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No.157
年を過ごす蕎麦の音【嬬武器兄弟】
年を過ごす蕎麦の音【嬬武器兄弟】
2022年書き納め。嬬武器兄弟が蕎麦を食べるだけ。
今年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
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ぐらぐらと沸き立つ水面を眺める。そろそろだろうか、と考えていると、キッチンタイマーが高い音を出して予定時間になったことを知らせた。己の体感への信頼を少しだけ深めながら、烈風刀は鍋つかみに手を通す。パスタ鍋の取っ手を持ち、中身をザルにあける。ベコン、とシンクが不満げな声をあげた。
軽く湯切りし、菜箸を使って二人分の丼に分ける。別の鍋で作っていた出汁を麺が入ったそれに注ぎ入れた。澄み切った美しい出汁の色、蕎麦の濃灰色のコントラスト、立ち上る温かな香り。どれも胃を刺激するものだった。くぅ、と腹の虫が鳴き声をあげた。
トースターから海老天を取り出し、キッチンペーパーを敷いた皿に載せる。出来合いのものはあまり買うことはないが、毎年この日だけは買うのが通例になっていた。家中の大掃除で忙しい中、揚げ物をする余裕など無いのだ。
「烈風刀ー、風呂掃除と玄関の掃除終わったー」
ガチャリ、とリビングのドアが開く。覗いた朱は、疲労が滲んだ色をしていた。散らかりに散らかった自室の掃除をようやく終えた身体には辛いものがあったのだろう。日々何度も何度も掃除しろと言っても無視して過ごし、事前に決めた掃除分担に異論を唱えなかった彼に同情する余地はないが。
「あっ、蕎麦できた?」
「ちょうど。海老天とお箸持って行ってください」
キッチンを覗き込み、雷刀は弾んだ声をあげる。輝く紅玉の中にはもう疲労の色は無かった。分かりやすい反応に、思わず小さく笑みを漏らしてしまう。誤魔化すように天ぷらの載った皿を差し出した。
りょーかい、とこれまた弾んだ声。皿を受け取った兄は、軽快な足取りでリビングテーブルへと向かった。カチャカチャと箸を用意する音が聞こえる。少し重い丼を二つ手に持ち、烈風刀はキッチンを出る。箸が並べられた机に年越し蕎麦を置いた。
「いただきまーす」
「いただきます」
所定の位置に座り、手を合わせる。食事の挨拶をしたところで、同時に箸を持った。赤い箸が海老天を引っ掴み、大きく開いた口に入れる。青い箸が出汁の中揺蕩う蕎麦を掴み、そっと口に運ぶ。サクン、と小気味よい音と、ずるる、と豪快な音が暖かな部屋に響いた。
珍しく言葉を交わすことなくひたすらに食べ進めていく。昼ご飯はきちんと食べたが、その後休む間もなく動き回ったせいで腹が空いていた。そろそろ痛みを覚えるような頃合いだ。そんな胃腸に、温かな蕎麦と熱々の天ぷらは最高のごちそうだった。
「今年も色々あったなー」
呟くようにこぼし、雷刀はずぞぞ、と蕎麦を啜る。そうですね、と烈風刀は海老天を出汁に浸しながら応えた。
「バトル大会に新シーズン、アリーナバトルにメガミックスバトルに……、あとは……」
「プロリーグも始まったしな」
二人で出し合ってようやく数えられるほどの出来事があった。毎年ながら激動の一年だ。特に新シーズンは様々な機能追加が一気に行われたため、忙殺という言葉では済まされないほど忙しかった。そろそろ誰か過労で倒れるのではないかと毎日気が気でなかったことは強く覚えている。
「来年は何したい?」
「そうですね……」
ずるずると麺を啜る兄から視線を外し、弟は宙を眺める。手にした箸が迷いを表すように小さく揺れた。
「もう少しアリーナバトルに力を入れたいですね。最近腕がなまっている気がするので」
それはもう激動の日々だった。おかげで、アリーナバトルに赴く頻度は減っていた。行く暇など無かったのだ。バトル大会に向けて特訓した日々はあったものの、やはり時間が経つとなまっているのではないかと不安が湧いてくる。きちんと腕は磨いておかなければならない。いざという時愛しい少女を守れないなんてことがあってはならないのだ。
「お? じゃあ久しぶりに手合わせする?」
剣を構えるように箸を突きつけ、雷刀はニッと笑う。瞳には愉快さと闘志が宿っていた。行儀が悪いですよ、と碧が鋭い視線を送る。へーい、と朱はきちんと持ち直した。
「まっ、オレが勝つけど」
「今のところ僕が勝ち越しているんですが?」
「引き分けの間違いだろ?」
交わす言葉は鋭さを宿していた。それこそ、手合わせの最中のような声色だ。眇められた朱と碧がふっと解け、同時に笑みをこぼす。一転、穏やかな空気が二人を包んだ。
「お正月が明けて落ち着いたらお願いします」
「任せとけって」
また二人で蕎麦を啜る。出汁に浸した海老天は、すっかり水分を吸ってふにゃふにゃになっていた。トースターで温めたてのサクサクも美味しいが、汁を吸ってふにゃりとした衣も美味しい。どちらも楽しめるのが、各々好きなタイミングで載せる今のやり方だ。
「来年もよろしくお願いします」
「よろしくなー!」
烈風刀は衣が剥がれ落ちそうな天ぷらをそっと箸で持ち上げる。雷刀もまた、尻尾だけになった天ぷらを持ち上げた。あ、と二人同時に口を開ける。箸に捕らえられたそれらは、大きく開かれた口の中に吸い込まれていった。
パリン、と固い音が夜が降りきった世界に響いた。
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#嬬武器雷刀
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#嬬武器雷刀
#嬬武器烈風刀
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SDVX
2024/1/31(Wed) 00:00
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年を過ごす蕎麦の音【嬬武器兄弟】
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ぐらぐらと沸き立つ水面を眺める。そろそろだろうか、と考えていると、キッチンタイマーが高い音を出して予定時間になったことを知らせた。己の体感への信頼を少しだけ深めながら、烈風刀は鍋つかみに手を通す。パスタ鍋の取っ手を持ち、中身をザルにあける。ベコン、とシンクが不満げな声をあげた。
軽く湯切りし、菜箸を使って二人分の丼に分ける。別の鍋で作っていた出汁を麺が入ったそれに注ぎ入れた。澄み切った美しい出汁の色、蕎麦の濃灰色のコントラスト、立ち上る温かな香り。どれも胃を刺激するものだった。くぅ、と腹の虫が鳴き声をあげた。
トースターから海老天を取り出し、キッチンペーパーを敷いた皿に載せる。出来合いのものはあまり買うことはないが、毎年この日だけは買うのが通例になっていた。家中の大掃除で忙しい中、揚げ物をする余裕など無いのだ。
「烈風刀ー、風呂掃除と玄関の掃除終わったー」
ガチャリ、とリビングのドアが開く。覗いた朱は、疲労が滲んだ色をしていた。散らかりに散らかった自室の掃除をようやく終えた身体には辛いものがあったのだろう。日々何度も何度も掃除しろと言っても無視して過ごし、事前に決めた掃除分担に異論を唱えなかった彼に同情する余地はないが。
「あっ、蕎麦できた?」
「ちょうど。海老天とお箸持って行ってください」
キッチンを覗き込み、雷刀は弾んだ声をあげる。輝く紅玉の中にはもう疲労の色は無かった。分かりやすい反応に、思わず小さく笑みを漏らしてしまう。誤魔化すように天ぷらの載った皿を差し出した。
りょーかい、とこれまた弾んだ声。皿を受け取った兄は、軽快な足取りでリビングテーブルへと向かった。カチャカチャと箸を用意する音が聞こえる。少し重い丼を二つ手に持ち、烈風刀はキッチンを出る。箸が並べられた机に年越し蕎麦を置いた。
「いただきまーす」
「いただきます」
所定の位置に座り、手を合わせる。食事の挨拶をしたところで、同時に箸を持った。赤い箸が海老天を引っ掴み、大きく開いた口に入れる。青い箸が出汁の中揺蕩う蕎麦を掴み、そっと口に運ぶ。サクン、と小気味よい音と、ずるる、と豪快な音が暖かな部屋に響いた。
珍しく言葉を交わすことなくひたすらに食べ進めていく。昼ご飯はきちんと食べたが、その後休む間もなく動き回ったせいで腹が空いていた。そろそろ痛みを覚えるような頃合いだ。そんな胃腸に、温かな蕎麦と熱々の天ぷらは最高のごちそうだった。
「今年も色々あったなー」
呟くようにこぼし、雷刀はずぞぞ、と蕎麦を啜る。そうですね、と烈風刀は海老天を出汁に浸しながら応えた。
「バトル大会に新シーズン、アリーナバトルにメガミックスバトルに……、あとは……」
「プロリーグも始まったしな」
二人で出し合ってようやく数えられるほどの出来事があった。毎年ながら激動の一年だ。特に新シーズンは様々な機能追加が一気に行われたため、忙殺という言葉では済まされないほど忙しかった。そろそろ誰か過労で倒れるのではないかと毎日気が気でなかったことは強く覚えている。
「来年は何したい?」
「そうですね……」
ずるずると麺を啜る兄から視線を外し、弟は宙を眺める。手にした箸が迷いを表すように小さく揺れた。
「もう少しアリーナバトルに力を入れたいですね。最近腕がなまっている気がするので」
それはもう激動の日々だった。おかげで、アリーナバトルに赴く頻度は減っていた。行く暇など無かったのだ。バトル大会に向けて特訓した日々はあったものの、やはり時間が経つとなまっているのではないかと不安が湧いてくる。きちんと腕は磨いておかなければならない。いざという時愛しい少女を守れないなんてことがあってはならないのだ。
「お? じゃあ久しぶりに手合わせする?」
剣を構えるように箸を突きつけ、雷刀はニッと笑う。瞳には愉快さと闘志が宿っていた。行儀が悪いですよ、と碧が鋭い視線を送る。へーい、と朱はきちんと持ち直した。
「まっ、オレが勝つけど」
「今のところ僕が勝ち越しているんですが?」
「引き分けの間違いだろ?」
交わす言葉は鋭さを宿していた。それこそ、手合わせの最中のような声色だ。眇められた朱と碧がふっと解け、同時に笑みをこぼす。一転、穏やかな空気が二人を包んだ。
「お正月が明けて落ち着いたらお願いします」
「任せとけって」
また二人で蕎麦を啜る。出汁に浸した海老天は、すっかり水分を吸ってふにゃふにゃになっていた。トースターで温めたてのサクサクも美味しいが、汁を吸ってふにゃりとした衣も美味しい。どちらも楽しめるのが、各々好きなタイミングで載せる今のやり方だ。
「来年もよろしくお願いします」
「よろしくなー!」
烈風刀は衣が剥がれ落ちそうな天ぷらをそっと箸で持ち上げる。雷刀もまた、尻尾だけになった天ぷらを持ち上げた。あ、と二人同時に口を開ける。箸に捕らえられたそれらは、大きく開かれた口の中に吸い込まれていった。
パリン、と固い音が夜が降りきった世界に響いた。
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