401/V0.txt

otaku no genkaku tsumeawase

TOP
|
HOME

No.160

今日だけは二人きりで【レイ+グレ】

今日だけは二人きりで【レイ+グレ】
top_SS81.png
ボルテ11周年おめでとうございます!!!!
にかこつけたレイグレ姉妹。レイグレ姉妹がケーキ食べに行くだけの話。
これからも末永く続いてくれ。

 琥珀の湖面へと落とされていた視線がすぃと動く。座ったソファのすぐ隣、壁一面に張られた大きな窓に薄く己の姿が映っているのが見えた。
 ガラス窓の向こうには人が行き交っていた。買い物袋を持って歩く女性。コートのポケットに手を入れ歩く男性。幼子と手を繋ぐ大人。頬を赤くして走る子ども。休日の道は様々な者で彩られていた。
 建物の間から覗く空は雲も少なく、鮮やかな青をしている。天におわす太陽の光は鮮烈なれども、穏やかな陽光を降らせていた。葉がいくらか付いた木々が風に吹かれ、かすかな音をたててそよぐ。外は春模様だが、暖房の効いた店内とおすすめメニューに並ぶホットドリンクたちが季節はまだまだ冬であることを語っていた。
 厚いガラスから目を離し、正面へと向き直る。視界に広がったのは鮮やかで明るい色たちだ。薄い金が縁取る白い皿。曇り一つ無い透明なパフェグラス。飲み口を赤で彩られたマグ。輝く銀のカトラリー。落ち着いた緑色のケーキ。そして、その中心で華やぐ薔薇色。カフェの一角という小さな世界は花が咲き誇るようにきらびやかな色を灯していた。
 まろい輪廓を描く頬が小さく膨らみ、華奢な顎がもぐもぐと動く。細い喉が上下に動くと、桜色の唇がふわりと綻ぶ。ぱっと開いた口は元気さを表す赤をしていた。
「美味しいデス~!」
 銀の食器を口元に当て、レイシスは感嘆の声をあげる。はわぁ、と漏らした吐息は幸せそのものだ。桃の長い睫で縁取られた撫子の瞳は、ふにゃりととろけていた。
 笑顔を浮かべたまま、少女は目の前に置かれた抹茶のシフォンケーキにそっとフォークを刺して入れる。『Cafe VOLTE』の文字がさりげなく飾る皿、その端に盛られたホイップクリームをすくい、切り分けた緑にちょいと載せた。カトラリーが上品な手つきで操られる。先に刺された緑と白は、大きな口の中に吸い込まれていった。んー、と少しくぐもった、そして幸福に満ち満ちた声がクリームが欠片だけ付いた唇から漏れ出た。
「よかったわね」
 白いマグカップを両手で抱え、グレイスは穏やかに言う。健康的な唇で彩られた口は、柔らかな弧を描いていた。幸福と表現するのが相応しい響きと様相をしていた。
「でもいいんデスカ? 奢りッテ……」
「いいわよ。貴方、いっつも私に何でも奢るじゃない。たまには私にもさせなさいよ」
 ケーキを食べる手を止め、薔薇色は心配げな瞳で対面の妹を見やる。形の良い眉を八の字に下げた姉の不安を吹き飛ばすように、躑躅はふっと笑みを飛ばして返した。
 日頃からナビゲーターとして世界を駆け巡るグレイスの財布事情はあまりよろしくない。ナビゲーター業務は給料が出ない上、忙殺の日々ではアルバイトをするのが難しいのだ。しかし、今回ばかりはどうしても稼がねばならなかった。秋から冬にかけて、業務の合間のわずかな休日を使い単発のアルバイトをいくつかこなしたのだ。おかげで人一倍、否、四倍は食べるレイシスにケーキを奢ることができる程度には財布の中身は暖かくなっていた。暖かくなっているはずである。学生をターゲットにしたこのカフェはお洒落な雰囲気に反してリーズナブルなのだ。
 そうデスカ、と姉は応える。呟くような声は大好きなケーキを目の前にしているというのに、しょんぼりとしたものだ。たおやかな手が食器を操り、ふわふわとしたスポンジ生地を切り分ける。今度はクリームの隣に添えられた餡子を載せた。けれども、その一口は先ほどよりずっと小さなものだ。ぱくりと開いた口も、もぐりと咀嚼する顎の動きもいつもより小さい。遠慮していることが丸わかりである――にしては、もうパフェ二つにケーキ三つは食べているのだけれど。
「美味しい?」
「美味しいデス」
「美味しそうな顔には見えないわよ」
 眉尻を下げて苦く笑う躑躅の少女に、薔薇色の少女ははわ、と慌てた声を返す。カトラリーを握った手が心の揺れ動きを表すように宙を彷徨った。
「美味しそうにいっぱい食べてくれた方が嬉しいわ。貴方だってそう思うでしょ?」
 己はいつも与えられる側だ。めいっぱい、抱えきれないほど与えられてばかりで、毎回気後れや遠慮をしてしまう。しかし、こうやって与える側に回ってみると、些末なことなど一切気にせず全てを楽しんでほしいという気持ちでいっぱいだ。大好きな人ならば尚更である。
「……ハイ!」
 常に与える側に立つ彼女もその気持ちを思いだしたのだろう、ほんのりと不安を宿した瞳は晴れ、澄んだ色を取り戻していた。
 いただきマス、と改めて言い、桃はベイクドチーズタルトにフォークを入れる。磨かれ輝くカトラリーが、しっかりとした生地を綺麗に切り分けていく。均等に焼き上げられたケーキは、銀色とともに大きな口へと吸い込まれていった。うぅん、と悩ましげに聞こえる声があがる。幸いをこれでもかと詰め込んだ色をしていた。
「アッ、グレイスも食べマショウ!」
「いや、貴方を見てるだけでお腹いっぱいよ……」
 フォークをぎゅっと握った姉に、妹はいささか沈んだ声で返す。ふるふると首を横に振る動きは少しばかり鈍いものだ。ホットドリンクで潤った唇は、逆さ月のように口角を下げていた。
 ここ、Cafe VOLTEのデザートたちは値段に対して量が多い方だ。パフェグラスなんて、己の顔と同じぐらいあるのではないかと疑ってしまうほどの高さをしている。ケーキだって、高級感が漂う皿の中心でしっかりと存在を主張するほどピースが大きい。そんなものを何個も、それもハイペースで食べる様をずっと見ているのだ、漂う甘い香りも相まって、飲み物しか摂っていないのに胃もたれしそうな心地である。
 ほんのりと胃が重くなるような感覚。鼻腔をくすぐる濃い砂糖の香りにあてられたのだろう。洗い流すように、マグカップに注がれた紅茶を一口含んだ。鼻を抜ける茶葉の香りの中に、ふわりとはちみつの甘さと風味が顔を覗かせる。普段なら渋さや苦さを覚える舌を、心地良い温かさと優しい甘みが撫でていった。このカフェはカフェラテが名物だが、紅茶もとても美味しい。砂糖の代わりに添えられたはちみつが良いアクセントを生み出していた。
 そうデスカ、とレイシスは小さく首を傾げ、再びケーキを口にする。食べる手つきはまた鈍いものになっていた。大好物の甘味を目の前にしているというのに、キラキラと輝く目も少しだけ陰りを見せている。どうやらよほど気になるらしい。こういうとこ律儀なのよねぇ、とグレイスは胸の内でほのかな苦みを浮かべた笑みをこぼした。
「そんなに言うなら一口だけいただこうかしら」
 おおぶりなマグカップをソーサーに置く。端に置かれたティースプーンを手に取った。食事を摂るには小ぶりな銀が、きつね色に焼き上げられたケーキへと伸ばされた。
 妹の言葉に、姉はぱぁと瞳を輝かせる。口に添えていたフォークを急いでさばき、少し固いタルト生地を切り分ける。ピースの四分の一ほどもある大きな一切れが作られた。しっかりと銀で刺したそれを、腕を伸ばす躑躅の前に差し出した。その手つきは、表情は、先ほどの落ち込んだ様子などもう吹き飛んでいた。
「あーん、デス!」
 薔薇色の目の前に置かれた皿へと伸びる手が止まる。ぱちりと尖晶石が瞬いた。ぱちぱちと幾度も瞬き、視線がゆらゆらと不安定に宙を泳ぐ。ぇ、と小さな声が賑わう店内に落ちた。
 しばしして、彷徨う瞳がまっすぐに薔薇輝石へと向かう。あーん、と固さを残したかすかな声とともに、桜色の唇が控えめに開かれた。
 アーン、とレイシスも復唱する。もう少しだけ大きく開かれた妹の口の中に、チーズタルトをそっと入れる。閉じたそれからフォークを引き抜く。甘いケーキは小さな口をいっぱいにして消えた。
 なめらかな線を描く頬がぽこりと膨れる。口の容量に対して随分と大きく固い生地を、小ぶりな歯が丁寧に噛んでいく。紅茶の風味が残る舌の上を、クリームチーズの濃厚さとタルト生地の香ばしさ、なめらかさとほろほろとした食感が駆け抜けていった。
「美味しいわね」
「デショ! Cafe VOLTEのケーキは最高デスカラ!」
 大きく喉を動かして嚥下し、マゼンタで彩られた少女は穏やかに笑う。美味しさを共有できたのが、最愛の妹が笑ってくれたのが嬉しいのだろう、ピンクで彩られた少女は満開の笑みを咲かせた。
「これだけじゃ食べ足りないでしょ? もう一個食べたらどう?」
「……本当に大丈夫デスカ?」
「いいって言ってんでしょ。遠慮するなんて貴方らしくないわよ」
 頼んだばかりの抹茶シフォンとチーズタルトはもう姿を消しつつある。テーブルの上には一人分にしてはかなり多い食器が並べられているが、この程度で彼女の胃が見たされるだなんてあり得ないことだ。もう一個どころか、五個は確実に入るだろう。クリームゼリーとパフェ、軽食のサンドイッチあたりも入れてやっと腹八分に届くかどうかぐらいだ。世界に一番近い少女の食べっぷりは、世界に暮らす者皆が知っていた。
「……じゃあ、最後にもう一個ダケ」
 おずおずといった様子で言い、薔薇色はテーブル端に寄せていたメニュー表を開く。色とりどりのケーキの写真が並ぶ紙面を眺め、紅水晶の瞳が更なる輝きを増した。えっと、えっと、と焦りと悩みが混じった声が聞こえてくる。二個でもいいわよ、と背中を押してやった。
 ケーキを真剣に選ぶ姉を眺める。心の底から楽しげに選び、心の底から美味しそうに食べ、心の底から幸せそうに過ごす。そんな姿を見ると、誘ってよかった、と改めて思うのだ。
 昨年末、季節限定パフェとケーキを食べにいかないか、と薔薇色の彼女を誘った。いいデスネ、と甘い物好きな少女はすぐに話に乗ってくれた。フェアが始まるのは一月の中頃より少々早いほどの時期だ。初日は混むだろうし、少し落ち着いてからがいいわね。そうデスネ。なら土曜日にしマショウカ。そうね。話はトントン拍子で進み、約束を取り付けることができた。
 新たな年が始まって二週間ちょっと、一月十八日はこの世界の――そして、世界と同時に生まれたレイシスの誕生日だ。当日は盛大な誕生日パーティーを企画しており、今はちょうど開催を目前に奔走しているところだ。少しだけ鈍感な彼女の裏で、学園皆が愛すべき世界を象徴する少女を祝う準備をしていた。
 当日は世界の皆が彼女の元へと押し寄せるだろう。おめでとう、と口々に祝福の言葉を振らせるのだ。それこそ、一日掛けてやっと終わるかどうかというほどの言祝ぎを。
 そんな一日の中で、彼女と過ごすことなんてほとんどできないに決まっている。己だってパーティーの準備と運営で忙しいのだ。時間なんてありやしない。
 だから、今日という日に――誕生日の数日前という少しだけ特別な日に、二人で過ごせるように取り計らったのだ。皆で一緒、ではない。己一人だけで姉を祝おうと画策したのだ。一足先に、誰よりも先に、大好きな姉をひとりじめしようだなんてことを。
 我ながら狡いものだ、と冷めてきた紅茶を一口飲む。それでも、こんなことをしてまで傍にいたいほど、姉のことが好きなのだ。全く、己も大概シスターコンプレックスを患っているものである。呆れたように浮かんだ笑みは、白いマグによって隠された。
 しかし、と依然ケーキの写真群を見つめるレイシスを見やる。脇に寄せられていたはずのシフォンケーキとチーズタルトは、餡子の粒もタルトの欠片も全て姿を消していた。
 昔の自分ならば、『あーん』なんてものは頑なに突っぱねていただろう。子どもじゃないんだから。行儀が悪いわ。そんな風にどうにか理屈を捏ねて、恥ずかしさを誤魔化しただろう。それを自然と、当たり前のように受け入れるようになった。随分と慣れてしまったものである。それほど、彼女と過ごしてきた証左であった。
 幸せね。
 口の中で呟きながら、グレイスはマグから唇を離す。すみマセン、と大きく手を上げ店員を呼ぶ愛しい姉の姿が穏やかな温度を灯した瞳に映った。

畳む

#レイシス #グレイス

SDVX


expand_less