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No.205

二人で一緒に作りましょ【ヒロニカ】

二人で一緒に作りましょ【ヒロニカ】
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ハッピーバレンタイン!!!!!!!!!!!!
バレンタインにチョコレートを作るニカちゃんは見たいがニカちゃん宅に機材があると思えなくない?の結果がこちらになります。ヒロ君はきっと親が良い機材買っときなさいと持たせてくれてるから揃ってるタイプ。都合の悪いところは都合の良いように捏造してる。
チョコを作りたいニカちゃんとチョコを作るヒロ君の話。

 低い音がキッチンに響く。特徴的な扉の向こう側は、オレンジの光で満ちていた。その中央にはいくつもの丸っこい容器が横たわっている。黒に近い茶が流し込まれたそれは、光を受けてつやつやと輝いていた。
「あとは焼けるまで待つだけだな」
「……あぁ。えぇ、そうですね」
 達成感に満ち溢れたベロニカの声に、どこか遠くに飛んでいた意識が現実に引き戻される。口から出たのは、何とも言い難い生返事だ。あぁ、とヒロは内心で頭を抱える。これだけ行動してくれた彼女に投げかけるには、あまりにも不誠実な声だった。
「どした? 腹減ったか?」
「いえ。楽しみだな、と」
「そーだろ?」
 にひ、といたずらげな、それでいてとびきり可愛い笑顔がこちらに向けられる。あまりの眩さに、少年は目を細める。強い光に耐えるようにも、愛おしさに満ちあふれているようにも見えた。
 バレンタインにやる菓子作りたいから台所貸してくれ。
 ベロニカにそう言われたのは昨日、二月十三日のことだった。
 曰く、たまには手作りのなんかをやりたい。曰く、ネットでレシピ探しても美味そうなやつはオーブン使うレシピばっか。曰く、うちに予熱できるオーブンもトースターも何もない。だから道具が揃っているヒロんとこの台所貸してくれ、と。
 混乱の渦に飲まれたのは言わずもがなである。何しろ、付き合っている女性からバレンタインのチョコレートを渡すのだと面と向かって、これ以上になくはっきりと言われたのだ。しかも、これだけのために手ずから作ってくれるのだ。その上、己の家で作る。つまるところ、バレンタインを二人きりで、しかも己の部屋で過ごすということである。思春期の心が受け止めきれるはずがない。
 そんな突然。何でそこまで。というか事前に渡すこと本人に言っちゃってもいいのか。湧いて出る言葉がぐるぐると頭の中を巡ってぐちゃぐちゃにしていく。全ては、ダメか、と首を傾げて問われた瞬間吹き飛んだ。口から出たのは『はい』の二文字だけである。
 そうして両手いっぱいの材料を買い込んだ彼女が部屋を訪れたのが早くの時間のこと。二人でレシピ、機材の確認をし取りかかったのはどれほど前だろう。慣れない計量や予定外の温度調整、飛び散る薄力粉やナッツ類の破片との格闘、オーブンの取扱説明書の再確認、安物の脆い型の相次ぐ破損と重労働をこなし、やっと焼成に辿り着いた今に至る。
 思い返しただけで溜め息が漏れそうになるのを、ヒロはぐっと堪える。互いに一人暮らし故に料理経験はそこそこあれども、菓子作りなどこれが初挑戦である。インターネット曰く『初心者さん向け』『簡単お手軽』レシピだというのに、計量ミスや行程ミス、そもそも初めてのオーブン機能仕様による不慣れさが重なりどれだけかかったか時計を確認することすら怖い有様だ。焼き上がりを待つ今すら、あんな高温でも本当に焦げずに焼けるのか不安で仕方ない。当の本人であるベロニカはもう安心しきった様子だが。
 そわり、と少年の背を何かが撫ぜる。そうだ、ベロニカが、愛しい恋人が己のためにバレンタインのチョコレートを作ってくれたのだ。彼女が初めて自分のために作ってくれたのだ。気分が浮き立たないはずがない。激務から解放され、余裕を取り戻した心は世間一般でいう甘い状況を認識してそわだつ。今更になって鼓動が大きくなったように思えた。
「焼けるまで漫画読んでていいか? こないだ途中で帰っちまったし」
「え? あ、あぁ、いいですよ。どうぞ」
 サンキュー、と弾む声と軽い足取りで少女はキッチンを出て行く。オーブンの前に一人取り残され、恋人であるオクトリングは数拍置いて、えぇ、と小さく声を漏らした。
 バレンタインである。しかも恋人の部屋に二人きりである。ここはもうちょっと、なんか甘いあれが、恋人っぽいイベントがあるのではないだろうか。いや、二人で一緒にお菓子作りなんて恋愛ゲームにありそうな甘いイベントではあるけれど。でも。
 浮き足立った心が行き場を無くして世界を彷徨う。縋る場所が無くて一人彷徨う。ようやく落ち着いたところで、やっとここにいても仕方ないということに思い至った。オーブンの様子をつぶさに見る必要は無い。部屋に戻らねばならない。けれども、戻ったところで恋人は漫画に夢中で自分などほったらかしだ。邪魔をすれば手痛いなにかしらが飛んでくるのは明白である。一人で過ごすしかないのだ。恋人と一緒なのに。バレンタインなのに。
 叫び出したくなる喉を押さえて、少年はどうにかこらえる。二人でいても一人一人で行動するのはいつものことではないか。バレンタインだからって意識しすぎだ。いつも通り過ごして、焼けた菓子を食べればいい。それだけで幸せではないか。言い聞かせるように一人大きく頷き、ヒロは部屋に続く扉に手を掛ける。オーブンの唸り声に、ノブの鳴き声が混じって消えた。
「もう結構匂いすんのな」
 背でドアを閉めたところで、声が、視線が飛んでくる。大好きな音の方へと目をやると、ラグの上に寝転がったベロニカがこちらを見上げていた。手には漫画本が一冊、脇には五冊ほど積んである。断り通り、既に読み始めているようだ。
「あー、確かに結構しますね」
 つられて鼻を動かしてみると、確かにチョコレートの強い香りを感じた。流し込んだ時点では近くにいてようやく鼻先をかすめる程度だった甘さが、今では板一枚隔てていても存在を感じる。きっと、今し方己と一緒に入ってきたのだろう。火を受けた生地は、それほどまでに香りを誇っているということだ。
「というかドア貫通してねぇか?」
「そんなことは……無いと思いたいんですけど……」
 少女はすんすんと鼻を鳴らして首を傾げる。部屋の主は不安げに返した。本当ならばあり得ない、と言い切りたいが、生憎ここは家賃の安さが取り柄の古いアパートである。キッチンと部屋の扉に匂いを通すほどの隙間があってもおかしくはない。普段は気にしない部分なだけに不安が残る。
「早く焼けねーかなー」
 漫画ならばウキウキというオノマトペがぴったりな音色で少女は呟く。彼女も同様に浮き足立っているのだ、と思い至り、また心臓が大きく動き出す。否、おそらく甘いお菓子を食べられるのを楽しみにしているのだろう。でも、作りに行きたいと、作りたいと言ったのは誰でもない彼女ではないか。けれど。でも。青い頭の中にまた言葉が積み上がっていく。少しばかり臆病な性格がそれに腕を突っ込んでぐるぐるとかき混ぜた。
 漫画を読みふける恋人から少し離れ、ヒロはベッドに腰を下ろす。尖った指先が少し宙を彷徨って、ローテーブルの上に置かれたタブレット端末を取った。ロックを解除してブラウザを立ち上げる。記事、動画、バトルメモリー、プロ選手のSNS投稿。世には情報が溺れんばかりに流れている。時間を潰すのにはもってこいだ。今日も今日とて、上達のコツを求めインターネットの海へと飛び込んだ。
 チーン、とどこか間抜けな高い音が遠くから聞こえた。はっとタブレットから顔を上げ、音の方を見やる。磨りガラスの向こうに見えていたはずのオレンジの光は今は無い。キッチンに続く扉の向こう側は、いつも通り薄闇に包まれていた。同時に、鼻孔を香りが刺激する。砂糖、バター、ナッツ、そしてチョコレートの甘い芳香は、意識を現実に引き上げるには十分の力を持っていた。
「焼けた!」
 ほぼ同時に、弾みに弾んだ声が床から上がる。視線を移した頃には、そこにはもう積み重なった単行本しかいなかった。代わりに、バタバタ、ガチャン、と騒がしい音が部屋を走って飛んでいく。ヒロも慌てて立ち上がった。
 ほんの数歩で辿り着くキッチンへ続く扉は開け放たれていた。急いでくぐり抜けると、そこにはオーブンの扉に手を掛けるベロニカの姿があった。暖房の効いた部屋に浸っていた頬はうすらと上気し、真ん丸になった瞳は夏の日差しを浴びる向日葵そのもののように輝いている。いつだって不敵な笑みを浮かべる口元は、今は高揚しきって薄く開いていた。
「ヒロ! 鍋つかみどこだ!」
「これです!」
 ばっと振り返った少女が問う。すぐさま、壁に掛けてあった鍋つかみを投げて渡した。片手で取ったそれを急いではめ、インクリングはオーブンの扉をひっ掴む。ガチャン、と盛大な音と、華やかな香りがキッチンに響き渡った。鍋つかみに包まれた手が天板をひしと掴み、真っ暗になった庫内から引き抜く。現れたそれに、黄と赤が吸い寄せられた。
 鉄の天板の上には、丸く背の高い型に入った茶色が並んでいた。入れる前までは容器の半分まで満たしていなかったチョコレートマフィンは、大きく膨らんで型からぶわりと飛び出して背を伸ばしている。真っ平らにしたはずの表面はもこもこと入道雲めいて膨らんでいた。焼けてつやつやとした表面はいくらかひび割れ、中に混ぜ込んだナッツが顔を覗かせている。頑張って粉砕した白いそれは、黒い生地の中で星のように輝いて見えた。
 わぁ、と感動と歓喜で飾り付けられた声が二つ重なる。二つのキラキラとした視線を受けながら、天板はシンク横の作業台へと下ろされた。暖房が無く冷えたキッチンに、小さな湯気がいくつも昇っていく。
「成功だよな!?」
「成功ですよ!」
 満面の笑みで問うベロニカに、ヒロは同じほどはしゃいだ声で返す。大きな口がニッと笑み、四角張った大きな手が高く上げられる。すぐさま尖った手も上げられ、ハイタッチをした。いぇーい、とはしゃぎきった声がほの寒いキッチンに重なって響く。
「あとは冷ますんでしたっけ」
「みたいだなー」
 キッチンに置きっぱなしにしていた携帯端末を二人で確認する。開きっぱなしだったレシピページには『粗熱を取って完成!』と記してあった。意外な工程に少年は首を傾げる。料理は何だって出来たてが一番美味しいはずだ。現に、似た材料のホットケーキは焼きたてが一番美味しい。なのにわざわざ冷たくしてしまうとはどういうことなのだろう。本当に必要な過程なのだろうか。疑問はあれど、なにぶん菓子作りは初めてなので分からない。
「なぁ」
 分からないなら素直に従っておくべきだろう、と一人頷いたところで、隣から声が投げかけられる。珍しくどこか遠慮がちな響きに、オクトリングはぱちりと瞬いて音の方へと顔を向ける。たんぽぽ色の綺麗な瞳と視線がかちあった。見つめるそれは、時折マフィンの方にも向けられる。口元は好奇心を抑えられない子どものようにどこかむにむにと動いていた。
「もう食べてもよくねぇか? 料理って出来たてが一番美味ぇだろ?」
 訊ねる声は打開を始めるタイミングを見つけた時のような高揚感と期待に溢れていた。どうやら、彼女も同じ疑問と考えを持っていたようだ。可愛らしさと喜びに、ヒロは頬を緩める。えぇ、と自然と言葉がこぼれ落ちた。
「僕もそう思ってました。食べちゃいましょうか」
「よっしゃ!」
 ぱしんと手を打ったベロニカは早速マフィンに手を伸ばす。両手で一個ずつ引っ掴み、片方をこちらへと差し出した。ほら、と喜びに弾んだ声が、喜びに輝く笑顔が真っ向からぶつかってくる。跳ねる心臓をどうにか御しながら、ありがとうございます、と小さなカップを受け取った。
 焼きたての熱さに少し手を焼きながら、二人でマフィンにかぶりつく。焼きたてで柔らかな生地はすぐに噛み切ることができた。口の中に広がったのは、まずチョコレートの芳醇な香りだ。追随するように、舌の上を少しだけ強い甘みが駆け抜けていく。時折当たるナッツの硬い歯触りが嬉しい。初めての菓子作りとしては大成功だろう。うぅん、と思わず漏れた感嘆は重なった。
「美味ぇな!」
「はい! すっごく美味しいです。ちゃんとできてよかった……」
「あぁ、ほんとよかった……」
 食べた限り、生焼けにはなっていないのだから本当に大成功だ。よかったぁ、と二人で安堵の声をあげながら菓子を食べていく。手の平に載るそれはすぐに胃袋の中に収まってしまった。ごちそうさまでした、と呟いて、ヒロは剥きながら食べて破けたマフィンカップを小さく畳んでいく。鼻に抜ける息はまだチョコレートの甘みが残っている気がした。
「なぁ、ヒロ」
 名前を呼ばれ、少年ははい、と応えて声の主に視線を向ける。また月色の瞳と視線がばっちりとぶつかる。真ん丸で綺麗な目には、どこか不安げな、それでも喜びを隠しきれない色が浮かんでいた。あのさ、と手入れされ整った唇が曖昧に開かれる。うっすらと端っこが持ち上がって、小さな笑みを作り上げた。
「悪ぃけどラッピングとかはそういうのはあたしにはできねぇからさ。……こんままでも受け取ってくれっか?」
 ベロニカははにかんで問うてくる。いつだって勝ち気に上がった眉は今は少しだけ垂れていて、少し焼けた健康的な頬はうっすらと紅色で彩られている。細められた金色は、暖かな光を灯して揺れ動いていた。
 手に持っていたゴミが手入れされた床に落ちる。それに気付いた時には、目の前の手を両手で握っていた。ぎゅっと、グリップを握る時ぐらいぎゅっと強く荒れていない手を握り締める。うぉ、と驚きに跳ねた声が二人きりのキッチンに落ちた。
「もちろん! ありがとうございます!」
 頬を紅潮させ、赤い目を輝かせ、大きな口をめいっぱい開いて、ヒロは叫ぶ。これ以上にない歓喜が声に、顔に、心に満ち満ちる。嬉しすぎて何もかもが破裂してしまいそうな心地だった。自然と頬が緩んでいく。溶けるように目が垂れていく。そんなのみっともないと分かっていても、今ばかりは表情筋をコントロールすることができなかった。
「……うん。こっちこそ、あんがと」
 丸くなっていた太陽色の目がうっそりと細められる。カラストンビが覗く大きな口からとろけた声がこぼれ落ちる。彼女の感情全てを表していた。
「あっ、でも僕が全部食べるのは悪いですよね……。ベロニカさん、半分持って帰ります?」
「いいのか? ヒロのだぞ?」
「作ったのはベロニカさんでしょう。作った人が全然食べられないのはもったいないですよ。こんなに美味しいのに」
 ね、と少年は笑いかける。しばしして、うん、と元気な声が返された。
 キッチンを漂う甘い香りに、幸せに満ちた笑い声が加わった。
畳む

#Hirooooo #VeronIKA #ヒロニカ

スプラトゥーン


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