No.194
favorite THANKS!! スプラトゥーン 2024/12/30(Mon) 10:46 edit_note
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終わりも始めもあんたと【ヒロニカ】
終わりも始めもあんたと【ヒロニカ】イカタコ一人暮らししてそうだよね。ヒロニカも一人暮らししてそうだよね。でもちゃんと実家帰るタイプだろうし年末年始はバトルできないし会えないだろうね。ってことで書いた話。バトルジャンキーはどう頑張ってもバトルジャンキー。
早朝駅でのヒロ君とベロニカちゃんの話。
階段を登ってすぐ、頭を飾る青く整った触手が視界に飛び込んでくる。想像だにしなかったその姿に、ベロニカはあれ、と声を漏らした。
「ヒロ?」
「……え? ベロニカさん?」
駅のホーム、吹きさらしの椅子に座るその影に近寄り、少女はその名を呼ぶ。顔を上げた彼は、一拍遅れてこちらの名を呼んだ。声は互いに上擦ったものとなっていた。当たり前だ、再び会うだなんて思ってもみなかった相手と顔を合わせることとなったのだから。
「あれ? 反対方向じゃなかったですっけ?」
「そ。同じホームに来るみてーだな」
青い頭はことりと傾ぎ、黄色い頭はふぃと動いて電光掲示板へと向く。青もつられるように顔を上げて電子文字が並ぶそこを見やる。幾分か汚れが目立つ液晶画面には、同じ乗車場所である一番ホームと二番ホームには反対方向へと向かう電車が訪れることを告げていた。デジタル時計が数字を一つ進める。あと十分もしないうちに電車がやってくることを示していた。
「すごい偶然ですね」
「だな。びっくりしたー」
楽しげに笑みを浮かべるヒロに、ベロニカは大きく息を吐く。どちらの顔にも、隠しきれない歓喜が漂っていた。
月日は経ち、十二月が訪れ、あっという間に年末となった。年末年始は実家に顔を出すのが恒例となっている。本当ならば、ヒトが多くマッチング時間が短い今の時期は残ってバトルに明け暮れたいが、一人暮らしを決めた際両親と『盆と年末年始は帰ってくること』という約束――正しくは交換条件である――をしたのだ。適当な理由をでっち上げて残るという手もあるが、そこまで親をないがしろにできるほど己の良心は擦り減っていない。手早く荷物をまとめて電車に揺られるのが年末恒例行事となっていた。
月も終わるという頃に話したところ、ヒロも同じような境遇らしい。顔を見せて多少は安心させたいですしね、と語る彼の眉はゆるく下がっていた。あちらもあちらで複雑らしい。きっと、己と同じことを考えているのだろう。帰る時間でバトルがしたい、と。
しばらくできないから、しばらく会えないから、と昨日までひたすらバトルに身を投じたのは当然の帰結だった。なにせ最低四日は実家でじっとしていなければいけないのだ。悲しいかな、実家はバンカラ街まで一時間はゆうにかかるのだ。ハイカラ地方は更に遠いのだから、当分バトルはおあずけだ。ならば、この欲求を満たしてから行かねばならない。居心地の良い実家で悶々とするのはごめんだ。
タッグを組み、ナワバリバトルに潜り、オープンマッチに潜り、簡単に増えては減りを繰り返すパワーに一喜一憂し、最低限の食事を済ませてまた潜り。どれだけの時間を共に過ごしただろう。戦いに戦い襲いかかってくる疲労と戦いに戦い晴れ晴れとした心に満たされた頃には、冬の陽はとっくに沈んで夜をもたらしていた。
では年明けに。また来年な。良いお年を。そんな有り体な別れの言葉を交わしてからまだ半日しか経っていないというのに再会したのだから互いに驚愕するのも仕方ないだろう。少しの居心地の悪さを覚えるのも。
聞き慣れたメロディーが降り注ぐ。ゆっくりとしたリズムを刻む音色が近づいてくる。電車が来たのだ。少女は頭上におわす電光掲示板へと目をやる。己が乗るものまではまだ時間がある。彼が乗る方向のものが先に来たのだろう。
少年は立ち上がる。その肩には、先ほどまで大人しく膝に乗っていた大きな鞄が担がれていた。デフォルメされたオクトリング型キーホルダーが音もなく揺れる。
「お先に行きますね。今度こそ、また来年」
「おう。良いお年を」
良いお年を。互いに少しばかり苦く笑い、言葉を交わす。今度こそ、これが今年最後の会話だろう。実家は反対方向なのだから会うことはないはずだ。これが今年最後に目に焼きつく彼の姿と声だった。
ヒトもまばらな電車の入り口、軽く振り返ってヒロは小さく手を振る。はにかむ彼につられるように、ベロニカもまた笑みをこぼして手を降った。鋼鉄の分厚い自動扉が二人を阻む。程なくして、大きな車体は盛大な音を立てて動き出した。あっという間に彼の姿は見えなくなる。ホームに残るは己だけだ。
また軽快な音楽と腹に響くような音。どうやら乗車予定の電車が来たらしい。バックパックを担ぎ直し、ベロニカは踵を返す。ホームに印された通りに並ぶと、程なくして巨大な躯体が滑り込んできた。独特の音をたてて扉が開く。ブーツに包まれた足を持ち上げ、少女はいの一番に乗り込んだ。ヒトがいない車内、長い座席の隅っこに腰を下ろす。もうしばらくすれば、この巨大な乗り物は己を実家近くの駅へと穏やかに運んでくれるだろう。
ゆっくりと瞼が落ちてくる。朝早く起きたこともあり、まだうっすらと眠気が残っていた。目的の駅まではそこそこの時間を要する。寝てしまっても問題ないだろう。念の為アラームをセットし、ナマコフォンを放り込んだ鞄を膝に乗せて抱え込む。くたびれた背もたれと広告が飾られた壁に身を委ね、ベロニカは身体から力を抜いた。首元を覆うコートに口元が埋もれて隠れた。
良いお年を。そう言って流れて消えていったヒロの姿が思い起こされる。同時に、体力と気力の限界まで戦った数日間を思い出す。ここぞという時切り込むヒロの背に続いて弾を放ち、ポイズンミストで拘束した敵をヒロが撃ち抜いて、キューインキでオブジェクトを阻害するヒロに合わせて塗って射抜いて乗り込んで。もちろん相当に負けも味わったが、それ以上に心を満たす日々だった。タッグを組んで戦う楽しさを存分に味わった日々だった。
途端、指が疼き出す。わきわきと動く大きな手が、ここには無いトライストリンガーを握る。ありもしない弦に手をかける。引き絞って、狙いを定めて、放って。全て妄想だ。昨日のうちにメンテナンスを終わらせた愛ブキは部屋に置いてきたのだ。
「……あー」
少女は呆けた声を漏らす。昨日十二分に満たされたはずだというのに、身体はまだバトルを求めている。背を任せ、背を任せられるあの彼を求めている。二人で戦い、勝ち、負け、対策を立てるあの時間を求めている。今からは絶対に手に入らないというのに。
はぁ、とインクリングは溜め息をこぼす。今から実家に帰るというのに、もうバンカラの部屋に帰りたくて仕方がなくなってしまった。彼に会いたくて、彼と戦いたくて仕方なくなってしまった。どうすんだよ、と少女は小さく声を漏らす。呆れと自嘲がありありと表れた音だった。
また来年。年が明けるまであと二日。部屋に、バンカラ街に帰るまであと四日。一週間にも満たない、普段ならばなんともない日数だというのに、今は途方もなく長いように感じられた。
ガタンゴトン。腹を揺らすような音をたてて、身体を揺らすような動きで走り、電車は街の外へと向かい出す。心はまだバンカラ街に、最後に会ったあの駅に取り残されているような心地がした。
畳む
#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ