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No.167
移ろいゆく時、移ろいゆく数【新3号】
移ろいゆく時、移ろいゆく数【新3号】
イカタコは年明けとかそういうの忘れてバトルしてそうだねって話。うちの新3号はイカランプで状況把握できない万年A帯です。
昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。
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蛍光緑に包まれた腕が素早く背に伸びる。思いきり振りかぶり、取り出したキューバンボムを投げつけた。ギアパワーの効果により飛距離が伸びたボムは、狙い通り動き行くガチヤグラの柱に張り付いた。ほぼ同時に、細い柱の陰に隠れるように動いていた影が動きを止める。数拍、インクリングの小さな身体が地面へと飛び降りるのが見えた。
トリガーを引きっぱなしに、黄色に染まった地面を塗り返しながら少女はヤグラ目掛けて駆け行く。試合時間は残り一分を切った。カウントはこちらがわずかに負けている。その上、敵は更にカウントを進めるべく攻勢を強めていた。どうにか防衛に務めたものの、今しがた第二カンモンを突破されてしまった。このままではノックアウトされる。何としてでも止めねばならない。
敵が飛び降りた方向へと銃口を向ける。そのまま、放射状に動かしインクを撒き散らした。黄色のインクで塗られた地面に青が散る。音は――インクが当たり呻く敵の声は聞こえない。けれど、塗り状況を見るにこのあたりに潜伏しているはずだ。物陰を重点的に狙って塗りながら、インクリングの少女はヤグラを目指す。軽快なメロディーもゆったりとした動きも止まったそれは、今は誰も乗っていないのだと語っていた。敵が近づく前に乗らなければ。奪い返し、カウントを進めなければ。
手早く側面を塗り、少女はガチヤグラに飛び乗る。ようやく持ち主が現れたオブジェクトは、再び軽やかなメロディーを奏で始めた。
潜伏を挟みインクを回復しながら、ざっと辺りを見回す。敵味方共に交戦中、こちらに向かってくる者はいない。このまま周囲を警戒しつつ乗り続けた方がいいだろう。いや、射程で有利を取ることができるバレルスピナーの援護に向かった方がいいか。でもその間に奪われたら。カンモンを突破された今、更にカウントを進められたら。思考が巡る。巡る。戦場において致命的なまでに遅く巡る。答えを出せぬまま巡る。
視界の端で、キラリと何かが光ったのが見えた。
少女は勢い良く顔を上げる。青い瞳に映ったのは、高く飛び上がった黒い影だった。遠くの街明かりを背にしたシルエットの中に、金が光る。尖ったそれ――シャープマーカーの銃口は、まっすぐにこちらを狙っていた。
短く舌打ちをし、少女は降りかかるインクを避ける。きっとヤグラの側面に張り付いていたのだろう。よくある戦法だ。打開を急くあまり、一人見当たらないことを完全に見逃していたのだ。あまりの間抜けさに腹の奥が沸騰したように熱くなる。チッ、とまた舌打ちが漏れた。
黄色いインクが頬をかすめる。切り裂かれたような痛みが、焦燥感で満たされた脳を殴りつけた。二陣営が乗ったヤグラは動きを止めている。ここで降りれば、逃げれば、奪い取られてしまう。カウントを進められてしまう。ノックアウトされてしまう。
阻止せねば。最低でも、カウント進行を防がねば。
少女はヒーローシューターレプリカを構える。射程はこちらが有利だが、少し動いただけでもぶつかってしまうほど狭いヤグラ上では射程など無意味だ。むしろ、詰められている分弾ブレが少ない相手の方が有利である。けれども、止めなければ。今は己が防衛するしかないのだ。
柱を壁にしながら、飛んでくるインクを防ぐ。それは相手も同じだ。追いかけっこをするように、互いに柱の周りを回りながら敵へ、地面へ、インクを撒き散らす。進行中であることを表すメロディーが止まったヤグラの上に、銃声が響き渡った。
頬を、手を、足を、インクが侵蝕していく。ブキ越しに見える敵も、同じほどインクで汚れていた。ダメージは同じぐらいだろう。このまま退けられれば。否、まっすぐにこちらを見据えてくる目に撤退の色など一切見えない。ならば。
担いだインクタンクが高い声をあげる。痛みを食いしばり、まっすぐに引き結ばれていた口がゆるりと解けた。ニィ、と口角が吊り上がる。不敵な笑みを形作る。好戦的に敵を見据える瞳が、ギラリと輝いた。
少女は再び背に手をやる。ガシャン、と大仰な音がヤグラ上に響く。まっすぐに伸ばされた細い腕には、身の丈の倍以上ある銃が握られていた。
ウルトラショット。
巨大なバズーカであるこれは、スペシャルウェポンの名に違わず一撃で敵を吹き飛ばすほど高威力の弾を撃ち出すものだ。けれども、その巨大な体躯と大量のインク弾を飛ばす構造上、着弾地点を計算し、重ねて敵の位置や動きを予測して撃たねばならない。派手な見た目と威力に反して、使い手の技量が試されるスペシャルウェポンである。
しかし、今は――狭いガチヤグラの上、至近距離に敵がいる今は、そんな計算など関係ない。とにかく三発ぶちかまして、巨大な弾をぶち当てて、吹き飛ばせばいいのだ。
青い瞳が照準器を覗き込む。小さな四角い窓の中に、柱の陰に隠れた敵を収める。
グリップをしかりと握り、少女は引き金を引く。ドォン、と重い音がステージに響き渡った。
巨大な自動ドアが短い声をあげる。開いたガラス戸から現れたのは、長いゲソを横に垂らしたインクリングの少女だった。深い青の瞳はこれでもかと眇められ、細い眉は強く寄せられ眉間に深い谷を作っている。普段はカラストンビが覗く大きな口は、定規で線を引いたように真一文字に引き結ばれていた。
倒したと思った。確実に撃ち落としたと思った。これで延長戦に持ち込むだけだと思った。そんなの、全て甘かった。
あの短い攻防の中、ヤグラ上では互いにインクを撒き散らしていた。己がスペシャルウェポンが使用可能になるほど、地面も塗り返していた――つまり、敵も同じほど。
巨大な弾が撃ち出される瞬間、敵もスペシャルウェポンを使ったのだ。シャープマーカーのスペシャルウェポンはカニタンク。ウルトラショットを一発当てれば装甲を破壊できる、こちらが有利を取った相手だ――ぶつかってしまいそうなほど狭く、柱という障害物があるヤグラ上でなければ。
巨大な弾丸は柱にぶち当たり、球体になって細かに動く相手には避けられ。躍起になって三発撃ち終えた瞬間、巨大な機械は、その銃口は真正面から己を捉えていた。柱の陰に隠れず、まっすぐに。
威力も連射速度も高い弾を間近で浴びて生き延びられるはずなどない。すぐさま倒れ、前線にスーパージャンプをすべくリスポーンした瞬間、ホイッスルが鳴った――カウントを巻き返せないまま、試合は終わった。つまり、己の負けである。
何で誰もヤグラに乗らないのだ。胸中で吐き捨てながら、三号と呼ばれる少女は街中を歩いていく。ヘイトを稼いでいる間に誰かがヤグラに向かっていれば、後ろからカニタンクを落としてくれれば、己が落ちる前にヤグラに乗ってくれれば。苛立つ脳味噌は仮定と不満ばかりを積み重ねていく。全て、試合が終わった今は意味など持たないものである。
舌打ちをし、三号は人混みを掻き分けていく。もう夜も深いというのに、駅前にはイカ、タコ、クラゲ、それどころか普段は見ない種族まで、様々な者がひしめいていた。常ならば試合帰りの者がまばらに行き交う程度の駅前広場は、昼と変わらぬほどの混み具合である。少女のはしゃいだ声が、少年の高揚した声が、駆け行く足音が、シャッターが切られる音が、夜空へと昇っていく。どれも耳障りでしかなかった。
はぁ、と白い溜め息を吐きながら、少女はナマコフォンを取り出す。明日の試合スケジュールを確認しておかねばならない。三連敗で終わり、大幅に削られたウデマエポイントを早く取り返さねばならないのだ。今の調子ではポイントがマイナスまで落ち込んでしまう。それだけは何としてでも避けたかった。
青白い光が少し色付いた肌を照らす。眩しいほど輝く液晶画面に表示された日付が、照らし出された海色に映る。待ち受け画面に並んだ数字は、新たな年を迎えたことを告げていた。
もう年が明けたのか。三号は冴えきった目を瞬かせる。なるほど、ならばこの混み具合も頷ける。陽気でイベント事に目がないインクリングが、年越しなんて一大イベントではしゃがないはずがないのだから。
はぁ、と三号は白い息を吐く。正月かぁ、と小さな声が夜闇に溶けた。
己もインクリングであるが、イベント事にはとんと興味が無い。興味が無いというよりも、楽しむ余裕が無いという方が正しい。イベントなんてものを楽しむには、相応の経済的余裕が要求されるのだ。常に家計が火の車の己にとって、イベントを楽しむために何かを買ったり交通費を余計にかけて出掛けることなど不可能に近い。バンカラ街に越してきたばかりの頃は多少あったのだが、コジャケを拾ってからはそんな余白は消え去ってしまった。食パン一斤を一息で飲み込むような大食らいを養うには、娯楽に使う費用を真っ先に削るしかないのだ。
「明日はお雑煮かなぁ」
はぁ、と三号は重い息を吐く。幸いというべきか、月の初めに実家から餅が届いていた。『正月ぐらい帰ってきなさい』と書かれた手紙とともに、キッチンの棚にしまいこんだのは記憶に新しい。おせちを買う金も作る技量も無いが、雑煮ぐらいなら己でも簡単に作ることができる。顆粒出汁を溶いて餅を煮るぐらい、料理をろくにしない己でもできるはずだ。
コジャケは餅を食べられるだろうか。あいつはろくに噛まないで飲み込むから、細かく切って煮てやらねば。喉に詰まらせたら大事だ。
はぁ、と三号は小さく息を吐く。家で呑気にぐぅぐぅと眠っているであろう相棒を思い浮かべながら、座り込む者を避けて階段をゆっくりと降りていった。
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#新3号
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スプラトゥーン
2024/1/31(Wed) 00:00
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移ろいゆく時、移ろいゆく数【新3号】イカタコは年明けとかそういうの忘れてバトルしてそうだねって話。うちの新3号はイカランプで状況把握できない万年A帯です。
昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。
蛍光緑に包まれた腕が素早く背に伸びる。思いきり振りかぶり、取り出したキューバンボムを投げつけた。ギアパワーの効果により飛距離が伸びたボムは、狙い通り動き行くガチヤグラの柱に張り付いた。ほぼ同時に、細い柱の陰に隠れるように動いていた影が動きを止める。数拍、インクリングの小さな身体が地面へと飛び降りるのが見えた。
トリガーを引きっぱなしに、黄色に染まった地面を塗り返しながら少女はヤグラ目掛けて駆け行く。試合時間は残り一分を切った。カウントはこちらがわずかに負けている。その上、敵は更にカウントを進めるべく攻勢を強めていた。どうにか防衛に務めたものの、今しがた第二カンモンを突破されてしまった。このままではノックアウトされる。何としてでも止めねばならない。
敵が飛び降りた方向へと銃口を向ける。そのまま、放射状に動かしインクを撒き散らした。黄色のインクで塗られた地面に青が散る。音は――インクが当たり呻く敵の声は聞こえない。けれど、塗り状況を見るにこのあたりに潜伏しているはずだ。物陰を重点的に狙って塗りながら、インクリングの少女はヤグラを目指す。軽快なメロディーもゆったりとした動きも止まったそれは、今は誰も乗っていないのだと語っていた。敵が近づく前に乗らなければ。奪い返し、カウントを進めなければ。
手早く側面を塗り、少女はガチヤグラに飛び乗る。ようやく持ち主が現れたオブジェクトは、再び軽やかなメロディーを奏で始めた。
潜伏を挟みインクを回復しながら、ざっと辺りを見回す。敵味方共に交戦中、こちらに向かってくる者はいない。このまま周囲を警戒しつつ乗り続けた方がいいだろう。いや、射程で有利を取ることができるバレルスピナーの援護に向かった方がいいか。でもその間に奪われたら。カンモンを突破された今、更にカウントを進められたら。思考が巡る。巡る。戦場において致命的なまでに遅く巡る。答えを出せぬまま巡る。
視界の端で、キラリと何かが光ったのが見えた。
少女は勢い良く顔を上げる。青い瞳に映ったのは、高く飛び上がった黒い影だった。遠くの街明かりを背にしたシルエットの中に、金が光る。尖ったそれ――シャープマーカーの銃口は、まっすぐにこちらを狙っていた。
短く舌打ちをし、少女は降りかかるインクを避ける。きっとヤグラの側面に張り付いていたのだろう。よくある戦法だ。打開を急くあまり、一人見当たらないことを完全に見逃していたのだ。あまりの間抜けさに腹の奥が沸騰したように熱くなる。チッ、とまた舌打ちが漏れた。
黄色いインクが頬をかすめる。切り裂かれたような痛みが、焦燥感で満たされた脳を殴りつけた。二陣営が乗ったヤグラは動きを止めている。ここで降りれば、逃げれば、奪い取られてしまう。カウントを進められてしまう。ノックアウトされてしまう。
阻止せねば。最低でも、カウント進行を防がねば。
少女はヒーローシューターレプリカを構える。射程はこちらが有利だが、少し動いただけでもぶつかってしまうほど狭いヤグラ上では射程など無意味だ。むしろ、詰められている分弾ブレが少ない相手の方が有利である。けれども、止めなければ。今は己が防衛するしかないのだ。
柱を壁にしながら、飛んでくるインクを防ぐ。それは相手も同じだ。追いかけっこをするように、互いに柱の周りを回りながら敵へ、地面へ、インクを撒き散らす。進行中であることを表すメロディーが止まったヤグラの上に、銃声が響き渡った。
頬を、手を、足を、インクが侵蝕していく。ブキ越しに見える敵も、同じほどインクで汚れていた。ダメージは同じぐらいだろう。このまま退けられれば。否、まっすぐにこちらを見据えてくる目に撤退の色など一切見えない。ならば。
担いだインクタンクが高い声をあげる。痛みを食いしばり、まっすぐに引き結ばれていた口がゆるりと解けた。ニィ、と口角が吊り上がる。不敵な笑みを形作る。好戦的に敵を見据える瞳が、ギラリと輝いた。
少女は再び背に手をやる。ガシャン、と大仰な音がヤグラ上に響く。まっすぐに伸ばされた細い腕には、身の丈の倍以上ある銃が握られていた。
ウルトラショット。
巨大なバズーカであるこれは、スペシャルウェポンの名に違わず一撃で敵を吹き飛ばすほど高威力の弾を撃ち出すものだ。けれども、その巨大な体躯と大量のインク弾を飛ばす構造上、着弾地点を計算し、重ねて敵の位置や動きを予測して撃たねばならない。派手な見た目と威力に反して、使い手の技量が試されるスペシャルウェポンである。
しかし、今は――狭いガチヤグラの上、至近距離に敵がいる今は、そんな計算など関係ない。とにかく三発ぶちかまして、巨大な弾をぶち当てて、吹き飛ばせばいいのだ。
青い瞳が照準器を覗き込む。小さな四角い窓の中に、柱の陰に隠れた敵を収める。
グリップをしかりと握り、少女は引き金を引く。ドォン、と重い音がステージに響き渡った。
巨大な自動ドアが短い声をあげる。開いたガラス戸から現れたのは、長いゲソを横に垂らしたインクリングの少女だった。深い青の瞳はこれでもかと眇められ、細い眉は強く寄せられ眉間に深い谷を作っている。普段はカラストンビが覗く大きな口は、定規で線を引いたように真一文字に引き結ばれていた。
倒したと思った。確実に撃ち落としたと思った。これで延長戦に持ち込むだけだと思った。そんなの、全て甘かった。
あの短い攻防の中、ヤグラ上では互いにインクを撒き散らしていた。己がスペシャルウェポンが使用可能になるほど、地面も塗り返していた――つまり、敵も同じほど。
巨大な弾が撃ち出される瞬間、敵もスペシャルウェポンを使ったのだ。シャープマーカーのスペシャルウェポンはカニタンク。ウルトラショットを一発当てれば装甲を破壊できる、こちらが有利を取った相手だ――ぶつかってしまいそうなほど狭く、柱という障害物があるヤグラ上でなければ。
巨大な弾丸は柱にぶち当たり、球体になって細かに動く相手には避けられ。躍起になって三発撃ち終えた瞬間、巨大な機械は、その銃口は真正面から己を捉えていた。柱の陰に隠れず、まっすぐに。
威力も連射速度も高い弾を間近で浴びて生き延びられるはずなどない。すぐさま倒れ、前線にスーパージャンプをすべくリスポーンした瞬間、ホイッスルが鳴った――カウントを巻き返せないまま、試合は終わった。つまり、己の負けである。
何で誰もヤグラに乗らないのだ。胸中で吐き捨てながら、三号と呼ばれる少女は街中を歩いていく。ヘイトを稼いでいる間に誰かがヤグラに向かっていれば、後ろからカニタンクを落としてくれれば、己が落ちる前にヤグラに乗ってくれれば。苛立つ脳味噌は仮定と不満ばかりを積み重ねていく。全て、試合が終わった今は意味など持たないものである。
舌打ちをし、三号は人混みを掻き分けていく。もう夜も深いというのに、駅前にはイカ、タコ、クラゲ、それどころか普段は見ない種族まで、様々な者がひしめいていた。常ならば試合帰りの者がまばらに行き交う程度の駅前広場は、昼と変わらぬほどの混み具合である。少女のはしゃいだ声が、少年の高揚した声が、駆け行く足音が、シャッターが切られる音が、夜空へと昇っていく。どれも耳障りでしかなかった。
はぁ、と白い溜め息を吐きながら、少女はナマコフォンを取り出す。明日の試合スケジュールを確認しておかねばならない。三連敗で終わり、大幅に削られたウデマエポイントを早く取り返さねばならないのだ。今の調子ではポイントがマイナスまで落ち込んでしまう。それだけは何としてでも避けたかった。
青白い光が少し色付いた肌を照らす。眩しいほど輝く液晶画面に表示された日付が、照らし出された海色に映る。待ち受け画面に並んだ数字は、新たな年を迎えたことを告げていた。
もう年が明けたのか。三号は冴えきった目を瞬かせる。なるほど、ならばこの混み具合も頷ける。陽気でイベント事に目がないインクリングが、年越しなんて一大イベントではしゃがないはずがないのだから。
はぁ、と三号は白い息を吐く。正月かぁ、と小さな声が夜闇に溶けた。
己もインクリングであるが、イベント事にはとんと興味が無い。興味が無いというよりも、楽しむ余裕が無いという方が正しい。イベントなんてものを楽しむには、相応の経済的余裕が要求されるのだ。常に家計が火の車の己にとって、イベントを楽しむために何かを買ったり交通費を余計にかけて出掛けることなど不可能に近い。バンカラ街に越してきたばかりの頃は多少あったのだが、コジャケを拾ってからはそんな余白は消え去ってしまった。食パン一斤を一息で飲み込むような大食らいを養うには、娯楽に使う費用を真っ先に削るしかないのだ。
「明日はお雑煮かなぁ」
はぁ、と三号は重い息を吐く。幸いというべきか、月の初めに実家から餅が届いていた。『正月ぐらい帰ってきなさい』と書かれた手紙とともに、キッチンの棚にしまいこんだのは記憶に新しい。おせちを買う金も作る技量も無いが、雑煮ぐらいなら己でも簡単に作ることができる。顆粒出汁を溶いて餅を煮るぐらい、料理をろくにしない己でもできるはずだ。
コジャケは餅を食べられるだろうか。あいつはろくに噛まないで飲み込むから、細かく切って煮てやらねば。喉に詰まらせたら大事だ。
はぁ、と三号は小さく息を吐く。家で呑気にぐぅぐぅと眠っているであろう相棒を思い浮かべながら、座り込む者を避けて階段をゆっくりと降りていった。
畳む
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