ることはいくらかあるが、こんなにも軽く、それでいて満足感が得られるような代物を作ることなど不可能だ。学園の女子たちに絶大な支持を得ているのも納得の味であった。
ケーキ食べに行きマセンカ?
控えめで可愛らしい誘いが来たのは三日前のことだ。世界の更新も無事終わり、今はちょうど運営業務が落ち着いてきた頃合いである。ようやく自由な時間を手に入れられてきたからこその言葉だろう。どうデショウカ、と伺う瞳には少しの不安が膜張っていたことを覚えている。
もちろん、兄弟二人で二つ返事をした。好きな女の子と出掛けられる。それも『カフェでケーキを食べる』だなんてデートのようなことを、だ。絶対に逃したくない、人生で一番逃すべきではない機会である。そもそも、この愛する少女の提案を断るなどという選択肢は双子の中に存在していなかった。
そうして足を運んだCafe VOLTE。ショーケースでケーキを選んで食べる今に至る。
ショートケーキをもう一口食べ、少年は続いてカップに手を伸ばす。中で湯気を立てる黒にそっと息を吹きかけ、赤い縁に口を付けた。コーヒー特有の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。舌の上に深い苦みと少しの酸味が広がっていく。ケーキの甘みが洗い流されていく心地だった。香りも味も、家で飲むものとは段違いだ。さすがカフェラテを名物にしているだけある。
「烈風刀、烈風刀!」
ハイテンションな声が己の名を呼ぶ。カップを置き隣を見ると、そこには少女と同じくらい目を輝かせた兄の姿があった。手に持ったフォークの先には黒いものが刺さっている。彼が頼んだのはガトーショコラだっただろうか。少し遠い位置から、それも一口分しか見えないというのに、生地がみっちりと詰まっているのが分かる。きっととても濃厚な味がするだろう。
「これすっげーんめぇ! 食ってみろよ!」
ほら、あーん。雷刀は手にした食器、突き刺したケーキをこちらへと伸ばしてくる。否、突きつけるといった方が正しい勢いと距離だ。あまりの近さにか、チョコレートの香りが鼻を掠める。誘われるように素直に口を開き、シックな黒を迎え入れた。
瞬間、先ほどの比ではないほどのチョコレートの香りと風味が口内に満ちた。少し固い歯触りながらも、舌に載せればゆっくりと溶けていく。生チョコレートとよく似た食感をしていた。驚くほど濃厚な舌触りと味わいだ。やはりここのケーキは上等だ。それでいて学生でも手が出せるギリギリの値段なのだから恐ろしい。
「美味しいですね」
「だろ? すっげぇうめぇ!」
柔らかに解けるそれを飲み込み、碧は穏やかに声を紡ぐ。味を、感情を共有できたのが嬉しいのか、赤はニッと笑った。マジうめぇ、と彼はまた黒を切り分けて食べる。まだ丸さを残した頬がもごもごと動いた。
「こちらも美味しいですよ。食べますか?」
「食べる!」
弟は兄の方へと皿を差し出す。もらってばかりでは申し訳が無い。それに、彼のことだからいつも通り後々一口ちょうだい、とねだってくるのは分かりきっていた。だったら先に食べさせてしまった方がいい。
問いに元気な声が返される。肯定の語を紡いだ口が、あ、と大きく開かれる。子どもめいた姿にはいはい、と呆れた調子で漏らし、碧い少年はケーキを切り分ける。スポンジと生クリーム、スライスされたいちごがカトラリーに載せられた。隣へと伸ばされた銀食器は、すぐに健康的な口に挟まれた。薄黄色が赤の中に消える。わずかに紅潮した頬が動き、喉が動く。朱い目がぱちりと瞬いた。
「こっちもめっちゃうめぇ! ふわふわ!」
丸い目を更に丸くし、朱い少年は喜び溢るる声をあげる。どうやらかなり気に入ったようだ。味覚の近い己が好ましいと思ったのだ、兄も気に入るのは納得である。それ以上に、彼は何だって美味しく食べるタイプなのだけれど。
はわぁ、と溜め息にも似た可愛らしい声が落ち着いた音楽流れる店内に落ちる。確かに聞こえた愛おしい音に、烈風刀はバッと発生源へと顔を向ける。視界にきょとりと目を瞬かせるレイシスが映った。撫子色の瞳は、向かいの席に座る己たち兄弟をしっかりと見つめていた。
ビクン、と肩が跳ねる。そうだ、今はレイシスも一緒だったのだ。家の中と一切変わらぬ調子の兄につられ、自然に食べさせられてしまった。食べさせてしまった。兄弟で食べさせあうなんて光景を彼女の前で繰り広げてしまった。ただでさえ人に見せるような姿ではないというのに、よりにもよって想いを寄せる女の子の前で家での癖をそのままやってしまった。幼稚な姿を見せてしまった。焦燥と羞恥、多大なる後悔が上等な菓子で潤った心を荒らしていく。食べた物以上の質量が胃の腑に落ちる感覚がした。
「二人だとそういうことできていいデスネ」
表情を強張らせる烈風刀を、気にせずケーキをを食べる雷刀を眺め、レイシスは穏やかに笑む。微笑ましさがよく出たそれの中に、言葉にしがたい寂しさがうっすらと見えた。
世界の誕生と同時に生まれた少女は、長い間一人きりだった。小さな妖精が常に寄り添ってはいたものの、同じヒトの形をした存在と出会うまで随分と時間が掛かってしまったという話は聞いている。二回目のバージョンアップが行われた世界には多くのヒトが増え、彼女にも友人がたくさんできた。けれども、立場上運営業務を優先させねばならない桃は遊びに出掛ける機会もあまり多くはない。世界に一番近い女の子は、世界のためにその身を犠牲にしていた。
そんな彼女には、食べ物を分け与えあう、特に食べさせあうなんて経験はあまり無いのだろう。否、そもそも己たち兄弟がおかしいのだ。皿を交換するだけで済む行為を、わざわざ一口食べさせてやるなんてことは普通無いのだ。長い間一人で暮らし、一人で生きてきたナビゲーターは違和感を覚えていないようだけど。
「ん? レイシスも食う?」
能天気な声が薄く陰った空気を打ち払う。もう三分の一は姿を消したチョコレートケーキに、フォークがガッと勢い良く突き立てられる。大きく切り分けた塊を刺した銀食器が、少女の前に差し出された。
「ほら、あーん」
朱い瞳が桃を見据える。突如突き出されたそれに、レイシスはぱちりと瞬きをした。美しいラズベリルが丸くなり、キラキラとした輝きを取り戻す。はわ、と漏れた声は少しの驚きといっぱいの喜びで彩られていた。
「ハイ! アーン」
意味を理解した桃は大きく口を開く。あーん、と言いながら雷刀はフォークを伸ばす。リップで淑やかに飾られた唇が閉じ、銀の先にあった黒が姿を消した。美しい輪郭をした頬がもごもごと動く。モルガナイトの中に宿る光が更にまばゆく輝きだした。
「美味しいデス!」
「だろ? だろー?」
感動の声を漏らす薔薇色の少女に、朱い少年はフォークを振って返す。満面の笑みを咲かせる少女を眺める笑顔はどこか自慢げだ。
はわぁ、と感嘆の声を漏らす桃が銀を手に取る。瑞々しいフルーツがたっぷり載ったタルトが手早く切り分けられた。一口サイズになったそれを崩れないように器用に載せる。照明を受けたナパームがつやつやと光った。
「ワタシのタルトも美味しいデスヨ」
ハイ、アーン。少年の真似をして、レイシスはフルーツタルトを載せたフォークを差し出す。八重歯で飾られた口の端が嬉しげに上がった。あーん、と復唱し、雷刀は小ぶりなそれを一口で食べる。頬が動き、喉が動く。食物を受け入れた口が笑みを形作った。
「フルーツうめぇな!」
「カスタードとマッチしてるんデスヨネ。甘くて爽やかで美味しいデス!」
朱と桃はきゃっきゃとはしゃぐ。 その様子を横目で眺める碧は、複雑な色を宿していた。
愛する少女が楽しく時を過ごしているのは、この世で何より素晴らしいことだ。けれども、その相手が兄だというのが不服で仕方が無い。片想いする少女と恋敵が仲良くケーキを食べさせあう光景を目の前で繰り広げられて、まだまだ発展途上の心が平常でいられるわけがなかった。幸福を嫉妬が食い荒らしていく。荒ぶ心を落ち着けようとコーヒーを一口。何故だか苦みばかりが舌の上を支配した。
ちらりと兄へと目をやる。少女へと向けられていた目が逸れ、紅玉と蒼玉がかち合う。瞬間、喜びの輝きに溢れた真紅がニマリと細められた。口の片端が吊り上がり、半分笑みを覗かせる。余裕に満ちた笑顔である。何とも腹立たしい笑顔であった。愛おしい少女の前でなければめいっぱいに顔をしかめていただろう。表情を歪めそうになる筋肉を何とかコントロールするも、口の端がひくりと引きつるのだけは抑えられなかった。
「アッ、烈風刀も食べマスカ?」
弾んだ声が己の名をなぞる。どうにか普段通りの表情を作り、少年は顔を上げた。そこには、フォークを片手に笑顔を咲かせるレイシスの姿があった。ケーキのために用意されたカトラリーには、キウイとオレンジがつやめくタルトが載せられている。細い腕がこちらへと伸ばされた。
「ハイ、アーン」
ニコニコと笑みを浮かべ、桃は言う。差し出されたケーキ。『あーん』の声。先ほどの兄に与えていた姿と同じだ。つまり、己にもケーキを食べさせようとしているのだ。
バクン、と心臓が大きく脈打つ。爆発してしまいそうなほどの動きだった。思わず胸を押さえそうになるのを必死に堪える。バクン、バクン、と臓器が騒がしい音をたてて収縮を繰り返す。あまりにうるさいそれを制御しようにも、どうにもできなかった。
食べている物を一口分け与える。そんなの、幼い頃から兄弟でよくやっているのだから慣れっこだ。けれども、相手がレイシスとなれば別である。恋心を募らせる少女に、直々に食べさせてもらえる。そんな夢のようなことが今まさに起こっているのだ。思春期真っ只中、片想い最中の高校生の心臓が耐えられるわけがない。
身体が強張る。目が見開かれる。顔が熱を持つ。反対に、指先は氷水に浸したように温度を失っていく。好きな女の子に『あーん』をしてもらえる。夢のような現実だ。受け入れたい。掴み取りたい。恥ずかしい。あまりにも恐れ多い。欲望と理性がぐちゃりと混ざり合う。常は冷静であろうとする頭はもうぐちゃぐちゃになっていた。
逡巡、烈風刀は小さく口を開ける。ここで断ってしまっては、あの優しい少女は可愛らしいかんばせを曇らせてしまうだろう。判断に時間が掛かっている今ですら、彼女を不安にさせているかもしれない。愛おしい人を悲しませることなどあってはならない。絶対に回避すべきだ。
あーん、と少女と同じ言葉を口に出す。声は少しつかえ、響きも揺れていた。潤った唇もぷるぷると細かに震えている。緊張が如実に表れていた。緊張するなと言う方が無茶な状況なのだから仕方が無い。
ハイ、アーン。開いた口に、フォークが、ケーキがそっと入れられる。すぐさま閉じ、少年は身体を銀食器から、少女から距離を取った。心臓は依然うるさく鼓動する。どうにかケーキを咀嚼するが、生地を噛み締める歯すら震えているような気がしてたまらなかった。
「どうデスカ?」
「お、美味しいですね」
尋ねる桃に、碧はぎこちない声と笑みを返す。こんな凄まじい緊張の中、味なんて分かるわけがない。ケーキを味わう余裕なぞ欠片も残っていなかった。ほとんど塊のまま胃の腑に落ちていったそれに少しの罪悪感を抱く。本来は舌を楽しませる素敵な菓子だというのに、己の心が矮小なせいでただ飲み込むだけになってしまった。きちんと食べたというのに、食べ物を粗末にしてしまった気分だ。
震える手を制御し、コーヒーを飲み下す。苦みが混乱する脳味噌に活を入れた。少しずつ静まっていく心と頭の中、何かがよぎる。何だ、と思わず思考をそちらに向けてしまう。正体は疑問だった。あのフォークはレイシスが使っていたものだよな、という当たり前の事実が疑問として姿を現した。
レイシスが使っていたフォークで食べさせてもらった。レイシスが使っていたフォークに口を付けた。つまり。
身体が固まる。カップを下ろそうとした手が空中で止まる。浅葱の目がこれでもかと見開かれた。心臓がまた騒ぎ立てる。フリーズしたはずの脳味噌は、間接キス、と俗称を叫んだ。
いや、よく考えろ。あのフォークに直前に触れたのは兄では無いか。食べ物を載せた先端部分に口を付けたのは兄だ。つまり、兄との間接キスである。いつも通りだ。変わらぬことではないか。大丈夫、いつも通り、と頭の中で何度も繰り返す。刷り込んで刻みつけて思い込ませる。疑問を抱く余地を丁寧に塗り潰して無くしていく。
不自然な動きながらも、どうにかカップをソーサーに置く。ふぅ、と密かに息を吐いた。少し下がった視界、目の前に食べかけのショートケーキが映る。そういえば、食べさせてもらったのに何も返さないのはいかがなものだろうか。それも、相手はケーキが大好きな女の子である。きっと、選べなかった、自分と違うものも気になっているだろう。色んなものを楽しみたいはずだ。
「こちらも美味しいですよ。一口どうぞ」
「エッ、いいんデスカ?」
剥かれたオレンジを頬張る少女は、ぱぁと顔を輝かせる。えぇ、と柔らかに答え、烈風刀はレイシスの前へと皿を差し出そうとした。
つやつやの唇が開く。血の通った赤い口が眼前に晒される。あ、と可愛らしい声が大きく開かれたそこから聞こえた。
突然のことに、少年はきょとりとした様子でその顔を眺める。何故フォークを握らないのだろう。何故口を開けるのだろう。聡明な頭は答えを弾き出す。意味をはっきりと理解する。穏やかに綻んでいた顔が瞬時に固まった。
口を開けて待つ。つまり、食べさせてもらおうとしている。
ケーキ皿に触れていた指がピクリと震える。そのまま手を引っ込めてしまいそうになるのを何とか耐えた。
彼女には一口なんて言わず好きなだけ食べてほしいのだ、このまま皿を押して全て差し出すのが正解に決まっている。けれども、ここで無視をするような対応をしては彼女は悲しんでしまうのではないだろうか。やってもらえなかった、と寂しがってしまうのではないだろうか。嫌がられた、と勘違いしてしまうのではないだろうか。様々な憂慮の中、本能が囁く。何を御託を並べているのだ、お前がやりたいだけだろう、と。
ギリ、と奥歯を噛み締める。固まった指を動かし、皿の上に載せられたフォークを手に取った。ピースケーキの太い部分、大粒のいちごとたっぷりの生クリームが載った場所を切り分ける。崩れてしまわないように慎重に刺し、持ち上げる。震えをどうにか押さえ込みながら、目の前の少女へと銀色を伸ばした。
「あ、あーん……」
ただ差し出すだけだったはずが、思わず声が漏れてしまう。いや、彼女も兄もこう言って食べさせていたのだ。言う方が自然である。復唱しただけと判断できる程度の響きだ。理性がそれらしい言葉を並べ立てる。本能は意地悪げな表情でその様を眺めていた。
可憐な口に、赤いいちごと白いクリーム、黄色のスポンジが近づく。開いたそこが閉じられ、ぱくりとフォークを口に含んだ。見計らって碧は即座に身体を引く。勢いのあまり背もたれに当たり、ソファが揺れた。
柔らかな曲線を描く頬が動く。白く細い喉が上下し、含んだものを嚥下していく。弧を描いていた目がぱっちりと開かれ、また宝石のようにキラキラと輝きだした。
「いちご美味しいデス! スポンジもふわふわデス~!」
あげる声は今日一番の感動がにじんでいた。どうやら、かなり彼女好みの味だったらしい。可愛らしい姿に、動悸と表現した方が相応しい動きをする心臓が落ち着きを取り戻していった。
「もう少し食べますか?」
わずかに身を乗りだし、今度こそぐっと皿を押し少女の真ん前へと差し出す。もう己には手が、フォークが届かないほどの位置だ。また食べさせるような事態にはならないだろう。
「いいんデスカ? あとちょっとしかありマセンヨ?」
「美味しかったんでしょう? 好きなだけ食べてください」
鴇色の瞳が碧とケーキを行き来する。どうぞ、と背を押してやる。しばしして、いただきマス、と控えめな声とともにフォークが伸ばされた。クリームでコーティングされた生地を小さめに切り分け、少女は口に運ぶ。少しの遠慮と不安がにじんでいた顔は、瞬時に明るいものになった。桃の睫に縁取られた目が閉じ、大きな弧を描く。んー、と漏らす声は幸せをそのまま音にしたような響きをしていた。可愛らしいの一言に尽きる姿に、少年は頬を緩めた。
もう一口控えめに食べ、レイシスはありがとうゴザイマシタ、と皿を持ち主へと返した。どういたしまして、と白い皿を引き寄せ目の前へと帰還させる。柔らかな白と黄にいちごの赤の差し色がよく映えていたケーキは、残り三分の一ほどになっていた。あまり時間を掛けて食べては表面が乾いてしまう。美味しい物は美味しい状態で食べるべきなのだ。フォークを握り、筋の浮かぶ手が口にケーキを運ぶ。閉じようとしたところで、はたと動きが止まった。
先ほどレイシスにケーキを食べさせた。己のフォークで食べさせた。つまり、このフォークはレイシスの口が付いたもので。はっきりと触れたもので。
間接キス。今度こそ、レイシスとの紛うことなき間接キス。
動きが止まる。一気に冷凍されたかのような固まり方だった。翡翠の目がふるふると震える。脳味噌の中で何かがうるさく騒ぎ立てた。
どうしよう。どうするべきなのだ。いつだって即座に最適解を弾き出す利巧な頭は、混乱の渦に陥り機能を停止していた。思春期の男子高校生には刺激が強すぎる事実である。仕方の無いことだ。
間接的なものとはいえ彼女の口と触れ合うなぞ、あってはならないことだ。そういうことは大切に大切にしなければいけないのだ。けれども、このままではケーキが食べられない。皿の上のものは全てレイシスに分け与えるという手があるが、今まさに口に運ぼうとフォークに刺したこの一口は絶対に食べなければいけない。フォークに口を付けなければいけない。レイシスが触れた、このカトラリーに。
機能を再開するも混乱したまま迷走する頭は、フォークを一旦置く、という答えを弾き出した。カチャリと食器と食器が高い音を奏でる。銀色の上には、ケーキの欠片が載せられたままだ。
平常心、平常心。まじないのように繰り返し、烈風刀はコーヒーカップに手を伸ばす。もう冷めつつあるコーヒーは、まだ豊かな香りを漂わせていた。惑いに惑いとっちらかった頭を、心地良い香りが落ち着けていく。少し含み、苦みで思考をリセットしようとした。
あれ、と落ち着きを取り戻し始めた頭が声をあげる。脳内のそれにつられ、碧い目が向かい側に向けられた。
視界に映るレイシスは、楽しげにケーキを頬張っていた。もちろん、フォークで。先ほど己が口を付けたフォークで。
つまり。
ぐ、と思わず喉が狭まる。カップを持ち上げた手がビクンと跳ねる。その拍子に、口内の黒い液体が食道ではない部分へと飛んで入った。迫り上がってくる感覚に、急いで食器を置き口に手を当てる。ゲホ、ゴホ、と湧き上がる咳を手で押し止めた。
「えっ、何? だいじょぶか?」
「大丈夫デスカ?」
「だ、いじょうぶ、です……」
突如むせ返った烈風刀に、レイシスと雷刀は驚きの声をあげる。整理反射をどうにか抑えながら無事を答える。大丈夫なわけがなかった。身体も心ももうぐちゃぐちゃだ。咳き込みながら、少年は自己嫌悪に陥る。たかが間接キス程度でこんなに動揺するなど、どれだけ初心なのだ。本当に高校生か。咳と呆ればかりが湧いて出た。
むせる様子が落ち着いてきた頃合い、桃と朱は心配げな瞳を元に戻し、残ったケーキを食し始める。最後の一口を名残惜しげに味わい、二人はフォークを置いた。ごちそうさまでした、と食事の挨拶が輪唱のように奏でられる。美味かったー。美味しかったデスー。コーヒーとカフェラテを味わう口から、満足げな声があがった。
どうにか常の様子を取り戻しながら、碧はコーヒーをちびちびと飲む。二人が食べ終わったのだから、己も早く食べなければいけない。けれども、未だケーキに、このフォークに手を付ける勇気は無かった。
「…………アノ」
控えめな声が上がる。炎瑪瑙と苔瑪瑙が上がり、正面を見る。目の前の桃は、可愛らしい瞳をうろうろと泳がせていた。頬にはわずかに紅が浮かんでいる。チークの人工色ではない、血の色だ。
「……ショートケーキ、とっても美味しかったノデ……、もう一個食べてもいいデスカ?」
口元に手を当て、少女はことりと頭を傾いだ。ツインテールが揺れる。髪と同じ色をした眉はわずかに下がり、八の字を描いていた。浮かべる笑みは先ほどまでの元気いっぱいのものではなく、少し困ったような、恥ずかしげなものだ。
彼女はよく食べる。それはもうよく食べる。平均よりも食べる量が多い己たちの倍は余裕で食べるほどの健啖家だ。そして、甘い物は彼女の大好物だ。もう一つ求めてしまうのは当然と言ってもいいことである。ここのケーキはあまりにも美味しすぎるのだ。
「オレももう一個食べよっかなー。今度はふわふわなやつ」
ほら、どいてどいて、と窓側に座っている雷刀は烈風刀の身体を横から押す。弟は大人しく退いて、兄を出してやった。肯定を意味する声に、少女は表情を明るくする。一緒に行きマショウ、と彼女もソファから身を下ろし立ち上がった。ロングスカートの裾がふわりと広がる。
行ってきマスネ。待っててなー。言葉を残し、二人は飲食スペースからショーケースへと駆けていく。席にはケーキメニューも備え付けられているのだからそれを見て頼めばいいだろうに。いや、きっとケースの中に整列した数々のケーキを眺めながら選ぶのが良いのだろう。その方が絶対に目も心も楽しいのだから。
カップの中身を飲み干し、烈風刀は息を吐く。碧い瞳は、白い皿へと向けられた。ケーキが五分の一は残った皿に。銀のフォークが横たわる皿に。
きょろきょろと辺りを見回す。もちろん、桃の姿も朱の姿も無い。そんなことは分かりきっているのに、何故だか確認してしまう。やましいことをするように周りを窺ってしまう。怪しいにも程がある姿だ。けれども、小さな心は周りが気になって仕方が無かった。
震える手でフォークを掴む。ふぅ、と息を深く吐く。吸って、吐いてをしばし繰り返す。こくりと息を呑む。意を決し、銀のそれを、ケーキが一口載ったそれを口へと運んだ。
舌の上に優しい甘みが広がった。
畳む
#レイシス
#嬬武器雷刀
#嬬武器烈風刀
#ハレルヤ組
#レイシス
#嬬武器雷刀
#嬬武器烈風刀
#ハレルヤ組
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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甘い幸せ分けっこ【ハレルヤ組】
甘い幸せ分けっこ【ハレルヤ組】ハレルヤ~~~~~~~~Cafe VOLTEにケーキ食いに行ってくれ~~~~~~~~~(発作)
というわけでハレルヤ組がケーキ食べるだけの話。
ボックス席の広いテーブルの上に音も無く食器が置かれていく。よく磨かれた小ぶりなフォーク、シンプルながらも上品なデザインをした皿、温かさを感じられる白を鮮やかな赤で縁取ったカップ。それぞれが目の前に並べられた。空になった銀の盆を脇に抱えたウェイトレスは、ごゆっくりどうぞ、の一言と伝票を残し美しい足取りで去っていった。
はわぁ、と感動と歓喜に満ち溢れた声が向かい側から聞こえる。並べられた輝くような白い皿、その上に載せられた美しいケーキを前に、少女は真ん丸な可愛らしい目をキラキラと輝かせていた。つやめく薔薇輝石の瞳が、フルーツでカラフルに彩られたケーキを一心に見つめる。たおやかな手は、震える心と湧き上がる喜びを表すように笑みを形作る口に添えられていた。
ぱちん、と小さな音をたてて手が三対合わさる。いただきます、と広い席に元気な三重奏が響いた。
華奢な指がナプキンの上に置かれたフォークを手に取る。銀色が、色彩鮮やかなケーキにそっと差し込まれる。ナパームでつやめく果実とそれらを支えるカスタード、アーモンドクリーム、タルト生地が一口サイズに切り分けられた。ブルーベリーといちごが輝く一欠片を慎重に刺し、桃は小さな口にカトラリーを運んだ。赤い口内に銀の先端とケーキが消える。もぐもぐとまろく柔らかな頬がゆっくりと動く。んー、と喜びで溢れかえった声が閉じた口から漏れ出た。
「美味しいデス~!」
頬に手を添え、レイシスは幸せ色に染まりきった声をあげる。甘い物が大好きな彼女にとって、ケーキは幸せをそのまま形にしたような素敵なものだろう。新鮮なフルーツがたっぷり載った贅沢な代物は、彼女の心を十二分に満たしたようだ。
可愛らしい様子に薄く笑みを浮かべつつ、烈風刀も同じくフォークを手に取りケーキを切り分ける。きめの細かい薄い黄色のスポンジと真っ白なクリーム、その中に覗く赤いいちごに銀が刺される。口に運ぶと、バニラの甘さがふわりと香る。濃厚ながらもしつこさを感じさせないミルクの風味、砂糖の穏やかな甘みが舌に広がった。綿飴のようにすぐに溶けてしまいそうなほどふわふわなスポンジと少し固めに立てられた生クリームのなめらかな舌触りが気持ち良い。己でもケーキを作ることはいくらかあるが、こんなにも軽く、それでいて満足感が得られるような代物を作ることなど不可能だ。学園の女子たちに絶大な支持を得ているのも納得の味であった。
ケーキ食べに行きマセンカ?
控えめで可愛らしい誘いが来たのは三日前のことだ。世界の更新も無事終わり、今はちょうど運営業務が落ち着いてきた頃合いである。ようやく自由な時間を手に入れられてきたからこその言葉だろう。どうデショウカ、と伺う瞳には少しの不安が膜張っていたことを覚えている。
もちろん、兄弟二人で二つ返事をした。好きな女の子と出掛けられる。それも『カフェでケーキを食べる』だなんてデートのようなことを、だ。絶対に逃したくない、人生で一番逃すべきではない機会である。そもそも、この愛する少女の提案を断るなどという選択肢は双子の中に存在していなかった。
そうして足を運んだCafe VOLTE。ショーケースでケーキを選んで食べる今に至る。
ショートケーキをもう一口食べ、少年は続いてカップに手を伸ばす。中で湯気を立てる黒にそっと息を吹きかけ、赤い縁に口を付けた。コーヒー特有の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。舌の上に深い苦みと少しの酸味が広がっていく。ケーキの甘みが洗い流されていく心地だった。香りも味も、家で飲むものとは段違いだ。さすがカフェラテを名物にしているだけある。
「烈風刀、烈風刀!」
ハイテンションな声が己の名を呼ぶ。カップを置き隣を見ると、そこには少女と同じくらい目を輝かせた兄の姿があった。手に持ったフォークの先には黒いものが刺さっている。彼が頼んだのはガトーショコラだっただろうか。少し遠い位置から、それも一口分しか見えないというのに、生地がみっちりと詰まっているのが分かる。きっととても濃厚な味がするだろう。
「これすっげーんめぇ! 食ってみろよ!」
ほら、あーん。雷刀は手にした食器、突き刺したケーキをこちらへと伸ばしてくる。否、突きつけるといった方が正しい勢いと距離だ。あまりの近さにか、チョコレートの香りが鼻を掠める。誘われるように素直に口を開き、シックな黒を迎え入れた。
瞬間、先ほどの比ではないほどのチョコレートの香りと風味が口内に満ちた。少し固い歯触りながらも、舌に載せればゆっくりと溶けていく。生チョコレートとよく似た食感をしていた。驚くほど濃厚な舌触りと味わいだ。やはりここのケーキは上等だ。それでいて学生でも手が出せるギリギリの値段なのだから恐ろしい。
「美味しいですね」
「だろ? すっげぇうめぇ!」
柔らかに解けるそれを飲み込み、碧は穏やかに声を紡ぐ。味を、感情を共有できたのが嬉しいのか、赤はニッと笑った。マジうめぇ、と彼はまた黒を切り分けて食べる。まだ丸さを残した頬がもごもごと動いた。
「こちらも美味しいですよ。食べますか?」
「食べる!」
弟は兄の方へと皿を差し出す。もらってばかりでは申し訳が無い。それに、彼のことだからいつも通り後々一口ちょうだい、とねだってくるのは分かりきっていた。だったら先に食べさせてしまった方がいい。
問いに元気な声が返される。肯定の語を紡いだ口が、あ、と大きく開かれる。子どもめいた姿にはいはい、と呆れた調子で漏らし、碧い少年はケーキを切り分ける。スポンジと生クリーム、スライスされたいちごがカトラリーに載せられた。隣へと伸ばされた銀食器は、すぐに健康的な口に挟まれた。薄黄色が赤の中に消える。わずかに紅潮した頬が動き、喉が動く。朱い目がぱちりと瞬いた。
「こっちもめっちゃうめぇ! ふわふわ!」
丸い目を更に丸くし、朱い少年は喜び溢るる声をあげる。どうやらかなり気に入ったようだ。味覚の近い己が好ましいと思ったのだ、兄も気に入るのは納得である。それ以上に、彼は何だって美味しく食べるタイプなのだけれど。
はわぁ、と溜め息にも似た可愛らしい声が落ち着いた音楽流れる店内に落ちる。確かに聞こえた愛おしい音に、烈風刀はバッと発生源へと顔を向ける。視界にきょとりと目を瞬かせるレイシスが映った。撫子色の瞳は、向かいの席に座る己たち兄弟をしっかりと見つめていた。
ビクン、と肩が跳ねる。そうだ、今はレイシスも一緒だったのだ。家の中と一切変わらぬ調子の兄につられ、自然に食べさせられてしまった。食べさせてしまった。兄弟で食べさせあうなんて光景を彼女の前で繰り広げてしまった。ただでさえ人に見せるような姿ではないというのに、よりにもよって想いを寄せる女の子の前で家での癖をそのままやってしまった。幼稚な姿を見せてしまった。焦燥と羞恥、多大なる後悔が上等な菓子で潤った心を荒らしていく。食べた物以上の質量が胃の腑に落ちる感覚がした。
「二人だとそういうことできていいデスネ」
表情を強張らせる烈風刀を、気にせずケーキをを食べる雷刀を眺め、レイシスは穏やかに笑む。微笑ましさがよく出たそれの中に、言葉にしがたい寂しさがうっすらと見えた。
世界の誕生と同時に生まれた少女は、長い間一人きりだった。小さな妖精が常に寄り添ってはいたものの、同じヒトの形をした存在と出会うまで随分と時間が掛かってしまったという話は聞いている。二回目のバージョンアップが行われた世界には多くのヒトが増え、彼女にも友人がたくさんできた。けれども、立場上運営業務を優先させねばならない桃は遊びに出掛ける機会もあまり多くはない。世界に一番近い女の子は、世界のためにその身を犠牲にしていた。
そんな彼女には、食べ物を分け与えあう、特に食べさせあうなんて経験はあまり無いのだろう。否、そもそも己たち兄弟がおかしいのだ。皿を交換するだけで済む行為を、わざわざ一口食べさせてやるなんてことは普通無いのだ。長い間一人で暮らし、一人で生きてきたナビゲーターは違和感を覚えていないようだけど。
「ん? レイシスも食う?」
能天気な声が薄く陰った空気を打ち払う。もう三分の一は姿を消したチョコレートケーキに、フォークがガッと勢い良く突き立てられる。大きく切り分けた塊を刺した銀食器が、少女の前に差し出された。
「ほら、あーん」
朱い瞳が桃を見据える。突如突き出されたそれに、レイシスはぱちりと瞬きをした。美しいラズベリルが丸くなり、キラキラとした輝きを取り戻す。はわ、と漏れた声は少しの驚きといっぱいの喜びで彩られていた。
「ハイ! アーン」
意味を理解した桃は大きく口を開く。あーん、と言いながら雷刀はフォークを伸ばす。リップで淑やかに飾られた唇が閉じ、銀の先にあった黒が姿を消した。美しい輪郭をした頬がもごもごと動く。モルガナイトの中に宿る光が更にまばゆく輝きだした。
「美味しいデス!」
「だろ? だろー?」
感動の声を漏らす薔薇色の少女に、朱い少年はフォークを振って返す。満面の笑みを咲かせる少女を眺める笑顔はどこか自慢げだ。
はわぁ、と感嘆の声を漏らす桃が銀を手に取る。瑞々しいフルーツがたっぷり載ったタルトが手早く切り分けられた。一口サイズになったそれを崩れないように器用に載せる。照明を受けたナパームがつやつやと光った。
「ワタシのタルトも美味しいデスヨ」
ハイ、アーン。少年の真似をして、レイシスはフルーツタルトを載せたフォークを差し出す。八重歯で飾られた口の端が嬉しげに上がった。あーん、と復唱し、雷刀は小ぶりなそれを一口で食べる。頬が動き、喉が動く。食物を受け入れた口が笑みを形作った。
「フルーツうめぇな!」
「カスタードとマッチしてるんデスヨネ。甘くて爽やかで美味しいデス!」
朱と桃はきゃっきゃとはしゃぐ。 その様子を横目で眺める碧は、複雑な色を宿していた。
愛する少女が楽しく時を過ごしているのは、この世で何より素晴らしいことだ。けれども、その相手が兄だというのが不服で仕方が無い。片想いする少女と恋敵が仲良くケーキを食べさせあう光景を目の前で繰り広げられて、まだまだ発展途上の心が平常でいられるわけがなかった。幸福を嫉妬が食い荒らしていく。荒ぶ心を落ち着けようとコーヒーを一口。何故だか苦みばかりが舌の上を支配した。
ちらりと兄へと目をやる。少女へと向けられていた目が逸れ、紅玉と蒼玉がかち合う。瞬間、喜びの輝きに溢れた真紅がニマリと細められた。口の片端が吊り上がり、半分笑みを覗かせる。余裕に満ちた笑顔である。何とも腹立たしい笑顔であった。愛おしい少女の前でなければめいっぱいに顔をしかめていただろう。表情を歪めそうになる筋肉を何とかコントロールするも、口の端がひくりと引きつるのだけは抑えられなかった。
「アッ、烈風刀も食べマスカ?」
弾んだ声が己の名をなぞる。どうにか普段通りの表情を作り、少年は顔を上げた。そこには、フォークを片手に笑顔を咲かせるレイシスの姿があった。ケーキのために用意されたカトラリーには、キウイとオレンジがつやめくタルトが載せられている。細い腕がこちらへと伸ばされた。
「ハイ、アーン」
ニコニコと笑みを浮かべ、桃は言う。差し出されたケーキ。『あーん』の声。先ほどの兄に与えていた姿と同じだ。つまり、己にもケーキを食べさせようとしているのだ。
バクン、と心臓が大きく脈打つ。爆発してしまいそうなほどの動きだった。思わず胸を押さえそうになるのを必死に堪える。バクン、バクン、と臓器が騒がしい音をたてて収縮を繰り返す。あまりにうるさいそれを制御しようにも、どうにもできなかった。
食べている物を一口分け与える。そんなの、幼い頃から兄弟でよくやっているのだから慣れっこだ。けれども、相手がレイシスとなれば別である。恋心を募らせる少女に、直々に食べさせてもらえる。そんな夢のようなことが今まさに起こっているのだ。思春期真っ只中、片想い最中の高校生の心臓が耐えられるわけがない。
身体が強張る。目が見開かれる。顔が熱を持つ。反対に、指先は氷水に浸したように温度を失っていく。好きな女の子に『あーん』をしてもらえる。夢のような現実だ。受け入れたい。掴み取りたい。恥ずかしい。あまりにも恐れ多い。欲望と理性がぐちゃりと混ざり合う。常は冷静であろうとする頭はもうぐちゃぐちゃになっていた。
逡巡、烈風刀は小さく口を開ける。ここで断ってしまっては、あの優しい少女は可愛らしいかんばせを曇らせてしまうだろう。判断に時間が掛かっている今ですら、彼女を不安にさせているかもしれない。愛おしい人を悲しませることなどあってはならない。絶対に回避すべきだ。
あーん、と少女と同じ言葉を口に出す。声は少しつかえ、響きも揺れていた。潤った唇もぷるぷると細かに震えている。緊張が如実に表れていた。緊張するなと言う方が無茶な状況なのだから仕方が無い。
ハイ、アーン。開いた口に、フォークが、ケーキがそっと入れられる。すぐさま閉じ、少年は身体を銀食器から、少女から距離を取った。心臓は依然うるさく鼓動する。どうにかケーキを咀嚼するが、生地を噛み締める歯すら震えているような気がしてたまらなかった。
「どうデスカ?」
「お、美味しいですね」
尋ねる桃に、碧はぎこちない声と笑みを返す。こんな凄まじい緊張の中、味なんて分かるわけがない。ケーキを味わう余裕なぞ欠片も残っていなかった。ほとんど塊のまま胃の腑に落ちていったそれに少しの罪悪感を抱く。本来は舌を楽しませる素敵な菓子だというのに、己の心が矮小なせいでただ飲み込むだけになってしまった。きちんと食べたというのに、食べ物を粗末にしてしまった気分だ。
震える手を制御し、コーヒーを飲み下す。苦みが混乱する脳味噌に活を入れた。少しずつ静まっていく心と頭の中、何かがよぎる。何だ、と思わず思考をそちらに向けてしまう。正体は疑問だった。あのフォークはレイシスが使っていたものだよな、という当たり前の事実が疑問として姿を現した。
レイシスが使っていたフォークで食べさせてもらった。レイシスが使っていたフォークに口を付けた。つまり。
身体が固まる。カップを下ろそうとした手が空中で止まる。浅葱の目がこれでもかと見開かれた。心臓がまた騒ぎ立てる。フリーズしたはずの脳味噌は、間接キス、と俗称を叫んだ。
いや、よく考えろ。あのフォークに直前に触れたのは兄では無いか。食べ物を載せた先端部分に口を付けたのは兄だ。つまり、兄との間接キスである。いつも通りだ。変わらぬことではないか。大丈夫、いつも通り、と頭の中で何度も繰り返す。刷り込んで刻みつけて思い込ませる。疑問を抱く余地を丁寧に塗り潰して無くしていく。
不自然な動きながらも、どうにかカップをソーサーに置く。ふぅ、と密かに息を吐いた。少し下がった視界、目の前に食べかけのショートケーキが映る。そういえば、食べさせてもらったのに何も返さないのはいかがなものだろうか。それも、相手はケーキが大好きな女の子である。きっと、選べなかった、自分と違うものも気になっているだろう。色んなものを楽しみたいはずだ。
「こちらも美味しいですよ。一口どうぞ」
「エッ、いいんデスカ?」
剥かれたオレンジを頬張る少女は、ぱぁと顔を輝かせる。えぇ、と柔らかに答え、烈風刀はレイシスの前へと皿を差し出そうとした。
つやつやの唇が開く。血の通った赤い口が眼前に晒される。あ、と可愛らしい声が大きく開かれたそこから聞こえた。
突然のことに、少年はきょとりとした様子でその顔を眺める。何故フォークを握らないのだろう。何故口を開けるのだろう。聡明な頭は答えを弾き出す。意味をはっきりと理解する。穏やかに綻んでいた顔が瞬時に固まった。
口を開けて待つ。つまり、食べさせてもらおうとしている。
ケーキ皿に触れていた指がピクリと震える。そのまま手を引っ込めてしまいそうになるのを何とか耐えた。
彼女には一口なんて言わず好きなだけ食べてほしいのだ、このまま皿を押して全て差し出すのが正解に決まっている。けれども、ここで無視をするような対応をしては彼女は悲しんでしまうのではないだろうか。やってもらえなかった、と寂しがってしまうのではないだろうか。嫌がられた、と勘違いしてしまうのではないだろうか。様々な憂慮の中、本能が囁く。何を御託を並べているのだ、お前がやりたいだけだろう、と。
ギリ、と奥歯を噛み締める。固まった指を動かし、皿の上に載せられたフォークを手に取った。ピースケーキの太い部分、大粒のいちごとたっぷりの生クリームが載った場所を切り分ける。崩れてしまわないように慎重に刺し、持ち上げる。震えをどうにか押さえ込みながら、目の前の少女へと銀色を伸ばした。
「あ、あーん……」
ただ差し出すだけだったはずが、思わず声が漏れてしまう。いや、彼女も兄もこう言って食べさせていたのだ。言う方が自然である。復唱しただけと判断できる程度の響きだ。理性がそれらしい言葉を並べ立てる。本能は意地悪げな表情でその様を眺めていた。
可憐な口に、赤いいちごと白いクリーム、黄色のスポンジが近づく。開いたそこが閉じられ、ぱくりとフォークを口に含んだ。見計らって碧は即座に身体を引く。勢いのあまり背もたれに当たり、ソファが揺れた。
柔らかな曲線を描く頬が動く。白く細い喉が上下し、含んだものを嚥下していく。弧を描いていた目がぱっちりと開かれ、また宝石のようにキラキラと輝きだした。
「いちご美味しいデス! スポンジもふわふわデス~!」
あげる声は今日一番の感動がにじんでいた。どうやら、かなり彼女好みの味だったらしい。可愛らしい姿に、動悸と表現した方が相応しい動きをする心臓が落ち着きを取り戻していった。
「もう少し食べますか?」
わずかに身を乗りだし、今度こそぐっと皿を押し少女の真ん前へと差し出す。もう己には手が、フォークが届かないほどの位置だ。また食べさせるような事態にはならないだろう。
「いいんデスカ? あとちょっとしかありマセンヨ?」
「美味しかったんでしょう? 好きなだけ食べてください」
鴇色の瞳が碧とケーキを行き来する。どうぞ、と背を押してやる。しばしして、いただきマス、と控えめな声とともにフォークが伸ばされた。クリームでコーティングされた生地を小さめに切り分け、少女は口に運ぶ。少しの遠慮と不安がにじんでいた顔は、瞬時に明るいものになった。桃の睫に縁取られた目が閉じ、大きな弧を描く。んー、と漏らす声は幸せをそのまま音にしたような響きをしていた。可愛らしいの一言に尽きる姿に、少年は頬を緩めた。
もう一口控えめに食べ、レイシスはありがとうゴザイマシタ、と皿を持ち主へと返した。どういたしまして、と白い皿を引き寄せ目の前へと帰還させる。柔らかな白と黄にいちごの赤の差し色がよく映えていたケーキは、残り三分の一ほどになっていた。あまり時間を掛けて食べては表面が乾いてしまう。美味しい物は美味しい状態で食べるべきなのだ。フォークを握り、筋の浮かぶ手が口にケーキを運ぶ。閉じようとしたところで、はたと動きが止まった。
先ほどレイシスにケーキを食べさせた。己のフォークで食べさせた。つまり、このフォークはレイシスの口が付いたもので。はっきりと触れたもので。
間接キス。今度こそ、レイシスとの紛うことなき間接キス。
動きが止まる。一気に冷凍されたかのような固まり方だった。翡翠の目がふるふると震える。脳味噌の中で何かがうるさく騒ぎ立てた。
どうしよう。どうするべきなのだ。いつだって即座に最適解を弾き出す利巧な頭は、混乱の渦に陥り機能を停止していた。思春期の男子高校生には刺激が強すぎる事実である。仕方の無いことだ。
間接的なものとはいえ彼女の口と触れ合うなぞ、あってはならないことだ。そういうことは大切に大切にしなければいけないのだ。けれども、このままではケーキが食べられない。皿の上のものは全てレイシスに分け与えるという手があるが、今まさに口に運ぼうとフォークに刺したこの一口は絶対に食べなければいけない。フォークに口を付けなければいけない。レイシスが触れた、このカトラリーに。
機能を再開するも混乱したまま迷走する頭は、フォークを一旦置く、という答えを弾き出した。カチャリと食器と食器が高い音を奏でる。銀色の上には、ケーキの欠片が載せられたままだ。
平常心、平常心。まじないのように繰り返し、烈風刀はコーヒーカップに手を伸ばす。もう冷めつつあるコーヒーは、まだ豊かな香りを漂わせていた。惑いに惑いとっちらかった頭を、心地良い香りが落ち着けていく。少し含み、苦みで思考をリセットしようとした。
あれ、と落ち着きを取り戻し始めた頭が声をあげる。脳内のそれにつられ、碧い目が向かい側に向けられた。
視界に映るレイシスは、楽しげにケーキを頬張っていた。もちろん、フォークで。先ほど己が口を付けたフォークで。
つまり。
ぐ、と思わず喉が狭まる。カップを持ち上げた手がビクンと跳ねる。その拍子に、口内の黒い液体が食道ではない部分へと飛んで入った。迫り上がってくる感覚に、急いで食器を置き口に手を当てる。ゲホ、ゴホ、と湧き上がる咳を手で押し止めた。
「えっ、何? だいじょぶか?」
「大丈夫デスカ?」
「だ、いじょうぶ、です……」
突如むせ返った烈風刀に、レイシスと雷刀は驚きの声をあげる。整理反射をどうにか抑えながら無事を答える。大丈夫なわけがなかった。身体も心ももうぐちゃぐちゃだ。咳き込みながら、少年は自己嫌悪に陥る。たかが間接キス程度でこんなに動揺するなど、どれだけ初心なのだ。本当に高校生か。咳と呆ればかりが湧いて出た。
むせる様子が落ち着いてきた頃合い、桃と朱は心配げな瞳を元に戻し、残ったケーキを食し始める。最後の一口を名残惜しげに味わい、二人はフォークを置いた。ごちそうさまでした、と食事の挨拶が輪唱のように奏でられる。美味かったー。美味しかったデスー。コーヒーとカフェラテを味わう口から、満足げな声があがった。
どうにか常の様子を取り戻しながら、碧はコーヒーをちびちびと飲む。二人が食べ終わったのだから、己も早く食べなければいけない。けれども、未だケーキに、このフォークに手を付ける勇気は無かった。
「…………アノ」
控えめな声が上がる。炎瑪瑙と苔瑪瑙が上がり、正面を見る。目の前の桃は、可愛らしい瞳をうろうろと泳がせていた。頬にはわずかに紅が浮かんでいる。チークの人工色ではない、血の色だ。
「……ショートケーキ、とっても美味しかったノデ……、もう一個食べてもいいデスカ?」
口元に手を当て、少女はことりと頭を傾いだ。ツインテールが揺れる。髪と同じ色をした眉はわずかに下がり、八の字を描いていた。浮かべる笑みは先ほどまでの元気いっぱいのものではなく、少し困ったような、恥ずかしげなものだ。
彼女はよく食べる。それはもうよく食べる。平均よりも食べる量が多い己たちの倍は余裕で食べるほどの健啖家だ。そして、甘い物は彼女の大好物だ。もう一つ求めてしまうのは当然と言ってもいいことである。ここのケーキはあまりにも美味しすぎるのだ。
「オレももう一個食べよっかなー。今度はふわふわなやつ」
ほら、どいてどいて、と窓側に座っている雷刀は烈風刀の身体を横から押す。弟は大人しく退いて、兄を出してやった。肯定を意味する声に、少女は表情を明るくする。一緒に行きマショウ、と彼女もソファから身を下ろし立ち上がった。ロングスカートの裾がふわりと広がる。
行ってきマスネ。待っててなー。言葉を残し、二人は飲食スペースからショーケースへと駆けていく。席にはケーキメニューも備え付けられているのだからそれを見て頼めばいいだろうに。いや、きっとケースの中に整列した数々のケーキを眺めながら選ぶのが良いのだろう。その方が絶対に目も心も楽しいのだから。
カップの中身を飲み干し、烈風刀は息を吐く。碧い瞳は、白い皿へと向けられた。ケーキが五分の一は残った皿に。銀のフォークが横たわる皿に。
きょろきょろと辺りを見回す。もちろん、桃の姿も朱の姿も無い。そんなことは分かりきっているのに、何故だか確認してしまう。やましいことをするように周りを窺ってしまう。怪しいにも程がある姿だ。けれども、小さな心は周りが気になって仕方が無かった。
震える手でフォークを掴む。ふぅ、と息を深く吐く。吸って、吐いてをしばし繰り返す。こくりと息を呑む。意を決し、銀のそれを、ケーキが一口載ったそれを口へと運んだ。
舌の上に優しい甘みが広がった。
畳む
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