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No.166

その後しばきまくったけど一枚も出ずに終わった【新司令+新3号】

その後しばきまくったけど一枚も出ずに終わった【新司令+新3号】
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レジェンドのぼうしいいよな~~~~~~~~という話

 青い視線が一点に注がれる。折りたためば手のひらに収まってしまうほど小さな端末、その液晶画面には軍帽の写真が映っていた。海のように真っ青な生地を金で飾った大振りなそれの下には、『レジェンドのぼうし』とポップなフォントで書かれている。『最新ギア!』と真っ赤なふきだしまで付いている様は、近所の安売りスーパーのチラシを思い起こさせるチープなデザインだ。
 怪しさすら感じさせるそれを、三号と呼ばれるインクリングは真剣に見つめる。細い眉は険しげに寄っており、細い喉からは時折うぅんと唸りがあがっていた。
 先日、クマサン商会に新規にギアが入荷した。様々なラインナップの中、少女の目を奪ったのはこの『レジェンドのぼうし』だ。かっちりとしたデザインは格好良さで溢れており、それでいて大きなシルエットはどこか可愛らしさを覚える。現状で十分だからとろくにギアを買わない自分が久しぶりに『欲しい』と思ったほどには、心を打つデザインだった。
 問題はその入手方法である。クマサン商会のギアはバイトをこなした報酬でもらえるものと、オカシラシャケが落とすウロコと交換するものがある。このレジェンドのぼうしは後者だ。それも、一番貴重な金色のウロコ三十枚と、である。三十枚など、普段からバイトに勤しんでいてもなかなか集まらないほどの量だ。バイトをろくにしない自分には手が届くはずがなかった。
 うぅん、と三号はまた唸る。バイトは嫌いだ。商会に通う連中はどいつもこいつも殺気立って、現場に着くなり一心不乱にシャケをしばくのだ。それが生きがいとでも言いたげな姿である。適当にシャケをしばいて適当に報酬が欲しいだけなのに、あんな連中の中に放り込まれるなどたまったものではない。
 だが、このギアを手に入れる方法はバイトをこなすしかない。それも、オカシラシャケを何十何百としばかねばならないのだ。オカシラシャケに遭遇するのにも時間がかかるというのに、それを最低でも三十回。金色のウロコは必ず手に入るわけではないから、実際はその倍以上かかってもおかしくはない。考えただけでも気が遠くなる。
 うぅん、と三号は唸る。小一時間この調子なのだから、もはや鳴き声か何かのようなものである。足元を駆けたり跳ねたりして遊んでいたコジャケが、答えるように形容し難い鳴き声をあげた。
 ナマコフォンを折りたたみ、少女ははぁと溜め息を吐く。ここでずっと考えていても仕方が無い。今までの経験から、こういう時はしばらく答えは出ないのは分かっている。今日のところは調査を進めよう。携帯端末をバックパックに放り込み、しばらくぶりに顔をあげた。
 映ったのは青だ。海のような青。それを縁取る金。中央にはインクリングを抽象化したような文様が刻まれている。後頭部には穴を塞ぐように少し薄い色の生地が縫い付けられていた。
 少女はぱちりと海色の目を瞬かせる。視界の先に座るインクリング、『司令』と呼ばれる者の頭に載った帽子は、先ほどまで穴が空くほど見つめていた『レジェンドのぼうし』によく似ていた。いや、そっくりと言っても過言ではない。商会で交換してきた、と言われれば信じるほど酷似していた。
 何故こいつがこの帽子を被っているのだろう。この『司令』と呼ばれるインクリングはずっと座ったままで、立っているところはおろか動いている姿すらろくに見たことがない。商会で交換してきたなんてことはないだろう。そもそも、こいつは出会った時から――つまり、商会にギアが追加されるより前からこの帽子を被っていたはずだ。一体どうやって手に入れたのだろう。
「どしたの、三号」
 思考が一気に引き上げられる。音の方へ反射的に視線を向けると、そこには眠たげな目でこちらを見る二号と呼ばれるインクリングの姿があった。そのすぐ隣、今の今まで視線を注いでいた帽子が動く。青の下に陰った空色の瞳は、こちらをじぃと見つめていた。
「えっ? ……あぁ、その帽子、欲しいギアに似てるなーって」
 少し傾いだ帽子を指差し、三号はふぃと視線を逸らす。わざわざ問いかけられるほど見つめていたなど、さすがに気まずさが湧いてくる。青い瞳は、遠くに広がる海へと向けられた。
 青い帽子がまた傾く。今度は前へ。幾度か動いたそれが、すっと高い位置に動く。感情も何も見えないスカイブルーが、まっすぐに射抜いてくる。ザッ、ザッ、と足元の雪が声をあげた。
 三号は丸い瞳を更に丸くする。見開かれた青がぱちぱちと瞬いた。こいつが立ったところなど久方ぶりに見た。最後に見たのはいつだったかすら思い出せないほど久しぶりにだ。一体何だ、と少女は身を固くする。普段声すら発さない、一生座ったままのやつがこちらにわざわざ歩いてくるなどろくなことが起こるはずがない。しかも、相手は常に表情が無く感情が一つも読めないような輩である。警戒するなと言う方が無理だ。
 ザッ、ザッ。足音が止まる。陰った青がまっすぐに見つめる。何も見えない青が、まっすぐに見つめる。
「……何よ」
 ぶっきらぼうな言葉が口をついて出る。本当ならば下がって距離を取りたいが、そんなことをしてはまるで怖気づいたようではないか。こいつにそんな姿を見せるわけにはいかない。何を考えているか分からないやつに弱い部分を見せるなど、馬鹿がやることだ。
 瞬間、目の前の瞳が輝く。陽の光を受けているのだ。普段帽子の大きなつばで陰った青が、日差しの下にあらわになる。影が取り払われた赤は、深海のような暗さが抜けた、浅い海のように澄んで輝く色をしていた。
 ぽすん、と頭から音。次いで重みが頭に、首にのしかかる。何だ、と急いで頭に手をやる。最近固くなりつつある指先から伝わってきたのは、布の手触りだった。年季の入った、けれども手入れが丁寧にされていることが分かるものだ。オルタナの調査に向かう際は頭にはギアを付けていない。じゃあ、これは。
 ぽすん、と頭から音。次いでわずかな重みが頭を、首を伝わってくる。今度は何だ、と少女は幾度も瞬く。青い瞳に映るのは、空の瞳と黄色の頭。視界の端に黒がちらつくのが見えた。ゆっくりと動く黒と同じ感覚で、頭の上を何かが移動する。光に照らされた青空色が、ふっと細まるのが見えた。
 撫でられているのだ、と気付いた頃には、頭の上で動く何かは去っていた。納得したかのように、目の前の黄色い頭が頷くように揺れる。黒く縁取られた目は、いつもと同じ何も見えないものへと戻っていた。
「三号似合ってるねー!」
「『よく似合っている』と、司令は言っとるよ」
 一号と呼ばれるインクリングがはしゃいだ声をあげる。十字がきらめく瞳は高揚を表すように輝いていた。二号が傘を回して言う。垂れた目元にはどこか温かな色が宿っているように見えた。
 ばっと急いで腕を動かし、頭を、その上に載せられた何かを抑える。上質な布の手触り、金属の冷たい温度、陽光が遮られ陰る目元、そして目の前にさらけだされた黄色い頭。帽子を被せられたのだ。『司令』が常に被っている、先ほどまで不躾なほど見つめてしまった帽子を。
「鏡無いし、写真撮って確認する?」
 弾んだ声が飛んでくる。音の方へ目をやると、そこには携帯端末を構えた一号の姿があった。ケースの穴から覗くレンズはこちらを、己をしかりととらえている。黒い手袋に包まれた指が液晶画面をタップすれば、己の姿は――司令の帽子を被っている己の姿は、電子データとして保存されてしまうだろう。
「いっ、いいわよ!」
 反射的に出た声は、思ったよりもずっと大きなものだった。おそるおそると言ったように動かしていた手で帽子をしかりと掴み、ばっと引きずり下ろす。そのまま、持ち主の頭に乱暴に戻した。ぼすん、と漫画めいた音が鳴った。目の前の青が瞬く。何か言いたげに見えるが、それを読み取れるほど注視するのは今の己には不可能だ。
「…………ありがと」
 尖った唇から、先ほどとは正反対の小さな声が漏れる。勝ち気な丸い瞳は所在なさげに宙を追いかけた。視界の端、青い瞳が瞬く。帽子のつばで陰った目元が、うっすらと柔らかな弧を描くのが見えた気がした。
 ぐぅ、と喉が鳴る。じぃと見つめていた帽子を被らされて、しかも頭を撫でられてしまうだなんて、そんなのまるきり子どもではないか。この司令というインクリングが何歳なのかは知らない。見た目だけならば同い年、下手をすれば年下でもおかしくはない。そんなやつに頭を撫でられるなど、もはや屈辱である。こんな無様な姿を晒すほど隙を見せた自分が悪いのは、己自身が一番分かっていた。
 こぼれ落ちそうなほど大ぶりな帽子が傾ぐ。黄色い頭に鎮座していた青が、大きな手で抱えられる。つるりとしたゲソから去った青が、ゆっくりと持ち上げられていく。大きなそれは日差しを遮り、視界がうっすらと暗くなった。
「いっ、いいわよ! もういい!」
 急いで後ろに一歩下がる。下がるというより跳ぶと言った方が正しい動きの前に、司令は帽子を掲げたまま止まった。陽の光を受けて輝く頭がことりと傾く。どうして、と言いたげだった――依然、その表情からは何も読めないのだけれど。
「あたし、バイト行くから! 調査は明日にするわ!」
 わざとらしいほど大きな声で告げ、三号はそのまま身を翻し駆け出す。またねー、と背中から一号の可愛らしい声が飛んでくる。振り返ることすらせず、少女はバンカラ街に続く道へと身を投じた。
 暗い暗い、長い長い道を進んでいく。全てを振り切るように一心不乱に走っているというのに、頭の中には赤がちらついて離れない。普段は表情筋なんて存在しないとばかりに感情を見せないあの顔が、わずかに動くばかりで何の色も見せない目が、頭の中をかき混ぜていく。愛おしげに細まったあの赤が。
 そっと頭に手をやる。ギアを付けてない頭は、つるりと冷たい感触しか返してこなかった。

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